「まあ、とにかく家に入れ」
ゲラルトはシリと大雅に促した。
「よく帰って来てくれたわね、シリ」
「ええ、二人とも元気そうで良かったわ」
「ところでシリ、まるで大雅の様な服だが何処かで流行ってるのか?」
「まあ、ゲラルトったら相変わらずね、再会した早々にそれ?
タイガに貰ったのよ。
で、北方のコヴィリ迄行って一仕事して帰って来たって訳。
コヴィリでの仕事が終わったんで、早く帰りたいから門を使ったのよ、途中でとんでもないとこに出ちゃったけど、強くここを思い浮かべて飛んだの」
「シリ、質問に答えていないぞ、タイガから服を貰ったのは解ったが、何故二人とも知り合いなんだ。
それに門で飛ぶことは嫌がってたじゃないか。
アイン・エレのエレディンは倒れたとはいえ、アイン・エレ自体が無くなった訳では無い、またお前を狙っている者が居ないとは限らない」
「最初は跳ぶことが怖かったわ、またアイン・エレが追って来るんじゃないかって。
だから、何度か近距離で試したの、それでも追われていないことを確認して今度はアヴァラックが居るティルナリア宮殿へ飛んだの、もちろん万全の注意を払ってね。
アイン・エレは未だに混乱が続いているわ。
もちろんエレディンが倒れた為に、現在はゲールズ総督が国家を運営しているけど、異世界の他民族を奴隷として使用するのを良しとしない一派と、今まで通りの異民族奴隷を使うという一派に真っ二つ。
アヴァラックによればこの混乱は100年位続くだろうって。
だから、今の所私はアイン・エレに追われていないって訳、もちろん父や女魔術師会の状況は変わった訳では無いけど、父には死んだことになってるし女魔術師会はフィリパの信奉者も少ないわ、と言う事で私は安心してゲートが使えるって訳」
「それは解ったが、タイガとはどうなんだ?」
「マルナダル・ステア渓谷の北に大規模な盗賊の拠点が有ったの。
あいつらは近隣の村を襲ったり、マルナダル・ステア渓谷を越えて来る商隊なんかを襲って稼いでいたのよ。
丁度滞在していた村で仲の良い女友達が出来たの。
そしてある日近隣の怪物退治の為何日か村を出て、やっと戻ったと思ったら村が盗賊に襲われ、何人かの人が連れ去られた後だったのよ。
その中にリエンナという仲が良い子が居たの、だから私は単身で盗賊の根城に潜り込みなんとかリエンナを助け出したのは良い物の、多勢に無勢あっと言う間に捕まったわ。
その時有り金から剣迄すべて奪われたの。
でも、なんとか牢から抜け出して二人で逃げたの。
もちろん馬も何もないから走ってね。
でも、数キロ先で追いつかれてリエンナを先に逃がしたの。
私は何とか一人から剣を奪って、倒した物の足に矢を受けたのよ。
数日後には体の痛みや口が空けにくくなったの。
なんか不味い気がしたから、医者が居るシントラを目指したの、盗賊から奪った馬も有ったしね。
でも、私が覚えて居るのは其処までよ。
気が付いたらタイガに介抱されていたわ」
「それは多分鉄の毒だな。
話せなくなるまで病状が進むとまず助からん。
良く助かった、霊薬でも使えば別だが、それでも多くは助かる事は無い」
「そこからは、俺が話そう。
フィ・・じゃなくてシリを見つけたのは本当に偶然だ。
丁度ディリンゲンとアトレを繋ぐ道と、シントラから渓谷に伸びる交差点を目指し馬を進めていた。
頻繁に出て来る盗賊共に嫌気がさし街道から少し外れた所を進んでいたんだがそこで彼女を見つけた。
当時、意識は僅かに有ったが、体も動かせず話も出来ない程衰弱していた。
しかも高熱だ、これに当たる症状は幾つかあるが、右足のふくらはぎに外傷が有った。
調べてみると傷口から錆びた鏃が出て来た。
これには思い当たる感染症があった、破傷風だ。
破傷風と言うのは錆びた鉄に好んで生息する破傷風菌の毒素によって生じる疾患で、手当が遅れれば高率で死に至る。
だからダメもとでちょっと特殊な薬を使った。
幸いそれが著効し、彼女はなんとか回復を始めた。
彼女が歩けるようになるまで1週間は掛ったよ。
その間3人の盗賊の襲撃が有ったが、よくある事と思っていた。
彼女が馬に乗れる程度回復したんで、マルナダル・ステア渓谷の麓にあるサヴューという村を目指した。
彼女が助けた友人の安否を確認したかったのと、俺自身もマルナダル・ステア渓谷を越えトゥサンを目指していたからだ」
「ホントにタイガには助けて貰ったわ。
タイガが見つけてくれなかったら、私はきっと死んでたでしょうね。
汚物や汚れにまみれ犬でさえ避けて通るほど臭い私を介抱し、薬を与え着替えや風呂まで入れてくれたのよ。
でも、その時からずっと考えてたの。
もう潮時かなって。
かれこれ女ウイッチャーとしてやって来たけど一番怖いのは人間だって。
だから、これからは生き方を変えようって。
私とサヴューの村に酷い事をした盗賊共が許せなかったわ、一人では無理だけどタイガが居れば可能かもしれないって。
そうして、私たちはサヴューの村に向かったの、でも一足遅かったわ。
村は襲撃を受け焼かれたの、生き残ったのは僅かに20人ほどよ。
幸いリエンナは無事だったけど、盗賊が村を占拠し捕まっていたの。
村に居る盗賊は30人ほど、とても一人で相手できる人数じゃ無いわ。
タイガは村を見て来るって出かけたけど、てっきり偵察に行ったのと思ってたわ。
タイガが戻って来た時は村に居る盗賊共は全て殺されてたわタイガにね。
彼の使う武器は特殊で離れてても頭を吹き飛ばすほどの力を持つの」
「盗賊の規模は事前に尋問した盗賊から50人程度と掴んでいた。
村で排除した盗賊は30人、のこりは20人と人質だけだ。
俺にとっては剣や弓は特段に脅威ではなく、暗闇でも離れた所から敵を殺す能力がある。
だから、彼女の剣を取り返す為にこの盗賊団を潰す事にした」
「タイガは言ったわよね”こんな戦いは、何度もこなしてるから、安心しろ”って。
だから、タイガの武器なら潰せるって思ったの」
「そうだな、矢を持つ者を遠距離から無力化して排除、たとえ200メートルでも殺傷できる。
これで矢を持つ者や出来るだけ敵の戦力を削ぐ。
後は接近戦だが俺の接近戦は50m程なんだ。
剣が届く距離まではどうやっても近づけない、その前に確実に死ぬしな。
まあ、アルグールみたいに攻撃を弾く能力でも持って無きゃ無理だろうね」
「で、無事人質を開放し剣を取り返したって訳。
その中にヴァル・アトレという貴族が居たのよ。
話を聞いてみると悪い人じゃないし、父に責任を押し付けられニルフガードにも嫌気がさしていたの」
「まさか!ヘンリー・ヴァル・アトレではないのか?」
「ええ、そうよ、ゲラルト知っているの?」
「知っているも何も、お前を探す為に皇帝に呼び出されてな、そのとき北方の状況を詳しく教えてくれたのが彼だった。
貴重な助言もしてくれた」
「そうだったの、今はシントラの代官にされたみたいよ。
碌に兵も無く盗賊との交渉に向かったは良いがあっさり捕らえられたみたい」
「それから彼を護衛してシントラ迄一度戻ったの。
でも、彼が捕まったのは副官の裏切りですべては仕組まれた事だったの。
副官の首を切り飛ばした彼はノヴィグラドにいる妻子を伴い、コヴィリまでの護衛を兼ねて送り届けたの」
「俺はそこで別れてトゥサンへと向かったんだ」
「まあ、タイガのたどった逆ルートでノヴィグラドに入り、なんとかブラヴィケンに入りコヴィリにたどり着いたってわけ」
「だが、門を使ったのは何故だ?」
ゲラルトが訝し気に尋ねた。
「簡単な話よ、大人数を抱えて飛んだことは無かったし、それにコヴィリなんて行ったこと無かったもの、何処に飛ぶか分かった物じゃ無いわ。
でも帰り道は別よ、もともとタイガとはトゥサンで再開する約束をしていたから真っ先にここに飛んだわけ」
「会う約束だと?」
「そりゃ早くタイガに逢いたいからに決まっているじゃない。
私タイガに抱かれたもの」
数秒の無音が続く。
次の瞬間にゲラルトは壁に飾ってある剣を取り、大雅めがけて振り下ろした。
すかさず、椅子を蹴りバク転の様に後方へ転がった。
「表へ出ろタイガ」
「事情の話も無しかよ」
「出ろ!」
「ヤレヤレだな」
大雅の武装は胸のナイフと腰のP320一つだ。
相手は大ぶりな西洋剣、リーチは長い。
「アード!」
ゲラルトはいきなりぶっ放してきた。
すさまじい爆風の様なものがタイガを襲う。
大雅はそれに逆らわず逆に後転しつつP320を抜き着地と同時に剣を撃った。
パンッ!
パキィィンッ!
「げっ、アルグールかよ!」
「ふんっ、銃なぞ利かんぞ」
ゲラルトは次の瞬間、人知を越えた速度で剣を振ってくる。
「う、早え」
すかさず距離を取ったが今度は自ら回転するように剣を振ってくる。
とても人間業じゃない。
厄介なのはクエンだ、一撃を入れようが銃で撃とうが弾いてくる。
まてよ、もし懐に入れば可能性はないか?
剣を振りかぶって来るゲラルトの右手首を掴み、奥へと押し上げると同時に蹴りを入れようとしたがクルリと後方へバク転し躱される。
ぶっちゃけ殺しても良いならやり用は有るが、シリやイェネファーが見ている前ではそうはいかない。
何度目か切り掛かられ、その度に服に掠る。
「ほう、その服は切れないか、まるで鎧の様な強度だな」
「一応これでも戦闘用でね。刃や鏃は通さない」
大雅はワザと服の秘密をばらす、そうする事で相手は手や首より上を狙って来ることを誘った。
ヒュンッ!
ヒョッ!
素早い攻撃が続くが、息も切れていないゲラルトにいい加減面倒になってきた。
パンパンッ
パリィィンッ
バキッ
大雅の撃った1発目の9ミリ弾はクエンのガードを壊し2発目がゲラルトの剣を砕いた。
「むっ!」
ゲラルトは剣を投げ捨てると腰からナイフを抜いた。
「剣なぞ無くとも俺は強いぞ」
「ではCQCの手ほどきと行きましょうか」
タイガも銃を仕舞いナイフを抜いた。
近接戦闘での分は大雅の方がだいぶ上手だ。
もともと破れかぶれの接近戦闘しかないこの世界に比べて、大雅のCQCは統計的に確立された技術だ。
しかも大雅は脚癖がすこぶる悪い。
《悪辣》と言われるほどの脚癖は、相手が踏み込めばすかさずつま先を踏まれ後退を出来なくし、放された瞬間膝の裏を取られ転がされる。
しかも対峙していても横どころか後頭部からつま先が襲ってくる。
伊達にCQCの教官はしていない。
「人外の魔法剣士もCQCまでは習得できなかったか」
「ぬかせっ!」
それでも、ありえない様な体動と筋力でリカバリーし大雅に襲い掛かる。
何度目か転がされたゲラルトは隙をついてナイフを首目掛け横に振った。
しかし、それは大雅の罠だった。がっしりと右腕を極められそのまま倒される。
そこに大雅のナイフが頸動脈へと当てられる、もしナイフが引かれれば死は免れない。
「ゲラルト、コレであんたは3回死んでいる。
一度目は俺が拳銃を2発撃った時、3発目を撃ったらその先は、あんたの頭だ。
次は足を踏まれ倒された時だ、そして今3度目の死だ。
魔法は撃たない方が良い、魔法よりナイフを引く方が早いからな。
いくらウイッチャーでも首を切られたら死ぬだろう?」
「わかった俺の負けだ」
「二人とも、いい加減じゃれ合うのはそのくらいにしときなさい。
せっかくのおいしそうなお菓子が有るのにお茶が冷めて台無しになるわ」
イェネファーの持つ大きな皿にはゲラルトが持ち帰って来たカルメ焼きが乗って居た。
いつの間にかBBがお茶の用意をしている。
玄関横のベンチとテーブルのスペースに設えられたお茶の用意は、ゲラルトにとっても魅力的だ。
「で、タイガ、シリの言っていることは本当なの?」
「はい、まあ」
「良かったわ。
これでシリもやっと幸せが捕まえられそうね」
イェネファーの視線が怖い。
「そうだ、俺に勝ったんだ。
お前ならシリを任せてもいい。
守って行けるだろう」
「ゲラルト?」
そのイェネファーの一言でゲラルトが黙る。
「それなんだけどイェネファー。
私、皇帝と取引しようと思うの」
「取引?」
「ええ、彼は私を皇帝の後釜に据えたいと考えているわ。
彼の目的は大陸の征服、でもいろんな国で色んなことを見てきたの。
彼の思い通りにさせるつもりは無いわ。
だから政治を学ぶの、シントラの宮殿書庫に膨大な記録が残っていたの。
戦争は資産を食いつぶし、民を疲弊させるだけ。
だから戦争を無くすために征服するのだと父は言うけど、それは間違っているわ。
私は父とは違う為政者になる。
だからここに来る前アンナおばさまにも会って来たわ、私がモノにならなかったら代わりに立って欲しいって」
「ちょっとまでシリ、ウイッチャーになりたかったのはお前の希望だったろう」
ゲラルトは怪訝そうに話した。
「確かにそうよ、あの時は。
父のやり方や諸国のやり方に、ほとほと嫌気がさしていたもの。
父の手法はある意味正しくある意味では間違ってるわ。
確かに征服が終われば戦いは無くなるわ、でも疲弊した国民、そして侵略者となる国家に民は付いてくるかしら。
タイガに逢ったときからずっとそれを考え続けたわ、民在っての王であり侵略では憎しみ以外生み出さないと」
「タイガ、貴方は言ったわよね。
《個人の力なんて、精々両手を広げた程度の範囲なんだ、もっと多くの人を助けるには、大きな力を着けなくちゃならない》って。
ニルフガードのやり方はある意味間違いじゃ無いけど、一時的な物だって。
より多くの人を救うとするならば、清濁併せ持ち、時には苦渋の決断を迫られることを覚えておかなきゃならないってね。
完全な悪なんて、この世には無いんだ、それぞれが正しく、それぞれが正義を持つ。
そこには《信念》が有るから、ぶつかるし、争いは生まれる。
だからこそ、多くの人にとって導くものは、正しい正義と信念を持たなきゃならない。
けっして楽な道じゃないよってね」
「よく覚えていたね、驚いたよ」
「私物覚えは良い方なの、魔法の方はダメだけど」
「で、どんな取引を皇帝にぶつけるの?」
「一つは、ある程度の国を持ちたいの。
属国でも良いわ、それで国の動かし方守り方を覚えるわ。
それで父が納得する結果を出すわ、そうしたら父も引退する決意が湧くはずよ」
「いやいや、フィ・・シリそんな簡単な物じゃないよ。
北方を侵略するのは確かに経済的な理由も有るかもしれないが、裏には隠された物があると思うよ。
皇帝の本当の狙いは何処に有るのか、それを見極めなきゃ動くことは危険だ」
「ええ、それも考えたわ。
ただ、幼い頃父が言って居た事がずっと頭に引っかかっていたの」
「言って居た事?」
「ええ、父は私が生まれる前に有る魔術師から予言されたことだけど、私の息子が世界を牛耳れると。
だから父は私に自ら子を作ろうとしたし、アイン・エレの糞野郎も一緒よ。
私を利用しようとしているだけ。
それに生まれて来る息子には平和で穏便な世界を渡してあげたいもの。
それが駄目ならタイガの世界で生きるわ、こんな糞見たいな世界とはおさらばよ」
「ちょっとまでシリ。 まるで子供がいる様な・・・」
「居るわよ、多分息子。
タイガと別れてコヴィリに向かう途中突然予言の様な物が有ったの。
まあ、今までも何度かあるんだけど今回のははっきりとしたヴィジョンが私にも見えたの。
黒髪の可愛い男の子を抱いて、乳を与えている姿よ。
黒い目が黒曜石の様に綺麗な目なの、目元はタイガそっくりよ」
「それは無い。
俺はあの時避妊具を使った。
まあ100%とは言えないが子供ができ・・・」
シリはニッと笑って頭の髪の毛から縫い針をスッと抜き取り二本の指で掲げた。
「つけるとこ見てたら何となく分かったの。
ああ、そういう道具だってね。
だからベットの中で何か所か穴を開けたのよ」
ゴンッ!
大雅の頭がテーブルに突っ伏した。
「終わった・・・怒られるだろうなぁ・・・クビ・・・だろうなぁ」
「良いじゃない、クビになったら私と生きましょこっちで、力を貸してよタイガ」
「いやいや、そうはいかないよ。
国交も交わして無いのにこんな事に為ったら・・・
それどころか政治やかけ引きなんて一番苦手な分野だよ」
「わたしだって未知数よ。
最悪この世界に居られないかもしれないし、だとしたらタイガの世界に行って生きるのも良いわ。
いい加減疲れたのよね怪物とこの世界の状況」
「ま、100年くらい前までは地球だって代り映えしないさ。
今でも世界中何処かでドンパチやり合ってる。
ああ、面倒な事になりそうだなぁ」
「なに、私の事愛してないの!
ベットの中であんなことやこんなこと迄されたのに、人にのろけてやりたいぐらいには好きって言ってくれたじゃない」
BBもゾルタンも目を瞑り耳を両手で塞いでいる。
ゲラルトは両手を握りしめブルブルと震えていた。
そしてイェネファーはニコニコと笑っている。
「良かったので良いのよね、シリ」
「もちろんよ!」
「じゃあ、いつまでもウィッチャー家業なんかしていないで腰を落ち着ける先を考えないと」
「それなんだけど、ここに住まわせて。
アンナ叔母さまに政治や治世を習うの。
そして、子供が生まれたら教育の出来る所に暫くは置くわ」
「教育の出来る所?」
「タイガの世界よ!
文化も技術も全てが進んでいるわ、もちろん教育もね。
その間、私はこちらの足固めよ」
「年貢の納め時だな、タイガ」
ゾルタンがボソッと言う。
「少し、疲れた。 先に休む」
ゲラルトはそう言ってお茶にも手を付けず寝室へと引きこもった。
「あなたの覚悟は解ったわシリ。
で、問題はお婿さんねぇ」
鋭い流し目が大雅に飛んでくる。
”怖いっす、イェネファーさん”
「むろん責任はちゃんと取ります、どんな形で有れ。
生まれて来る児を不幸にするつもりは毛頭ありません」
「ま、及第点にしておいてあげましょうか」
”焼かれる・・・破ったら絶対に・・”
「んーっ! これ甘くておいひいっ!
なんへいうおあし?」
「食べながら話す癖は相変わらずなのね」
イェネファーがヤレヤレと笑う。
「カルメ焼きだな。
宮殿に教えて来た焼き菓子だよ」
「へえ、そうなんだ」
「ところで、あの名前懐かしいわね」
「ええ、子供の頃使ってた偽名だけど思いついたのがフィオナだったのよ」
「俺は偽名を名乗る女を抱いたのか・・・」
「ここに来たらちゃんと話す予定だったわよ。
別にだましてたわけじゃ無いわ。
それにフィオナって言うのは私の本名にも含まれているわ、祖先の名だけど」
「でもなんでフィオナなんか?」
「ほら、私の名前って結構珍しいじゃない、特に北方じゃ。
今はアイン・エレも大人しいけど先は判らないわ、あ奴ら私が転移する度にそれを察知して追って来るんだもの。
あとは皇帝ね、私は死んだことになっている様だけど絶対信じて居ないから。
ゲラルトに借りを返した程度にしか思っていないわ。
だからシリラもシリも知れちゃってて、ウイッチャーやってる時はフィオナを名乗ってたの。
ある時はファルカという名も使ってたわ」
その夜、大雅は包み隠さず地球に連絡した。
そして帰って来た回答は《任務を継続せよ》の一言と妊娠検査薬のスティックだった。
「タイガぁ、居る?」
「ああ、どうした?」
「ホンとびっくりしたわ、最高のお風呂ねタイガが作ったんだって?」
「まあ、向こうの物だが設置したのはそうだな」
「気に入ってイェネファーと2時間も入っちゃった」
「ゲラルトは?」
「不貞腐れてゾルタンと飲んでるわ、ほっときゃいいわよ」
「そうか」
「ところで、夕方に話した事は進めるつもりか」
「ああ父との話?
もちろんよ、でもすぐじゃ無いけど。
イェネファーもバックアップしてくれるし、ダメもとでやってみるわ。
最初はここで政治についてみっちり覚えるの。
で息子をダシにシントラを独立っていうわけにはいかないけど、属国のような形で統治させてもらうわ。
元々私の祖国はシントラなのよ」
「ああ、そうらしいな」
「と言う事で、私も今日からこっちに泊るから」
「いや、ゾルタンはどうする」
「母屋か下の家のどこかに泊るから心配ないわよ」
朝だ。
隣では銀髪の髪が布団の中で眠っている。
どちらも全裸なのは言うまでもない。
「・・・猿だな・・おれ」
「・・んう・・猿がどおしたのよぉ・・ふあああぁ・・・朝だわ」
大口を開けながら欠伸をして伸びを行う。
器用な将来嫁候補・・・いや、候補の段階は終わったか。
「ぐぅ・・・・」
「ほれ、朝だぞ。 二度寝すんなって」
「起こしてぇ・・」
単なるバカップルである。
「ところでタイガ、塔の事だけど一つ思い出した事が有るの」
朝食を摂りながらイェネファーが話し始めた。
「塔にはその魔力の集まり方と規模でレベルの差がある事は知られているわ。
もっとも魔力が強く大きなものがサネッド島にあるアツレザ魔法学院に有る《トル・ララ》だけど、それ以外に幾つか同じレベルの塔が存在しているの」
「それは何処に?」
「一つはスケリッジに在る《トル・ヴァルカ》だけど、これはシリが無効化した事は言ったわよね。
もう一つはアイダが住んでいる所ね、塔が有るらしいことを言っていたから可能性は高いわ。
けどその場所は誰も知らないわ。
アイダを説得するには困難でしょうし、人間を見下した態度は人を苛立たせるの。
あと一つはフィリパの居城よ、モンテカルヴォ城と言うのだけど規模的には小さいわ。
後は魔力の残渣で幾つかの塔と見られる場所は解っているけど崩落や崩壊して塔としての機能は失われているの」
「南には塔は存在しないのか?」
「ええ、ほとんど見られないわね。
アイン・シーデがこの地に来た時北方の方に根城を持ったみたいで、殆どが北方に存在するわ」
「私も塔なら一つ知っているわ。
ツバメの塔よ、でもいい思い出が無いの。
ニルフガードや賞金稼ぎに追われてツバメの塔の門を使って転移したの。
先はエルフつまりアイン・エレの世界だったわ。
私は幽閉され当時の王オーベロンの子を産むように仕向けられたわ。
それからユニコーンに出会い、時空を超える方法を教えて貰ったの。
でもコントロールがうまくいかなくって、元の世界に帰ることは叶わず、様々な世界を転々としたわ。
氷の世界や水の世界、灼熱の世界もね」
「ツバメの塔はニルフガードに近い唯一の塔ね。
でも今ではニルフガードが厳重に警備していて普通では忍び込む事さえ難しいわ」
「ところでタイガ、なんで塔に行く必要があるの?」
「サブリナの作った門でこっちに来たことは話したよね」
「ええ」
「実はそれで魔力を使い果たしたサブリナは入院騒ぎ、次の門を開けるかどうかも怪しいらしいんだ」
「なるほど、でタイガはこの世界では何処へ出たわけ?」
「ケイドウェンの北方、アレンウォードという村の北東5キロにある遺跡だ。
既に崩壊していて今考えると塔が有ったものが倒れたような感じだな」
大雅はタブレットでこの世界に転移した時の遺跡の写真を皆に見せた。
「間違いなく塔の一つね。
でも規模はそんなに大きく無いわ《トル・ララ》や《トル・ヴァルカ》に比べたら、魔力の集まりは数分の一、しかも崩壊しかけてるから数百分の一ね。
これに門を開くのはかなりの力仕事になるわ。
わたしでも無理ね、魔力量の大きなサブリナだから出来た事でしょうね」
「イェネファーでも無理なの?」
「短時間なら可能よ、でも魔力を使い果たして数日は寝込むことになるでしょうね。
世界を渡るポータル(門)を開くには膨大な魔力が必要になるの、だから魔力が集まる場所に塔は建てられたとみるべきね。
魔力の少ない場所に無理やり異世界へのポータルを開いたらひっくり返るのは当たりまえよ」
「なるほど、もっとも可能性が有るのは、タイガが出て来た門ね。
多分そこなら門の魔力の道がまだ繋がって居る筈よ。
もう外つは、ゲラルトの話に有った塔自体が転移できるほどの力を持つ塔ね」
「問題は距離ね。
あそこまではスケリッジ経由で少なくとも3ヵ月はかかるわ。
門で飛ぶこともできるけど、あの距離だと結構きついわよ」
イェネファーは心配そうに言う。
「問題無いわよ、私も行くもの」
シリがはっきりと言う。
「少しは腰を落ち着けたらどうだ。
それに子供がいるかもしれないのに」
ゲラルトの言葉にシリははっとした顔になった。
「イェネファーさん、それに妊婦の門の使用に関する影響は?」
「子供や妊婦を連れて門を使ったという記録は有るけど、妊婦が門を開いて飛んだという記録は無いわ。
どんな影響が出るかは未知数ね。
危険すぎるわ」
「それは駄目だシリ、危険が大きすぎる」
ゲラルトも反対する。
「じゃ、飛行機使うか」
「飛行機?」
「空を飛ぶ機械だよ。
まあ、本格的な奴じゃ無くて小型の羽根にエンジン付けたような物かな。
これなら河も紛争地帯も迂回していける。
まあ、高度に限度はあるけど高山は迂回して飛ぶから結構な距離だ、それに有視界飛行だからそんなに高度は上げられないしな」
「乗ってみたい!」
シリがキラキラした目で大雅の腕を取った。
「シリ、子供がいるかも知れないのに連れてはいけない。
もし、出来ているなら今頃は2か月だ、そろそろつわりが出て来るはずだが体調に変化は?」
「全然問題なしよ」
「シリ、悪いがこれを使ってみてくれ。
このキャップを取り、この部分に尿を掛けて来るんだ。
それで子供がいるかどうか判る」
「い、いいけど・・・」
数分後、シリが検査薬のスティックを持って出て来た。
「ラインは出ていない、つまり君は妊娠していないという事だ」
「えー、だって私ちゃんと見たのよ!」
「それは今すぐじゃ無いって事だろう?」
「でもはっきりと見たのよ!」
大雅はこのままでは喧嘩なると思い、シリを宥める事にした。
「まあ、100回に1回くらいは判定に失敗する事も有るらしいから、大事を取った方が良いだろう」
「でも、私がいかないと門は開けないわよ、タイガ一人で出来るの?」
シリの言っていることはもっともだ。
「いずれにしても、ナビケーター役はタイガが勤めなきゃ無理だし、シリの魔力が無いと無理ね。
でも約束して、門が開けてもシリは跳び込まないで」
イェネファーが釘をさす。
「判ってるわよ」
1か月後、地球から2人乗りのモーターハンググライダー一式が届いた。
重量の関係から何回かに分けて転送を行ってもらったのだ。
大雅は訓練の一環でモーターハンググライダーの資格は持っている。
基本的にはハンググライダーと同じで三角形のハンドルが有り、それを操作し重心を変化させて操縦する。
その間、簡易的な物ではあるが近くに組み立て、保管する倉庫が必要となるため、ゲラルトに相談し格納庫を立てて貰った。
どの道ワイン造りの為の作業小屋が必要となって居た為、建築には乗り気だった。
モーターハンググライダーと言っても、ちゃちな物ではなくちゃんと座席が有り、簡易だがコックピットも有る。
エンジンに至っては、912ISという4気筒のウルトラライトプレーンに使われる物で1350ccの排気量と100馬力を誇る。
それでいてエンジン重量は75kgと軽い。
ウイングとトライク部分、そしてエンジンの他オイルやガソリン、バッテリーなどを数回に分けて送って貰ったのだが組み立て作業がある。
やっと倉庫の架設が終わり、これをインベントリ代わりにしてグライダーを何回かに分けて取り寄せたのだ。
組み立てたままでは重量の制限に引っかかりできないからだ。
これにはシリも興味津々で手伝ってくれる。
2人乗り超軽量トライクと呼ばれる二人乗りのモーター付きハンググライダーは、最高速160km/h、巡航速度80~120km/h、失速速度60km/hと軽飛行機には劣るが、性能的にはウルトラライトプレーンに近い。
「やっと完成ね!
早く飛びたいわ」
「最初は試験飛行と完熟飛行をしてからだよ。
1ヶ月くらいは見て貰わないとな」
「そんなに待てないわよ!」
「こんなのでも落ちたら良くて重症、普通死ぬからね」
「うーん、じゃあ明日からすぐに始めましょうよ」
「はいはい、最初は何度か低高度での試験からだからね」
大雅は飛行に必要な防寒性の有るフライトスーツ、乗って居る時は尻の下に敷くパラシュートを取り寄せる。
たとえ地上が16℃でも1000m上空では10度を下回る、さらに速度による風が加われば体感温度は冷蔵庫以下だ。
コヴィリまでは直線距離にして2000キロ。
時速100km/hで飛んだとしても20時間かかる。
それにデータの無い風の影響、天候など未知数は多い。
嵐なんかだと飛ぶこと自体が危険だし、離陸は出来ても着陸がヤバイ。
だから大雅は余裕を持って3~4日掛かると踏んだ。
それにモーターハンググライダーで街の近隣に乗りつけたら大騒ぎになる事が目に見えている。
だから、目立たない所で降り徒歩か何処かで馬を手に入れる事になる。
1週間後、幸い天候に恵まれ習熟飛行は順調に進んだ。
「そろそろ乗せてってば!」
しびれを切らしたシリが大雅にせっついた。
「わかった、明日は一緒に飛ぼう」
「やった!」
近くに放牧用の広く草が食み取られた場所があり、大雅はここを利用していた。
元々はゲラルトの農場の一部だったらしいが、経営者が代るドサクサで近所の農民が勝手放牧地として利用してしまい、現在はきちんと借用地として契約を交わしているらしい。
まあ、牧草を刈取った放牧地などは役に立たない為、借り受けた農民も快く貸してくれた。
近所の農民が物珍しさに見物に来ているが、大雅は気にしていない。
どの道この世界ではない物が飛ぶという物珍しさには直ぐになれるだろう。
「いゃー、よくおっかなくねえもんだな、空飛ぶだなんて」
「んだんだ。落っこちたらどうすんだべ」
モーターハンググライダーの滑走路は100mも必要ない、2人乗りでも精々50mも有れば離陸してしまう。
本格的なウルトラライトプレーンに比べ、手間はかかるがウイングが折りたためるし、グラウンド程度の広さが有れば離発着できる。
結局、シリだけでなくゾルタンやゲラルトまで乗せる事になった。
イェネファーだけは高い所が苦手との事で、地上で待機している。
「いやー! 最高だぞタイガ!」
ダブダブの防寒服を着た、ゾルタンが言う。
「しかし、こんなもので飛べるとはな。
エンジンという物は難しいが翼だけなら真似できそうだ」
「ゲラルト。
止めてね。
その尻拭いをするのは私の様な気がするのよ」
「そうか、明日発つのか」
「ええ、コヴィリまでは2000キロほどあります。
なので、途中降りられる場所を探してスムーズに行って4日、気候が荒れたり迂回するとなると10日ほどは見た方が良いだろう」
「それでも、普通の旅に比べたら10分の1の時間だな」
「1日に飛べるのは6時間ほど、着陸場所を探したり山の迂回や燃料補給を考えればそんな物だろう」
「空を飛んで行くのにそんなに掛かるの?!」
シリが唖然とする。
「此処じゃ本格的な航空機は無理だ。
離陸で来ても着陸場所が難しいだろう。
そうなるとこういった機種しか選択肢がない」
シリは考え込んでいる様だが、大雅は黙っていた。
「やっぱり門で飛びましょう、タイガ」
「いやいや、今更かい」
「だって、普通に旅するよりは短いけど、10日も掛かるのよ。
それに帰りは私はまた戻らなきゃならないし、結局門を使うのだもの」
「それ、もっと早く言って欲しかったよ」
「仕方ないじゃない、子供がいるかもしれなかったし」
この1か月の間何度か妊娠検査薬を使ったが全て陰性、とどめにシリに生理が来た。
「で、結局門を使って飛ぶのか?」
ゲラルトが心配そうに言う。
「ええ、此方で門を使って飛ぶのは初めてですが、どの道門を使わなきゃ帰れないし、慣れるしか」
「ねえ、タイガ。
貴方の世界ではコレだけの距離移動するとなったら何日くらいかかるの?」
「そうだな、民間の航空機なら3時間という所かな。
電車と船なら2日くらいだな」
「民間? 民間じゃないのも有るの?」
「そうだね、軍用機である戦闘機なら1時間ちょっとかな。
滑走路が必要だから現実的じゃ無いけど」
「はっ? どんだけ早いのよ」
「民間の航空機の早さって、大体1時間で900キロくらい飛ぶんだ。
軍用戦闘機だと最低でもその倍は出るから」
「タイガの世界行ってみたいわ。
ね、ここから飛べるのなら態々コヴィリまで行かなくてもいい訳よね」
「まあ、そうなるが嫌だぞ知らない所に飛ばされるのは。
高いとこから落ちたら助からないだろ。
前回コヴィリから此処に飛んだ時、どこか知らない所に飛ばされたんだろう?」
「ええ、でも大丈夫よ。
コヴィリならちゃんとイメージできるし、今度は迷わないわ」
「それは良いけど俺の世界は知らないだろう?」
「それなんだけど飛ぶのはタイガのイメージに掛かってるの。
それがナビケーターの役目なのよ。
魔法自体は強くはないの、大切なのはイメージよ」
「イメージねぇ・・・」
「ねえ、シリ。
やはりケイドウェンの塔から飛んだ方が良いと思うわ。
特に貴方の場合、力は有るけど飛ぶ先がめちゃくちゃなのよ。
少しでもポータルはパスが通っている場所と言うと、タイガの飛んできた先が一番いいのだけど」
イェネファーは心配そうに言った。
「そうれなんだけどケイドウェンの北は行ったことが無いのよ。
イメージが湧かないわ」
「ならば、ケイアモルヘンならどうだ。
それなら暫く住んでいたからな」
ゲラルトが言う。
全員が《それだ!》という顔になる。
「ケイアモルヘンからなら馬でエードグリーンヴェルまで3日、其処からトイナ川上流なら3~4日でつくだろう」
「決まりだな、準備を済ませたら出よう」
翌朝、旅支度を整えた大雅とシリはゲラルト邸の前の広場に立った。
「ではなシリ、息災でな」
「ええ、イェネファーと仲良くね、行ってくるわ」
「タイガ、シリの事は頼むぞ」
「ええ、もちろんです」
「必ずだぞ!」
「ゲ・ラ・ル・トォ~?」
イェネファーから突っ込みが入る。
「じゃ行くわよっ!」
ドンッと音がして橙色の門が開く。
シリに腕を掴まれたまま、その門へと飛び込んだ。
「きゃあっ!」
シリが2メートルほどの高さから派手に落ち、機材をなぎ倒していた。
大雅はある程度の高さから落ちる事を想定していたので、着地と共に1回転して転がり衝撃を往なした。
伊達に空挺の徽章は持っていない。
「大丈夫かシリ、怪我はないか」
「ええ、大丈夫だけどなにこれ酷い臭い」
シリは落ちた衝撃でガラスのフラスコに入っていた緑色のタール状の物質を被ってしまっている。
「今日はここで泊りだな、その得体のしれない物を洗うしかないだろう。
頭まで被ってしまっているぞ」
「うぇ~、散々だわ」
結局、奥にある階段を登り、ゲラルトが居室にしていたという部屋に泊る事になった。
時空を捻じ曲げて飛ぶせいなのか、太陽の高さから見て昼近くだ。
シリによると、時間の感覚もしっかり持てないと、どの時間、酷い時はどの年代に飛ぶのかもわからないそうだ。
うっすらと埃は堪っているが、窓はしっかり閉じられていたようで、年月の割には綺麗だ。
浴槽と思われる木桶に水を張り、燃料電池の過熱ユニットを取り付ける。
「30分ほどで沸くだろう、それまでコレで拭くといい」
大雅はそう言って、濡らしたタオルを渡した。
「助かるわ、ねえ、その間ベット使えるか見てよ」
「わかった」
ベットのマットは中が藁なのかカサカサに乾燥している。
シーツだけ取り換えれば何とかなりそうだ。
だが、枕は饐えた匂いがするためインベントリで取り寄せ、ついでに掛け布団も取り寄せた。
なぜなら、どうやら鳥が寝床にしていたみたいで、何か所か汚れてしまっている。
ベットをなんとか使える様にし、木桶のお湯を見に行った。
「そろそろ入れる。
先に入るといい」
「うー、髪の匂いが取れないわ、タイガ、一緒に入ろう!」
木桶から頭だけを出したシリの頭をシャンプーで洗っていく。
「ホントに良い匂いね、このシャンプーって言うの」
「俺はあまり匂いの強い物は使わんけどな」
「どうして?」
「仕事柄、あまり香りの強い物は使わない癖がついててな。
そんな生活をしているうちに香りの強い物は好きじゃなくなったんだ」
大雅もサッとシャワーを浴び、着替えた。
持って来た小麦粉でチャパティを焼いていく。
「ねえ、タイガ、貴方のそのインベントリ?
タイガの世界と繋がっているのよね?」
「ああ、常時ではないが起動して向こうの物を取り寄せたり送ったりできるな」
「それ使えないかしら」
「どうだろう、だが生き物や食品は送れないし、重量制限も有る。
生き物が送れないという事は、人も送れない。
そう言う仕様なんだ」
「意外と不便なのね・・・あっ!
でも待って!
それって、門と同じように魔力の道が通じて居るって事じゃないかしら」
「魔力の道か・・・・可能性は有るな」
「試してみない?」
「いや、リスクは大きい。
それにどうやって門を開くつもりだ?」
「いろいろ試してみるほかないわよ」
「それでとんでもない所に飛ばされる可能性は?」
「まったくの未知数ね。
そうね、タイガが出て来たところでダメだったら、試してみましょ」
「わかった、そうしよう。
とりあえず、ケイアモルヘンからエードグリーンヴェルを経由し、トイナ川上流のアレンウォードを目指そう。
そこから1時間ほど行ったところに俺が出た門がある。
先ずは足の確保が先決だな」
「そこから何処へ繋がっているの?」
「俺の国の大仙陵古墳という墳墓だ仁徳天皇の墓と言われている」
「天皇? 皇帝みたいな物?」
「ニュアンスは其れに近いな。第16代の皇帝の墳墓だよ」
「へえ、長く続いているのね。
何年位続いたの?」
「発祥は神話と混ざる程昔の話だ、今の天皇は126代目だよ」
「はいっ?
今でも続いているの?」
「ああ、一応2650年ほど前から続いているとされているな」
「とんでもない国ね」
「まあ、向こうの世界でも世界最長の王家と言われている」
「ますます興味が湧いたわ」
「まあ、帰れればの話だが」
大雅は以前作ったカレー粉モドキを鍋の野菜の中に入れていく。
ニンジンやジャガイモ、玉ねぎはゲラルト邸から調達したものだ。
「ああ、お腹に答える匂いね、なんなのよコレ」
「カレー・・に似た物かな。
本物のとまでは言えないが、かなり似たものが作れた」
「食品は取り寄せられなかったなんじゃないの?」
「ああ、だから香辛料を取り寄せたんだ。
香辛料単体ならどうやら「薬扱い」になるみたいでな。
混ぜ合わせるだけにして取り寄せた」
「ああ、早く食べたいわ!」
シリは鍋に残ったカレー迄チャパティですっかり取り食べてしまった。
「んー、美味しかったわ!
ねえ、向こうにはもっと美味しい物も有るのよね」
「ああ、どれが好みか判らないが、世界で最も美食の国とも言われている。
わざわざ世界中からその為に人々が訪れる程だよ」
「よしっ! 絶対に行かなくちゃ!」
翌朝から徒歩でケイアモルヘンを出る。
昨日は地球に帰るための試行を行うと連絡を入れた。
既に此方に来て1年と8ヵ月、これが成功すれば目的はほぼ達したと言っていい。
ケイアモルヘンから降りた麓の村であるロックペインは大雅が訪れた時より少しはましになっていた。
瓦礫や廃屋は片付けられ、僅かではあるが作物の畑も作られている。
かなり高額で足元を見られた価格では有ったが、なんとか2頭の馬を手に入れた。
「ホント、バカにされた気分だわ!
トゥサンより倍の値段て何よ!」
「まあ、仕方ないよシリ。
需要と供給で価格って決まるもんだ」
「タイガの所では馬って高いの?」
「普通の乗用馬なら一般人の年収の1/3から半分手所かな。
レース用の馬だとそれこそ大金持ちしか買えない値段だよ」
「それってこっちの世界じゃどのくらいの価値?」
「そうだな、ちょっとした豪邸が立つ値段かな。
そもそも、馬が農耕や移動用として使われなくなって60年以上経ってるからね。
今じゃ鉄道やリニアに飛行機だし、近場なら乗り合いバスや自動車だ」
「なんか知らない乗り物ばかりね、一般人はやはり歩きで移動するの?」
「まあ、30分くらいの距離なら歩きだろうが、大抵は車か鉄道だな。
こっちで言う乗り合い馬車みたいな”バス”も有るしこっちの辻馬車に相当する”タクシー”もある。
都会では自分で車を持たなくとも殆ど事足りるよ」
「鉄道と言うのは?」
「レールという二本の鉄で出来た長い物を地面に敷いて、その上を鉄の車輪が付いた馬車みたいな箱を走らせるんだ。
だから”鉄道”と呼ぶんだよ。
大量輸送には向くけど、鉄道を敷いてある場所しか動けない」
「へぇ、それって早いの?」
「普通なら100キロ前後だな、早い物だと300キロ程だよ」
「想像がつかないわ」
「馬の全力疾走の5倍だね」
「良く死なないわね。息も付けなさそう」
「堅牢な金属製の箱の中だし、窓も強化ガラス製だよ。
移動中も皆、中で飲んだり食べたりして気楽に過ごしいているよ」
其れからシリの質問は長く続いた。
「ね、タイガ」
「ああ、付けられているね。
多分根付きの盗賊だろう。
ここから、エード・グリンヴェールまでは2泊は野宿だ。
時間から言って、そろそろ野宿の準備をするとみているんだろうな」
「どうする? ヤッちゃう?」
「まあ、実害が無いなら放っておくさ。
警戒は怠らないがな」
「そうね、私達なら問題無いわね」
後を付けていたのは農夫の様な姿にボロボロの防具、錆びた剣を腰に付けた男が徒歩でつかず離れずについてきていた。
街道の側にある平坦な場所を選びキャンプを組む。
「でも、本当に何度見てもこの天幕は便利よね」
「まあ、でも火や尖った物には覿面に弱いからな。
中で火を使う事は厳禁だ」
「まあ、でも早々燃えないでしょ、ものすごく薄いし」
「とんでもない、コイツの生地の原料は石油と言う燃える油が原料なんだ。
火はあっという間に燃え広がるし、燃えれば頭の上から火が付いた油が降って来る。
だから軍では採用されていないんだ、火を付けられたら全滅しかねん」
「便利だけど欠点も有るのね」
「まあ、一般民生用だからね、戦いの場では使える物じゃないよ。
その代わり軽くコンパクトだし、何より設営が楽だ」
「ふうん、でタイガは何を準備しているの?」
「赤外動体センサー、兎より大きな体温を持つ動くものが近付けばこれが検知をしてアラートを出すって仕掛けだよ」
「へえ、どの位の距離から判るの?」
「今は50mほどにセットしている、検知して武器を掴み対峙するには十分な距離だと思うよ。
さ、夕餉の準備をしようか」
夕餉の準備が終わり、紅茶を二人で飲んでいる所に大雅の腕時計からブンブンという振動が発せられた。
「どうやら、お客さんの様だぞシリ」
「ヤッちゃう?」
「いや、明らかに盗賊で狙って来たらそれでも良いが一応は話を聞いてみよう」
「わかったわ」
シリはそう言いながらも剣を手にした。
「旦那さん方、ちょっと良いかね」
みすぼらしい格好の男が尋ねた。
剣を腰に差しているが、抜いてはいない。
「どんな要件だ」
「俺はジョン・ヴァードゥンという、実はウイッチャーと見込んで頼みが有るんだ」
「ほう? 何故ウイッチャーだと?」
「そのメダルだよ、あんたのは微妙に違うように見えるが、お嬢さんのメダルは見覚えがある」
「以前に狼流派のウイッチャーに逢ったというのか?」
「ああ、二度も助けて貰ったんだ。
忘れはしないさ。
生まれ故郷はこの近くのヴァリストって言う村なんだ、ロックベインに身を寄せてヴァリストに戻って来て見たは良いが廃墟になってた。
もう村を出て15年、覚悟はしていたけどまさか廃村になってたなんて思っちゃいなかったさ」
「ヴァリスト・・・もしかして真ん中に大きな石が有って周りを家が取り囲んでいる村か?」
「ああっ! そうさ! それだよっ、知っているのか?」
「以前エードクリンヴェールからケイアモルヘンに立ち寄る際に道に迷ってな、偶然たどり着いた。
だが、あの村は廃村になってどう見ても数年ほどは経ったような状況だったが・・」
「ムルブリデールに居た時、白狼と呼ばれるウイッチャーに助けて貰ったんだ。
盗賊に身をやつした俺を助けてくれたんだが、アーステンに流れ俺は完全に盗賊の生き方に居ついていた。
そんな時再び白狼に会ったんだ。
だから俺は金を払って見逃してもらった。
それから俺は故郷の村ヴァリストの惨状を見て生き方を変える決心をしたんだ。
金は無いが実は俺たちの一族は村のある秘密を守って生きて来た村なんだ」
「ある秘密?」
「ああ、あの石の地下には洞窟が有って、其処を守るためにあの村は作られたと聞いている。
多くの村の人間は知らないが、長老を出した家には伝わっているんだ。
中には宝や財宝が多く眠っていて、けっして手を出してはいけない、ただし村の存続にかかわる場合のみ手を付けて良いと伝わっている。
その中から半分は渡すから、何とか手伝ってくれないか」
「ね、村の為の財宝なんでしょ?
もう廃村になった村じゃ遅くない?
ああ、なるほど。
貴方はそのお宝が欲しい訳ね」
シリはそう言った。
「それも有るけど、出来れば村を再興したいんだ。
あの村には両親や兄弟の墓も有った。
墓には何年前か判らないが捧げものを置いた形跡も有った。
だから・・誰か判らないが訪れた者が居る事は確かなんだ。
ロックベインで生きながらなんとか再興の道を探りたい」
「なるほどな。
いいだろう、但し半折じゃない。
こっちはウイッチャーが二人だ、三人で山分けなら手を貸そう。
村を再興するなんて確固たる信念が無ければできるものじゃない。
洞窟をさらった後、其の翌日にはお前が考えを変え、散財に走るかもしれない。
もしかしたら、とっくに財宝なんか盗掘され残っていないかもしれないしな」
「それは無いっ! あの秘密は長老にしか伝えられない。
他の村人には知らされていない事なんだ」
「ほう? 詳しく聞こうか。
先ずは15年前に村を出たお前が長老しか知らない事を知っている所から聞こう」
「村を出る時俺はまだガキに毛が生えた程度だった。
その時、以前の長老から俺の親父に長老の話が回ってきた。
前の長老が病気がちになり、もう先が長く無い事を悟ったからだ。
その時、俺の親父は長老に呼び出され長老の家に行っていた。
同時にその時、俺は長老宅の床下に逃げ込んだ猫を追いかけて潜っていたんだ。
そこで聞いたからよく覚えているんだ」
「その洞窟について知って居る事は?」
「洞窟の入口は村から少し離れた所に祠がある、村の中央にある大石はごまかしだ。
祠は朽ち果ててるかもしれないが、その下に大きな石板が並んでいる、其処が入口と聞いている」
「中については何か情報は有るか」
「情報と言う程でもないかもしれないが、洞窟が塞がれた時一人の巫女が人柱として閉じ込められたという伝説が残っている。
どれだけ昔なのかは知らないが」
「どうするシリ、彼を助けるかどうか」
「まあ、急ぎ旅でもないし遺跡も気になるわ。
ただし、お宝はきちっと三等分よ」
「いいだろう。
だが取りあえず、今日はもう夜だ。
調査は明日にしよう。
ジョン、お前はどうするつもりだ?」
「火の番をして過ごすさ。
毛布でも貸してくれるとありがたいが」
「いいだろう、寝袋を貸してやる。
ただし無言で天幕の中に入ってきたら死ぬことになる。
それと武器は預かる。
後はあの地面に指してある物から外側には絶対に出るな。
何かあったら大声で起こせ」
「わかった」
気が緩んだのか、ジョンの腹から盛大に鳴る音がした。
「腹が減っているのか」
「ああ、でも慣れているし、腹が膨れれば眠くなるからいい」
「別に寝ても構わんぞ。
お前が寝ててもあの装置が知らせてくれる。
丁度、さっき作った飯が残っている、それでよければ食うか?」
「あ、ありがてぇ!
ずっと良い匂いに腹が捩れそうだったんだ。
もらえるのか?」
「簡単に粥に塩漬けのトラウトの切り身を入れただけの物で良ければな」
焚いてから1時間した程度だからまだ冷めきってはいないが、僅かに水を加えコンパクトバーナーで加熱した。
「ああ、腹に堪える匂いだ・・・」
大雅はシェラカップに残った粥をよそって、塩漬けのトラウトの切り身を乗せてジョンに渡した。
「さ、簡単な物しか無いが食ってくれ。
なにせお前が付けて来ているのを知ってたから簡単な物しか作って無くてな」
「あら、タイガ私は米の粥と塩漬けのトラウトは大好きよ、1日一食はアレでも良い位だもの」
「お気に召しまして光栄です、姫」
「苦しゅうない、よきに計らいなさ・・・ぷっ・・あっはっはっはっ!
似合わない事はしない方が良いわね、あはははっ」
「うう・・うめぇっ!」
ジョンは始めて食う米粥の旨さに聞いていなかった。
あっと言う間に食べ終わり、空のシェラカップを見つめている。
「始めて食ったけど・・・麦じゃ・・無いよな・・これなんだ?」
「米と言う穀物だ。
こちらではみかけたことは無いがな、俺の国じゃこれが主食だよ」
ヴァードゥンは腹が膨れたら眠くなったのか舟をこぎ出した。
「ねぇ、コイツ大丈夫かしら?」
「まあ、武器も取上げたし、寝袋に仕掛けがして有ってな、ジッパーを絞める時はスムーズだが開く時は引っかかって開かないようにしてある。
つまりは芋虫状態って訳だ」
「うふふっ、なら大丈夫ね」
ヴァードゥンを寝袋を勧め、自分たちもテントへと向かった。
ヴァードゥンは寝袋の暖かさに驚きながらもあっという間に夢の国へと旅立った。