无久輪廻   作:全智一皆

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第二話「天の眼」

 

 

■  ■

 虎杖悠仁と釘崎野薔薇という新たな一年生の生徒二人を迎え入れた、東京都立呪術専門高等学校。

 その職員室で、生徒達と自由に出掛ける五条悟とは対になる様に、九遠翔は最新式のノートパソコンと睨み合っていた。

 特級呪霊の案件処理は勿論の事、五条悟が先延ばしにしている案件の処理も彼が行っているのだ。

 本来ならば補助監督、より正確に言うならば伊地知潔高などのサポーターの術師の仕事なのだが、翔はそうはいかないと自ら仕事をしているのだ。

「悟は理不尽を押し付ける事が多いからな。彼奴の分までやり続けては苦労するだろうから、悟の分は俺がやっておく」

 そう言って、彼らから五条の分の仕事を取ってやり続けているのだ。

 こうして、九遠翔の信頼はまた上がっていく。当の本人には、信頼が云々などという偽善的な感情なんて無いのだが。

 

「……」

 

 カタカタと、キーボードを打ち込んで資料を作成する。

 釘崎野薔薇を迎えに行っていた間に終わらせた仕事―――特級仮想怨霊『海坊主』の討伐に関する資料の作成。

 海坊主。海の怪異。主に東北地方でその伝承が語られる、海の神としての側面もある強力な呪霊だった。

 しかも、この呪霊は日本だけでなく中国にも似通った伝承が存在する。

 その内容こそ異なってはいるものの、しかし特級仮想怨霊とは『実在しないものに対する負の感情』が呪いとなったもの。

 内容が違ったとしても、人がそれを詳しく知らないものであったしても、似通っているならばそれに対する恐怖もまた類似する。

 恐怖には区別などなく、等しく同じものだ。完全に同じものでなかろうと、似通っているというそれだけで恐怖は統一される。

 特級呪霊ともなれば、呪術の極致たる領域展開すら扱ってくる。

 とはいえ―――五条悟に並ぶ『最高の術師』と名高い九遠翔にとって、特級仮想怨霊「海坊主」は、大した障害にもなり得なかった。

 

「くどおーせんせーい!」

「ちょっと、アンタねぇ…ノックの一つくらいしなさいよ」

「九遠先生、少し良いですか?」

 

 がらがら、と音を立てて開かれた職員室の扉と共に、三人の生徒が現れた。

 上から順番に、虎杖悠仁・釘崎野薔薇・伏黒恵の三人だ。どうやら、買い物とやらは終わったらしい。

 かたかたと、キーボードを打っていた指を止め、彼らの方へと翔は体を向ける。

 

「おかえり、三人共。買い物は終わったのか?」

「うん。んでんで、九遠先生にお土産買って来たから届けに来たんだよ」

「感謝しなさいよね」

「なんで上から目線なんだよ、お前」

「構わない。それくらい遠慮がない方が、互いに接しやすいさ」

 

 特級呪術師ともなれば、他の呪術師とは必然的に壁の様なものが生まれてしまう。

 それは呪術師としての実力の壁でもあり、同時に仲間としての溝でもある。

 彼奴が居れば充分だろう、とか。妬ましいから関わらないでおこう、とか。畏れ多いから、とか。

 とにかく様々な壁が、そこには発生する。それらを考えてみれば、彼女の態度は実に接しやすい。

 まぁ、それを抜きにしても、生徒と仲良くしたい翔にとっては、ありがたい事なのだ。

 

「態々すまない。ありがとう、三人共」

「どーいたしまして!」

 

 立ち上がり、その土産を喜んで受け取る。

 学生らしい明るい笑みを浮かべた悠仁は、翔を見てふと気が付いた。

 紫紺の瞳。まるで夜空の様に澄んだ、暗く綺麗な紫色の眼に、悠仁の意識は向けられた。

 

「…どうした、悠仁」

「あ、いや、九遠先生の眼、すっげー綺麗だなーって」

「『天眼』だからな。恐らくはそれの影響だろう」

 

「ほう、やはりか」

 

 突如として響く声。人を嗤う様な、呪いの感心。

 全員の視線が、声の発する方―――虎杖悠仁の目の下に有る『口』へと向けられる。

 呪いの王―――両面宿儺。呪術全盛の時代を生きた、最強にして最悪の呪術師。

 

「人でありながらソレを持つ者が居るとはな。貴様、中々ではないか」

「両面宿儺にそう言われるとは、光栄だな」

「えーと…天眼って、なに?」

 

 目元の口を手で抑え込みながら、問いは投げられた。

 

「天眼。或いは天眼通。肉眼では見えない事でも自在に見通す事が出来る、神通力のある目の事だ」

 

 神通力。神に通じる力が宿った眼。或いは、千里眼とも言われる力。

 呪術の世界における天眼とは、五条家における『六眼』よりも珍しいとされるモノだ。

 六眼は、術式や呪力を視覚情報として詳細に認識出来る。

 さらには、原子レベルの緻密な呪力操作と、それによって呪力をロスなく効率的に扱うことを可能とする。

 それに対して天眼は、事の本質や根底、魂の在り方を見抜き、真実を理解する事が出来る眼だ。

 肉眼では見えないもの全てを見抜き、理解する事で、見たものがそこからどの様にすればどんな事になるのかまで、文字通り隅々まで把握する事が出来るのだ。

 翔はこれによって術式の核心と呪力の本質を理解し、把握する事で、六眼に並ぶ緻密な呪力操作と効率的な呪力の扱いを可能としている。

 簡略的にするならば―――九遠翔が五条悟に並ぶ、『最高の呪術師』たる所以の一つ。それが、『天眼』である。

 

「だから宿儺の事も分かってたのか…」

「その分、悟より疲れるがな…人の魂を勝手に覗き見るなんて無礼は、出来るなら働きたくないものだが」

 

 この眼のお陰で、或いはこの眼の所為で、この身は呪いの世界へと入り込んだ。

 人の闇を知り、世界の呪いを自分勝手に見通した。

 そして―――彼の魂を見通した。

 だからこそ、惜しい。

 こんなにも綺麗な人間が、いつか死ななければならない事が。

 何を残すでもなく。拍手喝采を浴びせられるでもなく。

 ただ静かに、呪いを喰らって死ぬなんて。

 

「…三人共、夕方の時間は空いているか?」

「? 俺は空いてるよ」

「私も」

「自分も」

「なら、良かったら何処か食べに行かなかいか? 俺が奢る」

「マジで!?」

「肉か寿司か…」

「殆どそれじゃねーか。…でも、良いんですか?」

「あぁ。仕事は終わったからな。普段は仕事ばかりで、皆と関われないからな。皆との思い出が欲しいんだ」

 

 せめて、こうした時間だけでも。

 彼が楽しく思える時間を与えられるというのならば。

 そう出来たら良いなと、思うのだ。

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