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「……」
東京都立呪術高等専門学校。その解剖室は、まるで鉛の様な重圧に満ち溢れていた。
それを放つのは、九遠翔。特級仮想怨霊「一目連」との戦闘を終えた直後の彼から、五条悟ですら重苦しいと感じる程の圧が零れていた。
その原因は、彼が目線の先―――解剖する場所に倒れる、胸に大きな風穴が空いた、ありのままの姿で眠る様に死んでいる生徒だ。
虎杖悠仁。両面宿儺の器。
呪術界上層部が虚偽の情報を送り込んだ。特級案件の仕事を、一年生の彼らに投げたのだ。
彼は特級呪霊と相対し、殺害された。伏黒は、その遺言を聞いたのだと言う。
「……」
「翔、怒る理由は分かるよ。けど抑えろ」
「……あぁ。そうだな」
声は、僅かに震えていた。
圧が収まっていく。溢れた呪力が戻っていく。
呼吸が止まる様な感覚に陥っていた伊地知が、はぁはぁと、荒く息を吐きながら、何とか呼吸を整える。
すまない。そう短く謝罪をして、翔は椅子へと腰を掛け、重たく息を吐き出した。
同意こそした。抑えると頷いた。
だが―――圧が収まっても、その怒りだけは、未だ収まる事を知らない。
夜空の瞳は見開かれ、拳からは血が滴るばかりだ。
「もどかしいな。この溢れる殺意を、上層の外道共に向けられないのは…」
「翔がここまで怒るなんて、珍しいね。そんなに気に入ってたの?」
「…虎杖悠仁。この子は、もっと長く生きる筈だった。長く生きて、人を多く助けて、多くの人に囲まれて死ぬ筈だった。いつかは、俺や悟に並ぶ術師になる。そう期待していた」
「二年、乙骨。三年、秤。彼らは僕らに並ぶ術師になる…悠仁もその一人だった」
清い術師を育てる。それが、九遠翔と五条悟の目標だった。
二人からすれば、呪術界の上層部を皆殺しにする事は簡単だ。だが、それでは何の意味もない。
だから、二人は育てる事にした。
清く、強い術師を育てる。呪術界を引っ張っていける様な術師になるまで育てるのだ。
虎杖悠仁も―――その清く強い術師になる筈だった。
九遠翔は、決して虎杖悠仁と多く関わった訳ではない。だが、彼が心優しい子である事は直ぐに理解した。
天眼が無かったとしても理解出来た。そして、どこかシンパシーの様なものを感じていた。
自分と似ている。少なからず、そう思った。
だからこそ、期待した。期待せざるを得なかった。
人に優しく、しかし呪霊を祓う事が出来る心を持った彼ならば、いつかは隣に並ぶ程の術師になると。
「感傷に浸っている所悪いけど、そろそろ始めるよ」
手袋を嵌めた家入が、そう言って立ち上がる。
解剖が始まる。大切な生徒の体が、解剖される。
気分が良いものではない。だが―――
「…居させてくれないか、硝子」
「別に良いけど…大丈夫なの?」
「あぁ…問題ない」
だからと言って、最期まで見届けない訳にはいかないだろう。
椅子から立ち上がり、再び虎杖へと目を向けた瞬間―――天眼が、その情報を更新した。
「なっ―――」
「うわっ、俺フルチンじゃん!」
全員の視線が、死人へと向けられる。
虎杖悠仁が、起き上がった。心臓を抜き取られ、息絶えた筈の死人が、何事も無かったかの様に生き返ったのだ。
胸元に空いた穴は消え失せている。その魂も、光を帯びている。生気を帯びて輝いている。
この眼は間違いなく―――虎杖悠仁を生者だと認識している。
「……ははっ」
奇しくも、二人の術師の笑いが重なった。
正確な理由は分からない。だが、恐らくは両面宿儺が何かしたのだろう。
それを考えるのは大切だが―――それよりも、まずは。
「おかえり」
「悠仁」
「―――おっす!」
生徒との再会を、喜ぼう。
それが何よりも、大切な事だから。