「ふう。山賊たちには毎度頭を悩まされるな」
時系列は諸侯会議においてリリーナたちが山賊たちの失踪を取り上げる五日ほど前のことだった。
トリア城の自室にて、レノスは部下からの報告を受けて頭を悩ませていた。
「しかし、我々も情けない。山賊相手に後れを取っては、同盟軍の一員として剣を並べることなどできはしない。何とか騎士団を強化しなければな」
「はい。・・・しかし、わがトリアにはこれ以上兵を抱える余力も新たに傭兵を雇う資金もありません。リリーナ様に、兵の借用を申し出られては?」
「そうしたいが・・・オスティアもオスティアで立て直しの最中だ。それに、リリーナはいろいろ気をもんでいる。いくら従兄でも・・・。いや、従兄だからこそ迷惑はかけられん」
執事の進言をやんわりと退けながら、レノスは頭を抱えた。
「くそ。山賊など、誰かが一掃してやくれまいかな」
「ならば私がいたしましょうか?」
不意にどこからか声がした。レノスと執事は部屋を見渡すが気配はなかった。しかし、二人の目の前に急に魔法陣が現れ、その中から魔導士が一人現れた。
「山賊の一掃。良ければ我らにお任せできませぬか?」
現れた男は、唐突にそう語りかけた。
「突然現れた怪しい人間にか?まずは自分が何者か改めるべきではないのかな?魔導士殿」
「おお、これはもっとも。初めましてレノス様。私、魔導士のラストールと申します。以後お見知りおきを」
「で、どうできるのだ?いくら貴殿が力があったとしても・・・」
「いえいえ。私もそれ相応の策があります。どうですか?一つ『かけ』をいたしませぬか?」
ラストールの提案に、レノスは執事に意見を求める。だが、執事もどうしていいかわからず、主に首をかしげて見せる。話だけでも聞こう。そう考えたレノスはかけの内容を聞いた。
「次の諸侯会議までに、山賊を相当して御覧に入れます」
「次の諸侯会議?バカな。たった五日でトリア近辺の・・・」
「いえいえ。リキアから山賊を消して御覧にいれると申しているのです」
魔導士の提案にレノスは開いた口が塞がらない。リキア一帯を端から端までめぐるとすればどう迅速に進んでも二十日はかかる。この上賊をすべて駆逐するというのだから、最低でも二カ月はかかる。魔導士の条件は、レノスにとって荒唐無稽もはなはだしかった。
「帰愚弄するのも大概にされよ魔導士殿。そんなことなどできるわけない!お引き取り願おう」
「愚弄・・・ですか。なれば乗ってもよろしいのでは?」
「何?」
「我々はあなたからすれば絶対に不可能なことをしようとしているのです。つまり、あなた様には絶対的に優位なかけ。退屈しのぎにでもと考えればよろしいのです。できなかった場合の罰をも私は受けるつもりです」
「・・・どんな罰でもか?」
「ええ。極刑であっても構いません」
「三日に縮めても、可能か?」
「十分に」
レノスは判断に迷った。ここまで不利な条件を突き付けられながら笑みを浮かべるとは、それ相応の策があると言える。しかし、賊を掃討してくれるというのは、彼にとっては利のある話。ここでレノスに魔が差した。
「・・・いいだろう。三日のうちにリキアの盗賊をすべて掃討せよ。できなければ貴殿の命を貰い受ける」
「かしこまりました。では」
再び魔法陣が浮き上がると、ラストールはそれに包まれて消えていった。
「よいのですか・・・?」
「ふん。放っておけ。自分の技をひけらかしたいだけの輩だ」
三日たっても魔導士は現れなかった。
「レノス様、三日前のこと、覚えておいでで」
「ああ、あの魔導士か。もう捨て置け。最近は賊の情報もないしな。復興の遅れを少しでも取り戻さねばな」
「しかし、トリアから賊がいないという事は・・・」
「さすがにリキア全土はあり得まい。だが、少しでもわが領土の治安が良くなればよい。気にすることはないだろう」
そう言ってレノスは気にも留めないまま諸侯会議の時を迎える。その議題で賊の失踪がリリーナから説明されると、レノスは一気に血の気が引いた。
(オスティアだけでなく、ラウスやカートレーなども?リキア全土ではないか・・・)
不意にラストールの言葉がよぎる。
「三日のうちにリキアから賊を掃討して見せましょう」
それが事実と知ったとき、レノスは青ざめた。この様子をロイが不審に思っていることなどは気づきはしなかったが。居ても立ってもいられず、レノスはそのまま病欠を理由にトリアに戻った。そこで彼の眼に飛び込んできたのは、静まり返った街と、人気のなくなった自分の城だった。錯乱する中で自室に飛び込むと、血まみれの執事が倒れていた。
「じいっ!どうした、しっかりしろ!」
すぐさま抱え上げるが、既に執事はこと切れている。状況を把握できないレノスの前に、ラストールが立ちはだかった。
「さてレノス様。かけは私の勝ちでございます。報酬として」
「待て!貴様、民とじい、それに城の兵に何をした!」
「ご安心を民には何もしておりませぬ。ただ、城にいたものは少々うっとうしかったので、全て始末させていただきましたが」
「!!」
「さて、あなたには我々の力になってもらいましょう。・・・マインドンイマ」
ラストールがそうつぶやいて手をかざしてから、レノスの記憶は途切れた。
そしてレノスの脳裏には、ラストールに操られてからの光景がフラッシュバックした。
(わ、私は・・・なんということを・・・)
「レノス殿!聞こえますかっ!僕です!フェレのロイですっ!」
「ろ・・・ロイ殿か」
「!!・・・レノス殿」
「う、私は・・ううウ・グ・・ガァアッ!!」
一瞬意識が戻りそうになったレノスだが、再び我を忘れてロイに襲い掛かる。
「くっ・・・もう少しだったのに」
(ロイ殿、私の声が聞こえるか!)
「レノス殿!?」
歯軋りするロイの脳裏に語りかける声がある。その主は目の前にいるレノスだった。
(う・・・ロイ殿。私はもうだめだ。身体がまるでいうことんきかん。魂以外はもう私は私ではない)
「レノス殿、気をしっかり持ってください。必ずお助けしますから」
(そうか・・・。ならば、ここで私を殺してくれ!)
「なっ!?」
思いもよらぬ要求に、ロイは一瞬棒立ちになる。すぐさまレノスの槍が、今度は左肩を掠めた。肩当ては砕けたが、ロイ自身は傷を負わずにすんだ。
「レノス殿!何を言われるのです!諦めてはなりません」
(もう私の身体は取り返しようがない。私には分かるのだ。もう・・・もとに戻ることは叶わないと)
「しかし!」
(頼むロイ殿!これ以上私を苦しめないでほしい。それに・・・妹のように可愛がったリリーナの、想い人である貴殿をこれ以上・・・ウグァッ!)
大上段から降り下ろす槍を、ロイは横っ飛びでかわす。ここでロイは大きく間合いをとった。
「レノス殿・・・もはや他に道は・・・」
(頼む!もう、私のココロハゲン界だ。私がまダ、ワタシデあるうちニ・・・・)
「レノス殿・・・」
レノスの決死の懇願に逡巡するロイ。その時、レノスと目が合う。生きているレノスの瞳からは、涙が流れ落ちていた。その涙に、ロイは腹をくくった。
(レノス殿・・・分かりました。苦しむことなく・・・仕留めてみせます)
顔を伏せ、ロイはレイピアを眼前に掲げる騎士の儀式をした後、切っ先をレノスに向けて制止した。一点の曇りもない必殺の構えだ。
「ナンノツモリダ。(ロイ殿、それでよい・・・)キサマノソノクビ、(しくじらないでくれ)モラッタァアァッ!!!」
二つの声が被さるさなか、レノスはとどめを刺さんと肉薄してきた。そしてロイもまた、レノスに向かって突進した。
(許してくれ!レノス殿・・・!)
二人の身体が重なり、レノスは大きく吐血する。ロイのレイピアはレノスの心臓を、寸分狂いなく貫いた。ロイの頬には、浴びせられたレノスの赤黒い鮮血と、これが唯一無二の手段となり、レノスを助けられなかったことを悔やむ、ロイの涙が流れ落ちた。
その瞬間はリリーナも見ていた。
「レ・・・ノス・・・い、嫌あぁぁぁぁっ!!」
「おやおや、愛しい者が生き残りましたか。魔力も大分頂けましたし、最期の別れを告げなさい」
絶望するリリーナにそうささやいて、ラストールはリリーナの拘束を解いた。床に投げ出されたリリーナは、鉛のように重くなった身体を、気力を振り絞って這うようにレノスに近づいていく。
ロイはレイピアをレノスから引き抜くと、丁寧にレノスを床に寝かせた。
「レノス殿・・・許してください。僕には、こうすることしか・・・」
「よいのだ、ロイ殿。これで・・・。リリーナを、悲しませるようなまねは・・・もうしたくなかった」
懸命に涙をこらえるロイに、レノスは優しく語りかける。
「レノス様・・・」
そこにリリーナもやって来る。懸命に立ち上がって近づいてきたリリーナに見せたレノスの表情は、幼き日に見た従兄の優しい微笑みだった。
「すまないな・・・リリーナ。私が・・・浅は・・か、だった・・ばかりにゴブっゴフっ」
咳き込むたびに、レノスの口から赤黒い鮮血が吐き出される。それに死期を悟ったリリーナは、レノスの手を取り握りしめる。血塗れでべっとりとしているが、そこからは人の温もりを確かに感じた。そのまま顔を伏せてむせび泣く。
「ロイ殿・・・リリーナ・・・どうかトリアを、リキアの未来を・・・頼む。父上と・・・ヘク・・トル様に・・謝りに・・・・・」
そう呟いてきり、レノスは動かなくなった。