「レノス殿、どうしたんですか!僕がわかりませんか!」
「・・・ジャマナヤツハシマツスル」
ロイの呼び掛けに、レノスはまるで反応を見せない。そして槍を構えて斬りかかった。
(くっ)
素早くそれをかわすロイは、この一撃で腹をくくった。
(今のレノス殿は正気じゃない。第一、今の槍さばき一つとっても、このままではこっちがやられる。やるしかない!)
間合いを取り、体勢を立て直したロイは、レイピアを腰から抜いて構えた。
(腕の腱か足首を斬って、なんとか動きを止めれれば・・・)
突き出してくるレノスの槍をさばきながら、ロイはスキを窺うがなかなかそれがない。レノスの動きは明らかに武芸に秀でたもののそれだ。
「ドウシタ、マルデテゴタエタガナイ。りりーなトワタシノジカンヲジャマシテオイテソノテイドカ?」
禍々しい口調で話すレノス。だがロイもまたレノスの攻撃を凌いでいた。
(レノス様・・・ロイ・・・)
十合、二十合と続く立ち合いに、リリーナはただ見守るしかできない。それでもなんとかロイを援護できないかと、レノスの動きを注視した。
「おやおや、そんなにレノス様が気になりますか?」
「あなた、レノス様に何をしたの」
話し掛けてきたラストールに、リリーナは睨み付けながら問いただす。
「特別何も。彼を私の傀儡(かいらい)と化させる術を施したまで」
「あなた、一体何者なの。このリキアで一体何をしようとしているの!?」
毅然とした態度で聞いてくるリリーナに、ラストールは嘲笑を浮かべながら答えた。
「何者か、ですか。ふむ。言うなれば『人を裏切りし民』と」
「人を・・・裏切りし?」
理解できないリリーナに対して、ラストールはとつとつと語り始めた。
「あなたは『人竜戦役』をご存知ですかな?」
「千年前、エレブ大陸の覇権をかけて人と竜が戦った・・・」
「そう。あなたはその時に、竜に与した人がいたことをご存知ですかな」
初めて聞いた事実に、リリーナは目を見開き唖然とする。その反応に満足げなラストールは続けた。
「我々は竜を利用し、互いが疲弊した暁に大陸の覇権を横からさらおうとたくらんだ一族の末裔なのです。まあ、末裔と言っても、百数年はこの世界にいますがね。忌々しい八神将の活躍により、竜が敗れて大陸から姿を消す折、目論見がばれてしまいましてね。我々もまたこの大陸を追われました」
「それが『人を裏切りし民』ということね」
「ええ。そして千年たった今、我々はもう一度この大陸を奪わんがために力を蓄え、そして今、機が熟したのです。ベルンが動乱を起こしてくれたおかげで大陸は今混迷の時にある。この状況下で反乱をけしかければ、再び我らの時が来るでしょう」
「それじゃあ、ヘスマン殿もあなたたちの」
「おっと、おしゃべりが過ぎましたか。・・・まあ、この戦いを見届けてからにしましょう。お静かに」
ラストールがそう言って、リリーナを拘束する物体に触れたとき、それから液体のようなものがうごめき、リリーナの口許にまとわりつく。轡のようになって固まった。
「ウグゥ・・・」
「私の仕掛け、そしてそれを解く方法に恐らくあなたは気づかれるでしょう。助言などされては興ざめというものですよ。それに私はあなたからいただきたいものがあります」
「?・・・!」
ラストールの言葉が理解できなかったリリーナだが、急に異常なまでの脱力感を感じる。自分の身体から魔力が吸い出されていく感覚があった。
「あなたを捕えているこれは、吸魔蝋(きゅうまろう)と言いまして、魔力に反応し、それに絡みつき、それを宿す器から吸い取る性質があるのです。覚えていませんか?あなたを捕えた少女が出したあれもそうなのです」
言われてリリーナは、拉致された瞬間を振り返る。確かにあの時感じた感覚と同じだ。強烈な脱力感に襲われるリリーナは次第に意識を失っていった。
「おやおや。一眠りされますか。目が覚めたとき、もっとも愛しいロイ様と、もっとも親しいレノス様の、どちらが生き残っていますかねえ」
「くっ、強い」
ロイはいったん間合いを取り、レイピアを構えなおす。そしてレノスの動きを整理する。
(とにかく、まずレノス殿の気を乱さなければ。どこかでいい。どこかに傷を負わせられれば・・・しかし)
「ろい。オマエヲ・・・タオス。シネッ!!」
レノスは槍を振り回してロイに狙いを定め、槍を突き出してきた。もうロイは迷いを捨てた。
(仕方ない・・・。許してくれ、レノス殿!)
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
レノスの突き出してきた槍を半身になってかわすと、そのままレイピアの先端を突き出す。そして、レノスの右目を捉え、斬り裂いた。
「ギャアアアアアアアッ!!!」
右目から勢いよく血が吹き出し、叫ぶレノス。
「オ・・・オノレェ・・・」
右目を抑えながら振り返るレノス。血を右目から滴らせているが、戦意は萎えていない。だが、右目を失ったことで明らかに動きが変わった。痛む上に視界が減ったレノスは狙いを定めることができず、適当に振り回すだけになる。ロイはもう一度斬りかかり、今度は左脚を貫く。
「グァァァァァ・・・・」
レイピアを引き抜いた傷口からも血が噴き出している。急所は外しているが、とても立てる状態にない。
(これで動きを止めた!)
そう決めてロイは振り返り、ラストールとリリーナのほうを見る。
「リリーナを返してもらうぞ。ラストールっ!!」
そう言ってロイはラストールに肉薄する。その時、ラストールは笑みを浮かべた。
「どうやら、もうトリア候は使い物にならないようだ。ならば、私が操るとしよう」
そうつぶやいて、手をロイの方にはかざして、手招きするような動きを見せた。
「いくぞっ!ラストー・・ぐはぁっ!!!」
レイピアの先端が、ラストールの鼻先を捉える寸前、ロイの動きが止まる。ラストールの魔法によって完全な人形となったレノスに背後から脇腹を貫かれたからである。一気に脱力し倒れこむロイ。右手からレイピアが落ちた。
その音で覚醒したリリーナは、一瞬唖然とする。
それはレノスから槍を引き抜かれ、脇腹から鮮血を吹きだし、吐血して膝から崩れ落ちるロイの姿だった。
それを現実と理解したとき、絶叫した。
「嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
もちろん、口をふさがれているので発声はしていないが、宝石のような澄んだ瞳からは、とめどなく涙が流れ出た。
「くくく。『若き獅子』も命運尽きた。さあレノス様。とどめを」
「・・・・・」
ラストールに言われるがままに歩き出し、ロイの真上に立つと、その首に槍の穂先を合わせる。そのまま下に突き下ろせば、ロイの首は間違いなく切断される。
(レノス様っ!やめてっ!ロイを殺さないでっ!正気に戻ってっ!・・・・レノスお兄ちゃあぁんっ!!)
リリーナは心の中でそう叫び続けた。
その時である。レノスの禍々しかった瞳に、変化があった。
(私は・・・一体どうしたんだ?なぜ右目が痛い?なぜ脚が痛む?これは一体どうしたんだ?)
ぼんやりとした意識の中、レノスは無意識にリリーナを見た。
(リリーナ・・・?なぜ・・・ここに・・・それに、ロイ殿?・・・私が・・・やったのか・・・うううう・・・)
レノスの表情が次第に歪んでいく。目の前の現実を理解できず意識が混濁している。
「ゴレワ・・・ドウイウ・・・ゴドダ・・・グ、ガガガ、うぐああっ」
「おや?正気に戻りつつありますか」
ラストールの言うように、レノスの瞳は次第に元に戻っていく。
「仕方ありませんな。マインドンイマ」
開いた手を握り、そうつぶやくラストール。するとレノスが人間とは思えない叫び声をあげ、頭を抱えながら悶絶した。
「うぅっ・・・・くぅっ」
その叫びに意識を取り戻したロイは、痛みにこらえながら立ち上がる。急所を外していたことが幸いしたか、ロイはまだ命をつないでいた。
「れ、レノス殿・・・」
「グガアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
レノスはそのままロイに突っ込んでくる。ロイは再びレイピアを構えようとするが、全身の痛みと出血で力がまともに入らない。立つだけでいっぱいいっぱいだった。
(もう、どうにもならないのか・・・レノス殿を戻すことは・・・)
歯を食いしばるロイ。襲い掛かるレノス。そこでレノスの動きが止まった。何が起こったかわからないロイは、レノスの眼を見る。残った左目からは、透き通った水晶のような涙が流れだしていた。その瞳は、ロイに語りかけていた。
(ロイ殿・・・助けてくれ・・・苦しい・・・)
「れ、レノス殿!僕が分かるんですか?」
(あ、頭が割れるように痛い・・・苦しい・・・助けてくれ・・・)
「レノス殿、気をしっかり・・ぐぅっ!!」
レノスを励ますロイだったが、脇腹の激痛に顔をゆがめ、ロイも膝をつく。苦悶の表情を浮かべる。それを見たレノスの脳裏にこれまでの記憶がよみがえってきた。
「私は・・・一体何をしていたんだ」