无久輪廻   作:全智一皆

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第五話「死因顕現」

 

■  ■

 死とは、決して逃れる事の出来ない時間である。

 死。それは、ありとあらゆる生命に等しく訪れる終末の時間。終わりを告げる刻。

 寿命による死は、死が時間である事を表す尤もな例だが、それはあくまでも最たる例であるというだけだ。

 事故死。病死。焼死。溺死。殺人。

 死には様々な種類があり、それには必ず何らかの外的か要因が存在するけれど、しかし外的要因などというのは、結局のところ大した問題ではない。

 外的要因なんてものは、心底どうでもいい事でしかないのだ。

 問題なのは、死から決して逃れられない、死は決して避ける事が出来ないという事。そして、いつ訪れるかが分からないという事だ。

 それが、それらが、何よりも重要なのだ。

 死からは逃れられない事と、いつ訪れるか分からない事。

 これらだけで、人間という生き物は死という時間に対して、明確で、そしてどうしようもない――――――絶対的な“恐怖”を覚える。

 

『――――■■■■□■□□□□□□』

 

 それは、産まれた時から形というものを持たなかった。

 黒い靄。或いは影。或いは闇。或いは無。或いは―――死そのもの。

 ゆらゆらと。ゆらゆらと。其処に産まれて、其処に佇み、風の吹くままに揺れるだけの存在だった。

 産声は人には聞き取れず、しかして同胞にも聞き取れず。誰に理解される事もない、誕生の絶叫。

 もはや言語とすら呼ぶ事が出来ない“何か”を、ソレは譫言の様に吐き捨てていた。

 何も見えない。何も視えない。何も見たくない。何も視たない。

 何も聞こえない。何も聴こえない。何も聞きたくない。何も聴きたくない。

 黒、黒、黒。真っ黒で、暗澹で、深淵の様な闇だけが広がる視界に、ソレは安堵を覚えた。

 だが、脳裏に焼き付けられたモノが消えない。その記憶が、その喧騒が、止まずに暴れ続けるのだ。

 首を吊って死んだ人間の記憶。大人と子供が涙を流しながら無様に垂れ下がっている。

 血の付いた刃物と血の海に倒れる人間の記憶。一人は狂喜し、一人は物言わぬ屍と化して眠りこける。

 布団の上で悶え苦しみながら死んだ人間の記憶。病に倒れ、誰にも看取られずに消えた憐れな孤独。

 人間の死。動物の死。自然の死。ありとあらゆる死の記憶が、馬鹿騒ぎでもしているかの様に頭の中で叫び続けている。

 鬱陶しい。鬱陶しい。鬱陶しい鬱陶しい。

 鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しいッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

『―――――――――――――――――――――――――_________!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 暗い世界に、割れる様に轟く怒号。

 頭の中で暴れていた記憶が、一気に静かになって、露の様に消え失せる。

 それと同時に―――世界が終わる。

 周りに生えていた植物が枯れ果て、死滅する。

 周りを漂っていた空気が壊死して、死滅する。

 その空間に在るもの全てが一切の例外もなく、尽く死に滅びゆく。

 だが、ソレにはその現象が何なのか分からぬ。何故、己が周りに在る物全てが死滅したかなど、毛程の理解も及ばない。

 無知にして無能。蒙昧にして零能。

 だが、それも当然だ。産まれたばかりの赤子に、質問を投げても答えが返ってこないのと同様だ。

 

『――――――』

 

 靄が揺れる。無い足を前に出し、一歩を踏み締める。

 亀の様に遅いのろまな一歩は、しかし燕の様に素早く自然に死を与えたのだ。

 

 産まれたばかりの死は、歩んではならない現し世へと歩み始めた。

 

 

       ❖

「新たな特級呪霊だと?」

 

 顔面へと降り掛かる拳を右手で流し、右足で虎杖の足を払い体勢を崩しながら、九遠翔はその情報に顔を顰めた。

 虎杖悠仁が復活して早数日。

 近々『姉妹校校交流会』が控えているというにも関わらず、新たな特級呪霊が確認されたという情報は、運が悪いと言う他にない。

 

「先日、悟も未確認の特級に遭遇したそうだな。悠仁」

「うん。…戦った訳じゃないけど、めっちゃ強かった。でも、でも、あれを越えるくらい強くならないといけないんだ」

「山への恐怖が生み出した呪霊か…さぞかし強いんだろうな」

(だが、新しく確認された特級呪霊の方も気になるな…何せ、発見した窓が、本部に情報を送った後直ぐに死んだという。目にしただけで発狂する程の呪霊なぞ、俺も見た事がない)

「……警戒はしておくか。来い、悠仁。呪力による身体強化を慣らす」

「押忍!」

 

 青い呪力が、全身を奔る。

 虎杖悠仁のフィジカルは、呪力による強化をせずとも高水準であり、常人のそれを大いに上回る。

 それこそ、天与呪縛によって高い身体能力を持つ禪院真希にも勝るとも劣らない性能だ。

 それに、呪力による身体能力の強化を上乗せる事で、虎杖悠仁の強さは更に上がる。

 

「フッ!」

(動きが良くなってきたな。呪力のコントロールも、前より上手くなっている)

 

 速度を上げた拳を、翔は再び容易に流す。だが、虎杖もただ流されて倒されるだけでは終わらない。

 流された拳とは反対の拳―――ではなく、翔の足指へと踵を降ろす。

 が、それすらも呆気なく対応される。

 降ろされた踵が足に辿り着く前に、速い一歩で眼前へと近付いた翔の鋭い一撃が、虎杖の腹を貫く様な勢いで叩き込まれる。

 ストレート・リード。主にジークンドーで使われる技であり、動いて打つのではなく、打って動く一撃。

 ストレートを最初に持っていき、振り上げた拳にステップの加速の勢いを載せる事で、さらなる強さを上乗せする技である。

 全身を通り抜けるのではなく、全身へと居残る衝撃に、僅かに意識が飛ぶ。呪力の身体強化を施して尚、九遠翔の一撃はあまりにも鋭く、強い…!

 意識が戻る。だが、遅い。もう手遅れだ。

 意識が僅かに飛んでいたその瞬間に、翔は再び足を払い、宙に浮いた虎杖の腕を掴んで体の体勢を変え、背負う様にして地面へと叩き付けた。

 意識が戻ったのは、その痛みからだったのだ。

 

「ッッッ…!!!! 九遠先生、速くね!? 術式使ってないんだよね!?」

「使っていないぞ。何なら呪力の身体能力強化もしていない」

「素でそれ!?」

「取り込める技を全て取り込んだ結果だ。悠仁にも出来る」

「出来るかなぁ…」

「使える技が増えるのは良い事だ。それが拳術であろうが、剣術であろうが、または狙撃であろうがな。使える技は取り込んでいけ」

「…押忍」

 

 戦闘で使える技を多く取り込む。それを為す術師は数少ない。

 術師は基本的な体術と術式を主に使用し、体術の足りない部分は呪力による身体能力の強化に回す事で補う為、それを極める者が殆ど居ないのだ。

 それは九遠翔も同じ事。彼が修め、極めているのはあくまでもその武術の『技』の一つであり、決して武術そのものを極めている訳ではない。

 だが、それが決して悪い事ではない。無駄に多くを取り込んで中途半端に極めるより、少ない技を取り込んで極める方が良い。

 筋の良い虎杖であれば、それも可能だと、翔は期待しているのだ。

 

「逕庭拳を使うなら、ジークンドーや躰道でも良いだろう。あれは呪詛師にも効果がある」

「…ジークンドーって結構難しくない?」

「そうか? 使うだけなら簡単だが」

「五条先生が言ってたのこれかぁ…」

 

 五条悟は、虎杖悠仁にこう教えた。

 

「翔って、僕と同じで基本的に何でも出来るからさ、ちょっとズレてる所あるんだよねー」

 

 ついでに、「僕は違うけどね」と付け加えて。

 自分の事は棚に上げる辺り、流石は五条悟である。

 

「ズレている…? 筋は良い方だが」

「九遠先生、筋が良いってそういう使い方じゃないと思うよ…」

 

 少しだけ、九遠翔との距離感が縮まった様な気がした虎杖であった。

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