Advanced Witcher   作:黒須 一騎

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公爵閣下と甘味

 

 

 

ホービス伯爵邸に戻って来ると既に夕方に近い。

部屋で報告と必要な物の取り寄せを行っているとドアがノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼いたします、子爵様。

 伯爵様から隣のフィザントリー亭で夕餉を一緒にいかがでしょうかとのお話でございます」

入ってきたのはメイドのリアンヌだった。

 

「わかった、お受けすると伝えてください」

「あのぉ・・・子爵様・・」

「その子爵様って言うのは慣れなくて脇がもぞもぞするんだ、今まで通りタイガで良いよ。

 で、なんだい?」

 

「わ・・私を買って頂けませんでしょうか・・初めてですが・・」

「・・・んー、事情を聴いてもいいかい?」

 

「私の家は準男爵の家なのですが、事業に失敗して借金を抱えております。

 母は家事さえできる人では無いですし、今は私の給金で糊口を支えておりますが、借金は利息で膨らむ一方でして・・」

「伯爵には相談したの?」

 

「いいえ、とてもできません。

 一度借金を肩代わりしていただいたものですから・・」

「その時の金額と借金の原因は?」

「2000フロレンスです、細々と北方にワインを売る仕事でしたが、戦争で商売がうまく回らなくなりました。

 で、伯爵から借金をしてしのいだんです、代わりに私が奉公に来ることを条件として。

 今は私の給金から少しづつ返済しています」

 

「で、今回抱えている社金は?」

「8000フロレンス・・・です」

「その借金の理由は?」

「父は、金貸しから借金をしてワインの販売を南方とエルフに売ろうとしました。

 しかし、南方にはここから高級なワインや商権が固く守られていて商売になりません。

 しかも、エルフはあまりお酒を好まないことが判ったのです。

 借金は利息が膨らみ最初に借りた3000フロレンスは8000まで膨らんでしまいました。」

 

”あ、コレ、典型的なダメな奴だわ”

 

「リアンヌ、君の家の借金を帳消しにするのは簡単にできる。

 今の私には難しい事ではない。

 しかし、君がいくらこうして頑張っても君の父親はまた同じ失敗をくりかえすだろう。

 最後は君自身が借金のかたに売られるか、一家離散、いい結果は産まないだろう」

 

「どうすれば良いのでしょうか・・・えぐっ・・・えぐっ・・」

「なあ、リアンヌ兄弟は居るのか」

「いいえ、私一人です」

 

「酷なようだが、今の状況ではたとえ、今の借金が無くなったとしてもその父親は、同じことを繰り返すだろう。

 商売でなく別の仕事を探すことだ、君の父親がね。

 今回は切羽詰まっている様だから、自分が借金を肩代わりしよう。

 よく家族で今後の身の振り方を相談する事だ」

 

「はい、ありがとうございます」

リアンヌは戻っていった。

 

”伯爵に実情を確認しておく必要があるな”

 

大雅は伯爵と二人ですぐ隣のフィザントリー亭へとやってきた。

喧騒に塗れた酒場ではなく、二つほど別室が有り、その一つの部屋にはいる。

 

「では、タイガ殿の子爵徐爵を記念して乾杯だ」

「ありがとう、しかしまさかこんな事に為るとはな」

「なんだ、栄えある子爵位に不満かね」

 

「そう言う訳では無いよ。

 こちらの爵位という物がピンと来なくてな、なにせ貴族制が廃止されてから俺のことろでは100年近く経っているんだ」

 

「そう言う事か、では領地とか農地の運営はどうしているんだ?」

「一番トップが国、これは何処でも同じだ。

 俺の所ではその下に都道府県という地域単位が有りその地域の民から選ばれた者がトップとなる。

 もちろん議会が有りその地域の民から選出された者が議員となり都道府県の運営をおなう。

 それより下は市町村となる」

「ふうむ、民によってえらばれた者による統治か」

 

「そうだ、これを民主制と言うだが、俺の国には別に天皇という皇族が存在する。

 皇族は統治権も何もない国の象徴として残っている。

 こちらで言えば皇帝の様なものだが、権力は持っていない」

「どうやって存続していくんだ、権力も無しに」

「国から予算を貰って、公式行事や国賓の接待が主な仕事だな。

 見ててもなかなかに多忙でハードだよ」

 

「では国政はどうしている」

「民から国の議員を選ぶんだ。

 その議員が首相を選ぶ、そしてこの首相が国のトップとなるが、重要な案件は国の議会を通さなければならない」

「素晴らしいではないか、だが民にそれが出来るのか?」

 

「俺の所では6歳から15歳までは義務教育と言って必ず教育を受けなければならない。

 その上は高等学校なのだが殆どの者がこれに進む、卒業すれば18歳だ。

 その上の学府が大学、これは通常4年だ、卒業する頃には22歳だ」

 

「タイガ殿もそれに行ったのか?」

「まあ近いが軍専門の大学だよ出たのは。

 まだ上が有るんだ、大学の中に大学院という物が有ってこれに進めば大学に居る期間は9年から10年という所だな」

 

「人生の半分も勉学に励むというのか!

 もしかして、タイガの世界は長寿なのか?」

「そんな事は無い、確かに長い方だが85歳くらいかな確か」

「エルフやドワーフほどでは無いがやはり此処の人間より長いな」

 

「人自体の寿命は大して変わらんと思うぞ、医療や食生活が違うから寿命が延びた程度で、似たような物だよ」

「そんな物か、ならば納得だよ」

 

「それより一つ聞きたい事が有る。

 メイドのリアンヌさんの事なんだが、父親の借金を伯爵が助けたと聞いたが」

 

「うむ、その通りだ。

 ワインの販売や輸送を手掛けていたが、高いワインは販売ルートも商権もしっかりしている。

 だから一般向けの安いワインを取り扱っていたんだが、帝国にはそこそこ売れていたが、北方はほら戦争のゴタゴタで上手くいかなくなってな。

 私が貸した、代わりにリアンヌを奉公に出させるという条件でな。

 何かそれが問題でも?」

 

「また父親が借金をしてしまったらしい。

 それも金貸しから、3000フロレンスの借金が今では8000フロレンスになっているらしい。

 こちらには金利の制限は無いのか?」

 

「ふむ、公的な借金つまり銀行などの金利の幅は決められているよ、その金額だと多分高利貸しだな、法はそこまでカバーしていない。

 つまり高い金利でも良しとして借りる者、貸す者が居れば成り立ってしまう。

 彼女の父親は実直だが商才は無く、商人には向いていないよ。

 だが、困ったものだ。

 まだ私にも1800程の借金があるにもかかわらず、そのような借金を抱えてしまうとは」

 

「そこで一つ提案がある。

 私がその9800の借金を肩代わりしよう」

「なんだタイガ?

 彼女に惚れたのか?

 それとも抱いたのか?」

 

「先ほど来たんだよ、彼女が「私を買ってくれって」な、もちろん断ったが事情を聞いたらこのありさまだ」

「なるほど、彼女を妾にでもするつもりかね」

 

「そんな気は全くない。

 人の人生を抱える程、人間は出来ていないんでね。

 父親には商売以外の仕事が必要だろう。

 ただ、決着がつかないようなら家を出ろとは言った。

 彼女は幾つなんだ?」

 

「確か今年で16になるな。

 まじめに働く良い娘だ、私も気には掛っていたんだが・・」

「ならば、そのまま働かせてやってくれないか。

 あと、もしかしたら最悪母親も一緒に出てくるかもしれない、可能なら彼女共々農園や領地で働かせてやってくれないか」

 

「なら、その種はタイガ君が既に私に持ち込んでるじゃないか。

 茶だよ。

 その栽培と製茶の携わらせよう」

「そうだな、そうしてくれると助かる。

 借金は私が持つ、あの一家を商売から手を引かせ再出発をお願いしたい」

 

大雅は、銀行から下ろした1000フロレンス大金貨が入った革袋をテーブルにジャリッと置いた。

伯爵はそれを取り広げた途端驚いた。

 

「タイガ、これでは多すぎる、2万も有るじゃないか」

「その代わり金貸しの対応と、伯爵の借金の帳消しの手数料だ。

 金貸しの借金は8000とは言っていたがもっと膨らんで居る可能性も有るし、彼らを移動し仕事をさせるのにも金は必要だろう。

 残ったら手数料だと思ってくれればいい」

「いいのか?」

「勿論だ」

 

その夜、伯爵と大雅そしてリアンヌとで事の経緯を話し合い、大雅が宮殿に出向いている間、処理を行ってくれることが決まった。

 

「ありがとうございます!

 タイガ様!

 ありがとうございます!」

泣きながら足元にひれ伏すリアンヌを起し座らせた。

 

「リアンヌ、大金を工面してくれた子爵の温情を忘れてはいけないよ。

 なんの関係もない人間に対して普通出来ることでは無いからね。

 君の父親とは私が話をつけるから、母親には君から話しておきなさい。

 本当は一緒に生活させてやりたがったが、今君にここを離れられると困るので新しい者が決まるまでは居てくれないか、そのころには両親の生活も落ち着くだろうし」

 

「はい、伯爵にも感謝申し上げます。

 ありがとうございます」

 

大雅はようやく人心地ついた。

 

 

 

リアンヌが帰った後、二人で紅茶を飲みながら話した。

 

「しかし、タイガ君も人が好過ぎるよ、なんの関係も無い彼女にポンと大金をだすなんて、だまされないか私の方が心配になる」

 

「そうでもないさ、伯爵にちゃんと”裏”を取った訳だしな。

 俺の国にこんな言葉がある”情けは人の為ならず”とね」

 

「ん? 情けを掛ける事はその人の為にならないという事か?」

「違うよ、人に掛けた情けは巡り巡って自分に返って来ると言う意味だ」

「ほう・・なるほど。 奥深い言葉だ、覚えておこう」

 

 

大雅は湯を使い部屋に戻って報告と荷物の整理をしていたところ、ドアをノックされた。

 

「リアンヌでございます、入ってよろしいでしょうか」

「ちょっと待ってくれ」

大雅は慌ててTシャツの上に上着を羽織った。

流石にこちらの女性にぴったりとしたアンダーアーマーシャツでは刺激が強い事は学習したのだ。

 

「どうぞ」

「失礼します」

入って来た、彼女は寝巻だった、ガウンさえ羽織っていない。

 

「どうしたんだ、こんな夜更けにそんな恰好で

「私には何もお返しできる物が有りません。

 ですから伯爵に相談したら今夜床を一つにすればと・・・」

 

”やぶさかでは無いが・・・いやいやいや・・”

 

「リアンヌ、自分は兵士であることを話したね」

「はい、存じております」

「自分は此処の法はもちろん、自国の法にも縛られている。

 私の国では満18歳未満、こちらで言えば19歳未満の関係は認められていない。

 特にこういった事情で君を抱くと自国の法に対しては違反行為となる。

 端的に言えば私が罰せられるんだ。

 だから君を抱くことは出来ない」

 

「でも! 何も返せません!」

「気にするなと言っても無理だろうから、こうしよう。

 チャノキの育て方、肥料の与え方と作り方、その資料を渡すから勉強をするんだ。

 あと製茶の仕方もね。

 良い紅茶栽培と製茶が軌道に乗れば伯爵の大きな事業となる。

 そうすれば、その利益の1割が私に支払われる、これで私に返済したという形になるだろう?

 紅茶の生産が軌道に乗れば莫大な金が動く可能性も有る、ほら借金なんてすぐ消えるよ」

 

「本当にそれで良いのでしょうか?

 お金に為るまでは何年も掛かる気がしますが」

「自分のしていることは投資と言ってもいい、10年先20年先を見て資本を投下し利益を得る。

 経済論理の基本だよ」

 

「判りました、一生懸命勉強します!」

「あと、伯爵には製茶の機械の設計図やら色々と渡してある、勉強の時間も取ってくれるよう自分から伯爵に話しておこう」

 

「重ね重ね、ありがとうございます」

「うん、頑張って良い紅茶を作ってね」

 

”・・・なんとか凌いだか・・・”

 

翌朝から大雅は多忙を極めた。

此方の食材や入手できるハーブや香辛料を探す。

そしてついにそれを見つけた。

 

「ご主人、この種はどうやって使うのだ?」

「植えるんだよ、茹でて塩を掛けたり肉の付け合わせだな。

 その種だよ、ウチは種屋なんだ。ちょっとした辛みが有って、油で炒めて塩を振ると酒の良い摘みになる」

 

「いくらだい?」

「このカップ一杯で10フロレンスだよ」

「ではこれを10カップほど頼む」

「あいよ!

 だが撒くにはちと季節が遅すぎるから、来年の春前にするんだな」

「了解した」

 

手に入れたのはからし菜の種だ。

これを粉末ミルで粉にして水を加えて練ればカラシが作れる。

伯爵邸に帰り試してみるとちゃんとカラシができた。

 

「これならイケそうだ」

 

最近一日が早い。

あっと言う間に一日が終わり、宮殿へと出向く日となった。

 

「では、行ってきますね伯爵」

「一人で大丈夫かね」

「子供じゃ無いんですから大丈夫ですよ。

 多分1週間か長くても2週間だろうし。

 その間、今朝言ったようにリアンヌの便宜を図って欲しい」

 

「リアンヌ、無理せずコツコツとだ」

「はい、子爵様!」

 

 

大雅はナジャムに荷物を載せ曳いて宮殿へと向かった。

美しい緑と景色、街には活気がある。

 

「怪物と盗賊さえ居なきゃ最高の所だな」

宮殿へと続く橋で暫く景色を楽しんだ後、宮殿の下の広場に出る。

 

「大雅拝戸だ、公爵閣下から招聘を受け参った」

「し、少々お待ちください!」

 

衛兵がバタバタと走り回り、少し小ぎれいな甲冑をつけた男が出てきた。

「タイガ・ハイド・ラ・ラシェーズ子爵閣下ですね」

「いかにも」

「宮殿の上までご案内いたします。

 馬のままついて来られたい」

 

降りていた馬に乗り、走る衛兵の後ろをついていく。

様式美なのだろうか、槍を高く掲げ上り坂を走る。

 

数分で上まで付いたが、流石に衛兵は息が荒れている。

 

「タイガ・ハイド・ラ・ラシェーズ子爵閣下!

 ご到着です!」

 

大声で叫びあげると、バタバタと数人の人が出て来る。

 

「馬と荷物はお預かりします」

「では、毎日午後にこれを二粒与えてやってくれ、ナジャムの好物なんだ、洗う時に嫌がったら呼んでくれるか」

そう言って大雅は馬丁の男に頼んだ。

 

「かしこまりました!

 お荷物は我々がお部屋へお運びいたします」

 

「お待ちしておりましたラシェーズ子爵様」

出迎えてくれた侍女のビタリア・バグドナス嬢は伯爵家の次女と言う事をホービス伯爵から聞いている。

 

「いえ、お手数を掛けます」

「公爵閣下から、アンナ嬢よりお茶の淹れ方を教示して頂く様命じられて、大変でした。

 でも、あんな薫り高く美味しいお茶は初めてでございますの!

 わたしも子爵様が来られるのを私も楽しみにしていたのですよ」

そういって、スタスタと歩いていく。

 

「此処が子爵様のお部屋です。

 今お飲み物をお持ちしますので、ごゆるりと」

「感謝する」

 

大雅は地球にカレーを送れるか否かを聞いてみた。

もちろん、ルーもカレー粉も食品扱いでアウト、そして届いたのはスパイスを単独で送りつける事だった。

 

クミン、コリアンダー、シナモン、クローブ、ナツメグ、オールスパイス、ローレル、ガーリック、カイエンペッパー、ジンジャー、ターメリックなどなど、シールパックに入って数多くのスパイスが届く。

メモによると全て器に入れ混ぜると辛みの少ないカレーが出来ると手順が書いてあった。

最後に小麦粉を入れ作れと・・・。

 

「はあっ・・・・問い合わせなきゃよかった・・・そりゃこうなるよなぁ」

 

「まあまあ、それは何ですの?」

ビタリア嬢がポットとカップをを盆に乗せ戻ってきた。

後ろには宮殿のメイドなのか一人の若い女性を従えている。

 

「いや、ちょっと転送を試していたんだよ。

 料理長の方に伝えてくれないか、白砂糖が届いたから取りに来てくれと」

 

部屋には大雅の要望通り大きな木箱が蓋付きで設えてあった。

それに半固定インベントリを設定し、砂糖を取り寄せたのだ。

1kg入りの砂糖が20袋それが1段ボール、それが10個床に積まれていた。

合計100キロにも及ぶ砂糖だ。

 

「お急ぎでなければ、お茶をされてからでは如何てす?」

「ああ、それで構わないよ」

 

「このお菓子、ホービス伯爵の料理長が昨日来られて、貴重な白砂糖を1袋も使って宮殿の料理長も大騒ぎで造ってられましたわ。

 もう、宮殿中大騒ぎですわよ」

「喜んで頂けたなら良かったが、砂糖の消費が激しそうだな」

 

「そうなのです、高価な砂糖それも貴重な白い砂糖は、如何ほどになるのか心なしか公爵の顔が引きつっておりましたわ」

「まあ、最初はしょうがないだろうが、ある程度制限は閣下も考えられるだろう」

 

大雅は地球に宮廷に合う中世風の衣装を送って貰うよう頼んだ。

なにせ持っているのは礼装と戦闘服であるタクティカルスーツなので出来るだけシックな黒色を基本としたものを依頼した。

 

届いたのはテールコートと呼ばれる腰の後ろが少し長く伸びている如何にも中世っぽい上着。

判り安く言えば燕尾服の前の部分も下に伸びている仕様。

色は黒、うんそれはいい注文通りだ。

だがその飾りが派手過ぎる、首から腹部にかけ銀色の大きな刺繍が入っている、実に派手だ。

それにこの涎掛けの様なフリルとレースだらけの物はどうやって使うんだ。

それもご丁寧にキュプラの生地で出来た黒いシャツ迄ある。

 

”これ絶対にハロウィン用か舞台用の衣装だよな、何考えてんだよぉ!”

 

下は流石にタイツでは無くタイトな黒い革のパンツだった、タイツだったら燃やしてやろうと思っていた。

靴は膝の下までのロングブーツ、あ奴ら似合うとか考えずに遊んでやがる。

 

「まあ、素敵なお召し物!

 今日は晩餐をご一緒にと公爵様が仰ってましたから、是非その姿をお見せくださいませ!」

 

選んだのは地球に居るサブリナ女史らしい。

なんでも店まで出向き、現物を見て決めたらしい。

大雅はがっくりと頭を落とした。

サブリナ女史には勝てない気がする、なにより燃やされたくない。

 

ビタリア嬢は服を掛ける台を持ってこさせ、木製の肩と腰だけの衣装台に楽しそうに大雅の服を着せている。

聞くと本来は鎧を掛けておく台との事。

 

「その透明な袋に入って居るのは何ですの?」

「スパイスの様なものだな。

 明日にでもこれを使った料理でも提供しよう。

 私の国では民も食べる一般的な物だよ」

 

「それは楽しみですわ!

 あ、でも私たちの口にも入るのかしら」

「知っておくことは大切な事だよ、閣下に私から口添えしておこう」

「嬉しいですわ!

 明日が楽しみ!」

 

ビタリア嬢は嬉々としてこちらのハーブティの様な茶を飲み、宮殿の厨房へと向かった。

 

「はあああ・・なんか疲れる・・」

 

暫くすると10人ほどの男を連れ料理長と思われる者が来た。

「子爵様お呼びでしょうか」

 

「ああ、手を煩わせて済まないな。

 これが白砂糖だ。

 1kg入りの袋が20袋1箱に入っている」

そう言いながら段ボールの蓋を開けた。

 

「おお、素晴らしいですな!

 こんなに沢山!

 しかし見た事も無い箱ですな。

 しかも透明で柔らかい袋に入っているとは」

 

「素手以外では破れやすいから注意してくれ。

 あと箱は木の繊維を解し固めて作った箱だ。

 耐久性は無いが保管しておくには軽くて便利だよ。

 不要だったら燃やしてくれ。

 ああ、そうだ水には弱いから濡らさないようにしてくれ、あと湿気の少ない所に保管だな」

「判りました」

 

「それと宮殿には明日使える肉は何かあるかい?」

「そうですね牛、豚、雉は先週届いて胡椒にまぶし氷室で熟成させておりますが。

 それ以外だと今からなら手配すればヤギ、ヒツジ、ウサギ、鹿なら可能です」

 

「いや、豚の肩から腰に有る肉の部分があるだろう?

 それを1センチくらいの厚みに切って氷室に入れておいてくれ。

 それとモモ肉を1キロ程度、明日の夕餉にでも私の国では一般的な料理を作ろう。

 新鮮な卵と小麦粉、

 公爵閣下にもそのようにお伝えしてくれ」

「かしこまりました」

 

大雅はカレーが食べたくて仕方がなかった。

半ばあきらめていたが、材料が有るとなると作らない手はない。

その上大雅の好物であるカツカレーの姿が見えてきたのだ。

 

その夜、大雅は早く寝た。

精神的に疲れていたからだ。

その為、翌朝は夜明けとともに目が覚める。

 

 

 

顔でも洗おうと着替えているとビタリア嬢がメイドに大きな甕を持たせ洗面器の様な物を持って来た。

「お顔を洗われると思いまして」

「感謝する」

 

その後ろからぞろぞろと男たちが続き朝食の準備を始めた。

果物を絞ったジュース、茹でた卵、しっかりと火の通った野菜、メインは鳥の肉をソテーしたものだ。

それにスープとパン、オリーブオイル迄ある。

問題はその量だ。

大皿に盛られ大量にある。

 

「公爵様からカトラリーの使い方を教えて頂けとのお話でしたので、ご献上なされたカトラリーもお持ちしました」

「そうだったな、ではその使い方を見せながら君も一緒に食事を摂ると良い。

 未だなのだろう?」

そうなのだ、先ほどから何度か彼女のお腹が鳴っているのを大雅は聞き逃さなかった。

 

「よろしいのですか?」

「もちろん、実地に使ってみなければわからないだろう」

 

料理人たちは最後に掌ほどの皿をいくつか置いて戻っていった。

大雅でも自衛隊でテーブルマナーは教えられた。

海上自衛隊では必須のようだが尉官ともなると公式の場で必要となる事から講習が行われる。

 

「このフォークという物は便利なのですね」

「ここでは大皿料理がメインだが、その内個別の皿や器で出すのが流行るかもしれないな」

「それに手も汚れません」

 

「ところで、薄く切ったこの硬いパンはどうやって食べるのか判らんのだが」

「子爵様それは食べる物ではありません。

 皿代わりにするものです、多分最近子爵になられたので民でも使われているのを出してきたのでしょうね」

「なるほど」

 

「もちろん、柔らかくなったところを食べてしまう者もおりますが、普通は飼い犬や家畜にあげますの」

「そして、朝からワインか・・」

「子爵様の所ではありませんの?

 水で薄めてありますから、酔わないとは思いますが・・・」

「それより、簡単で悪いが紅茶にしないか」

「まあ、頂けるのですの!」

 

「ティーバックと言って茶を木の繊維で作った薄紙に包んだものだ。

 丁度4つほど残っていてな、これが最後だ」

紅茶は茶葉としては転送できるが、何故かティーバックにしてしまうと”食品”として認識されるのか失敗している。

 

「なら、お湯を入れたポットを持ってこさせましょう」

「いやそれには及ばん。

 水もケトルも有るから」

 

本来は室内で使う物では無いが大雅はカセットコンロを取り寄せた。

面倒がない上、使用法が簡単だ。

少し遅れてに48本ものカセットガスも届く。

何でも手配がすぐ着いたのはこの段ボールに入っている物だったらしい。

普通に家庭で使うようなシンプルな白磁のティーセットも入っていた。

一番うれしかったのは、茶葉用の使い捨て不織布のティーバックのバックだけが入って居た事だ。

これで、移動時の際、紅茶を手軽に飲める。

 

食事をしながら彼女にテーブルマナーを教えていく。

「皿の両側にカトラリーが数本づつ置かれているだろう?

 基本、外側のカトラリーから使っていくように置く。

 種類は料理によっても変わって来るが、左側にフォーク、右側にナイフが基本だ。

 肉は一口で食べられるような大きさにして口に運ぶ・・・背中を丸めちゃだめだよ」

 

後は部屋でテーブルマナーの動画を見て貰った。

「ただ、あまり厳密にしても意味はない。

 要は傍から見て見苦しくない所作でいいんだ、美しく見せるのはその後で良いんだ」

 

 

「そうだ、一つ茶菓子代わりに面白い物を作ろうか」

スープ壺に入っていたお玉の様な形状の物を取上げた。

 

「何を作られるんですか?」

「カルメ焼きと言ってね。

 砂糖と水、後は重曹と言う物が有れば簡単に作れる。

 見ててご覧」

 

大雅はお玉に砂糖と少量の水を入れコンロに掛ける。

色がついてきたら、火から下ろし水で濡らした木の棒に卵白を混ぜた重曹をつけ手早くかきまぜた。

これは中東で何もない時期に作ったら大受けし3日程作り続けされた記憶がある。

 

薄茶色の泡立ったカルメ焼きが見る見るうちに膨らんでいく。

「わあっ! 膨らんできました!」

暫くぶりで造ったがうまく作れた。

再度お玉を軽くあぶりカルメ焼きをお玉から外す。

 

「冷める間お茶でも淹れよう」

 

カルメ焼きをザクリとナイフで割りビタリア嬢の皿に半分移す。

「これがカルメ焼きですか?」

「そう、卵白入りの重曹が無いと作れないが、原材料は砂糖だけだよ。

 食べてごらん」

 

彼女はサクリと口にした。

とたん、目が見開きサクサクと小動物のように食べだした。

 

「子爵様!

 これ美味しくて止まりません」

 

結局大雅は自分の分もビタリア嬢への皿へと移した。

 

「よろしいのですか?!」

「向こうの世界で散々食べたからね。

 こちらでは君が初めてになるだろう」

「わたくしが初めて・・・初めて・・・」

 

なんかビタリア嬢の雰囲気が微妙なモノになったので大雅は話題を変える事にした。

 

「ところで、こちらの貨幣と経済については詳しい人が居たら紹介してほしんだが」

「それなら私の父、ディミナス・ド・バクドナスが適任かと。

 父は元は帝国の徴税官の長でしたが、公爵がお輿入れの際指名されトゥサンに財務官として着任しましたので」

 

「ならば、是非会見の手続きをお願い出ませんかね、この世界の経済状況が知りたくて」

「かしこまりましたわ、後日面談の時間を聞いておきます」

「宜しく頼む」

 

「あの・・・」

「なんでしょう」

「宜しければもう一つ・・・頂けませんでしょうか・・・カルメ焼き・・」

 

頬を染めて両掌を拝むようにするビタリア嬢を見て大雅は微笑んだ。

「では、一緒に作りましょう、厨房から生の卵の白身だけこの小さな器に貰ってきてください」

「はい、すぐに」

 

結局、大雅は作り方を教え、何個かはは失敗したが出来上がったカルメ焼きは20個以上に上った。

 

「これは日持ちするんですの?」

「湿気ったり水が掛からなければ腐ったり変質する事は無いですよ。

 時間が立てば少し風味は落ちますが」

 

「いえ、父と母にも食べさせてあげたくて・・」

「なら、形の良い物を選んで持って行くと良い、湿気らない袋をあげるよ」

 

大雅は機密性の良いチャック付きのポリ袋にシリカゲルを入れたものを渡した。

「これは乾燥剤だから食べてはダメだよ」

 

「ただ、食べ過ぎない方が良い、これ結構栄養が高くてね」

2個目に取り掛かろうとしていたビタリア嬢は手を止めた。

 

「大丈夫。

 日に1・2個なら問題無いよ」

 

 

「何か楽しそうな事をしているのですね」

ビタリア嬢が飛び上がる程驚き礼をする。

 

「これは公爵閣下、おはようございます」

「ええ、おはようと言うには少し遅い時間ですけど、何か作っていたのですか?」

「はい、カルメ焼きと言う砂糖を使った菓子ですね、テーブルマナーをビタリア嬢にお教えしながらその合間に昔を思い出して作って見たのですよ」

 

「で、わたくしにも頂けるのでしょうか」

「勿論です閣下、ではわたくしが茶を淹れましょう。

 原料は同じですが緑茶と言うお茶です。

 この菓子には合いますよ、多分こちらで飲まれるのは閣下が初めてでしょうね」

 

ポットに緑茶の茶葉を詰めた自作ティーバックを2つほど放り込み、緑茶を入れる。

 

「どうぞ、この世界では初めての緑茶です。

 陛下が最初に飲んだ人になりますね、カルメ焼きもお茶うけにどうぞ」

 

「あの角砂糖という物は入れないのですか?」

「ええ、緑茶には入れません。

 だから甘いお菓子と会うんです、カルメ焼きを一口、緑茶を飲んでみてください」

 

ザクッと公爵がカルメ焼きに口をつける。

シャクシャクと咀嚼しそして緑茶に口をつけた。

 

「はあ~落ち着く風味と少し苦みがある味は初めてです。

 まるで森の新芽を食んでいるような葉の香り・・・甘いお菓子の後をさっぱりと清涼にしてくれます」

 

「おほめ頂きありがとうございます。

 向こうの世界でも緑茶は自分の国で生まれたものですので」

 

「タイガ、これも入手でませんか対価は払います」

「いかほど取り寄せましょうか」

「一昨日の紅茶と同じ程度の量で」

「かしこまりました、後でビタリア嬢に渡しておきましょう」

 

結局公爵は侍女に残りのカルメ焼きを持たせ帰っていった。

女性で甘いものが嫌いと言う話はまず聞かない、どこの世界でも甘いものは正義と言うわけか。

ビタリア嬢には4.7㎏入りの重曹とザラメ糖を50㎏ほど渡すと、いそいそと懇意にしている衛兵を呼び運ばせていった。

作り方に関しては秘匿しても良いし公開しても良いと言ってある。

 

カルメ焼きの発祥は15~16世紀のポルトガル、甘いものを指すカルメーロが語源だ。

”カルメラ”とも”かるやき”とも呼ばれるこの菓子は一般家庭でも昔は良く作られたという。

 

 

 

大雅は午後からトンカツとカレーの仕込みに入った。

宮殿の食堂は厨房がすぐ隣にある、だから暖かい物が食べられる。

6人ほどの料理人が真剣なまなざしで見つめる中、肉を叩き筋切りを行い小麦粉と卵を通しパン粉を付けていく。

図を描く絵師と筆記する書記も筆を必死で動かす。

 

後は揚げるだけだが、食べる直前に揚げる方が良い。

数枚をレクチャーがてら揚げ、塩で試食させてみと大好評だ。

中が僅かにピンク色が残る様に揚げるタイミングを料理長はすぐに理解した。

流石に宮廷の料理長だ。

油に落としたパンくずの色で温度を見るらしいが大雅には全く分からなかった。

 

街で手に入れたからし菜の種をバッテリーミルで粉にする、後は数滴の酢と少量の水を加えて練れば”カラシ”ができる。

ソースは無いが塩でもトンカツは意外に旨い、欠かせないのがカラシだ。

 

今回はトンカツの小型の方を塩とカラシで、そしてメインディッシュはカツカレーという趣向だ。

デザートも欲しいので、こちらでも作れる定番のプリンだ。

ホイップクリームも欲しい所だが、遠心分離機が無い以上無理だ。

だからシンプルなプリンにしたのだが、数が有る小型の容器に入れる。

容器にくっつくから、カラメルソースを流して小皿の上に置いて出すように話す。

幸いなことにバニラビーンズを転送して貰おうと思ったが、バニラエッセンスが転送できたのでそれを使った。

 

 

「では、この料理は何というのですか」

料理長はトンカツを指していった。

 

「私の所ではトンカツと呼びます。

 揚げたら油をきって親指程度の厚さに切って人参のグラッセを付けて出してください。

 皿の端に親指の爪ほどの大きさのマスタードを付けて。

 あとカツカレーはこれから米を炊きます、米を半分ほどに偏らせて盛ったら残りの部分に切ったカツを置き、カツが半分ほど隠れる様にカレーを掛けます。

 これでカツカレーの完成です。

 それが終わったらカラメルソースをプリンを容器に少し加え皿に乗せで出します。

 食後は紅茶を出すようにしてください、あとブランデーつまりワインを蒸留したものは有りますか?」

 

「ワインを4度蒸留したものが有ります、温めると火が付くほどですよ」

少し味見をしてみると十分にアルコール度数は高い。

これならば使えそうだ。

 

「ではこれをカートに置いておいてください。

 グラスやカップは必要ありません。

 以上で準備は終わりです。

 料理長、宜しくお願いしますね」

「お任せください」

 

米は大きな蓋付きの鍋が有ったのでそれで炊く。

米が炊ける間に、料理人がカラメルソースに何度か挑戦し上手くできず失敗したものが残っていた。

大雅は焦げた物以外は再び砂糖と水を加え飴を作り、手じかに有ったリンゴをブロック状に切り串に刺してよく磨いた銅のフライパンで固まらせた。

つまり簡易なりんご飴と言うわけだ。

 

そして仕事を終えると部屋に戻りお湯を使った後、あの問題の服に着替えた。

鏡が無いので、地球から大きめの姿見を取り寄せた。

軽い物が良かったが、ちゃんとした姿見だ。

 

そう言えばこの世界に来てからというものの、鏡は見たことが無い。

それは地球でも解っていて、有っても金属板を磨いたものだそうだ。

なので、ハンドミラーが山ほど送られてきた。

確かに原価は1つ1000円もしないが、50個は有りすぎだ。

面倒なので公爵に丸投げしよう。

 

侯爵のハンドミラーだけは周囲にリボンとイミテーションパールがついたちょっぴり高級風なものだが、これだって良くて数千円、いいのかこんな安物で、帝国の属国とは言え一応公国と言えば国なんだが。

セットの卓上スタンドミラーをいれても一万しないだろう、派手には見えるが。

ま、公式じゃないから良いか。

 

時間となりビタリア嬢が呼びに来た。

開けた途端大雅の姿を見て固まっている。

 

「時間かな?」

「あ、はいっ!・・ご案内しますっ・・」

 

既に公爵は席についていた。

やけに着飾っているのは気のせいなのだろうか。。

 

「今日はタイガの国の料理を頂けるとの事、礼を言います」

「いやー、お口に合えばよろしいのですが。

 自分はプロの料理人ではありませんので、あくまで素人料理だという事でご容赦頂ければ幸いです」

 

「いや、何やら先ほどから胃の腑を鷲掴みされるような香辛料の香りがして、堪らないのです。

 そのため、昼もお茶だけで済ませました」

 

「あれ? カルメ焼きは召し上がらなったんですか?」

「ひ・・・ひとつだけですっ!」

化粧をしていても判る程顔を赤らめた。

 

「タイガの作る物は目新しく、美味しい物ばかり!

 太ったら責任を取らせますからね」

 

「それはご容赦を。

 私は国から解雇されてしまいます。

 では料理長、始めてください」

 

最初は、食前酒と共に茶碗蒸しが出て来る。

コンソメを使って居る為ちょっと洋風となったが、これでコンソメも使い切った。

 

「これは何という料理ですか?」

「しいて言えばエッグカスタードですね。

 私の国の物とは違いますが、調味料が有りませんのでこちらの材料と調味料を使いました」

 

「ほう・・柔らかく口当たりが滑らかで・・・なんと美味しい・・」

「喜んで頂けて恐悦至極」

公爵はあっという間に平らげてしまった。

 

次に出されたのはトンカツだ。

ソースが無いのが残念だが、塩とカラシ、そして大雅が作った人参のグラッセが添えてある。

なんとこの世界には小川にクレソン豊富に自生していて、料理にも偶に使うという。

緑色として軽く湯通ししてオリーブオイルを摺りこんである。

 

「クレソンは宮殿でも使いますが、こんな風味に為るとは」

「カツは塩と軽く振りかけ、カラシを少しだけ付けて食べてみてください。

 辛いから少しだけです」

 

「なんと柔らかく美味しい肉・・これは?」

「宮殿で熟成してあった普通の豚ですね」

「・・・こんなにおいしくなるとは・・・このカラシとは?」

「昨日街を歩いていて種屋を見つけました。

 そこには私の所でからし菜と呼ばれる作物の種です。

 この種を粉に引いて少量の酢と水で練るとカラシが出来ます。

 結構辛い調味料ですが、量を調整するとこんな感じになるんです」

 

トンカツは豚のフィレの部分が有ったのでそれを使った。

小ぶりなので皿には3切ほど乗って居る。

 

「次はメインデッシュです。

 パンが無いのは、これが主食代わりの米を焚いた物を使って居るからです。

 カツはカレーと言うソースをつけ召し上がっ下さい。

 米はソースと一緒に召し上がってください。

 右手にスプーン、左手はフォークです。

 ナイフは使いません」

 

「先ほどからの暴力的とも言える香りはこれだったのですね」

「はい、今回は11種ほどの香辛料を使って居ます。

 私の口でもかなり美味しくできたと思っています」

 

「・・・!

 なんと素晴らしい!

 少し辛みは有りますが、とめどなく食べてしまいそうです。

 まるで魔法ですのね」

 

「魔法は使っておりませんよ。

 ただ、香辛料は取り寄せましたが、あ、あれ一応魔法か」

 

”カレーは飲み物である”

 

誰が言ったが知らないが、正しくその勢いで皆食べていく。

今回はダミエンは不在である。

何でも出兵が中止となり手配した糧食などの商人と揉めているらしい。

 

「素晴らしい味でした。

 これは宮殿でも再現できるのですか?」

「カツはなんとかなるでしょうが、カレーは貴重な香辛料を多量に使う為無理でしょう。

 一応料理長にはサンプルを渡しておりますので、大陸から探すほかないでしょうね」

 

「香辛料を買う事は出来ませんか」

「はい、流石に大量となると国交がない以上、換金レートなど複雑な物が絡んできます。

 国交が開始され、交易が安定すれば可能でしょう。

 そうなると、もっと簡単にこの味が再現できるようになります。

 わざわざ香辛料を買い求めなくともね。

 カレールーという肉と野菜を煮込んでそこにカレールーを入れるだけで完成です」

 

「国交・・・それについては別室で聞きましょう」

「では、デザートをお願いします、料理長」

 

小皿の上にカップに入ったプリンが出てきた。

もちろん、カラメルソースもたっぷりと乗って居る。

 

「この世界でこれを食べるのは此処にいらっしゃる方が初めてになるでしょう。

 テーブルの上にある一番小さなティースプーンを使ってお召し上がりください」

 

一口食べた公爵が驚愕の表情を上げる。

 

「な、なんという美味しさ!

 これは何とい物ですか?」

「プリンと申します閣下。

 卵、砂糖、水を混ぜ香料を加え低温で蒸して冷やした物です」

 

「この甘い香り・・・なんという甘露ですか。

 これは再現出来るのでしょうか」

「はい、香料のバニラエッセンスは料理長に1大きな瓶で12本ほど渡しましたのでそれがあるうちは。

 なくなったら、エッセンスなしになりますが、味はさほど変わりません」

 

「では、最後の紅茶ですが今日は少し趣向を凝らし、ティーロワイヤルという紅茶を召し上がっていただきます」

 

ビタリア嬢が淹れた紅茶が1人1人に配られる。

大雅は各人のティースプーンに角砂糖を乗せるとブランデーを垂らし合図した。

 

メイドによって燭台の蝋燭が消される。

トーチライターで一つづつ火をともしていく。

 

「火が消えたらカップの中にスプーンごと入れ軽くかきまぜてください。

 では燭台に火をともしてください」

 

「・・・紅茶も素晴らしいのですが、それにほのかに香る葡萄の芳香・・・なんという・・・こんなのは初めてです」

公爵は感嘆していた。

 

 

「茶の栽培に成功すれば毎日でも飲めますよ」

「火をつけるのは何故ですか?」

「アルコールを飛ばし葡萄の香を引き立たせるためです。

 そのまま入れる人も居ますが、かつて私の世界である国の皇帝が愛飲したと聞いております」

 

「これは再現できるのですよね!?」

「はい、角砂糖が有れば、まあ、粗目のザラメ糖でも可能ですよ」

 

「その角砂糖がここには大雅から譲ってもらった物しかありません」

「遠心分離機という物が無いと白砂糖を作るのは難しいのですが、私の国に手作業で出来ないか相談してみましょう」

「よしなに頼みます」

 

「では、本日はこれで料理は終了となります。

 お楽しみ頂けましたでしょうか」

 

「ええ、大変満足しました。

 皆はどうでしたか?」

 

「はい、素晴らしき料理、堪能させていただきました。

 なんとも初めての味ばかりで、明日から今までの食事が喉を通るか心配になります」

「ええ、素晴らしい物ばかりでしたわ。

 あのカレーと言うソース、米と言う穀物との相性も素晴らしく、また頂きたいですわ」

「ああ、カレーと聞いただけでまた頂きたくなってきますわ」

 

「では、ホービス伯爵何としてでも茶の栽培を成功させるのです。

 資金が必要なら言ってきてください。

 これは至上命令です」

「はっ、この命に代えましても成し遂げてみせます」

 

今回の晩餐にはホービス伯爵の他主だった侍女たちが出ていた。

内輪だけのものなので当然だ。

 

「ところでタイガ、ビタリアから聞いたのですが彼女の父親であるディミナス・ド・バクドナス伯爵に何か聞きたい事が有るとか」

「はい、この国と言うよりこの世界の経済の成り立ちが知りたいのです。

 彼女から父親がこの公国では第一人者だと伺いました」

 

「確かに彼は詳しいです。

 それが聞きたい理由は?」

 

「この世界って金本位制や金銀本位制という地金による通貨を使用した経済で回っているのですよね」

「ええ、その通りです」

「自分の所では殆ど消えてしまいました。

 現在では特殊な紙で作られた紙幣という物に変わっています」

 

「それは額面の金や銀と交換できるという物でしたっけ」

「はい、国がそれを担保しているシステムですね。

 でもこの世界で贋金が横行している国が有ります。

 国交を考慮するうえで贋金と言うのは大きく国の信頼を失う行為なのです。

 そこら辺をお教え頂きたいと思いまして」

 

「レダニアですね。

 私の所にも其の噂は聞き及んでいます。

 そのための注意喚起も商業組合に行っています。

 幸い、レダニアとは大きな金額は動いていませんが」

 

「はい、贋金を運用する国家は既に経済的に瀕死、いえ既に破滅していると言えます。

 国としては最も許してははいけない行為なんです。

 経済自体が信用を失い破滅するだけです」

「レダニアの状況を詳しく調べる必要がありますね。

 贋金が国によるものなのかそうでないのか」

 

「はい、その通りです。

 ただ、国とは言っても国の重鎮が国王を謀っている可能性も有りますがね」

「その場合は貴方の世界ではどう判断するの?」

「統治者の統治能力無しと判断するでしょう。

 もちろん詳細に分析はしますが、国交は相手が望んで居たとしても難しいでしょう」

 

 

その日はそれでお開きとなった。

 

翌朝、早く起きた大雅はトレーニングウェアで宮殿の周囲を走っていた。

「おはようございます子爵、精が出ますなぁ」

「おはよう」

 

体を動かしていないと無性に筋肉を酷使したくなってる時がある。

筋肉がムズ痒いような気がするのだ。

その後中庭の端でナイフを持ち近接戦闘のシャドウをこなす。

クールダウンを終え部屋に戻り中世風のコスプレではなく、タクティカルスーツに袖を通した。

 

今日はビタリア嬢が宮殿の中を案内してくれるという。

宮殿の中では滅多な事は起こらないから武装はハンドガンのP320と予備マガジン1本だけだ。

 

「あら今日はあの素敵な服では無いのですね」

ビタリア嬢が朝食を持ってやってきた。

 

「シャツに染みを付けてしまってね、それにここは広く高低差も大きい。

 地図でも有れば一人で回るんだが」

「そんなの有ってもお見せできませんわ」

「まあ、当然だな」

 

 

「では行きましょうか、ごゆるりと」

「しかしここの景色は綺麗だ」

「はい、わたしも気に入っております。

 あちらに見えるのがトーナメント会場」

「トーナメント?」

 

「ええ、馬術、弓術、剣術、などの競技会が行われるんですの。

 毎年多くの見物で溢れ返り盛況ですのよ」

「剣術がある時点でアウトだなぁ、剣は殆ど振った事が無いしね」

「剣は苦手ですの?」

 

「まあ、剣道ならやった事が有るけど真剣となると全くの別物でね。

 体の動かし方から違うんだ。

 まあ、自分には無理だな」

「子爵にも苦手な物が有りましたのね。

 でも剣も使えずどうやって敵を討つのです?」

 

「飛び道具でズドン」

「あら、でも避けられたらどうするのです?」

「音の速さの数倍の速さで飛んでいくんだ。

 弾が当たらないなんて芝居の世界だけさ。

 自分の世界ではナイフ以外は殆ど刃物は絶滅しててね、盗賊や強盗さえ銃を持ってくる」

 

「どのくらいの威力がありますの?」

「銃の大きさや種類によって違うが、頭に当たれば大体即死だね。

 最も威力有る銃だと体が千切れるかバラバラかな、本来は人に向かって撃つもんじゃないんだが」

 

「大型の怪物でも倒せますの?」

「グリフォンもシェルマールも一発だよ、相手に合せて銃を替えるんだ。

 大きなものは親指の太さほどの弾が音の速さの3倍近くの速さで飛ぶ。

 大抵のものは貫通するよ、近々試射をする予定だから、見に来ると良い」

「ええ、是非伺いますわ」

 

「ほら、アレが港で市街、そして右手に見えるのがシール・ルリガット湖ですわ」

「小舟が結構出ている様だけど漁の船かな」

「ええ、魚や山脈側ではザリガニが取れますの」

「ああ、アレのチャウダーは旨かったな」

「ここらへんの名物ですのよ。

 ではそろそろ庭園の方へ行ってみましょうか」

 

庭園は結構な広さだった。

森林公園を思い浮かべて貰えればそれに近い。

結構な距離を歩いたがこちらの世界の女性は地球と比べると健脚と言ってもいい。

 

「ここがアロナックス埠頭、ここは一般の船でも限られた商人とかじゃないと船を付けれないの。

 それと軍船ね」

「ありがとうビタリア嬢、いろいろと助かった。

 そろそろ時間も夕方だ、宮殿へ戻ろうか」

 

「あら、まだ恋人たちの入り江のご紹介が未だですわ」

「名からして雰囲気は想像できる、あと数日後の試射に備えて打ち合わせる事を事前に作っておきたい」

 

「判りました、ではまた時間がある時にでも」

名からして碌な事に為りかねないことを危惧し大雅はビタリア嬢を伴い宮殿へと戻った。

 

「そういえば、子爵から依頼されていた父との会談は明日は如何でしょうか」

「急だがそれで構わない、時間的にはそう掛からないだろうから」

 

その日は結局地球とのやり取りに終始した。

子爵徐爵の経緯、指示通り茶器を始めとしたカトラリーを喜んでくれたこと、

トゥサン公国の財務官であるディミナス・ド・バクドナス伯爵との面談が決まった事を伝えた。

折り返し返って来た回答は徐爵については問題無いが、国家間の紛争、服装解決への言語による助力以外は厳禁とされた。

また、幾つかの確認事項が伝えられた。

 

ディミナス・ド・バクドナス伯爵との面談は順調かつ平和に終わった。

この世界のほとんどの国は金銀本位制を取っており、そのデメリットもバクドナス伯爵は良く知っていた。

金銀の価値が大きく変動する事も含めて、最後に戦争や紛争が落ち着かない限り金銀本位制から脱却する事は難しいだろうと。

 

「問題は国交が締結され我が国や帝国の金銀が流出した場合ですな。

 一時的なインフレとなる可能性が有ります、出来るとすれば初期は物々交換に近い等価交換となりましょう。

 その後、時間を掛けて為替の整備を行い兌換通貨への移行でしょうね」

「貴重なお話ありがとうございました」

 

「いえいえ、私の様なお話を聞いて頂けるのは嬉しい事です。

 この国では経済の話になると理解してくれる人が少ないのです。

 ところで大雅殿はビタリアの事はどう思われているでしょうか」

 

「どうって、彼女は私に真摯に対応してくれていますよ。

 右も左もわからぬ私によく教えて頂いて助かっています。

 明るくて良いご息女ですね」

 

「いやいや、まだまだです。

 聞くと新しい菓子の製法を我が娘に伝授されたとか」

「ああ、カルメ焼きですね。

 そう言えば重曹も渡したのでしたっけ」

 

「はい、娘には持て余す案件でして私に相談が来ました」

「そうでしたか、それは御迷惑を」

「飛んでも有りません、この秘儀とも言える手法、売っては頂けませんでしょうか」

「私の一存では即答できませんので、後日でもよろしいでしょうか」

「はい、よき返事を期待しております」

 

やっちまった感がひしひしとする大雅であった。

 

 

 

 

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