レタ砦を奪った翌朝、休息を終えたフェレ、ラウスを核とするリキア同盟軍は、連合軍の動揺を狙ってか、タニア城に最も近いペスダ砦に侵攻した。騎兵の機動性を最大限に生かした奇襲攻撃に、駐留していた連合軍兵士は蜂の巣をついたように離散。ついにタニア城と対峙する位置に陣を敷いたのである。
そのあまりにも早い進撃に、カノーブ将軍は明らかに狼狽した。侯爵姉妹を人質に取っていることでそうやすやすは侵攻しないだろうともくろんで侯爵の捜索に専念していたのだが、ろくな成果が得られないうちに土俵際に追い詰められたのである。
「おのれ・・・まさかここまで進撃してくるとは・・・我が軍をなめているのか?それとも人質を無視しているのか?いずれにせよ、リキア同盟軍のあのためらいのない攻撃・・・私の憶測が浅かったのか」
平静を装うとするが、頭を抱えて部屋をうろつくさまは動揺を如実に表している。指揮官の心情が伝染したのか、部下は不安をあらわに聞いてきた。
「大丈夫なのでしょうか・・・、こうなってはアラフェンに戻ったほうがよいのではないでしょうか。もしかすれば、侯爵も戻っているかもしれませんし・・・」
だが、部下の提案を、カノーブは烈火のごとく怒鳴り散らして却下した。
「撤退だと!?馬鹿者めっ!!それでは我が軍は恥をさらすだけだ!!数ではまだ我々が上回っておるのだぞっ!閣下の指示なしに独断でタニアを明け渡したとあっては・・・ぐっ」
しかし、いくら怒鳴ったところでむなしいだけだと悟り、可能な限りの策を探した。そして一つの策を思いついたのである。
「今、傭兵のごろつきどもはどれぐらいいるのだ?」
「さて、これで向こうはどう出るかだな」
ペスダ砦の屋上で腕組みしながらシードはつぶやいた。
傍らには手を腰に当て、城をにらむように仁王立ちするロイもいた。
「今のところはまだ動きはないようだが・・・。お前のとった策はかなり無茶なものだ。奴らがどう出るかわからんぞ」
「確かに、かなり賭けに近い。だが向こう側は何かしら動かざるを得ない状況だ。『人質をとってもリキア同盟軍は攻めてくる』という心理状態に追い込めれば、必ずスキは作れる。追い詰められた末に思いつくものは、必ず穴があるからな」
冷静に連合軍に与えたであろう衝撃を予測し、ロイは敵の出方をうかがう。大胆というか無茶というか、どちらとも取れる作戦を実行した後でありながら、それでいて平然としているロイの立ち居振る舞いに、シードは改めて呆れた。
「それにしてもだ・・・。敵を動かすために、挑発めいた奇襲を繰り返すお前もそうだが、あいつもまたとんでもない行動に出る。あの辺りはヘクトル様の血だな」
シードのつぶやきに無言になるロイ。今ここにリリーナはいない。彼女は彼女でオスティアから来た数名の臣下を連れて別行動をとっているのである。
「まあ、かなり無茶な作戦だけどね。リリーナもあれで結構頑固なところあるんだよな」
「恋人としちゃ心配か」
「そりゃね・・・って、シード!」
あまりにもさりげなく言われ、ついつい本音を漏らしたロイ。気づいたときにはもう遅かった。
「はははは。この辺りはまだまだガキだな。お前は」
「・・・こんな状況でもからかうのか、君は」
ため息を一つついて、ロイは空を見上げた。夕闇に一番星が淡い光を放っていた。
「今夜は満月・・・忍び込むには日が悪そうですね」
「でもぐずぐずしてられないわ。派手に進撃した以上、向こうはいろんな手を使ってくるはずよ」
タニア城は周囲を森で囲まれた丘の上にある。その石垣のそばに、森から人影がいくつかあらわれた。
「しかし、姫様も無茶をしますねえ~。盟主自ら人質の救出を試みるなんて、ヘクトル様が生きてたら卒倒しちまいますよ」
軽い口調で紫色の髪をし、無精ひげを生やした密偵の男は、主にそうつぶやいた。
「かもしれないわね。でも、ミスティをこれ以上巻き込みたくないの。早くお姉さまを解放して、タニアが連合軍に従う必要はないことを教えてあげたいのよ。アストールさん、頼んでたこと、できてる」
「もちろんですよリリーナ様。場所もルートも調査済みです」
リリーナは今、オージェ、ウェンディ、そしてアストールの三人を従えて、タニア城の隠し通路、その入り口前にいた。
タニア解放作戦、その中心はリリーナであり、ロイ達の電撃的な攻撃は陽動の意味合いが強かった。ロイ達が連合軍の気を引いている間に、リリーナら数人がタニア候姉マリンデを救出し、侯爵ミスティに連合軍に与するふりをして内部崩壊させるよう働きかけることが中核であった。
だが、かなり危険な策である。火中に飛び込んで敵を刺激することはもとより、彼らにとって一番欲しい「首」をむざむざ差し出すような真似をしているのである。ロイでなくても心配せざる得ないのである。
だが、自分の不甲斐ないせいで多くの人が巻き込まれていることに、リリーナは遺憾に思っていた。これぐらいのことをしなければ、自分を許せなかった。元々頑固でこうまで意志が固まっていれば、ロイも説得を諦めざるを得なかったのである。
「行きましょう。タニア解放の為に」
ろうそくの頼りない弱々しい明かりだけの、タニア城の地下通路。その一角、埋め込まれている石の形に埃が舞う。そして押し出された石の裏から見えた穴の中から、四人の人間が出てきた。リリーナ一行である。周りを見渡して人気がないことを確認すると、リリーナは一つ息をついた。
「どうやら気づかれずに入れたみたいね」
「ずいぶん静かですね。それにしても・・・」
言ってオージェはリリーナを見る。
「どうしたの、オージェ」
「い、いやぁ、せっかくのローブが勿体ないなあと。そんなに千切ってしまって」
そう言って、オージェは頬を赤らめながらリリーナを見る。その視線の先に気付いたウェンディは、同じように顔を赤らめてオージェをとがめた。
「ちょっ・・・オージェ!どこ見てるのよ、はしたない!」
「わ、いや、ウェンディさん違うんだ。俺はそういうわけじゃ・・・」
うろたえてウェンディの考えを否定するオージェ。そのやりとりにリリーナは苦笑し、オージェをかばった。
「いいのよウェンディ。そりゃ誰だって気になっちゃうわよ」
リリーナはこの城に忍び込むにあたり、着ていたローブを動きやすいようにいじった。マントを外し、足首が隠れるくらい長かった裾を膝下近くまで裁(た)ち、もう片方にもスリットを入れた。これで足の自由は格段に利くようになったが、タイツやニーハイソックスをはいているとはいえ、年頃の姫君の大腿がちらつくのは妙になまめかしくもあり、オージェはつい目のやり場に困ったのである。
少し歩くと別れ道に差し掛かる。ここでアストールは別行動をとる。
「そいじゃあ俺はミスティ様のとこに行ってきます。そっち側にいくと、マリンデ様が軟禁されている部屋になります」
「わかったわ。お願いね、アストールさん」
アストールとは違う方の通路をしばらく進むと、やがてリリーナたちはひときわ大きなロウソクで明るく照らされている牢の前についた。オージェが壁越しに見張りの様子をうかがい、その後ろにウェンディが立ち、リリーナがその後ろにいる。その時である。リリーナが何者かに口をふさがれたのである。主君の小さなうめき声に反応した二人はすぐ振り向くが、それは顔見知りの質の悪いいたずらだった。
「ハ~イみなさんお久しぶり~」
「キャス?あなたどうしてここに?」
「ちょっと子猫拾ったんでね。雨宿りも兼ねて忍びこんじゃったんだ」
「俺は猫じゃねえし、第一雨なんか降ってねえぞ」
すぐ後ろからは少年の突っ込む声が聞こえた。
「チャドも・・・まさかこんなところで」
「それはこっちのセリフよ。一国の王女様がなんで泥棒みたいな真似してんのよ。あんたロイを心配させる気?」
驚くリリーナに構わず、キャスはリリーナの行動をとがめた。が、キャスはすぐにオージェのそばに立つ。
「で、どうすんの?」
「見張りは一人。だがここは石造りの通路。大声を出されたら響く」
「そっか。んじゃ、アタシたちの腕を見てもらいましょっか。行くわよ、子分その1」
「だから子分じゃねえっての」
キャスは懐から小さなナイフを取り出すと、それをロウソク目がけて投げ、その明かりを消した。急に周りが暗くなったことに兵士は慌てたが、すぐさま鳩尾に一撃を食らって失神。チャドはすぐさま男を物色し、カギを取り出した。