第七話「姉妹校交流会」
■ ■
姉妹校交流会というものがある。
高専は東京と京都にそれぞれ建てられており、二校の学生同士が2日間の戦いを得て仲間と己を知る呪術合戦である。
縦の繋がりのない呪術師にも交流会の話は伝わりやすく、ここで活躍した学生には在学中の昇級のチャンスが多く与えられる。
そのため、昇級を望む学生にとって交流会とは実力をアピールするには最適の行事であり、逃せない行事でもある。
だが―――九遠翔にとっては、今年の姉妹校交流会は油断してはならない行事だ。
何せ京都校学長、楽巌寺嘉伸は呪術界の保守派筆頭。決して腐っている訳ではないが、虎杖悠仁の存在を認めない存在でもある。
恐らくは、学生達にも虎杖悠仁を殺す様に命じているだろう。向こうには加茂家の少年も居るのだから。狙いは必然だ。
故にこそ―――九遠翔は打って出た。
「おい、翔…」
「うわー、翔まじ? 気合い入り過ぎじゃない?」
「ふふふ…穏やかじゃないね」
「翔!? あんた何てもの持ってきてんの!?」
「九遠翔、貴様…」
服装を普段のものから正装―――和装へ。
銀の意匠が施された黒い羽織と袴。八咫烏の紋が刻まれた帯。その格好こそ、九遠翔が『東京都立呪術高等専門学校』の副担任の立場で此処に来たのではなく。
“呪術”という概念の歴史において、最も広く知れ渡る『陰陽』の家系。歴史上類を見ない最高の陰陽師を祖先に持つ家柄『九遠』の当主として来た事を意味する。
そして、彼らが何より驚いたのは―――九遠翔が右手に持つ日本刀の呪具。
鞘に収まっているにも関わらず、ただひたすらに禍々しさを放ち続けるその日本刀こそ、特級呪具。
平家一門の家宝にして古き名刀。伝説上の刀工である天国が造ったとされる日本刀―――「小烏丸」である。
九遠の正装。特級呪具「小烏丸」。それらの要素が意味するのは、警告。
もし俺の生徒に手を出そうというのなら、問答無用で斬り捨てるという意思の表れである。
「何を驚く。生徒の晴れ舞台だぞ、正装くらい普通だろう」
「正装は普通だとしても特級呪具は持ってこないでしょ!?」
「威厳というのは大切なんです、庵先輩。私とて九遠の当主、舐められる訳にはいきません」
「あんたを舐める奴なんか何処にも居ないわよ!」
「俺を舐めているから、愚行に出るんです。もう二度とあんな事がないようにするなら―――此方から覚悟を示す」
両面宿儺の器であろうが、生徒は生徒。善人は善人。虎杖悠仁は虎杖悠仁だ。
優しさが変わる事はない。善性が変わる事はない。出来るのなら、生きていて良い事も変わらずにしたい。
だが、それが崩されようとしている。この交流会で、京都校は虎杖を殺そうとするだろう。
決して虎杖は弱くない。だが、まだ発展途上。成長の途中。完全ではない。
信頼はしている。信用もしている。だが、それでも抑え難い怒りは湧く。
何より、京都校の東堂葵は伏黒を殴り。禪院真依は野薔薇を撃ったと聞く。
それだけで、文句と不快感は溢れる程に湧く。
「…取り敢えずカメラの準備をするか」
「なんでカメラ!?」
「生徒達の晴れ舞台ですから」
「アンタは親か!」
「呪術師という仕事をしてるんです、いつ死ぬか分かりません。ですから―――あの子達が生きて、青春をしていた時間は残せる形で残しておきたいんです」
「まともな理由だった……五条、アンタも見習いなさいよ。というか生まれ変わりなさいよ」
「無茶言わないでよ、歌姫。翔がヤバいだけだって」
「翔に出来てアンタに出来ない事ないでしょ。人間としてだったら翔はアンタより最強よ」
「翔、僕にもその人間性プリーズ!」
「領域展開―――」
「なんで!?」
「いや、お前が生まれ変わりたいと言うから」
「言ってねぇよ!」
「まぁ、お前の性格が悪いのは確かだがな」
「あ゛ぁん!?」
なんやかんやで、姉妹校交流会の始まりである。
時は進み、場所は変わって森林。
其処では、二人の術師が戦っていた。
「ふんッ!」
「良いぞ、格段に動きが良くなっている!」
虎杖悠仁と東堂葵。宿儺の器と一級術師が、其処で研鑽の如き戦いを繰り広げていた。
虎杖悠仁と東堂葵は親友である(そんな事実はありません)。同じ中学を共にし、青春を謳歌してきた。
そんな彼らだからこそ、虎杖の相手をするのが親友である(あくまでも東堂の記憶)東堂だからこそ、その研鑽は意味を持つと言えよう。
(呪力の扱い方、身のこなし、それらが着実に上達している! この成長速度、理解力、流石はブラザー!)
「―――」
虎杖悠仁の戦法は、その超人的な身体能力を使った肉弾戦。小細工を使った戦いはしていない。だが、それはつまる所、『技術』を用いた戦闘をしていないという事でもある。
その超人的な身体能力を持つ虎杖の脳は、無意識的に当人が出来るであろう芸当を判断して繰り出す。
東堂の頭を掴み、その腰に足を運び相手を地面へと押し倒す絡め技。それも、決して誰かに学んで出来た技ではない。
戦闘の判断は無意識の行動が多い。一つ一つの動作を的確に考えて戦う人間も少なくはないが、だいたいの人間の戦闘はそんなものだ。
つまり、虎杖悠仁の肉弾戦には呪力による技術を除けば武術的な技がそれまで存在しなかったという事だ。
だが―――九遠翔との訓練を得て、そこに変化が生まれた。
「技を一つ修める。それだけで、戦術の幅は広がる。お前の身体能力なら、完璧ではなくとも達人並の威力を放つ事が出来る筈だ」
翔は決して、極めろとは言わなかった。ただ使える様になれ、とだけ教えた。
極めたという訳でもなく、ただ使えるというだけの技。それでも、使えるというただそれだけでも、戦術の幅は大きく広がる。
超人的な身体能力。そこに加わる呪力による身体能力の強化。だが、その呪力操作がこの研鑽で成長している虎杖の身体能力は、さらに上がる!
ゴッ! と、蹴りが決まる。両腕を解き、体勢を崩した東堂の顎へと虎杖は鋭い蹴りを放ち、直撃させる。
心臓がら空き。曝け出された急所―――狙える一点。
右足のつま先で地面を蹴り、一気に距離を詰めて右手を東堂の胸へと立てる。
手刀の様な形で立て、左足を捻り、腰を捻り、右足を上げ、下半身のあらゆる動作から発生する力の全てを、右腕へと引っ張り上げる。
「っ!」
「この打撃…!」
虎杖に―――九遠翔の姿が重なる瞬間。東堂葵は、全ての呪力を右手が突き立てられた一点へと吸い寄せ固める。
ドゴッッッッッ!!!!!!!!
まるで鉄塊と鉄塊がぶつかった様な鈍い音と共に、東堂の巨体が捨て石の様に遠退く。
ワンインチパンチ。或いは寸勁。
それは技ではなく打ち方。攻撃して防御の過程を省略し、相手の体に触れたその瞬間に攻撃する為の打法。
あくまでも敵の防御を裏をかく為の技だったそれから生まれた副産物―――それが、筋肉を固めた程度では決して耐えられない程の打撃力。
肉体の表面ではなく、肉体の内部へと衝撃が走る打撃は、達人が放つならばコンクリートすらも容易に破壊する。
だが、それ故に習得は困難。その武術においては、奥義にすら指定される程である。
虎杖悠仁のこれも、決して完成されたものではない。だが、常人が喰らえば必殺となり得威力を持った、一つの『技』である。
「その技…翔か」
「おう。まぁ、言うて未完成だけどよ」
「当たり前だ。未完成だから、俺は死んでいない。もしお前がソレを完璧に修めていたなら―――俺は先の一撃で死んでいた」
「……そんなに?」
「
「やっぱすげぇな、九遠先生…」
「そういえば、ブラザーに伝え忘れていた。“黒閃を狙って出せる術師は存在しない”」
「え、それさっき聞いたけど」
「あぁ、“狙って出せる術師”はな」
含みをもたせる発言に、虎杖は首を傾げた。
「どういう事だよ?」
「“黒閃を狙って出せる術師は存在しない”―――だが、“黒閃を狙って出さない術師は存在する”」
「…狙って出さない?」
「黒閃を敢えて出さない様に縛りを結んでいる術師が、この世界にたった一人存在するんだ」
「…九遠先生の事?」
「そうだ」
『
打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。
衝突の際は読んで字の如く、黒く光った呪力が稲妻の様に迸り、平均で通常時の2.5乗の威力という絶大な攻撃力を叩き込む。
黒閃を経験した者とそうでない者では、呪力の核心との距離に天と地程の差がある。東堂葵は、虎杖悠仁にそう教えた。
それと同時に―――黒閃を狙って出せる術師は存在しないとも。
だが、その真逆。黒閃を狙って出さない術師は存在する。そして、それこそが―――九遠翔であると。
「奴は過去に黒閃を一度経験して以来、『黒閃を出さない』という縛りを自らに課せている」
「なんで? 黒閃は出した方が良いんじゃないの?」
「それはそうだ。だが、奴の場合は別だ。12年前、九遠翔は――――――
峠を一つ消し去っている」
【東京都立呪術高等専門学校・補助監督報告書】
2006年――――――■月□日。
福岡県宮若市大字、犬鳴にて。
特級仮想怨霊兼特級特定怪談『犬鳴』の任務に、特級呪術師である九遠翔と特別一級術師である竜胆薫が急行。
特級仮想怨霊兼特級特定怪談『犬鳴』の祓除を完了。
死亡者、一名。
九遠翔の黒閃発生の結果、犬鳴峠及び犬鳴トンネル、犬鳴ダム貯水が―――消滅。