諸侯会議から五日たったある日のこと。リリーナは近衛騎士のウェンディから、気になる話を聞かされていた。
「騎士崩れの山賊?」
「はい。ここ数日、トリアとオスティアの国境近辺の村が、騎士のような格好をした一党に襲われているという報告が続いているのです」
「騎士崩れか…考えられるとすれば、レイガンス一派の残党、あるいはエトルリアで起きたクーデターの生き残りか。いずれにせよ、騎士道を忘れ、賊に身を落とすとは、見下げ果てたやつらだ」
リリーナとともに話を聞いた、オスティア騎士団団長のボールスは吐き捨てた。彼の言ったレイガンスとはオスティア騎士団の副団長だった男で、かの動乱においてはベルンに降伏するためにクーデターを起こしたが、駆けつけたロイ達の手によって討たれた。
「…で、そやつらはどの程度の力があるのだウェンディ」
「はい、兄上。それが、付近の砦の兵によれば、生半可なものではないと。鎮圧に向かっても、かなりの被害を出すようで」
「…どちらにしても、民に危害を加える者を放ってはおけないわ。被害が大きくなる前に手を打たないと」
「ならアジトを叩きましょう。やつらの調べはつきましたよ」
リリーナが思案していると、どこからともなく軽い口調が聞こえてきた。かと思うと、いつの間にか、茶髪の男が目の前にいた。
「…もう、マシューさん。普通に出てこられない?びっくりしちゃうわ」
現れた男、マシューにリリーナは呆れながらため息をつく。
「ははは。いいじゃないですか。子供の頃は、随分喜んでくれたでしょ?」
「…密偵の技を、見世物のように使うのは感心しませんな。マシューどの」
にやけながら話すマシューに、ボールスは咳払いしながらたしなめた。
マシューはオスティアの家臣の中ではかなりの古株で、リリーナのおじにあたる先々代侯爵ウーゼルのころから仕えるただ一人の密偵である。そろそろ四十歳になろうかというのに、見た目はまだ青年と言っていいほど若々しい。場が再び引き締まった中で、マシューは本題に入った。
「で、やつらのアジトは、エトルリアとの国境に近い山の古城です。まあ、城と言うにはもうボロすぎて、単なる塒(ねぐら)でしかないようなところで」
「つまり、籠城には使えないという事か」
「そういうことだボールス。向こうも崩れてしまったが、騎士としての兵法はある程度知っているはず。地の利はあるにしても、こっちが一気呵成に攻めてきたとしたらひとたまりもないだろうさ」
「では、明日にでも一個小隊を組織して、討伐に向かわせましょう」
「いやウェンディ。できるなら身軽な傭兵部隊に行かせたほうがいい。重騎士じゃ野外の戦いは機動力を欠く。山ならなおさらだ」
「それじゃあ明日にでもオージェに向かわせるわ。シャニーにも先遣役を担ってもらえば、敵の動向はつかめるわ」
リリーナの提案に一同は賛同し、さっそく準備に取り掛かった。
同じころ、その一党は明日の襲撃のためにアジトとなっている古城で酒盛りをしていた。
ボールスの懸念した通り、彼らはオスティアで起こったークーデターの折、レイガンス側につき鎮圧後は騎士団を追われてしまった者たちだった。鎧を着ていれば武器も様々。下手な山賊団よりも装備が整っていた。
「最近は砦からの討伐隊も少なくなった。次はあの村もおしまいさ」
「となるとそろそろ次の食い扶持探さねーとな」
「ならトリアに行くか。あそこはオスティア以上に騎士団がぜい弱だ。うまく行きゃ俺たちだけで潰せるぜ」
「ようし、それじゃあ景気づけにのむとすっか」
汚らしい笑い声が、森中にこだました。そのうち一人の賊が、用を足すために砦を出た。
「う~ぃ。ちっと飲みすぎたか。よく出やがるぜ~」
木陰で立小便していると、男は背後に人影を感じた。突然現れた気配に、男は慌てて振り返るが、そこに立っていた人を見て、男は戸惑った。
「ガキ・・・か?なんでこんなとこに」
見たところ五、六歳ほどの幼女がニヤニヤしながら立っていた。
「お嬢ちゃん。ここがどこだかわかってんのかあ?それとも迷い子・・・か?」
初めは高圧的に接した男だったが、少女の目を見ておののいた。陶器を思わせる、温もりのない白い肌とは、あまりにも対照的な、禍々しささえ感じる金色の瞳をしていた。
「フフフフフフフフフ」
「な、なんだよてめえっ・・・な」
不気味に笑う少女に男は強がるが、少女が浮き上がったかと思うと、野花のような小さな手を広げ、男の顔にかざした。そして何かの呪文を呟いた。
「メイェイト」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
たき火を囲んでの宴会には相応しくない、突然の叫び声。古城にいた誰もが立ち上がり、慌てて武器を取った。
「なんだ、夜襲かっ!?」
「い、今の声はイガウの・・・」
「お、おい。誰か様子を見てこ・・・」
徒党の頭目らしき男が、部下に指示を出すのをやめた。城の入り口には、人間の鮮血にまみれた、人形のような少女が立っていたからだ。
「ウフフフ。ごちそういっぱい~」
少女の言葉が、山賊たちの聞いた最期の言葉だった・・・・。
「あれがマシューさんの言ってた古城ね」
翌朝、シャニーはリリーナの指示を受け、偵察のために山賊たちのアジトに向かっていた。オスティア城から飛び立って一時間もしないうちに目的地についてしまうのだから、やはり飛べるというのは貴重である。ただ、それだけに目立ちもする。リキアではペガサスをあまり見ないのでなおさらである。
「敵が近いからアーチャーに注意しないとね。ん?」
古城に近づくにつれ、シャニーはある異変を感じた。風に乗って飛んできたものを、鼻が感じた。
「何、今のにおい・・・」
いぶかしみながら、シャニーは古城の上空を旋回した。
「人の気配がない。逃げっちゃったのかなあ・・・。でも、なんだろ、このにおい。気持ち悪い」
同じような思いを愛馬もしているのだろう。鼻を鳴らして不快感を示す。
「何があったんだろ。・・・降りてみよう」
このままでは十分な報告ができないと思い、シャニーは危険を承知で砦のそばに降下していった。
愛馬から降りて古城についたシャニー。そこで彼女は悪臭の理由を知り、目の前の後継に絶句した。
「何なの・・・これ・・・何があったの・・・」
霧ひとつない快晴にも関わらず、シャニーは逃げ出したい気持ちを必死にこらえていた。あちらこちらの地面に武器や鎧やらが散乱しており、その周りの地面は赤黒く変色していた。というか、血だまりがあちらこちらにできていた。
「なんでこんなことに・・・。仲間割れしたにしても、なんで死体がないの?」
そうつぶやきながら古城の入り口に近づいていく。そこでシャニーは人の気配を感じた。
「誰っ!!」
携帯していた銀の剣をさやから抜いてシャニーは振り返る。だが誰もいない。と思うと、背後に人影を感じて剣を向けた。いつの間にか剣を持った男が、顔を伏せて突っ立っていた。
「これ、あんたの仕業?」
シャニーが聞くが、男は顔を伏せたまま答えない。するとシャニーは次々と気配を感じる。いつの間にか自分の四方を同じような剣士に囲まれていた。
「な、なんなのあんたたち・・・」
戸惑うシャニーに最初の男が突然顔を上げる。目があったシャニーは、男の顔に悲鳴を上げた。
「ひっ!金色の・・・目?」
「・・・殺ス」
おののくシャニーに、そうつぶやいた剣士は突然切りかかってきた。
シャニーのステータスに触れておくと、彼女のクラスはファルコンナイトで、銀の剣とスレンドスピアを装備しています。