時系列を少しさかのぼる。レーブ侯爵家が皆殺しにされる直前ぐらいまで。
「ルゥおにいちゃん、みてえ」
「あっ、きれいな花かざりだねえ。作ったのかい?」
「うん!あげる!」
「はは、ありがとう」
アラフェン郊外、南西の小高い丘の上に小さな孤児院がある。そこの院長が、今幼い子供たちに囲まれている魔導士のルゥだ。
彼も元々はこのあたりにあった孤児院の出で、動乱の際には魔導士としてリキア同盟に参戦。魔導部隊の一員として戦い抜き、終戦後に得た功労金を元に孤児院を建て直した。
そこにその日、アラフェン侯爵家家臣の私兵が五十人ほどがやってきた。
「何か御用ですか」
子供たちをかばいながら、ルゥは落ち着いた口調で尋ねる。対してアラフェンの兵士は高圧的だ。
「我々と城まで来ていただこうか」
「傭兵の話なら、これまでと同じ、受ける気はありません。お引き取りください」
ルゥの孤児院にアラフェンの関係者が来るのはこれが初めてではない。連合軍の結成直前、戦力となる魔導士を欲していた彼らは、ルゥに高い契約金を見せ金に何度も迫ったが、決して首を縦に振らなかった。子供たちを人質に取らなかったのは、孤児院がエリミーヌ教団の支援を受けており、ルゥはその関係者に顔が利くために、しっぺ返しを警戒したからである。だが、この日の彼らはとかく強引だった。
「とにかく来ていただきたい。さもなくば・・・」
いつもと違う様子にルゥは折れることにした。
「・・・。わかりました。では城に参りましょう」
「ええ!」
「ルゥおにいちゃん!だいじょうぶ?」
案じる子供たちに、ルゥは心配をかけまいと笑顔で声をかける。
「大丈夫。すぐに戻ってくるから、かしこく留守番してるんだよ。いいね」
それから二日たってもルゥは城から戻らなかった。
そこにチャドが訪れ、子供たちから事情を聴き、これがただ事でないと直感して急ぎフェレに飛んだのだが、その途中で謎の集団に追われ、キャスによって助け出されたのである。
この経緯をロイが把握したのは、タニアを解放した日の夜のことだった。時同じくして、ラウスのマーカスから、実は連合軍と繋がっていたというレーブ侯爵家が皆殺しに遭っていることも知った。アラフェンの異常は明らかであった。そして解放の翌日からリキア同盟軍はアラフェン領への進軍を開始したのであった。
そして、タニアを出発してニ日後、国境のそばにある丘の上に着陣。明日にでも部隊を選抜し、乗り込むつもりだ。いったんここで進軍を止めたのは、作戦の伝達や連戦続きの中での休息をとるというのもあったが、もう一つやることがあったからだ。
「そうか・・・。結局古の民に関する情報は集まらなかったか」
密偵マシューから受け取った報告書に目を通し、ロイは肩を落とした。
「城の文献、情報屋、名の知れた魔導士、一通りあたったんですが、これといったものはなかったですね。すいません、力になれなくて」
「いや、いいんだ。大変だろうけど引き続き頼むよ」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず、ですからね。了解しました」
そう言って、マシューは煙のように消えた。
「古の民・・・、今のところリキアでしか活動してないってことかしら」
リリーナの懸念を、ロイは否定しなかった。
「かもしれない。しかし、野心のあるアラフェン侯をけしかけた連中だ。他でも動いていないというのはあり得ないだろう。キリがないかも知れないけど、裏にその存在が見え隠れする以上、調べておかないとね」
「あのー、ちょっといいっすか」
そこに、ふらりとヒュウが現れた。
「その古の民なんですけど、もしかしたら婆ちゃんなら何か知ってるかもしれません。よかったら俺がイリアの婆ちゃんとこまで行ってきて聞いてきましょう」
「・・・ニイメ様。確かにあの方ならそういう情報を記した文献を持ってるかもしれないわ。ロイ、ヒュウさんにお願いしてみない?」
ヒュウの意見を思案したリリーナがロイに提言する。そしてロイも了承した。
そして善は急げと、ヒュウはその日のうちに陣を去り、イリアに向かった。
「この戦いで終わるかもしれないけど、古の民の脅威はおそらく今後もどこかで出てくる。ならば知れる方法はいくらでも試さないとね」
「でもまずは、アラフェン侯を探し出すこと。ルゥのことも気になるわ」
「ああ。無事でいればいいんだけどね」
翌朝、ロイ達はアラフェン攻略作戦を開始。まず後顧の憂いを断つべく、近辺に新設された砦を片っ端から襲撃した。
アラフェン侯爵の騎士団の規模は、オスティアに次ぐほど大きなものであるが、大規模な侵攻作戦に兵力の大半を割いたため、国内の残存兵力は二千にも満たない。そのうちの半数近くが国境近辺に乱立した二十近い数の砦に配置されている。そのため一つに突き五十人程度の兵力しか配備されていない。フェレとラウスの両騎士団で構成される同盟軍千騎は、二手に分かれて東西から巡回するように攻めた。
連合軍を撃破したことはアラフェン領内にも伝わっており、歴戦の戦士を要する同盟軍に対するおびえようは相当なものであった。砦一つに対して十倍の戦力が攻めてくるというのだから、当然のごとく逃亡兵が出る。来た時点でもぬけの殻という有り様がずいぶん続いた。
中には戦意を無理やり掻き立て抵抗の意思を示した砦もあったが、
「リキア同盟軍将軍のロイである!武器を捨て投降するならば、貴殿らの助命を約束しよう!」
「これ以上の戦乱は民を苦しめるだけ・・・。戦いをやめて投降しなさい。応じれば盟主リリーナの名に懸けてあなたたちの命を保証します」
「我がラウス騎士団には『大陸最強』と名高い勇者ディークどのがおられる。血を流すのが嫌なら助けてやるが・・・、刃向うなら叩き潰すっ!」
ロイ、リリーナ、シードの三諸侯がそう呼びかけると次々と投降していった。
結局翌日の昼頃までにはすべての砦が陥落し、同盟軍の目指す先はアラフェン城のみという状況となった。
「そ、そんな馬鹿な・・・タニアを取り返して、たった五日で砦全てを制圧しただと・・・」
リキア同盟軍の進軍と攻略の早さに、アラフェン軍の留守部隊隊長のキブナーは愕然とした。
「カノーブの兄上を討ったほどの軍隊だ・・・。数に差がないのでは勝ち目は・・・」
「余計ナ心配ハ無用ダ」
不意に、部屋の中に不気味な声が聞こえ、キブナーは無意識に身構える。すると突然目の前に禍々しく輝く魔法陣が現れ、部屋にいた者全員が狼狽する。だが、光が晴れると、キブナーの表情が明るくなった。
「へ、ヘスマン様っ!!」
安堵の色を浮かべて、主君に膝をつくキブナー。対してヘスマンは嘲笑を浮かべた。
「見事ナ変ワリ様ダナ。我ガあらふぇん侯爵家ノ重臣タルモノガ」
「ヘスマン様、ああ、こうして無事なるお姿をお目にかかることができ、わたくし、臣下として恐悦至極にございます!」
「フフフ。ソウカ。ソウ言ワレルト悪イ気ハセンナ」
普段とはまるで違う口調と目の輝きをしているのに、キブナーは絶望に光が差したような心境にあり、気に止まることはなかった。
「デハらすとーる。奴等始末スルゾ。用意ハイイカ」
「もちろんでございます。モルフどもはすでに八百ほど。それに『アレ』もニ、三体」
ほくそ笑むラストールの報告に頷くと、ヘスマンはキブナーに命じた。
「デハきぶなー。オ前ハ残ルあらふぇん兵全軍ヲモッテりきあ同盟軍ヲ迎エ撃ツノダ。何案ズルナ。質量共ニ我ガ軍ガ上ダ。必ズ同盟軍ヲ倒スノダ」
「はっ。お任せを!」
整った敬礼を返し、キブナーは勇ましい足取りで城を出た。
「トコロデらすとーる。『あれ』ノこんとろーるハ利クノカ」
「さあ。力だけを宿した粗悪品故。敵味方もろとも、という可能性はなきにしもあらず。されど、同盟軍は無傷という訳には行きますまい」
他人事のように笑うラストールに、ヘスマンもまた笑った。