-------------------------
なんとも言い表せられない、奇妙な感覚を感じながらゲートを抜けると、いきなり目の前に壁が見えた。
「ふんっ!」
急制動も間に合わないと判断し、両手でカートのハンドルを後手に掴み、壁に右足を踏ん張る。
「っぶねー、ふう」
カートを止めた大雅に再び空振が聞こえ、ゲートが閉じると共に真っ暗闇となる。
まずはじっと動かずに周囲を伺った。
眼を暗闇に慣らすためと音による周囲の情報収集だ。
いきなり人と出会うのも何だが、大型野生動物との至近距離での出会いは避けたい。
物音が無く、微かに外の音だろうか、鳥の声や木々の擦れる音が聞こえる。
5分ほど周囲の音を確認し終えた大雅はタクティカルグラスの左側の耳元に軽く触れ、内蔵されているライトをONにした。
50ルーメン程度の明かりだが、必要十分な明るさだ。
引きずってきたカートの上には、ごついコンテナがテンションコードのネットで固定されている、転送の確認は1時間後だ。
音声ログ機能をONにして、小声で話し出す。
「地球時間マルヒトマルゴ、現地時間は不明。
現在無事に転移した。
転移時強い表現できない様な違和感が有ったが、体の変調もなく装備と資材も無事、これから転送テストの時間を待つ間、天測装置の設置を行う。以上」
音声ログは携帯端末を経由して、半固定インベントリのメインコントローラーに自動的に送られ、インベントリを作動させるタイミングで地球に転送される。
携帯端末を取り出し、インベントリのアイコンをタップする。
カート代わりにしたワゴンにはご丁寧にも「RADIO FLYER」の文字が手書きで書かれていた事に気が付く。
著作権とか商標とかいいのかこれ、と思いながら端末を操作しコンテナのロックを解除した。
コンテナの中から天測装置とサンプル瓶数本を取り出した。
自然の音のする方向へと歩き出すと、背後でピーピーというアラームが聞こえた。
コンテナがオープンまたはアンロック状態で端末を2m以上離れると、アラームが鳴るのだった。
面倒だが、蓋を閉めロックする。
念のため、右腿のハンドガンの固定ベルトのベルクロを外し、すぐに抜けるようにする。
大雅が用意させたのはSIG SAUER社のP320というアースグレーに塗られた拳銃だ。
弾は9mmパラベラム弾を使用するフルサイズの拳銃で、17発の弾倉を持ち、軽量とは謳っていても実包をフル装填すると1kgを超えてくる。
大雅の手にしている物は、米軍にも正式採用された手動セフティレバーを追加したタイプだ。
だが大雅はよほどのことで無い限りチャンバーに実弾を入れたままにはしない、それはカバーリングや敵ともみ合いとなった場合の、暴発を考慮してのことだ。
銃を抜いてスライドを叩く様に動かせば、0.5秒以内に射撃準備が整う大雅ならではの運用だ。
実際、米国でのセルフディフェンスを教えるスクールなどでは、暴発の危険性を認識させた上で実包をチャンバー内に入れておくことを指導するところも有る。
これは、いざとなったらパニックや狼狽える素人向けの指導と言っていい。
冷静に実弾をチャンバーへと装填し、撃発するにはそれなりの訓練と慣れが必須だからだ。
出口はすぐに見つかったが、1m四方の狭い出入り口だ。
外は明るい、ライトをOFFにして慎重に周囲を警戒しながら抜け出る。
″どうやら、地球とは時間軸が異なるみたいだな″
まったく別の惑星と考えれば当然のことだ。
ビデオ機能をONにしてあたりを伺う、データは携帯端末を経由しバッチ処理でインベントリコントローラーへと送られる。
気温は低いが綺麗な緑と小鳥の声、空気は澄んでいて旨い。
サンプル瓶のコックを開け、空気をサンプリングしポケットに収める。
別のサンプル瓶の蓋を開けて、土を取りしっかりと密閉した。
「遺跡から出た。
小規模な遺跡で、周りに加工された石が転がっている。
人間や他の生物は今のところ見られない。
空気と土のサンプリングを完了、これから天測装置を設置する」
ビデオをOFFにすると平らな石柱に上り、アンカーで上に固定した。
起動すると微かな音と共に何枚ものレンズが動き出し、太陽の方を向いて止まった。
これでこちらの1日が何時間なのか、惑星の自転速度や星の写真から、地球からの距離を探すらしい。
また、この装置はeLORANというGPSの機能を提供する。
ロランの位置システムは戦前からあり、地球でも昔にGPSにとって代わられたシステムだが、GPSの脆弱性や伝搬や受信状態の限界が理解されるようになってきて、新しく開発されたシステムで、5基程度受信できればGPSの精度にも劣らない。
まあ、現在の地図自体が漫画絵の様な稚拙なモノなので、そんな正確なポジョニングシステムが有っても、猫に小判と言えるが。
地下に戻り再びコンテナを開く。
コンテナは大型の物が二つあるが、一つの全てが地形観察ドローンで占められている。
これは、小型の燃料電池と、ソーラーパネルを持っている自立飛行型ドローンで、飛行機の様な外見をしているが、高度12000mの高空を飛び地形をレーザーと多種な光学センサーカメラで撮影し地図化する。
細長い胴体と逆V字型の尾翼、そして濃紺の金属光沢がある主翼を組み立てていく。
天球の日照部分だけを飛行するのだが、流石に全図が完成するまでは1年以上かかる計算だ。
海や川、大きな山などは地図に早く反映され、月日と共に精度が高くなっていく仕組みだ。
また大雅が居る近い所から始めるようにプログラムされている。
機体の耐用期間は2年、その後は終了信号を発し自立で海洋区域へと突入していく。
いったん、ケースの中のインシュレーターを取り出した後、インベントリコントローラーを取り付け起動しては機体を受け取り、合計5機のドローンを飛び立たせた。
″インベントリは正常に機能していてよかった。これがアウトなら孤立どころかもう帰れない″
eLORANの基地局が5基以上になり、地図が有る程度できればそれ以降は壊れるまで補完GPSとして機能するようになっている。
もう一個のコンテナには、バックアップの機材や行動に必要な物資が入っている。
少し肌寒く、タクティカルベストを一度外し、アウターソフトシェルを着る。
登山用の上着のような防水性は高くは無いが、ストレッチ性は高く防風性と保温性が良い。
レインウェアはハードシェルと呼ばれるものを使用するが,透湿素材の為多少ゴワつくが行動を妨げる事無く動きは軽い。
昔のようにストレッチ性が悪く動きを妨げることが無くなったのはありがたい。
これもクリプテック迷彩でプリントされている。
コンテナには器材、予備弾薬、着替えや数日分の食料が入っている。
隙間には、インシュレーター代わりに、厚手のポリ袋に密閉されたパンがみっしりと詰められていた。
カビないよう脱酸素剤が同封されて、2年は持つ。
迷彩が施された水筒カバーを取り出し、左後の腰につける。
このカバーは、500MLのペットボトルに合わせて作られており、凍結や熱くなることを防ぐしチタン製の水筒より軽量だ。
グレネードをタクティカルベストに1個と、スタングレネードを1個付けた。
スタングレネードは訓練された現代兵士には、まったくの無力だが、動物やこちらの世界の人間には、十分に有効だろう。
アサルトライフルに取り付けるグレネードランチャーや、小型コンロのメスキット、ファーストエイドキットでは対応できない医薬品や医療器具も取り出した。
「なんだこれ」
大雅は手の大きさほどの革袋を見つけた、持ち込む器材にはこんなものは無かったはずだ。
持ち上げてみるとずっしりと重い、いや、正確に言うと大きさにしては異常に重い。
中を開けてみるとインスタントラーメンの袋がびっしりと見える。
取り出してみるとまた袋が見える。
次々と袋から出すと、50袋も出てきた。
これはサブリナの言っていた「魔法の革袋」という物なのだろう、こちらの世界の謎技術の一つだ。
袋に手を入れてみると、肩まで入れてやっと底に達した。
自分の見た目には肩から腕さっぱりと消え肩に革袋が乗っている状態だ。
「宴会芸では受けそうだな」
手に固いものと、紙の様な物が触れたので取り出してみる。
1Lのペットボトル醤油と、100gほどの胡椒と塩の容器だ、胡椒はミル付きとなかなか芸が細かい。
1Kgの味噌も入っている。
メモ紙に書かれた手紙を読むと
##
タイガへ
胡椒と塩はそちらでも手に入るけど、ミソは無いの、日本が恋しくなったら食べてね。
あと、ゴミの少ない私のお気に入りの袋インスタントラーメンを、何種類か入れておいたわ。
ちなみにこちらの世界のゴミは、確実に焼却処分してとの旦那からの伝言よ。
サブリナ
##
と、けっして達筆では無いが、丁寧な日本語で書かれていた。
こういうサプライズはありがたい。
しかし、インスタントラーメンは期限も有るし、早めに食べてしまった方がいいだろう。
インシュレーター代わりに、隙間に詰められていたパンのパックはかなりの量に上った。
革袋に戻し、残りの器材と物資を取り出す。
最後に近距離用ドローンを取り出し、空っぽになったコンテナの3角に半固定インベントリのプリズムと最後の角にコントローラーを取り付けた。
ポケットからサンプル瓶を取り出しコンテナに入れ、携帯端末のデータ転送を行う。
蓋を閉めロックし、携帯端末のインベントリアイコンから転送をタップした。
少しすると、赤くなったプレゼント箱の絵がグレーに変わり、しばらくすると今度は青く変わった。
物が送られ、そして届いたことを示す。
蓋を開けてみると、別の革袋に入った10本ほどの500ccの水が入ったペットボトルが入っていた。
ラベルは全て剥がされていてメーカーやブランドは解らないがボトルやキャップの形状からコンビニに良く置いてある物だと判る。
水の確保が確定していない現在、貴重な水だ。
飲み終われば押し潰して格納できるし、最悪水筒代わりにも使用できる。
パンを1つとドローンを持って外へと向かう。
サブリナの話では村まで1キロちょっと、近くに小川が流れているはずだ。
パンをかじりながらタクティカルグラスに地図を映し出し、周囲を眺める。
″おいおい、全然聞いていた場所らしきものは見えんぞ″
まだ地図ではなんのランドマークも見えないが、じっと見てると少しづつ詳細な地図に変わっていっているようだ。
どうせなら、ジャムやマーガリンも入れてくれればよかったのに、と思いながらドローンの準備を進める。
今のマップは地図と言っても、サブリナの記憶を基に作られたもので、縮尺や位置は正確な物ではない。
国間の大まかな位置関係や、首都を確認する事はできるが、それ以外は大きな町が乗っている程度で、小さな村の名前などはない。
「えっと、周囲には煙も家屋もみあたらず、ついでに川も見当たらずと。
こっちが山脈の方か?」
地図で西に有るはずの山脈の方を見ても見当たらない、つまり山脈から少なくとも、100キロ以上離れているか、違った場所へ転移してしまったという事だ。
携帯端末の方位計を起動し、確認すると幸いなことに地球と磁北は同じ様だ。
代わりに東側に大きな山脈が見える、これから考えられる事は、
①地球とは方位が同じとは限らない。
②地図が間違っている。
③違った場所に転移した。
の3つだ。
①は時間が経てば、天球計測と時期計測が進み、問題は解決する。
②も時間がかかるが解決する。
③については、もうすでに起こってしまった事で、どうにもならない。
タイガはヤレヤレと頭を振ると、ドローンをONにして空へと放った。
ここではGPSも無いので、常にコントロールし続ける必要がある。
自動リターンも望めない。
その代わり無線ビーコンマーカーが搭載されていて、見失ったりバッテリー切れ、電波受信不良では、その場で自動着陸し、ビーコン信号から後で回収可能な仕様となっている。
タクティカルグラスに写る情景を見ながら、どんどんと高度を上げ、ゆっくりと旋回を行う。
「村だな・・・東に5キロ先か・・・近くて助かるよ」
藪漕ぎは慣れたものだが、やはり体力を消耗させる。
一般人には5キロの藪漕ぎは大変なことだが大雅にとってはたいした障害にならない。
グラスに表示される距離から、サブリナの話していた遺跡ではないことが確定する。
しかし、近くの別の遺跡の場合も考えられる、思い込みは危険だ。
ここを拠点としても良いが、情報の収集やなにかと生活する上で大変だ、大雅はドローンを戻しパックパックに畳んで入れた。
一旦、地下に戻りコンテナに調査に不要な物を格納すると、村へと出発した。
1キロ手前に村を一望できる高台があり、そこへ上る。
途中シカやウサギを多数見かける、サブリナの話では、たまに熊も居るようなので気が抜けない。
大型種の熊の場合、低威力の拳銃はもちろん、フルメタルジャケット弾を使用するアサルトライフルでも、急所に当たらない限りは、数発ではとても動きを止めることは出来ない。
サブリナ女史の話から、グリズリークラスの熊が生息している事は明白だ。
アサルトライフルをフルオートで撃っても距離によっては当たるのは7割程度、森やブッシュの中で素早く動く動物は難しい。
できれば大型獣は出会いたくない相手だ。
熊や大型イノシシの場合、ソフトポイントと呼ばれる鉛だけの弾を使用するのだが、多発を撃つアサルトライフルではこんな弾は無い、有ってもすぐに銃身の清掃が必須になってしまう。
。
海外では、これを防ぐためにホローポイント弾と言う鉛玉を真鍮でカバーした弾があるが日本ではあまり需要が無く輸入量も少ない。
かと言って、こちらの鎧などの防具が、どれだけの防御力を持っているのか判らないため、ホローポイントをアサルトライフルの日常弾として使用するのは、トラブルのリスクがある。
アサルトライフルに使用される弾頭は、通常フルメタルジャケットという鉛を完全にカバーした弾頭だ。
まして、AKMSに使用する7.62x39㎜の銃弾は薬莢も鉄、弾頭も鉄心に鉛を被せ、その上から銅のジャケットが被せられたフルメタルジャケット弾だ。
鉄製弾芯であることから徹甲弾と誤解されることがあるが、鉄より高価な鉛の使用量を減らすことが目的である。
とはいえ実際の性能面でも、7.62x39mm弾はカービン弾ながらフルサイズ小銃弾である7.62x51mm NATO弾(鉛弾芯銅コート)に匹敵するほどの貫通力を有しており、ボディーアーマーで身を固めた相手にも有効性が高い。
薬莢自体にもテーパーが掛かっていて、これが薬室との摩擦を抑え装填・抽筒を容易にしている。
その代わり、弾倉が"バナナマガジン"と呼ばれるほど、ひん曲がった独特の形になってしまう。
弾も今でも潤沢に供給されている。
決して共産圏だけでなく、米国でも安く手に入る。
それは、アフガニスタンやイラクの軍隊をアメリカが再建支援しているためで、これにより大量の7.62x39mm弾が発注されたことによる。
現在でも、アメリカ市場においても、最も安いライフル弾であることに変わりはない。
双眼鏡で村を見ると、煙が一切見えない。
太陽の高さからして、丁度朝の時間帯なのに、煮炊きの煙がまったく見えないというのはおかしい。
「まさかガスコンロが有るとか?」
頭を振ってつまらない妄想を消し、再び歩き出す。
ときおりウサギやイタチの様な獣が驚いて、走り去っていく。
クリプテック迷彩が余程効果を発揮しているのか、動物はよほど近くに寄らないと気が付かないようだ。
鹿の様な生物に、触れる距離まで近づけるのは驚きだ。
この迷彩は、くっきりとした鱗模様やぼんやりとした図柄と、普通の迷彩柄などが混ざった最新の迷彩で、動いていた方が、止まっているより迷彩の効果を発揮するといった特徴を持つ。
森や林、岩場などはちょっと離れると見つけるのが非常に困難な上、動いても余計に見つかりにくくなるなど、ちっょとした光学迷彩に近い効果だ。
2時間ほどをかけて慎重に村に近づき、ドローンを放つ。
様子を見るとどうにもおかしい。
村人と見られる遺体が4つ、剣と簡易な鎧で武装した者が5名、村の中央部に座っている。
馬は確認されただけで6頭。
村人と思われる姿は無く、どこかの家から持ち出してきたのか、鍋から手づかみで食べている。
数名は光沢のある瓶と思われるものから、何か飲んでいた。
誰がどう見ても盗賊である。
遺体は、男性が三名、女性が一人だ。
ドローンの収音マイクをONにして話を聞く。
このドローンは、羽根が薄い水色の透明樹脂で、なおかつ低回転で十分な揚力が得られるよう大き目だ。
これは低騒音化の効果を狙って開発されたものだが、省エネルギーの副次的効果ももたらした。
強風では使えないが、標準状態なら60分ほど飛び続ける。
「頭ぁ、こんなシケた村、とっとと移動しましょうや」
「まあ、まずは腹ごしらえだ。
それに捕まえた娘を売り飛ばす。
くそ、村人の逃げ足がこんなに早かったとはな。
金やお宝は無かったが、娘を売ればいい金になる。
間違っても傷つけたり手を出すんじゃねえぞ、わかったかダンド。
殴ったり、犯して傷物にしたら、てめえの分け前は無しだ。
明日には街に向かう。
金も溜まったし町で豪遊だ」
思っていたよりもクリアな音声が聞こえた。
「あの娘は、そこで売るんで?」
「ああ、知っている娼館にな。
売っ払うにはちょっと勿体ないが、初物の娘ならいい金になるだろう」
大雅はショットガンに00(ダブルオー)パックつまり9粒弾のショットシェルの初弾を送り込んで背中に戻した。
ドローンを戻し、盗賊たちの死角から、静かに村へとスネーキングで侵入する。
窓から中を確認していくと、一番大きな家の柱に縛り付けられている娘を見つけた。
顔が殴られた時に出来たと思われる切り傷だろうか、頬から少し血が出ている。
娘が気が付いたが、大雅は指を自分の口に当て、じっとしているようにジェスチャーを送った。
頭のいい子なのかコクリと頷いた。サインが通じてほっとする。
右側のホルスターの固定を外し、背中の左からショットガンのレミントンM870MCSを手に持つ。
アサルトライフルを使わないのはもし隠れている村人が居た場合に二次被害を防ぐためだ。
大雅が使用するのはM870MCSブリーチャーと呼ばれる銃だ。
10インチの銃身、ストックは無くドアのブリーチングや屋内の戦闘に用いられる。
装弾数が4発+1発と少なく、威力も18インチのフル銃身より、がっくりと落ちるが至近距離では十分な殺傷能力を持つ。
ショットガンの場合、狭い場所での取り回しを考慮したのと、持ち運びの利便性を考えた結果だ。
ショットガンなら100mも離れれば殺傷効果は少なくなる上、200mでは当たっても痛い程度で終わる。
まあ、9粒弾の場合はかなり殺傷能力が残ってはいるが、それでもハンドガンやアサルトを使用するよりは安全性が高い。
M870MCSにはコンバートできる14インチ銃身のタクティカルショットガンもあるが、室内や近距離戦闘での取り回しは10インチに軍配が上がる。
しかもこの銃は、コンバートキットで最大18インチの銃身まで伸ばせると言う、汎用性に富む。
まあ、イザとなればハンドガンも有るので心配は無い。
「おしっ、状況開始っと」
ショットガンを肩に担ぎ堂々と歩いて、盗賊に近づいた。
「何だ? てめえ」
「お前たちは盗賊か?」
「それがどうした。てめえ珍妙な恰好しやがって、何もんだ?」
「通りすがりの旅人だ。一つ提案がある。
有り金全部と馬を置いてとっとと失せろ、今持っている武器だけはくれてやる。
そうすれば死人はこれ以上でなくて済む。
理解できたか?」
「なんだと? 馬鹿かてめえは。
おい、コイツぶっ殺せ、逆に身ぐるみ剥いでやる」
「バカだなぁ、てめぇ、剣もなしでその棒っきれで勝てると思ってんのか。
げひゃひゃひゃ」
剣も持っていない大雅を見て、盗賊たちは嘲笑った。
どうやらこちらでは銃は武器と見られないらしい。
「はい、正当防衛いただきました。警告はしたぞ」
大雅は落ち着いた声で言った。
盗賊たちは剣を抜き振りかぶってきた。
大雅から見れば隙だらけで、避けるのも造作ない。
素人が力任せに振るう剣は、速度も遅く見切りやすい。
一人目を横に軽くかわしながら、ショットガンの銃把を後頭部へ叩き込む。
「がへっ!」
二人目に向かってショットガンを放つ。
ドンッという音共に、1Mという至近距離から放たれた弾丸9粒が、全弾頭部へと当たる。
頭はザクロの様に開き、脳やら脳漿が盛大に飛び散る。
そのままローリングしながら距離を取り、排莢と装弾を行いながら盗賊達から距離を取る。
至近距離の散弾は凶悪だ。
「コイツ魔法を使うぞっ! 気を付けろ!!」
「まだ、やる気満々か? 阿呆ども」
「うるせぇっ! ぶっ殺す!」
ドンッ「ぎゃぁっ!」
シャコッ、ドンッ「くぎゃっ」
シャコッ、ドンッ「・・・・」、シャコッ。
続けて三人を倒す。
すぐに銃の左側に付けてあるプラクリップから、チャンバーに弾を給弾しながら大雅は言った。
「さあて、後はお前だけだ、お祈りの時間なんてやらんぞ、俺は優しくないからな」
カシャンと剣を落とす音がして、盗賊は剣を落とした。
しかし、足の甲の上に剣を落としているのを大雅は見ていた。
「わかった、降参だ。村は出ていく」
大雅はまだ構えていたショットガンを下した。
盗賊の頭は足先で剣を跳ね上げ、切りかかろうとしたが、大雅の放った銃声とともにひっくり返るように倒れた。
「ショットガンってのは、構えて無くても至近距離なら当たるんだよ。マヌケ」
気絶させた盗賊の顔に、水筒の水を掛ける。
「気付いてんだろ?
起きろ。それとも腹に一発食らいたいか?」
「わ、わかった、殺さないでくれ」
生き残りの盗賊に金を集めさせる。
「お前には二つの選択肢がある。
一つは村人に引き渡す。
吊るされるだろうなぁ。
あと一つは、武器無し馬なしで出て行け。
どっちがいい?」
「村人に突き出すのは勘弁してくれ、間違いなく吊るされる。
出ていくのは良いが、せめて武器はくれ。
獣からさえ身が守れん、頼む」
「仲間の死体が見えるか?
あんな姿になりたくなかったら必死で逃げろ、そして二度と近づくな。
次に見かけたら必ず殺す。
剣は1本だけやる、すぐに立ち去れ」
「ひっ、ひぃぃぃぃ!」
盗賊は剣を掴むと全速力で逃げていった。
集めた金を見てみると、どうも意匠がバラバラだ。
ポケットのオレン金貨と見比べても、大きさも図柄も別物だ。
「これもオレンの硬貨なのか? よくわからん」
念の為ショットガンを構え、大きな家へと入っていった。
室内に入ると調光がOFFになり、殆ど透明へと瞬時に変わった。
このバリスティックグラスは、普通の調光レンズが物理化学的に紫外線に反応しているのに比べ、液晶を応用したものだ、そのため瞬時に変わる。
柱に縛られている少女は、年の頃は見た目12歳ほどだろうか、怯えた目で震えていた。
「怖がらなくていい。
今から縄を外すから暴れたり大声で叫んだりしないでくれよ? 判るか?」
大雅は左胸のコンバットナイフを抜くと、少女が縛り付けられている縄を切った。
「怪我をしているな、良ければ見せてみろ」
大雅はバックパックからファーストエイドキットを取り出すと、頬の傷をペットボトルの水で洗い流しモイストヒーリングテープを張り付けた。
少しやせ気味ではあるが、結構な美少女だ。
「これでいい。
これは張ったまま剥がれるまで剥がすな。
自然に傷もなく治る」
「ありがとう・・・」
「何があったか教えてくれるか」
「昨日の夕方、盗賊たちが近づいてくるって、畑仕事をしていた人から知らせがあったの。
村人は、わずかな貴重品と馬を連れて逃げたわ。
私も逃げなさいって言われたけど、残る両親と大人が気になって、納屋に隠れていたの」
「あまり利口な判断とは、言えないな」
「わかっているわ。
でもたった4人で盗賊と話を付けるって・・・、父と母は村の大人一人と叔父でこの村に残ったの。
そしたら・・・罵声と剣の音、悲鳴が聞こえて・・・私怖くなって・・・・震えてたら、馬が暴れたため、見つかってしまったの」
「そうか、残った村人は君を除いて全部で4人か?」
「ええ、父と母、それにこの村のケイリックと隣村のザインドおじさん。
その4人よ。
ザインドおじさんは、昨日チーズを届けに来てくれたの。
そのまま家に泊まって、今日帰る予定だったのよ」
「そうか、気の毒だが4人はすでに殺されていた。仇は取ったがな」
こういう状況の場合、早いうちに事実を認識させた方が良い。
そう大雅は判断した。
「あなたはウイッチャーなの?
お礼をしたいけど全て奪われたわ。家族の命さえも。
好きな物を持って行っていいわ。
報酬無しでウイッチャーは、仕事しないって聞くし」
「報酬は不要だ。
それに俺はウイッチャーじゃない。
ほら、盗賊から奪った金貨だ。
少ないだろうが村の復興に使うと良い。
この村の責任者はだれか、教えてくれるか」
「責任者は私の父だったの。
え、こんなに? すごいお金・・・」
「そうか、それは気の毒だったな。
金は盗賊から奪ったものだ、気にするな」
「父さんたちを焼かなきゃ・・・・」
「葬儀とかはしないのか?」
「ここでは遺体が腐る前に焼くの。
でないと死臭がグール達を呼び寄せてしまうから」
「そうか・・・手を貸そう」
「多分だけど、もうすぐ村人が帰ってくるわ、そうしたらお願い」
大雅は村人4人を一つ箇所に集め、盗賊の死体4体も広場に集めた。
散弾銃で頭が爆散した死体はグロいが大雅にとっては懐かしいものだ、中東ではもっと凄惨な死体を敵味方問わず見続けていたからだ。
少女は父と母の亡骸にすがり、静かに泣き始めた。
ちょうどその時、村人の一人が帰ってきた。
「村を救ってくだっさったんかね、ウィッチャーさん」
「俺はタイガだ。
旅をしていてここを通りかかった。
そしたらこのありさまだ」
「村おさは俺たちが焼いて埋めるよ。
盗賊は焼いちまうから、好きな物をもって、とっとと村を出て行ってくれんかね」
「ちょっとまって、その人はウイッチャーじゃないわ。
お金もとらなかったどころか、盗賊から奪って村の為にって全て渡してくれたのよ!」
少女が強く拳を握りしめ、厳しい顔で立っていた。
「そうだったんか。
そりゃすまなかった。ロアナも無事で何よりだ」
「父さんと母さん、そしてザインドおじさんは帰ってこないわ。
陽気なベッツさんもね」
「一つ聞きたい、避難指示は村おさの指示だったのか?」
「ちがうわ、村は半分が戦おうって、父さんもそう言ってた。
でもあと半分は逃げようって。
だから女子供は逃げて、残りは盗賊と戦うはずだったの、それをこのひとはっ!
ライリーあなたが逃げるように村人に騒いだから、父さんは盗賊を説得する手段しか無くなったんじゃない!!」
どうやら少女の名前はロアナと言うらしい。
周りには何人もの大人や子供が戻ってきていた、どうやら近くの森へ逃げていたらしい。
「ロアナ、まずは死者を送り出そう。
その話は後だ」大雅はロアナを諭した。
「判ったわ・・・そうよね」
ロアナは何人かの村人と話をすると村のはずれにある広場に二つの木組みを作らせた。
大雅も手伝う。
「ロアナここでらでは、火葬が一般的なのか」
「ええ、土葬だとグールだけじゃなく、野犬が掘り返したりするから。
焼いてから埋葬するの」
「盗賊の死体もか?」
「まさか、盗賊の死体なんて埋葬しないわ、焼いたらそのままよ。
畑に撒いたりすることもあるわ。
死んでから少しは役に立つのね」
「葬儀は?」
「ここでは特に・・・・埋葬の時に親しかった人が集まるぐらい」
「構わなければ、俺の世界のやり方でやってもいいか、神に仕える者ではないが、それで良ければだが」
「ええ、お願いできる?」
井桁に組まれた台に、4人の村人の遺体が乗せられた。
大雅はロアナの家に有った度数の強い酒を持ち出し、木のコップに注ぎ遺体の前に供える。
村人が一人づつ花を手向けた後、大雅は手を合わせた。
「インナー・リッラーヒ・ワ・インナー・イライヒ・ラジウーン」
アラブ語で「我らは神の物。まこと、我らは神の許へ帰る」という意味なのだが、少年時代戦いに明け暮れ、仲間を送るたびに聞き覚えてしまった。
他の宗教の言葉は知る機会もなく、彼にとって唯一知っている死者への手向けの言葉だ。
もちろんイスラム教を信じている訳ではなく、それはキリスト教で有ろうと仏教であろうと宗教と言う物はどの時代どの地域でも、戦争や人を殺すための方便でしかないと思っている。
唱えながら、幼いころ祖父に倣った密教の印を手で結ぶ。
宗教が混ざってしまっているが、この世界に仏教もキリスト教も無い。
もちろんイスラム教もだ。
宗教を屁とも思っていない大雅ならではだ。
突然火もつけていないのに、台から炎があがる。
誰かが火をつけたのだろう。
木組みに銅の化合物でも含まれていたのか、緑色の炎だ。
周りにいる村人もざわざわとしながらも祈っている。
なぜか大雅の方を向いてだ。
緑色の炎も消え、赤い炎となりロアナや、遺族を残して村へと戻る。
「ウィッチャーさん、さっきの有り難い言葉は、どういう呪文なんさね」
「我らは神の物、誠、我らは神の許へ帰る、という意味だ」
「はあ、すげえモンを見せてもらっただ。
緑色の炎で送られたなら、正しく神の許に行っただよ。
ありがてぇ」
「まあ、死してしまえば同じだ、盗賊たちは地獄行きかもしれんがな」
「ウィッチャーさんは、これからどうするかね」
「タイガ。それが俺の名だ。
まだ暫くはここにいる予定だ。
逃がした盗賊が戻ってくるとは思えんが、念のためにな」
「それはほんとに助かるべ。
是非ゆっくりとしていってくれ。
あと、ロアナを慰めてやってくれんかのう。
同じ年頃の子供もおらんしのう。
村おさの娘なもんだから、親しくしている村人も少なくてなぁ」
「まあ、やれることだけはやろう」
「ところでタイガさんはいくつかね」
「26だ」
「そんな年なんかねぇ。
ウッィチャーてのは年寄りばっかりと聞いてたんけど」
そこへロアナが戻ってきた。話を少し前から聞いていたのかタイガに話しかけてきた。
「あんたタイガって言うんだ、私はロアナ。
村を助けてくれたばかりでなく、いろいろとありがとう」
「ロアナの嬢ちゃんや、もうすぐ日が落ちる。
しばらくは、この村を守ってくれるらしいから、泊めてやってはどうかかの?」
「ええ、そのつもり。
ちょっと荒らされちゃったけど。
村を救ってくれた恩人を無碍にはできないわ」
「俺なら、雨風しのげれば、空き家があれば構わん」
「空き家は有るには有るけど、屋根も壊れていて住めないわ。
今日の所は泊まって。それが村おさの家族としての務めだわ」
「わかった、そうさせてもらおう。
馬を一頭借りてもいいか。
ここから1時間ほどの所に荷物が置いてあり、それを取りに行きたい」
「借りるも何も、盗賊が乗ってきた馬が五頭もあるじゃない。
要らないのなら、安くて良ければ買うけど」
「あれは俺の物じゃない」
「盗賊を倒してのならあなたの物よ。武器や防具もね」
「わかった、一頭だけ貰おう。
あとは好きに処分してくれ」
「本当に欲が無いのね。
ウィッチヤーならそれだけでなく、村からも好きな物を持っていくことも有るって聞いたわ」
「ウィッチャーじゃないしね」
「でも魔法は使えるのよね。
その杖で、倒したのでしょ?」
「ああ、魔道具みたいなものだ」
タイガは村人が持っていた馬の他、鞍が付いたままの盗賊たちの馬に近づいた。
一頭だけ大柄な馬が、じっと大雅の視線から目を離さずに見返してくる。
首を撫で、耳の後ろを掻いてやると、気持ちよさそうに頭を擦り寄せてきた。
まともにブラッシングさえして貰えなかったのだろう、毛はボサボサで艶もない。
「よう。俺と一緒に来るか。
明日は川で洗ってブラッシングしてやろう」
馬はそれが判ったのか鼻面を大雅に擦り付けてきた。
「よし、今日からお前の名前はナジャムだ。ナジャム」
馬は首を上下に動かした。
大雅はナジャムに乗り、遺跡へと向かった。
馬ならば片道1時間もかからない。
ナジャムは村に居た馬を含めても一番大きく、薄墨毛と呼ばれる胴体が灰色で足や尾、鬣が黒色の馬だ。
ナジャムの体高は1.9m近い。
短い頭部、太い首、シャイヤー種やクライズデール種よりも足が太くがっしりしていることから、ベルジャン種に近い。
体重はたぶん1トンを超えてくるだろう。
馬の扱いや乗るのには、中東で嫌と言うほど慣れた。
車の運転にも慣れたのは、日本の有名なピックアップトラックのおかげだ。
荷台に鉄板を溶接するだけで、大型機銃やミサイルの発射台が載る。
故障も少なく、中東でも部品がすぐに手に入る、まさに戦闘車両のベースに向いた車両だった。
馬の鞍と腰には振り分けの革袋、つまりパニアバックが付けられている。
中には汚れた着替えなどで碌な物はなかった。
中身を近くにあった木箱に捨てナジャムに乗った。
「行くぞ、ナジャム」
暫くはここを拠点にして、移動する準備と情報収集をしなくては。
そんなことを考えながら、遺跡に向かっていたら意外に早く着いた。
馬と言うのは常歩(なみあし)という歩く速度は時速6キロほどで、人が歩くより早い。
2時間歩いて30分休みを繰り返し、1日50~60km、調子が良ければ80km程度。
これなら毎日続けても移動できる、まあ、12時間近く乗っているとこっちの尻が持たないが。
速歩(はやあし)とい速度は時速15キロほどだが、日に2回から3回、1時間程度が限度だ。
駈足(かけあし)で走らせると、30分と持たない。馬はぐったりと疲弊し、その日は使い物にならない。
襲歩(しゅうほ)という全速力では、60キロ近く出せるが5分が限界だ、つまり移動では常歩で歩かせることが、最も移動距離を稼ぐ事ができる。
それに比べ、人は時速20kmで2時間以上も走れる。
ある意味生物としても人間は、意外に持久力の高い生き物と言える。
もし、同じ距離をマラソンランナーと競ったとしよう、42.195kmでは勝敗は微妙だが100km走れば間違いなく人間が勝つ、人間は移動することにかけては動物のなかでもかなり高いポテンシャルをもっているのだ。
映画やゲームなどで延々と走らせているが、あんな事はできない、馬も生き物なのだ。
「ここで少し待っててくれ、ナジャム」
ナジャムはブルッと答えると近くの草を食み出した。
遺跡の地下に潜り、コンテナのなかにインベントリを作り、馬用のダニ取り、ブラシ、コンヨ等を取り寄せる。
これは事前に朝霞に置いておくよう話が有ったから、すぐに届いた。
此方では、馬が居る事を知っていたから、足として馬を利用する事を想定していたからだ。
ついでに馬用のシャンプーも入っていた。
カートごと遺跡から引きずり出す。
階段は土でほとんど埋まっており、車輪もついていることから、引き上げるのには造作もなかった。
一緒に持ってきていたロープを鞍に縛り付け、カートが引けるようにした。
「ナジャム、カートを引いているが大丈夫か?」
ナジャムは再びブルッと嘶く。
「よぉーし、いい子だ。
ゆっくり行こう、ゆっくりとだナジャム」
遺跡に設置した天測装置は、半径10kmほどならデータが転送されてくる、村との距離ならば問題ない。
よしんば電波が届かなくとも、データを蓄積し、範囲に入ればデータが転送される。
村に着き、一方が壁の無い簡易な馬小屋にナジャムを入れ、飼葉を与える。
やはりナジャムは体一つ大きい。
今気が付いたのだがナジャムは雌だ。
鞍を下し、ナジャムに話しかける。
「明日は体を洗いに行こう、女の子は綺麗にしなくっちゃな。
今日はもう終わりだ、ゆっくり休め」
「ブルッッ」
カートを引いてロアナの家へと向かい、カートからコンテナを下し家の中に入れた。
「おかえりなさい、何か食べる?
といっても大したものは無いけど、パンを焼こうとしてたけど失敗しちゃった。
やはりぼうっとしてたのね、パンを炭にしたなんて去年以来だわ。
スープは盗賊に食べられちっゃたし。
お肉ならすぐに焼けるけど、盗賊に粗方食べられちゃって。
蜂蜜酒か蒸留酒を薄めたもので良いかしら」
「多少の食料なら持っている。今日はそれを食べよう」
大雅はコンテナからパンのパックを適当にとりだし、少し考えて袋ラーメンも2つ取り出した。
「鍋を借りていいか」
「ええ、構わないわ」
大雅は鍋でチキンラーメンを煮だした。
昔から有る優れた食品だ、お湯と入れ物さえあれば簡単に食べられる。
最悪の場合は、そのままでも食える。
「なにか、凄くいいい匂いなんだけど」
「俺の国が発明したスープと麺が一緒になった食べ物だ。
軽く、嵩張らず栄養価も高い。
お湯に入れて軽く煮るか、器に沸騰した湯を入れて、少し待てばできる」
「へえ、便利なのね」
ラーメンの袋とパンのフィルムは、纏めて竈に放り込み、焼却する。
「さあ、出来たぞ。器はあるか」
「ええ、これで良いかしら」
ロアナは木の丼のような器を出してきた。
「さあ、食べてしまおう。暖かいうちに」
「食欲は無いけど頂きます」
結局ロアナはラーメンをぺろりと平らげた。
「昨日から食べていなかったんだろう?
パンも良かったら食べないか」
大雅はパンのパックを開けた。
「そんな透明な薄いもの見た事無いわ、で、これがパン?
ふわふわで柔らかくっていい匂い・・・」
「それも俺の国で作られたパンだ。
もう、手に入らないがな」
この世界のパンは、ライムギのパンが主流だ。
日本の真っ白で柔らかいパンは、現代の地球でも日本ぐらいだ。
「お風呂使う?」
「そうだな、頼めるか君の後で良い。
その間少しやる事があるんで、部屋を借りていいか」
「ええ、来客用の部屋があるの。
昨日はザインドおじさんが使うはずだったけど」
「ザインドさんは家族が居るのか?」
「いいえ、ずっと独身なの。
母との血の繋がりは無いけど、兄のようなものだって言ってたわ」
「そうか」
「明日、お骨になったら、三人分並べて埋葬してあげるの」
借りた部屋は12畳ほどの大きさだった。
武装を解き、ベストを外す。
アンダーシャツ一枚になり、着替えとタオル、石鹸を取り出す。
ロアナがお湯を使っている間、転送で消費した散弾、予備マガジンやハンドガン用とアサルトライフル用の弾を送ってもらう。
前もって朝霞に備蓄してもらっていた物だ。
「お風呂、空いたわよ」
「ああ、わかった。今行く」
大雅はマグプル社のFMG-9だけを持ってお湯を使う部屋へと向かった。
FMG-9は俗にサブマシンガンと呼ばれ、ハンドガンの9mmパラベラム弾を使用する銃だ。
特筆すべきなのは、その折りたたみ機構でフォールディングマシンガンなんて呼ばれている。
折りたたんで有ればちょっと大き目の筆箱程度で畳んだ状態から0.35秒で初弾が装填されると同時に展開、即座に射撃が可能となる。
展開時は50センチを超える銃床付きのサブマシンガン形状となり、重量は500gと下手なハンドガンより軽い。
17発の実包をフルに装填しても870gと非常に軽量で初速はハンドガンより長い6.5インチで初速は380m/sを超える。
機構部分はグロックを踏襲しているため信頼性も高い。
その代わり安全装置は付いていない、展開した時点で直ぐに発報可能だ。
折りたたむことによって暴発しない構造になっている。
いつもはドロップレッグホルスターというズボンベルトやピストルベルト等に上部フックを掛け、太腿にロックベルトで固定して装着している。
コンシールドキャリーつまり隠し銃器として持ち歩く場合は、そのままヒップポケットに入れるかヒップホルスターを使う。
見た目は四角いポーチにしか見えないので、銃の無いこの世界では不審に見られることは無いだろう。
この世界は、火薬はちゃんとあるのに銃や砲が無いのが不思議だ。
その代わり剣や槍、バトルアックスについては人々は敏感だ、まあ、女性でも外を出歩く時は、腰に剣をぶら下げていることが多い。物騒な世界だ。
風呂はいわばユーティリティの場所と言うか、洗濯なども行えるよう半屋外の構造だ。
風呂桶は大きな木のタライだ。
7分目ほどお湯が張っており、かなり温いが、温まる習慣はここには無いのだろう。
お湯を木のひしゃくで浴び、石鹸は無いがサイカチの実の様な植物が置いてある。
しかし大雅はそれを使わず、石鹸で体をあらう。
新しい下着に変え、シャツはアンダーアーマー社の半袖だ。
通常、アサルトスーツの下は、耐燃製のアーマーアンダーシャツを着るのが普通なのだが、着心地が大雅はあまり好きではない、ゴワゴワするし暑すぎるのだ。
アンダーシャツとは言っても、結構暖かいので寒い場合はアウターソフトシェルを羽織ればよい。
女の子の前で、下はさすがにボクサーショーツ一枚、という訳にもいかないので、アサルトスーツの下だけを履いている。
「ありがとう、すっきりしたよ」
「そう、それはよかっ・・・・」
ロアナは、見る見るうちに真っ赤になり、下を向いた。
「何かまずかったかな、この格好」
「い、いえ。なんでもないわ」
タイガが着ているのは、鍛えられた腹筋が判るほど、体にぴったりフィットしたものだった。
まるで裸像の様に、筋肉の形まではっきりと浮き出る姿に、ロアナはドキリとし、心臓の鼓動が早くなる。
「石鹸が無かったようだから、風呂桶の横の棚に置いておいた。
好きに使ってくれて構わないから」
「あ、ありがと」
「で、ここいらの事を、少し教えて欲しいんだが構わないか」
「ええ、いいわよ」
彼女の顔はまだ赤い。
「ここの国の名前、地域名なんかや村の名前を教えてほしい。
実は初めてなんで良く判らなくてね」
大雅は印刷して持ってきたA2サイズの地図を広げた。
サブリナの知識を元に、CGで作りポリプロピレン樹脂の合成紙に印刷したものだ。
溶けず、切れず、曲がり癖もつきにくいフィールド用の地図だ。
「ここは、ケイドウェンという国よ。
首都アルド・カレイからずっと北の、ウェンリッヒ川とトイナ川の合流点から、トイナ川を馬で6日ほど遡ったところなの。
村の名前はアレンウォード。
牧畜と林業の村ね。
木を切って川で町まで運び売る、木を切った後は牧草を育て牛や羊、ヤギなんかを飼うの。
少し北では春から初夏にかけて、蜂蜜を取るため養蜂しているハーフリングが、腰を落ち着けているわ。
村で養蜂の傍ら利用料として、村に1樽分の蜜と蜜蝋を届けに来るの」
「この地図だとここらへんか?」
大雅は地図を指した。
「えーっと、これがウェンリッヒ川だから・・・トイナ川をさかのぼって・・・・・
この地図には載ってないけど、ここらへんね」
″地図が読めるという事はそれなりの知識と学力を持っている証拠だ″
「そうか、思ってたより遥か東だな・・・・それで東に山脈が見えたんだ」
「ええ、この山脈は青色山脈って呼ばれているわ。
年中氷が溶けず、氷で青く見えることからね。
目的地は何処なの?」
「いや、目的地では無いが人探しをね。
そうだ、近くに女魔法使いか、ウィッチャーの話を聞いたことが無いかい」
「女魔法使いなら、川の合流点の街に一人居るはずよ。
名前は知らないけど、錬金術と薬草を売っているらしいわ。
ウィッチャーは、私がほんの子供のころ一度だけ来たわ。
目が金色で、蛇みたいな縦長の瞳が怖かった事ぐらいね。
名前は憶えていないわ。
それよりあなたの事教えてタイガ」
「俺は大雅・拝戸、名前が大雅で苗字は拝戸。仕事は・・調べたり戦う事だ」
「兵士ではなさそうね、そんな恰好見たことも聞いたことも無いもの。
普通兵士なら、鎧や剣を持っているはずだわ。
盗賊を倒した時、大きな音のする魔法を使ったわよね。
盗賊が魔法を使うぞっ、て叫んでたのを聞いたから。
苗字を持っているって事は、貴族かそれに準ずる家の出?」
「ん、魔法みたいなものかな。
正確には火薬で小さな金属の玉を飛ばす武器だ。
俺の所では、皆、苗字を持っているからな、貴族ではない」
「その武器は、私でも使えるものなの?」
「無理だな。
敵を倒せるようになるまでは、何年も訓練しないと。
どうしてそんなことを聞く?」
「あれなら、次に盗賊や怪物が出ても、村の人を守れると思ったから」
「それに銃は俺にしか撃てない。
他の者では撃てない様に作られている」
大雅は壁にかかっている弓と石弓を見つけた。
「弓ではダメなのか?」
「ああ、あれね。
父さんのお下がりを去年貰ったものなの。
猟には使うけど、当てるには15ファゾムぐらいに近ずかないと。
矢は30ファゾムぐらい飛ぶけど獲物にあたらないし、刺さらないわ」
大雅は頭の中で15ファゾムを30m弱と換算した。
「見てみてもいいかい?」
「ええ、構わないわ」
大雅は壁から弓を取ると引いてみた。
典型的なリカーブボウより、もっと古典的なショートボウと呼ばれる古いタイプだ。
引くのにかなりの力が要る上、効率は低く威力は低い、精々30m程度が射程範囲だ。
「タイガの国にも弓は有るの?」
「ああ、昔は実戦の武器だったが、いまとなってはね。
競技として残ってるぐらいかな。
まあ、弓の形は全く違うけど。
石弓はクロスボウって呼ばれていて、ほぼ同じだ。
俺の所では、弓や剣は、戦争の武器としては使用されなくなって200年以上になる」
「金属のつぶてを飛ばす武器に変わったってこと?」
「そうだ」
大雅は、この娘は頭の回転が速いなと思った。
「なんていう武器なの」
「銃って呼ばれている。
弾の大きさは、花の芽ほどの小さなものから、親指ほどの大きさのものまで様々だ。
それより大きなものは砲と呼ばれ、最大の物は、人間より大きな弾の物も有った」
「ふーん、城の城壁ぐらい崩せそうね」
「とんでもない、1発でこの村くらいの範囲が吹き飛ぶ。中には大量の火薬が詰まっているんだ」
「すごいわね。でも銃は私には無理かあ、残念」
「さて、夜も更けた、そろそろ眠ろう」
大雅は、盗賊が持っていた何振りかの剣を、インベントリに入れ転送すると同時に、狩猟用のコンパウンドボウとカーボン製で狩猟用の鏃がついた矢、練習用のアルミの矢を注文した。
剣を送ったのは、現地の冶金技術や鉱物について知るためだ。
その国、時代の技術レベルなど得られる情報は多い。
コンパウンドボウは日本で入手できるのは75ポンドほどが限界だ。
それでもイノシシや鹿程度なら鏃の小さな矢は簡単に貫通するほどの威力があり、十分に狩猟用として利用できる。
日本では弓での狩猟は許可がされていない、なのになぜか狩猟用の鏃は普通に販売されている。
頼んだのは弦の張力が調整できるもので、旅立つときにロアナに渡してもいいと考えていた。
当たり所によっては十分に殺傷能力が有る物なのに、銃刀法にも触れないという奇妙な国が日本だ。
翌朝、埋葬に立ち会った二人は、家に戻ってきた。
墓石は近くの町に頼むのだが、数か月かかるのが当たり前で、それまでは、ただ単に削った木の棒に名前が書かれ、地面に刺しておくのだそうな。
昨夜は、ロアナの泣き声がずっと聞こえていた。
外には見せない気丈さを持っているのだろう、翌朝聞いたのだが彼女は14歳になったばかりという。
この世界では平均寿命が45ほどで、20前には子供を産む。
ゆえに、15ほどが成人年齢とみられており、嫁に行くのもこれぐらいだ。
20を過ぎると、嫁ぎ遅れと陰口をたたかれる。
ナジャムを水浴びに連れていくついでに、村の人から聞いてみると周囲にはとにかく盗賊が多い。
原因は、戦争で負けた側の下級の兵士や従卒が野盗化していることが原因らしい。
しかし、大体は食べ物や酒を貰い、時には娘を乱暴し、数日で出ていくらしいのだが今回ばかりは完全に村人を殺しにかかってきているらしい。
主要な村には領主から衛兵が派遣されたりしているが、この小さな村には時折巡回してくる程度。
馬で10分ほど行くと、小川がありナジャムと降りていこうとすると、川べりに5匹ほどの身長140センチ程度の、奇妙な生き物が歩き回って、川魚やイタチの様な物を食べていた。
後頭部や背中、そして下腿に魚の様なヒレが生えている。
グラスに映し出されるモンスターデータベースと照らし合わせて見るとどうやらドラウナーと呼ばれる死肉喰らいらしいが、しっかり野生動物も採っているようだ。
50mからあっさりと5発のアサルトライフルで頭部を打ち抜く。
この生物には7.62ミリの高速弾は完全にオーバーキルだ。
音速の2倍近い高速弾は、弾の周囲に衝撃波を発生させる、柔らかい体の組織にあたると衝撃波により大きな銃創となる。
このため頭は、破裂するように割れたり大穴が開いてしまっている。
次回は、胸をねらってちゃんと頭がのこる様にしようと思った。
50mほどをの周囲に、巣があるのか見てはみたが見つからない。
仕方なくナジャムを水浴びさせ、腰の強いブラシでブラッシングしていく。
水に入れてからの方がヒヅメの内側に詰まった泥や土が掻き出しやすい。
このチェックと作業は大切なものだ。
それが終わると、ダニ取り蚤取りの為にシャンプーを掛け全身を洗い、絞ったタオルでナジャムの顔を拭い耳や股間をきれいにしてやる。
ダニも呼吸する生物だ。
気門を洗剤と水で塞がれればすぐに死んでしまう。
気持ちいいのか、顔が面白いほど百面相になってしまっている。
くすぐったそうに足を動かすが蹴ったりはしない。
賢い娘だ。
さっぱりして気持ちいいのか、うれしいのか、しきりに甘えてくる。
カプリと肩口を咬まれるが、甘噛みで痛くはない。
終いには大きな唇でハムハムと大雅の頭を舐めてくる、毛づくろいのしぐさだ。
「ナジャムよせ」
中東では人間が馬にとってリーダーの立場であり続けなければならない、と叩き込まれだ。
毛づくろい程度と舐めてはいけない、毛づくろいは馬が人間に対し、優位の立場になった時行う。
だからこちらがブラッシングで毛づくろいしてやっても、けっして馬に毛づくろいを人間に対し、させてはならないのだ。
ナジャムは不安そうな目で訴えてくる。
「わかっている、だが主人は俺だ。判るかナジャム」
頭を擦り付けてくる程度の甘えは良いが、甘噛みや毛づくろいは許してはいけない、人間が馬にとって、リーダーの立場であり続けなければならないのだ。
周囲を軽く警戒しながら、ナジャムに新鮮な草をたっぷりと取らせる。
一緒にパンを齧って昼飯代わりにした。
午後からはナジャムに載せられていた、振り分けバッグの掃除だ。
土埃、枯草のかけら、訳のわからない虫の死骸など汚い状態だ。
全てひっくり返して中身を空にすると、太陽光で虫干しをする。
この振り分けバッグは、サドルバックというより、パニアバックと言う方が近い大型のものだ。
鞍と馬体の両方に固定するバックなら、その上部にコンテナを固定することも難しくはない。
コンテナを馬の腰の上に固定するには、縦に積めばパニアバックを開け閉めする邪魔にはならない。
鞍に取り付けるライフルホルダーが欲しい所だ。
後でオーダーしておこう。
さすがに軽量な銃とはいえ、背中に2丁も背負って旅を続けるのは辛すぎる。
ナジャムの背幅や背長を測り、写真データとともに転送し既製品かオーダーしてもらえるよう依頼する。
回答はすぐに帰ってきて、結局オーダーとなるようだ。
長時間のライディングと、荒れた天候も考慮して作ってくれるらしい。
製作には1カ月ほど必要だとの事だ。
ついでにパニアバッグ用にと、テフロンの撥水スプレーも依頼しておく。
届いたコンパウンドボウは、20~70ポンドまでドローウェイトを可変できるものだった。
30ポンドならロアナでも引けるだろう、壁にかかっていた弓が30ポンド程度のドローウェイトだったからだ。
届いたコンパウンドボウは十分に狩猟に使えるもので、矢も狩猟用の鏃がついたものが60本ほど入っている。
競技用のカーボンのものだが矢は消耗品だ、当たって動物が暴れればアルミの様に曲がったりしないが、折れたり使い物にならなくなることが多い。
矢先の鏃はポイントチップと呼ばれる競技用のものではなく、狩猟用のものが付いていた。
本当に、なんでこんなものが日本で手に入るのだろう、狩猟は禁止されているのに不思議だ。
アームガードやアローバッグも同梱されている。
「ねえ、明日村で狩りに行くらしいんだけど、タイガはどうする? 行ってみる?」
「狩り専門は居ないのか?」
「去年までは居たけど、年で引退したのよ。
今では隣の村で、息子夫婦の世話になっているわ。
だから、去年から村の有志で、狩りを定期的にしているの。
じゃなきゃお肉手に入らないしね。
兎程度じゃお肉も1家族分程度だし、そもそもなかなか狩れないのよ。
鶏は、食用とするほど育てていないしね」
「ロアナも行くのか?」
「ええ、村で盗賊に勝ったお祝いと、亡くなった人のお別れ会を兼ねているみたい。
鹿も狩りたいしね」
「わかった、近くに盗賊が居ないとも限らん、ついていこう」
翌朝、右腿にハンドガンだけを付け、念のためAKMSを背中に持つ。
アサルトライフルのAKMSは、AK47という当時ソ連で開発された突撃銃の発展型だ。
世界中で改良や特化型のタイプが無数にあり、最も小さな大量破壊兵器と比喩されるほど世界中で戦いに使用されている。
大雅が持つものは銃好きのアメリカ人が米国の技術を使い、米国で作られたAKMSのコピーだ。
AK47のストックを折りたたみとし、ロシアでは木製のフロントグリップや、銃把がグレーの樹脂製に変更されている。
それに加え、上部のピカティニーレールが追加されている為、西側で開発されたパノラマサイトなどのアタッチメントが付けられるようになってた。
至近距離では使いやすいが、400m程度まで使えるよう4倍のブースタースコープが付けられている。
これはワンタッチでパノラマサイトの手前に入れられ、一瞬にして倍率の無いパノラマサイトが4倍のスコープとなる。
至近距離から400m程度をカバーできる、銃自体が有効射程が300m程度なので十分な性能だ。
コンパウンドボウは、背中に装着するアタッチメントが付けられていたので、70ポンドの最大値に調整して背中に装着した。
70ポンドのコンパウンドボウの威力はどのぐらいかと言うと、アルミのフライパンなら簡単に貫通する。
威力的には22LRで撃つライフル並みの威力だ。
これならドローウェイトを、30ポンドほどにしても22口径ショートより威力は高い。
弓は中東でよく使用した。
忍び込んでターゲットを殺すには、音の出ない弓が最適なのだ。
しばらくぶりのため、出かける前に試射したが、昔の感覚はすぐに戻ってきた。
4人ほどの村人と共に、緩い丘陵に向かって馬を30分ほど歩かせ、木がまばらに生えている場所に来た。
「ここからは、歩きさね」
リーダー役の村人は、指をさして歩いていく方向に向かった。
ロアナは俺と一緒に狩りをすることにした、複雑な形をしたコンパウンドボウの事を、しきりに聞いてくる。
「この弓は、コンパウンドボウと呼ばれる機械弓なんだ。
弦を弾く強さを重くしているが、軽くすることも出来る。
今日早く帰れたら試してみるか?」
「うん、いいの?」
「ああ」
灰色のウサギが、数匹50mほど先に見える。
じっしていると、草を食べている1匹が群れから離れだした。
矢をつがえ、距離からドロップする事を計算して、兎の頭部を狙う。
ブッ、 矢が走り兎の頭部を貫通し、地面に突き刺ささり獲物は固定された。
ロアナを手招きし、近くに寄せた。
「すごいのね、この距離で仕留めるなんて」
兎は矢に頭を縫い止められたまま即死していて、他のウサギは気が付かずに草を食んでいる。
「ロアナ、もう少し近づけば射れそうか?」
「そうね、でも逃げちゃうかも」
「俺の後ろに隠れるようについて来ればいい、俺の服は迷彩と言う柄で気が付かれにくい」
「わかったわ」
30mほどに近づき、ロアナは大雅の体を盾として矢をつがえた。
射ると同時に次の矢をつがえる。
ロアナの放った矢は、兎に当たった物の、背に刺さり猛烈な速度で走り出した。
大雅はすぐさま矢を番え、矢を放った。
矢は兎の背を貫通し地面に縫い付けたが、それで他の兎が驚き、一斉に森の深くへと走り出した。
「うーん、やっぱりこの距離は厳しいな。
でも採れた。
タイガのおかげだよ、いつもなら気が付かれて逃げてるもの。
警戒心も強いし、素早いからなかなか獲れないのよ」
兎が警戒している場合、矢を放っても素早く移動されてしまうので、なかなか当たらない。
無警戒の兎に近づくには、迷彩は必須だ。
「まあ、とりあえず2羽は取れたな」
それからさらに10羽ほど兎を取り、一度馬を待たせている場所に戻る。
村人は居ないので、血抜きに首を落とし、木の上に吊るした。
「この弓私にも使えるかな」
「ああ、ロアナが使っている弓と同じぐらいの引きに調整できる。使ってみるか?」
「いいの?」
「もちろんだとも」
大雅はポケット工具でドローウェイトを30ポンドまで落とす。
ロアナの体格だと、ドローレングスも少なくなるので、それも調整しなければならない。
「どうだ無理なく引けるか?」
「私の弓とおんなじだけど、引ききるとすごく軽くなる。どうして?」
「それがこの弓の特徴だ、弦を引けても、その位置で狙いを定めると震えるだろう?
だからこの滑車と構造で、引ききった時に半分以下の引く力で保てる。
それでも、ロアナが使っている弓に換算すれば、倍くらいの強さの弓を使っていることになる」
「魔法の弓だわ! 早く射ってみたい」
「よし、もう少し奥へ入ってみよう」
林の奥へと進んでいくと村人が慌てて走ってきた。
「逃げろ!! 熊だあぁ!」
「ロアナ、村の人と馬まで戻れ!」
大雅はAKKSを背から取り、初弾を送りこみセーフティを解除した。
ショットガンも10インチ銃身のままだし、スラッグ弾の準備もない。
「だめっタイガー、逃げよう!」
「俺はここで迎え撃つ、大丈夫だ」
「なら私も残る!」
迷ったり説得している暇はなかった。
「決して俺の前に出るな、いいな」
今日はAKMSにはサプレッサーは取り付けていない、きっと盛大な音がする事だろう。
ロングバレルのショットガンを、持って来なかった事が悔やまれる、あれなら親指ほどもあるスラッグ弾が使える。
威力は18インチも銃身がある普通のショットガンより、大分落ちるがAKMSの7.62ミリよりはマシだろう。
3人目の村人が逃げてくる後ろから、巨大な毛玉のような熊が追いかけてくる。
数本の矢が体に刺さったまま怒り狂っているのは明白だ。
大雅はフルオートに切り替え、頭を狙って放った。
ダダダダっ!
一瞬にして熊はもんどり打って転がる。
あっという間にマガジンが空になる、新しいマガジンで空になったマガジンを手前から叩く様に落とし、新しいマガジンを入れ、コギングレバーを動かし、初段をチャンバーに送り込む。
熊は体を痙攣させているが、仕留めた事を確認するまで近寄っては危険だ、最後の力を振り絞り反撃してくることが有るからだ。
背中側から近づき、後頭部からさらに2発打ち込み、脳を破壊する。
AKMSにセーフティをかけ、背中へ戻しハンドガンとナイフで熊に近づく。
おおきい。
優に北海道のヒグマと、大きさは変わらない。
完全に熊が息を引き取っている事を確認してから、この獲物をどうやって持ち帰るか悩んだ。
少しすると村人が戻ってきたので事態を聞いてみると、鹿を狙って奥に入ったものの、熊と遭遇してしまい、矢を射ったが熊が逆上して追いかけられたの事。
「村人がもう一人いたはずだが、どうした」
「逃げるとき足を挫いてたようだ、そのまま残してきた」
「熊には襲われなかったのか?」
「熊は、そいつには向かって来なくて、矢を射った俺たちの方へ向かってきたんだ」
「よし、ならば俺に一人案内役として付いて来てくれ。
ロアナ、村人と一緒にここまで、馬を連れてきてくれ」
「そうね、これだけの熊だもの。
食料として十二分だし、毛皮も高く売れるわ」
村人と二人で奥へと入ると、500mほど入ったところに、一人の村人がうずくまっていた。
「大丈夫か」
「ああ、ひでえ。
置いていくなんてよぉ。
おかけで足が折れちまったかもしれねぇ」
足を見てみると、幸なことに折れてはいなかった、たぶん捻挫だろう。
「大丈夫だ、折れてはいない。
だが痛みが取れるにはしばらくかかるな」
近くの枝を切り、添木にしてテーピングで固定する。
「これで、そんなに痛みもなく、多少は歩けるはずだ」
村人が手を貸し、熊の場所へと戻ると、ロアナたちはすでに馬を連れてきていた。
「おお、無事だったか」
「おうよ、でも、ひでえよ。
置いて行っちまうなんて、なんて心細かったか」
「でも、ああしないと、今頃お前さん食われてたかもよ」
「ウィッチャーさん、どうやってこんな大きな熊仕留めたんだ。
大きな音がしたけど魔法か?」
「まあ、似たようなものだ、それよりこの熊どうするんだ」
「まあ、置いていくにはもったいねぇ、キモも大切な薬だし、解体するよ。
でないと持って帰れないしな。
問題は、捌いてもこの人数で持っていけるほど、軽くはねえってことかな」
熊は優に500kgは有ろうかとみられ、解体しても200キロ以上になるだろう。
「じゃ、俺は一旦戻りカートを持って来よう、その間、解体を頼む。
ロアナ、その弓で警戒をしてくれ。1時間ほどで戻れる」
「判ったわ、それとこの弓もう少し強くしてくれるかしら」
大雅は40ポンドにドローウェイトを変更し、ロアナがちゃんと引ききれるか確認してから渡した。
村まで戻りカートをロープで引きながら戻った。
今度はショットガンも持ってきている。
「戻ったぞ」
「おうっ、ウィッチャーの旦那、あと少しで解体が済む、ちょっと待っててくれ。
内臓や骨は窪地が有ったから、そこへ埋めこんで草を被せて埋めれば、グールも来ねえ」
「これを仕留められたのはアンタのおげだよ。今日は祭りだなや!」
「飲むぞぅ、食うぞぉ!」
「ウィッチャーさん、熊の皮とキモは村で買い取ろう。
あんたが仕留めた獲物だ。
肉も分けてくれると助かるが」
「構わんぞ、肉も毛皮も肝も村に提供しよう。
解体してくれたお礼だよ」
「いいのかい、欲のねえ人だなや」
「村に暖かく俺を迎え入れてくれた礼と思ってくれればいい。
さて、肉はカートに積んでくれ。
板も一緒に村から持って来たから、カートに柵のように付ければ、乗せられると思う。
そうだロアナ。兎を下してくれ」
「うん! わかった」
「おお、兎も獲ったのかって・・・12羽もか。すごいな」
「シチューにするとおいしいわよね」
村に帰ると大騒ぎとなった。
なにせこんな大きな熊は、数年ぶりだそうだ。
専業の猟師が居なくなってからは、村人だけで狩りを行い、大きくても鹿程度が限界だった。
鹿も矢では、何キロも追いかけ、弱るのを待たねばならず、年に数頭ほど獲るのがやっとだったという。
それ以外は、年老いた牛や山羊、卵を産まない雄鶏や置いた鶏が、肉源としては精々だった。
兎もその素早さからは中々獲れず、肉はギリギリ月に1回食べれればよい方だと言う。
それでも、この村はマシな方で、飢えが無いだけいいという事だった。
村人が持ち出してきた金属棒を渡した下で、盛大な熾火が焚かれ肉が焼かれる。
もちろん、食べきれる量ではないので多くは加工肉へと回された。
干し肉に加工するためだ。
兎も皮を剥がれ、肉に加工される。
村人全てに行きわたるシチューと、熊肉のステーキがふるまわれた。
何処にあったのか、結構な量のワインや蒸留酒が出され、村の広場は完全に祭りの場と化した。
大雅もワインを少しもらうが、元々酒はあまり好きではない。
「さあっ! パンも焼けたよぉっ ウイッチャーさんも、たんと食っておくれ。
ウチの宿六が生きてたのも、あんたのお陰さねぇ。
足挫いた程度で、ギャアギャアうるさいのなんのって。
でも助けてくれてありがと。あんなもんでも、アタシにとっちゃ大事な旦那だからねぇ」
「折れてなくて何よりだ、今日は酒は飲まさない方が良い、腫れが酷くなる。
あとで張る薬を届けよう」
「ホントにいろいろと有り難いよ。
ずっとここに居てくれないもんかねぇ。
ほら、ロアナだって去年、隣村の許嫁が亡くなってから元気ないようだし」
「ちょっと! 何言ってるのよマリーさん。
あいつとは、親が勝手に決めたことだし、あまり好きでもなかったわ。
煩いし、見栄っ張りだし、村おさの息子だからって威張ってるし、いいとこ無いじゃない。
死んだのは気の毒だけど、自業自得でしょ?
崖の鳥の卵を取りに行くって、落ちて死んだんだから。
結婚してからだったら、私未亡人になるとこだったわよ」
「なら、このウィッチヤーさんとなら・・・そうか、子が出来ないんだっけね」
「俺はウイッチャーなどではないぞ。普通の人間だ」
「そうね、顔も青白くないし、目だって普通だわ。
ウイッチャーみたいな非人間族じゃないわ。
武器だって銃っていう、金属玉を飛ばすものだし」
ロアナが顔を赤くして話し出す。
村人の女性の口がにやりとする。
「じゃあ、とっとと捕まえておいた方がいいかもね。
アンタだって年頃でしょ。
あたしゃ14で嫁いだんだ、決して早くはないさね。
ああ、もしかしもうヤッたのかい?」
「なわけないでしょ! 私とタイガは・・んむっ・・」
大雅はいい加減騒々しいのに辟易としてロアナの口を塞いだ。
只でさえ村人が次々と礼をしたり、話を聞きに来るのに、こんなオバちゃんに捕まってしまっては疲労困憊である。
「俺とロアナの間に肉体関係はない。
俺から見たら、ロアナはまだまだ子供だ。
酒の摘みにするのなら、俺抜きでやってくれ、いいな」
ロアナの口から手を放し「薬を取ってくる」と言って席を立った。
メディキットから、湿布タイプの鎮痛消炎剤を取り出すと、宴席へと戻り、足を挫いた村人の家へと向かった。
足を見て腫れている足首に薬を貼る。
「これでいい、明日の午後になったら、この薄い布は剥がして燃やしてくれ。
そして、また新しいコレを貼るんだ。
この透明な薄い紙を剥がしてから。
3日続ければ、痛みも大分良くなるはずだ。
それと今日と明日は、酒を控えるんだな。
飲めば腫れが酷くなる」
そう言って、しきりに感謝の言葉を述べる家を後にして、ロアナが居たところへ戻った。
「お疲れ、貴重な薬をありがと。
でもいいの? 貴重なんでしょ?」
「なに、まだある」
「タイガが居なかったら、今日も遺体焼きだったわよ。
村の人たち判ってんのかしら。しかも獲物まで」
「なに、それよりここらの事を教えてくれる方が、俺にとっては大事だ。
行商人なんかは来ないのか?」
「今度来るのは10日後くらいね。
商人は2組の荷車を引いてくる人と、歩きで薬や胡椒を売りに来る人。
あと数カ月に1回ほど訪れる服や布を売りに来る人ね。
荷車の商人は小麦や穀物を売り、代わりにチーズや加工肉を仕入れていくの。
薬と胡椒の商人は、現金の取引ね。
服や布の商人は、売ったあと毛皮なんかを仕入れていくわ。
最近は来ないけど」
「次に商人が来たら、教えてくれないか」
「大丈夫よ、泊まるのはウチだし、取引税も貰わなくっちゃ。
ね、それより今日は飲んで」
「もしかして飲んでるのか?」
「少しだけだよぉ、もう14なんだし」
「まだ14だ、体が出来ないうちにアルコールを飲むと、成長に障害が出るから、勧められても飲まない方が良い」
「んもう、タイガったら薬師か治療師みたいよお。
ねえ、それより明日弓を教えて」
「ああ、自己流だって事は良く判ったよ。だが厳しいぞ」
「望むところよぉ」
お酒のせいなのかロアナは、14にしては色っぽくなっていた。
村に戻ってから姿を見ないと思っていたが、どうやらお湯を使っていたらしい。
家に戻るとロアナは、早々にベッドに入ってしまった。
タライにお湯を張り、汗を流す。
ベットの上には、昨日の大雅の下着が畳んで置いてあった。
ロアナが洗濯してくれたものだった。
洗濯はインベントリ経由で、日本に送ってしまえば問題ない。
これは忘れたまま、部屋に放置していた物だった。
タクティカルグラスを付け、今日のレポートを作っていく。
「テキストモード起動」
大雅は村の規模、周辺の状況、動物は地球と変わらない物の、ドラウナーと遭遇した事などをレポートにした。
レポートはこうした物の他、画と音声はスイッチ一つでとられている。
切るには手動でロガーを止めなければならない。
商人ならいろいろな所を回って見聞きしているだろう。
一通り訪ねてからこの村を出ても遅くはない。
いきなり大きな町や首都では疑われる場合もある。
明日はこの周辺を探索してみよう。