南雲さんちのメイドラゴン   作:佐世保の中年ライダー

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お待たせいたしました。
遂に五十話ですが、我ながら展開が遅いですね。毎回の誤字報告ありがとうございます。
そして二千を超える方々にお気に入り登録をいただき感謝です。
更に☆10☆9評価を沢山頂き、感謝感激雨あられでございます。


第五十話

 

 ほんのりと赤みが差した白皙の頬に一雫の涙が伝い落ちる。それを皮切りに両の瞳からは涙が止め処無く溢れ出る。三百年の時を越えて、ユエは隠された真実を知った。

 

 「叔父様……」

 

 トールがこの監禁部屋で見つけた物は、ユエが封印されていた台座に添えられていた、小さなダイヤモンドの様な輝きを放つ鉱石であり。それはこの世界の映像記録媒体(メディア)だった。この部屋を後にする際にハジメとユエはこれの存在に気が付かず立ち去ってしまったのだが、それをトールがこの部屋に立ち寄った際に発見したのだった。

 

 「私は………」

 

 それはユエの叔父、ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールが遺したモノであり、その映像記録には何故にディンリードがクーデターを起こすに至ったのかが、本人により語られていた。

 

 「ハジメ、私は叔父様に、みんなに……裏切られたんじゃ無かった。」

 

 溢れる思いを言葉に変えて、ユエはハジメに語り掛ける。壊れたと思っていた、喪われたのだと思っていた、肉親との絆。それをユエは取り戻せた様に感じた。

 

 「ここに閉じ込められてた時間は、辛くて苦しかったけど、だけど叔父様は、私の為を思って………」

 

 「ああ、そうだな………」

 

 ユエが述懐した様に、ユエの叔父ディンリードは私欲やユエ憎しの感情によって裏切ったのでは無く、何よりも純粋に己の姪の生命と尊厳とを護る為、彼女の未来を護る為であったのだ。肉親としての深い愛情故に、狂った神の魔の手から愛おしい姪を護る為に。

 涙を流しつつ辿々しく言葉を紡ぐユエに答えて、ハジメは彼女の頭に手を置き美しく輝く金色の髪を優しく撫でる。そのハジメの行為をトールは少しだけ不機嫌そうな表情をつくり見咎めるが、自重してか不平を口にする事は無かった。これも南雲家で過ごした一年余りの年月で、トールも人の心の機微を多少なりとも理解している証しなのだろう。

 

 「…………」

 

 肉親の愛情と真実を知ったユエは瞳を閉じて溢れる涙を拭いさる。記録映像の中の叔父が語った通りの事実ならば、この迷宮からユエが解き放たれた事を知れば、狂った神は再びその魔の手をユエに向けて来るだろう。ならば自分は、その魔の手を払う為に行動を起こさなければならないのだと、ユエは決意を新たにする。

 

 「私は生きる!この身体はハジメ以外にあげたりしない!」

 

 鼻息荒く両の拳を握り締めて、その決意をユエが宣言すると、トールの蟀谷がピクリと引く付く。

 

 「この世界に拉致られてからこの方、俺はこの世界のエヒトとか言う神とやらが気に食わなかったし、機会があれば一発ブチかましてやりたいと思っていたが、コレで俺のハラは決まったな。」

 

 そんなユエの強い決意を固めた表情に、ハジメもそれに応える様に、左の掌に右の拳を打ち付け左の掌に右の拳を打ち付け、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて宣言する。

 

 「ハジメ……」

 

 「ヤツの狙いがユエだって言うんなら、答えは簡単!この世界からユエを地球へ連れ出してしまえば良いんだよ、その後でエヒトのヤツを容赦なくブチ殺してやりゃ良いんだ。クソったれ野郎の魂とやらが二度と甦らない様に徹底的に痛め付けて、完全消滅させてやるぜ!」

 

 トールとユエの二人に対して、ハジメは己の見解と覚悟の程を伝える。当初の目的通りにこの世界を脱して日本へと帰る。そこに加えて、後々再召喚などされても面倒だから後腐れが無いように狂神エヒトを葬り去る。

 それはハジメ達にとって必須条件と言えるだろう。ハジメ達の今後の安寧なる暮らしの為にも、それは最優先で為さねばならない。その為にもハジメは今よりも更に強くならなければ為らぬと密かに決意していた。己の傍らに、生物としての最強種たるドラゴンのトールが居ようとも、彼女だけに頼る事を良しとせず、自身も彼女と並び立てるだけの男になろうと。

 

 「ハジメさん。私もこの世界のアホ神をブチ殺すと言う意見には大いに賛成します!三ヶ月もの間、私からハジメさんを奪ったんですからねぇ、それだけでもう万死に値するってものですよ。何処に隠れ潜んでいるかはまだ判りませんけど、見つけた暁にはそれはもう生まれて来た事を後悔する程に徹底的に、けちょんけちょんに痛め付けてやります。簡単には殺してやりませんよ、それじゃつまらないですからね。」

 

 トールは両手をワナワナメキメキとひくつかせ、低くドスの効いた声音でエヒトに対するヘイトを吐露する。それはトールの身から溢れ迸り出る怒りの感情その物を具現化したかの様に。そのただならぬ雰囲気にハジメとユエは、彼女の身の裡から怒りと闇に染まったドス黒いオーラがメラメラと立ち昇る様に、まるで背筋に極低温の氷柱をでも押し当てられているかの様な寒さを感じた。

 

 「トール……ちょっと怖いよ。」

 

 「ハジメ、トール姉さまから、恐ろしく大きくて、ドス黒い小宇宙(コスモ)を感じる……」

 

 しかし、それも自分の事を深く想っていてくれるトールの愛情の深さ故だと思うと、どうにも照れ臭さも感じるハジメである。チクショウ、リア充爆発しろ!

 

 閑話休題(モテないオッサンの僻みは置いて)

 

 「んっ、んんッ!それはそうと、こんな殺風景な場所に何時までも居るのもなんですから、場所を移しましょう。さっきのあの階層がこのダンジョンの最下層なら、その先にゴールの様な場所が設けられているでしょうから話はそこで!」

 

 二人からの突っ込みにトールはわざとらしく咳払いをし、空気の流れを変えにかかる。強く発していた黒い波動を消して、明るく可愛いく“きゃるん”と態度を一変させてこの場からの移動を促す。

 

 「そうだな。そうしよう、ユエもそれで良いよな?」

 

 「ん。分かった!」

 

 トールの態度の変貌には敢えて突っ込みを入れずにハジメとユエはトールの提案を受け入れ、開きっぱなしにしていたトールが作ったゲートを越えて百階層へと戻る。

 

 「ついでですから、此処も修復しておきますね。」

 

 帰還早々にハジメとユエがヒュドラと戦った結果、無残に荒れ果てた百階層をフィンガースナップを一発響かせて魔法を発動する。すると見る間に崩れた柱や壁面の破片や残骸がまるで逆再生をかけたかの様に修復されていく。そんな途轍もない高次元の魔法を意図も容易く発動させるトールに再びユエは感嘆と尊敬の念を、改めて強く抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュドラと戦った戦地から三人は更に奥へと歩を進めると、それが迷宮攻略の証となったのか、最奥の扉が微かな擦過音を立てて自動で開かれ、ハジメを先頭に三人はその扉の先へと入室して行くのだった。そして。

 

 「いやぁ~ッ!美味(うめ)ぇ!俺、この三ヶ月ずっとトールの料理が恋しくて仕方がなかったんだよ。それをようやく………ありがとうトール、俺幸せだよ。」

 

 「トール姉さまの料理、最高。」

 

 ハジメとユエはこの迷宮の製作者であると思われる者が遺した邸宅の中でトールの手料理の味に舌鼓を打っていた。ハジメはこのオルクス大迷宮へと落ちてから二ヶ月ほどの期間、まともな調味料も無い環境で魔物の肉を焼いただけの不味い食事しか口にする事が出来なかったし、ユエに至っては三百年の永き時をこの迷宮に封じられていた事もあり、食事自体が三百年ぶりであった。二人の目には微かに光るものが溢れてそうになっている事をトールは見て取る。加えて。

 

 「えへへ、そうですか!そう言ってもらえると、すごく嬉しですハジメさん!」

 

 ハジメに料理の味を絶賛されて、トールは喜びのあまり両頬に手を当ててその身を左右にクネクネと揺らして喜びを顕にする。約三ヶ月ぶりに愛するハジメに自分の手料理を振る舞えただけでも、トールには至上の喜びであるのだが、それに加えての彼からの称賛の言葉と思わず溢れたであろう歓びの涙に、トールの幸福ゲージは天元を突破する勢いである。それ程までにハジメが自分の手料理を待ち望んでいたのだと知れたのだから。

 

 「いや、マジでスゲぇよ。特にこの肉の味なんて、今まで食った肉の中でも最高の味だよ。きっと値段の方も相当な物だったんだろう?」

 

 某食品メーカーのタレを使用して作った生姜焼きの肉を一切れ箸で持ちあげて、ハジメは肉の味に驚嘆し、相当にランクの高い肉なのだろうとトールに尋ねると、トールはその肉の出処をハジメに説明をはじめる。

 

 「これですか。実はですね、この肉はこの世界に来る前に立ち寄った世界で出会ったムコーダさんと言う日本人の方から分けていただいた、その世界のオークと言う魔物の肉なんだそうですよ。」

 

 トールの言葉にハジメの顔が思わず引き攣る。オークと言えば異世界アニメでも定番の二足歩行の猪や豚を模した魔物だとハジメのオタク知識が、その魔物の風貌を思い起こさせる。しかし、よくよく考えてみれば否、考えずとも自分はここ二ヶ月の間、オルクス大迷宮に棲息する魔物達を狩って食ってきたのだ。今更二足歩行だの何だのと気にする必要も資格もありはしないのだ。

 

 「マジか、まさか魔物の肉がこんなに美味いのかよ。この世界とは大違いだな。」

 

 しかし、箸で持ち上げているオーク肉の生姜焼きの一切れを、ハジメは何とも言えない複雑な面持ちで眺める。この二ヶ月の間、ハジメが生き残る為に食らってきた迷宮内の魔物の肉と、この肉の提供者ムコーダ氏が喚ばれた世界の魔物肉との味の余りの違いに嘆きたくなった。

 しかし、そんな不満をぶち撒けたとしても此れ迄に起きた現実に何らの変化がある訳でも無し、言っても仕方が無いとハジメはそんな思いを放り出し、今目の前にあるトールが作ってくれた料理をありがたくいただくのだった。

 

 「けど、そう言う事なら、そのムコーダ氏とは是非とも友好的な関係を築いていきたいものだな………」

 

 しかし、同時にハジメの中に打算的な思いが沸き立つのたが、件の御仁ムコーダ氏の従魔たちでさえ虜になっている魔獣の肉と日本が誇る食品メーカーが日夜研鑽を続けて販売している調味料の味を知らば、そう考えるのは当然の帰結と言えるであろう。

 

 

 

 

 

 

 そこは、何処までも真っ白な世界。一色の白だけが存在を許されたかの様にそれ以外の色が、何処まで行っても見受けられない白い世界だった。

 

 『単独で次元を越える事が出来る異世界のドラゴンか………』

 

 その白以外が存在しない世界に声だけが木霊する。何も無い白の世界に響く声、もしもこの世界に誰かが迷い込み周囲を隈無く探索したとしても、誰も何も見つける事が出来ないであろう。しかし、そんな世界にその声だけが聴こえていた。

 

 『それ程強大な力を持つ者ならば、私がその存在に気が付かない筈は無いだろう。であれば何故に、私はソレに気が付かなかったのだ。否それだけでは無い。王国の文明レベルを引き上げたイレギュラーなる存在。その者の存在もまた、私にも配下の者共も気が付かれる事無く………』

 その声の主こそが、ハジメ達をこの世界へと召喚した張本人であるエヒト神である。そのエヒト神は思いもよらない困惑に精神を乱していた。それは今、当の神の言葉に表れていた様にイレギュラーの存在を、全能な筈の自身が数ヶ月の間感知出来なかった事と、そのイレギュラーだと思われる勇者一行の一人を追い掛けて、この世界へと時空を越えて訪れたと言うドラゴンの存在を、イレギュラー同様に感知出来ない事に対してである。

 

 『このままでは、私の目的と描いていたスケジュールとが破綻する恐れが……どうするか………手駒を増やし、イレギュラーとそのドラゴンを排除する方策を………しかし、その存在を感知出来ぬのであれば……』

 

 この世界を創造したと言われている全能の神で、ある筈のエヒトがイレギュラーな存在にどの様に対処すべきかと、頭を悩ませているのだ。何せ自分はおろかその配下までもがイレギュラーの存在を何故か感知出来ないのだから、その対処法も対策も立てようも無いのだ。

 

 『どうすべきか………何か手立ては……』

 

 おそらくは自身をも凌駕するであろうと思われる異界のドラゴンの存在に、エヒトは自身では自覚していないのだろうが、冷静な第三者が今の彼の神の状態を見れば明らかに取り乱し、恐れをなしていると判断をしよう。   

 しかし永い時を経て多くのモノを擦り減らし摩耗し尽くしてしまい、残された自我だけが拡大しきってしまったエヒトにはその様に自己の状況を客観視し判断する事も出来ないのだった。

 

 はっきりとした答えも方針も導き出せず、エヒトの逡巡は今暫く続きそうである。

 

 

 

 

 

 トールが用意してくれた、久し振りの美味なる食事に心身共に大いに満足した腹も膨れたハジメは、これまた食後の一杯として淹れてくれた紅茶の味に心身共に癒されていた。

 

 「はぁ〜、美味い。やっぱり“美容と健康のために食後に一杯の紅茶”だよな!ありがとうトール。」

 

 トールの高度な技術により、最高の味わいを与えてくれる紅茶の味にハジメが顔を蕩けさせてそう言えば。

 

 「えへへぇ〜、ありがとうございますハジメさん。じゃあ次は“ロシアンティーを一杯。ジャムでもママレードでもなく蜂蜜で”淹れましょうか!?」

 

 トールもまた、ハジメからの感謝の言葉と彼の蕩け具合にホッコリと、そしてそれを嬉しく思って、そう返すと。

 

 「ふふふ!」

 

 互いに見つめ合い、やがてその口からは苦笑の声が漏れ出るのだった。三ヶ月ぶりに戻ってきた二人の日常。それを二人はとても貴重なものとして確りと心に刻みこむ。

 

 「ハジメとトール姉さま、以心伝心……」

 

 しかし、ハジメとトールの二人の絆の深さを、その側でありありと見せ付けられ疎外感を感じてか、ユエは頬を膨らませて不満顔であったが。

 

 

 

 

 

 食後の紅茶も飲み終え、三人は迷宮作成者の物と思われる最奥の邸宅の一室にて、今後の動向についての方針の擦り合せの話し合いを行われるのだが、その前にトールから請われてハジメはこの世界に来てから、今日までどの様に過ごして来たのかを話して聞かせるのだった。

 

 「流石はハジメさんですね。冷静に状況を把握して、自分の特技で地歩を築くですか。素敵です!」

 

 「まあ、そこは遠藤が裏で情報収集とか協力してくれてたからな。俺一人だけじゃ、もう少し面倒だったかもな。」

 

 召喚当初、戦争への早期参加を求める王国貴族達からの圧を逸らす為に、この世界で得た天職と技能を駆使して創り上げた品々。その有用性とそこから得られる利益など、口では魔人族との戦いは聖戦だ等と唱えている貴族達だが、その本質は欲の皮が厚い俗物達が大多数である。

 遠藤が持つ影の薄さ、その隠密としての能力を頼りに情報収集を依頼し、ハジメはそれぞれの状況を分析しその貴族達や、その治める領地に適した技術の供与や儲け話を吹き込んだり、及び王国直下の職人達に技術の提供を行いその地歩を確立し、それに伴い自分を含めクラスメイト達の戦争参加までの期日を引き延ばすなどの活動を行なってきたのだ。

 

 「大体が、戦いなんぞ無縁の世界で生きて来た俺達が、いくらこの世界の人間より基礎的なスペックが高いって言っても、何の経験もなしに即戦力になるなんて、簡単に行く訳ないんだからな。向こうも当然、そうは簡単に行くとは思ってなかっただろうがな。」

 

 特に、ハジメの天職は技能職であり直接的な戦闘手段は有しておらず、メルド団長を始めとする騎士団員達から学ぶ訓練により戦闘の基礎から鍛えてはいたが、その伸び率は戦闘職の者達と比して細やかな物だ。それを補う為にハジメはウォーターブレードなどの武器を数種類開発したいたのだが、残念ながらその大半は奈落へと墜落する際に失われてしまったのだが。

 尤もその後、奈落の底で魔物の肉を食らう事によって肉体を大幅に強化し数多くの技能て得て、更に奈落の底で新たな鉱石を発見した事により、ドンナーなどの更なる強力な武器を開発するに至ったのだが。

 

 「そうですね。私達ドラゴンだってそれは同じですよ。幼少の頃から何もせずに強い訳ではありませんし、私自身未だ混沌勢での序列は二十二位ですし。」

 

 「私も、最初から不老不死じゃ無かった。学ぶことも色々あった。」

 

 ハジメの述懐にトールとユエも同意とばかりに頷き、合いの手を入れる。そうしてトールとハジメは数ヶ月間の互いの空白の時間を埋め、ユエの事を含め互いの事をより深く理解し合うのだった。

 それから改めて、三人は今後の方針を話し合う事に。先ず問題となったのはユエの存在だった。狂神エヒトがユエの肉体を乗っ取ろうと言うのならば、この世界からユエを逃がす事が最善策となるのではないかと、トールの次元移動能力を持ってユエを日本へと送る事をハジメが提案するのだが。

 

 「ハジメさんが言うように、それが出来れば最善ですが、残念ですけどそれは現状叶いません。」

 

 トールの口からそれが不能だと示された。

 

 「なっ!?どう言う事だトール!何でユエが俺達の世界に行けないんだ!?」

 

 「っ!?」

 

 ハジメはトールから告げられた言葉に衝撃を受けて激昂しそうになる。この世界からユエを避難される事が出来ないと語るトールにハジメは椅子から立ち上がり詰め寄る。この世界からユエを連れて日本へと帰ると約束したハジメだが、それが叶わぬと言われれば問い返さずにはいられない。

 ユエもハジメと同様に衝撃を受けるが、彼女はハジメと共にかの世界から出られないと言う現実に、心が打ちのめされ心を砕かれたかの様に力無く項垂れてしまう。

 

 「落ち着いて下さいハジメさん。それもちゃんと話しますから。」

 

 やんわりとトールはハジメを宥める。無論トールはその事に付いて、二人にきちんと説明するつもりなのだから。トールの言葉にハジメはひと言詫びて着席すると、トールの説明を待つ。

 

 「そうですね。先ずは結論から言うとですね、現状私とハジメさん以外はこの世界から別世界へと、移動する事が出来ないんです。もし強引にそれを行なったなら、その者の生命どころか魂まで消滅してしまいます。」

 

 トールとハジメ以外がこの世界から渡ろうとすると魂が消滅してしまう。あまりにも重すぎる事実、何故その様な事になってしまうのかトールの説明を二人は待つ。

 

 「私はハジメさんの消息の手掛かりを得てこの世界に転移して、この迷宮に辿り着くまでに色々な人間の国を観て回りました。」

 

 その最中、トールはこの世界のあり様に不自然で何やら不快なモノを感じ、魔力視により人間をはじめとした生命体をサーチしたところ、非常に不快なモノを見つけ出し分析してみた。

 それは、まるで鎖の様な形をした不可視の生命体の魂を縛り付けている枷であった。そして、その鎖によって。

 

 「この世界の者達はすべからく、その魂をエヒトと言う神によって、世界そのものに縛られているんです。」

 

 トールから告げられた、あまりにも重すぎる現実。ハジメもユエも言葉も出ない程の衝撃を受けてしまった。その狂神の所業のなんたる酷さか。この世界のすべての生命体がエヒトの玩具だとでも言うのか、その胸先三寸で、どうとでも出来る存在だと言うのか。

 

 「更に悪辣な事に、ハジメさん。貴方以外の同級生のみなさんも、私が確認した全員が魂を縛られていました!」

 

 トールから告げられた衝撃の事実に、ユエは絶望感に苛まれ押し黙り、ハジメはその身の裡からメラメラと怒りの炎が迸る様な感覚を覚える。会ったことも無いこの世界の人間の事など、ハッキリと言ってどうでも良いが、メルド団長や騎士団の団員達や共に働いた王国のおやっさんや職人達。そんな友誼を結んだ人々や、何よりも、もう既にハジメにとっては家族として認めているユエがクソったれな馬鹿神に、その魂を縛られている。その事がどうにも無性に赦せない。

 

 「そうかよ。だったらトール、俺達でそのゲロ以下のにおいをプンプンさせている、ゲロ神をぶち殺してやれば、みんなの魂は解放されるんじゃないのか?」

 

 ハジメは奥歯も剥き出しに野性的な笑みさえ浮かべてエヒト神をぶち殺す事を決意、それが叶えば仲間の魂の解放出来るのではと推察する。

 

 「はい。皆さんの魂を縛っているのは世界では無く、ハジメさん言うところのゲロ神ですからね。当然そうなります!」

 

 それに対するトールからの解答は、是であり二人は互いを見合って頷く。

 

 「ハハッ、だったらやる事は決まった。エヒトの野郎をぶっ殺して、ユエやみんなを連れて日本へ帰る!それだけだ。」

 

 そしてハジメは先ほどよりも、更に素敵な笑みを見せてキッパリと神殺しを宣言する。同時にユエやみんなの魂の解放も成し遂げてやると、けハジメは闘志を奮い立たせる。

 

 「はい!一丁やって殺りましょうハジメさん!元々私はそのつもりでしたから何の問題もありませんよ。」

 

 そんな殺る気に溢れるハジメをトールは頼もしく思い、ほっこり笑顔で応える。人間との暮らしで人の価値観に触れ、互いに尊重し合えるように成長してきたトールだが、本質的に強さを尊ぶドラゴン的な価値観は変わらず備わっており、以前の優しく温かな為人のハジメの事を好ましく思っていた反面、現在の力強く成長したハジメの事を頼もしくも思うトールであった。

 

 「それで良いよなユエ!?」

 

 戦う決意に燃えるハジメとトールは次に、未だ自身のこの先をどうすべきか決めあぐねているユエに向き直り、共にゲロ神と戦うことを促す。不敵な笑顔で自分に呼び掛けるハジメにユエは、なんと言って答えれば良いのかその解答を導き出せずにいる。そんなユエにハジメはこの手を掴めとばかりに右手を差し出す。

 

 「ハジメ………」

 

 しかしユエはそれでも戸惑い逡巡する。しかしそれを良しとしないトールが、あまりに焦れったく感じて彼女に喝を入れる。

 

 「しっかりしなさいユエ!ハジメさんが認めたのなら貴女も、南雲一家の一員なのですよッ。だったら何時までもクヨクヨと考えないで、忌々しいゲロ神をぶち殺して日本へ行く事を第一に考えなさい!」

 

 まだ、トール自身もユエとどの様に付き合えばよいのか、その答えははっきりとは出ていないのだが、それでもトールはユエも家族の一員としてハジメに認められた者なのだからと、彼女を受け入れるつもりではいるのだった。ならばユエも南雲家の一員として生きて行く覚悟を決めろと檄を飛ばすのだ。

 

 そしてトールもハジメと同じくユエに左手を差し出した。その手を取って立ち上がりなさいと。

 

 「トール姉さま………んッ!」

 

 そのトールの激はユエの凍りかけた心を熱く解かし、その心の奥深くから戦う意思を掘り起こす。そしてユエは二人に促されて立ち上がると、力強く頷いて二人の手を取るのだった。こんなにも頼もしい二人と共にあるのだ、一体なにを恐れよと言うのか。

 

 

 

 「それはそうと、一体何で俺だけがエヒトの魂縛に掛からなかったんだろうな?」

 

 今後の方針も決まり。今後に備えて今日はもう休もうと言う事になったのだが、そこでふとハジメは何故自分だけにエヒトの呪縛が掛からなかったのかと、素朴な疑問が浮かぶのだった。

 

 「そう言われてみればそうですよね。う〜ん一体何が………ハジメさんの中に何か、アホ神の干渉を受け付けない何かがあったんでしょうかね?」

 

 それはどうやらトールにも思い当たる節が無い様で彼女も何やら考えている様だ。一体何故なのかと、二人は共に思考してみる。

 

 「あっ!そう言えば、俺がこの世界で目を覚ます前に!」

 

 そして一つの思い当たりにハジメは行き着いた。召喚当初の事を思い返す。あの聖教教会の神殿で目を覚ます前に、ハジメは何だか夢現の中に漂っている様なそんな感覚を覚えていたのだ。

 

 「その時、何者かに俺の身体を弄くられている様な不快な気分を味あわされていたんだが、今にしてみりゃそれはエヒトからの干渉だったんだろうが、それが急に収まったんだよ。その時、俺の胸の裡からトールの温もりが感じられて、そして以前エルマさんに貰った御守が薄っすらと輝いていたんだよ、」

 

 あれは、夢だったのだと思っていたハジメだったが、トールが言うように自分の魂がエヒトによって縛られていないのならば、それはきっと、トールとの繋がりとエルマが持たせてくれた御守りの効力がハジメの身を救ったのだろう。そうとしか考えられない。

 

 「ハハッ、俺は遠く離れていてもトールに護ってもらってたんだな。」

 

 胸元に掛かる御守りと胸の奥に感じるトールとの絆にハジメは、その右手をそっと胸元に押し当て感慨に浸る。どれだけ感謝をしてもし足りない。自分はどれだけ恵まれていたのだろうかと、ハジメはフッと微笑む。

 

 「そうなんですか。それが本当ならとっても嬉しいです!ですけど、エルマの御守りが効力を発揮したと言うのも、私的には些か不本意ですけど、まあ感謝はしておきましょうかね。日本へ帰ったら何かスイーツでも作ってあげましょう。」

 

 そしてトールも笑いながらハジメに答えるのだが、途中でエルマの事に言及するとトールは微妙な表情を見せる。トールとエルマには二人にしか解らぬ複雑な事情があるのだ。しかしトールは認めないだろうがハジメから見ると、トールとエルマの関係はどう見ても親友のようにしか見えないのだ。

 だからトールも彼女が好きな甘いスイーツを作ってエルマに謝意を伝えようとしているのだ。まったく微笑ましいものだ。

 

 「ああ、それが良いな。」

 

 ハジメは笑ってトールにそう返す。そしてもう一度己の胸元を見つめて呟く。

 

 「しかしまさか、この御守りとトールとの繋がりが抗体(アンチボディ)となってエヒトの干渉に抵抗(レジスト)したって訳か、ハハッ、こいつはオルファンさんもビックリだな。」

 

 「では、さしずめ私との繋がりがブレンでエルマの御守りがグランチャーでしょう。」

 

 ハジメが呟いた戯れ言にトールが微笑んでネタを返すのだった。

 




ここに来て、召喚当初のハジメが飛ばされたマクー空間、もとい不思議空間での一件を伏線として使えた事にホッとしております。
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