渋谷マークシティ、レストランアベニュー入口。
大都会東京の中でも指折りの活気溢れる街、渋谷は、普段と違い異様な静寂に包まれていた。
「私たち、本当にこのままぼうっとしてていいんですか?」
その中に立つ3人の術師、その一人。東京高専所属の三級術師──一級昇格の査定中が故、その実力は三級を遥かに上回るものではあるが──の、釘崎野薔薇。
そんな彼女が問いを投げかけるのは、当主である直毘人の代打として渋谷に駆り出された特別一級術師、禪院扇。
「以前、宿儺の器にも同じことを言ったが。五条悟。呪霊にとっても、術師にとっても、奴は正しく天災よ」
「…‥えーっと」
「悟の奴が強すぎて、私らレベルが一緒に居たらむしろ全力が出せねーって話だ。ったく、まだその変な癖抜けてないのかよ、クソ親父」
「親父ィ!?!?」
まぁ、丁髷を携えたエセ侍と、見目麗しい───と言われると本人としては良い気はしないのだろうが、それでも客観的に見て容姿に優れる真希。
この二人が親子関係である、という事実は、初見の釘崎には受け入れ難いものであったのだろう。
「ん、言ってなかったか? コイツ、私の親父兼師匠」
「ふん。弟子を名乗りたくば、せめて一度でも私に太刀を入れてからにしろ」
「便宜上そう呼んでるだけだ。誰がてめえの弟子になってやるかっての」
軽口を叩く真希の表情に、以前禪院について語っていたときのような嫌悪の念は感じられない。
当主に啖呵を切って家出をし、それ以来圧力をかけられ階級が四級に留まったまま───お世辞にも良好とはいえない両者の関係性において、この二人の雰囲気はむしろ異様とも言えた。
暫く唖然とした釘崎だが、であれば、と気になった疑問を口にする。
「真希さんの───」
「───お喋りはここまでだ。五条悟の封印が確認された。これより帳内への侵入を開始する」
淡々と告げられる事実に、再び狼狽する釘崎。彼女ほどではないものの、状況を解しきれていない様子の真希。
「五条先生が、負けた?」
「とはいえ、あくまで封印だ。真正面から負けた、ということではないだろうがな。アレを殺し切れる呪霊がいるのなら、それこそ全盛期の両面宿儺程の手合いだろう」
「そんな奴が相手なんだったら、悟が封印された時点で私らの負けは確定───ってことか」
「然り。無意味な仮定ではあるが、確証がない以上、その仮定を完全に否定し切ることもまた不可能。怖気付くようならこの場に残るがいい、釘崎三級術師」
術師同士の協力において、自身と同レベル、若しくは微々たる差で下回っているレベルの術師以外は、むしろ邪魔になる場合が多い。
それ故に、"特別処置"として、怪我を負った低級の術師や、呪詛師によって懐柔された術師。呪霊の術式によって死に体となった術師などを、同行した一級、準一級術師が処分することがある。
合法的に自身の政敵を葬り去れるこの処置は、数多の犠牲者を生んできた悪法としての側面を持つ。だが、この処置がなければ必要に迫られて処理を行なった等級の高い術師が片っ端から呪詛師認定を食らい、人材不足がさらに加速する。
「禪院四級術師、貴様もだ。未だ実力不足の貴様らを守りながら戦えるほど、この戦場は甘くはないだろう」
五条悟の封印。何らかの呪具を使うにせよ、大規模な術式の行使にせよ、その段階に持っていくまで、数分程度の時間を稼ぐ必要がある。
それを成し得る程の戦力を持つ敵を相手にするとなれば、扇とて命の保証はどこにもない。まして、未だ一級にすら正式に昇格できていない学生二人など尚更だ。
「へっ、なんだよ。心配してんのか?」
「馬鹿を言え。……どうやら、先の心配は杞憂であったようだな」
覚悟を決めた───先の顔とは異なる、術師としての顔を見せる二人を視認した扇は、一つ頷き帳への侵入を開始する。
「釘崎野薔薇、禪院真希」
「あ?」
「はい?」
いざ侵入と、帳の目の前まで来て一度足を止めた扇は、二人に向けて一言。
「命を後生大事に抱えていろ、とは言わぬ。だが、その棄て時を見誤るでないぞ。貴様らは年若い。無駄死にするのは、私のような老い先短い老骨のみで十分だ」
☆☆☆☆
「……やはり、硬い」
落花の情を転用した、高速の居合。神速の域にも達するその一太刀は、陀艮の装甲に薄く傷をつけるに留まった。
しかし、扇、真希、そして離脱した釘崎に代わり合流した七海と相対する特級呪霊───陀艮は、戦闘経験が浅い。
真希はともかくとして、歴戦の一級術師である七海と扇にとって、今の陀艮はただのサンドバッグにしかなり得ない。
とはいえ、スペック自体は他の自然呪霊───交流会で相対した花御と大差なく、着実にダメージを与えることには成功しているものの、未だ決定打には至っていない。
「七海一級、私が隙を作る。攻撃は貴様に任せたぞ」
「了解しました」
継戦能力、技量、判断力。術師の基本的な能力において扇は七海を上回るが、瞬間火力のみは術式の都合上、七海に軍配が上がる。
三人いるとはいえど、一人は防戦一方を強いられ、ろくに攻撃に転じられていない四級術師。このままの戦況が続くのであれば、七海と扇の二人で陀艮を祓うことは容易であろうが、現状術師側に戦況が傾いている要因が要因。
特級呪霊の成長ペースなどは当然扇たちも知るはずがなく、早急に仕留めておかなければ手がつけられないほどに進化を遂げられる恐れもある。
故に、七海の術式、その強みである瞬間火力を最大限に生かした速攻。
「術式解放・焦眉之赳」
扇が握る刀の刀身、そして彼の周囲に、凄まじい熱量を誇る炎が噴き出る。
その炎を以て陀艮に斬り掛かるものの、先と同じく決定打にはなり得ない。
「ここですね」
七海建人。一級呪術師である彼に刻まれた術式は、"十劃呪法"。対象の長さを線分した時に、7:3の比率の点に強制的に弱点を作り出す術式。
弱点を的確に攻撃する事ができれば、格下であれば掠った程度でも致命傷、ないし即死。格上相手にも大ダメージを通すことが可能なこの術式は、状況の打開に打って付けであった。
扇が放つ炎を目眩しに、七海の鉈が陀艮に作り出された弱点へと振り下ろされる。
「!?」
ダメージを与えた直後に陀艮の式神が七海を襲うが、それを難なく回避し、一時距離を取る。
再度扇が炎を以って攻撃を仕掛け、七海が先とは別角度から攻撃を仕掛ける。
目眩しからの攻撃という単純な手段。それも、つけている変化は締めの攻撃角度の違いのみと、非常にお粗末な物。
花御や漏瑚、真人ならば、まず間違いなく二撃目は貰わないであろう、その程度の策。
その策が有効に機能してしまっているのが、陀艮の現状。
戦闘経験の差は、如何に特級呪霊と言えどそう簡単に埋められるものではない。陀艮の術式が広範囲に高火力の攻撃を撃ち込むもの、一撃必殺の初見殺し術式等ならばまだどうにかなったのだろうが、生憎と陀艮の術式はその類のものではない。
「……成る程。此処からが本番、という訳か。随分と呪霊らしい面持ちになった」
一方的に術師に嬲られる自身への失望。五条悟との戦闘、そこであっさりと訪れた仲間の特級呪霊、花御の死。
実の所、以前まで、そして渋谷で捕食した大量の人間のおかげで、既に陀艮は呪胎から脱することのできる状態であった。
術師における黒閃、臨死体験、激情。所謂覚醒イベントがいまだに発生していなかった、その一点のみで陀艮は呪胎の状態から抜け出せずにいた。
「呪霊ではない。私は陀艮。花御・漏瑚・真人にも、我々には名前があるのだ!」
自身の術式である死累累湧軍。これをいくら用いたところで扇の守りを突破することは難しく、且つ七海に致命傷を与えることも難しい。
モタモタしていれば他の術師が合流する可能性もあり、時間をかければかけるほど戦況が不利に傾くのは、火を見るよりも明らか。
と、なれば。
「領域展開───」
呪胎から孵ったことで、以前と比べより強く、洗練された領域。
基本、呪術を用いての戦いは、相手を自分の領域に引き摺り込んだ時点で勝敗が9割9分決まる。もし術師側に、自身を上回るほどの領域を扱える者が居たとしたら、それはもう運の尽きという他ない。
花御は勝ち目のない戦いに身を投じ、あっさりとその命を散らした。真人・漏瑚は自身を上回る猛者だが、それでも渋谷に結集した術師の戦力、全盛期に劣るとは言え両面宿儺を相手に、確実に生き残れるとは限らない。
で、あれば。花御たちと比べ比較的楽な術師を相手にしている自分が、此処で怖気付くことなど、決してあってはならない。
覚悟を決め、手印を組んだ陀艮は必中必殺の領域を顕現させ、扇たちを葬り去る───筈であった。
「させると思うてか、下郎」
禪院扇。彼の手に握られるのは、先までの物とは明らかに異なる、とてつもない存在感を放つ刀。
特級呪具・村正。───禪院家秘蔵。領域・極の番を持たない扇の切り札とも呼べるその一太刀は。手印を組んだ陀艮の腕を、まるで紙屑を切るかように、あっさりと切断して見せた。
多分次回投稿すごく遅くなります