転生扇さん   作:どこはかとなくやばい人

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こんにちは


1話

「術式解放・焦眉之赳」

 

 刀身から激しく放出された炎が、扇の目の前に立つ二級呪霊に襲いかかる。

 禪院家に生まれ、特別一級術師にまで上り詰めた扇の炎に低級の呪霊が耐え切れる道理はなく、そのまま無抵抗に消し炭にされた。

 上がった帳の外に出て、待機している車に乗り込む。

 

「扇様、いかがなさいましょう」

「一度家に戻る。交流会が行われるのは明後日だ。多少挨拶が遅れた所で、五条悟に文句を言われる筋合いはあるまい」

 

 まぁそも、その挨拶すら不要であるとは思うが──と、扇は内心呟く。今世の自分が知り得た以上に、五条悟のことを"知っている"が故の思考。

 "禪院扇"としてこの世に誕生してから数十年、研鑽を重ねた実力は、才ある呪術師の到達点と言われる一級術師の中でも上澄と言って過言でないレベルにまで引き上げられた。

 が、それでも、あくまでその実力は一級の領域を出ない。特級と呼ばれる一部の化物と比べると、塵芥にも等しい。

 

「湊」

「はい」

「仮に私が死んだ場合、禪院を出て東京の高専に行け。兄上ならば悪いようにはせんだろうが、他の連中がそうとは限らん。その為のコネクションは既に用意してある。改革派の五条がいる所にまで追手を差し向けるほど、奴等は肝が座っておらんだろうからな」

 

 半ば扇の専属と化している補助監督・結城湊は、呪術界には珍しい根明に分類される人間である。

 久しく術師を輩出できていない下級分家の長男として、相伝では無いもののそれなりの術式を持って生まれたこの男は、それはそれは大事に、大事に育てられた。──初の実地戦闘にて、その両手を失うまでは。

 

「伏黒恵──禪院の相伝を持つあやつとは一悶着あるだろうが、貴様の性格であれば、高専の術師や教員共から信頼を勝ち取るのは容易いだろう」

 

 禪院家の術師・補助監督は、一部を除きそれはもう屑の温床。自身の出世の為ならば、昨日まで同じ釜の飯を食らった仲間を呪霊の群れに突き落とすことすら躊躇しない。そんな、人を人とも思わない連中の集まり。

 そんな禪院家の中にも、少し、ほんの少しは人としての心を持った術師・補助監督がいる──と。

 これまでの立ち回り、真希・真依への対応を通し、対外へ多少はアピールすることができている筈。

 虐待紛いの苛烈な躾を受けて尚その善性を失わない湊ならば、そのコネクションを元手に、確固たる立場を築くことができるであろう。

 

 これから起こるであろう事変で対峙するのは、扇のような一級術師を労なく鏖殺する、真の意味での化物共。

 そのような連中を相手にして、事変終結まで、扇が原型を保ち、この世に現存していられる保証はどこにもない。

 

「お言葉ですが、扇様」

 

 扇に唯一誤算があったとするならば、それは自身が想定している物の遥か上を行くその求心力だろうか。

 冷静に考えれば、ドブカスという表現すら生ぬるい性格の術師が闊歩する禪院家の中で、優しくはないものの、男女・術師非術師の差別なく接している──というだけで、それなりの信頼を集められるのは理解できることなのだろうが。

 いかんせん、"扇"の持つ"知識"の中で、禪院扇と言う人間は醜態を晒し過ぎていた。

 仮に中身が変わったとて、誰かに慕われるようなことなどないだろう──そうたかを括っていた扇が成した、今世最大のガバ、とでも言うべきだろうか。

 

「私は、既に扇様を終生の主人と定めております。来世のことはいざ知らず、今世の私の身は、最期の刻まで貴方と共に」

「──そうか。ならば、これ以上はなにも言うまい」

 

 意志を固めた術師の頑固さは、その身で嫌というほど経験している。

 扇が閉口して以後、車中に声が響くことはなかった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「やあやあ扇さん、来てくれてありがとねー」

「御託はいい。貴様が禪院を頼るぐらいだ。何か緊急事態があったのだろう」

 

 改革派筆頭、五条悟は禪院家と犬猿の仲──実際は一方的に禪院家が敵視しているだけ、という関係に近いが、兎に角、その五条悟が禪院家の術師である扇を頼ったのだ。

 余程の事態があったのだろう──と、そう当たりをつけた風を装う扇は、五条に問いを投げかけた。

 

「話が早くて助かるよ。この前、七海と悠仁が未登録の特級──それも、知性を持つ異常個体と戦闘した」

「知性を持つ、だと?」

「あれ、そっちのが気になるんだ。てっきり悠仁が生きてることに突っ込んでくるとばかり」

「──私個人として、宿儺の器にさほど興味はない。特級が集う東京校ならば、器の死亡偽装などは容易であろう。生きていたなら生きていたで、そうか、以外になにも思わん。仮に今後、人界に何か悪影響を及ぼすならば、その時に切り捨てれば良い」

「──へえ、そっかそっか。いやあ、やっぱり扇さんは扇さんだね」

 

 五条がなにやら含み笑いをする中、扇は内心冷や汗を垂らしていた。

 虎杖悠仁の死は偽装された物──実際に一度死んでいるのだが、ともかく彼の生存が秘匿されている、と言うことを、当然"扇"は知り得ていた。

 その前提で、真人や漏瑚──知性を持つ呪霊の方にリアクションを取った、取ってしまった。

 幸いにして五条が違和感に気づくことはなかった。

 今一度気を引き締め直している扇をよそに、五条の説明は続く。

 

「僕がいるし、冥さんも呼んでる。いざとなったらお爺ちゃんや学長も動くだろうし、葵始め、学生たちもそこらの呪詛師に遅れをとるほど弱いわけじゃない」

「だが、複数の特級を相手にするには不足、ということか」

「そういうこと」

 

 徒党を組む特級呪霊がいる。詳細こそ伝わっていないものの、その事実自体は御三家たる禪院家にも噂として流れて来てはいた。

 大半のものがイカれた妄想の類だと処理していたが、当然扇はその大半に含まれていない。

 

「私が居たとて、特級共相手にどこまで通用するかは分からんぞ。なにもできず、鏖殺される可能性すらある」

「いやいや、そこらの弱い特級呪霊ぐらいなら祓えるでしょ? 宿儺とか、その辺の超特級クラスは無理だろうけど」

 

 術師と呪霊の戦いにおいて、呪霊側のジャイアントキリングはほぼ起こり得ないが、その逆は頻繁とまではいかずも、稀に起き得る。

 呪霊と術師、それぞれの階級分け基準が異なること。術式の相性。領域の有無等、条件が術師側に有利に働けば、特級呪霊相手に一級術師が勝利を収めることもある。

 

「……特級を祓った経験がない、と言えば嘘にはなるが。私とて、今までまともな知性を持った呪霊との相対経験はない」

「んー。僕が戦った火山頭の呪霊は、扇さんより出力は上だったね。領域も使ってたし、一人じゃ厳しめかも」

「で、あろうな。その際は致命傷覚悟で時間を稼ぎ、貴様の到着を待つしかあるまい」

 

 落花の情を含めた領域対策に、鍛え上げられた剣術、まともに喰らえば特級とて負傷は免れないであろう出力の術式。

 生徒を逃す前に領域を張られてしまえば詰みではあるものの、一度逃すことに成功してしまえば、扇単体でそれなりの時間を稼ぐことが可能。

 

「万が一の時は、損な役回りを任せることになっちゃうけど……」

「ほざけ。貴様がそのようなことを気にする人間でないことはとうに理解しておるわ」

 

 そんな会話をしているうちに、扇たちがたどり着いたのは、交流戦の状況を確認するべく設けられた建物。

 遠慮なくその扉を開いた五条に続き、扇も中へと入る。

 

「扇さん、お久しぶりです」

「夜蛾か。壮健そうで何よりだ」

 

 呪術高専東京校学長、夜蛾正道。 

 かつては体術を仕込んだ弟子とも言える存在である。禪院と東京校の仲の悪さが故、顔を合わせること自体は数年振りであった。

 

「……え、えっと」

「庵歌姫、か」

「は、はい!」

「そう怯えずとも、取って食ったりなどはせぬ。私のことは、そうだな。その辺にいる爺とでも思うが良い」

「いやー、それは無理でしょ流石に。そんな迫力あるお爺ちゃん、探しても見つかんないって」

 

 一見草臥れた爺に見える、京都校学長── 楽巌寺嘉伸に視線を向けてニヤニヤとそう宣う五条に、彼が何か言葉を返すことはない。

 五条悟の煽りにいちいち反応していては日が暮れると言うことを理解しているが為である。

 

「実際、扇さんは他の禪院の術師とは違う。女だからといって何か言われることはないから、そう気を張る必要はないよ、歌姫」

「そ、そうは言っても、あの禪院扇よ!? 何か下手なことをした瞬間首を刎ね飛ばされそうで……あ」

「……まぁ、良い。仮に私がそのような些事を気にする人間であれば、既に貴様の首はその胴と泣き別れしている筈だ。……理解したか?」

 

 涙目になりながらコクコクと頷く歌姫を他所に、交流会の開始準備が整った。

 開始直前、歌姫に無茶振りをしようと考えていた五条だが、彼女の状態を見るにまともに言葉を発することすらできそうにない。

 よって、夜蛾が普通に開始合図を行うことにより、交流戦が始まった。

 

「……成る程」

「冥さーん、お金もらってるならもっとちゃんと仕事しなよー」

「ふふ、動物は気まぐれだからね。視覚を共有するのも疲れるし」

 

 楽巌寺が命じたのは、虎杖悠仁の抹殺。交流会という名目を利用する以上、仮に意図が丸見えだとしても、明確な殺意に基づく攻撃を五条の目に入れるわけにはいかない。

 それ故、"金を払う奴の味方“と公言する冥冥に大金を積み、虎杖殺害の確たる証拠を残さないよう、カラスの視界を外させているのだ。

 

 尤も、数々の訓練や特級呪霊との戦闘を経て成長した虎杖は、京都校の学生が躊躇いながら討ち取ることのできる相手ではなかった。

 楽巌寺の命に従わない東堂の存在もあり、虎杖抹殺という任務は完全に失敗。

 一部を除き虎杖抹殺に積極的でなかった面々は、交流戦の勝利を掴む──という名目のもと、各々が望む東京校の術師との戦いを求めて散っていった。

 

「……強いね、あの呪具使い。今すぐ2級にでも上げてやればいいのに」

「いやぁ、僕もそう思うんだけどねえ。扇さんはどう思う?」

「あの術師を圧倒したところで、なんの実力証明にもなるまい。仮にあの程度の手合いから一撃でも貰っていたのなら、即刻退学させて実家に呼び戻していた」

「……頑張れ、霞」

 

 先の扇の発言は、明らかに真希が三輪の格上である、と認めているもの。

 これにより、五条の中で"扇が圧力をかけて真希の階級を押し留めていた"──禪院扇・特級親バカ説という概念が消滅した。

 

 その後、交流会が佳境に差し掛かろうとした頃。呪霊の討伐を知らせる呪符の全てが、赤い炎に包まれる。

 

「ッ、これは」

「このGTGの生徒が全部祓った、って言いたいところだけど。まぁ十中八九侵入者だろうね──って扇さん早っ。歌姫、お爺ちゃん。僕たちも行くよ」




多分そこまで長くならないです
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