進軍してきたロイ率いるリキア同盟軍に対して、リキア連合軍の軍師カノーブは、タニアの民、そして侯爵であるミスティを磔にするという暴挙に出たのであった。
「ミスティっ!」
「ああっ、お姉様!」
報せを聞いて慌ててマリンダが妹を呼び、磔にされたミスティは姉の無事を見て驚いた。そして安堵した。アストールがあの日天井裏から知らせてくれたことが事実であると分かったからだ。先の大戦で両親を失ったミスティにとって、マリンダは唯一の肉親であり、何よりも大切な存在であった。
そんな時、カノーブはロイに要求した。
「我々の要求はただ一つ!オスティア侯爵の盟主辞任と爵位剥奪である!もはやリキアの平穏をあの女にゆだねることはできん!我らがアラフェン侯爵こそ、リキアを総べるにふさわしいお方である。この者たちの命は、そこにいるであろうリリーナの首と引き換えだ」
その要求に真っ先に反論したのは、マリンダとミスティであった。
「黙りなさい、この外道。我がタニアを力でしか支配できないあなたたちこそ、同盟を総べる器はありませんわ!」
「そうよ!三つの国が連合したにもかかわらず、タニアだけしか征服できずフェレからは撤退。サンタルス地方はたった一日で奪い返され、おまけに肝心の諸侯たちは不在・・・。こんなずさんな連合にリキアは任せられないわ」
二人の口調、特にミスティの強気な笑みが気に障ったカノーブは、左の親指を地面に向ける。するとミスティの傍らに立つ兵士が、槍の穂先をミスティの頬に当て、そのまま横に斬りつけた。
「っ!」
「ミスティ!」
思わぬ行動に、マリンダは驚愕の声を上げたが、幸い頬を斬られただけだ。それでも白い肌に赤い線が一筋入り、そこから血が滴った。
「貴様、それ以上ミスティを傷つけるな!」
「今更あがいても無駄よ。これ以上の戦いはお互いに何も残さない。降伏しなさい、カノーブ」
ロイが怒り、リリーナが毅然と言い放ったのに対して、カノーブはさらにほくそ笑んだ。
「勇ましくて結構。しかし、貴殿らには考える猶予などない。私にはまだカードがあるのでね」
「カードだと?」
ロイの問いに、カノーブは得意げに答えた。
「そうだ。タニアの城下町には時を告げる鐘を鳴らすエリミーヌ教の聖堂があるのだが、そこを我々が抑えさせてもらった。間もなく鳴るであろう正午の鐘の音に合わせて町は火の海となる。我がアラフェンの将校に見守られたタニア軍の兵によってな」
「な、なんですって!」
またも非道な作戦を耳にして驚いた。そして、ロイたちに向かって叫んだ。
「ロイ、リリーナ、私のことは構わないわ!今すぐ攻撃を仕掛けて!」
「なんですって!」
ミスティの言葉にリリーナは戸惑うが、ミスティの眼には迷いはなかった。
「お姉様が無事なら私に思い残すことはないわ。こいつらを早く倒して、タニアを取り戻して」
一方で姉は姉で掛け替えのない妹のために、カノーブに懇願した。
「妹とタニアの人たちの代わりに私の命を差し上げます。ですからどうか、どうかこれ以上タニアを傷つけないで」
そしてカノーブはというと、姉妹の声を無視してロイに迫った。
「さあどうする英雄殿。むざむざタニアを焼き滅ぼすか?それともこの人質を見殺しにするか?迷えば迷うほどタニアは血が流れるぞ?んん?」
勝ち誇ったようにロイに迫るカノーブ。だが、ロイは目を閉じたまま、口元を緩ませて言い返した。
「すでに勝ったかのような物言いであるが、果たしてそう思い通りになるかな?」
「何ぃ?貴様、いまさら何を負け惜しみを」
「万事、己が思うままに進むと思わないことだ。戦いは将がうぬぼれたときに負けるのだ」
「ふん。今更説法か?」
「なら試してみるがいい。本当に正午を告げる十二の鐘が鳴りやんだときに、タニアの町が燃えているかをな」
堂々と言い切るロイに、タニアの姉妹とカノーブはただただ戸惑うばかりであった。
その頃、鐘が鳴り響いたタニアの城下町では、アラフェン軍の将校五十人に監視されながら、タニア軍の歩兵百人が、東西南北にそれぞれ分かれて、もっとも火が付きやすい場所にいた。
「よいか?鐘が鳴り終わったらだぞ?言う通りにすれば侯爵姉妹の命は保障されるのだぞ?」
兵士たちににらみを利かせながら、アラフェン将校が言う。タニアの兵士はどうにもならないこの状況下、やるせない思いで火のついた松明を用意した。
ゴーン・・・ゴーン・・・ゴーン・・・ ゴオォーン・・・
最後の鐘が鳴り響いた。その余韻が静まった時、四方から断末魔が次々と聞こえた。
「ど、どういうことだ・・・」
最後の鐘が鳴り終わり、その余韻も消えてだいぶ経ったのに、タニア城から見る城下町は平穏なままだ。
「お、おい。街の様子を見てこい・・・、い、いや。待て」
カノーブはすぐさま斥候を出そうとするが、すぐに取り消す。タニア城の構図にすぐさま気づいたからだ。人一人が出るぐらいの幅の通用口はいくつかあるが、馬に乗って出るには正面の門を開けるしかない。しかし、開ければ開ければでロイたちにみすみす城に入る機会を与えるようなものだ。
「どうしたカノーブ殿。街はまだ平穏のようだが、こけおどしであったか?」
今度は挑発してきたロイに、カノーブは錯乱する。そして破れかぶれに命じた。
「おのれ~、私をコケにしおって・・・、者ども!そいつらを処刑せ・・・よ?」
振り向いて人質の方を見ると、飛び回る謎の兵士に、槍を持っていた兵士たちが次々と倒され、次々と人質も解放されている。解放しているのは、マシューやアストールらオスティアの密偵部隊だった。
「カノーブ、覚悟っ!」
呆気にとられているカノーブに、リリーナは叫びながらサンダーストームを放つ。
「そ、そんな馬鹿な!私の、完璧な計画が・・・」
向かってくる雷光にそう叫び、カノーブは雷に打たれてその命を散らす。それと同時に城の門があいた。
「よし、リキア同盟軍、突撃せよ!タニア城を制圧し連合軍を倒すっ!」
ロイの叫びに続いて、リキア同盟軍が城になだれ込む。残された兵士たちはただただ逃げまどい、瞬く間に陥落した。
「シード!無事だったか」
「ロイ、お前もよくやったな」
夕刻、別行動をとっていたシードは、ロイの出迎えを受けた。ロイは作戦を果たした盟友と固く握手を交わした。
カノーブの性格を考慮したロイは、マリンダを助け出した夜、シードと作戦を練り、万が一に備えてラウス騎士団とディークら傭兵部隊を城下町に潜伏させていた。万が一そこで蛮行を働くのならそれをやめさせるためだ。そしてリリーナには連絡の取れる密偵たちを全て召集させ、城に潜り込ませていたのである。
そこに、タニアの姉妹がリリーナに連れられてやってきた。ミスティは目に涙を浮かべながら、ロイに何度も頭を下げた。
「ロイ、本当にありがとう。あなたのおかげで、私たちもタニアも無事解放されたわ」
「いや、礼を言われるほどのことではないよ。とにかくみんなが無事でよかった」
「それにむしろあなたには謝らなければならないわ。わたしが盟主としてしっかりと諸侯をまとめていれば、こんなことには・・・」
後悔の念を言い、暗い表情をするリリーナをマリンダが励ました。
「いいえリリーナ。あなたが気に病むことはないわ。それを言えば、ロイ殿やシード殿、それにミスティ、同じ世代の者にも同じように責任があるわ。あなたをねたむ者はいるかもしれない。でも、同じようにあなたを支える者もいるのよ。自信をもって」
「マリンダさん・・・」
その夜。ささやかな祝宴が催された。いよいよアラフェンに向けて進撃する。
「ここにいたのか、リリーナ」
「あ、ロイ」
バルコニーで夜空を見上げるリリーナに、ロイは声をかけた。
「途中から姿が見えなくなったから、心配だったんだ」
「ええ。ごめんなさい。久しぶりのお酒だもの。ちょっと酔っちゃって」
そう照れ笑いを浮かべるリリーナ。ロイはその隣に立って、リリーナの肩を抱き寄せた。
「さっきの言葉だけど、マリンダ殿の言ったように、君ばかりが思いつめる必要はないよ」
「うん・・・。でも、どうしても最近、考えてしまうの。お父様のように同盟をまとめることが、わたしにはできるのかなって」
「・・・それは、無理なんじゃないかな」
意外な言葉に、リリーナはロイのほうを見る。ロイもまたリリーナの顔を見、手を取って言う。
「確かにヘクトル様のようにはいかない。でもそれは、リリーナはリリーナであって、ヘクトル様じゃないからだよ。君には、君だからこそできることがあるんだから」
「ロイ・・・」
「大丈夫。リリーナは強いよ。だからこそ、自ら先頭に立って、このリキアを良くしようと行動できるんだから。だから・・・・」
不意に、ロイは目を閉じて顔を近づけてくる。「えっ」と、呆気にとられるリリーナとロイは唇を重ね、そして言った。
「そんな君だから、愛しいんだ。・・・だから、君の悩み、苦しみ、もっと僕に分けてくれないか」
「・・・ロイ」
いつの間にか瞳に涙をためるリリーナ。ロイは優しく抱きしめ、その涙をしばらく胸に受け止めていた。
さわやかな夜風が、二人をなでていた。
書き終わって自分の文章がめちゃくちゃ恥ずかしかったです(笑)