「ん?何か来るぞ?」
「あれは・・・天馬か?トリアのほうからだが」
ラウス城の見張り台。そこで騎士たちが北西から飛来する天馬に気づいた。
「敵か?」
「わからん。とにかくルカ隊長の指示を仰ごう」
そう言った兵士が自分たちの隊長を呼ぶために城内に駆け込む。程なくして部下に案内された黒髪の女騎士が現れた。
「あれがその天馬か。それぞれ二人乗り。・・・男が一人混じっているな」
「はい。いかがいたしましょうか」
「戦意はなさそう、か・・・。よし、ここに降りさせろ。お前はマーカス将軍に報告だ」
ルカの指示により、兵士たちは天馬を城のテラスに誘導、着陸させた。天馬から降りた四人に、ルカが毅然とした態度で言い放った。
「ラウス騎士団第一小隊隊長、ルカである。貴殿らは何者か!」
「フェレ侯爵ロイと、オスティア侯爵リリーナだ。マーカス将軍にお目通り願いたい」
赤い髪の剣士の言葉に、兵士の誰もが目を見開いてざわつく。それが本当のことだとすれば、リキア同盟の大黒柱が今目の前にいるということになる。ただ、それでもルカは態度を崩さなかった。
「・・・よかろう。念のため武器と魔道書をお預かりしたい。お前たちはこの二人の天馬騎士を見張っていろ。何か妙な真似をしたら捕らえても構わぬ」
その態度にシャニーがむくれ、ティトがそれをたしなめたのは言うまでもない。
要求どおりマーカスと引き合わせると、ルカはりんごのように真っ赤にした顔でロイとリリーナに謝罪した。
「申し訳ありませぬ!!何分、女しか乗らないはずの天馬に男がいたもので・・・。リキア同盟の盟主と我がラウスを支援して頂いているフェレ候に、私はなんて粗相を・・・」
「ハハハ。気にしないでいいよ、ルカ。君は任務をしっかりこなしたまでだ。なかなか立派な騎士じゃないか、マーカス」
「はい。・・・しかし、何事にも少々まじめすぎるというか、どうにも堅物なところもありまして・・・」
ルカの振る舞いをむしろほめるロイに、かつての忠臣は苦笑いだ。そしてロイの言葉に、ルカの顔はますます赤くなる。
「これ、ルカよ。もう肩の力を抜け。それでは熟したりんごのようだぞ」
「は、はい!申し訳ありません!」
それでも態度が崩れないルカに、マーカスはやれやれとため息をついてから、真剣な表情でロイを見た。
「ロイ様、実は・・・」
「わかっている、フェレが攻撃されたのだろう?ティトから聞いたよ。ラウスには、何か情報が入っていないかい?」
「は、何度か斥候を東に放ち情報を集めたところ、どうも連中はタニスを手中に収めているそうです」
「タニス・・・ミスティのところか」
ロイが口にしたミスティとは、彼やリリーナ、そしてシードと同じオスティアの学問所での同級生であると同時に、大陸でもっとも広く信仰されているエリミーヌ教の司祭であり、杖の扱いについてリキアで彼女の右に出るものはいない。マリンダという姉がいるが病弱で政務をこなすことが困難なことから、動乱後は彼女が爵位をついてタニアを収めている。
「つまり、アラフェン候たちは、フェレを攻める足掛かりとしてタニアを手に入れたということかしら。マーカスさん、ミスティたちは大丈夫かしら?」
「残念ながら、まだそれは確認できておりません。リリーナ様。エリウッド様をはじめ、フェレの様子も斥候を放っておりますが・・・」
表情を曇らせるマーカスの心中をロイは察する。今はラウス家の身ではあるが、長らく使えた主の安否がわからない胸中は穏やかではないだろう。
そんな周りの空気を打破しようと、ルカが進言してきた。
「ロイ様、マーカス将軍。こうなれば、私が一個小隊を率いてフェレを見てまいります!」
「馬鹿を言うなルカ!まさかさっきの無礼の侘びとでも言うのではあるまいな」
「それもありますが・・・いつまでもここにいては何の解決にもなりません。我がラウスはフェレから支援を受けている身、ならばここでその礼を尽くすべきではないでしょうか。それにタニアが敵の手中にあるならば、そこを前線基地としてフェレに援軍をつぎ込みやすくなり、下手をすれば陥落という事態にもなりかねません!」
無茶な案件だったが一理あった。タニアはフェレとカートレーに挟まれるような位置関係にあり、カートレー軍がそこを拠点としている可能性は高い。となればヘスマンらがそこをフェレ攻撃の拠点としていることは火を見るよりも明らか。ルカの言うように、一刻も早くフェレに向かう正当性はあった。
「・・・。よし、マーカス。ルカの案を使おう」
「ロイ様、しかしそれはあまりに」
「確かに危険はある。だが彼女の言うように一刻も早くフェレに行く必要もある。僕がその指揮を執る」
「大丈夫です、マーカスさん。私も一緒に行きます。ロイの剣と私の魔法、取り返すことはできなくても乗り込むことぐらいはできるわ」
ルカの意見にロイとリリーナが賛同し、マーカスも腹を決めた。
「・・・。わかりました。では、ルカよ。すぐに精鋭を編成し、ロイ様とともにフェレに向かえ!」
「御意!」
形の整った敬礼をし、部屋から駆け出していくルカに、ロイは頼もしさすら覚えた。
「アレンの熱さとランスの律儀さを併せたような騎士だ。シードは良い部下を持ったな」
「この老いぼれにはもったいない限り。シード様とルカがいる限り、ラウスの未来は明るいでしょう」
「私もそう思うわ。私もしっかりしなきゃ・・・」
編成を終えたルカ率いるラウス騎士団は、ロイに率いられてすぐさまフェレに向けて出撃。ティトはロイ達のことを先に伝えるべくフェレへ、シャニーはシードに伝えるべくオスティアに向けてそれぞれ飛翔した。
出撃から二日後、ロイ達はフェレの国境に差し掛かる。
「もうすぐレステン村だ。ルカ、そこで休息をかねて情報を集めるぞ」
「はっ。了解しました」
ロイはその近辺にある村で、行軍を停めることにした。一刻も早く故郷にむかいたいところだが、つれてきた兵力を考えると、すぐに仕掛けるのは無謀だ。かなりの強行軍で来たために、戦う前には体を休めておきたい。逸る気持ちを抑えての休息だった。
しかし、村を見下ろす丘の頂上に達した時、リリーナがその異常に気づいた。
「え?あれは・・・!ロイっ、村が!!」
後ろに乗るリリーナが指差す方を見ると、ロイにとって信じられない光景が飛び込んできた。
時間を少し巻き戻す。ロイ達が立ち寄ろうとしたレステン村に、リキア同盟軍旗を掲げた一団が訪問した。一団を率いる男は村長を呼びつけた。物々しい雰囲気に、村長ら村人たちは戸惑いながら男の前に現れると、男は尊大な態度で命令した。
「村中の食糧と金貨を献上せよ、ですと・・・」
「そうだ!今フェレは戦乱の危機に貧しておる!よって、有事に備えるべく我々はここへ来たのだ!さあ、とっとと始めろ!」
「お、お待ちください。事前に知らせもなくくるとは、これまでのフェレではありませんでしたので・・・急に申されましても」
「何だと・・・?貴様、事は急を要するのだ!可能な限りでよい!さっさと出せ!」
「し、しかし・・・」
戸惑うばかりの村長に業を煮やした男は、部下のアーチャーに命じて、村長の肩を射抜かせた。
「ぐあっ!」
「村長!」
「ああ、なんてひどい・・・」
うろたえる村人に対して、男は語気を強めていい放った。
「今のは警告だ!我がリキア同盟軍にこれ以上逆らうと言うのなら・・・次は火を放つ!」
「わ、分かりました!すぐに準備します・・・」
すっかり怖じ気づいた村長が、弱々しく頭を下げて青年たちに食糧と軍資金の準備をするよう促した。しかし、村長の息子で、この村の自警団長を務めるアルクが、毅然とした態度で尋ねた。
「失礼ですが隊長殿。貴殿らはフェレの騎士団でしょうか」
「ああ。先日こちらの方面に配属されたばかりだがな」
「では受け渡しの折、『しるし』をお見せ頂きたいのですが」
「なに?」
「フェレ地方の騎士団は、私たちから糧食を徴収するときに必ず証である『しるし』を頂くのですが、お持ちですね」
「む・・・」
アルクの問い掛けに、男の態度は変わる。若干ではあるが、間違いなく戸惑っていた。
「お、おう。あの『しるし』・・・な。すまぬ、何分急に来たものだから今手元にないのだ。後日改めてこちらに持ってこさせよう」
「フフフ、それは無理ですよ隊長殿。何故なら、『しるし』なんてはじめからないのですから」
「!?」
アルクの笑みに、男は図られたことを悟り、うろたえる。一気呵成にアルクは言い返した。
「いくら貴殿がリキア同盟軍であったとしても、この振る舞いは賊と何ら変わりませぬ。申し訳ないが、お引き取り願いたい!!」
アルクの態度に、男の怒りは頂点に達した。そして思わぬ暴挙に出る。
「おのれぇ・・・リキア同盟軍を、侮辱しおったなぁ!その罪、思い知らせてくれる!!者共、ここは反逆者のアジトであると判明したっ!これより反逆者の掃討にかかれ!全てを焼き払い、こやつらは女子供残らず討ち果たし、食糧と金は没収せよっ!!」
一本の火矢が茅葺き屋根の民家に突き刺さり、たちまち火の手が上がる。村は混乱に陥るが、幸運な事に、これをロイ達が目撃したのであった。