Advanced Witcher   作:黒須 一騎

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スケリッジ

 

 

 

 

船旅は特に時化る事もなく、平穏な旅だった。

 

無事、スケリッジのケイアトロール港へと上陸した二人は、先ず宿の確保へと動いた。

と言うのは、船が入港すれば、商用などで来た者が、われ先にと宿が塞がってしまう為だ。

この世界には予約と言う概念はない、早い者勝ちだ。

 

「宿は俺が押さえておく、アンタは馬を馬房に預けてきてくれないか」

 

そう言ってゾルタンは、荷物を担いで目の前にある「ニューポート」と看板が掲げられた店へ入って行った。

後からゾルタンの姿を見ていると、まるで大きなリュックから、手足が生え歩いているように見える。

しかし肩幅は大雅より大きくがっしりとしていて、胆力も相当なものだろう。

 

ゾルタンの武器は、バトルアックスつまり戦斧と呼ばれる物だが、普通の斧とは異なり、刃身は薄く重量も軽い。

つまりはこれを、縦横に振り回して戦うスタイルだ。

 

一般の者が振れば、当然剣などよりはスピードが落ちるが、短くても筋力の有るあの腕で振るわれれば、その弱点は少なくなる。

 

そして何より、質量のある刃で襲われた相手は、たとえ撃ち受けたとしても、体制は崩され隙が出来る、次に来るのは、防具を超えて骨を断つ重い一撃だ。

 

大雅は、馬を馬房のある貸し馬屋に預けると、3日分の預かり料を最後に残っていた15クラウンで支払おうとしたが、馬房の主人は嫌な顔をした。

というのはここスケリッジでも、贋金が出始めているとの事だった。

大雅は、これに5フロレンスを追加したとたん、主人はニコニコ顔になった。

これで綺麗さっぱり、手持ちのクラウン通貨は使い切った。

 

宿兼業酒場のニューポートへ戻ると、酒場のテーブルで既にエールをひっかけているゾルタンを見つけると、そのテーブルへと向かった。

 

テーブルに座るとすかさず中年の女が来た。

 

「いらっしゃい、飯かい? それとも酒かい?」

「エールを、それと魚の料理があれば持ってきてくれ」

「あいよ」

 

エールをぐびりと一口飲み、ゾルタンは話し始めた。

「シントラ行きの船は25日後だそうだ、船が昨日出たばっかりだらしい。

 とりあえず宿は二部屋、その日まで抑えといたが、それまで暇を持て余しそうだ」

とゾルタンは言って部屋の鍵を大雅に渡した。

 

「まあ、近所でも観光してりゃ、あっという間だろ?

 それとも怪物退治にでも精出して金を稼ぐか?」と大雅は持ちかけて見た。

 

「そうだな、観光といっても何処も似たようなものだし、それにここの怪物は、結構強いやつが多いぞ。

 どこかへ行くたびに、怪物と戦闘は避けられん。

 金にはなるかもしれんが、この町以外では碌な依頼は無いぞ。

 昔はこんなに怪物は多くなかったがな」

 

「まあ、ここでは彼らの足跡を辿るぐらいか。大型の怪物は居るのか?」

「ああ、そこそこデカいのはいるぞ。

 だがとても一人で倒せるようなもんじゃねぇ。

 悪いことは言わねえから、ここら周辺でおとなしくしてるこった」

 

「ここで在った戦闘だがどこまで知ってる?」大雅はゾルタン尋ねた。

 

「これはダンディリオンに聞いたんだが、以前此処で大規模な戦いが有った時、ゲラルトやイェネファー、そしてシリも居たらしい。

 それだけじゃなく名だたる魔法使い、ここスケリッジの呪術師、それに見たことがないエルフも居たらしい。

 俺はその時ケイアモルヘンの戦いで受けた傷を癒すため、マレオレの温泉にいたんだ。

 右腕の筋をおかしくしてしまってよ」

 

「じゃあダンディリオンは、もっと詳しく知っているってことか」

「ああ、ダンディリオンは、表向きは酒場宿のオーナーであり吟遊詩人ということになってるが、異様に情報に詳しい。

 まあ、その理由を聞いても、あの通りのらりくらりと躱されるがな。

 付き合いは俺やゲラルトを含め長い、俺たちが知らないことを知っている事も多いし、未だに良く解らん男だ」

 

「彼がどこかの国の間諜という可能性は?」

「その可能性はゼロじゃないが、そうだと言う根拠も無い。

 ノヴィグラドでここ三年ずっと付き合って来たが、そんな素振りは皆無だ。

 それに今まで誇大な話は聞いたが、嘘はあいつの口からきいたことがない。

 一度もだ。まあ、有体に解る冗談はしょっちゅうだがな」

 

大雅はエールを飲みながら考え込んだ。

 

「もっと詳しくダンディリオンに、聞いておくべきだったのかもな」と大雅。

「何をだ?」

「いや、俺の目的は話したよな」

「ああ、国交の下調べだろう」

 

「もちそんそれは主体だが、まずはゲート、君らの言う転移門か、それを安定する手段を知ることが最優先だ。

 そのためにイェネファーを見つける必要がある、まあ、同様な力を持つ女魔術時でも、可能かもしれないが」

 

「名だたる女魔術師たちは、大抵転移の術は使えるさ。

 ただ、得手不得手はあるがな」

「転移に詳しい、若しくは得意な魔術師は?」

「そこまでは詳しく知らん」

 

「さっきこの宿屋の主人に聞いたんだが、容姿から言って、イェネファーとゲラルトが、ここに居た事は間違いねぇ。

 最後に会ったのは、もう3年も前になる。

 とっととシントラまで行きたい処だが、船が無いことには、どうしようも無いな。

 俺は酒でも飲みながら、カードでもやって過ごすつもりだ」

「判った、こっちは少し周囲を調べてみる。

 後で連絡用の通信機を渡そう。

 イザと言うときはそれで話せるしな」

 

部屋に戻った大雅はゾルタンに通信機とインカム、レピーターを渡した。

「こが通信機のセットだ。

 電源は入れっぱなしで良い。

 レピーター自体が通信機にもなるが、ここからあの山ぐらいまでなら通信機は部屋に置いたままでインカムだけでいい。

 インカムは耳に指しっぱなしにして欲しいが、嫌ならポケットにでも入れて置き、使うときだけ耳に入れればいい。

 ただし、2日に一回は、この機械にセットして、エネルギーを補充してくれ」

 

「これで離れたお前とも話せるのか。いつでも?」

「ああ、何時でもだ。

 だがその分エネルギーの消費は激しくなる。

 肝心な連絡の時に使えない様になる、遊びや暇つぶしの利用は避けた方がいい」

 

「ああ、わかった。なにか急ぎの用が有る時は使うよ」

「そっちから連絡したい時は、インカムの耳に入っている、本体の小さなボタンを押してくれればこちらにコールが入る。

 よほどの事が無ければすぐに出れるだろう」

 

夕方になり、二人は1階の広間なやってきた。

 

店の女性がテーブルの近くにやってきて話を始める。

「旦那さん方、そろそろ夕飯の時間だけど、どうする?

 今日は魚のシチュー、焼き魚、肉もいろいろ料理が有るけど」

 

「俺たちは宿泊客なんだが、決められているのは有るのか?」とゾルタンが言った。

「それなら焼き魚に簡単なスープ、パンのセットだね。

 飲むのなら他の料理が有るよ、酒と料理は別料金だけど」と女性

 

「酒の摘みになるような物があれば、3種類ほど頼む。

 それとエールを2杯、蒸留酒も1本持ってきてくれ。

 グラスは二つだ。食事は飲んだ後に貰おう」とゾルタン。

「野菜の料理は有るかな?」と大雅。

 

「んー海藻と緑のサラダでいいかい。それならあるよ」と女性。

「それを二つ追加だ」と大雅。

 

「タイガ、言い忘れていたんだが、実はシリが、ここスケリッジで暫く生活していたらしい。

 まあ、これはゲラルトから聞いたんだが、その時姉妹の様に慕っていたのが、いまここの国王をしているはずだ」とゾルタンは言った。

 

「・・・なぜ今まで話してくれなかった。

 というより隠していたのか?」と大雅。

 

「いや、ホントに忘れてたんだ。

 ゲラルトとここの前王は、親友と言っても良い程懇意にしてた。

 だが、ここで紛争が有る前に、亡くなったらしくてな。

 今はその娘が王と言うことだ。

 俺は今の王には面識が無いが」

 

「今日は飲むかタイガ。

 無事スケリッジに、こうして着いたことだしな」

「そうだな、飲みながらで良いから、もっと詳しく教えてくれ、乾杯」

 

「ぷはーっ! やはり、ここのエールはうまいな」とゾルタン。

「ここの周囲について教えてくれないか」

 

「ああ、いいぞ。

 ここいらは、もともと幾つかの部族が住んでいる。

 島ごとに違う部族も居れば、ここアード・スゲリッグ島には二つの部族がある。

 アン・クライト一族とドラムンド一族だ。

 スケリッジ諸島の国を構成している今の女王は、セリス・アン・クライトという」

そうゾルタンは淡々と話し始めた。

 

「前王はブランと言ったが、病死だったらしい。

 もともとスケリッジは、部族を纏める族長と言う者が居る。

 しかし、対外的にも、戦争に対する防衛面でも弱くなると考え、族長以外から、スケリッジの王としての代表者を決める習わしだった。

 アード・スケリッグのクラフも、ゲラルトとは懇意な仲だった。

 族長自身は、王にはなれん決まりだからな」

 

「俺達がケイア・モルヘンで戦った時も、アン・クライト一族の中からセリスの兄が参加していた。

 セリスは初めての女王だ、噂によれば内政に長けていて、上手く各部族ともやっているらしい」

 

グビリとエールを飲むゾルタンを見た。

話は、けっして上手ではないが、概要は見えてきた。

可能であれば、セリスに会って、話を聞くのも選択肢の一つと思える。

 

「女王であるセリス・アン・クライトには、会うことは可能だろうか」と大雅はゾルタンに尋ねた。

「そんなに難しいことじゃない、かもしれん。

 かえって、族長に会う方が難しいだろうな」

 

「王なのにか?」

「もともとスケリッジの王と言うのは、そんなに権力は持っていない。

 王は、族長たちの意見を纏めるまとめ役と、対外的な代表にすぎんからな」

「よし、おれも暇だし、手紙で前触れを出してやる。

 数日待てば、向こうから接触してくるだろうさ」とゾルタン。

「そうだな、よろしく頼む。よし、今日は俺も飲もう」

 

 

翌日、二人して、二日酔いになった事は言うまでも無く、二人が起きてきた頃は、既に太陽が真上に上ってきた頃だ。

少し痛みの残る頭を抱え、大雅は1階の食堂に降りてきた。

他の客から離れた所のテーブルに座り、ペットボトルの水を一気に飲み干した。

 

「それは、水筒か?」

見知らぬ男が声をかけてきた。

「まあ、そんなような物だな」大雅はうっかりしていた。

やはり酒が頭に残っていたせいなのだろう。

 

地球では何でもないありふれたものが、ここではアーティファクト級の珍品になる。

 

「これを何処で手に入れたんだ?」

 

「これは、俺の国の錬金術師が作ったものだ。

 ここでは手に入らない。

 軽く透明で、繰り返し使える。

 まあ、革袋より強靭ではないが、蓋を開けなければ何年も腐らずに持つ。

 まあ、蓋を開けたり、別の水を入れたりすれば、長持ちはしないがな」と大雅は言った。

 

「どのぐらいなら譲ってくれる」

「そうだな・・・40クラウンでどうだ」と大雅。

ぼったくりも、良い所である。

 

男は少し渋った様子を見せた。

 

「もちろん、封を開けていない水だが」と大雅は言って、横の革袋から新しい水を2本出した。

「そ、その空の容器もくれるのなら、払うよ」と男は言う。

「それでいい」と男の方へ、ペットボトルを押し出した。

 

男にキャップの開け方を教え、テーブルの上の40クラウンをポケットに入れる。

男はペットボトルを抱えると、そそくさと店を出て行った。

新しいペットボトルを革袋から出し、封を開ける。

 

「うーー、姉ちゃん。水だ、水をくれ」と大きな声でゾルタンは、ドカドカと歩き大雅のテーブルへとやってきた。

「昨日は流石に飲みすぎた」と言いながら、顔を下に向けて振っている。

「そうだな、今日はゆっくりするか」

 

そこへ、デカいピッチャーで水を持って来た女性に、大雅は10クラウン硬貨を渡す。

本来なら、この店で水を頼むべきなのだが、それを見逃してくれている女給への礼だ。

ゾルタンは、ピッチャーをガシッと掴むと一気に飲みだした。

が、三口ほど飲んだ後「ここの水は旨くないな」と言う。

 

「そうだろうな、こういう環境の島では、殆どが雨水だろうしな」と大雅。

「それって・・・・もしかして水か?」

ゾルタンは、大雅の持っているペットボトルを指さして言った。

「ああ、生水はちょっと避けたいからな。要るか?」

 

「くれ・・・」

大雅は新しくペットボトルを出すと、キャップを開けてゾルタンに渡した。

 

クンクンと匂いを嗅いで、一気に飲みだす。

ゴッゴッゴッと飲む音が響き、一気に500mlが消えた。

 

「はあーーーっ、うめぇ」と放心するゾルタン。

大雅は黙って、次の水を開けて差し出した。

 

「お前さんとこじゃ、こんなものが有るのか」

「ああ、簡単に手に入る、しかも良く冷えた物がな」

「いつかは、行ってみたいもんだ」

 

「お客さん、こんなに貰っちゃ悪いから、軽く食べられる麦粥を持って来たよ」

と先ほどチップを渡した女性が、声をかけてきた。

 

昨日居た女給とは違う、もっと若い女性だ、たぶん年は15くらいだろうか。

 

「いや、本来、水代を払わなきゃならん。

 持ち込みだからな、さっきの金は、持ち込み料と思ってくれればいい。

 粥はありがたく頂くよ。

 それとは別に、これは君へのチップ、つまり君にあげるお金だ。

 気にせず受け取ってくれ」と大雅は言った。

 

「うふふ、お兄さんかっこいいから、惚れちゃいそうだよ」そう言いながら、スキップの様な足取りで厨房へと消えていった。

 

「なんだ、タイガ。あの娘を今夜のベットに誘うつもりか?」

「んな訳あるか。

 こうやって麦粥も持ってきてくれたんだ、それに勝手に水出して飲んでるしな。

 礼だよ単なる」

 

「だか、結構渡していようだが?」

「さっき10クラウン、今も10クラウン。合計20クラウンだな」

「なんだと、これだから異世界人は・・・あのな、この程度じゃ1クラウンも渡せば十分だ。

 20クラウンなんて、あの娘の半月分の給金だぞ」とゾルタンは呆れたように言う。

 

「・・・・不味ったかな・・・まあいい、それで手紙はいつ頃出してくれる」

「酒が抜けたら書くさ、あと24日も有るんだ、する事が無くなっちまうぞ」

 

二人は麦粥を食べ、ゾルタンは手紙を書きに部屋に戻った。

まだこの世界の慣例や貨幣価値には慣れない。

安いと思うものが高かったり、高いと思うものが安かったりと、慣れない事ばかりだ。

この時間を使って、大雅は散歩という情報収集に出かけた。

 

町と言ってもそう大きくは無く、店が何件かと宿と言うか、飲み屋の様な店が2軒あるだけで、多くは漁民が主体の町のようだ。

聞くと、この島では一番大きな町だらしい。

ブラブラと歩きながら露店を回ったり、その品種や価格などを見ていく。

 

ここは、海の水路とも言うべき谷間に面した港だが、意外に海流の流れは小さい。

崖の上に大きな城砦が見える、あれがケィア・トロールド城なのだろう。

 

「旦那さん、見てばかりでないで、なんか買っておくれよ」

薬草や雑貨を売っている店の女性が、声をかけてきた。

見ると、今まで見かけていない種類の薬草が、いくつか置いてある。

それをいくつか指定すると、名前と用途を教えてもらい、大雅はタグを付けた。

 

「いっぱい買ってくれて、ありがとね、全部で135クラウンだよ」

大雅は100クラウン金貨と50クラウンの小金貨を渡した。

 

「はい、お釣りね」

大雅はお釣りの15クラウンを受け取った。

 

「少し尋ねてもいいかな」

「なんだい、私で知ってることなら」

「ここに居た、ゲラルトとイェネファーについて、知ってたら教えて欲しい」

 

「・・・店の奥で話ましょうか」

大雅は女性に案内され店の奥へと入った。

 

 

「店は大丈夫なのか」

「あーうん。

 どうせ今頃は、お客さん殆ど来ないしね。

 で、聞きたいことって?」

 

「ここにゲラルトという狼流派のウイッチャーと、イェネファーという女魔術師が居たという情報があった。

 実はイェネファーという女魔術師に、頼みたい事が有って、探しているんだ」

 

「ゲラルトさんなら、何度か店にも来たよ。

 買ってもくれたし、助けても貰ったしね。

 女魔術師の方は、何度か見かけただけで判らないよ。

 なんかツンと澄ました、いけ好かない女だったわ」

 

「他に何か聞いてないだろうか」

「聞いてないね。

 ここには1月ぐらい居たたけど、いろんな島にも行ってたみたいだよ。

 ただ、ドルイドとは仲が悪いみたいだから、そいつ等には聞かない方がいいね」

 

「ドルイドっていうのは?」

「ああ、薬草や呪術に長けた連中だよ。

 見た目は人間だけど寿命は長いらしいね」

 

ドルイドと言えば、地球では紀元前あたりのケルト人の司祭を示し、支配者階級でもあった。

希少な植物を崇拝し、政治的な指導者としての性質を併せ持っていたはず。

この世界には、謎な事がまだ多い。

 

宿に帰り、銃の整備と消耗品の補給を行った。

幸い大きめのテーブルが有り、床に座らずに分解整備が出来た。

そんな時、ドアを叩く音が聞こえ「タイガ居るか、俺だゾルタンだ」と聞こえた。

 

大雅は,念のためP320を抜き、ドアを開けた。

地球と違って、ドアの横に隠れる必要もない、まあ、壁が木の板一枚なので、ドアの横の壁でカバーしても、何の意味も無いのだが。

 

「居たのか、さっき手紙を出してきた。

 まあ返事が来るかどうかも判らんが、時間はある」

「ああ、助かるよ」

そう言いながらハンドガンをホルスターに戻す。

 

「ところで、明日には少し出てみないか、怪物退治の依頼が有ればなおいい」

「なんだ、ここでゆっくりするんじゃなかったのか?」

 

「それがお前の武器なんだよな、一度使っているのを、見てみたいと思ってな。

 実は、俺もこの旅の為に、バトルアックスを新調したんだ。

 新しい物は、使ってみたいと思うのは、自然な事だろう」

 

「うーん、怪物を狩るのは良いが、俺のバトルレンジはどちらかと言うと、遠距離から中距離だな。

 まあ、至近距離でも、なんとかならない事は無いが。

 銃を知って居る者となら大丈夫だろうが、知らない者との共闘は危険性が高い」

 

「それを知るためにも、必要だろう?

 な? なんでも最初の試は、始まらなきゃ次は無いしな」

 

「判った、明日は近場で試すか。インカムを忘れないでくれ」

「話は決まったな」

その日は、流石のゾルタンも、酒量は抑えたようだ。

 

 

翌朝、準備をしてからニューポートを出たが、部屋は確保したままだ。

 

「碌な依頼が無いな」とゾルタンは、がっかりした声で言う。

「十字路と呼ばれる所の、怪物駆除だけのようだな。

 どのぐらの距離なんかねぇ、できれば夕方前には、ここに帰って来たいんだが」と大雅。

 

「あんたら、化け物退治してくれるだかね」年を取った漁師風の男が声をかけてきた。

「そうだが」と大雅は答えた。

 

「うちらは漁師なんだが、この先の岩礁があるだが、そこにセイレーンが巣くってるだよ。

 そのせいで、漁ができなくてなぁ。

 退治してくれたら、漁の組合から礼は出す」

 

「そういうのは、普通部族の方で何とかしてくれるんじゃないのか」とゾルタン。

「頼んではいるんじゃが、なかなか今は動いてくれないんじゃ」

 

「その漁場は、船でないといけない所か?」と大雅。

「いや、陸からも見えるだよ、でも降りて近くに行くのはちと厳しいかと」

 

「巣も見えるのか」

「ああ、見えるだよ。

 なんなら今から案内するべさ」

 

老人の案内で港から坂を上りすぐ右に折れ、岬の様な場所に着いた。

高さは50mほどでほぼ300度が開けていて、すぐ下に海と切り立った崖となっている。

鳥とはまた違った物が、海岸線からすぐ近くの岩の周りを飛び交い、岩の上部の平らになった部分に、巣らしきものが有った。

 

「あれがそうだ。

 あの辺りは、大型の回遊魚が来るんで、良い漁場なんだ。

 だがあいつらのせいで近づけねえし、船で戦うなんて無理だしよぉ」

 

大雅が見た物は、まるで美しいブロンドの上半身裸の女性に、腰から下は魚類か爬虫類の様な姿だ。

 

「ほう、まるで女にしか見えない姿だが、下半身は化け物だな」

「タイガ、あれは綺麗に見えるが、化け物だ。

 伝説じゃ友好的で、求婚に答えたなんて話も有るが、基本、人間を見つけたら襲って来るぞ」

 

「へえ、それにしては、随分となまめかしいな」

「怒ると、すげー顔になるがな、海の上じゃ、あれ見つけたら迂回するのが普通だ。

 大きな船にも団体で襲ってやがる、厄介な怪物だよ」

 

「意思疎通は出来るのか?」

「言葉は通じんらしい、身振り手振りだな。

 まあ、その前にかみついたり、ひっかきに来るが」

 

「普通の女の様に、授乳するのか?

 乳房と見られる物も有るが」

「ああ、児には、乳を与えて育てるらしい。

 昔、児から飼いならしたセイレーンが居たと、聞いた事が有る。

 だが、結局は其れに殺されたらしいがな」

 

「なるほど」

 

確かに飛行速度は、けっして低くない。

餌を撮る時は、ホバリングの様に空中に静止するようだが、動きは速い。

 

「ここからなら狙えるな」と大雅。

「おい、タイガ。

 あんな離れた所をどうするんだ?」とゾルタンは呆れたように言う。

「ここから撃つさ、だが今持っている銃じゃない。一度宿に戻ってくる」

 

距離にして300m、今持っているAKMSでは距離的にも精度的にも厳しい。

かといって、M99では当たるだろうがオーバーキルに近い、飛んでいる怪物を仕留めるにしても、速射性も無い。

そこで、新しく狙撃用のライフルを取り寄せることにした。

 

大雅たちは一度ニューポートに戻った。

大雅は部屋に戻ると部屋に有った大きな木箱をインベントリに仕立て上げた。

指定したのは自衛隊でも採用されているM24SWS、10発の338Lapua Mag弾を入れられる脱着弾倉を持つものだ。

 

338ラプアマグナムは、人間相手の狙撃弾としては、最強の部類に入る。

精度を上げる為、基本はボルトアクションの為、発砲ごとにボルト操作が必要となるが、大雅も使い慣れた銃だ。

なにより、自衛隊の装備品なので、時間がかからずに調達できる。

暫くすると、ソフトケースに入ったスコープ付のM24SWSが届いた。

 

別途に、ライフル用のハードケースと、携行品一式も入っていた。

銃弾は今までの物とは異なるため、一緒に100発が届く。

メモ書きを見ると既に500mでゼロイン調整済で有るとの事だ。

大雅は、M24SWSだけでなく、M99のケースとMk211弾を6発もって宿を出た。

ゾルタンには双眼鏡を渡し、現地で、ターゲットの行動パターンを調べてもらっている。

 

「どうだゾルタン、何か解ったか」と聞くと

「じっと空に留まっているのは、魚が来た時だけらしい。

 それ以外は、岩に止まって休んでいるか、2~3匹ほどが、近くの海を飛び回る。

 そんな感じだ」とゾルタン。

 

「数は?」

「12匹だな、巣の中に幼体が4匹、卵が6個だ」

「飛び回っているのは8匹か、幼体は巣事つぶそう」

大雅は、まず飛び回っている物から狙撃を始めた。

 

狙撃銃にはサイレンサーがついている、これは発砲音で怪物が散ってしまわないようにするためだ。

サイレンサーと言っても、近くでは結構大きな音がする、弾の速度が音速を超えている以上、どうしようもない。

だが、無いよりはマシで、散るかどうかは運次第と言えよう。

 

バイポッドを立て、腹の下に丸めた毛布を入れる。

パシッという、濡れタオルで物を叩いたほどの音が発し、発射された弾丸は、1匹のセイレーンの脳を確実に破壊し、海へと落ちていく。

 

セイレーンたちは、急に仲間が海に落ちたことで、驚いては居るが、それを見る為に飛び回っていた物も、ホバリングに入った。

顔は牙が生えた魚の様な形相に変わった。

 

ボルトを操作し排莢と装弾を行う。

そうして、次々とセイレーン達を落としていく。

 

「上手いもんだな、あっという間に殺しちまった」双眼鏡で眺めているゾルタンが言った。

「いちおう、コレで飯食ってるもんでね。

 さて、後は巣と、幼体の始末だな」

 

大雅はそういって、M24SWSから残弾を回収し、ソフトケースにしまう。

代わりに取り出したのはM99だ。

 

「はい。これ耳に詰めて。

 こうやって指でもんで、耳の穴に押し込めば耳の中で膨らむ」

「ウィッチャーさん、これ何かね」と老人が尋ねる、ゾルタンも同じ様な表情だ。

「こいつはデカい音がするんだ。

 これをしてないと、耳がおかしくなる程な」と入れ方を見せる。

 

「あと、少し横に離れてくれ、その位置だと危険だ。そうそれぐらいで良い」

「これ、声が普通に聞こえるんだが、大丈夫なのか?」とゾルタン。

「ああ、デカい音だけ小さくするんだ」

大雅はM24SWSの代わりに、M99ののバイポッドを立て初弾をボルトで送り込む。

 

ズドンッ!

 

マズルブレーキからの発射ガスと、衝撃波が周囲の埃や、細かな砂を地面から立ち上げた。

次々と巣に向かって撃っている居るうちに、3発目から巣は燃えだした。

それでも、構わず持って来た全弾を打ち込む。

巣が燃えているうちにM99をケースに戻す、6発程度では、そんなに銃身も熱くなっていないので、気にせず格納した。

ポケットから単眼鏡で巣を確認すると、ほぼ巣は跡形も無く消え去っている。

 

「依頼完了か、どうだい? ご老人」と大雅は言う。

 

「ああ、文句ないべさ。

 あんた等、ニューポートに泊っているんだろう、後で金を持っていくよ」

 

ゾルタンから双眼鏡を借りて、見ていた老人は言った。

 

 

「しかし、そいつはすげえ威力だな。

 大抵の怪物なら、何とかなりそうだ」

「威力だけならな。

 こいつ、重いんだよ。

 とても移動しながら、運用できるような武器ではないさ」

 

宿に戻ってきて、大雅の部屋でゾルタンは言った。

そこへ、衛兵らしき姿の者が来てると、宿の女給が呼びに来た。

 

 

「俺がゾルタンだ、こいつはタイガ。

 で、俺達に用とは?」

「女王陛下より、ご言伝です。

 明日、昼前に来られたし。

 との事」

 

「召喚、謹んでお受けいたしますと、お伝えください」

大雅は、答えた。

 

大雅は部屋に戻ると、第一種礼装服を取り寄せた。

一応、王との面会なので、これは自衛隊の規定に沿った物でもある。

 

「また、これ着なきゃなんないのか」

 

問題は、兵装だ。

腰に有る飾り物の剣など、糞の役にも立たない。

仕方なく大雅は、FMG-9を右内ポケットに、左の内ポケットにはマガジンを入れた。

FMG-9はキャリングハンドルを外してあるので、こうしたことが可能となる。

 

同時に手ぶらと言うのも、どうした物かと思っていたら、ステム付きの江戸切子のグラスセットが届いた。

もちろん非公式な面会なので、総理の書状も付いていない。

今回の件はあくまで「非公式」面会と言うスタンスなのだ。

事前に準備してあったのか、皮張りのアタッシュケースに入っている。

 

 

翌日、遅めの朝食を摂り、部屋で着替えと準備をしてホールへと降りた。

既にゾルタンは、エンジ色の厚めのコートを着て、腰に短めの剣を付けていた。

 

「驚いたな、タイガ。

 見違えたぞ、それがお前の所の服なのか」

「まあな、非公式とは言え、王との面会なら、これが規定なんだよ」

 

王が居るケイアトロールド城には、一旦丘を登り、橋を渡って再び山道を歩く。

大きな石橋を超えれば、そこは王城だ。

 

「ノヴィグラドから来たゾルタンだ。

 こちらはタイガ、王の召喚を受けた為、来た」

「話は聞いている、通れ」

 

「なあ、大雅。

 銃は、持ってこなかったのか?」

 

「今回は面会だ。

 無粋な物は必要ないだろう。

 それに、召喚した者を殺すなんてことをしたら、愚王も良い所だ、心配ないさ」

「ここは、もっと荒っぽかった場所と、聞いていたがな」

 

薄暗い通路を抜けると、執事らしき人物が立っていた。

 

「ゾルタン様とタイガ様ですね。

 王の所まで、ご案内します」

二人は頷くと、執事らしき者の後を付いていく。

暫く歩き、大きなドアの所で立ち止まった。

 

「御客人がまいられました」

『入って頂戴』

 

執事がドアを開け、どうぞと手で示す。

中に入ると、そこそこの広さに、机がいくつか、そして玉座の様なものが見える。

 

「さて、私がスケリッジの女王、セリス・アンクライトよ。

 貴方が、ゾルタン・シヴェイね、ゲラルトから話はよく聞いていたわ、宜しく」

「ああ、お初にお目に掛かる。

 こちらの連れはタイガ、今、俺と一緒に旅をしているところだ」

 

「始めまして、陛下。

 日本国の拝戸大雅です。

 この度は、謁見いただ「堅苦しいのは好きじゃないの」」

「何か飲みながら話しましょ」

 

セリスは、ドアの外に向かって、茶と軽い物を持ってくるように言った。

暫くすると、先ほどの執事が、ティーポットの様な大きなものと、マグカップサイズのコブレットを置いていく。

そして、ポットを持ち、各自のコブレットにお茶を注ぎ帰って行った。

 

「シントラから取り寄せたお茶よ。

 毒なんか入って無いから安心して、ここは名誉を重んずる国スケリッジよ。

 毒を使う事は、忌むべき行為で、死罪となるの、王でも族長でもね」

 

大雅は、まだ熱いお茶に口をつけた。

基本、地球で「お茶」と言えば、チャノキを指す。

紅茶も緑茶も抹茶も、全てチャノキの葉や、芽を加工して作られたものだ。

しかも、地球でヨーロッパに伝わったのは1600年代前半、それから広がるのに数十年を要した。

口にしたお茶は、そのどれとも異なり、どちらかと言うと、ハーブティの様な味だった。

コレの情報だけでも、人が地球から転移したのは、1600年より以前と言う事に為る。

 

「まずは、コレをお納めください。

 わが国で、江戸切子と呼ばれる、ガラスのコブレットです」

 

セリスは、一目で心を奪われた。

水晶のような透明度、鮮やかな彩色、そして氷の結晶を思わせる加工、どれ一つ取っても、この世界では作り得ない物だ。

 

スケリッジは、漁業だけでなく、南方と北方の交易や運輸で、今は成り立っている。

よって、様々な品物や商品が経由する。

それでも、この様な見事なコブレットを、見たことは無かった。

 

「手に取って見ても?」

「勿論です、陛下」

 

手に取ると、そのコブレットは、一層輝きを増す。

控えめに色付けされた上半分、ステムと底部は透明度の高い物だった。

この世界のガラスは、厚みを増すとグレーの色となる。

スモークが掛かった色と言えば、判り安いだろうか。

この様な透明で、なおかつ気泡一つないガラスは始めて見た。

 

「素晴らしい贈り物に感謝を、これは貴国で作られた物ですか」

「はい、発祥は350年ほど前、我が国にガラスが伝わり、その中でそのガラスに砥石で切り込みを入れ、磨いたものが始まりです。

 今でも、その技術はさらに洗練され、この様なコブレットを作れるに至りました」

「素晴らしい、南方の貴族共なぞ、大金を払っても買い求めるだろうな」

 

「では、紹介を続けさせて頂いても?」

「ああ、済まなかったわ。

 貴方に興味が湧いてきたわ」

 

「私は日本国の軍に属する者です。

 ですが、私はこの世界の住人ではありません。

 地球と呼ばれる世界、その中の日本と呼ばれる国の兵士です」

「ふむ、エルフみたいな物かな。

 以前、ここというか、ここに居た者を奪う為に、異世界からエルフの一派が攻めてきました。

 まあ、結果はこちら側が勝利し、攻めてきたエルフの首魁は、殺されたと聞いています」

 

「なるほど、確かに私も異世界ですが、ここに攻めたり、略奪に来たわけではありません。

 我々の目的は、こちらの世界と国交を結ぶ、その準備段階として、いろいろな国を調べ、国交を樹立するに値するか否かを調べる為です」

 

「で、この国と国交を結びたいと?」

「いえ、未だ尚早です陛下。

 私はそれを決める為に来たわけではなく、実はこちらに来る方法が、いささか安定して実現する事は難しいのです。

 そのため、ある女魔術師を探して居ましたが、居場所が判り、其処へ向かう途中で、ここへ立ち寄った次第です」

 

「なるほど、それは表敬訪問と捉えて良いの?

 それと、貴方の国の兵士は、皆、こんな堅苦しい話し方をするわけ?」

「いえ、普段は違います。

 記録されてますので、この会見」

 

「なるほど、それでなのね。

 解りました。

 貴国の表敬を、快く思っております。

 また、国交の相手国として、我が国も立候補を表明します。

 大儀でした」

 

大雅は、席を立とうとした。

 

「これで、貴方の仕事は、終わりでしょ?

 ね、貴方の国の事を教えて」

立ちかけていた腰を再び下ろす。

 

「構いませんが、時間かかりますよ?」

「わかったわ、ちょっと待ってて」

 

セリスはドアの外へ出て行くと、少しして戻ってきた。

「1週間ほど時間を空けたわ。

 いろいろと教えて、泊って行けるでしょ?」

「ええ、構いませんが、宿を押さえておりますので」

「ニューポートでしょ?

 あんなとこより、このケィアトロールド城の方がずっとマシよ。

 国賓扱いなんだから、気にしないで」

 

「は、はあ・・

 では一度、宿に戻って引き払ってきます」

「わかったわ、その間にこちらも準備するから」

「一応、過度な宴会や紹介は、控えてください。

 まだ、公式な物では有りませんので」

 

「でも、シントラ行きの船は、まだ半月以上も先よ。

 其れ迄宿で飲んだくれているより、よっぽど有意義じゃないかしら」

 

城を出て、また来た道を宿に向かって戻る。

宿で出る話をしたら、かなり渋られた、俺たちはかなり上客だったらしい。

 

木の橋からは、馬を降りて歩く。

なにせ断崖絶壁だ、落ちたらお陀仏、助かる確率は少ない。

昇降機も有るらしいが、出入口が狭く、馬などを連れては難しい為、使えなかった。

 

「ナジャム、ここの馬房で大人しく待ってるんだ。

 日に一度は、褒美をやるからな」

 

「君、済まないが、この馬たちの世話を頼みたい」

「ん、構わんぞ。女王から言付かっている。

 安心して任せてくれ」

 

傍には数人の兵士が下り、台車を引きずって待っていた。

「これに荷物を。

 城までは我々が運ぶ」

荷物の中から、念のために、半固定インベントリの機器だけ取り出し、デイパックに入れた。

 

「では、頼む」

「おう、部屋に入れておくから安心しろ」

 

「おい、タイガ。

 執事の奴いないぞ、どうすんだこりゃ」

「勝手に、来いって事だろう。

 ぶっきらぼうな人は多いが、人は悪くなさそうだ」

 

大雅は、タクティカルグラスのマッピング機能を動かしていたので、女王の間に戻る事は問題ない。

ドアの前には執事が立っていた。

 

「お待ちしておりました」

そう言って、ドアを開けてくれた。

宿に戻った際、大雅は礼服から、何時もの戦闘行動服に着替えていた。

 

「あら、それも素敵な格好ね。

 ちょっと変わっているけど」

「そうか、いつもは妙ちくりんな格好とか、散々な言われ方だがな」

「その口調が貴方の素なのね、ますます興味がわいたわ」

 

 

「こいつが、お前の言っていた男か、ずいぶんちっこいな」

見知らぬ大柄な髭面男が居てゾルタンを睨みつけていた。

 

「何言ってるの、兄さん。

 そっちはゲラルトの友人のゾルタンよ。

 お客人は、こっち!」

 

「お前か? セリスをたぶらかしてるのは。

 よし、俺と勝負しろ!」

 

「セリス女王、話が全く見えないんだが」

「早とちりはヤ・メ・テ、兄さん!

 国際問題にしたら、スケリッジから追放するからね。

 これは王としての命令よ!」

「ん、ぬうっ! もういい! 俺は帰るっ!」

 

「ごめんなさい。

 兄って、人は悪く無いけど、ちょっと直情的なところが有るの。

 だから、父も王権を渡すのには、迷ってたのよ」

「うむ、まあ火の粉は払わせてもらうがな」

「それは止めて、これから国交を結ぶかもしれないのに、問題は抱えたくないの」

「善処しよう」

 

「なんか、本当にごめんなさい」

「なに、こんな風体だ、喧嘩を吹っ掛けられるのには、慣れてる」

 

「部屋に案内するわ、アーンヴァルド! 居る?

 まだ、頼んだこと、終わって無いのかしら、いいわ、私が案内するわ。

 ついてきて」

 

「ここよ、客人用の居室、暫くは此処を使って。

 必要なものが有ったら、アーンヴァルドに言ってくれればいいわ」

「感謝する」

 

案内された部屋は、一部屋だが、部屋の中央に壁があり仕切られている。

簡単に言うと、部屋は一つだが、部屋の2/3程まで壁で仕切られ、それぞれにベットが置かれていた。

 

「あと、明日の夜は、族長に集合を掛けて居るの。

 小さな酒宴だけど、出て欲しいの、顔を合わせておけば、つまらないイザコザは起こらないだろうし、王の客人として周知できるから。

 まあ、もしかしたらその息子たちが、来るかもしれないけど、気にしないで。

 あまり、一族同士は仲がいいとは言えないの。

 まったくもって情けない限りだわ、だから統率も取れないし、一族の中さえまとめきれてないのよ。

 それが悲しいかな、スケリッジの現実よ」

 

「んー、何処からか、難癖でも吹っ掛けられているのか?」

「ええ、主にニルフガードね。

 船の要所だから、昔からちょくちょく小規模な戦いは有ったの。

 あとは、一族のバカが、以前海賊行為をやらかして、レダニアと揉めたりね、今は無いけど。

 あと、今日は夜は一緒に食事をとりましょう」

 

 

「なあタイガ、実はここに来た以上、ちっょと寄りたいところが有るんだが良いか」

ゾルタンが遠慮がちに聞いてきた。

 

「ん? ここに知り合いでもいるのか? 」

「ああ、この島の西にエリンビョルンという町が有るんだが、そこの鍛冶屋に昔世話になってな。

 様子を見てきたいんだ」

「構わんが、一人で大丈夫か?」

 

「なに、問題ないさ。

 イザとなったら逃げるからな、わはははっ」

「まあ、念のため通信機は持って言ってくれ。

 必要な時は、それで連絡を」

「解った、助かるよ」

 

「ね、それ何なの?」

「ああ、離れた場所と話せる機械だ」

「そんな物も持ってるのね。

 国の重要な物を持たされるだけの」

「いや、俺の所じゃ、そこらへんで売ってるし、もっと便利なものが、ほぼ国民全員が持ってるからな。

 最近じゃ、小さな子供まで持ってるぐらいだから、珍しくもなんともないぞ」

 

「ところで、いますぐ出るのかゾルタン」

「いや、明日の夜明け前に発つ、だから悪いが今夜は勘弁してくれ」

「いや、それは構わんが、何かあったらすぐ連絡してくれ、後、コレを持って行け」

大雅は腰のポーチからM26手榴弾を2つ渡す。

 

「使用には注意してくれ、このピンを抜いて、ハンドルが外れれば、5っ数えると爆発する。

 ハンドルを握りピンを抜く、抜いたらハンドルごと、すぐ投げろ。

 投げたら、身を隠すか、地面に伏せろ。

 15m以内は、生物には有効な殺傷を期待できる」

 

「解った、まあ使わずに済むようにはするがな。

 ゲラルドのサマムと似た様なものだろう。

 雨にぬれても大丈夫なのか?」

「ああ、問題無い。浅い所なら水の中でも爆発する」

 

 

セリスが戻って行くと、武装と弾薬は鍵のかかるケースに入れ、バンドガンとFMG-9だけを身に着けた。

あとは、ベレー帽を被り準備をしようとしたが、汗臭い事に気づく。

まだ、少し時間が有る為、部屋の片隅にある大きな木のタライに、水を入れてくれるよう頼んだ。

 

部屋には漫画に出て来るような、宝箱に似た箱が置いてある。

丁度良いので、ここに半固定インベントリを作成し必要と思われる物を取り寄せた。

その中には、此方の女性に絶大なる人気を誇る、シャンプーやリンス、そして基礎化粧品が含まれる。

日本からは、必ず女王とのパイプを繋いて置く様に指示があった。

 

タライの水は、予想より早く満たされた。

6人もの男たちが、一斉に大きな甕や木桶を持ち、入れてくれた。

大雅は、ハンディタイプの給湯器を設置すると、42度にセットする。

燃料電池は満タンで、この200L程度なら、4回は沸かすことが可能だ。

沸いた後は、自動で保温となるが、副次機能として循環型だがシャワーが使える。

 

タライの周りに、半円形のシェードを設置した。

これでドアを開けられても、見えない。

ちらりとゾルタンのベットを見ると、既に高鼾を掻いている。

 

実は、何処でも寝られるというこの能力は、兵士にとって非常に重要な能力だ。

何処でも、いつでも短時間でも睡眠が取れる事は、非常に有効で、持久戦的な戦闘になった場合、生き残る確率をあげる事が出来る。

 

 

沸くまでは30分ほど掛かるが、所有品の整理や、転送品の転送、受領などをしているうちに過ぎてしまった。

着替え一式を取り出し、シェードの中へと向かう。

 

全裸でタライに浸かると、唯一ほっとする時間が取れた。

実に6日ぶりの入浴だ。

体を洗うと実に気持ちがいい、それこそ、一皮剥いたみたいにすっきりし、当然、無精ひげ状態になっていた髭も、綺麗に剃刀であたった。

大雅は電気シェーバーより剃刀の方を好む。

機械を止め、タライの底の栓を抜くと、よく見たらタライの周りには側溝のような物が有り、綺麗にお湯が吸い込まれていく。

 

大雅は、バッファタンクに残るお湯を使い、ざっと洗い流すと、タライを出て着替えた。

ドアを開け、外に居る衛兵? の様な者に声をかけ、再び水を入れるように頼む。

少し驚いていたが、50クラウン金貨を握らせると、すぐに手配の為走って行った。

 

その間、身支度を整える。

何故か届いた物の中に、オーデコロンも有ったが、付けた事は無いし、使い方も判らない。

帰ってきた、ゾルタンにでもあげるつもりだ。

 

そして、報告書をまとめているうちに、時間となった。

外は、すっかり陽が落ちている。

時計を見ると、5時半だ。

その日は、セリスとヤルマールの三人で食事となった。

 

 

あさ、起きたら、ゾルタンは既に発った後だった。

夕方、ドアがノックされた。

開けるとそこには執事のアーンヴァルドが立っていた。

 

「お時間ですので、ご案内します」

特に案内が必要な様な訳では無いが、断る理由もない。

 

通されたのは、別の部屋だった。

既に酒宴の準備は出来ており、酒宴が開かれた。

部族長自ら来た部族も有れば、その後継者である息子が出て来た部族と様々だ。

その一人に、もちろん部族長の一人として、ヤルマールも居る。

 

大雅はその中でも、酒は体質的に合わないのでと言い訳し、果実水で付き合った。

意外にも、酒が合わない体質の者も部族には一定数いるらしく、無理に飲ませられる事は無かった。

 

「で、俺の親父は白狼を牢に入れたんだ、俺は反対したんだけどよ」

「だが、結局は出したんだろ」

ここの話は良く脱線する。

興味が有る話が出ると、あっという間にそっちの話題に変わっていく。

 

「ところで、イェネファーとゲラルトと言う人物について、教えてくれないか」

「イェネファーか、アレはニルフガードの犬だろ、顔は良いが性格はきついし、人を見下した目で見やがる、いけすかねぇアマだ。

 なんだよ、タイガ、お前あの女が好きなのか?

 止めとけ、ありゃゲラルトと出来てるからな」

 

「そんな色っぽい話じゃないさ。

 ただ単に力を貸して欲しいだけだ」

「なんだよ、どんな理由だよ」

「悪いが、それは言えない。

 秘匿事項なんでな」

 

「けっ! 秘密主義かよ、ムカつく野郎だ。

 ハナっからてめえは気に入らねえ。

 セリスがあんな目で男を見るなんて、初めてだ。

 うしっ! 俺と勝負しろ、タイガ。

 スケリッジじゃ殴り合いで、全て決めるんだ」

 

「やめとけ、そんなに酔ってたら勝負にもならんぞ」

「あんだとっ!」

 

「兄さんやめてっ!

 それに、一体何を懸けて勝負するのよっ!

 意味が解らないわ!」

 

「そりゃ、面白れぇ!」

「やれやれいっ!」

「ヤルマール、負けんじゃねーぞ」

「うしっ、負けたら、セリスの旦那になる事を許してやる。

 だが、負けたら全部話せ」

 

既に、ヤルマールは上半身を脱ぎ始めた。

「どうして、スケリッジの男って、こうバカばかりなのかしら」

”タイガが危なくなったら、酒瓶でぶん殴ってやる”

 

「で、一応聞いておくが、勝負の決着は?」

「どっちかが、くたばるか、ぶっ倒れるまでだ」

 

大雅もベレー帽を置き、上半身の戦闘服を脱いだ。

とたん、ヤルマールが大振りで腕を振ってくる。

大雅は、軽くダッキングで交わす。

それが何度か続いた。

 

”パワーは有るが、速度は無い、というより遅い。

 しかも攻撃は数パターンか、これならエード・グリンヴェールの衛士長の方がよっぽどマシだ”

 

「こっのぉっ、ちょこまか逃げやがって」

「当たらぬパンチなど、無いのと同じだ」

 

ヤルマールの大振りな右ストレートを交わし、左のボディブローをレバーに叩き込む。

 

「シッ!」

ズドンッ

 

まるで、サンドバックを叩いたような音が響く。

「グフッ」

 

そして大雅の右アッパーが、顎に綺麗に決まる。

トドメにその次に繰り出したのは、鳩尾への膝だ。

ヤルマールは、くるりと黒目が瞼に隠れ、そのまま前のめりで倒れた。

 

「おし、次は俺だぁっ!」

でっぷりと太った男が立ち上がる。

 

「勝負は、どちらかが、背中を床に付けられたら負けだぁっ!」

 

太った割には、素早い動きで大雅に迫った。

しかし、大雅は右腕で襟をワザと掴ませ、その瞬間左手を反時計回りに巻きつける様にし、右手を裏から組んで両手を延ばす様にして左に流した。

とたん、男の体は宙に浮き、同時に大雅は腰を落としたので、背中から石の床に叩きつけられた。

 

ズドンと大きな音がする。

石に受け身も取れず、背中から叩き着けられれば、息は止まる。

 

「かはっ!」

そして、そのまま白目を剥いた。

 

「次は?」

男たちは唖然として見ていた。

ヤルマールも、決して弱い方ではない。

もちろん次の男も、完全にパワー系だ。

 

「なんだ、もう終わりか?」

「いや、俺は辞めとく」

「だな、勝てる気がしねえ」

 

伸びたヤルマールを「ふんっ!」と担ぎ上げ、椅子に座らせる。

床で伸びた男は脂ぎって、触るのも嫌だったので、そのままだ。

 

だが、この時、赤い顔をして、大雅を見つめているセリスには、気が付かなかった。

なぜなら、ここの灯りは薄暗く、蝋燭や暖炉の灯りだけなので、顔色までは判らないからだ。

 

「・・あああぅぅっ・・くそっ・・負けたのか・・・」

ヤルマールが目を覚ました。

 

床で伸びていたデブも、気が付き、よろよろと立ち上がる。

 

「二回戦目が所望か?」

「いや、俺の負けだ。

 言った通り、セリスと一緒になれ」

 

「ちょっと兄さん! 何言ってるのよ!」

「セリス、お前も、もう一人ぐらい産んでても良い年なんだ。

 浮いた話もねえし、そうやって王様やってりゃ、相手なんてなかなかいねえ。

 丁度いいじゃねえか、一見優男だが、意外に良い筋肉だしよ、なによりこんな糞重てぇ拳は初めてだ」

 

「いや、それは丁重にお断りさせてもらうよ。

 なにより、女王に失礼だ」

「大丈夫だ、文句を言う奴は、俺がぶん殴る」

 

「あー、もうっ!

 いっつも最後は、これなんだから!

 今日は、もうお開きよ!」

 

「ごめんなさい、タイガ。

 どうせこいつらバカだから、明日に成ったら忘れてるから、気にしないで。

 それより、お茶にでもしましょ、付き合ってくれる?」

 

「そうだな、流石に果実水は、飽きてきたところだ。

 だが、ここはこのままでいいのか?」

 

「いいのよ、どうせ兄さんの部屋だし、また飲み直すのは解ってるから」

「そうか、じゃお暇しよう」

セリスに着いて部屋を出た、この部屋は、どうやら兄のヤルマールの居室だったらしい。

 

「失礼かもしれないが、王城は此処だけか?」

「みんなそう思うわよね。

 王城にしては人が少ないでしょ。

 でもね、スケリッジじゃ一番大きな城なの、このケイアトロールド城は。 

 ここの王って、一族の居城が王の居城になるの。

 だから、他の一族から王が選ばれれば、その一族の族長の居城が王城になるって訳」

 

「あれ、部屋はこっちじゃ無いのか?」

「あそこは、公式な部屋なの。

 いわば執務室であり、謁見の間なのよ。

 ベットだって、なかったでしょ?」

 

最初にセリスと会った場所とは、反対側の奥へと進んだ。

「さ、ここが私の部屋よ。

 家族以外では、入るのはゲラルト以外初めてかも」

 

「いや、女王のプライベートの場所に、入る訳にはいかないだろう」

「いいのよ、客人なんだし、ここじゃ、そんな事気にする人も居ないわ」

 

セリスが自らお茶を用意するのには、無言だった。

「ね、大雅の世界の事を教えて」

大雅は、色々なことを話した、社会の成り立ち、インフラ、戦争や紛争。

その度、セリスは目を輝かせ、さらに聞いてくる。

大雅は、暫く地球世界の事、日本の事を話した。

 

「どれ、そろそろ夜も遅い。

 部屋に戻るとするよ」

 

「もうちょっと良いじゃない、聞きたいの」

「まさか朝まで話す訳にも、いかないだろう。

 もう夜も遅い、女王とは言え、レディの部屋に、長居するわけにもいかないしな。

 それに、夜更かしは、お肌には良くないぞ」

 

「わかったわ、じゃ明日。

 ね、明日は向こうの絵を、見せてくれるんでしょ?」

「ああ、明日は絵の写る魔道具を持ってこよう、百聞は一見に如かず、というからな」

 

引き留めるセリスを宥め、大雅は部屋に戻った。

化粧水でも取り寄せようと、半固定インベントリを部屋に有る正しく宝箱と呼べる外観のチェストに作成すると、いきなりメールと品物が届いた。

 

其処には、大量のシャンプーやリンス、基礎化粧品の山となった。

要は「王族にはゴマすっとけ」作戦らしい。

部屋には空の木箱が有ったので、せっせと移す、もちろん図柄が沢山入った説明書も大量についてきた。

 

セリスには明日渡すことにして、ベットに入る。

ベットとは言っても、木枠にロープを多数張り、その上に毛皮が何重にも張られたもので、意外に寝心地は悪くない。

掛物も、厚い毛皮を袋状に縫ったものに、詰め物をしてあるようだ。

何時もの様にP320を枕の下に置き、すぐに大雅は眠りに落ちた。

 

 

翌朝、グラスを掛け、インカム機能をオンにする。

 

「ゾルタン聞こえるか」

『・・・』

 

「ゾルタン、聞こえてたら応答を」

『どうした、タイガ』

 

「今どこらへんだ?」

『まだ、ランヴェイグどころか、ローネへの分かれ道にもついてねえよ。

 幸い、ランヴェイグ行きの行商人と知り合ってな、今はそいつと道の旅ってとこだ』

「解った、気をつけてな、此方に帰る時にでも、連絡をくれ」

『ああ、わかった』

 

 

『おはよう、タイガ。起きてる?』

「ああ、起きて居る」

 

ドアを開けてセリスが入ってきた。

「今日は・・あら、お風呂でも使う予定だったの?」

「いや、水はいれてあるが、まだお湯にはしていない。

 そうだ、俺の国の石鹸や髪を洗う専用の石鹸、それに化粧水や肌を回復させる化粧品が届いた。

 女王への貢ぎ物だそうだ」

 

セリスは木箱一杯に飛びついた。

「使い方は、紙に書いてあるだろうが、女性用の物なので、俺は詳しい使い方は判らんから、聴かんでくれるとありがたい」

 

「すごくきれい・・・材質も見たこと無い物ばかりだわ。

 えっと・・・髪を洗って・・これ付けて濯いで・・・ね?

 そこのお風呂、使ってもいいかしら」

 

「構わんが、沸かすまで30分ほど待ってくれ」

「じゃあ、その間に食事にしましょう。

 うわ! この布、布じゃないわ!

 なにこれ!

 その魔道具でお湯になるの?!」

 

セリスは年頃の女性の様にはしゃぎながら、いろいろと触っている。

「その機械には、触らない方が良い。

 あとで、使い方を教えるよ。

 普段は風呂はどうしてるんだ?」

 

「3日に一回くらいかな。

 あとは、汗を掻いたら、お湯と布で拭くぐらいよ。

 ここ、涼しいからあんまり汗かかないしね」

「来るときは着替えを持ってくると良い、入っている間は外に出て居よう」

「ありがと、さ、食事よ」

 

 

それからが大変だった、食事が終わると早々に、セリスは早く行こうとせがむ。

まあ、風呂は既に沸いているだろうから、布に着替え一式を包んで持ってきていた。

 

シャワーの使い方を教え、シャンプーと体を洗うのは、桶の外で行う事を説明する。

「わかったわ!」

 

そう言って、セリスはすぐに服を脱ぎだした。

「待て、せめて俺が部屋から出るまで脱ぐな」

「早くシャンプーや石鹸が使いたいんだもの、あ、アーンヴァルドが居たら、側女のコリンを呼ぶように伝えてくれる?」

 

仕方なく、大雅は椅子を判り安い所に持ってきて、バスローブとタオルを置くと部屋を出た。

女性の風呂とは長いと相場は決まっている、ドアに鍵をかけ、アーンヴァルドを探した。

執務兼謁見場所に、アーンヴァルドは居た。

 

「アーンヴァルド、側女のコリンという者は居るか」

「はい、タイガ様。

 コリンなら今頃は、陛下のお部屋の掃除をしていると思いますが。

 どうされたので?」

 

「陛下が、私の部屋で入浴されている。

 着替えは持って行ったようだが、コリンを呼ぶように言われたんだ。

 済まないが、彼女を部屋に向かわせてくれ」

「かしこまりました」

アーンヴァルドは何を思ったのか、ニヤニヤと笑っている。

 

「なにか、おかしい事でも言ったか?」

「いえいえ、めでたきことです、早々、コリンを向かわせましょう」

「ドアにはカギがかけてある、これを持たせるようにしてくれ」

 

する事も無いので、この部屋の書物を読んでみる事にした。

しかし、飾り文字や独特なフォントの為、非常に読みずらい。

本を持って行くことは憚られたので、グラスをビデオモードにして、ページを次々と捲っていく。

こうすれば、データ化され地球へと送れる訳だ。

 

あらかたの書物をスキャンし終え、大雅はいい加減に、入浴も終わっただろうと部屋に戻ることにした。

部屋の前には、アーンヴァルドが立っていた。

 

 

「アーンヴァルド、陛下のご入浴は終わったようか?」

「はい、先ほど声を掛けましたが、今は着替えているようです。

 しばしのお待ちを」

 

大雅が、では今しばらく散歩でも、と言おうとした所に、ドアの内側から声が掛けられた。

『タイガ? いるなら入ってきて』

 

アーンヴァルドが素晴らしい笑顔と、無言にでドアを開けた、そして鍵を返してきた。

「では、私は部屋に戻っております」

そう言って、アーンヴァルドは戻っていく。

 

「入っても良いのか?」

『ええ、大丈夫よ』

部屋に入ると、薄着の女が二人いる。

ひとりは、バスローブを着て頭にタオルを巻いている。

もう一人は、黒髪の女が、シンプルなチュニックとスカートで片づけをしていた。

二人からシャンプーと石鹸の芳香がする事から、二人とも入っていたのだろう。

どうりで時間が掛かった訳だ。

 

「すごくさっぱりしたわ。

 あと、凄くいい匂い。

 ありがとう、タイガ」

 

「なに、構わんさ。

 喜んでもらえて、何よりだ」

 

「ありがと、コリンもういいわ、下がって」

「失礼したします、陛下」

 

側女も大雅の顔をチラリとみて、ニヤリと笑った。

 

「ね、髪が渇くまで、もう少しここに居てもいい?」

「それは構わんが、着替えてないのなら、暫く外に居るよ」

「少しおしゃべりを楽しみたいのよ、でも喉が渇いたわね」

「水で良ければ」

そう言って、大雅はペットボトルの封を切り、セリスに渡した。

 

 

「何からできているの?」

「PET、つまりポリエチレンテレフタレートという樹脂からできている。

 俺の世界では、ありふれたものだ」

 

「地下からわき出す黒い油を、見た事が有るか?」

「いいえ」

 

「それを原料にして、色々な物質を作ることができる。

 その一つを空気の無い条件で、高温にしてやれば、物質は姿を変え、こういう透明な物質に変わる。

 あとは、こうした容器の形に変えれば完成だ。

 汚れや穢れの無い環境を作り、其処に綺麗に漉した水を入れれば、蓋を開けない限り最低2年、長い物は10年以上腐らずに飲める」

 

「やっぱり、文化も技術も全く別の世界なのね。

 行ってみたいわ」

「国交が出来れば可能かもしれんが、何十年も掛かるかもな」

「そんなに、待てないわよ。

 私、おおばあちゃんに成っちゃうじゃない」

 

「だが、国王がホイホイ他国に行く事は、勧められんな。

 先ずは、パースポートも無いし、入国が出来ないしな」

「なに、そのパスポートって」

「国が発行する、国民であることの証明書だ。

 もちろん、国交が有る国同士だけの間で有効だがな」

 

「んーじゃ、パスポートっていう書類を、私が発行すれば良いのね」

「国交の樹立が先だ。

 パスポートの文面には、例えば俺の国だと”日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する”と最初に記されている。

 つまり、国同士の信頼関係が無いと、入国は出来ない。

 まあ、王族なんかは別枠だろうが」

 

「じゃ、問題無いじゃない」

「だから、問題無く行き来できるようにするために、イェネファー女史を探す必要が有るんでね」

「ね、ここにいる間だけでも、もっとお話し聴かせて頂戴」

「出来るだけ、沿いましょう」

 

ここ王城での食事は、朝と夕方がメインだ。

その間、腹が空けば適当に摘まんだり、肉体労働する者は日に4度も5度も飯を食う。

 

昼飯時などという、決まったものが無いのがこの世界で、その労働量や職種により食事の回数や量が極端に異なる。

考えてみると、本来はこれが普通なのではないかと思う程だ。

 

確かにきつい行軍や、体力を使う課業では腹が減る。

スポーツでも、スポーツ自転車で走るのと、ママチャリでのんびり走るのでは、全くカロリーの消費量は異なる。

 

食に関する実情も、現代の地球でも異なる。

ポーランドなどでは、一日5回の食事は普通だし、デスクワークの人は、其れに捕らわれず、2回や3回の人も居る。

 

大雅は、頭をフルフルと振りながら、髪を乾かしているセリスを見ながら、少しの間話すと「体が冷えないうちに着替えた方が良い」と言って部屋を出た。

 

 

「もう、鈍感なんだから」

セリスはため息をつきながら呟いた。

 

時刻は既に昼に近い、これから出かけるにしても、そう遠くへは行けない。

そこで、城の内部や鍛冶場の様な場所、景色の良いベランダと言うには広すぎる所を回り、城の構造や色々な装飾と見られる物を見て回った。

 

「此処に居たのね。

 そろそろ、何か食べましょうよ。

 お風呂をゆっくり楽しんでたら、お腹が空いたわ」

 

「では、軽く何か作ろうか」

「あら、異世界の料理かしら」

「本格的な物は、食材も無いし無理だが、ここに有る物で、似たような物なら作れるだろう」

「楽しみだわ」

 

大雅は、そろそろ熊肉ベーコンやケチャップを消費しないと、無駄になる事を解っていた。

パンは大広間の奥の厨房に沢山あるようだし、チーズの塊も使わないと固くなってしまう。

 

厨房を借り、まだ火の残っているパン焼き窯を使って、定番のピザトーストもどきを作る。

厨房に居る者に、食材が残ったら好きに使って良い旨を話し、作り方も教えた。

焼くだけの状態にした物を、8切ほど作り焼き上がり次第、持ってくるように言う。

 

大広間には、誰もおらず、がらんとしている。

エードグリーンウェルで見つけた大麦を、炒って作った麦茶を淹れ始めた。

炒って有る大麦茶をひとつかみ、不織布のパックに入れ鍋に放り込む。

部屋に香ばしい芳香が、大広間に広がる。

 

「あら、良い香ね。

 初めて嗅ぐわ」

 

「麦茶だ。

 材料は簡単だ、大麦を殻ごと焦がさない様に炒っていく。

 そして、布に包んでお湯の中に放り込むだけだ」

 

「麦茶ねぇ、それが異世界料理?」

「まさか、今、厨房で最後の火入れをしてもらっている、お茶を飲んでいるうちに、出来て来るだろうさ」

 

柄杓で鍋からお茶を掬い、コブレットに注いでセリスに渡す。

「初めてだわ、凄く香ばしい香ね。

 なんか心が落ち着くわ・・・ん、美味しい!」

 

「それは良かった。

 体にも良いらしいからな」

 

其処へ、なんちゃってピザトーストが運ばれてくる。

ちゃんと言いつけ通り、表面のチーズが泡立ち、少し焦げ目がついた状態だ。

 

「さ、召し上がれ。

 溶けたチーズは熱いから、火傷しない様に注意してくれ」

 

セリスは迷わず手づかみで持ち上げ、サクリと齧った。

途端、香ばしさと濃厚なチーズの香、そして知らない酸味が有るが、甘く赤いソース、それらが一体となって口の中で合わさる。

セリスの目が大きく見開く。

 

もう、手を止める事は出来なかった。

ハフハフと熱さに手古摺りながらも、口と手は止まらない。

セリスが言葉を発したのは、3枚目を平らげてからだ。

「これ、なんていう料理なの?」

 

「俺の所では、ピザトーストなんて呼ばれているな。

 薄く切ったパンに、ケチャップというソースを塗り、塩抜きしたベーコン、その上から胡椒を少々、チーズを細かくしたものをたっぷり乗せ、パン焼き窯で焼くだけだ」

 

「此処でも作れるかしら」

「ベーコンとチーズが手に入るならな、ケチャップはケイドウェンの北部、アルド・カレイの北にある、アレンウォードという村で作っている。

 チーズは隣のスウェッド村だな、欲しいならエード・グリンヴェールのメイヤー男爵に相談してみると良い。

 どちらも、手に入るはずだ」

 

「ベーコンというのは?」

「それは、熊肉を塩漬けし、煙で燻したものだ。

 こちらに、熊は?」

「昔は居たらしいけど、今は見ないわね」

「まあ、ベーコンの作り方も教えてきたから、有るかもしれないな。

 事業としてケチャップは作るらしいから、数年すれば出回るかもしれないな」

 

セリスは話に満足すると、残りのピザトーストを駆逐する事を始めた。

 

「ふう・・・お腹いっぱい。

 でも、まだ食べたいくらいだわ」

「栄養が有りすぎるくらいだから、食べ過ぎると太るぞ。

 今食べた量だと、多分、一日分の半分程度の栄養は取っている」

「ああ、余計にタイガの国に行ってみたいわ」

 

「ね、この周辺はもう回ったの?」

「いや、殆ど回っていないな。

 怪物退治は1件こなしたが」

 

「ここから山を一つ越えた先に、製材所が有るんだけど、其処に少しばかり大きな昆虫種が住み着いているの、だから木こりが恐れて、作業が止まったままなのよ。

 今は、ストックに余裕が有るから困って無いけど、3ヵ月もしたら材木の供給に支障が出るのよ。

 お願い、手伝ってくれないかしら。

 正式な依頼として報酬も出すわ」

 

「手伝うのは構わんが、事前に調査が必要だな。

 相手の数、種類で使う武器が変わって来る。

 やみくもに突っ込むのは、バカのすることだ。

 で、ここからの距離は?」

 

「馬で2時間ぐらいかしら、もちろん常歩での話よ。

 馬車だとそれより遅いから2時間半ぐらいね」

「明日駆除を実施するとして、往復4時間を考えれば、今日中には無理か」

 

大雅はふと、陸自で使っているバイクを思い出した。

250CCという排気量のわりには 軽量でキャリアも付いている。

セリスに頼み、城の外に有る、使われていない物置小屋を貸して貰った。

しかし、中から外が見える程の老朽化した状態だ。

ブルーシートをタッカーで張り付け、インベントリとして使用できるようにした。

 

バッチ処理で送られるメールで問い合わせると、ギリギリ送れる重量だが、燃料は別送となってしまうようだ。

バイクはすぐに届いた、小屋の外に出し、再びインベントリを使用可能にする。

 

端末をタップするとすぐに赤に変わる。

ドアを開けると、カーキ色に塗られた20Lの燃料缶が二つ有った。

 

陸自の燃料缶はカーキ色で、横に「第一石油類 危険等級Ⅱ ガソリン」の文字が箱囲み文字で入っている。

下部には本来「防衛省 火気厳禁」の文字が入っているはずだが、白のスプレーで消されていた。

 

大雅は中身を確認し、バイクに燃料を入れ、オイルを確認する。

此処から製材所迄の距離は、馬の常歩を6kmとしても精々12km、バイクならのんびり走っても30分も掛からない。

馬が走れる道なら70キロ以上出せる、ならば10分とかからない距離だ。

 

バイクにパニアバックを固定し、新しい銃を固定する。

18インチ銃身を持つM870MCSだ。

いつも使っているブリーチャータイプのM870MCSではなく、ハイキャパシティーコンベンショナルと呼ばれる18インチの銃身を持つタイプで、今持っているフリーチャータイプと部品を組み換え、組み合わせる事が出来る。

 

それとAKMS、そしていつものサブアームとしてハンドガンのP320とFMG-9を装備しているのは、何時もの通りだ。

 

結局、道に注意して走ったために20分ほどかかったが、製材所らしき建物が見えてきた。

腰に作業用の腰バッグを着け、その中に赤外線センサーを20個ほど入れていく。

この赤外センサーは、木などに取り付けると、ほぼ全周の動体を赤外でキャッチし、端末に知らせる機能を持っている、動作時間は400時間も有り、暫くは点けっぱなしで機能する。

 

センサーには針が付いており、木の幹に押し付けるだけで取り付けられる。

大雅は、周囲を警戒しながらセンサーを取り付けて行った。

もうすぐ、一周しようかと思える時、木々の隙間からサザエの殻の様な物が、微かに見える。

 

見間違いなく、アーマーアラキスだ。

幸い気づかれていない。

そっと、後を付けていく。

 

暫くすると、製材所の建物から500m程離れた所に、幾つかの巣がある場所を見つけた。

木々の間の草むらに、ドーム型に幾つもの卵が集まった、気色の悪い卵塊が見られる。

周囲には何体ものアラキスや、数体のアーマーアラキスが居た。

じっと観察していると、地面から何かを拾い上げ、虫の様な物を食べて居たり、中には植物の葉を食べて居る者もいる。

 

「雑食性なのか?

 にしては、動物の死骸もみあたらん」

 

いずれにしても、やる事は一つだ。

大雅は駆除を始める。

M870MCSを背から取ると、初弾のサボットスラッグ弾を送り込む、今回は、マガジンチューブも長くなっているから、8発の装弾が可能だ。

少し高めの場所から、木々に隠れる様にして、戦闘力の高いアーマーアラキスから仕留めていく。

 

以前、M99でアーマーアラキスを仕留めた時は、オーバーキルだったことを考えると、コスパの良いサボットスラッグ弾で仕留められるなら、それでも十分と考えたからだ。

殻は抜けなくても、体部に当たれば十分に効果は期待できる。

 

大雅は左足を立て、膝撃ちの姿勢をとる。

左手は強く握らず、添えるだけ、そしてアーマーアラキスの胸の辺りを狙って引金を絞る。

 

ズドンッ

 

アーマーアラキスは「ギィィッ」という声を上げ、うずくまる様に動かなくなった。

そして、一斉に周囲のアラキスや、アーマーアラキスがガサガサと慌てて動き出す。

大雅は、落ち着いて次々と撃って行く。

 

8発全弾を打ち尽くすと、大雅はポンプレバーを引き、銃をクルリと裏返した。

背のバックから8発のサボットスラッグ弾が入っている、給弾用のチューブを引き抜いた。

 

この給弾用のジグは、樹脂製でM870MCSのエジェクションポートの真下にある給弾口に押し付け、弾を一気に8発、瞬時に給弾できる。

給弾口にチューブを押し付け、レバーを押し込むと一瞬で弾は給弾された。

 

こうして、あらかた周囲のアラキスや、アーマーアラキスは仕留めた。

問題は卵隗をどうするかだ、C4なんて無駄なコストだし、M67破片手榴弾では危険すぎる。

卵隗を突いてみると、意外に柔らかく、ナイフで簡単に切り裂けた。

結局、大雅は3号の散弾を使い、卵隗を潰していく。

 

「これなら、ブリーチャーも持ってくればよかったな」

 

集弾率の広い短い銃身の方が、散弾は良く広がる。

大雅は、既に日が傾き始めているのを見て、残りの作業は明日にすることにした。

 

バイクを小屋に戻し、近くに居た者に近づかせない様に頼み、50クラウンを握らせた。

 

部屋に戻ると、セリスが居た。

 

「どうだった?」

「ああ、アラキスだけじゃなく、アーマーアラキスが5体も居た。

 そして、卵隗が5か所、製材所の南東側だな。

 見える所は、大体駆除したが、あと何日かかかりそうだ」

 

「ね、私もついて言っていい?

 一応剣は使えるのよ」

「いや、あと何体居るか判らんし、危険だ。

 駆除が終わってからではダメなのか?」

 

「その銃に興味が有るのよ、ね、お願い!」

「・・・・」

大雅は少し考えて、応えた。

 

「連れて行けるのは、君だけだ。

 あと、指示は絶対に守る事、それが出来るのなら構わんが」

「守るわ!

 やった!」

 

大雅は、インベントリ経由で少なくなったサボットスラッグ弾と、3番のバードショットを取り寄せた。

サボットスラッグ弾の射程は200m程だが、ライフルの様な精度は望めない。

距離による減衰などを考慮すれば、精々が100m程度のレンジが良い所だ。

幸い、ここにはクマの様な大型生物は、生息していない様なので、明日はAKMSの出番は無いと考え、銃身長の異なるM870MCS2丁と、通常のハンドガンとサブマシンガンの装備で行くことにした。

 

 

風呂の為に水を頼み、沸かす間に明日の準備を終えた。

丁度その時、ドアがノックされた。

「どうぞ」

入ってきたのは、セリスだった。

手には酒瓶とタイガが贈った江戸切子のグラスが二つ、その後ろに大きな皿を持ったアーンヴァルドが立っていた。

 

「食事未だでしょ?

 状況を聞かせて貰うついでに、食事にしましょ。

 私も未だ摂って無いから一緒にどう?」

「それは構わんが、風呂に入ろうと思ってたところなんだ」

 

「あら、今日も入れるのね。

 嬉しいわ」

「入るのは構わんが、飯の後にしてくれないか」

「良いわよ」

 

セリスはアーンヴァルドに二言三言告げると下がらせた。

「夜は長いのよ、楽しみましょ」

 

大雅は”何を楽しむ気だ”と思いながらも無言で返した。

 

 

 

 

 

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