Advanced Witcher   作:黒須 一騎

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日本という異世界

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ポータルを抜けて出たとたん、いきなり池に落ちた。

判ってはいたが、全身ずぶ濡れだ。

急いでロアナが溺れない様確保し岸へと上がる。

池の周囲には幸いにフェンスも無いが、雑草で上がるのに一苦労だ。

 

周囲の状況を見てすぐに地球、それも大雅にとって懐かしい場所で有る事は直ぐにわかった。

この池は子供の頃良く釣竿片手に釣りに来た思い出だ。

奈良盆地が一望できるビューポイントであり、万葉集でもおなじみの二上山、大和三山、東には三輪山などが一望でき、池の周辺には川端康成など著名人揮毫の万葉歌碑がある。

今では殆ど人も訪れる事は無いが、直ぐ近くに休憩所が有るはずだ。

ずぶ濡れになりなんとかロアナを引っ張り上げ未舗装の道路に上がった。

 

「もう・・いっつもびしょ濡れよ」

シリがぼやく。

「安全の為だから仕方ないよ。 それよりシリ、剣とナイフを渡してくれ」

 

「どうして? それにここは何処よ」

「ここはもう日本だ、ナイフや剣が見つかると不味い事になるんでな」

 

「ロアナ、大丈夫か?」

「うう、まだきぼち悪いですう」

「初めての転移な上、長距離だからな。

 暫く休んで居れば治る。

 このすぐ近くに休める所がある、そこまでとりあえず移動しよう」

 

「じゃあ、早い所行きましょ、着替えも無いし。

 取りあえず町に向かいましょ、大きな街が見えるわ」

「シリ、この格好じゃ、騒ぎになるからね、さっき通信で着いた事を知らせたよ。

 俺の所のスタッフが迎えに来てくれるらしい」

 

インベントリで送るにしても、シリの剣は大きくそこまで大きなインベントリは手持ちのものでは無理だった。

 

 

「剣は嫌よ怪物が出たらどうするのよ、それにバックに入らないじゃない」

そうなのだ、大雅のバックパックの中には当たり前だが入らなかった。

仕方がなく、剣と判らないよう服や布を巻きつけバックに差し込む。

バックから60センチほど飛び出すが、警官に止められなければ何とかなるだろう。

取りあえずは近くの休憩所らしき場所にたどり着き、長方形の御影石がベンチ替わりに置かれた場所に座った。

 

大雅はレスキューシートを広げ、銃器と剣をそれで包みケーブルタイで締め上げる。

ハンドガンとナイフはバックパックの中だ。

 

「ねえ、何時までこうしているの?」

「仲間が迎えに来てくれるらしい。

 飛ぶ予定だった位置から直線距離で25キロほどズレたとこだな」

「このまま目的地には行けないの?」

 

「俺の所属する組織の場所は東京という所に有るんだ。

 そこまで500キロ、歩いて行ったら10日じゃ着かないよ」

「そんなに遠いの?」

「遠いねぇ」

 

少しすると大山が軽四輪でやってきた。

 

「お帰りなさい、拝戸さんそれにシリラさん、えっとロアナさんでしたっけ」

《シリ、彼が俺の同僚の大山だ》

《よろしく、オオヤマ》

「よろしくって」

 

「あ、はい、いやぁポーランド語は範疇外でねぇ英語と中国語、韓国語、フランス語ならわかるんだけど」

「ロシア語に近いよ、まあ、固有名詞以外はロシア語でも近いから片言なら通じるだろう」

「ロシア語はまだ勉強中ですよ」

 

 

「なに大山さん、東京からこの車で来たの?」

「まさか、リニアで来て駅からレンタカーですよ。

 便利だよねアワーズレンタカー、アワーズの駐車場ネットで探せばすぐ出て来るし」

 

《ねぇタイガ、馬も馬車も何もないんだけど》

《これが車、馬車の代わりだよ自動車って言うんだ》

 

軽四輪とは言ってもトールタイプなので、向こうの世界で人を乗せる馬2頭立て四人用馬車よりは広い。

ロアナは窓の外を見て完全に固まっているが、大雅にとっては見慣れた田舎町だ。

 

「ところでなんで奈良の井寺上池なんかに?」

「大仙のお堀になんてあんな街中で落ちたら大騒ぎだろう。

 つい思いついたのがガキの頃近場に在って良く釣りしてた池なんだよ」

「そりゃ確かに大騒ぎだ、っていけね。

 室長に連絡しなきゃ」

 

「着く連絡ならもうしただろう」

「大仙陵古墳に出るかと思って、そっちに行ってるんですよ。

 ひとまず駅に近いホテルを取ってあります。

 そこで室長と合流し着替えと簡単な食事にしましょう。

 腹減ってますよね」

 

車は天理東ICから西名坂自動車道に入った。

《凄い速さね、馬の何倍も速いわ・・道も石で出来て居るの?》

《石じゃ無いけど硬さは近いね。

 アスファルトって言う人工物だよ》

 

二人ともずっと、窓に貼り付き外を見ている、両側は高い遮音壁の為殆ど周囲は見えないが見る物すべてが珍しく興味をそそるようである。

そして柏原トンネルを過ぎ大阪市内へと入っていく。

 

桃ケ池公園の辺りまで来るとポツポツと大きな建物が見えてくる。

そして″なんば″で高速を降りる。

 

《凄い凄い! 大きな建物ばっかりよ!》

《ロアナ、はしゃぐのも良いけど、程々にね。

 目立ってしょうがないから、あと迷子になったら言葉も出来ないし帰れなくなるよ、シリもね》

《わかってるわよぉ、だって凄いモノばっかりだもの!

 しょうがないじゃない!》

 

《みてみてタイガ! あの大きな建物は何!》

《シリ、頼むから落ち着いて。 

 いっぱいあるビルまで覚えてないし、名も知らないよ》

《うー、説明が面倒なだけじゃないの?》

 

「シリラさん、なんて言ってます?」

「あのデカいビルは何かって」

 

「梅田スカイビルですよ。

 あと、室長撤収してくるまで2時間くらいかかるみたいですね。

 なんか宮内庁と揉めてるみたいです、先にホテルで待っててくれって。

 ちょどいいからお昼にしましょう」

 

《梅田スカイビルという建物だ。

 事務所や商業施設が入っているビルだな》

 

「アリアリな話だな。宮内庁って一番頭が固くって縄張り意識強いし」

 

《何を話しているの?》

《ああ、俺の上司が国の他の部署と揉めてて少し遅れるらしい》

 

「さて、着きましたよ。今日は此処に泊りです。

 着替えと休憩ですね。

 あと簡単なカンファレンスを行います」

「了解した」

彼らが着いたのは新大阪駅の近くの4つ星ホテルだ。

 

大山はチェックインしエレベーターにカードキーを近づけた。

それだけで勝手に18階へのボタンが点る。

 

「おいおい、ここって高い所じゃ無いのか」

「え? 高い所ダメでした?」

「そうじゃ無くって値段だよ」

「低いフロアはインバウンド続きでみんな埋まってますし、まさか王女様をセキュリティ上安部屋に止める訳にも行かんでしょう」

 

「それもそうか」

「ああ、費用は大丈夫です政府持ちですから、拝戸さんだけ天引きなんてないですから」

 

《わあ・・・すごいお部屋・・・・》

《まあ、いいホテルの良い部屋だからな》

 

二人は窓からの眺めに夢中だ。

 

「セキュリティの都合上18階のフロア全部押さえてますから、室長が来たら部屋割りしましょう。

 あと、ポーランド語が出来る女性スタッフも来ますから、サイズ測ってもらって服を買ってきます。

 拝戸さんの服は室長が持ってくる事になってます。

 そしたら軽食にしましょう、軽めの。

 あ、室長来たみたいですね、ちょっと下に行ってきます。

 戻ってくるまでここで待っててください。絶対に部屋の外に出ないで下さいよ」

そう言って大山は出て行った。

 

「ね、タイガ、トイレ行きたい」

シリが耳元で話す。

「こっちだよ」

トイレに入ると自動的に便座の蓋が開く。

 

「わっ勝手に蓋が開いた!」

「人を検知して開くんだよ」

トイレは無効にも有るが、小さな小屋にベンチが有りそのベンチに穴が開いているのが普通だ。

大雅は使い方一通り教えたが、シリが大雅の服をしっかり掴んでいる。

 

「じゅ、ごゆっくり・・・て、服を離してくれよ」

「此処に居て・・・」

「え? 一緒に?」

「・・そ、そうよ。 なんか・・不安なの」

「解ったよ、後ろ向いてるから」

 

大雅の耳にシューという音が聞こえチョロチョロと最後に音がした。

″ああ・・音消し教え忘れたわ″

「シリ、水を流して」

「えっと・・・このボタンだったかしら・・・・。

 ひゃうっ! ああ、あうううっ!」

「ど、とうした!」

 

大雅が振り返ると、どうやら間違ってビデのボタンを押したらしい。

シリの顔は真っ赤だ。

「ど、とうやって止めるのよ! あんっ!」

ボタンをさらに押したため、ウィンウィンとムービングで局部を洗っている始末だ。

 

「ああ、洗浄便座だから局部を洗ってくれるんだ。

 慌てずこの止まるのボタンを押して」

「な、なんて破廉恥なトイレなのよ」

「ま、洗浄便座は日本じゃ90%を超えているからな。

 慣れるとこれが無きゃトイレに入りたく無くなる」

 

「ね、何か拭くもの持っていない?」

「そうか、向こうにはトイレットペーパーなんて無かったからな。

 紙はこれだよ。

 こうやって、紙を引き出して畳んでホイ」

「全てを見せたとはいえ流石に排泄は少し恥ずかしいわ」

 

気が付いたら一部始終をロアナが見ていた、慌てて居た為ドアは開いたままだった。

「あの~私も・・・」

「うふふ、今度は私がロアナに教えてあげるわ」

「いや、その前に流そうやシリさん」

 

部屋に戻ったらトイレから盛大にロアナの悲鳴と慌てる声が聞こえる。

「遊んでないで、いい加減終わったら出ておいでよ」

10分も入っている二人に声を掛けた。

 

「タイガ、この国のトイレって気持ち良いのね。すっきりしたわ」

「ですです。でもちょっと破廉恥です・・・気持ち良いけど・・」

ロアナも真っ赤だ。

 

「まあ、慣れると無い所には入りたく無くなるのは確かだな。

 だから、海外旅行なんかは高級なホテルになるし、設置が少ない国は日本人はあまり行きたがらないよ。

 贅沢な話だけど」

 

そんな事を離している内に室長たちが戻ってきた。

 

「紹介しよう。

 彼女は公安調査庁調査第二部広域調査第4班から庁内出向して来てくれていることになった篠塚美鈴(しのづかみれい)君だ。

 暫くはシリラさんとロアナさんの面倒を見てくれる事になる。 

 彼女もウチのメンバーで、ロシア語とポーランド語ができる。

 

「宜しく拝戸さん」

「ああ、宜しく頼みます。

 こちらはゼムリアで最も大きな国家、ニルフガード帝国の皇帝ご息女のシリラ・フィオナ・エレン・リアノン。

 もう一人は最初に知り合ったロアナ嬢だ」

 

「ヨーロシク」シリが覚えたての妙なイントネーションの日本語で答えた。

《はい、此方こそ、マジ物のお姫様に逢ったの初めてです》

篠塚はポーランド語で応えた。

 

《わ、何とか話している言葉は解るわ。

 私は子供の時代に家を出ているわ、だから姫扱いは不要よ。

 助かるわタイガとロアナ以外に話が通じる相手が居なくって》

《なんでも相談してください。同じ女性ですし拝戸さんには相談できない事も有るでしょうし》

《ええ、頼むわ》

 

「では、顔合わせは済んだからブリーフィングを始めましょうかっ、と言いたいところですが、その前にレディ二人との服を調達しましょう。

 拝戸君、貴方の服はコレです。

 もう13時近いし、ルームサービスを取ってくれ大山君」

「はい、了解です」

 

《ね、タイガ私の剣は?》

《大山さんが預かって別便で持って行く事になってます。

 この国では剣を持ち歩くことは法に触れますので》

代わりに篠塚が答えた。

 

《え~盗賊や怪物出たらどう対処するのよ》

《盗賊は居ませんし、怪物も出ません。

 この国は世界トップの治安の良さを誇ってますから。

 そんなの持ち歩いたら、あっという間に通報されて5分もしないうちに警官・・・衛兵が飛んできますよ》

 

《ううっ不安だわ。 剣を持って歩けないの?》

《当然です。持って歩いてたら銃刀法違反ですから持ち歩けません。

 この国は世界有数の治安の良い国ですから、武器は全く必要ないんです。

 ああ、ナイフもダメですってば!》

篠塚にナイフ迄取り上げられしょんぼりとしている。

いったい何処に隠し持っていたんだろう。

 

それから簡単な予定と、このフロアから下には下りない事などを話した。

一番揉めたのが部屋割りだ。

 

このホテルは19階がエグゼクティブクラスという16階から上の客室だけが入れるレストランやバー、そしてセルフであるがアルコールや飲み物、軽食などはインクルーシブとなっている。

18階には2つのジュニアスイートと1つのスイートのみの構成だ。

 

室長はタイガと室長が同じフロアのジュニアスイートの一室を、篠塚がもう一室、そしてシリとロアナをスイートと考えていた。

だが、シリとロアナは頑なにタイガとの同室を望んだ。

そして、結局コードヤートにはタイガとシリ、ロアナの三人、二つあるジュニアスイートには篠塚と室長に分かれた。

大山は、剣の移送やなんやらでこのまま東京に戻るらしい。

 

 

「さて、二人は篠塚から最低限のレクチャーを受けてくれ、拝戸君、君は私とこれからの事についてブリーフィングだ」

 

2時間ほど口頭でないと伝えにくい事や、細かな協議事項を話し合った。

「なるほど、まだ国交の前段階以前の状況だな」

「ええ、大国である帝国と北方が戦っている以上は難しいかもしれません」

「ケイドウェンの状況はにらみ合いとの事だがそこはどうかね」

 

「友好的な貴族はおりますが、現在王族は幽閉されレダニアの傀儡政権と言っても良いでしょう。

 そのレダニア自体も贋金を国が使用するほど困窮しているようです。

 そう長くは持たないかもしれませんね」

「ふうむ、となるとまた大きな動きがあるかもしれんな。

 あと、転移についての障害は?」

 

「詳しくはシリも加えて協議しないとなりませんが、何人迄出来るのかは判りませんが彼女含め3人は可能です。

 しかし、初めて転移する先が地中や水中では死亡する懸念もあり、高さがある所に出るため水上に出るのが安全です。

 一度行った場所は明確なイメージが出来るため普通・・まあ歩く様な感覚で移動可能です」

 

「すこし落ち着いたら、再び飛んでもらう事になるやもしれん、心づもりだけはしておいてください」

「いつ頃になりそうです?」

「ゲラルト夫妻と巻絡が取れる様になったからね。

 あと情報に詳しい現地の者も欲しい所ですね」

 

「一人情報に異様に長けた人間がいますが、今一つ信頼性に欠けます。

 なので、帝国に近いトゥサンの女公爵が宜しいかと」

「んー、確か子爵位を貰ったのでしたね」

「頂いてしまって不味かったですかね」

 

「いや、それについては問題はありません。

 初代内閣安全保障室長もイギリスのCBEというコマンダーやナイトを貰っている民間人は多いですから。

 ただ、この一連の物事が落ち着くまでは公開は避けて欲しいんです。

「もちろんです」

 

「さて、そろそろ夕方ですね。

 姫様方をレストランにご案内しましょうか」

 

部屋を移動すると此方の世界の洋服に着替えたシリとロアナが居た。

「あ、タイガどう?」

シリはそう言ってくるりと回った。

パンツスタイルだがショートジャケットを組み合わせている、スタイルが良いから何でもに合う。

「ああ、良く似合っているよ」

 

「わ、私はどうでしょう」

彼女はふわりとしたロングスカートにシアーニットのセーターだ。

「ん、ロアナも良く似合っている」

 

「室長、東京に向かうの1日伸ばせませんかね」

篠崎は室長に話した。

「ん、明日も押さえてあるしこの短い時間ではカンファレンスもままならないでしょう」

「実は、靴は実際に合せた方が良いですし、服もこの1セットのみです。

 あと、美容院も予約を」

 

「判りました。篠塚君、美容室の方は君が手配しておいてください。

 拝戸君、君もだ。その伸びた髪と髭を何とかしてください。

 曲がりなりにも公務員なんですからね。

 それが済んだらボディーガードとして行動を共にしてください」

「はっ」

 

「あと、篠塚君、彼女たちの支払いはこのカードで。

 君名義のカードになっている、もちろん官房費だから判ってるね」

「わかりました」

 

三塚室長からは少し厚めの封筒が大雅に手渡された。

「これは?」

「活動費だよ、なに安心したまえ領収書も税も源泉徴収も無いですからね。

 カードが使えない店などに使ってください」

「了解です」

 

その夜は、鉄板焼きの店だった。

シリやロアナは和牛の美味しさに驚き、和風の鉄板焼きに舌つづみを打った。

「な・に・これ・・・口の中で溶けたわ。本当にお肉?」

「ですね、もしかして私達天国に居るんじゃないんでしょうか」

 

シリを含めた大人4人は高級ビールだがロアナは未成年で有る事でもあり、三塚にノンアルのカクテルを勧められた。

 

《う、これ凄く美味しい・・アルコール入って無いのですか?》

ロアナは篠塚に尋ねた。

《ロアナさん、日本じゃ未成年の飲酒は違法なんですよ》

《私成人してますよ、もうすぐ16ですもん》

《えーとね、それって数え歳かな? 生まれたては何歳と数えるの?》

 

《生まれたては1歳ですよ、もちろん》

《この国では満年齢といって、生まれたては0歳なの》

《??・・じゃここでは・・》

《15歳ね、中学三年か高校一年・・・って言っても判らないか・・・うーん、どう説明しよう》

 

横で聞いていた大雅は脇に汗がにじむのを感じた。

″バリバリ淫行条例違反だし不同意性交等罪だよなぁ・・・″

 

「どうしたんですか拝戸君、箸が進んでいないようですが」

「い、いえ・・・なんでもありません」

「シリラさんの事なら我々も承知していますよ・・・・ん? まさか・・・」

「は、そのまさかです」

 

「食事の後はバーに付き合ってください。

 お話が有ります」

「はい・・・」

 

 

 

向こうの世界の人間はこっちの世界みたいに長く夜を起きて居る事は少ない。

大きな街ならいざ知らず、地方へ行くほど日の出とともに起き、夜は食事が終わったら寝てしまう。

精々酒場がこちらの時間で9時頃までやっている程度だ。

まあ、照明がランプか蠟燭しか無いので費用も掛かる。

夜に起きて生活できるという事はそれなりに裕福でないとできないのだ。

 

食事が終わるとロアナは眠そうにしている。

シャワーの使い方や風呂の使い方を教えるため、ロアナと篠塚は一緒に入っている。

 

「シリ、設備の使い方が判らないようなら篠塚さんに聞いてくれ」

「なによ、一緒で良いじゃない、あ、そっか・・・」

シリは篠塚に近寄るとひそひそと話し出した。

 

「では、私は自室に戻ります。 何かありましたら電話で」

「あ、お疲れ様です」

 

篠塚が部屋を出ていくとシリは早々に抱き付いてきた。

「さ、お風呂入りましょタイガ」

「え、一人で入れる・・・訳ないか」

 

気が付くとロアナはソファで舟をこいでいた。

歯磨きをさせ、キングサイズのベットに連れて行った。

 

 

 

 

朝起きると左にはシリの銀色の髪、右側にはロアナの亜麻色の髪だ。

夜中にベットに潜り込んできたロアナをそのまま抱きしめて眠ったらしい。

 

「んむうぅぅ・・・朝?」

大雅の身じろぎでシリが目を覚ます。

時計を見るとまだ4時だ、まだ夜の帳が明け始める前だ。

「まだ早いよ、もう少し眠ろう」

「んーーーっ!」

ロアナも伸びをして目を覚ます。

 

「なあ、ロアナいつベットに?」

「はふぅ・・・何時までたってもタイガさん戻ってこないから部屋探し回ったんですよ。

 そしたらこっちの大きなベットに居たんで潜り込みました」

「ダメよ、タイガ。妻は平等に扱わなきゃ、ということで・・あら元気ね」

 

「男の自然な生理現象だ、手を放してくれないかシリ」

「えへへっ、本当・・・」

「ロアナまで・・・」

既に自然現象から生理現象に変わっていた。

 

 

 

朝からシャワーを使う事になるとは思わなかった大雅だが二人がシャワーを浴びている間、部屋に有ったコーヒーを入れる。

 

「ほら、コーヒーしか無いが」

「コーヒー?・・・・・ん、カッフェじゃないこれ、でも美味しい」

「向こうにも有ったのかい?」

「ええ、南の方で栽培されているわ。

 量は少ないけど、子供の頃だから苦くて砂糖がカップの底に溜まる程いれて飲んだ記憶が有るわ」

 

ロアナも物珍しそうに飲んでいる。

 

「変わった味ですが、なんか落ち着く香りですね」

「ちゃんとした店ならもっと美味しいんだけどね」

 

 

 

朝食後、篠崎が先導し二人を美容院へと連れて行く。

大雅はその間、理容院へと向かった。

大雅の何時もの髪はコームオーバーヘアと呼ばれる髪型だ、今ではすっかり伸び後ろで髪を縛っている。

バリカンとハサミで比較的早く終わる。

髭まであたっても1時間半も有れば十分だ。

 

待ち合わせのチェーン店のコーヒーショップで時間を潰していると三人が戻ってきた。

シリは枝毛や痛んだ部分をカットし頭の後ろで纏めていた髪を下ろしている。

ロアナはロングボブをサイドから後頭部に編み込むアレンジで、シリと似たような髪型だ。

二人とも見違えるほど綺麗になっており、はっきり言ってこの二人を連れて歩くことはかなり目立つ。

 

そのままコーヒーショップで少し早めの軽い昼食を摂り、その後大雅は3時間にも及ぶ男にとって苦行とも言える買い物に付き合った。

「そろそろ、時間ですからホテルへ戻りましょうか、服はホテルにスーツケースを手配してありますので」

いつの間にかシリもロアナも小型のバッグを持っている。

 

両手が使える様にとデイパックを掴みシリはゴネたらしいが、篠崎の説得が功を奏したようだ。

いや、自衛官じゃないんだから。

因みに陸自では服装規則で制服や戦闘服を着ている場合、傘は差せない。

 

「ね、タイガこれからどこへ行くの?」

「ホテルを出てからリニアに乗って東京だな。 日本の中枢だよ」

「リニア?」

「ああ、地上から浮いて滑るように走る列車・・・つまり人が乗る箱だな」

 

「あれ? 歩いて何日もかかるって言って無かった?」

「よく覚えているね。ここから東京まで約500キロ、それを1時間で結ぶ乗り物だよ」

「はあっ? どれだけ早いのよ」

「馬の全力疾走の10倍だねぇ」

 

「想像つかないんだけど」

「もうすぐ体感できるよ」

 

大雅はゴロゴロとスーツケースを引いて駅へと向かっていた。

シリとロアナは相変わらずキョロキョロと色んなものに目を惹かれている。

 

東海道リニアは2列+2列のシートで、高速度を出すためにトンネルが多い。

市街地や平坦部で見晴らしは良いが、京都を過ぎると名古屋まではほぼトンネルが続く。

外が見えたと思ったらまたトンネルが続き外の光が見えるのは神奈川に入ってからだ。

だから、観光客には意外に従来の新幹線の方が人気が高い。

 

「タイガ、どのくらいで着くの?」

「夕方前には着くね・・16時6分着だよ」

大雅は切符を見ながら言った。

切符とは言っても従来の紙に磁性体を塗ったものではなく、カードキーのような物だ。

まあ、表面には従来通りの記載が有るがSDGsの考えか回収後は洗浄と再印刷され破損や異常がない場合は再利用される。

 

最初はワクワクしながら外を眺めていた二人だがトンネルの多さに諦めた。

 

「ね、タイガは何故兵士になったの?」

「まあ、当時出来る事が戦うことぐらいしか無かったのが一つ、テロで両親が死んだことは話したよな、そんなテロに立ち向かってやろうってのが理由かな。

 日本で貿易商とは言っても小規模なものだが、海外の日本で知られていない物を買い付けては日本で売る仕事をしていたんだ。

 珍しく家族でモロッコと言う国を訪れていた時だ。

 空港でリビア・イスラム戦闘集団のテロが発生した。

 その時両親は射殺され、俺は拉致されたんだ、10歳の時だったよ。

 アレッポの南東にある組織の根城に連れて行かれ、最初は小間使いのような事から何でもさせられた。

 必死で言葉も覚えたよ、1年ほど経つと戦闘訓練に参加させられた、そこで銃の扱いやナイフの扱いの基礎を教えられた。

 初めて戦闘に加わったのはその一年後だ。

 何人かでチームを組み、政府の物資や国際援助物資を狙う仕事だった。

 まあ、簡単に言えば大規模な野盗みたいな物だな。

 おれを可愛がってくれた人は居たが、その基地のトップは酷い奴だった。

 そこで実績を上げた俺は次第に政府軍やロシア軍とも事を構える戦いに参加する様になった」

 

「怖くなかったの?」

「怖かったさ、でも小柄な事を良い事に拳銃一つとコンパウンドボウ一つで戦果を挙げた俺はある程度仲間に信頼される様になっていた。

 なんども仲間の危機を助けたしな」

大雅は缶コーヒーを一口啜った。

 

「テロ組織に加わったのね。

 そのトルコって国でタイガの両親を殺した組織には報復しなかったの?」

「もちろん考えたさ、でも精々12・3のガキだ。

 後から解った事だが、テロを起こした組織は俺を別の組織に売ったらしい、戦闘要員としてな。

 当時、村を襲っては将来戦闘員として育てるため拉致していたんだ。

 それだけじゃない、女性を拉致し子供を産ませ物心つく前から戦闘員として育てていくなんて事も普通に行われていた」

 

「とんでもない組織ね」

「俺を組織から逃してくれたのもその死んだ面倒見のいい奴だったよ。

 ある戦闘でそいつが深手を負った、そして敵の若い兵士の死体を指さして俺に言ったんだ。

 そこにある死体の服を取り換えろと、そして口に手榴弾を詰めて破壊しろってね。

 どうせもう助からないから、お前を逃がしてやるって」

 

「それから何処へ行ったの?」

「まあ、逃げるのも大変だったよ、ロシアで傭兵になるしか手は残って無かった。

 ロシアでは当時ウクライナという国とドンパチやっててな、4ヵ月の契約期間を何度も更新したな、何度も死にそうになったよ。

 で、最後に切り捨てられた俺の小隊はウクライナ軍に取り囲まれた。

 小隊で生き残ったのは俺だけ、そしてウクライナの捕虜になった。

 で、ちょうどその時日本人の義勇兵と知り合いになり、日本との連絡が取れた時は16歳になっていた。

 日本に帰ってからは必至で勉強したよ、なんとか大検に受かり俺は防衛大をに入った。

 まあ、親が残してくれた保険金やら遺産でなんとか生活は出来たが、防衛大は学費が掛からないどころか給料が貰えるんだ。

 そして4年後、幹部候補生学校に1年、俺は三等陸尉として任官した」

 

「タイガも結構大変な人生だったのね」

「まあ、こっちの世界じゃ珍しいかな」

「でも印が使えるのはなんで? こっちじゃ魔法なんて無いって言ってたけど」

「ああ、無いよ。俺が知ってるのは忿怒拳という印だ。

 仏像を見る機会が有れば手を見て見ると良い、その形が基本となっているが、仏教や密教でも流派により微妙に違っていたリする。

 俺は父方の祖父から習った物だがな」

 

「その祖父の人は?」

「俺が大学に居た頃亡くなったよ、老衰でな」

「なんで使えたのかしら」

「さあ、判らん。ゲラルトからお言えられたのは偶々印が同じ結び方だった事、呪文の″ザッポ″という言葉はポーランド語でザポンの事だと思う。

 この言葉は点火という意味なんだ」

 

「そう言えば私の両親を焼く時も点火して貰いましたよね」

ロアナがぼそりと言った。

「ああ、アレが初めてだった。

 緑色に燃える理由も判らんし、範囲は狭いがヤケに強力なのも判らん」

 

「魔法を使うのは、こっちじゃ不味いだろう。

 シリも十分に気を付けてくれ」

「そのリスクは十分に解っているわ」

 

 

リニアは定刻通り東京駅に滑り込んだ。

「今日はもう遅いからホテルに入ってください。

 私は所用がありますから省に戻りますが篠崎は残していきます」

室長の三塚が言った後、大雅を少し離れた所に呼び小声で話した。

 

「4人のスイートを取ろうとしましたが1室しか取れませんでした。

 すみませんが宜しく頼みますよ」

「はい」

 

「わあ~ここは昨日の所よりもっといい部屋ね」

シリが満面の笑顔で言う。

「そりゃ帝国ホテルですし、それもインペリアルスイートですから」

「本当に凄いです、まるで宮殿の一室みたい」

 

「篠崎君もここに?」

大雅は聞いた。

 

「いや本当は泊まりたいところなんですが、明日の朝迎えに来ます。

 帝国ホテルのスイートなんて泊まる機会が有りませんから泊まっては見たいんですけどねぇ。

 室長には朝に迎えに来る事を連絡済みです」

「ね、タイガっ。このお酒って飲んでも良いの?」

「構わんが、もうすぐ夕食だ、酔う程飲むなよ」

「解ってるわ」

 

シリはミニバーの中からワインのハーフボトルを取り出して眺めている。

「タイガ、開けて」

「ほら、向こうで飲んだペットボトルの水と同じだよ」

大雅がツイストキャップを開けグラスに注いでやる。

 

「篠塚さんは如何です?」

「すみません、この後所用があるんでご遠慮いたします。お気持ちだけ」

「あー、なんか良い物飲んでるー」

荷物を片付けたロアナまでやってきた。

 

「では、私は今日はこの辺で」

そう言って篠崎は帰っていった。

 

「ねー私には?」

「まあ、少量なら良いか」

ロアナにも少量注いであげる。

 

「じゃ、異世界日本に乾杯!」

何故かシリが音頭を取った。

 

「うっわ、何これすごく美味しい!」

「ほんとうです、私にはちょっと強いですが、こんなに美味しいの飲んだことありません」

「確かにトゥサンのワインに似ているな」

「なんていうワインなの?」

「ラ・クロワザード? フランスなのは判るがすまん、詳しくないんだ。

 でもそんなに高い物じゃないと思うよ。

 ワインについては三塚さんが詳しいから興味があるなら聞いてみると良いよ」

 

 

翌朝、朝食を終えると篠崎がやってきた。

シリとロアナに新しいIDが渡される。

大雅も自分のIDを受け取った。

「建物に入ったら、こうやって首から下げてください」

 

「ここも久しぶりな気がするな」

大雅がCIROが入っている庁舎のホールを見渡す。

 

「お帰りなさい。大雅」

「サブリナさん、お久しぶりです。

 革袋の中身ありがとうございました。

 無事産まれたんですね、おめでとうございます」

 

「うふふ、もうすぐ2歳なのよ。

 さ、まりちゃん、お兄さんに、こんにちわは?」

「こんにちゃ・・・」

「こんにちわ、まりちゃん」

 

「今日は特別にサブリナにも来て貰いました。

 まあ、昼には帰りますが」

《貴方が″驚きの子″シリラ王女ね。こうして会うのは初めてかしら。

 三塚サブリナよ、サブリナ・グレヴィッシグと言えば解りやすいかしら》

サブリナはすっかり日本に馴染み垢ぬけていた。

今ではこちらの人間と見分けがつかず、今では珍しくない外国人妻にしか見えない。

 

《初めまして、シリラよシリと呼んでくれれば良いわ。まあ″子″と呼ばれるには年がヒネてるけど。

 ″荒野の申し子″に会えて光栄だわ》

《イェネファーの所に転送機器を置いてきてくれたでしょう?

 おかげでイェネファーとも連絡が取れる様になって、早々にお互いの旦那の愚痴を交換し合ってるの。

 まあ、魔法学校の同窓生だもの話が弾んで楽しいわ》

《それは何より、アレはタイガの提案でしたから》

 

「さて、積もる話はそれくらいにして仕事に入りましょうか。

 向こうからのお客人の二人と拝戸君にはマンションが準備できるまで5日ほど待ってください。

 それまではホテル住まいとなります。

 マンションの場所はここから電車で1駅、歩きも含め時間にして15分程度です。

 現在、最終的なチェックを行ってますので」

後を追いかける様に篠塚が訳して二人に伝えた。

 

《私はタイガと一緒じゃ無きゃ嫌よ》シリが言った。

《わ、私もです!》ロアナも追従する。

 

《慌てなくとも大丈夫よ。ベットはダフルサイズを連結してあるわ、それよりロアナさん若いわね、幾つ?》

サブリナが向こうの言葉でロアナに聞いた。

《もう16です》

《大雅さんこの娘も・・・・なの?》

 

「面目ありません」

「あらあら、向こうじゃごく普通だけどこっちじゃ大っぴらには出来ないわね。

 解ったわ、私と隆で考えて見るわ」

「かんかえるぅ・・」

真理ちゃんが母親の真似をする。

シリはそれをずっとキラキラした目で見つめていた。

 

《ね、タイガ! 私も欲しい!》

シリが突然言い出す。

《欲しいって・・・何を・・》

《わかってるくせに! 子供よ子供! もうこんな年なんだから早く産みたいのよ》

 

《わ! 私もですぅ!》

《ロアナまで》

 

「モテモテね大雅」

「ヘルプです、サブリナさん」

「後でロアナさんとはちゃんと話しておくわ。任せて。

 でも、責任はちゃんと取りなさいよね。

 私は彼女たちの味方だから、んふふっ」

 

″怖えぇぇぇ、女魔術師って皆こんなんなの? ″

 

 

シリとロアナにとって何より困るのは在留資格だ。

これが無いと普通の生活が儘ならない。

三塚は紛争のあったウクライナのゴタゴタを利用し、ウクライナの政治亡命者として二人の国籍を捏造した。

 

「これがお二人のパスポートです。

 けっして無くさないように、これが無いと国内での生活がままならなくなります。

 お渡しした紙には念のため、お二人のウクライナでの住んでた場所や地域情報などが書いてあります。

 第三者と話題になった場合は、齟齬が無いよう覚えておいてください。

 海外への渡航も可能ですが、暫くは控えてください。

 あと、此方が在留資格です。

 シリラさんは在留資格、高度専門職二号のニで在留期限はありません。

 西洋剣技の指導者となっています。

 お名前はシリラ・トルシーチさんです、ご祖父様のお名前をお借りしています。

 なにせリアノンと言うご名は名前としては使われていますが、苗字として使われては居ないからです。

 一方ロアナさんの方は苗字をお持ちでないという事でこちらでつけさせて頂きました。

 お名前はロアナ・メルニクさん、ウクライナでは良く在る苗字です。

 正確にはメーリヌィクと発音します。

 在留期限は無期限です。

 お二人とも帰化するには5年以上居住しているか特定の条件が有れば可能です。

 在留資格証明書もパスポートも大切な証明書ですので、けっして無くしたりしないようにお願いしますね」

 

まだ日本語のできない二人に篠崎が通訳して伝えた。

《帰化の特定の条件とは?》

「日本人と婚姻関係にあるとかですね」

《わかったわ》

《わかりました》

 

それから5日後、シリとロアナは日本語学校に通い出した。

もちろん本人の希望だが、原因は偶々ネットで見つけた「君の名が。」のポーランド字幕のアニメを見た為だ。

ポーランドではポーランド語に訳されたノベライズも出ており、非常に人気が高い。

人気に目を付けたポーランドの会社が放映権を手に入れ、先ずは字幕での作品が公開された。

 

それをネットのTVで見つけた彼女らは夢中になり、もっと面白い作品が有るのだろうとの事で、どうしても日本語が覚えたくなったらしい。

まあアニメに嵌まるのは、外国人あるあると言えばその通りだ。

あと、ロアナが凝り出したのが料理、それも日本食だ。

しかし、彼女らが理解できる言語で書かれた日本料理の本なんて存在さえしていない。

精々が日本料理の紹介や店舗の紹介程度だ。

 

あと、嵌ったと表現していいモノに菓子パンや総菜パンがある。

それも近所のコンビニで簡単に手に入るうえ、色々な味が楽しめる。

向こうにもカヌレというお菓子が有るが、実はワインを製造する工程で不純物を取り除くために卵白が使用される。

そして余るのは大量の卵黄だ。

それを利用する為にカヌレが作られるようになったと伝えられている。

 

砂糖は基本的に向こうではゼリカニアの南東からコラス砂漠を越えやって来る。

成分を調べてみると、サトウキビに似た近縁種らしいが沖縄で栽培されているものとは違うらしい。

砂糖の交易はワインとのバーター貿易で行われているらしい。

ゼリカニアはワインが入手でき、だぶついている砂糖が輸出できる、双方にとってメリットがあった。

 

「でもこんな真っ白な砂糖は見た事が有りません。

 しかも砂糖独特な味も無く純粋な甘みなんて、こちらではこれを砂糖と呼ぶのですよね」

ロアナにとっては真っ白な砂糖は珍しいものだった。

 

「向こうじゃサトウキビから作られているけど、日本じゃ砂糖の生産の8割以上が甜菜という根菜から作られているんだ。

 北方の地方の作物だから向こうでも北方諸国で造れるんじゃないかな」

ロアナの目が光る。

「それって、どの位の比率で取れるんです?

 たとえば、1本から」

 

「たしか・・・甜菜1kgから200g弱程取れると聞いた事が有るけど。

 サトウキビから採れるのは精々100gちょっとだから砂糖の生産には適しているね。

 ジュースや炭酸飲料なんかは砂糖を使ったものは殆ど無くなってね、今じゃ転化糖ばっかりになっているよ」

「転化糖? 初めて聞きます」

 

「芋やトウモロコシから採れるデンプンを科学的に加工すると糖が作れるんだ。

 工業プラントが必要になるけどね」

「凄く興味あります」

「食品工学は大学なんかで教えているよ、ロアナも若いんだから興味があるならその道に進むという手もある」

 

 

 

「さて、そろそろミーティングを始めましょう。

 今日の議題ですが、ゼムリアへの転移における最大人数をどう探るかの問題です。

 ご存じの様に、サブリナの力を以てしても精々門を開けられていれるのは数秒、その後は魔力と言って良いのでしょうか、それが枯渇し回復には1週間ほどの期間を要します。

 これについては我々は一つの仮説を立てています。

 それを検証するためにシリラさんのご協力が是非とも必要となる訳です」

 

《実際に飛んでみなきゃ判らいけど、協力するのは問題じゃ無いわ。

 私も気になるし》

「そう言って頂けると助かります、物は転送装置でなんとかなりますが、人間や食料品を含め生物は転送が出来ません。

 これについても検証が必要ですが、それはおいおい。。

 では本日付けを以て、シリラさんは非常勤の国家公務員扱いとなります、宜しいですか?」

 

「ただ一つ、条件が有るわ」

「なんでしょうか」

「私も銃が扱えるようになりたいの、タイガが使用するのを見ていたけど、やはり剣よりもメリットが有るわ、悔しいけどね。」

「ふうむ、それは向こうの世界でという限定でも構いませんか?」

 

「ええ、それで結構よ。

 こちらでは使う為に持っている必要は無い物なんでしょ?」

「ええ、″この日本では″という条件は付きますが、拝戸君が本来の所属である自衛官つまり兵士で有っても、正当な理由が無い限り持ち歩けません。

 持ち歩けるのは業務中の警官つまり向こうで言えば衛士だけですから。

 銃火器については少しお時間をください」

「ええ、それで良いわ」

 

「拝戸君、貴方にも検証に協力をお願いします。

 もし許可が出たらシリラさんの銃火器のトレーニングについても」

「了解です」

「それと現在まで使用していた拝戸君のP320ですが、銃身や機関の摩耗を見るためSFP9に交換してください。

 問題ありませんか?」

 

「弾が出りゃ何でもいいですよ。

 SFP9も実際にテストしたの自分ですから扱いなれてますし。

 ただ、弾種が増えるのは勘弁願いたいだけですね」

 

「P320も米軍に採用された時点でかなり価格が落ちましたからねぇ、防衛省としても痛し痒しなんでしょうね」

大雅にとっても、シリと行動を共にする場合マガジンは共用できる方が良い、その面でも新たにP320を調達するより現在陸自で運用されているSFP9の方が不具合が起きてもすぐに調達できる。

 

そして三塚から大雅には個人的に話が有った。

「シリラ王女が何故子供を欲しがっているかですか?

 それなら本人に聞いた方が早いのでは」

「いや、本人に確認を取る以前に大体の予想を付けておきたいんです。

 まあ、私なりの気遣いと思ってもらっても結構です」

 

「一つは適齢期で有る事ですかね。

 シリも満年齢で24歳、向こうじゃ完全に行き遅れです。

 あ、これ本人には絶対に言わないでくださいね、燃やされるの嫌ですから。

 あとは、実の父親であるエムヒルの影響でしょう。

 彼女自身、魔力については凄まじい力を持っています。

 それが原因で至る所から目を付けられ狙われていたんですが、エムヒルが皇帝になる前か後なのかは判りませんが、呪い師か魔法使いかに″シリの子が世界を制する″と予言を受けたそうなのです。

 そのため、シリとエムヒルの関係は良く在りません。

 一時期はシリに自ら子を設けようとしたらしいですから。

 あと、これは確定ではありませんが、シリはシントラを取り戻したいと考えているようです。

 紛争や戦争、そして政争に明け暮れる向こうに世界に嫌気がさし、ウイッチャーと言うハンター家業に身をやつしていたのもそれが原因でしょう。

 多分、子供をネタにシントラの復興を目論んでいるのかもしれません」

 

「ふむ・・・一つ確認ですが、貴方が日本に居ない間、大きな動きが日本に有る事は御存じですか?」

「大きな動き?すみません、まだ未確認です」

「過去のニュースを含めて確認はしておいた方が良いですよ。

 日本は2007年以降人口の減少が未だに止まりません。

 政府は色々と手を打っては来ましたが、どんな優遇政策をとっても現象が止まらない状況が続いています。

 2055年頃には人口は1億を割り、2070年には9000万を割るとみられています。

 このままでは、移民を大幅に受け入れるか、別の人口増加政策をとるしか無くなる。

 日本人は3000年過ぎにはこのままだと滅亡すると予測されています。

 その為日本は婚姻制度や帰化条件を変えるのではとの話もあります」

 

「へー、でもいつも通りなあなあで無難な所に落ち着くのが日本ですよね」

「そう言っても居られない状況の様ですよ」

「まあ、その時になったら考えますよ」

「そうそう、危うく本題を忘れる所でした。

 シリラさんと身を固めるつもりは有るかどうかの確認です」

 

「もちろんきちんと責任は取るつもりです」

「ならば、子供を作るのはその後の方が良いでしょう、産むのも日本にして頂けると書類手続きや制限が楽になります。

 覚えておいて損は無いですよ。

 あと、ロアナさんはどうされるのでしょうか」

 

「それが一番頭の痛い所なんですが」

「そうですねぇ、訴えられるか・・・刺されるか・・」

「怖い事言わんでくださいよ、いっそ向こうに移住しようかな・・・向こうじゃ重婚有るみたいですし」

「それも良いかもしれません、向こうの諜報員として働いてくれたら情報良い値で買いますよ。

 ただ、この一連のゴタゴタが終わってからにしてくださいね。

 まあ、現地採用という事で宜しく」

大雅はヤレヤレと頭を振った。

とは言えロアナについては2年から3年の猶予が有る事は確かだった。

 

 

「さて、話題を変えましょう。

 ロアナさんの今後についてです。

 一つは日本語学校に通ってもらいながら本人とよく話してください。

 将来どんな生活がしたいのかとか、希望の進路とか」

「それについては年単位で検討します」

 

 

お昼はいつものケータリングだ。

《サブリナさんこれは何?》

シリがシウマイをフォークで刺して持ち上げた。

《シウマイよ、私ここのが大好きなの、少しだけカラシという香辛料を付けて食べて見て御覧なさい、おいしいから》

《ほんとだわ・・・なんておいしいのかしら》

 

《これって何の食べ物ですか》

ロアナも不思議そうに蒲鉾をフォークに指して篠崎に聞いている。

《蒲鉾って言う食べ物ですよ。原料は白身のお魚の身ですね。

 良くすりつぶして、蒸して作ります》

《こっちは面白くておいしい物が一杯!》

幸せそうに蒲鉾を頬張るロアナだった。

 

《そう言えば、私の剣と短剣は何処なのかしら》

《朝霞駐屯地に保管してあります。

 もちろん、研ぎとメンテナンスをしてもらっていつでも使える様にしています。

 でも真剣扱いなので街中じゃ持ち歩けないですよ。

 日本刀以外は所持許可も出ませんし、出番も有りませんよ》

篠崎が答えてくれた。

 

《いや、偶に振って無いと感覚が鈍りそうで・・・》

″心配なのはそれだけじゃ無くて体重かな・・″という言葉を大雅はシウマイと共に飲み込んだ。

《私も、体動かしたいですね。

 やはり弓も持ったりしてはダメなんですか?》

 

《いいえ、弓は弓道やアーチェリーとしてスポーツの一つなんです。

 誰でも持てますし、競技場や専用の場所なら射る事が出来ますよ。

 ただ、街中じゃ安全性の面からすぐに射れる状態はお勧めしませんが》

 

《えっ? 持っても良いんですか?!》

《ええ、問題無いですよ》

《ロアナ、向こうで渡したボウは?》

《おいて来ちゃいました、しまったなあ持ってくればよかった》

 

《こっちで必要なら向こうに行ったとき持ってきてあげるよ》

《その時は一声下さい。可能であれば私も加工工場が心配なんで一度顔を出したいんです》

《室長と検討しますね》

《宜しくお願いします》

 

《ね、タイガ弓は殺傷能力が有るのに許されているのはなんで?》

《一つはスポーツとして広く認めているからだね。

 過去に、クロスボウも同じような物だったが、クロスボウを使用した事件が頻発したんで、現在は所持も発射も事実上不可能になったんだ》

 

《じゃ、弓もその可能性が有るという事ね》

《事件が頻発すればね、ああそうだ、ロアナ弓による狩猟は禁止されているからしないようにね》

《わかりました、うさぎ肉美味しいんですけどね》

《値段は高いけど手に入らない事は無いよ、ただそれよりもっと安くて美味しい肉が簡単に買えるからね》

 

二人の日本語は急速に上達していった。

元々向こうでも商人や貴族は数か国語を使うのが普通な上、特殊なエルフ語を基とした単語以外は言語系統が似通っているためだ。

話す、聞くに関しては二人とも3ヵ月もするとそこそこできるようになって来た。

ただ、書くことに関しては結構苦労しているようで、ネットの辞書が手放せない。

 

大雅は向こうで得た宝石やら転送して保管して貰っていた金貨・銀貨を換金した。

結構な税率を掛けられたが無いよりはマシだ。

もちろん、購入証明となる領収書や購入証明書は無いので三塚室長のコネも使い買い取ってもらった。

「ね、タイガ私も出すわ。結構な生活費も掛かっているのは判ってるし、私も無い訳じゃ無いから」

 

「そうは言ってもね、婚姻している訳じゃ無し、俺が貰うと60万円以上の場合は贈与税という物が掛かって来るんだ。

 結構税についてはこの国は複雑怪奇でね、専門の資格が有る人も居るくらいなんだよ」

「なんだ、じゃあ結婚しましょ」

 

「以前にも言ったけど、この国は一夫一婦制なんだ。

 重婚は禁止されているんだよ、ロアナを説得する自信が無い」

「三人でよく話し合う必要が有るみたいね」

 

この国で生きていくのなら学歴や資格は必須では無いが生活を豊かにする上では必要な事だ。

ロアナの今後の身の振り方を三人は話し合った。

 

「私としては、タイガさんと一緒に生きて居られればそれで良いんです。

 妾でも、愛人でも構いません。

 初めて会った日、私は殺されるか売られるかだったでしょう。

 あの時、私の人生は既に終わっていたと思うんです。

 だから、今後はタイガさんの為だけに生きて行きたいんです。

 妻に一人しかなれないのなら、それはこの国の法の定める所ですからどうにもなりませんし。

 私としてはシリさんと同じように愛してくれれば、それで幸せです」

 

「でもその場合は法的に保護されないよ。それでもいいのかい?」

「大丈夫よロアナ、私がそんな事させないわ。

 もし、ロアナを捨てたり酷い事をするようなら私も一緒に失う事は判ってるわよ。

 うん、私も腹を決めたわ。

 タイガ、今すぐには無理だけどいつかシントラを復興させるわ」

 

「シントラは今は一つの州みたいな扱いだろう、トゥサンやマハカムの様に属国になっているのなら未だしも、かなり道のりは遠いぞ」

「最初はシントラを属国として復興させる事ね。その次は自治権をいかに大きくもぎ取るかよ。

 でもね、シントラには他には無い特徴が有るの。

 なぜ帝国は真っ先に攻め滅ぼしたと思う?」

 

「地政学的な事だろうな」

「正解よタイガ。

 あそこは海運を除いて北方諸国との要所なの。

 スケリッジは天然の要害とも言える場所なのは判るでしょう?」

「たしかにスケリッジ人でも無ければ、あそこは無理だろうな」

 

「ええ、帝国が攻めて行けないのもそれが最大の問題なの。

 一方、シントラには港に適した場所が有るし、何よりニルフガードの首都ゴールデンタワーから船を出せばどうしてもシントラかスケリッジでの補給が必要になるわ」

「だが、スケリッジにはさっきの問題が有ると」

「そのとおり」

 

「属国の税となる鉱物・農産物・加工品・金貨や銀貨はスケリッジに流石に任せられないし、北方諸国を手に入れればどうやっても最低限の船は出さざる負えなくなるの。

 陸路だってそうよ。

 もっとも起伏が少ないルートはヴァーデンとシダリスを経由してテメリアとレダニアに入るルート。

 もう一つはソドン丘陵を抜けてテメリアに入るルートね。

 ここは大型の荷車でなければ越えられるわ。

 あと、ライリア経由でエイダーンに入るルートも有るけど、そうなるとテメリアから北にはケストレル山脈が有るからここを荷車が超えるのは事実上難しいわ」

 

「現実的に北方諸国を支配下に置くのは難しそうだな」

「ええ、だから30万の兵を要する帝国でさえ攻めあぐねているの。

 その上、ラドヴィッド王は戦争に関してだけは天才中の天才よ。

 レダニアの属国となっているケイドウェンもレダニアさえ落とせば落ちたも同然。

 でも、もしシントラとトゥサンが反旗を上げたらどうなると思う?」

 

「ニルフガードは干上がる可能性が有るか・・・」

「流石タイガね、ニルフガードは元々メティナ、エビング、メティルナ、ブラタナなどの10以上の国を属国とした帝国よ。税金を払って兵力を提供し、忠誠を捧げれば属国の自治権はかなり保障してくれるけど、もしそのような国家が反発したり抵抗したりすると、ニルフガードの敵とみなし、無慈悲に破壊し、帝国政府が総督を送って直接統治する直轄令としているわ。

 将軍や貴族が幅を利かしていて、商人ギルドも貴族位を持っていて皇帝もむやみにできないほどなの。

 確かに、農業や工業をはじめとして各産業は他国よりも圧倒的に発達しているわ。

 でも今では数百年間の戦争によって経済が戦利品と奴隷労働に依存している状態よ。

 皇帝とは言っても脆弱な基盤の上に立った立場なのよ、実際父の先代も簒奪者によって皇帝位を奪われている訳だし」

 

「なるほど、ニルフガードは戦争がなければ経済が崩れるだろうということか」

「そう言って良いわ。

 今では経済が戦利品と奴隷労働に依存するようになっているから、あちこち侵略戦争をして征服しなければ社会が崩壊する事は確実ね」

 

「事実上、略奪経済で転がっていく国家になったことで体質改善をしなければ長く行けない可能性が高いな」

「そうよ、そのあたりに最も詳しいのが、コヴィリに亡命を助けたヘンリー・ヴァル・アトレなの」

 

″もしかしてシリはこれも想定してのヴァル・アトレの亡命を助けたのだったのかも・・・いや考え過ぎか″

 

「もう一度向こうへ跳ぶ必要が有りそうだね。

 明日にでも三塚室長に相談してみよう。

 こちらとしては、はっきり言ってニルフガードのやり方は気に入らないし、取引相手としては甚だ信用が出来ない。

 ここらへんで歴史の上から消えてしまった方が良いかもしれない。

 シリには悪いが、どんな親でも実の父親だからな」

 

「はんっ、自分の欲望の為だけに実の娘に子を産ませようとする親が好きになれると思う?

 子供の頃だって会ったのは数回切り、自分の妻さえ殺してしまうような男よ、好きになんて慣れると思う?」

 

 

翌日からの協議には結構な時間が掛かった。

もちろん公にできないレベルでの上層部との折衝、最終的にはニルフガードを脆弱化させ、分割させてしまえば戦争の各個撃破と同じで、大した障害にはならないどころか個別に国交を結び資源の輸出の交渉がやり易くなる。

ゼムリアの世界は大きな転換点を迎えようとしていた。

 

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