耳をつんざく轟音と目を焼かんばかりの閃光が収まり、身を伏せていたロイ達はゆっくりと立ち上がる。目の前に広がっていたのは、黒い煤(すす)に埋め尽くされた荒野だった。
「間一髪だったな。リリーナが優秀な魔導士だったおかげだ」
頭の煤を払いながらシードがつぶやく。歴戦の勇士たちも目の前に広がった『黒い砂漠』に暫し言葉を失う。だが、ロイはすぐに配下の騎士に聞いた。
「アレン、我が軍はどれだけ生き延びた」
「はっ。敵の奇襲で少し失いましたが、迅速な指示により、フェレ、ラウス両騎士団は十分な戦闘能力を維持しております」
「ではランス、ルカと伴に体制を立て直せ。出来次第アラフェン城へ進攻する」
ロイの判断に、リリーナは不安を感じた。
「でもロイ。あまり急がない方がいいんじゃないかしら。まだ兵士たちにも動揺が」
「かもしれない。だがそれは向こうにも言えることだし、ダメージはおそらく向こうのほうが大きいはずだ。今ここで攻めることができれば、一気に決着をつけられる」
あくまでも強気なロイに、シードは念を押した。
「結構危険な賭けだぜ?俺たちが間違って全滅でもしたら、リキアの歴史は終わるのかもしれないぞ?」
「それぐらいの価値はあるさ。・・・古の民に、これ以上僕たちのリキアを踏みにじられたくはない。今は一刻も早い内乱の終結に全力を注ぐ。否応なしに巻き込まれた民たちのためにも」
ロイの決断は、誰にも動かせないものだった。
「全軍に告ぐ!準備か整い次第、我らリキア同盟軍はアラフェン城に向かう。今の戦いでアラフェン側は間違いなく混乱しているはず。これを機に、謀反人たるアラフェン候ヘスマンを討つ!」
高々とレイピアを抜き放ったロイに、同盟軍の兵士たちは、疲労が吹き飛んだかのように呼応。鬨(とき)を挙げた。
そのころ、ロイの予想通りアラフェン側は混乱していた。
「リキア同盟軍が来るだと!!やつらだって損害を受けたはずだぞ!」
「で、ですが、実際に来ております。規模は少なくなってはいますが・・・」
斥候からの報告に、アラフェン軍のキブナー将軍は怒りも焦りも通り越したような、呆けた表情で冷や汗をたらした。城からも確認できた轟音と閃光、焦土と化した森、自軍の全滅、そしてリキア同盟軍の進撃。凶報につぐ凶報に、キブナーの表情は青くなる一方だ。対してヘスマンやラストールは、まるで「これも想定内」と言わんばかりに落ち着き払っていた。
「ヤハリ、ニセモノノ竜デハ、無理ガアッタヨウダナ」
「然様で。しかし、どうあれ、我らは最後の切り札を投じねばなりますまい」
そう言ってラストールは指を鳴らす。すると、魔法陣が浮かび上がり、一人の魔導士が現れた。
「如何様でございましょうか」
「リキア同盟軍がまもなくこの城に来る。すまぬがしばしの間食い止めてはくれぬか?」
「御意」
そう一言つぶやいて、男は再び魔法陣とともに姿を消す。その髪は碧かった。
ほどなくしてリキア同盟軍はアラフェン城に到着。そのまま精鋭で突入部隊を組織したロイは、正面から突破を図った。回廊を進むと、やがて一つの部屋についた。
「ここは?」
「謁見の間だな。奥の扉は玉座の部屋に通じている」
シードの問いにロイが答えていると、奥の扉が開き、一人の男が歩み寄ってきた。顔を伏せてはいるが、それはロイたちが知る人物であり、最も親しいチャドが呼んだ。
「ルゥ!無事だったのか!!」
「やあチャド。心配かけたね」
「突然城に連れていかれたと聞いたけど、本当に何もなかったのかい」
「ロイ様、お久しぶりです。ご覧の通り、僕は何の問題もありませんよ」
ロイの問いにも、ルゥは何事もなかったかのように、笑みをたたえながら応じる。だが、ロイもチャドもどこか違和感を感じずにはいられない。ここでルゥは一つため息をついた。
「ま、警戒してしまうでしょうね。拉致された僕が、こうして無事な姿でいるわけだし、リリーナ様が一番僕を警戒していますからね」
そういってリリーナに視線を移す。リリーナはルゥが現れたときから表情をこわばらせたままだった。
「否が応でも警戒するわ。あなたがこの部屋に入ってから、魔力の流れが明らかに変わったんだもの」
口元をひきつらせながらリリーナが言い返す。
「それに、僕たちですらそれを感じられるんだ。警戒しないのは」
「不自然ってことさ。てめえ本当にルゥか?」
その両脇に立って、ロイとチャドがレイピアとダガーの切っ先をそれぞれルゥに向けている。そこでルゥは鼻で笑った。
「やれやれ・・・。それじゃ、遠慮なく切り刻ませてもらいましょう」
おもむろに伸ばした手で指を鳴らし、全身を発行させるルゥ。生み出された魔力にロイとチャドが吹き飛んだ。
「いい機会ですねリリーナ様。僕と勝負しませんか?勝てたら、アラフェン候にお会いできますから」
見開かれたルゥの目は、血を思わせるような赤黒い鈍い光を宿していた。言動も好戦的になっている。
「嫌だと、言ったら?」
「ハハハ。選択の余地があるとでも?僕の魔法に敵うのはあなただけでしょ?」
ルゥはさりげなく右手だけで印を結ぶと、鋭い閃光を放つ。直撃したリキア兵が一瞬にして高圧電流で黒焦げとなった。
「受けて立ってくれますね・・・リリーナ様」
「そうせざるを得ないかしらね・・・」
「では、邪魔が入らないように・・・」
もう一度ルゥが指を鳴らすと、ロイやチャド、シードらが一か所の結界の中に閉じ込められた。広い謁見の間で自由に動けるのは、ルゥとリリーナだけとなった。
「・・・」
「では始めましょうか」
二人の賢者の戦いはこれからだった。