「トスカナ軍が、消えた?」
ルカからもたらされた情報に、ロイは目を白黒させた。シードは苦笑を浮かべながら部下を咎める。
「おいルカよ。冗談を言えるようになったのは褒めてやるが、質の悪いものでは笑うに笑えんわ」
「シード様、私は絶対に冗談は申しません!ですが、確かなのです。動向を見張っていた斥候からの報せ、それもライドからのものです。シード様に誓って嘘偽りは申しません!」
ルカの言動から、三人はそれを信じたが、報告された内容はとてもではないがそうできるものではない。実際に三人は現場に向かった。
「蹄の跡・・・まだ新しいな。しかし、この途切れ方は、ずいぶん不自然だな」
村の南にある街道につき、地面を注視したロイは行軍の足跡を見つけた。だがそれは村からわずか五里のところでふっつりと消えており、周囲の森や崖に進路を変えた痕跡もない。
「リリーナ、こういうのは魔法でできなかったか?」
シードの問いにリリーナは顔を曇らせた。
「確かに『レスキュー』の杖を使えば・・・でも一人二人じゃなくて一軍隊よ。こんな大人数を一度に転移させるなんて、想像がつかないわ」
そこに、村から慌てるように飛んできたシャニーが、三人に知らせた。
「今、フェレから連絡がありました!アラフェン軍が撤退したそうですっ!」
「父上!ご無事でしたか!」
シャニーの知らせを受けて、翌日ロイ達はフェレに入った。城内で騎士団の労いもそこそこに、真っ先にエリウッドのもとへ駆けつけた。
「ロイか。ご苦労だった。サンタルス地方の奪還、大義だ。リリーナとシードも、心配をかけたな」
「いいえ。おじ様がご無事で何よりです」
「エリウッド様から受けた恩に比べれば、これくらいは訳ありません」
若い諸侯たちを労ったところで、エリウッドはロイからここまでの情報を話し合った。トリアやオスティアでの謎の一団や、事の発端とも言える賊の失踪に至るまで、ロイは包み隠さず話した。その中でエリウッドが食いついたのは、金色の目をした集団だった。
「・・・まさかお前たちも、そのような連中と戦うはめになるとはな」
「お前たち『も』?父上、ご存じなのですか!」
「おじ様、よろしければ話していただけませんか。・・・レノス様の仇である、その金色の目をした者達のことを」
二人に迫られ、「わかった。隠すほどでもないだろう」と、エリウッドはとつとつと語り始めた。
「もう20年以上前になるな・・・私の父エルバートが行方不明となる事件があってな」
「おじい様が、行方不明」
「その足跡をたどるうちに、シードの祖父にあたる、当時のラウス候ダーレンがオスティアに対する反乱を計画していることがわかった」
「・・・親子二代で、リキアを裏切るとはな」
「だが、その裏で、竜の復活を目論むネルガルと言う闇魔導師がいた。その男が作り出した私兵が、お前たちが戦った『モルフ』と呼ばれる人形だ」
「人形・・・あんな強力なものを、ネルガルは生み出していたんですか」
「ああ。それも何百体もな」
エリウッドの言葉に、リリーナは絶句する。それがどれだけの魔力を擁するのかが、彼女には理解できない域にあった。
「ではエリウッド様。今回の一連の動きには、そのネルガルという男が・・・」
「いや、それはない。奴は私が、デュランダルにて倒したからな」
「デュランダル?神将器の!」
「父上は、デュランダルを使ったことがあるのですか?」
エリウッドの思わぬ告白に、シードとロイは目を見開く。当然である。彼らの中で神将器はベルン動乱で復活した『竜』に対抗する切り札として、人竜戦役以来の復活となったはずだったのだ。それが20年前に打ち度自分の父親が手にしていたという事実に、ロイはただただ驚くだけだった。
「その戦いでは、ヘクトルも神将器を手にしている。とにかくそれほどの力を使わねば勝てない相手だった」
「しかしエリウッド様、それなら今なぜ『モルフ』が敵として我々の前に現れたのでしょうか・・・」
「うむ。ネルガルは常に力を求めていた。そして古代魔法の研究に明け暮れていたという。その古の民とやらが古代魔法に関わりがあるのだとしたら・・・モルフを作る術を知っていても不思議はないだろう」
エリウッドから聞かされた話は、ロイたちにとって半信半疑なものであったが、敵の正体が少しでもわかったことは収穫だった。そしてそれ以上に、彼らには気になることがあった。
「ヘスマン殿は・・・どうする気なのだろう」
ロイが最も気になったのは、全軍を撤退させたヘスマンの動向だった。おそらくまずはタニアに戻ったのだろうが、次の行動が読めないでいた。もっとも考えられる可能性は、タニアの侯爵姉妹を人質にとってリリーナに盟主退陣の勧告をすることぐらいか。しかし、古の民と手を組んでいたことはもはや一目瞭然。カードにまだ彼らがいるとしたら、モルフを生成して再び進撃してくる可能性もある。そもそも今更交渉に出てくるとは考えにくい。
「ともかくまずはタニア城を解放せねばならん。アラフェンをとがめるにしても、タニアをほったらかしにするわけにもいかんしな」
シードの提言に誰もがうなずき、一行はタニア城奪還作戦を立案、実行に移すことになった。
「う、ううう・・・ここはどこだ?」
頭を抑えながら、ボスカーは意識を取り戻した。
「一体なんだったのだ、あの光は。我々はもう少しでロイたちを・・・」
ボスカーの言うように、トスカナ軍はあと少しでタルシアン村につくというところで、突然強烈な閃光に襲われたのだ。そして今、それ以来の目覚めだったのだが、真っ暗で何も見えない
「ここは一体どこなのだ。早く出ねば、ロイどもを叩きに行けん」
『その必要はないよ』
不意に誰かの声がしたかと思うと、ボスカーは再び強烈な閃光に見舞われた。やがて光が薄れると、ボスカーは目の前の光景に唖然とするだけだった。
どこかの大広間のような石畳の間に、芋を洗うような大混雑で自軍とカートレー軍の兵士がごった返ししている。そこには戸惑っているビバンツもいた。
「おおボスカー。サンタルスに攻め込んでいたのでは?」
「そ、それが・・・どういうわけかここに連れてこられた。ここはどこなのだ」
「わ、わしにもわからん・・・」
『ならば教えて進ぜよう』
再び誰かの声がした。ボスカーとビバンツは真上を見上げる。そこに浮かび上がったのは山のように巨大化したヘスマンだった。
「な、な、な、なんじゃあ・・・」
「へ、ヘスマン!これは一体どういうことだ!何のつもりだ貴様」
『何のつもり・・・とな?それが新たなるリキアの王に対する言葉か?』
「何だと!?貴様気でも狂ったかぁっ!!」
ヘスマンの態度に激昂したボスカーは、手にしていた手槍を、ヘスマンの顔を目がけて投擲する。だが、槍はヘスマンをすり抜け、むなしく弧を描いて地面に落ちた。
『もう貴様らの役目は終わった。あとは我が糧となって朽ち果てるがよい』
ヘスマンがそう言い終わると同時に、彼らのいる大広間が突然揺れだした。見渡すと、五つの方向から大きな影がそびえ立ち、みるみるその感覚を絞らせていく。同時に遠巻きにいた兵士たちが次々と自分たちのほうにわめきながら寄ってくる。
「どういうことだ。部屋が狭まっているというのか?」
『君にしては頭のいいことだ。ならばもう察しが付くだろう』
「??・・・!」
ヘスマンの言葉の意味が分からず、ボスカーは一瞬思考が止まる。だが一つの結論が浮かび上がった時、悪寒が走った。
「ま、まさか・・・ここは貴様の『掌』だというのか!」
そう叫んだ瞬間。五つの山は完全に重なって天井となり、その高度を一気に下げてきた。
「どういうことじゃ。わしらを握りつぶすとでも・・・」
「へ、ヘスマン!やめろっ!」
『聞こえんな。役に立たぬ獣の声なぞ。熟れた果実の如くつぶれるがいいわ』
「や、やめろっ!悪かったっ!もう勝手には動かんっ!お前の・・・めに・・・す・・・へ・・・うぎゅ・・・」
ボスカーの命乞いは、巻き添えとなる兵士たちの絶望の叫びと、閉じていく空間にかき消されていった。
ヘスマンが右手の拳に力を込めたとき、その拳の中で『何か』が握りつぶされ、大量の鮮血が絞り出された。
その手を開くと、黒々と輝く赤い光の球が浮かんだ。それを見たラストールは、満足げな笑みを浮かべた。
「これはこれは・・・雑魚どもも五千も集まればそれなりの『エーギル』が採れましたな」
「で、これはどうすればいい」
「ご自身の身体に取り込みなされよ。さすればあなたはこのデュランダルを使いこなせるほどの使い手となりますぞ」
「そうか。では、いただくか」
エーギルの塊を頬張ったヘスマンにすぐに変化が現れる。全身が赤黒く発光し、人間とは思えない叫び声をあげ、やがて禍々しいオーラを身体にまとわせた。
「オオ・・・。満チテイル・・・。何トイウ『チカラ』ダ・・・」
満ち溢れる力に酔いしれるヘスマンを、ラストールは嘲笑を浮かべて見守るのだった。