アラフェンとタニアの国境の近くの森林地帯。
その獣道を必死に駆ける男がいた。年ごろはまだ若いらしいが、マントで全身と顔を隠しているのでどういう人間かはよくわからない。
ただ、相当ヤバい目に合っているのは確かなようだ。マントからちらりと見せた鈍い光。それを放った短剣は血みどろになっていた。
「くそったれ、しつこい連中だ!だが何としてもフェレに行かねえと!!」
そう言って男はまたひたすら走る。だがその歩みが途中で止まる。いつの間にか、前後を追っ手に囲まれていたからである。
「ちっ!・・・お前らそんなに死にてえんだな」
強気な言葉を吐き捨てて、男はキルソードを構える。対峙する男は、特に何かを言うでもなくすぐさま飛び掛かってきた。
「しつけえんだよっ!!」
そのすれ違い様に、男は飛び掛かってきた男の喉を斬り裂く。間髪入れずにもう一人の男が斬りかかってくす。だが、すぐに動きが止まる。そして仰向けに倒れた。眉間にナイフを突き刺されて。
「誰んだ・・・このナイフ」
男はそう言ってナイフを手に取る。それには見覚えがあり、それが誰のものかを思い出した時、男は露骨に嫌な顔をした。
「へっへ~ん、無事だったようね~子分その1。命の恩人に感謝することね」
「その言い方はやめろキャス。ったく、2年たっても呼び方は変えねえんだな」
「あら、ずいぶんなめた態度じゃない。助けたんだからお礼ぐらい言わないとね~」
「ちっ、へえへえ、ありがとうございました」
尊大なキャスの態度に、男はすねながら謝った。
彼はチャド。かの動乱ではリキア同盟軍の諜報活動員として活躍した少年だ。現在はフェレ家の密偵として活動する傍ら、同じ孤児院で育った魔導士ルゥとともに、アラフェンで孤児院を営む。
「で、そんなに血まみれになって、誰に何を言うつもり?」
からかうように話すキャスに、チャドは思い出したように語った。
「っと、すぐにエリウッド様に報告しねえと!・・・ちょっとアラフェンが面倒なことになってんだ」
「ふ~ん。じゃ、一緒にタニアに行こっか。こっから近いし、ロイもいるしね」
「ほんとか!そりゃ都合がいい。ロイ様にも、ちょっとマズい報告しなきゃいけねえんだ」
そう言って二人は森の中に再び消えた。
一方のタニア城。そこにはリキア連合軍が二千ほど残っている。その司令官であるアラフェン軍のカノーブ将軍は、部下からの報告にいらだっていた。
「侯爵様が行方知れずだと!?アラフェンに戻ったのではないのか?」
「はあ・・・ですが、フェレから本軍を撤退させてから、ヘスマン様だけでなく、ボスカー様やビバンツ様も行方が未だにしれません」
「ボスカー様はサンタルスに向かったらしいが・・・何の手がかりもないというのか?」
「残念ながら・・・」
「うむう・・・。だが、だからと言ってここを開けるわけにもいかん。タニアは我がリキア連合の重要な前線拠点なのだからな。よし、引き続き侯爵様をお探ししろ。それからレーブやウォードとも連絡を取れ!ラウスを攻撃させて向こうに動揺を与えるのだ」
カノーブの指示を受けた部下と入れ替わるように、一人のシスターが入ってきた。
「なにようかな?姫君。まさか、同盟軍に寝返ろうとでもお考えなのかな」
尊大な態度をとるカノーブに、この城の本来の主、タニア候ミスティは睨み返した。
「裏切る?その言葉、そっくりお返しいたしますわ。リキアという国を裏切り、オスティアに刃を向けたあなた方こそ裏切り者ではありませんか」
「フン。確かに我々は事を起こしてはいるが・・・すべてはあの小娘の指導力不足に他ならぬ。リキアは我らの主、アラフェン候ヘスマン様が治めるべきなのだ!」
「三侯爵が手を組んでおきながら、フェレすら落とせなかった男が、このリキアをまとめられるとは思えませんが」
負けじと皮肉るミスティに、カノーブは平手打ちをくらわした。
「戦うこともできぬ小娘の分際で・・・あまり我らを怒らせぬことだ。さもなくば、姉君の命がどうなろうと、私のあずかり知らぬことになりますぞ?」
額にしわを作りながら、カノーブは部屋を出た。残されたミスティは、目を閉じて祈りをささげた。
(聖女エリミーヌよ・・・我らリキア同盟に、祝福を与えたまえ・・・)
今の彼女にできることは、かつての学友たちの無事と勝利を祈ることだけだった。
そのリキア連合の司令官であるヘスマンは、今どこにいるのだろうか。
ヘスマンはラストールとともに、ラウスの西にあるレーブ侯爵家の館にいた。
そしてレーブは今、その歴史に終わりを告げようとしていた。
「ぎゃあああああっ!!!」
淑女の断末魔が部屋中に響き、レーブ侯爵は腰を抜かしていた。
「ひ、ひぃっ!へ、ヘスマン殿気は確かか」
「黙レ。貴様ラガ戦イニ加ワラナカッタコトデ、私ノ完璧ナ計画ハ頓挫シタ。我ラニ呼応シテスグ動イテイレバ、ろいモしーどモ始末デキタモノヲ」
ヘスマンは反乱を起こす前、オスティアとラウスがフェレに駆けつけられないように、その二国に挟まれているレーブ侯爵に、自分たちと呼応してラウスに攻撃するよう取り付けていたのである。
だが、そのことを感付いたシードが、ロイと合流する前にレーブ侯爵にくぎを刺したのである。
「訳あってラウスは主力をもってフェレに向かうことになった。なるべく貴殿らは動かないでもらいたい。動こうものならどうなっても知らんぞ?ラウスはもとより、北の旧キアラン領の駐屯軍と全軍を残してあるオスティア軍、この三方から挟撃されると思っていただきたい」
その時のシードの態度もあったが、これに怖気づいたレーブ侯爵軍は一切動かず、やすやすとロイたちをフェレに帰らせたのである。
そのことを知ったヘスマンは、アラフェンに帰る前の憂さ晴らしに、レーブ侯爵家を文字通り断罪したのであった。城に来るや侯爵の血縁者を老若男女問わず惨殺し、今目の前で侯爵夫人を真っ二つにしたのである。
「りきあノ開祖、ろーらんガ操リシ『デュランダル』デ葬ッテヤル。アノ世デ家族水入ラズにクラスガイイ」
「うわわ、やめろっ!助けてくれえっ!!!あぎゃああああああああっ!!」
右の肩口から左の脇腹にかけて一刀両断され、レーブ侯爵家はここにその歴史を閉じたのである。
「ヘスマン殿、お見事な腕でございます」
「スマナカッタナ、らすとーる。我ガ憂イヲ断チタカッタノデナ。コレデ心置キナク王ヲ目指セル」
「然様ですか。それでは戻りましょう。アラフェンでは段取りが整っておるはずです」
足元に浮かんだ魔法陣に包まれ、ヘスマンとラストールは、血なまぐさい屋敷から姿を消した。
そして反乱終結を目指す、ロイ率いるリキア同盟軍は、連合軍の手中にあるタニアに向かった。目的は無論その解放であり、ロイ側も把握できないでいるアラフェン侯爵ヘスマンの手掛かり探しも兼ねていた。その挨拶代わりに、フェレとタニアの国境にある砦をまず奪いにかかった。
対象であるレタ砦は、砦としてもかなり小さい部類に入り、背の低い櫓の周りに城壁を建てただけといった簡素な造りで、フェレ側とタニア側にそれぞれ一つずつ門がある。そこには連合軍の兵士が百人弱ほど配置されていた。それに正対する位置に、リキア同盟軍の一団は陣を敷いた。中核はランスが率いるフェレ騎士団七百騎である。
「これより我が騎士団はレタ砦を奪う。フェレの誇りを胸に、日々の研鑽の成果を発揮せよ。かかれー!」
音頭を取ったランスが先陣を切り、フェレ騎士団は砦目指して疾駆した。黄昏に照らされ、土埃を巻き上げて進軍してくるフェレ軍に、砦の兵士たちは慌てふためいた。指揮官が閉門と弓兵部隊の派遣を命じて砦の全軍をフェレ側に固めさせていた。しかし、予期せぬことが起きる。タニア側の扉が開いたのである。
「されラウス騎士団。向こう側ではフェレ騎士団が武勇を見せつけている。だがこのラウスとて遅れは取らん!行くぞっ!!」
それに呼応して、森の中からシード率いるラウス騎士団百五十騎が砦を強襲。開いた門から次々となだれ込んだ。そのうちにもう一つの門も開けられ、砦に残っていた連合軍兵士は逃げ場を失い、次々と武器を捨てて投降。一人逃亡図ろうとした司令官も、シードに逃げ道をふさがれた。
「逃げたいのなら好きにすればいい。この俺とラウス、フェレの両騎士団を一人で駆逐出来れば、の話だがな」
鈍い光を放つ槍の穂先を突き出された指揮官は、戦意を失い同じように投降した。数に勝っていたとは言え、一時間もしないうちにレタ砦は同盟軍の手中に収まったのである。
「ライド!ライドはおるか」
戦いが終わった砦にて、交代で休息をとる最中、ランスはラウス騎士団の兵士を呼び出した。呼ばれた若き騎士は、ランスの顔を見るや、全身を硬直させて敬礼の姿勢をとった。
「ラ、ランス将軍!お、お久ちゅうございます!」
一瞬噛んでしまったことで、顔はパッと真っ赤になる。ランスは思わず苦笑した。
「ははは。もっと楽にしろ、ライド。いちいち上がっていては身が持たんぞ」
ランスとライドは師弟の関係にある。そう、ライドは元々はフェレ家の従騎士であった。父ハーケンは勇者の称号を持つフェレ家指南役、母イサドラはフェレ騎士団の元将軍というサラブレッドであり、ゆくゆくはフェレ家の将軍と嘱望されている。それがラウス騎士団再興にあたり、見識を広めさせ、人を率いる経験を積ませようと、正式に騎士となったと同時にラウス騎士団に派遣されたのである。
「此度の働き、見事であると聞いている。なかなか顔も壮観になった・・・と言いたかったが、噛んでしまってはな」
「せ、赤面の至りです・・・」
「しかし結構。これからも騎士としての誇りを胸に、ラウス騎士団を支えるのだ」
「はっ!」
かつての教え子の敬礼に、ランスは笑みを浮かべて敬礼を返した。