渓谷を抜け南下したせいか、大分暖かくなってきた。
日本で言えば一昔前の北海道のような気候だ。
だが、周囲が山脈に囲まれているせいで、フェーン現象や昼夜の気温幅が大きいなど大陸機構に近い。
仕方なく、タクティカルスーツの腕を捲り、タクティカルベストのジッパーを半分ほど下げる。
本来なら自衛官としてやってはいけないことだが、迷彩服3型と呼ばれる作業服や戦闘服より多少厚みがあり暑苦しい、その代わりの防御力なのだが。
ただ、これからサンルトゥール渓谷を抜ける事を考えれば、薄着にはなりたくないし、万一の事を考えると脱ぐ訳にもいかなかった。
これから先は、やっと出来て来た高高度写真によるマップでも大きな町は無く、精々5~10軒程度の集落しか見当たらない。
ずっと南に有る大きな町が、多分ボークレールの街なのだろう。
途中で、銀の火トカゲ亭で一泊した。
浴槽は1階にある別の部屋で使うようで、良く在る木製の丸いタライだ。
1人が胡坐をかいて座れる程度でだが、無いよりはずっといい。
それに熱湯を張り、適宜水で薄めて使う。
この宿の食事もチェリーの果実酒も旨く、それを使った菓子も旨かった。
ここいらは北方よりも黒糖の流通は豊富なようだ。
砂糖と呼ばれる物は、日本でいう所の三温糖の様に若干色が入ったものだが、非常に高級品で一般向けのお菓子や料理には使用されないらしい。
特筆すべきは食事で出てきた子牛のシチューで、地球と遜色ない旨さだった。
まあ、地球でも大したものは食べていない大雅だったが、それでもコンビニにあるビーフシチューと遜色ない。
小規模な盗賊をちらほら見かけるが、一人旅の者は襲わない様だった。
なぜなら、一人旅の者は碌な物を持っておらず、襲う価値さえない者か腕が立ち返り討ちにされるかの何れかだからだ。
襲うのは、荷車や金持ちの少人数相手だが、これも時と場合によっては襲えない。
何故なら、警護の傭兵が時には腕利きの騎士が付いている場合が有るからだ。
だから、大雅も襲ってこない限りは無視をした。
なぜなら、資金は潤沢に有り、強いて盗賊狩りをする必要が無いからだ。
銀の火トカゲ亭は河べりに建つ宿だった。
壁が青く塗られていて緑と茶色のこの世界にはカラフルに見えた。
人々も作業をしたり川で何かを取っている様だ。
宿の主人であるカリクステ・モワールは、ぶっきらぼうだが丁寧に教えてくれた。
彼は元々ニルフガードの生まれなのだが、父が戦争で武勲を上げるも負傷してしまい、退役してこの地に店を構えたのだという。
そう言って壁の額に掲げられた”銀の火トカゲ勲章”を示した。
爵位や領地を貰う代わりに金で褒章をもらい、それを元手に店を開いたのだという。
騎士にはもちろん領主や豪族に雇われている者も多いが、フリーの騎士、簡単に言えば周囲の怪物退治や盗賊狩りを行って生計を立てている騎士も居るという。
討伐証明を持って公爵の秘書官へ申告すれば幾ばくかの給金が貰えると言事らしい。
騎士を揃え兵を維持する事は莫大な経費が掛かる。
常勤している騎士はもちろん俸給や地領を持っている者も居るのだが、中でも非常勤に近い騎士は常勤とは違い、僅かばかりの給金だけで喰っていける訳でもなく、トゥサン周辺の開物退治や盗賊の討伐を行い生計を立てているとの事。
もちろん中には騎士の一代限りの騎士爵を金で買う者も居るとのことだが、下級貴族の者は領地も無く次男や三男坊が親から金を出して貰い騎士としての爵位に叙せられるのだという。
男爵と騎士爵には一代限りの一代貴族というものが有り、多くは国への貢献の他、金を納める事も貢献の一つとされるのは地球に近い。
そして、その者たちは俸給を貰い《雇われ騎士》として働くことを目標としているため、普通の傭兵よりも気高く礼儀もただしい、本来は公国に所属し働く騎士だが、便宜上《騎士》と呼んでいるのだと。
この事からもこの世界の人間は、中世あたりの時代から転移してきたのかもしれない。
そうなると、それから1500年も経っているのに、未だに中世に近い生活や産業やエネルギーの革命が起こっていないのは不思議だ。
魔法という便利なものが技術の発展を妨げているのかと思ったが、それだけではないらしい。
いよいよゲラルトとイェネファーにアプローチするのだが、いきなり大雅の様な男が来ても、困惑するか最悪関係を壊してし舞いかねない。
ボークレールで、暫く過ごし情報を収集すべきと考えた。
銀の火トカゲ亭の主人にボークレールへの入り方を尋ねると、サントゥール川沿いに南に進みプリグマンド橋を渡るのが最も楽なルートだという。
特に検問や通行証が必要な訳では無く、城壁さえも無いらしい。
そして巨大な花やその蕾の様な物には決して近づかない様に教えられる。
アーチスポアという花に擬態した怪物で、酸と毒液を飛ばし攻撃してくるほか、花の力は非常に強力で人など弾き飛ばしてしまうらしい。
このまま南下すると、やがて大きな湿原に達し、ドラウナー共の住処で有る事、それを超えるとフローヴィヴという村があるが、川が大きくなって湖の様になっており、数日の回り道になってしまうこと。
また、大ムカデやアーチスポア、さらにもっと危険な怪物が跋扈していると教えてくれる。
ここの統治者についても教えてくれた。
なんとここの統治者は女性の女公爵で、ニルフガードの現皇帝であるエムヒルの従妹であるとのこと。
いわゆるトゥサンはニルフガード帝国の属州なのだ。
その為、トゥサンに大使館を設置し、役人を常駐させており、公爵の領地運営を助けさせている。
そう言う意味では、現皇帝のエムヒルは親族に結構甘いのかもしれない。
実際、地球でもナポレオンと言う統治者は親族にダダ甘で、結局それが統治者としての寿命を縮める事に為った。
トゥサンは公爵領としては決して大きくない、逆にどちらかと言うと小さい方だ。
しかし、この大陸の一大葡萄産地であり、多くの国に大量に良質なワインを輸出しているため、他国より裕福と言える。
それで得た金は地域と民を潤わせ、また経済活動も活発との事。
まあ、世界を問わず統治者が親族に甘いのは、歴史が証明しているが親族だけで大きな国家が運営できるほど簡単ではない。
エムヒルの政敵も多く、幾つかの派閥がしのぎを削っており、決して安定な地位では無い事、領地は拡大した物のポンター河を越えて北方諸国への侵略は困難を極めており、現在も大きな戦いは無い物の、膠着状態が続いている事で立場が危うくなってきている事だ。
地球側の人間としては、この様な紛争地域に手を出すことは火中の栗を拾う事に等しく、紛争が決着するまで静観したいところだが、地球の事情がそれを許さないだろう。
その為には、10年以内に国交と貿易を始めないと日本は緩慢に衰退していくこととなる。
「ま、俺の考えることではないな」
大雅は、宿を発ち川沿いに南下をしていく。
半日ほど綺麗な景色を堪能しながら進むと、叫び声が聞こえた。
「た、助けてくれぇ!」
少し離れた所から、助けを求める声が聞こえた。
「ナジャム、走れ!」
声のする方に走っていくと、大きなアーチスポア、そして1体の見た事も無い人型の怪物が居た。
人型だが、体が木で造った人形の様な風体で地面から木の根の様な物を延ばし攻撃している。
大雅はすぐさま馬を降り、確認するとあと少しで男を殴りつけようとする背の大きな人型の怪物が居る。
大雅は、背からAKMSを取り、撃つと多少は怯むがあまり効果はない。
直ぐ近くに襲われている人がいる為グレネードも使えない。
背からショットガンを取り9粒弾のシェルを装填する。
ジャコッ
ズドンッ!
ジャコッ
怪物の頭が綺麗に吹き飛び、地面に崩れ落ちた。
だが、まだ周囲にはアーチスポアが居る。
大雅は、男の襟首を掴むと一気に後ろに引きずって窪地まで後退した。
「怪我は?」
「ああ、だ、大丈夫だ。
助かった」
「取りあえずアーチスポアを潰してくる。
ここでちょっと待っててくれ」
リュックから、5発のVOG-25M榴弾を取り出し、1発をランチャーに押し込み4発はポーチに押し込む。
大雅は銃をAKMSに替えると、アーチスポアの基部あたりに狙いをつけた。
VOG-25榴弾は危害半径が6mと比較的小さく、通常の手榴弾の感覚で使える。
AKMSには下の方にGP-34というグレネードランチャーが付けられている。
重くはなるが使い勝手は非常に良い。
よく映画なんかでは手榴弾が爆発すると大きな爆炎と共に、広範囲が破壊される場面が有るが現実はあんな事は起こりえない。
まあ、ガソリンなどがたっぷり入った燃料缶の横で爆発させれば、似たような状況は作り出せるが、現実はもっとしょぼい。
何もない所で、爆発してもバンッという音共に、白っぽい煙と土煙がたなびく程度で一部屋を吹き飛ばす威力なんかない。
当然である、でなきゃ屋内で手榴弾は危険すぎで使用禁止となるはずだ。
精々、ちょっと大き目な冷蔵庫の床を抜き、ドアが吹っ飛ぶ程度だ。
だが、飛んでくる破片は音速を超えており、至近距離では銃で撃たれるのと変わりなくなる。
もちろん、動脈やバイタルパートを傷つければアウトである。
50メートルほども離れれば、破片が直撃しない限りは問題はない。
薄い壁や1センチ程度の厚みの木の板でも十分に防御できる。
しかしアーチスポアの方が、大雅にとっては厄介だった。
此処は丘陵のど真ん中で、まばらに灌木が生えている程度、アーチスポアの有効射程は30メートルほどと散弾銃では心もとない。
仕方なく大雅は榴弾の使用を諦め、AKMSの7.62mmでチマチマ撃って行く作戦に出るが、一度当るとのたうつ様に暴れ照準が付けられない。
根元に打ち込んで行けば倒せるが、20発以上も撃ち込まないと倒せない。
「意外にしぶとく厄介だな、仕方ない」
「おーい、爆弾使うから地面に身を伏せてろ!」
大蛾はそう叫ぶと、AKMSの弾倉を外し、プローンの射撃姿勢で地面に伏せた。
バンッ
ドォンッ
1発目はうまいことに無傷なアーチスポアにあたり、下から1/3あたりでちぎれる。
大雅は残りの花の様に伸びているアーチスポアを撃って行った。
コストが高いが致し方ない。
「もう、起き上がって良いぞ」
「て、たおしたのか?!」
「花になってたのはな。
蕾の様な物は未だだから、まだ戻ったりするなよ」
大雅は、AKMSの弾倉を戻し、グレポンに榴弾が残って無い事を確認してから背にあるショットガンに替えた。
残りの蕾は4個、以前送られてきたドラゴンブレスの弾も丁度4発ある。
M870MCSの弾を4発抜き、代わりにドラゴンブレスを込める。
そして、注意深く近づき、撃った。
効果はてき面で、急に花になり伸びてきたアーチスポアも一発で燃え駆除が出来た。
3000度のマグネシウムの燃える金属片がアーチスポアを焼く。
「距離はギリギリだが使い道は有ったな、この弾。
あとで補充を頼んでおくか」
「倒したのか? ぜんぶ」
「ああ、とりあえず目につくアーチスポアは駆除できたようだ。
あと、襲われていた人型の怪物は始めて見るが、なんなんだアレは」
「めったに見ないが、アレはスプリガンといってレーシェンの一種だ。
普段は森の深くまで入らないと出会わないのだが、こんな街道の近くで出て来るとは・・」
「詳しいのか? 怪物」
「ああ、以前バジリスクを飼って居た事がある。
身を守るためには怪物の知識は必須だからね。
飼うと言っても、小屋や屋内で飼えるような物ではなく、私の領地の一部で飼っていたのだ。
アレは聞き分けが良く、決して決められた範囲以外では狩りをしなかった。
だが、ドラゴンハンター共とウイッチャーによって殺されてしまったのだ。
最後のバジリスクだったのに」
「それは、御気の毒様だな。
だが、北方へ行けば結構見かけるぞ、バジリスク」
「種類が貴重なのだよ。
アレの代わり居ないのだよ、卵から25日間も抱いて育てたのだ。
小さなころは懸命に後をついてきて可愛い物だった」
「摺りこみ現象だな。
鳥類は、生まれて始めて見た動くものを親と認識する。
だから、あんたを親だと思っていたんだろうな」
「ああ、私の可愛いバジリスク」
「ま、放し飼いは褒められたことじゃ無いが、頑丈な檻ならなんとかなるんじゃないか。
檻でなくとも、庭に鎖などで繋いでおけば可能かもしれないし」
「意外に詳しいのだな、私と話が合いそうだ。
助けてくれたお礼もしたいし、私の館に来てくれないか」
「行くのは構わないが、泊まれるところは有るのか?」
「ちゃんとルビー・ブラシ・ホテルという立派な宿がある。
問題無い、私が手配しよう」
「なぜこんなところで一人で戦ってたんだ?」
「戦ってたのではない。
一人だけ連れて来た騎士が使い物にならなかったのだ。
アーチスポアなら迂回すれば良い物を、あ奴は有ろう事か向かって行ったのだ。
倒した事が有るから問題無いとな。
だが、アーチスポアは一体では無かった、次々とつぼみが開きアーチスポアとなり、倒された。
その上レーシェンが出てきた、レーシェンは並みの騎士などでは歯が立たない。
一瞬で木の根に刺され、弾き飛ばされた。
そっちの藪を見てみると良い、多分死んでいるだろうが」
大雅が示された藪を探すと、体中粘液だらけで骨が折られこと切れていた。
甲冑は身に着けているが、胴体とヘルムと呼ばれる兜だけだ。
「首の骨が折れたことによる窒息死だな。
あと、酸の様な粘液で皮膚にダメージを負ってはいるが、致命傷では無いが目をやられている」
「まったく、迂回していれば死ななくて済んだものを、まあ、私も報酬を払わずに済んだがな。
問題は馬が逃げてしまった事だ、馬には糧食、水も積んであったのだ」
大雅はナジャムを呼ぶ時に使って居る笛を吹いた、コレを聞きつけ大雅のもとに行けば角砂糖がもらえる事を覚えていた。
「それはなんなのだ?」
「馬と言うのは人間に聞き取れない音まで聞き取れる、これで馬を呼べることができるんだ」
「ますます君に興味が湧いた!」
ナジャムが、地響きを立て走ってくる。
「よぉし、よし。
ほら、褒美だ」
「何を与えているのだ?」
「砂糖を四角く固めた物だ」
そう言って、男の手に一つ渡した。
口に放り込み、うっとりしている。
「逃げた馬の色と特徴は?」
「葦毛だが、肩と尻に白い斑点がある。
鬣と尾の毛は黒より明るいグレーだ」
「ナジャム、頼みがある。
これに似た鞍を着けた馬を探してきてくれ、夕方まで見つからなかったら戻って来い」
「ブヒンッ」
大雅はタブレットで似た馬の画像を見せた。
そしてナジャムから必要なものを下ろすと、ナジャムに「行け」と言って向かわせた。
「まさか馬に探させるのか?」
「あいつは、妙に頭が良くってな。
初めてやるが、もしかしたらできるかもしれない」
そう言って大雅はペットボトルの封を切り男に手渡し、自らも新しい水を開けた。
「水だ」
男はペットボトルを受け取り、喉が渇いていたのか半分ほどを貪るように飲んだ。
「始めて見る入れ物だ。
水筒なのか?」
「ああ、似たような物だよ。
この青い物は蓋で左に回せば開き、右に回せば閉じる事が出来る」
「便利なものだな、何処で手に入る?」
「俺のとこじゃ何処でも売ってるが。
まあ、たどり着けない程遠いから、手に入るのは俺だけだろう」
「繰り返し、使えるのか」
「良く洗って度の強い酒で消毒すればな。
ただ、渡した物は製造している所で作ったものだから、口を開けなければ何年も腐らない」
「もう飲んでしまったが、対価はお支払いしよう」
「要らんぞ、くれてやったものだからな。
なんか口調が貴族みたいだな」
「いかにも、私はボーヒス・ディ・サルバレス伯爵という。
フォックス・フォローの一帯が領地だが小規模の葡萄農園も持っている」
「これは失礼した。
私は、大雅・拝戸という。
開物退治を生業としているが、人を探しでここにやってきた」
「ふむ、探し人というのは?」
「イェネファーとい女魔術師だ。
力を借りたくてな」
「イェネファー・・・・・・どこかで聞いたことが・・ああっ!
ウイッチャーの妻が確かそのような名だ!」
「一緒に居る男はゲラルトって言わなかったか?」
「そうだ、その通りだ!
私の愛する最後のレグルス・プラティナム種のバジリスクを殺した一人だ!」
「そりゃまた」
「確かに、私にも問題は有った。
バジリスクに獲物を取って良い地域を教え込み、立札を立て立ち入らない様に書いたのに、それを無視して立ち入る者が絶えない。
そのため入り込んで来る者たちが後を絶たず何人も死んだのだ。
多くは空き巣か盗賊崩れの様な者たちだが、偶に一般の民も居た。
もちろん、保証は十分にしたが、訴えにボークレールの宮殿を訪れ公爵閣下に面談したが、逆に何人も殺され討伐依頼が出ているのだと、叱られた。
立札も保証も行って居た為、罰は免れたが以後何か飼う場合は必ず報告しろと言われたのだよ」
「そんなに貴重なバジリスクだったのか」
「南の山岳部にしか生息していない、貴重なレグルス・プラティナム種なのだ。
10年ほど探したが、最後の一匹だったのだ」
「だが、最後の1匹と言うのは、繁殖限界を超えているな。
そのレグルス・プラティナム種の番が見つからない以上、どんなに頑張っても絶滅は避けられない」
「それも判っている、最後の一匹くらい安楽に生きさせてやりたかったのだ」
そこへ丁度ナジャムが1頭の葦毛の馬を連れて帰ってきた。
ドヤ顔で手綱を咥えている。
「よくやった、ナジャム。
お前は最高の相棒だ」
ブヒヒヒンッ
「わかった、わかった。
ほら、たんと喰え」
大雅は、掌一杯の角砂糖をあたえた。
葦毛の馬も「なになに、おいしいもの?」と言う風に寄って来る。
「賢い馬なのだな」
「いろいろ馬には接してきたが、こんなに人の言う事を理解する馬は初めてだよ。
もう、1年近く組んでいる」
「では、参ろうか。
フォックス・フォローはここから1日程度だ」
「いや、夜に移動は危険がある。
またもやスプリガンやアーチスポアに出会ったら厄介だ、夜には出会いたくない。
幸い小川も有るし、近くで天幕を張り一夜を過ごした方が安全だ」
「確かにそうだな、だが天幕は雇った騎士の馬に乗せていた。
あと、水と食料もだ。
私が持っているのは、何もない」
「いや、食料なら手持ちが有るが、初めて食べるだろうから、口に合わなくとも我慢してくれ」
「いや、実は今朝から何も食べてないのだ、何を出されても旨く頂ける自信はあるぞ」
大雅たちは10分ほど馬で行った小川の有る場所に、平坦な場所を見つけキャンプを張った。
伯爵はテントを持っていないので、一人用のテントを一つ取り寄せた。
現代のテントは昔と異なり軽量で設営もしやすい、30分とかからず設営が終わり、次にタープを張った。
ついでにアウトドア用の椅子とテーブルを取り寄せる。
現代のアウトドア用の機材は優秀だ。
コンパクとで軽く設営しやすい。
夕食は、最近定番の粥だ。
今回はコンソメのキューブを2個ほど放り込み、細かくみじん切りにした玉ねぎを入れ洋風仕立てで仕上げる。
チーズを細かくした物をたっぷり混ぜリゾット風にしていく。
薄く切ったハードサラミを千六本に切り、出来上がったリゾット風粥の上から一掴み、塩コショウで味を調えれば、リゾット風粥の出来上がりだ。
「さ、食べてくれ、かなり熱いから少し冷ました方がいいかもな」
かなり腹が減って居たのか、ハフハフと冷ましながらも食べ始めた。
「こ、これはなんて旨いんだ」
そう言って、再び食べだす。
「しいて言えばチーズリゾットかな。
サラミと相性がいいだろう」
結局、伯爵は2杯もお代わりし、米2合が二人の胃袋に消えた。
食後に紅茶を入れ伯爵に提供した。
「この穀物だが、見たことが無いのだが何処の物なのだ?」
「私の故郷の穀物で、米と言う。
まあ、作るのにも食べられるようにするのも手間が掛かる穀物だが、麦よりは旨い」
「米か・・・初めて聞く名だ」
「こちらの麦でもチーズリゾットなら作れるぞ」
「それは有り難い、では作り方をホテルの料理番に教授してやってくれないか。
これは名物料理になる。
もちろん、報酬はお支払いしよう、それと今回助けてくれた礼も含めて」
それから伯爵から色々な事を聞き出す事に成功した。
彼は、本邸をボークレールの市内に持ち、此方へ来るときはホテルの最上階半分を別邸として使って居るという。
そして、そのホテル自体が彼の持ち物だという。
「しかし、このお茶は芳香が素晴らしい。
これも貴公の国で採れるものなのか」
「まあ、そんなものだな。
こちらには茶の木が無いようだから、入手は・・・あ、種なら可能か」
「もしかして、手に入るのか?!」
「種なら手に入るかもしれない。
ただ、育てるるのに4~5年ほどかかる。
あと紅茶にするにはひと手間掛かるが、不可能ではない」
「是非、いや、いくら金がかかってもいい、この茶が飲めるのなら一大事業になる。
私は貴公を招聘いや、男爵になら叙する事が出来る。
是非力を貸して欲しい」
「いや、この国の者でもないのに爵位を貰うわけにもいかない。
それに、私は他の国に仕える身分だ、母国の許可なくして受ける訳にはいかない」
「ならば、公爵閣下に御裁可いただこう。
公爵が与えた物ならば、貴公の国も文句は言うまい。
あ、そう言えば貴公の事を詳しく聞いてなかったな」
大雅は、王族ともいえる公爵と繋がりを持つ事は大歓迎だ、後々、国交の礎となる。
だから、大雅は話せる部分については全て話した。
「さて、明日は距離から言って早く出ないとならない。
お開きにしようか」
「あと、一杯!
もう一杯だけ飲ませてくれないか、いや、こんな旨い茶ががあるとは」
「眠れなくなっても知らんぞ。
茶にはカフェインと言う物質が含まれている。
軽い興奮や、強い覚醒作用が有るんだ、明日の朝また入れてやるから、今は水にしておいた方が良い」
そう言って大雅はペットボトルの水を差しだした。
「先ほどは喉が渇いていて気が付かなかったが、貴公の国の軍の兵装は進んで居るのだな。
これは何日くらい水が腐らず持つのだ?」
「普通に他に入る物は数年、長い物だと10年以上のものもある。
もちろん、水を入れただけでは良くて数日だな、
ちょっと特殊な方法で水を充填しているんだ、こちらでは加工は無理だろう」
「そうか、だがこれが有れば行軍や軍事が変わるな」
「それもあって、無尽蔵に提供はできない。
伯爵が個人で消費する分には、提供できる可能性はあるが」
「これは貴公の国なら手に入るのか」
「いや、それ街中で普通に売ってるから、というかそれは軍事物資じゃ無いけどな。
まあ、便利なんで軍でも使ってるが」
「何で出来て居るのだ?」
大雅はFAQでも用意しようかと考えた。
「そう言えば、燃える水や泥を聞いた事が有るか」
「ずっと南の方に行けば在ると聞く。
匂いが無くなるまで乾かし、煮詰めて粘土の様になれば石の固定などに仕えると聞くが、使いにくさからあまり使われないらしい」
「どの辺りならそれが有る?」
「申し訳ないが、私は詳しくはない。
公爵閣下なら、ご存じかもしれない」
夜は念のため周囲50メートルの範囲を動体検知するラインセンサーを立てて眠ったが、警報を発する事は無かった。
朝から伯爵は紅茶の香の虜となっていた。
「あ~なんて旨いんだ。
このお茶の芳香、味、何をとっても至宝のものだ」
「気に入って貰えて何よりだ」
「食べさせてもらって悪いが、朝は何を食べるのだ?」
「撤収をしている間に、米を炊いた。
おかずはトラウトの塩漬けだ、スープも簡単だが作った」
「それは楽しみだ!
野営でこんな旨いものを食べるのは初めてだよ」
「トラウトの塩漬けはここより少し北の地域の物だからな、ここでも似たような物なら作れるはずだ」
散弾銃用のドラゴンブレス弾を頼んだが、空輸の為1週間ほどかかるとの事で、アーチスポアは避けて行く事に為った。
あ奴らは蕾のままだとなんの攻撃もしてこないが、つぼみが開くと攻撃性の高い植物の花の様な物に変化する。
レーシェンなどは問題無いが、嫌らしいのはアーチスポアだ。
ただ、生えている場所から移動できないのが唯一の慰めだが、30mほどに及ぶ酸の攻撃は厄介だ。
一応、地球にサンプルを送ったが、どのような生き物なのか答えが返って来るのか楽しみだ。
散弾でも倒せない事は無いが、集弾率の関係から30mほどまで近づく必要がある、そしてその距離はアーチスポアの攻撃が届く距離でもある。
最もグレネードを使えば1発で倒せるが、ドラゴンブレス弾の方がコストは安い。
常にコスト意識を持たなければ為らないのは自衛隊と言う貧乏組織の悲しい性だ。
まあ、此方から送った剣や貴金属でトントンにはなっているのか判らないが、収支までは聞いていない。
「この米というものは初めて食べるが、口当たりが柔らかく弾力が良い。
粥も良いが、私はこちらの方が好みだ」
「本来米はこうやって焚いて食べるのが普通なんだ。
食事としても使えるし、潰して砂糖をまぶせば菓子にもなる。
潰した物を乾かして油で揚げ、塩を振りかければ、酒の摘みや保存食にもなる」
「万能なのだな。
こちらでは作れない物なのか」
「地域によっては可能かと思うが、米と言うのは結構手間が掛かるんだ。
水田と言って水を張った浅い池を作らなきゃならんし、植えても草取り、水の量による温度管理、収穫、乾燥、脱穀、精米と手間が掛かる」
「水を好む植物なのか?」
「それに近いな、元々米がとれる植物は他の植物と違って、根や茎の下部では呼吸をしない。
だから、水を張れば草取りの手間が省ける事と、気温が下がる夜でも暖かい状態を保てるため速く成長する。
そう言った知識が沢山必要に為る、1・2年では無理だろうな」
「そう言う事は実に興味深い、是非ご教示願いたいものだ」
「私は専門家じゃないから大したことは教えられんが、意欲を失わないならそのうち専門家の話を聞く機会はあるかもな」
そんな事を話しているうちにフォックス・フォローの村に着いた。
ゴルゴン山脈の尾根に囲まれた谷合にあり、山脈から流れて来る小川が水源だ。
「この畑では何を作っているんだ?
見た所植えてある作物がバラバラの様にみえるが」
「器だよ。
椀や皿なんかが採れる」
「ちょっと待ってくれ、器は作物じゃないだろう」
「此処では、作物なのだよ。
植える物は何でもよいが、勝手に根元を掘れば器が出て来る。
国外にも売るほどにな。
此処で採れた器は多くは、大きさや形が選別され、南にある国のメヒトという所に送られる。
一部は国内向けや周辺諸国のも出ているが、一部は彩色されたり加工され利用されるのだよ。
現物を見せてやろう、来て見たまえ」
伯爵に言われたとおり、馬を降りて作物に近づく。
数人の農夫が土から掘り出して背のか籠にせっせと”器”を収穫していた。
「これは農作物なのか?」
「判らんのだよ、この土地では根の周りに器が出来るのだ。
もちろん、作物を植えればちゃんとできるし、食べられる。
ただ、小さな実をつける作物には小皿とか小さな器しかできん。
大きな実をつける作物には大きな器が出来る。
理由と原理は解っていないな」
大雅は作物の根元を掘ると、小ぶりな器が出てきた。
「それは、小さいから収穫しなかったのだろう。
放っておけば勝手に土に返る」
器を取上げてみると、プラスチックの様に若干の弾力性が有る。
形状はまるで汁椀のようだ。
「それを低温で焼いてから乾燥させると器となる」
「壊してみても良いか?」
「かまわん、その後は土に埋めてくれ」
ナイフで切ってみると断面は板ボールのような感じで、それに土が混ざった様な感じだ。
「サンプルとして幾つか貰って良いか?」
「かまわんよ、どうせ土に返す物だ」
大雅は小ぶりなものを選びサンプルバックに入れた。
「ここが、ルビー・ブラシ・ホテルだ。
帰ったぞ」
「これは伯爵様、お帰りなさいませ。
あれ、護衛の騎士殿は?」
「残念な騎士で有ったよ、勝手に怪物に突っ込んで行き死んだ。
おかげで私まで危うい所であった。
そこを偶然この者に助けられた。
あと、私の大切な客だ、粗相のないようにな。
そうだタイガ殿、お手数だがチーズリゾットを伝授してやってくれないか」
大雅は早々にチーズリゾットを作る羽目になった。
「では、厨房を借りる」
ここでの主食はポーリッジと呼ばれる麦のミルク粥だ。
オートミールに近いと言えば解りやすいだろうか。
季節によって、豆を入れたり彩に香草を入れる程度だ。
大雅は料理番にここで使用している食材を使ったチーズリゾットを教えた。
使用するのは厨房に有った食材で、少量の油、ニンニク、玉ねぎ、麦、チーズ、硬いハムの様な肉、少量の胡椒と塩。
同時に米を使った物も作る、これは麦を米に替えただけだ。
好評だったことは言うまでもなく、伯爵は茶の一件が落ち着いたら是非米作りに挑戦したいという。
「なるほど、大雅殿は国の事前調査と言う事で来られたのだな。
道理で見た事も無い武器や爆弾を使用するのに納得がいった。
頂いた茶の種は、この地域ともう一つ別の地域に農場が有るのでそちらで試してみるつもりだ」
大雅は伯爵に茶の種を渡す時、同時に緑茶の加工方法と紅茶の加工方法を書いて渡していた。
「何年か後には、茶の一大産地になるかもしれないな。
期待しているよ」
「助けて貰った報酬だが、実はここには現金があまりおいていない。
ボークレールの私の屋敷迄来て戴きたいのだが、構わんだろうか」
「構わないどころか、どの道ボークレールには行く予定なんだ。
ついでに、道中の護衛もしよう」
「助かる、貴公が助けてくれなかったら今頃はレーシェンに串刺しにされているかアーチスポアに喰われていた所だ。
そのうえ、貴重な茶の種迄分けて貰った。
この分の報酬は如何しようか」
「ちゃんと育って、茶が作れるようになってからで構わん。
利益から少し割合を頂ければいい。
シアン・ファネリ銀行に口座が有るから、そちらに振り込んでくれればいい」
「わかった、では利益の1/10に決めよう。
それで構わないかね」
「構わない、楽しみにしているよ」
数日経つと、地球から伯爵との関係を保つために、多くの資料が送られてきた。
此方には電力やガスと言ったインフラが無いので、昔ながらの炭火と人力の揉捻器や蒸気を使った乾燥機の設計図などこちらでも十分に再現できる物だ。
実際に茶葉が収穫できるのは早くても数年後、その間に開発していけば問題無いだろう。
それから1週間ほどはフォックス・フォローに滞在する事となった。
なにせ伯爵が離してくれなかったからだ。
その代わり、現在の帝国や北方諸国の現状、怪物について詳しく教えて貰った。
なんでも、人の胴体ほどの太さの巨大なムカデが居るという。
生理的に出会いたくない相手だ。
1週間後、伯爵の道案内でボークレールへと向かった。
「この先がヴェルメンティーノだよ、以前は葡萄の農園として栄えていたが、アーチスポアが出てからというもの、農夫たちが逃げ出してしまってな、一度は寂れてしまったが少しづつではあるが、アーチスポアも減って回復してきた」
「まもなく陽も落ちる、今日はここで泊りかな」
「マチルダと言う農場主が居るはずだ。
以前、この近隣の農場を持つクレスビ伯爵が事件を起こしてね、このヴェルメンティーノ農園とコロナータ農園は協力関係を持つ話が有った。
しかし、これが進めばクレスビ伯爵が持つベルガード農園は打撃を受ける。
だからクレスビ伯爵はヴェルメンティーノ農園とコロナータ農園の間を意図的に仲違いさせようとした。
最近やっと二つの農園も落ち着いてきたのは、最近の事なのだよ」
「あら、伯爵お早いお帰りですね」
まだ若いと言ってもいい女性が二人に声をかけてきた。
「なに、自分の農園を視察ついでにフォックス・フォローまで足を延ばしたんだが、探索の途中でアーチスポアとレーシェンに出会ってしまってね。
すんでの所で助けられボークレールに戻る途中だよ」
「で、此方の方は?
向かった時は別の騎士殿だったと思いますが」
「紹介しよう、私の命の恩人でもあり、将来有望な産物の種を与えてくれた方だ。
彼は異国の騎士殿と言える」
「大雅・拝戸だ」
「私はマチルダ。
マチルダ・ヴェルメンティーノよ、一応準男爵を頂いているの。
この農園は・・・あら、ウイッチャーなのね、でもメダルが違うみたい」
「ウイッチャーを知っているのか?」
「ええ、以前問題を解決して貰ったの、今でも時折怪物や寄生植物の退治をお願いしているわ。
まあ、ここで立ち話も何だから入って頂戴。
伯爵も。
泊って行くんでしょう?」
「ああ、一晩お世話になる」
「今年やっと、新しい品種のワインが出来たの、是非味見していって」
ワイン音痴の大雅にとっては、500円のワインも数万のワインも違いは判らないが、飲みやすく軽い飲み口は好みだった。
「もう少し、寝かせた方が好みかな。
あと5年も寝せればいいワインになるだろう」
伯爵は言う。
「そうね、まだ新種だから口当たりは硬いけど、このフルーティーな味が好みだっていう女性も多いのよ。
タイガさんは如何?」
「ワインの善し悪しが解るほど経験を積んでいない物だから申し訳ない。
だが、このワインは飲みやすく美味しい」
「嬉しいわ、元々私の所のワインは一般の人でも普段飲めるワインが主なのよ。
だから飲みやすいって言う事が大切なの。
王侯貴族の口には合わなくとも、一般の人にどんどん飲んで欲しい訳」
「戦略としては正解だろうな。
1本あたりの利益は少なくても薄利多売といった視点を持つ者は少ない。
どうしても、生産者は高利益が見込める高級品に走ろうとするからな。
搾り滓から蒸留酒は作らないのか?」
「蒸留酒ですって?
搾り滓から?」
「ああ、発酵が終わってワインを絞ったら、大量の搾りかすが出るだろう。
普段はどうしているんだ?」
「家畜の飼料に混ぜたり、肥料にしているわね。
うちでは酪農農家がタダ同然で引き取っていくわ」
「その搾りかすを蒸留すれば度数の高い酒が造れる。
ブランデーと同じようにな、タダ同然の搾りかすも高級酒に変わるって言う訳だ」
「ねえ、伯爵。
この人1か月ほど貸してくれないかしら、すごく面白いわ」
「そうだろう、だがタイガ殿は私の護衛をしてもらっている。
その後は暫く私の屋敷で逗留してもらうつもりなのだよ。
それに、受けるかどうかは彼次第だ、私にその権限はないよ」
「なんか商売のヒントがポンポン出てきそうなのよね」
「悪いが、広くは知っているが詳しくはない。
指導できるほどの知識と経験も無いし、それは専門家に聞いてくれないか。
搾り滓の蒸留についてもだ」
その夜は、なかなかマチルダ女史は離してくれなかったが、伯爵がコブレットを持ったまま舟を漕ぎだしたことでお開きとなった。
しかし、まだ陽が登らないうちに大きな叫び声で目を覚ました。
「何事だね」
伯爵も起きて下着姿のままドアを開けて出来た。
「大変! スリザードよ!
皆、部屋から出ないで!」
マチルダ女史も大声で叫んだ。
大雅は部屋からショットガンを取り出すとサボットスラッグ弾の入ったポーチを掴み外へ出た。
朝の早い農夫が慌てて納屋や屋敷の中へと避難している。
空にはバサバサと音を立て、飛び回る1匹の飛竜が居た。
目は無くまるで昔のアニメに出てきた巨大人工生物のようだ。
「皆、建物に入って居ろ!」
大雅はショットガンにサボットスラッグ弾を込め、最後に2発だけ9粒玉を給弾した。
ドンッ!
ジャコッ
ドンッ!
ジャコッ
朝焼けの空に銃声が響く。
2発目でスリザードは落ちてきたが、片足を引きずりながらも大雅に向かってきた。
ドンッ!
ジャコッ
ドンッ!
ジャコッ
ドンッ!
ジャコッ
三発ものサボットスラッグ弾を喰らったスリザードは動かなくなったが、念のため頭部にハンドガンでトドメを刺す。
大雅が使用しているサボットスラッグ弾と通常のスラッグ弾とは異なり、初速が早く着弾後頭部の樹脂が潰れ花が開く様に広がりエネルギーを放出する。
体内を進む間に広がりながらズタズタに組織を破壊して。
「朝っぱらからとんでもない大物だな」
伯爵がやってきた、どうでも良いが下着姿なのは良いのか?
気が付くと、マチルダ女史までもが寝間着姿だ。
「ちょくちょくこんなのが出るのか?」
大雅はマチルダ女史に聞いた。
「いえ、ここに出たのは初めてよ。
東ではよく見るみたいだけど本当に怖いわ」
「ああ、だが彼だから被害なしに倒せたのだろう。
彼の火を噴く武器は強力だからな」
「なら、折り入って頼みがあるのよ。
此処ここから南東の畑にアーチスポアが巣くってるの、それだけじゃなくドラウナーもね。
だから、騎士では何人も雇わなくちゃならなくて困っていたところなの。
なんとかできないかしら」
「私たちは今日ボークレールに発つんだがどうなのだタイガ」
「そうだな、ボークレールの道すがらで良いなら受けよう」
「そう言ってくれると思ったわ。
報酬は1000フロレンス、これが今のせい一杯なの」
「かまわんぞ」
「なら報酬はこの私が立て替えておこう、またここに戻るのも面倒だからな」
「助かるよ伯爵」
「ボーヒスと呼んでくれ、もう何度も盃を交わした仲じゃないか」
駆除の現地に向かうので、確認のために一人の農夫が付いてきた。
農場でも農夫を纏めている者らしい。
「タイガ殿いくつか伺っても良いかな」
「殿は不要だよ、慣れていないからこそばゆい」
「ならタイガ、その銃とは非常に強力に見えるが、我々にも使える物なのか?」
「撃つだけなら不可能では無いが、運用するとなると無理だろう。
これは精密な機械の様な物で、ここでは形は真似られても同じような性能を持つ物を複製する事は難しい。
この銃と言うのは、火薬を使って弾頭と言う金属片を回転させて打ち出す。
音の速さから早い物だと音の何倍もの速さでだ。
弾頭にもいろいろあり、中には体内に入り込んだ後、潰れてキノコのように変形するもの、8つに分裂して進む物などな。
いずれにしても、この弾頭と火薬を入れる物を作るのだけでも髪の毛の1/100程の精度で金属を加工できる技術が無いと不可能だ。
それに火薬も大量に必要になる。
本来は戦争の為に開発された武器でね、度重なる戦争で進化したと言ってもいい。
最初は原始的なものだったが、段々と威力や精度が上がった。
これを大きくすると砲と呼ばれる物になる、小さな物でも家一軒ぐらいは吹き飛ばすし、大きい物だと数発でボークレールはがれきになるだろう」
「ふむ、繰り返された戦いが武器を進化させたのだな」
「それは間違いがないな。
だが、俺の所での戦争はもっと悲惨だった。
火薬を山ほど詰めた大型の爆弾、自ら飛んでいく爆弾、大陸を越えて攻撃もできる。
最終的に科学の火と呼べる特殊な爆弾もある。
1発でボークレールの何倍もの地域を鉄が溶ける程の温度で焼き払い、次に来るのは建物や人をバラバラに吹き飛ばす爆風、そんな爆弾が2発も俺の母国は落とされた。
その二発で21万5千人が亡くなった」
「それでは、帝国でさえ勝てないではないか」
「そうだな、もし本気で侵略しようとしたら1か月で帝国は落とせるだろうな。
だが、それは間違ってもやらないだろう。
伯爵、一つ聞く。
もし、そこそこ裕福な国が隣に有り自国は困窮しながらも武力は有るとする。
伯爵だったら、どうする?」
「そうだな、軍人なら攻め入って侵略し、自国領へとするだろう。
そうすれば、困窮状態は改善する。
だが、私は何とか隣国との協力を得て自国を改善する道を探るがな」
「正解だよ、前者が一般的な統治者の思考論理だ。
無いなら、奪ってしまえ、邪魔なら潰してしまえって言うのがな。
俺の世界でも200年ほど前まではそうだった。
いや、今でも偶にそう言う国が出て来るがな、世界中から挙って制裁を喰らい最後は衰退か崩壊だ。
此方に来て一番不思議だったのが、火薬は有るのに銃や砲が無い事だ。
まあ、鉄は有るから有っても不思議ではないんだが」
「火薬は、一般的では無いよ。
全てのウイッチャーが爆発物については完全に秘匿し、爆弾でさえ譲るのは嫌がるし非常に高額だ。
しかも、使えるのは半年ほどで水を被ったり雨に当たれば使い物にならない、彼らの秘術を漏らすことは命に掛けて禁じられているらしい」
「なるほどな、しかも魔法と言うものもこちらにはある。
それも進化を阻害しているんだろうな」
「タイガはこの世界をどう思う」
「怪物が居なくて戦争が無けりゃいい世界だよ、人が人らしく生きられる」
「だが現実は怪物と度重なる戦争で疲弊している。
このボークレールはまだいい方だが北方の現実は厳しいと聞いている」
「ウイッチャーは元は怪物退治のスペシャリストとして創生されたと聞いている。
しかし、現実はとても対応しきれていないのが現実。
それは社会システムも為政者も必要としなかったからではないかと考えている。
ウイッチャーを産むシステムにも問題がある上、為政者は怪物と言う問題を置き去りに、いや、どちらかと言うとみて見ないふりをしてきたのではないか。
盗賊に対してもそうだ。
ほぼ放置状態で野放しともいえる。
社会システム自体が甚だ未熟か為政者は自らの地位の保身と拡張欲、中間層は自らの利益に捕らわれ、下々の民は明日の飯の事しか考えない。
愚民政策の典型的事例だ。
だが、現実として300年前に自分たちの世界でも通って来た道ともいえる。
そのブレイクスルーが産業革命だった」
「産業革命?」
「ここのエネルギーの主体は?
端的に言えば熱を作れる方法は?」
「薪、つまり木材だな」
「そう、それしかない。
木は有限だし、切ったままで植えなければ新しい木が出来るまでは長い年月が必要だ。
また木は保水する機能を持っている、切りすぎれば水害、土砂崩れを招く。
まあ、農地に転用できればいいが、水害などで一晩で無に帰する。
自分の所では薪から化石燃料、さらに別のエネルギーを産む技術を手に入れた。
そして、それは技術革新を起し、仕事の効率化と大量生産を可能にした。
それが人口の増加を産み、国が富み、国力は増加する。
しかし、そう考えると帝国は何を求めて北方諸国を侵略しているのか意味が解らない。
ただ単に、広い土地を求めてなのか帝国には無い何かが北方には有るのかと思ってしまう。
絶対君主制というのは一部の権力者たちだけで国家が成り立っている。
トップが変われば国家の目標や理念さえコロリと代ってしまう危うさがある。
かといって、政治を民に任せようとしても愚民政策に慣れ親しんだ民では国家どころか町程度の運営でさえ難しいのが事実だ。
そしてそれが疎かな判断をしないとは誰にも言えない」
「難しいのだな、国と言うものは」
「正解などと言うねのは無いと思うよ。
ただ、現在のこの世界では絶対君主制が正解なのかもしれない。
理念にあふれた良い君主で有れば幸せだという条件は付くがな。
まあ、国交がもし出来たら専門家に教えを乞うと良い、かなりの基礎的な知識は必要となるがな」
「旦那さん方、そろそろ怪物どもの場所が見えてきます」
大雅が高台の上から双眼鏡で確認すると、8体ほどのアーチスポアと少し離れた納屋の様な建物の周りをうろついている怪物を確認した。
「それは何なのだ?」
「双眼鏡といって遠くのものを近くに見える様にする機械だよ。
ほら、見てみると良い」
そう言って、大雅は双眼鏡を伯爵に渡した。
「おおっ!
まるですぐ近くに居るようだ」
伯爵は襲われた時を思い出したのか震えていた。
「アーチスポアが8体、蕾状態は何個あるか不明だ。
少し左を見ると納屋があるだろう、その周りに確認できただけで6体ほどのロットフィーンドだな。
ドラウナーと聞いていたが違った様だ」
「倒せるのか?」
「一人で問題無く。
いや、一人の方がやりやすい、伯爵は此処から双眼鏡で見ていてくれ。
終わったら手招きで知らせる」
大雅は背に手にAKMSを持ち背にはショットガンと大量の弾薬を入れたバックパックを背負った。
300mほど手前からは歩いて納屋に向かう。
先に狙うはロットフィーンドだ、機動性の高いロットフィーンドを倒しておかなければ面倒な事に為る。
50mの距離からヘッドショットでロットフィーンドを倒していく。
此奴らは死の間際自爆するから性質が悪い、別に毒を撒き散らすとかでは無いのだが、全身の皮が剥け筋肉や筋が丸見えの気色の悪い姿形と、臭い体液は大雅も好きではない。
それにしても、1発の7.62mmの高速弾でヘッドショットを喰らわせると簡単に頭がはじけ飛び、次の瞬間には胴体もはじけ飛ぶ。
「きったねぇ生き物だ」
AKMSを背に戻し、作業用の広場一面に広がる様に生えたアーチスポアをショットガンで狙っていく。
引火の可能性が無い場所はドラゴンブレス弾で、近場は納屋の壁を利用しカバーをしながら通常のスラッグ弾を根元に撃ち込んでいく。
アーチスポアには9粒弾よりこちらの方が相性が良いようで2発ほど根元に撃ち込むと、ちぎれてのたうちまわり直ぐに動かなくなる。
後は、簡単な作業だ、引火に注意しながらドラゴンブレス弾で次々と蕾を破壊していく。
納屋の中を確認したが特に敵性生物は見当たらなかった。
周囲を30分ほど見回り、安全を確認し広場に戻り手を振った。
「すげえな、たった一人で全部倒しちまった」
農夫頭は驚いている。
「では、ここでの仕事は完了と言う事で良いか」
「はい、あっしはこの足でヴェルメンティーノに戻りやす。
ありがとうございました」
「うむ、マチルダ殿には後日伺うと伝えてくれ」
伯爵は胸を張って言った。
”いや、駆除したの俺なんだけど”
「では行こうかタイガ殿」
「ん、まあいいけどな」
伯爵とタイガは一路ボークレールへと馬を向けた。