シリとロアナにとっては異世界。
その中でも他国から異世界呼ばわりされている日本、二人はどうなるのか。
「もうすぐアレンウォードに着くの?」
「いや、その手前のスウェッドという村だよ。
畜産とチーズが主な産業の村だな。
明るい内には着かないが、明日早めに出れば午後過ぎにはアレンウォードにつくだろう」
「じゃ、今日はスウェッドに泊り?」
「そうなる、村おさと仕事で知り合ってな。
ついでに怪物や盗賊の状況も確認しておきたい。
そこに泊れるだろう」
「助かるわ、そろそろ体を拭くだけじゃ無くお風呂に入りたいもの」
此方の世界にはシャワーなどという便利なものは無いし、日本の様に暖かい湯船に浸かる習慣もない。
あくまで体の汚れを落とす為に木のタライに熱湯を入れ、適宜薄めてぬるま湯にして入るだけである。
まあ、地球でも海外の多くはシャワーだけとか体の汚れを落とす為の作業で、リラックスや体を温める為に入るという習慣は日本以外あまり見られない。
金持ちは別であるが。
実は、この暖かいお湯に浸かるという行為は、免疫を賦活する効果がある。
感染症になれば発熱する事は皆多くの人が知っているが、これは免疫系が最も強く活動するのが38℃から40℃ほどなのだ。
だから日本人の様に深部体温が一時的にでも40℃近く上がるという事は、免疫系が賦活化し感染症がある場合はこれを叩く。
それだけではない、外傷などの治癒速度も似たようなメカニズムで治癒する速度が上がる。
だから、昔から日本では医療技術が発展するまでは湯治という物が重要視されてきたと言える。
シリは何度か陸自式の風呂に入っており、大雅も良く温まるよう説明してきた。
そして、その効用や効果だけでなく、ゆったりしたリラックス効果に嵌りつつあった。
「盗賊どころか怪物一つ見ないわね」
「以前、徹底的に駆除したからな。
戦争も休戦状態みたいだし」
「まるで街の中みたい」
「まあ、そう長くは続かないだろうが」
スウェッド村までまだ10kmほどあるというのに、道の横に点在している広場には荷馬車や天幕が張られていた。
「結構人は多いのね、この街道」
「ああ、以前は殆ど居なかったけど、どうしたんだろうな。
初めてだよ、こんなに人の往来が多いとは」
「ようっ! あんた等もスウェッドに向かうんかねぇ」
見知らぬ商人風の男が声をかけてきた。
「ああ、そうだ」
「夜なのに大丈夫かねぇ」
「なに、月明かりもあるしな」
「今から行っても宿は埋まってるらしいぞ。
今日すれ違った知り合いが言ってた。
馬二頭と天幕を張る場所位ならあるぞ」
「宿? 宿なんか無い筈だが」
「3か月ほど前に出来たんだよ、規模は小さいが旨い飯を食えるって話でな。
元々チーズではそこそこ知られてたんだけど、ふた月先までいっぱいだとよ」
「わかった、 だが宿に泊まる訳じゃ無いから大丈夫だ。
怪物や盗賊の噂は?」
「全然聞かねーよ。まるで街の中みたいだって噂だよ」
商人風の男と別れ二人は再び馬を歩かせた。
「宿あるのね」
「俺も知らなかったよ」
大雅はロッテンから聞き逃した理由が、彼女の機嫌を損ねたのかもと少し思った。
村の北側、空き地だったところに大きな建物が立っていた。
灯りが灯され、馬止には何頭もの馬や近くには何台もの荷馬車が置かれている。
その新しい宿屋を横目で見ながら、既に何回も訪れている村おさのシモンの家のドアを叩いた。
「こりゃまた久しぶりだ、タイガ、元気そうで何よりだ。
さ、入ってくれ」
「いや、悪いが庭先を一晩貸してくれないかと思ってな」
「そんなこと言うなよ、このスウェッドとアレンウォードの英雄を野宿なんてさせたら私が何を周りから言われるか恐ろしいよ。
頼むから泊まっていってくれ。
話したいことも沢山ある」
「いや、1人じゃないんだが」
「ん? ロアナかい?」
シリがフード取って挨拶した。
「妻のフィオナと言います、タイガがお世話になったようで」
先手を取られた大雅は否定も出来ず、ただ諦めた。
「ほう・・・それはめでたいじゃないか。
詳しく話を聞かねばならんな」
「いや、正式にはまだなんだが、フィオナとは一応約束はしててだな・・」
「アナタぁ、ドアの所で話なんかしていないで入って貰いなさいな」
ドロタ夫人が声を奥から掛けてきた。
「あ、ああそうだよ。 ささ、入ってくれ」
以前来た時より部屋の中の物が増えたというか、椅子やテーブルも綺麗な物に変わっていた。
それどころか、絨毯やテーブルクロスも増えている。
「二人とも食事は?」
「夜遅くにすまないな、未だなんだ」
「部屋は以前泊まった部屋が空いている、そこで良いだろう?」
「ええ、構わないわ」
「だが、ロアナががっかりするだろうな、結婚したと知ったら」
「いや、だからそれは・・」
「ちゃんとロアナから聞いているよ、2年後に戻ってきて回答を出すとな。
今はちょうど其の頃じゃないか、あの子ももう16になる、胸も大きくなって綺麗になったぞ」
「ふーん、ねその話詳しく聞かせて貰えないかしら。
ウチのタイガがそんな迷惑を掛けてたなんて妻としてお詫びしなくちゃね」
タイガは腋の下に嫌な汗が出始めたのを感じた。
その後シモンから村の現状を聞いた。
ケチャップは賞味期限も長い事から増産しても追いつかない程で、スウェッド村のコーダチーズに近いものが主力のスウェッド村にとってチーズの売り上げは倍々ゲームで増加、ここも生産が追い付かない状況との事。
当然人手も全く足りなくなり、どちらの村もどんどんと人口が増えていること。
また、モッツァレラに近いフレッシュチーズは流通の関係から、こことアレンウォードとスウェッドでしか食べられない為、それを食べる為にはこの二つの村まで来なければ食べられない。
今では、アレンウォードは村人のほぼ7割以上の人が何らかの形で製造にかかわっており、この二つの村は日々人口が増えて居る事など2時間に渡って熱弁を喰らった。
スウェッドでも畜産だけでなく、トマトも生産を始め最盛期には毎日の様にアレンウォードへ荷車で運んでいるとの事。
「で、シモンさん。
ロアナさんについては?」
「あの娘は一途だよ。
まあ、事業で忙しいことも有るが浮いた話一つ無いし、いまでは全体を統括しているが後継者の育成に躍起でね、未亡人となってしまった者を教育しているところだ。
だから私も不思議に思って、突っ込んだ所まで聞いてしまってね。
あの娘はあれで結構芯が強いというか、悪く言えば強情な所が有ってね簡単にあきらめる事はしないよ。
だからこそ、ああして事業をやってこれたんだろうね」
「うーん、良くその娘と話し合う必要が有るみたいね。
わかったわ、ありがとうシモンさん」
「今まで不幸なことも多かったあの娘、なんとか解決できればいいが」
「なあ、フィオナ」
「あなたは黙ってて。
これは私とロアナと言う娘の問題よ。
既にこれは貴方だけの問題じゃないの。
この件については私に任せて」
「いや、確かに2年後という優柔不断な判断をしたのは・・」
「本当にそうよ、タイガは追い詰められないと決断できないし、これは貴方の不甲斐なさが招いた罰よ。
だから、一言もあなたに文句を言う権利なんて無いの」
「文句だなんて・・・」
「いい? さっき言ったようにこれは私とロアナと言う娘の問題よ、既に私が居る以上は貴方だけの問題ではないの。
それとも私を捨てる? ふうん、タイガってそう言う男だったの?」
「それは無い。
そんな軽はずみで俺はフィオナを抱いていない。
ロアナだって抱かなかった。
下着一つでベットに潜り込まれてもだ」
「なら、別に良いじゃない。
凛としていなさいよ。
ただ、若い娘の純真な恋心を踏みにじるのも良いとは思わないわ。
だから私に任せてって言ってるの」
「はい・・」
「ホント手間のかかる亭主よね。
もう、他に女は居ないでしょうね」
大雅は身から出た錆とは言え、全て吐かされた。
「なるほど、国にも一人粉掛けてきている女が居るのね。
まさか抱いてないでしょうね」
「無い無い無い!絶対ない!」
「タイガ、一つ言って良いか?」
「何でしょうシモンさん」
「敷かれてんな完全に、こりゃ勝てねえよ」
がっくりと肩を落とす大雅であった。
翌朝になり朝食を頂いた後、二人はアレンウォードへと向かった。
二人はずっと無言だ。
「タイガ、一つ聞きたいのだけど。
ロッテンは好みじゃ無いの?
それとも何かのしがらみで抱く訳じゃ無かったとか?
正直に言いなさいね」
「俺の国じゃ16歳未満は抱くと法律違反なんだ。
どんな理由が有っても、法である以上は許されない」
「ふうん、もし16以上だったら?」
「抱いてたかもしれない、理知的で頭の回転も速い。
そして物事に真摯にあたる。
とても魅力的に映ったよ」
「・・・・・」
「怒ったのか?」
「いいえ、怒って無いわよ。
いっそ正直に話してくれて有難いわ」
「・・・・・」
「タイガ、私はそんなにウブじゃ無いわよ。
イェネファーに色々聞いて育ってきているの。
彼女曰く、イイ男ほど下半身と頭は別の生き物だってこと。
苦労したらしいわ、ゲラルトってまさにその通りだもの。
イェネファーと一緒になる前は娼館に入り浸るわ、彼方此方に女作るわ、イェネファーが知ってるだけで何人もの女魔術師を関係してたみたいよ。」
「・・・・」
「それに比べたらまだタイガはマシね。
ゲラルトも今はイェネファー一筋よ、まあ、私を捕まえた以上はタイガも年貢の納め時ね。
そうね・・・私に子供が出来たら・・・ふうむ・・そっか・・下手な女に引っかかるよりマシかも・・・」
「シ、シリ・・・ちょっと色々待ってくれ」
「なに?」
シリはにっこり笑って大雅を見た。
肉食動物の様な、例えれば大型の灰色狼の様な目が大雅を見据えた。
顔は微笑んでいるが、眼は笑っていない、完全に獲物を狙っている眼だ。
″怖えぇっ!″
「いや、その・・俺の国では妻になれるのは一人だけなんだ」
「ふうん、それが?」
「それがってな・・」
「別に愛人や妾が法律違反とかじゃないでしょ?
それにこっちじゃ妻は一人なんて法は殆どの国に無いわよ。
逆に財力に余裕のある男は国によっては複数の妻をもつ事を奨励しているわ。
未亡人やその子供たちも含めてね。
じゃないとこの世界じゃ人口なんて増えないもの。
王なら複数居るのは当たり前だし、王配だって公妾は認められてるわ。
子供が出来なかったら王家の存続の危機だもの」
「確かにそうかもしれないが、俺のとこでは無理だ」
「だからその解決策を模索しようって言ってるのよ。
私だって女として一途に思いつめた女を踏みにじろうなんて思っちゃいないわ。
逆に同じ女であるからこそ、理解できるのよ。
だから任せなさいって言ってるの」
大雅は碌でもない予感になる事しか感じなかった。
翌日、二人は朝早くからスウェッドを出発した。
アレンウォードには午後過ぎには着くだろう。
「随分人通りが多いわね」
「ああ、前は人を見るなんて稀だったんだが」
実際、結構な荷物を背負った行商人や、大小の荷車、幌を張った馬車も見受ける。
途中スウェッドで調達したパンを齧りながら丘で休憩を取りアレンウォードの方を見る。
大きな建物が4棟立っているのが見えた。
その内1棟からは煙突から煙が見える。
「シリ、村が見えた。 見て見るかい」
双眼鏡をシリに渡した。
「結構大きな建物が見えるわね」
「俺が村を出た時は、1棟だけだったが4棟に増えてるとはな」
「なにか理由でもあるの?」
「たぶん、ケチャップだろうな。
今は時期的に生産はシーズン終わっている筈だがな」
村に近づくと大きな建物の一つから、盛んに木箱に入れられたものが荷車に積み込まれている。
工場の前の広場には村人が50人ほど集まっていた。
「みなさん、今年もありがとうございました。
期間従業員の方は本日をもって、業務終了となります。
今週の給金ですが、今年は大幅に売り上げが伸びましたので臨時に追加で全員にフロレンスで50%の増額を行って支給いたします」
皆から大きな歓声が上がる。
「来年のシーズンの期間従業員も既に予約いただいている方もおりますが、またお会いできる事を楽しみにしております。
みなさん、お疲れさまでした」
壇上ではロアナが挨拶していた。
2年の時間はロアナを少女から若い女性へと変貌させていた。
突然、左わき腹が抓られる。
「痛いってばシリ」
「ちょっとぉ、あんな可愛い娘振ったの?
わたしとはタイプが全然違うけど、結構私の好みね」
「へえ、シリは女の子もイケるクチ?」
「知らなかった? 一時期は女の子と付き合っていたのよ。
ロフォーテンで知り合ったミスルって言う娘よ。
最初は抵抗できない形で無理やりされたけど、最後はお互いに理解し合えたの。
私の太腿の内側に赤い薔薇のタトゥーが有るでしょ。
記念に一緒に彫ったのよ。
知ってる? 女の子同士の夜って際限がないのよ、それこそ朝まで。
その時からかな、女の子同士も良いなって思ったのは。
もう死んじゃったけど」
「初耳だよ」
「男が良いって知ったのはタイガだけよ。
ちょっと良いなって思った人はみんな死んじゃったし」
「複雑なんだね」
「ええ、複雑なのよ。
あの娘、顔立ちは違うけど雰囲気はそっくりね」
「えーでは、今から給金を配ります。
一人づつ横のテーブルで受け取ってください。
あ、交換に社員証は必ず返してくださいね」
別の25歳ほどの女性が大きな声で話した。
ゾロゾロと皆横のテーブルへと並んだ。
「タイガっ!」
大雅を見つけたロアナが凄い勢いで駆け寄ってきた。
そしてそのまま大雅に抱き着いた。
「帰って来てくれたっ! 待ってた! 会いたかった!」
「ただいま、ロアナ久しぶり。
周りの人がみんな見てるよ」
「かまわないわ! ずっと待ってたんだもの!
もう帰ってこないんじゃないかと、ずっと不安だったの!」
「わかったわかった済まないが家で話そう。 ここじゃ・・ほら、みんな見てるよ」
「わかったわ、家で待ってて。
すぐに帰るから。
鍵渡すから。
何処にもいかないで、必ず待っててね!」
近くにシリが居たが気が付かないようだ。
以前と同じ所に家は有ったが、地球で言えばリフォームしたらしく、所々新しい部材に変わっている。
勝手知ったるナントカで、大雅はお茶を淹れて待つ事にした。
摘まむ物も欲しいので、棚にあった黒パンを薄く一口大に切り、フライパンに砂糖と水、少量の油を入れカラメルを作っていく。
そして、その中にパンを入れカラメルブレッドを作った。
「あら、美味しそうね」
シリが早々に一つ口に放り込む。
「冷めてからの方がカラメルが固まって旨いぞ、もう少し待ったら良いだろうに」
「あふっ、んんんっ美味しい! これ初めて!」
「茶菓子なんだから食べ過ぎるなよ」
そんなところにロアナともう一人の女性が一緒に帰ってきた。
「ただいまっ!」
ロアナは帰るなり大雅にひしっと抱き着く。
「お、おい。 それよりこの方は?」
「紹介するね、レダニアから来てくれたエヴェリーナさん。
今は私の右腕」
「宜しく、私は大雅という、此方は・・」
「フィオナよ宜しく。 因みにタイガの婚約者よ」
「宜しくお願いします、フィオナさん」
「ちょ、ちょっとちょっとちょっとぉぉぉっ! 婚約者だなんて聞いてないんだけど私!」
「それについては後でゆっくりお話ししましょ、ロアナさん」
「ぐっ・・・ちゃんと・・話してくれるのよね。
でもタイガ! これは卑怯だし酷いんじゃない?!」
「い・・いや。それについては後でゆっくり話そう」
それからケチャップ工場についてロアナとエヴェリーナさんから色々聞いた。
いくら生産しても片っ端から売れていくこと。
製造工場を2棟と保管棟として1棟増やした事。
トマト畑を数倍に増やしアレンウォードの村人の多くが携わっていること。
バラバラだった瓶を規格化し木箱の輸送効率を上げた事。
トマトの品種も数種類季節を変えて植え以前より安定してトマトが生産で着ている事。
「で、社長業も板についてきたね」
「ええ、今は工場長のエヴェリーナさんに殆ど任せられてるわ」
「そうでもないですよ、最終判断はやはり社長じゃ無いと。それに村の村おさの仕事も兼務ですし」
「村おさについては、ロッテン様の紹介でエード・グリンヴェールから来てくれたアトバールさんが引き継いでくれるよう引継ぎ中よ、とても優秀で私が気が付かない事もしてくれてるわ。
それより、彼とエヴェリーナさんがちょっといい雰囲気になってるのは知ってるわよ」
「あら、こっちに飛び火ですか、ならば返し火と行きましょうか、タイガーさん」
「な、なんでしょう」
「ロアナさんはこの2年ずっと身持ちも硬く懸命にこの村の為に生きて来てます。
彼女から全部聞いてますよ、こんな一途な娘をこのままにしておくつもりですか?
手紙一つ無く、突然帰ってきて婚約者ですか。
人としてどうなんでしょうか。
私は社長の味方ですから、納得のいくお答えを聞くまでここを動きませんよ」
「それについては私から答えるわ」
シリは淡々と話し出した。
「私の本名はシリラ・フィオナ・エレン・リアノン。
この名は知られていると思うけど帝国皇帝の娘よ。
訳あって今は国を出奔しているけど、私はちょっと複雑な立場に居るの。
一応は死んだことになってるけど、父は信じていないでしょうね。
あと、婚約者とは名乗ったけど私の養父と養母には認めて貰ったけど皇帝の父には私の生存さえ確認させていないわ。
機が有れば私はシントラを取り戻したいとは考えているけど、それはタイガ次第ね。
タイガが国に帰るようなら、必ず付いていくつもりよ。
こんな世界は見捨てておさらばするわ。
そして、子を産みずっとタイガと生きていくの」
「わっ、私だってそうです!
タイガさんに2年待ってくれって言われたからちゃんと守りました!
だから私だっていつでもすべてを捨ててついていくつもりです!」
「解ったわ、それについては今夜二人っきりで話しましょう」
「ええっ! 望むところですっ!」
「あのぅ・・・」
大雅は右手を小さく上げて発言を求めた。
「「なにっ(なんでしょう)」」
「刃傷沙汰や暴力沙汰は避けて頂けると・・・」
「タイガ、私を何だと思っているの!」
「そうですよ、いくら魔弓のロアナと呼ばれていても、弓で撃ったりしませんよ!」
「ああ・・なら・・・はい・・」
「ふふっ・・うふふふふっ・・・」
突然笑い出したエヴェリーナを皆は見た。
「いやね、どうなる事かと思いましたが、そっくりなんですものフィオナさんと社長。
ぷっ・・くぷぷふっ」
「に、似てる?!」
「まあ、どうなれタイガーさん、敷かれるのは確定ですね。
でもその方が家庭はうまくいくってもんですよ。可笑しいわ。
では、私はお暇しますね。
あもちろん、フィオナさんの事は誰にも話しませんよ、私は政争に巻き込まれるのはごめんですから。
社長、後で教えてくださいね・・決着・・うふふっ
あ、其のおいしそうな匂いのお菓子少し頂いていきますね」
そう言って、器に一掴みほどのカラメルブレッドを取ると帰っていった。
「まずは食事にしましょうか」
ロアナは立ち上がった。
「手を貸すよ」
そう言って大雅は立ち上がりシリの方を見た。
さっさと行けと言わんばかりに手の甲を上にしてひょうひょいと弾く。
「すまない、ロアナ」
「別に、約束したのは2年後に帰ってくる事と、答えを出すって事でしたから。
でもいきなり婚約者連れてって言うのは、正直心に堪えます」
食事が終わりロアナは「お湯の準備をしてきます」といって出て行った。
「タイガ、最後に聞くけど、法や色々な事はすっ飛ばして、ロアナも妻みたいになったら納得する?
ぶっちゃけ、もしよ、もし私とロアナ二人とも同じように愛せる?
平等に愛せる?」
「・・・すこし、時間をくれないか。
まあ、例えばの話で良いんだよな」
「ええ、もちろんよ。
明日の朝まで待ってあげる。
でもちゃんと答えは出してあげてね。
私かロアナか、それとも二人一緒か、男冥利に尽きるじゃない、両手に花よ」
″どうして・・こうなった?!″
「今日はロアナの部屋で話すわ、あなたは一人で寂しく今夜は寝なさいね。
ひとり寝は寂しい?」
「ああ、そうだな寂しいよ」
「正直でよろしい」
そう言ってシリはロアナの後を追った。
大雅は疲れ果て、以前借りていた部屋に行き、早々にベットに入った。
「・・・・・!」
「・・・・。・・・・・・。」
少し離れた所からシリとロアナの話す声が聞える。
内容までは聞こえないが、それを聞くうちに眠ってしまった。
翌日、夜が明けかかる前に大雅は目覚めた。
着替え、居間に行き竈に火をおこした。
熾火が出来ると、囲炉裏の様な場所に熾火を移し、炭を追加する。
少し肌寒くなってきているので、火が心地よい。
二人はロアナの部屋に泊ったようだ。
ポットに紅茶を淹れ、自分のカップに注ぐ。
このカップも以前大雅がここで使って居た物で木で出来たカップだ。
エンジュの木で造られたカップは冷めにくく、香りも邪魔しない。
ハーフリングが削り出し取っ手をつけたもので、表面をシェラック樹脂のような物で含侵させてある。
紅茶を1杯飲んだところで、シリが起きてきた。
「おはようシリ」
「わたしにも頂戴」
黙ってお茶を渡す。
心なしか疲れた顔をしていた。
「・・・・」
「・・・・」
無言の時間が流れる。
「ほらそんなところで見てないで、こっちにいらっしゃい」
ロアナもやはり少し疲労したような顔だが、顔が紅潮していた。
大雅は黙って紅茶のカップをロアナに差し出す。
「ね、ロアナ。
私達ってとんでもない男に引っかかったのかもね」
「そうですねぇ。
でも好きになっちゃったんですもの、仕方ないです」
「そうなのよね。
という事で、二人とも嫁にしなさいタイガ」
「すんません、シリさん、ロアナさん。
話が全く見えないんですが」
「三人とも幸せになる方法を模索したの。
お風呂で裸の付き合いして、腹を割って話したわ。
結論は、私とロアナが好き合えばほら、問題解決。
後はタイガの甲斐性次第ね。
二人とも貰う気概は有るのかしら?
あ、養えなんて言わないから安心して。
人間その気になったらどんなとこでも生きて行けるから」
「いや、以前も言った通り俺の国では一夫一婦制なんだ。
もちろん法的には妾とか実態は有っても法的には守られない」
「それを聞いているんじゃ無いわタイガ。よーっく聞いて。
法とかしがらみとか関係なしに、二人とも平等に愛して扱ってくれるかどうかよ。
どちらかが妾で有れ、側室で有れ関係なんか二の次、法や人がどう解釈しようとも、二人を同じ様に愛し、子を授け助け合って行く気がタイガに有るかどうかよ。
さあ、私たちの前で答て!」
「はい。白旗降参です」
「で、ロアナの事も好きなのね」
「はい、その通りであります。
こんなに可愛くて魅力的になるとは思ってもみませんでした。
2年前なら迷わず抱いていたと思います」
「正直でよろしい。
良かったわね、ロアナ。
夕べ一晩頑張った甲斐があったわ」
「私は腰が抜けましたけど」
そういって、ロアナはシリの腰を抱いた。
″何があったかは聞かない方が良い・・・うん。
これは地雷だ。目の前に地雷がある、下手に聞いたらヤバイ″
「で、タイガこれからどうするの?」
「此処から北西に遺跡がある、朽ち果てた石塔のような物だ。
そこから飛べるかどうか試す」
「あのう・・・3日ほど待って頂けませんでしょうか」
「・・そうかロアナの準備ね。 解ったわ、じゃあその間私は一度トゥサンに行ってくるわ。
ついでにロッテン嬢に話をつけて来るわね。
ロアナ、ロッテン嬢宛の手紙を書いてくれるかしら。
戻ってこれるのは2日後かな」
「はい。わかりました」
「その間タイガに2年間ほったらかしにされた分、思いっきり可愛がってもらいなさい」
「は、ハイっ!」
真っ赤になったロアナと二人で朝食を作り始めた。
朝食が終わるとロアナは手紙を書きシリに渡した。
シリはそれを持って門を開き消えた。
「さてと・・私も工場に行ってエヴェリーナさんに後の事を頼んでこなくちゃ。
あ、皆にも説明しなきゃだわね。
昼には帰れると思うから。
暇だったら昨日のお菓子、食べ損ねたから作って欲しいな(はあと)
パンはあそこの棚に置いてあるから」
そういうと、ロアナも出かけて行った。
大雅は放心したように無心でひたすらカラメルトーストを焼いた。
気が付くと30センチほどの丸パンが4個消えていた。
ふと思いつくと日本から防湿セロファンの袋とシリカゲルの小袋、そして口を閉じるシーラーなどを取り寄せた。
シリは別としてこの地で生きて来たロアナにとっては別れは大きな転機だろう。
ロアナが帰って来たのは午後も夕方に近くなってからだ。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。
うわっ、これ何?」
「一緒に飛ぶのならお世話になった人への・・・ちょっとした礼に使えると思ってな」
「ね、私の分は? シリさんのもある?」
「ああ、別に取ってあるよ、てか昨日シリ全部食ってなかったか?」
「ええ、お陰で私の口には入らなかったのよねぇ」
「そこに有るよ、ロアナへの特別製だ」
″ふふふ、カロリー爆弾を喰らうといい″
大雅が作った特別製は単にカラメルをパンに焼き着けただけでなく、フレンチトーストの様に卵と牛乳を混ぜ沁み込ませ、さらにクリームとバターに大量の砂糖を溶かしたカラメルを焼きつかせたものだ。
食パン1枚ほどの大きさで400kcalは下るまい。
3枚くらいはペロリと行くだろう、それだけで1200kcalになってしまう。
色を添えるため裏庭に生えていたミントを数枚散らしてある。
「わあ、タイガありがと!」
嬉々としてロアナは食べだした。
「ん~~っ! おいしいっ!」
幸せそうに食べる姿は、げっ歯目の小動物のようである。
「はあ~美味しかったぁ。ね、タイガ、これなんていうお菓子?」
「しいて言えばフレンチカラメルトーストかな。お菓子というより食事に近い」
「もう2枚くらい食べれそう」
「やめといた方が良いよ、それピザトースト並みに栄養が有りすぎるから」
「うっ・・・や、やめとく」
ロアナはピザトーストを食べすぎてデブと化した村人を何人も知っていた。
結局ロアナは殆ど夕食は食べれず体を洗いに行った。
「ふう・・タイガお湯使って。新しいお湯入れてあるから。
あと・・・これ飲んで欲しいの」
「これは?」
「いや、体に悪い物じゃないのよ。
ちょっと元気になる薬草を混ぜた物かな?」
″なぜ疑問形なんだ・・・″
「体調がおかしくなったりはしないよな」
「たぶん、私もさっき・・・飲んだの・・・部屋で待ってるから・・・」
「わかった」
大雅は薬草臭いドロリとした緑色の液体を飲んだ。
″味は・・うん青汁だなこれ″
大雅は風呂場・・と言っても半屋外の様なところだが、冬が近いのか厚手の布で目張りされていた。
湿気は逃げていくから合理的と言えば合理的だ。
「ふう・・・やっぱり風呂はいいな。
湯沸かしの釜も買ったのか・・・」
地球から見たら奇妙な形の湯沸かし釜には煌々と熾火が燃えていた。
体を洗っている最中に異変は起きた。
股間の辺りがムズムズするのだ。
″あー、やっぱりかぁ・・・嫌な予感的中だよぉ″
大雅は意を決してロアナの部屋のドアをノックした。
「・・・朝か・・・・」
簡素なベットの隣ではロアナがもちろん全裸で眠っている。
″これじゃゲラルトの事言えねーわ″
大雅は彼女を起さない様にそっとベットを出た。
置いてあったローブを着てトイレに行ったが、トイレを済ませても状態は変わらなかった。
いや、余計にひどくなっている。
″ロアナ・・・どんだけ盛ったのさ″
再びロアナのベットに潜り込むと、今度はロアナが恥ずかしそうにローブを着て部屋を出て行った。
暫くするとカップを二つと、木のボール一杯のカラメルトーストを持って来た。
「お腹空いたからこれ食べよっ!
ミルクも温めてきたの」
「ベットでか?」
「うん、新婚さんは3日程こうして過ごすよ。
こもりっきりで。
あ、これもおいしい」
サクサクと食べるロアナをよそに大雅はミルクを飲んだ。
渇いた喉に温めたミルクが旨い。
ここのミルクは所謂ノンホモ牛乳で、時間が経つと牛乳の上の方にクリームが上がってくる。
昨日大雅が使ったクリームもこれだった。
そのため、下の方は意外にあっさりしていて飲みやすい。
この村には以前から共用の氷室がある。
大きな小屋の中に大量の藁を撒き、冬季の間出来た氷や雪を放り込み、再び藁で包む。
壁や屋根にも分厚く藁の束を張り付けてあるため、冷蔵庫として使えるのだ。
地球にも昔から熱帯を除いて世界中にこうした設備は昔から有った、それこそ有史以前からだ。
「なあ、ロアナ。 あの薬草・・いつまで効いてんの?」
「今日の昼くらいまでかな、普通は今日も朝にのむんだけど・・・ごめんなさい。
まだ慣れてなくて・・・ちょっと沁みるし・・・こんなに凄いなんて思わなかったの。
タイガったら激しいんだから」
「うん、明日はゆっくり休もう」
「・・そ、それが良いかも・・・」
″異世界、パねぇ あっちで売ったら爆発的に売れそう″
昼前には落ち着き、二人は別々に風呂を使った。
シリは隙あれば一緒に入ろうとするが、ロアナはまだ恥ずかしいらしい。
ロアナのリクエストでウサギ肉のから揚げを作って、手作りのマヨネーズも添える。
ウサギ肉がそろそろ食べごろだというので氷室から3羽ほど持って来たのだ。
お蔭て、大きなボール一杯のから揚げが出来上がる。
最後の醤油に砂糖を加え甘辛たれも作った。
「なにこれ美味しいっ! こんなの初めて」
「甘辛たれだな、最後の醤油だ」
「醤油?」
「大豆という豆を煮て塩を加え発酵させたものを絞るとこれが出来る」
「もう手に入らないの?」
「無理だな、持ち込んだこれで最後だ。
ケチケチ使ってきたがコレできれいさっぱり無くなったよ」
「向こうでは簡単に手に入るの?」
「ああ、何処でも売ってるし簡単に手に入るな」
「うん、また行きたい理由が増えたかな」
二人で食事を済ませるとドンッと隣のロアナの寝室から音がしてシリが戻ってきた。
もしまだ二人で寝て居たら大惨事か気まずい事になってたかもしれない。
「お帰りシリ」
「お帰りなさい、お姉さま」
″んんっ? お姉さまぁ? ″
「はい、ロッテンから手紙よ。
せかしたけどウンウン唸りながら2時間もかかって書いてたわ」
「ありがと、お姉さま」
ロアナは手紙を読むと、工場へと出かけて行った。
「はあータイガ、これ物凄く美味しそうな匂いなんだけど」
「ああ、揚げたばかりだからこのタレを付けて食べると良いよ。
あと、マヨネーズも作ったからちょっとつけて食べて見ると良い」
シリは余程お腹が空いていたのか、美人さんが台無しなダイナミックな食べ方だ。
「ほい、パンとスープだ。
ゆっくり食べなよ」
「はひんほへ」
「ああ、食ってからでいいから」
「んっ」
大きなから揚げ15個とスープ、パンを平らげやっと落ち着いたようだ。
「ああ・・・美味しかったわ・・・・」
「食事を摂れない程忙しかったのか?」
「ついでに、アンナ叔母さまにも会って来たのよ。
なに、あなた子爵だったの?」
「あはは、そんなことも有ったな。
貢物で貰ったような物だよ」
「必ず戻って来いって言ってたわ。
判らないわよって言っておいたけど。
なにやったの?」
「大量の白糖と紅茶」
「あきれた。 それで紅茶が出て来たのね。
道理で何で紅茶が有るのか理由が解ったわ」
「白糖はどうにもならんが、茶は種をボーヒスという伯爵に渡しておいたからそのうち物になるかもしれないけどね。
あ、あと怪物は幾つか倒したな。
スリザードって言うんだっけ? なまっ白い目が無いような気持ち悪い奴」
「えーあれ倒すのすっごく面倒なんだけど。
そっか銃なら簡単か。
で、話しは変わるけどロアナどうだった?」
シリはニヤニヤと聞いてきた。
ロアナは真っ赤になり俯いてしまった。
「ど、どうだったって・・・ま、まあ・・はい。抱きました。
抱きまくりました。 すみません自分は猿です」
「いや、そこまで卑屈になんなくていいわよ。
前の番は腰抜ける程女の子同士で・・うふふ。
これ以上は秘密よ。
でも、ちゃんと処女は残してあげたんだから感謝してよね」
「はい・・・」
「にしても、どうして他のウイッチャーは身持ちが結構固いのにゲラルトは女癖が悪いのかしら。
それとも強いウイッチャーってあっちも強いのかしら」
「コメントは控えさせて頂きます」
「そのゲラルトさんって強いんですか?」ロアナが恥ずかしさから話題を変えた。
「そうね、他流派も含めて3本の指には入るわね。
それをあっさりこのタイガは倒したのよ、それも銃も使わずナイフ一本で。
ゲラルトだってメインは剣だけど、ナイフも強いのによ」
「ほへぇぇ」
「イェネファーから聞いたけど、ゲラルトったらトリスっていう女魔術師とイェネファーの二股がバレてベットに帳付けられたらしいわ。
下着姿で二人で迫ったんですって。
そしたら鼻の下伸ばしてホイホイ言いなりになって全裸のままベットに縛られたらしいわ。
わらっちゃうでしょう。あはははっ。
でね、その後二人でその無様な姿を見ながらワインを1本開けて放置して帰ったらしいの。
ゲラルトどうしたと思う?」
「イグニでも放ったとか?」
「半分正解ね、正解はアードよ。
ロープには魔法防御と針金が仕込まれてたの。
で、当然最初はイグニを放ったんだけど、ベットが燃えだして慌てた彼はアードを連発したらしいわ。
ベットはバラバラ、壁には大穴。
宿の主人はカンカン。
なけなしの有り金全部はたいて弁償したらしいわ」
「おっふ・・・」
「でも何故バレたんだ」
「トリスとイェネファーは元々仲のいい友人なのよ。
誠実なトリスと何故か馬が合うらしいの。
だから最初っからバレてたわけ。
しかも後日キーラっていう女魔術師とも関係があった事がバレて折檻されたらしいわ。
タイガはそんな事しないわよねぇ」
″大雅、間違えるな! 正念場だ″
「もちろんだ。シリ、愛しているから抱いたんだ。
でも、ロアナの件は断るつもりだった。
それがこんな状況にしたのはどうしてだ」
「簡単な事よ、私が妊娠している間、抜身の剣みたいなあなたを放って置いたら危ないじゃない。
ウイッチャーなら妊娠の心配はあまりないけど、大雅はホイホイ子種撒き散らかしそうだし。
だから、ロアナと組むことにしたの。
組むというより、お互いの利益の為の合意かな?
子を産むのは私が先、で次がロアナよ。
知らない女をあてがうより、気心の知れた娘の方が良いしね。
私との体の相性も良いみたいだし。
ま、私もロアナなら良いかなって」
大雅は″それって俺の相手? 自分の相手?″と思ったが口をつぐんだ。
「ちゃんと二人とも幸せにするのがタイガの使命よ、二人とも信じているから」
「はい。誠心誠意頑張らせて頂きますよ」
「よし、この件はこれで終わりね。
あ、後は向こうの国に居る女かぁ・・・面倒だからそっちも引き込む?」
「マジ止めて。 アレ乗って来そうで怖いよ。
あれ地雷の様な気がするんだよ」
「地雷って踏んだら爆発するやつ?」
「虎視眈々狙われてさ、何度も何度もスカしたり逃げたりしてたんだよ」
「そんなにひどい娘なの?」
「いや、普段はそうでもない、仕事もできるし悪い娘じゃないよ。
でもなんか浮気したら問答無用で刺されそうで」
「浮気しなきゃ良いのよ」
「ごもっともで、でも浮気じゃ無くても勘違いされて刺されそう」
「あー、ロアナのタイプか」
「えっ?! そうなの?」
「一晩愛し・・んんっ! 話して解ったわ。
ロアナって結構芯は強いわよ。
あと、強情な面もあるし、それでいて思いつめるタイプ。
一度決めたらトコトコン尽くすけど、裏切られたら刺しに来るわね、笑顔で」
″怖ええっ 女怖ええっ″
「ま、そっちも私が何とかするわ。
あ、でも言葉の壁があるわね・・・どうしようかしら。
ちょっとイェネファーに相談してみようかな。
タイガ出発は少し遅らせて、イェネファーに相談しに行ってくるわ」
「ああ、それは構わんけど」
結局シリは再びコルヴォ・ビアンコへと飛び、数日帰ってこなかった。
その間、大雅はロアナと世話になった人に挨拶に回っていた。
「こんなもんかな、工場の事はエヴェリーナさんとシモンさんに頼んだし、後はロッテン様が何とかしてくれるでしょうし」
「お疲れ、この家はどうするんだ?」
「アトバールさんとエヴェリーナさんに条件付きで貸すの。
家賃は管理費と相殺ね。
あげる訳じゃ無いわ。
そうすれば数年で子供も生まれるだろうし、あの二人にはいい機会よ」
そして出発の日が訪れた。
日本には既に転移の件については連絡してある。
転送のシステムについては予備機を送ってもらいイェネファーさんに使い方と共に預けてきた。
なにせ、電力が使えないと端末が操作できないからだ。
電力が使えるのは限られている。
まさかロッテンの所に置くわけにもいかないし、此処に置くわけにもいかない。
結果、ゲラルトの所という事になる。
ロアナも退職金代わりに宝石を貰い退職。
イェネファーさんには女公爵との取引と国交の足掛かりとなる事だろう。
ゲラルト氏には日本との橋繋ぎをお願いした。
「ま、今生の別れじゃ無いし、一度飛べば次は楽に飛べるわ。
後はタイガ次第よ、ナビ役頑張って」
「イエス、マム」
一番の難物はナジャムだった。
大雅に首を回し、抱き寄せて放そうとしない。
「馬に迄愛されてるのね、タイガったら・・・まさか・・」
「んな訳あるかい! まあ、懐かれてはいるが。
なあ、ナジャム。
機会が有れば帰って来る、それまで息災でな」
いつまでもヒーンと鳴くナジャムに別れを告げた。
「さて、ここがその石塔だ」
「良い感じに荒れちゃってるわね、でこれの出番か」
シリは宝石が嵌ったロケットを取り出した。
「ああ、アリツィアから貰った奴だな」
「ええ、そうよ。 こっちね・・・」
「此処だよ、俺がこっちに転移した時出て来たのは」
「なるほどね、でももう少し右ね、この魔石では」
「いや、土に埋まっちゃってるけど」
「じゃ、こうするの」
シリは倒れた石塔の中に入り、壁の方へと魔石を固定した。
「これが道しるべになるわ。
万一向こうから跳ぶのに難しいとかできない場合は、この魔石が有効なのよ」
「それって、経験?」
「それも有るけど、イェネファーにも相談してみたのよ。
飛んだ航跡の触媒の役目をするらしいわ、詳しい事は判らないけど」
「えっ、それで大丈夫?」
「だって、難しい内容ばっかりだもの、でも門を開く呪文はちゃんと聞いて覚えて来たわ。
さ、準備は良い? 開くわよ」
シリは大雅が聞いたことも無い言語で唱えだした。
ズドンという大きな空振と共に、紫色の門が開く。
三人で手を繋ぎそこへ飛び込んだ。
″んっ?! ちょっと待て! 一歩間違えれば土の中か岩の中だと不味いから高い所に出て落ちるって・・あわわわ、ヤバイヤバイ、大仙陵古墳の堀になんか落ちたら大騒ぎだ。どっかないかどっか落ちても騒ぎが少ない所は!″
会話もできない状況どころか、そんな余裕もない状況で必死にその場所を思い浮かべた。