无久輪廻   作:全智一皆

5 / 9
第四話「束の間の死別」

 

■  ■

「……」

 

 東京都立呪術高等専門学校。その解剖室は、まるで鉛の様な重圧に満ち溢れていた。

 それを放つのは、九遠翔。特級仮想怨霊「一目連」との戦闘を終えた直後の彼から、五条悟ですら重苦しいと感じる程の圧が零れていた。

 その原因は、彼が目線の先―――解剖する場所に倒れる、胸に大きな風穴が空いた、ありのままの姿で眠る様に死んでいる生徒だ。

 虎杖悠仁。両面宿儺の器。

 呪術界上層部が虚偽の情報を送り込んだ。特級案件の仕事を、一年生の彼らに投げたのだ。

 彼は特級呪霊と相対し、殺害された。伏黒は、その遺言を聞いたのだと言う。

 

「……」

「翔、怒る理由は分かるよ。けど抑えろ」

「……あぁ。そうだな」

 

 声は、僅かに震えていた。

 圧が収まっていく。溢れた呪力が戻っていく。

 呼吸が止まる様な感覚に陥っていた伊地知が、はぁはぁと、荒く息を吐きながら、何とか呼吸を整える。

 すまない。そう短く謝罪をして、翔は椅子へと腰を掛け、重たく息を吐き出した。

 同意こそした。抑えると頷いた。

 だが―――圧が収まっても、その怒りだけは、未だ収まる事を知らない。

 夜空の瞳は見開かれ、拳からは血が滴るばかりだ。

 

「もどかしいな。この溢れる殺意を、上層の外道共に向けられないのは…」

「翔がここまで怒るなんて、珍しいね。そんなに気に入ってたの?」

「…虎杖悠仁。この子は、もっと長く生きる筈だった。長く生きて、人を多く助けて、多くの人に囲まれて死ぬ筈だった。いつかは、俺や悟に並ぶ術師になる。そう期待していた」

「二年、乙骨。三年、秤。彼らは僕らに並ぶ術師になる…悠仁もその一人だった」

 

 清い術師を育てる。それが、九遠翔と五条悟の目標だった。

 二人からすれば、呪術界の上層部を皆殺しにする事は簡単だ。だが、それでは何の意味もない。

 だから、二人は育てる事にした。

 清く、強い術師を育てる。呪術界を引っ張っていける様な術師になるまで育てるのだ。

 虎杖悠仁も―――その清く強い術師になる筈だった。

 九遠翔は、決して虎杖悠仁と多く関わった訳ではない。だが、彼が心優しい子である事は直ぐに理解した。

 天眼が無かったとしても理解出来た。そして、どこかシンパシーの様なものを感じていた。

 自分と似ている。少なからず、そう思った。

 だからこそ、期待した。期待せざるを得なかった。

 人に優しく、しかし呪霊を祓う事が出来る心を持った彼ならば、いつかは隣に並ぶ程の術師になると。

 

「感傷に浸っている所悪いけど、そろそろ始めるよ」

 

 手袋を嵌めた家入が、そう言って立ち上がる。

 解剖が始まる。大切な生徒の体が、解剖される。

 気分が良いものではない。だが―――

 

「…居させてくれないか、硝子」

「別に良いけど…大丈夫なの?」

「あぁ…問題ない」

 

 だからと言って、最期まで見届けない訳にはいかないだろう。

 椅子から立ち上がり、再び虎杖へと目を向けた瞬間―――天眼が、その情報を更新した。

 

「なっ―――」

「うわっ、俺フルチンじゃん!」

 

 全員の視線が、死人へと向けられる。

 虎杖悠仁が、起き上がった。心臓を抜き取られ、息絶えた筈の死人が、何事も無かったかの様に生き返ったのだ。

 胸元に空いた穴は消え失せている。その魂も、光を帯びている。生気を帯びて輝いている。

 この眼は間違いなく―――虎杖悠仁を生者だと認識している。

 

「……ははっ」

 

 奇しくも、二人の術師の笑いが重なった。

 正確な理由は分からない。だが、恐らくは両面宿儺が何かしたのだろう。

 それを考えるのは大切だが―――それよりも、まずは。

 

「おかえり」

「悠仁」

「―――おっす!」

 

 生徒との再会を、喜ぼう。

 それが何よりも、大切な事だから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。