「一体どういうことなのだ!」
フェレ城から北に離れたボルム山近辺にある古城。そこでアラフェン侯爵ヘスマンは地団太を踏んだ。
「数の上ではわが軍が圧倒しているうえに、奇襲を仕掛けることもできたのだぞ!それでいてなぜいまだにフェレ城を落とせないのだ!」
アラフェン・カートレー・トスカナの三侯爵が「新リキア連合」を名乗って、リリーナ擁護派の中核であるロイの故郷フェレ家を攻めて七日、一向に進展しない戦況にヘスマンはいらだっていた。
「せっかく魔導士を使って居城に戻り、相手の予想だにしない速さで進撃したというのに・・・これでは台無しではないか!」
「し、しかしヘスマンよ。まさかフェレ騎士団がここまでやるとは思わなんだのう・・・。アレンと、ランスといったか。やはり先の動乱で功績を上げた力量はだてではなかったのう」
いらだつヘスマンをなだめようと声をかけたカートレー候ビバンツだったが、彼の怒りに油を注いだだけだった。
「うるさい!私の予定ではもうフェレを制圧して三日のはずなんだぞ!第一天馬騎士がいるなんて聞いとらんぞ!誤算がこうも続くとは・・・」
やりきれない怒りを吐き出しながら、ヘスマンは拳をワナワナと震わせていた。
オスティア城での謎の一段の夜襲とリリーナの拉致には、やはり彼らが深く関わっていた。彼らは人を裏切りし人、「古(いにしえ)の民」なる集団を使って、リキア同盟の解体を目論んでいたのである。事件後、三人はその日のうちに古の民の転移魔法によって居城に戻り待機させていた軍隊を統合。総勢一万騎の大部隊となって、リリーナの次にもっとも目障りな存在である、ロイの故郷フェレを留守中を狙って侵攻。元盟主代行として未だに影響力のあるエリウッドの抹殺も狙った作戦である。電撃的な侵攻でまずタニアを制圧。領主の姉を人質にとって無理やり懐柔させ、ここを足掛かりに一気にフェレ領へ侵攻。国境の砦や村を次々と支配下に置き、あとは本丸であるフェレ城を落とすのみ・・・と考えていた。
だが、フェレ城に侵攻してからは惨めなものだった。強襲に慌てたものの、病床の身を起こして指揮するエリウッドの指示により、フェレ騎士団が連合軍を迎撃。そこで連合軍はあろうことか、前衛部隊を完膚なきまでに叩きのめされたばかりか、攻城戦の要と言える弓兵部隊を失ってしまったのである。数と速さにモノを言わせて攻略を狙ったヘスマンだったが、その力量差を思い知らされる羽目になった。
しかし、その作戦自体も、彼は「誤算続き」と頭をかいたが、そう言える代物ではなかった。彼らはフェレ軍の力量と現状をまるで把握できていなかったのである。もともと彼らはオスティアのように密偵を抱えていないため、「表」の情報だけを頼りに作戦を練っていたのである。そしてそれは明らかに動乱前の情報であり、かの動乱を経て成長していたフェレ騎士団をなめてかかっていただった。天馬傭兵騎士団のことも頭に入っていなかった彼らは、フェレ騎士団からのカウンターを三次元でくらってしまったことで被害が甚大となったのである。
「おまけに始末できたはずのロイやリリーナが生きているらしい・・・。あのラストールという魔導士、まるで使い物にならんかったわ。だが、フェレに援軍を派遣できないよう、ラウスの西にある諸侯どもにはそれを阻止するよう約定を交わしておいた。フェレには援軍はない。仮にロイたちが駆け付けようとたかが数人で何ができる!何としてもフェレを焦土と化し、ロイにリリーナをかばい続けたことを後悔させるのだ!」
意気込むアラフェン侯爵だったが、机上の知識しかない彼には、戦場では当たり前の「予期せぬこと」への備えはまるでなかったのであった。
一方、国境の村レステンにて休息と復興にあたっていたロイたち先発隊に、オスティアから東進してきたシードたちが合流した。シードらの部隊の主な顔ぶれは、ディーク、ヒュウ、オージェ、ウェンディ、シャニー。そしてラウス騎士団第一小隊。この合流でロイ達の戦力は百騎余りとなり、フェレ城に向かう目処はついた。そこにティトからの報告が届けられた。
「ロイ、書状の中身はなんだ?」
せかすシードを尻目にロイはティトから受け取った手紙を読む。次第に安堵の表情に変わっていった。
「父上からだ。とりあえずフェレ城下は今のところ無事らしい。もうしばらくは籠城できるらしい」
「そうか。ならば尚更急がねばな。持ちこたえているうちに戻らないとな」
シードも同じように安堵し、進軍の意思を固める。だがロイは別の策を考えていた。
「いや、まずこのサンタルス地方の村々を解放する」
「フェレに行かんのか?」
「父上のもとにも、国境付近の村がアラフェン連合軍に蹂躙されていることは耳に入っている。彼らは外堀を埋めることでフェレを追い詰めようとしているらしい。父上としては解放したいけど城の防御で手一杯で助けにいけないそうだ」
「・・・なるほど。タニアを前線基地としている以上、この上に郊外の村を手中に治めればアラフェン側はますます勢いづく。だが、それらを各個撃破できれば、埋められた堀を掘り返せるし、向こうの戦力も削れるわけだ」
ロイの意思を理解したシードは、納得したように頷く。だが、ロイの考えはもう一つあった。
「それに向こうと比べて、僕らはまだまだ数では圧倒的不利だ。そんな僕らが敵の戦力を打ち負かし続けれたとすれば・・・」
「・・・効果は推して知るべし。確かにこっちにはかの動乱で名を馳せた猛者ばかり。ロイ、リリーナ、それにディーク殿。この三人の名前は戦を知らない連中の戦意を十分削げる。うまくいけば敵を瓦解できるな」
「だからこそ・・・」
ロイはそう言って地図上の一つの村を指差す。
「この地方で一番大きい村、タルシアンの駐留軍を叩く」
ロイの選択したタルシアン村は、サンタルス地方が侯爵領地だったころの領主館が残る村で、侯爵亡きあとフェレにサンタルス地方が併合されてからは、サンタルス地方最大の豪商ハムスト家が管理している。アラフェン連合がフェレ侵攻の折に真っ先に攻撃し、ここを橋頭堡(きょうとうほ)としている。故に、この地方の中では最も多くの戦力が駐屯している。その数およそ五百。ロイたちの五倍である。それでもロイは、強力な魔導士が二人いることを利用して、電撃的な奪還作戦を立案。実行に移したのだった。
タルシアン村は、レステン村から見て低い位置にあり、周囲を山林に囲まれた盆地にあった。そこでの様子はというと暢気なもので、村を占領する連合軍はいまだに祝い酒をかっくらっていた。馬で一日も離れていないこの村に緊張感がないのかというと、レステン村にいた駐留軍はほとんど全滅し、生き残りはすべて捕虜としてレステンにて軟禁されていたため、情報が伝わっていないからだ。
その上空を二頭の天馬が通過していた。
「ほんとに間抜けてるね、連中。村人たちをいじめることしかしてないのに、まるで勝ち戦だよ」
リリーナを乗せながら見下ろすシャニーは、道端や壁にもたれかかって酔いつぶれている敵兵にあきれ返っていた。
「そういうあなたも、浮かれやいところがあるから、気を付けることね」
「え~、お姉ちゃんひどくない?」
「ははは。ティトさんよ、シャニーちゃんは、もうそこまで子供じゃないんだぜ?」
「そうですか?」
姉の指摘にむくれるシャニー。それをティトの天馬に同乗するヒュウが笑った。
「だが、確かにこんなボンクラ連中だったら、魔法と自然現象の区別はつかねえだろうぜ」
「ヒュウさん、間違っても村人たちが軟禁されてる領主館は狙っちゃだめよ」
「了解。そんじゃリリーナ様、派手に雷を落としてやってください」
ヒュウに促され、リリーナは呪文を口ずさんで右手に魔力を込める。そして兵士たちが多くたむろしている広場にある噴水めがけてそれを落とした。
「サンダー・・・ストォームゥッ!!!」
山が吹き飛んだかのような轟音と強烈な雷の放つ閃光に、酔っぱらった兵士たちは蜂の巣をついたようなありさまだった。そこにティトに急降下させたヒュウが二の矢を放つ。
「季節外れの大雪と行こうか。フィンブルッ!!」
メインストリート上空から突然の大寒波。そこを通って逃亡を図った兵士たちはすべて氷漬けになった。当然兵士たちの混乱は増すばかりである。
「それじゃあ行くか。ライド、ルカ、行くぞ!ラウス騎士団、突撃ぃっ!!」
先陣を切ったシードに続いて部下のライド、ルカ率いるラウスの精鋭騎兵たちが一気に村になだれ込む。もはや逃げることしか頭にない連合軍は、最後の出口を目指して突っ走る。そこにはロイ率いる歩兵部隊が待ち構えていた。
「逃げてえのか?構わねえぜ?俺の大剣をくぐりぬけれればな」
「フェレの民を苦しめた逆賊ども。投降すれば助命しよう。だが、その気がないなら容赦はしないっ!!」
嘲笑を浮かべるディークと、殺気を放つロイ。二人の剣士の尋常でない覇気に、彼らはただ座り込むだけだった。
なんとわずか二時間で、ロイたちはタルシアン村の奪還に成功。その日のうちに近隣の村々すべてを開放し、わずか一日、しかも日中のうちにサンタルス地方の奪還に成功したのである。
そしてその武勇は、連合軍に大きな衝撃を与えたのであった。
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