Advanced Witcher   作:黒須 一騎

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再びアレンウォードへ

 

 

『ねえタイガ。

 馬車の中に来たら?

 怪物も盗賊も出てこないし』

インカムを通じて大雅の耳に響く。

 

「そんな時に決まって出てくるのが、お約束だ。

 だいたい馬車に乗ったとしても、御者台程度だな。

 車内に居ては周りの状況が判らん。

 警護にならんだろ?」

 

『解ってるわよぉ。

 でも話したいこともあるし』

 

「話しならキャンプの時にな、と言っている傍からお出ましだぞ。

 ドアをロックし、窓の鎧戸を閉めろ!」

 

大雅は背中からAKMSを取ると、初弾を送り込んだ。

 

『盗賊なの? タイガ』

「馬車は止めるな。

 かと言って、暴走させないよう、リノックに伝えてくれ」

『分かったわ』

「排除する」

 

大雅が察知したのは、馬の馬具が林の間に光ったものを確認したからだ。

ナジャムを林の中に誘導し、一旦隊列を離れ、盗賊たちの背後へと回る。

 

 

「なぁ、本当に大丈夫なのか兄弟」

「ああ、香辛料を取り扱っている商人から聞いたんだ。

 香辛料だけでなく、金目の物も積んでるらしいとな」

「なら、何故護衛が少ない。

 付いているのが衛士二人だけって、おかしくないか?」

 

「ニルフガードとの戦争で人が居ないんだろ。

 俺たちだって、ここで大きな仕事をしなきゃ、冬も越せねえ」

 

大雅は、盗賊に気付かれ無い様、30mほどの間隔で後を着けていく。

この先は浅い小川の瀬になっており、馬車の速度は極端に落ちる。

木も途切れ、広さも有るため襲うには絶好だ。

 

「よぉし、そこまでだ。武器を捨てろ」

大雅はAKMSをナジャムに乗ったまま構えた、ナジャムの負担を考えサプレッサーを付けてある。

 

「ちっ! 殺せ!」

二人の男が剣を振り上げ迫ってきた。

 

カカンッ、カカンッ

 

二発づつの7.62ミリ弾頭が盗賊たちの金属胸当てを貫く。

 

「どうした! なぜ倒れた!」

 

カンッ!

 

音速の2倍を超える弾速は、サプレッサーを付けていても生で音を聞くと、金属を叩いたような音を発する。

もちろん、サプレッサーからもガスが遅延して流れ出すバシュッと言う音もするのだが、7.62x39㎜弾は高速弾でもあるので、思っているほど音は小さくならない。

 

ドラマや映画の様なドキューンなどという音を立てる銃が無いわけでも無いが、AK系にサプレッサーを付けるとこんな音になる。

 

また、映画では弾が近くを通り過ぎると、キュンという音で表現されるが、これは跳弾した弾頭が横転した音で、音速を超える弾が至近距離を通り過ぎだ場合、カチッと聞こえるだけだ。

 

この音が聞こえた場合、ごく近くを通った事を意味する、素早いカバー動作に入らなければ、次は自分に当るかもしれないのだ。

 

大雅の放った銃弾は三人目の頭を撃ち抜き、弾頭の衝撃波により脳の大部分を粉砕、後頭部に直径3センチほどの穴をあけ、脳の破片と脳漿をまき散らし絶命させた。

そして盗賊は白目を向いて馬から落ちていく。

 

「排除完了だ。念のため周囲を少し探ってから戻る」

『可能なら馬を回収して欲しいんだけど、領地の村への良い手土産になるわ』

「了解した」

 

大雅は遺体から金目の物を剥ぎ、3頭の馬の友綱を繋いで荷馬車へと繋いだ。

 

「盗賊共の馬ですか、タイガ殿」

 

「ああ、俺は念のため少し周囲を見てくる。

 馬と警護は任せたぞ」

「はっ! 了解しました!」

 

今回の旅には、衛士が3人付けてある。

馬車と荷車、都合3台の警護には最低限な物だ。

 

「ロッテン、馬は三頭確保した。

 これから念のため周囲の探索をする。

 なにかあったらインカムで教えてくれ」

 

『わかったわ、注意してね』

「先頭の衛士には、前方の注意を怠らないよう伝えてくれ」

 

エード・グリンヴェールに来るときは気付かなかったが、どうやら荷馬車専門の盗賊の様だ、小川を超え50m程入った林の中に彼らのキャンプを見つけた。

 

大雅は盗賊たちの排泄した物を見て回る。

汚い話だが、排泄物の量を見れば、どのくらいの期間、ここに根城を持って居たのか判る。

 

キャンプの状態や、こうした周囲の状況から、一時的なキャンプなのか、大きな根城が別にあり、単なる一時的な物か、単純な盗賊なのかを判断可能だ。

 

「周囲に問題は無いようだ、隊列に戻る」

『解ったわ、小川も有るし、もう少し先の広場で休憩を取りましょう』

 

 

「タイガ殿、その武器は、何というので有りますか?」

休憩の間、若い衛士が問いかけてきた。

 

「俺たちは銃と呼んでいる。

 金属の玉を、凄まじい速度で打ち出す武器だ。

 小さな金属製の礫だが、すさまじい速度で当てれば、槍や剣で刺されるよりも酷い損害を与えられる」

「魔法の力で打ち出すのですか?」

 

「いや、火薬の力を使う。

 まあ、お前たちの知っている火薬よりは、遥かに強力だがな」

「火薬に火を着けるのは魔法ですか?」

 

「いや、叩くと発火する、プライマーと呼ばれる火薬仕込まれていてな。

 引き金によりこれに火が付くと、弾を発射する火薬に火がついて破裂し、弾はその力で飛び出す」

 

「すさまじい速さって言っても、どのぐらいの速さなんだ?」

先頭を警護する、副衛士長が訪ねてきた。

 

「音の速さを知っているか」

副衛士長も衛士も首を横に振る。

 

「音と言うのは、おおよそ1秒に340mの速さで伝わる。

 だから山で谷に向かって叫べば、声が返ってくるだろう?

 あれは声が、向かいの山に反射して聞こえるからだ」

 

「ウィッチャーというのは物知りなんだな」

「で、銃は小型で弱い物でも音の速さ、つまり音速だな。

 それぐらいの速さが有る。早い物に至っては音速の4倍に達する」

 

「でも鎧や盾を持った者までは貫けないだろう?」

「この世界の鎧や盾は、なんの妨げにもならないだろうな。

 強力な銃はアークグリフィンの頭も、1発で粉々にする」

 

「これが有れば、戦争での戦いが変わるな」

「ああ、だが銃は武器として扱えるまでに、訓練に長い時間と大きな金がかかる。

 銃が有るからと言って、戦いが有利になるとは限らん」

 

実際大雅が使用する武器は、グレネードC4などを除いて、体に埋め込まれたIDタグが1m以内に無ければ、撃鉄が落ちない電子機器が埋め込まれている。

解除も可能だが、それには一度分解し部品を交換する必要があった。

 

「タイガ、そろそろ獣を狩らないとね、この中で弓を使える者は居る?」

ロッテンが三人の衛士に話しかけたが、三人の衛士は首を振った。

 

「鹿程度で良いなら、俺が狩ってこよう」

「悪いけどお願いするわ、それなら数日は持つし」

 

このキャラバンは小規模とは言っても、御者3名、衛士3名、それと身の回りの世話をする従者が1名居る。

大雅とロッテンを加えれば、9名という結構な人数になる。

消費する食料や水もそれなりの量だ。そのため馬車の後ろや荷車には、食料や水も積んではいるが最小限の量だ。

 

足りない分は、野生に多く生息する鹿や、ウサギを狩って賄う事となる。

主食はスープの中にライ麦を入れたごった煮が普通だ。

 

けっして美味しい物では無いが、中世を彷彿とさせるこの世界にあっては、ごく普通の、いや、どちらかと言うと、まともな食事なのだ。

 

だから大きなキャラバンだと、獣を狩るための猟師も同行する事が多い。

もちろん弓兵が兼務している事も多く、大きな街道ではこうしたキャラバンを相手にする猟師も居て、キャラバンに肉を売りに来たりするのだ。

 

午後には大雅がキャラバンから離れ、小ぶりな鹿を一頭仕留めて戻ってきた。

従者と御者の一人が捌けるというので、任せた。

鹿と言うのは、豚やイノシシとは違い、体重の3割ほどしか精肉が取れない。

 

それも、丁寧に細かなところまで捌いての話で、屋外などで絞める場合、良くて2割5分、血抜きや内臓を傷つけてしまった場合は、臭みの無い部分は、さらに減る。

大雅が獲って来たきた雌の鹿は50Kgほどだった、だから肉の量は12㎏も獲れれば精々だ。

9人が腹いっぱい食べれば、7回ほどの食事で消えてしまう。

 

街道と言っても、この世界の道幅は精々が3m程だ、何処でもキャンプできるとは限らない。

だから条件が良ければ、早めにキャンプを張ったりする。

 

陽も完全に暮れたころ、キャンプ地に利用されている広めの場所にたどり着く。

馬車3台と馬9頭の場所は意外に場所を食う。

馬も馬車から外して休ませないといけないし、飼葉や水も必要だ。

 

大雅もつくとナジャムの鞍を外してやった。

「大丈夫だと思うが、あまり遠くに行くなよ」

角砂糖を旨そうに食べた後、ナジャムは小川で水を飲むと、周囲の若葉を食み始める。

ナジャムは沢山食べる、体が大きいだけに大食漢なのだ。

荷馬車の曳き棒に鞍とバックを掛け、たき火の所に戻る。

この様な広場は、良く商隊や行商人にも利用されるため、小規模だが石造りの竈が有る事が多い。

 

だからか、キャラバンを見つけると、焚き木や薪を売りに来る農民や、近くの家から売りに来ることもある。

彼らはそれが貴重な現金収入となり、キャラバンは薪を集めたりする手間が減る。

案の定、小型の荷車を引いた農民とみられる男と、その娘が薪を売ろうと待っていた。

 

「旦那さん方、薪は要らんかね」

「買うがこんなには要らん、夜の暖と食事が煮炊きできる程度で良い」

薪を荷馬車の空いているスペースに積み込む、これから先3日分ほどの使用量だ。

 

親子は薪を半分ほど置くと金を受け取り、また来た道をギシギシと音を立てる荷車を引いて戻って行った。

生木は乾燥しないと燃えないし煙が多すぎる、こうした商売も旅人にとっては貴重である。

 

「ここはまだエード・グリンヴェールに近いから安いわね」

「やはり離れれば高くなるのか」

「そうね、一番高いのはここから2日ほど行った所ね。優に3倍はするわよ」

「まあ、貴重な現金収入源なんだろうな」

 

「それに、岩場が多くなって、薪に使える木も少なくなるの。

 だからケチな商隊なんかは持ってきている事が多いわね」

 

その日は鹿と言う獲物もあって、豪勢な夕食となる。

シカ肉のスープに、シカ肉のステーキ。

それでも食べきれない分は、きれいに捌いておけば翌日も持つ、従者は濡れた布に包み、荷馬車の下にぶら下げた。

気化熱を利用した保管方法、と言っても精々持つのは翌日までだ。

 

 

皆、馬車や荷車の下に敷物を敷き、毛布にくるまる、見張りは交代で取り大雅、二人の衛士、そして最後が従者だ。

従者は朝食の準備が有るため、夜明け近くが好都合だし、大雅にとって夜早いのは苦手だ。

何事も無く大雅の担当時間が過ぎ、指定された馬車の下で寝袋へともぐりこむ。

 

そんな移動の日が3日も続いた。

 

「ここからは、ひと月ほど前に、俺が怪物やら盗賊たちを駆逐した場所になる。

 怪物が居る可能性は少ないが、もしそいつらを見つけたら教えてくれ」

大雅は、皆に伝えると、馬車の窓から手招きするロッテンの馬車に近づいた。

 

「どうした?」

「明日はスウェッド村に着くんだけど、村おさは知っている?」

「シモンか? 以前に仕事を受けた。よく知っている」

「じゃすまないけど先行して、シモンに明日着くって伝えてくれないかしら」

「警備はどうする?」

 

「村までの道に何かある様なら、戻ってきて欲しいの。

 何かあったらこれで連絡が取れるかしら」

 

ロッテンは片耳に装着したインカムを指して言った。

 

「少しばかり距離があるな、レピーターを使う。

 なにこんな小さな箱だ。

 馬車の屋根に取り付けて置くが気にしないでくれ」

 

大雅は手のひらに乗るような小型のレピーターに、大きめのバッテリーユニットを取り付け馬車の後ろに両面テープで取り付けた。

こんな小さなものだが、出力は大きく数キロしか届かないインカムが数十キロまで伸びる。

 

村までは後30キロ程度だ、決して遠くは無いが、馬車の移動速度は歩きとそんなに変わらない時速4キロほどなので、休憩時間を考慮すると丸一日かかる。

一方馬だけなら、5時間もあれば常歩の速度でも着ける。

 

「駆除してから1カ月は経って居ないから、大丈夫だとは思うが、気を付けてな」

 

先触れには本来副衛士長が行く手筈だったが、馬の調子が悪くできない。

もう一人の衛士は、初めての遠出で剣の腕も拙い。まさか面識も無い若い従者を走らせるわけにも行かず、大雅にお鉢が回ってきたという状況だった。

 

ナジャムの体躯は並外れて大きい、運動能力の高い大雅でさえ乗り降りには気を使う。

当然足も長く、ナジャムの好きなように歩かせると時速8キロほどで歩く。

この速度が、彼女にとっての常歩なのだ。

大雅は常歩に時折速歩を混ぜて、スウェッド村へと向かった。

 

「おんや、ウイッチャーのタイガーさんじゃないべか」

「村おさのシモンは居るか?」

 

「今の時間だと、チーズの熟成小屋にいるはずださ」

大雅はそのままナジャムを歩かせ、熟成小屋へと向かった。

小屋とは呼んではいるが、実際には地上部分は小さな小屋で、大部分は地下にある。

ここで、ゆっくりとチーズを熟成させるのだ。

 

「シモン! 居るか!」

 

「どうしたタイガ。こんなに早く戻ってくるなんて」

「仕事をメイヤー家で受けたものだからな。

 明日ロッテンがこちらに着く」

 

「そりゃまた。そうか・・領主のアベルト・メイヤー男爵はポンターへ行ってるからか」

「ロッテンとの面識は?」

 

「彼女が子供のころから知っているよ。

 と、こうしちゃおれんな。

 どっこいせと」

 

シオンは大きなチーズの塊を抱えて、上がって来た。

 

「タイガ悪いがこれを家に持って行ってくれ、俺は関係者に知らせてくる」

「俺も戻らにゃならん、届けたら出るぞ。

 特に変わりはないか?」

 

「ああ、平和なもんだ。

 今年はチーズの出来も良い。

 そうだ、アレンウォードの村にも行くんだろう?」

「ああ、多分な」

 

「驚くぞ」

「何かあったのか?」

「なに、悪いことが起こって居る訳ではない。

 ただちょっとばかし面白い事が起こってる」

 

「面白い事?」

「お楽しみだよタイガ、その目で見てみると良い」

そういてシモンは歩いて行った。

 

大雅はシモンの家にチーズを届けると、その足でロッテンの所へと戻って行った。

 

「今から戻る、特に問題は?」

『ないわ、順調よ。

 怪物のカの字も無いし、盗賊の姿も全く。

 することが無くて暇だわ』

 

ナジャムに少し無理をさせたので戻りはゆっくりと歩かせ、時折ドローンで周囲を探った。

ロッテンたちがキャンプとする広場で、合流できたのは夕方になってからだ。

 

「村おさのシオンに、明日着くことを伝えてきた。

 今年はチーズの出来も良いとの事だ」

「それは楽しみね、今回は荷馬車も連れているから、帰りは蜂蜜とチーズで満載ね」

「積んで帰るのか?」

 

「当然よ、荷馬車は空でも経費が掛かってるんだから、勿体ないでしょう。

 租税の月には3カ月ほど早いけどその分減免するのよ。

 相手にとっても助かるし、こっちにとっても輸送の経費が浮くしね」

 

「アレンウォード村も回るのか?」

「ええ、でもあの村は租税をこの季節に取り立てる訳にも行かないから、通常の秋になるわね。

 まあ、ハーフリングたちの養蜂も、そろそろ終わって蜂蜜を樽に詰め込んでるはずだから、その集荷までの滞在ね」

 

「どのぐらい取れるんだ?」

「平年だと5樽ぐらい、いい年だと6樽半は採れるの。

 ハーフリングたちは、私の家の直営だから主要な収入源の一つなのよ」

 

「アレンウォード村はライ麦などか?」

「ええ、それと林業ね。

 良質な木が取れるのよ。

 ただあの村は、養蜂場所との集積地としての役割が有るしね」

 

「なるほど、メイヤー男爵家は北部で蜂蜜、酪農、そして林業を基に経営しているわけだ」

「それだけじゃないけどね、北西には小さいけど錫鉱山も有るの」

 

「ほう・・錫か、もしかして銀も採れているんじゃないか?」

「良く知っているわね、でも詳しくは私も知らないの。

 お父様が直接管理しているから」

 

錫鉱山で銀も採れるとすると、ゼノサーマル型鉱床の可能性が高い。

イリジュウムなどのレアメタルも採れる可能性もある。

 

希少金属を大量に必要とする日本にとって、生命線とも言えるレアメタルが手に入る可能性がある。

この情報価値は大きい。

問題はこの国がレダニアに支配されているという事だ。

輸出させるには、レダニアと交渉する必要が出てくる。

 

そしてニルフガードとの戦線は一時期より縮小したとは言え、今だにポンター川流域での小規模な戦闘は絶えず、睨み合いが続いている。

日本としては交渉相手はどちら側でも良いのだが、戦争に巻き込まれるのだけは避けたい。

 

位置的にこのまま南下すれば、ポンター流域に至るが、紛争地域を抜けるつもりは大雅にも無い、あまりにもリスクが大きすぎる。

残るは、レダニアを経由するか、テメリアへと直接入る方法しかない。

大雅はもう少し、情報を集めてから動いた方が良いと考えた。

 

それにはロッテンの父、アベルト・メイヤー男爵が戻って来るまでは、エード・グリンヴェールから動けない事を意味していた。

 

スウェッド村では一泊し、お湯を使わせてもらった。

出来ているチーズは、帰り道に積み込むこととなる。

その為に荷車の1台と御者が、一人ここに残った。

ここで作られているチーズは、ホールの大きさが大きく1個30キロを超える。

 

租税として以外に、全てでは無いがチーズは男爵家に卸され、運搬料や販売手数料を引き、税を加味した後の残りが、ここの農民の取り分となる。

そしてチーズは、木箱に入れられ消費地へと送られるのだ。

 

乳牛は殖産しないと乳をださない。

年を取り仔を生まなくなった乳牛は、食肉牛として売られていく。

 

それでも北方諸国の中では裕福な村と言えた。

今回の衛士の一人は護衛任務はここまでである。

帰りはスウェッド村に赴任していた衛士が付くこととなるが、一人は殺されており帰りに付くのは1人だけの衛士だ。

 

来る時よりも、一人少ない護衛数で対応しなければならない。

 

「生産見込みと租税の計算に明日一日かかるわ。

 タイガは先にアレンウォードに行ってくれた方がいいわね」

「伝える事は有るか?」

 

「そうね、そろそろ蜜を樽に入れている頃だと思うの。

 もしハーフリングを見つけたら、3日後に集荷する旨を伝えてくれないかしら」

「わかった」

 

翌朝大雅はアレンウォードへと向かう事となった。

勿論、路の安全を念のために確認しながらだ。

ロッテンは村に駐在していた衛士も連れて、翌々日にアレンウォードへと着くらしい。

 

馬房へ行くと朝から燕麦を大量に貰い、ご機嫌なナジャムが居た。

馬は風味が好きなのか燕麦を好む。

 

この村でも南側斜面を利用し、春撒きで栽培されている。

もちろん寒冷に耐えるライ麦も栽培されているが、燕麦は製粉しても、パンの様には膨らまない固いパンにしかならない。

 

だがら燕麦を人の食料にするには、粥とするか小麦などを混ぜてパンを作る。

ここでの小麦は生産量と言うか収量が悪い、だから小麦のパンなんて相当な贅沢なのだ。

普段はライ麦かこの燕麦を食べる。

 

この地方の非常に硬いパンは、主にこの燕麦を使ったパンだ。

スープでふやかして食べる。

 

「ご機嫌だなナジャム」

声を掛けるとブルルルッ!と返事が返ってくる。

初夏でも少し曇りがちな空を眺めながら、アレンウォードへと向かう。

 

 

まだ日の高い15時ころに村へと入ると、見慣れない新しい小屋というには大きすぎる建物が建っている。

家で無いのは、高い所に建物を一周するように換気窓があり、うっすらと煙と湯気が上がっている。

 

中を伺ってみると、ロアナが指揮を執っているようで、大きな指示の声が外まで届いてきた。

 

「変わりはないかロアナ」

「・・・・・タイガ!!」

駆け寄ってロアナが抱き着いてきた。

 

「何故こんなに早く? 2年後じゃなかったの?」

周りから冷やかす声が届く。

 

「話しは後でな。先に家に寄らせてもらっても?」

「もちろんよ! あと少しで終わるから、先に家で待っていて」

 

大雅は鍵を借りると、家にパックやケースを置いて、ナジャムを馬房とは言っても屋根だけのものだが連れて行った。

 

「おじさん、手伝えることある?」

村に居た時に、ナジャムの世話を手伝ってくれた少年だ。

 

「じゃ、馬を馬房に連れて行って、たっぷりと燕麦と水を与えてやってくれ。

 普通の馬の倍は食べるからな。

 馬は俺が洗うから、飼葉と水だけで良い。

 あと鞍を外しておいてくれ。できるか?」

 

「もちろんだよ、任せて!」

大雅は幾つかの硬貨を子供に与えた。

金額は数クラウン程度だが、子供達にとって来訪者は、貴重な現金収入の機会でもある。

家で荷物の整理などをしていると、ロアナが帰ってきた。

 

「で、こんなに早く戻ってくるとは思わなかったわ」

「仕事の途中なんだ、護衛のな」

 

「護衛?」

「ああ、メイヤー家のロッテンだ。

 明後日にはこの村に入る。

 ところで、蜜集めしているハーフリングは居るか?」

 

「ちょっとぉ! 領主のご令嬢じゃない! なんで?」

「領主のメイヤー男爵は、軍の依頼でポンター川手前まで行っている。

 ご令嬢は、租税の算出視察だそうだ」

 

「えぇ~? 今年は早いわね。

 まだライ麦だって収穫なんかずっと先よ」

「この村は例年通りの時期で良いそうだ。

 今回はチーズと蜂蜜の回収だな」

 

「それの護衛って事?」

「ああ、ちっよとしたことで知り合ってな」

 

大雅は勝手知ったるなんとかで、お湯を沸かしお茶を入れ始めた。

 

「お嬢様が来るとなったら準備しなくっちゃ、明後日の何時頃?」

「馬車の他に荷馬車を1両連れているからな、早くとも付くのは夕方だ」

 

「ええーっと、準備しなくっちゃ。

 歓迎の準備と・・たいへんお肉足りないわきっと。今から狩ってくる!」

「それは俺が狩ってこようロアナは他の準備を」

 

「ありがとうタイガ、助かるわ」

 

タイガは、ナジャムではなく村の馬を借りた。

一生懸命燕麦を頬張るナジャムを見たら、今日は休ませてやりたかった。

借りた馬は雄だが、去勢されており良く躾けられている。

ナジャムの鞍では大きすぎるので鞍ごと借りた馬だ。

 

山の方へと向かい、体重60キロほどの鹿を2頭、野生のイノシシを2頭仕留めた。

獲物を血抜きし、村に置いてあったカートを引きずって来ていたので、それに積み込む。

獲物の運搬には不可欠だ。

 

家に戻るとロアナの手配なのか、数人の男たちが待っており、手際よく捌きだした。

 

「ウィッチャーの旦那、お疲れさんですだ。

 あとはうちらでやっておくよ」

 

「この肉を少しもらっていくぞ」

大雅は鹿の背肉を二切れ程貰うとロアナの家へと戻った。

 

台所に立つと肉を一口大に切り分け、ジプロックの袋に入れていく。

醤油と香辛料を加え冷蔵庫代わりにするため、冷たい湧き水に入れる。

 

大雅はしばらくぶりで、から揚げが食べたくなったのだ。

本来なら鶏肉だが、勝手に村にいる鶏を〆る訳にも行かない。

だから、シカ肉は少し薄めに切り分けてある。

 

夜になってロアナは戻ってきた。

 

「はあぁぁ、やっと段取りが終わったわ」

「お疲れさま。簡単だが食事は作らせてもらったよ」

 

「わっ! これ何!!」

「シカ肉のから揚げだな。

 鶏肉よりは歯ごたえが強いが、味は悪くない」

 

その晩は、ゆっくりと話をしたいとのロアナの希望で、お湯を使った後、身軽な服装で過ごした。

 

「なるほど、それで護衛の仕事を受けた訳ね。

 で、必要な情報は得られたの?」

「そうだな、取り掛かりとしては悪くない。

 とりわけ女魔法使いと知り合えたのは、ロッテンのお陰と言えるな」

 

「暫くはエード・グリンヴェールに居るの?」

「メイヤー男爵が帰って来るまではな。

 その後には南に発つ」

 

「ポンターの方に?」

「いや、あそこは紛争地帯だから、避けていくつもりだ。

 レダニアに入るのが難しければ、テメリアに峠越えをして入るつもりだ。

 まあ、最初はここの首都であったアルド・カレイに行くつもりだ」

 

「私も行きたいな~」

「お前は村おさとしての仕事が有るだろう。

 というか香水でもつけているのか?」

 

「母が残してくれたニオイスミレの香水よ。

 付けるのは初めてなの嫌い?」

「仕事柄香料を使ったものを身に使う事は殆ど無くてな。

 好きな香りだ。そういえば墓石は出来たのか?」

 

「先週地回りの商人が届けてくれたわ」

「明日にでも詣りにいこう。

 とろで今日の建物は?」

 

「あ、あれ・・・・の前にタイガに謝らなきゃいけない事あるんだ」

「なんだ? 大抵の事では怒ったりしないぞ」

 

「ほら、スウェッド村の怪物退治の報酬なんだけど・・・・ごめんなさい。

 勝手に使っちゃって」

「あの建物に使ったんだろう?

 構わない。

 もともと二人で稼いだ様なもんだ」

 

「う、うん。そう言ってくれるとありがたいんだけと。

 ついにお金が無くなったの、全部」

「まあ、あれだけの建物だからな」

 

「そっちは自体は安かったの。

 材料も職人も村で調達できたから僅かな物なの、大鍋、竈、それに大量の砂糖と香辛料、空き瓶も結構な金額になっちっゃて・・・・トマトはまだまだ採れるのに、それ以外の材料が今日で終わりなの」

 

「・・・・・もしかしてケチャップでも作っているのか?」

「そう! これよ!」

 

そう言って部屋に置いてある木箱から取り出したのはケチャップだった。

ラベルも貼り付けられており、タイガーソースと銘打たれている。

 

「ケチャップじゃないのか?」

「ケチッャプって発音しにくいのよね。

 タイガの名を取って、タイガーソース。

 これはすぐに決まったわ。

 今じゃラベル作りも、村のお年寄りや未亡人の内職仕事になっているの」

 

「まあ、産業が活発化するのは良い事だが、食べ物で有る以上は、インチキや品質の悪化には気を付けないとな」

 

「ええ、最初は何度か失敗したけど、最近では良いものが作れるようになったの。

 村の奥さんたちも手伝ってくれているわ」

 

「どのくらい作ったんだ?」

「小樽で500ぐらい。

 でもスウェッド村が50買い取ってくれたし、来週には地回り商人が100を買い取るため荷車を引いてやってくるの。

 残りはこの村の消費にしては少し余りそう」

 

「ロッテンがしっかり買う気でいるみたいだから、足りないぐらいかもな。

 香辛料や砂糖を大量に持ってきている」

「あちゃ~! バレちゃったのかしら」

 

「というか、俺が教えたんだ。

 関与する気満々だぞアレ」

「どうしよ・・・」

 

「どうせバレるんだ。

 ちゃんと領主に産業化するための助力を貰った方が良い。

 販路だって今は無いだろう?」

「そうなのよね」

 

「いいか、産業化するには、ちゃんと決めなければ成らない事が沢山ある。

 販路だけでなく、生産計画、収支計画、事業の継続や拡大、資材や原料の調達計画、大変な仕事に成るが当たれば、この村にとって、大きな収入源になる」

 

「ねえ、それって村の人が、仕事を得られるって事よね!」

 

「そうだ、無理のない範囲で、年間の計画を立て回していかなきゃならん。

 その為には給与もちゃんと明確にする必要がある。

 そう言った事もはっきりしないと、破綻する」

 

「分かったわちゃんと領主と話してみる・・・。

 ああ・・エード・グリンヴェールに行くことも増えそうね」

 

「ねえタイガ。私に出来るかな」

「できるさ。

 無理をせず、知らないことは教えを請い、無理せず真摯に対応すれば難しい事ではない。

 ケチャップを産業化するなら、メイヤー家を絡ませて起業するのが良いだろう。

 株式会社にすれば明確にできる」

 

「株式社会?」

「違う、株式会社だ。

 資本を持ち寄って起業するんだ。

 資金を出した者には、それに応じた株券という物を渡し、企業に利益が出た場合、これに対して配当を渡すんだ。

 もちろん全部の利益を渡す訳ではない。

 翌年の原料仕入れや、物価の変動も見込む必要がある。

 建物や機材も、この中から調達しなきゃならんし、給料を払えば人件費として計上しなくちゃならん」

 

「だから、給料を決める必要が有るのね」

「そうだ、明確にすれば、年間の経費が予想できる。

 それは売れても売れなくても一定だ。

 だから計算がしやすい。

 トマトの増産、瓶などの容器の調達。

 ラベルの内職だって、金をちゃんと払わなきゃなな」

 

「うわーーー大変そう」

ロアナは頭を抱えている。

 

「そう言った事も含め、メイヤー家に助力を頼むメリットは大きい。

 スウェッド村からの報酬はいくらだった?」

「クラウンにして500だったわ。今は50も無いけど」

 

「じゃ、俺が手持ちの2500を足して3000クラウンを出資すればいい」

「ダメよタイガのお金でしょ?」

 

「俺が村に貸し付けるよ。

 3000クラウンを期限なしの貸付だ」

「分かったわ。次には?」

 

「メイヤー家に、第三セクター方式で起業する事を提案するんだ。

 で出資は2000クラウン。

 これでこの村に次ぐ株数の株主となる。

 運営は両者が出し合った資金を基に人を雇い、物を生産し売りさばく。

 経営に関しては村も領主も対等だ。

 株式会社の運営は、株の発行部数に応じた発言権・決定権がある。

 普段運営つまり仕入れたり、生産したりは専任の者を雇ってやらせるんだ。

 これが従業員だ」

 

「す、凄い夢ね!」

 

「食べ物は当たれば大きいからな。

 ただし、全てを計画的に行う必要が出てくる。

 まあ、最初は小さくても構わん、いかに庶民に使ってもらえるのかが大事だ」

 

「それがピザトーストに繋がる訳なのね」

「隣の村にも協力してもらえばいい。

 ピザに合うチーズを製品化して貰えば、両方の村が産業で栄える」

「わかった! 頑張ってみる」

 

翌日、ロアナは迎い入れの準備に午前中一杯かかったが、午後からは大雅に弓を指導してもらった。

大雅も午前中はこれまでの事を、レポートするのを纏めたり、これからの計画を纏めてるのに、時間を費やした。

 

「驚いたな、まさか55ポンドを引ききるとは」

「60でも引けるけど、それだと精々20射が限界なの。

 この重さなら、50までは試したけどまだまだ引けそうよ」

 

「5ポンドぐらいの違いなら大した変わりはない。

 まだ育ち盛りだし、これからだろう。

 それよりも、姿勢や効率を考える射方を身に着けた方が良い。

 だが、これなら鹿も貫くだろう?」

 

「ええ、骨に当たっちゃうと難しいけど、胸だと貫通するわね。

 30mも行かないうちに息絶えるわ」

 

その日の夕食、ロアナは一緒にワインを持ち出していた。

ロアナに飲みすぎないように釘を刺し、夕食に取り掛かった。

 

「タイガ、会社設立するのに最初に必要な事は?」

 

「設立人を決める事だ。

 最低3人は欲しい、一人はこの村の代表、もう一人はメイヤー家から。

 あと一人はそうだな・・・スウェッド村のシモンあたりが適当だろう。

 これを役員と言う、いわば経営者だ。

 将来的に増やす場合も、奇数とすることが大切だ」

 

「タイガは加わってくれないの?」

「俺は無理だ、それに故郷の法で、俺は役員にはなれないしな。

 まずはその三人が決める事は、社の理念だ」

「理念?」

 

「そうだ、会社と言うのは人と同じだ。

 役員の発する言葉は、会社としての人の言葉を代弁しているといえる。

 それだけ理念と言うのは大切なんだ。

 それはあくまで顧客や、社会に向けて公言出来る物でなければならない。

 会社が社会で存続するための理由づけだ」

「例えば?」

 

「全ての人に美味しい生活をとか、新しい味をすべての人へ・・とかでもいい。

 会社がどこを目指すのかの指標を決めるんだ」

 

「うん、わかった次には?」

「こっちに銀行は有るか?」

「ここらあたりには無いけど、エード・グリンヴェールには支店が有るわ」

 

「そこと契約して会社の口座を作れ、その前に代表者を決めるんだ」

「会社のトップと言う事ね」

 

「そうだ、これは発起人の中から選ぶ。

 代表は代表取締役。社内での役職は社長だな。

 次が金銭関係を取り仕切る専務取締役。

 これは計算や事業に詳しいロッテンが向きだろう。

 最後はあと一人の取締役は常務役として社長のサポートをする。

 最初はこの三人で良いだろう」

 

「社員の給与はどう決めればいいの」

 

「ロアナがやっていたように、1から10まで指図するのは現場の仕事だ。

 こうした仕事をするのは管理職という。

 管理職にはいくつか段階があって、例えばトマトを専門に選別したり、洗ったりするチームならチームリーダーでもいいし、原料トマトの係長でもいい。

 役職者には一般従業員より多少高い給与を払う。

 そして工場自体を任せられる人が出ればこれを工場長と言う。

 役員が担当する場合もあり、役員に次ぐ給与となる。

 こうした者たちを重役と言うんだ。

 これは販売する部門、広告を頼む部門、商品を改良したり、品質を一定に管理する部門など、その部門長で構成する。

 まあ、そうなるまでには数年かかるだろうがな」

 

「階級制度なのね、役員の報酬はどうするの?」

 

「役員報酬として役員会で決定する。

 会社の方向、基礎的な物事を決める大事な役だからな。

 だから会社だけでなく社員や従業員、製品の品質にもすべて責任を負う。

 会社が儲からなく潰れた場合も責任が発生する。

 そのかわりハイリターン、つまり報酬は大きい」

 

「もし借金が嵩めばトップの責任と言う事なのね」

 

「そう言う事だ。

 社員は給与を受け取る代わりに、労働力を提供する。

 役員は、社の頭脳であり、全体の責任と負債が発生すればこれを背負う。

 役職については、一番下が一般従業員、その上が係長、課長、部長だな。

 だから役員は、社全体を見て、必要な指示や作業を部長に指示する。

 部長は複数の課長や係長に伝え、それを協力して社員が実行する訳だ」

 

「たとえば、冬には生産できなくなるけどその時は?」

 

「それなら、社員とせずに季節労働として働かせればいい。

 社員と言うのは、冬の間もずっと会社で働き続ける者を言うんだ。

 だから、社員にはその家族が他の仕事をしなくとも、それだけで生活できる様な給与を払わなければならない、

 生産現場の社員なら、次年度の生産計画や必要と成る物の手配、翌年の働いてくれる労働者の手配とかだな。

 暇はないぞ、生産の器具や竈の管理も必要だ、薪の手配も現場で計算して手配する」

 

「そう見れば、1年中何かの仕事が出来ちゃうわね」

 

「資金管理も大切だ。

 一時的な費用は銀行からの融資も必要と成る。

 返済計画と収入、利益の配当、売掛金の回収、買掛金の支払いなどな。

 社員や季節労働者に支払う金の準備、原材料への支払い。

 税の計算と申告。

 沢山あるぞ」

 

「販売の部門や広告の部門て何するの?」

 

「販売は売る販路を開拓したり、商品が売れるよう、一般の人に知ってもらうのが仕事だ。

 いくら良い商品を作ったとしても、売れなければ金にはならない。

 販売はその為どんな人と取引するのか、取引に信用が置ける相手なのかを見極める。

 腰の軽い行商人なんかは厳しいだろうな。

 現金決済なら売ってもいいだろうが、最初は固定商店から始めた方が良いだろう。

 広告部門はそれを広告に限った部門で、いかに大量の人に知ってもらうかを考える。

 だが最初の小さな規模の内は、役員でするのが良いだろうな」

 

「なるほど、ねえここに居る内にもっと教えて。

 お酒飲んでるどころじゃ無くなったわ」

それから暫くと言うより、深夜に及ぶまで大雅のレクチャーは行われた。

 

「さて、もう寝ないと明日がきついぞ」

「うううっ。頭がいっぱいだよぉ、ねえ、抱っこして」

 

「わかった、暖炉の傍に行こう。少し冷えて来たしな」

ロアナはまだ14だ、中学生ほどの子供だ。

両親を亡くしたばかりで人恋しい時も有るのだろう、と大雅は思った。

 

「ロッテンお嬢様とは何もなかったの?」

「盗賊に襲われていた所を助けただけだ、報酬も貰った。

 護衛の仕事を受ける代わりに、女魔術師に顔を繋いでくれた。

 それだけだ」

 

「そう。私・・・タイガが好き。

 タイガが女の子と話していると、たとえ子供でもやきもきしちゃう」

 

「それはストックホルム・・・じゃないな。

 吊り橋効果か。

 両親が殺された上、自らも危機に陥っていた。

 それを助けてくれた人間に対しては、恋愛感情が発生しやすい。

 ロアナ、感情は時としてそう言ったイタズラをすることが判っている。

 それを恋愛と勘違いするんだ。

 俺は単に見過ごせなかっただけだしな」

 

「私って魅力ない?」

「無いとは言わないが、せめてもう少し出るところが出て、引っ込むところが引っ込んでからだな」

「んもう! あと二年もしたらそうなるわよ」

 

翌日は朝から村を上げての騒ぎだった。

大半の村人は、ついでに旨いものや酒にありつける事が狙いだったが、女たちはこの騒ぎのせいで多忙な思いをしていた。

 

その間、タイガは蜜樽を荷車に積み、降りてきていたハーフリングに会っていた。

 

「場所はここから荷馬車で半日ほど入った所にあるんだ。

 大体の蜜の収穫は終わったが、移動するために蜂に自分たちの蜜を獲らせなきゃなねぇ。

 移動中は蜂たちは餌が取れないからな。

 これにはあと3日ほど待ってもらわんとな」

 

荷馬車から大きな樽を下していたハーフリングが答えた。

 

「今年の収量は良かったのか?」

「ああ、この地方にしては珍しく、長雨が無かったからな。

 ここのノミノツヅリの花が終わったら、南下して秋まではシロキンバイカの群生地で巣箱を開く」

 

「どのぐらいの距離だ?」

「普通は教えんが、まあ男爵の関係者なら良いだろう。

 荷馬車で2週間ほど西へ行った山の間の盆地だよ」

 

「蜜は全部男爵家に卸すのか?」

「1樽の蜜蝋はこの村に場所代として渡す。

 残りが自家消費用を除いて渡すんだ」

「どのぐらいの量になるんだ?」

 

「此処だけで6樽だ。

 ただし、2樽が俺たちの取り分だから、渡せるのは4樽だな」

 

「なるほど、報酬は現物か」

「ああ、そういう約束だからな。

 多く取れても少なくても報酬は2樽、もう30年も続けている。

 先代からの契約だな」

 

「なかなか大変な仕事なのだな」

「なに、あんたのウイッチャー家業に比べりゃ気楽なもんさ。

 仕事の合間が有り余るから、木造りの皿やコップを作ってるんだ。

 だから木工のろくろ回す方の時間が多いぐらいさね。

 本当に忙しいのは、蜜を集める時期と、こうして蜜樽に詰め込む作業ぐらいなもんだ」

 

蜜樽は鍵のかかる小屋に下され入れられた。

ハーフリングはこれから蜂小屋の所まで戻り、片付けと移動の準備をするのだという。

 

「3日後に山降りてきますんで、小屋の鍵を渡しておきます。

 お嬢さんによろしく伝えて下せえ」

「わかった、気を付けてな」

 

ハーフリングの男はロバが繋がれた空荷の荷車を歩かせ山へと戻って行く。

ロアナの家に戻るとすっかり迎えの準備は終わっていた。

 

『あと少しで村に着くわ』大雅のインカムにロッテンから連絡が入る。

「特に問題は?」

『無かったわ、平和なもんよ』

 

少しするとゴトゴトと黒塗りの馬車が近づいてくる。

御者は馬車を停め、足台をドアの下に置いた、乗用の馬車の床は1mほどの高さが有る。

 

台が無くとも乗り降り出来ない訳では無いが、ドレスでは難しい。

ロアナは馬車から降りて来るロッテンに向かって話しかけた。

 

「いらっしゃいませ、ロッテンお嬢様」

「久しぶりね、ご両親の事は手紙で知ったわ。

 お悔やみを、そしてこれは少ないけど使ってちょうだい」

そう言ってロッテンはロアナに小さな革袋を渡している、幾ばくかのお金なのだろう。

 

「ありがとうございます。まずは家へ」

「ロッテン、ハーフリングから蜜樽を入れた小屋の鍵を預かった。

 今年は6樽採れ4樽は渡せるとの伝言だ」

 

「それは助かるわ、癖の無いノミノツヅリの蜜は人気が高いのよ。

 いつ降りて来るって?」

 

「三日後だらしい」

「じゃ慰労の準備しなくっちゃね。

 あとロアナさん、お話があるの後でいいかしら」

 

「あ、はい。それは構いませんが、夕食の準備先にしちゃいますね」

「ええ、それとお湯を使わせてもらってもいいかしら」

「もう準備できてます」

「ありがとう」

 

シャンプーやリンスの使い方を教えるためか、ロアナも一緒に風呂場に入っている。

体の洗い桶が置いてある所から「あらまあ」、「なにこれ!」、「これ良いわぁ」とかロッテンの声が聞こえるが大雅は気にしないことにした。

 

移動中は体を拭く事はあっても、風呂に入る事は無い。

長期に成れば、川や泉で体を洗う事も有るが、うら若き女性のそうしたことは、周りの準備も大変なのだ。

 

「タイガ、お話があるのだけどいいかしら」

シンプルなドレスから、別のドレスに着替えたロッテンが大雅の元にやってきた。

 

「なんだ?」

「あの風呂に有ったシャンプーって何?

 リンスって何?

 ロアナが使って良いと言うから使ってみたけど、あんなの何処にも売ってないわ!」

 

「俺の国の物だな。

 まさかロアナに男性用を使わせるわけにも行かないしな」

「手に入るの?」

「安くはないぞ、大概に女性用の物は高価だ」

 

「もちろんよ、エード・グリンヴェールでも、花の香料入りの石鹸を売っているけど、普通の5倍の値段だもの。

 私が言いたいのはそんな事じゃなくて、品質よ。

 髪の毛がしっとりだけどサラサラ。

 石鹸ではこんな風にならないわ」

 

「髪の毛専用なんだ。

 俺の国では、石鹸で頭を洗う奴なんて誰も居ない」

「それに、あの明かりは何!

 揺らが無いし、明るいし、熱も匂いも煤も出ない、初めて見たわよ」

「・・・ああ。 LEDのランプか、ロアナにはこちらに来た時世話になったからな」

「私も欲しい!!」

 

「やるのは構わんが、俺しか入手は出来ない。

 俺が居なくなった後は手に入らんぞ?」

「それでもいい、あれ使ったら戻れない!」

 

「まあ、取って置いても2年くらいは持つから戻ったら渡そう。

 しかしあれで良いのか? 女性用とはいえ安いやつだぞ」

「もっと良いのが有るの?」

「ああ、金さえ出せばな」

「どんなふうに違うの?」

 

「知ってるだろうが香料は高い。

 高い物は香料が違うんだ。

 さらに高いものは成分が違って髪を綺麗にする」

 

「後で値段教えて!」

「わ、分かったからそんなにくっ付くな」

 

大雅は風呂上がりの、良い香りをたゆらせたロッテンから一身を引いた。

ロッテンも16歳、女性としての体つきや香りがしてくる。

 

「わかった、それとロアナの提案を聞いてくれたら約束しよう。

 まあ、二人には世話になってるし取り寄せるか・・・」

 

「ケチッャプの事でしょ? 

 もちろん全部引き取るわよ」

「それだけじゃない、ロアナは事業化を考えている。

 できれば力を貸してやってほしい」

 

「最初っからそのつもりだわ!

 任せて!!

 ちゃんと永続する事業にして見せるわ」

 

日も暮れ、宴席が始まった。

ロッテンが持ってきた小麦粉を加えたパンが焼かれ、品質確認用とハーフリングから渡された、小ぶりの蜜樽が開けられる。

 

酒も用意され、子供達には蜂蜜を混ぜた果実ジュースが配られた。

年に一度の御馳走だ。

大鍋では肉がたっぷり入ったスープがいくつも焚かれ、食器は皆持ち寄って間に合わせている。

こんな時は子供から老人まで皆笑顔だ。

 

「では領主ご令嬢の来訪を祝して!」

 

乾杯が終わると一旦騒がしくなったが、少し落ち着いた所でロッテンが立ち上がり村人に話し始めた。

 

「皆も知っている通り、盗賊にこの村が襲われ、タイガの活躍も有り被害は最小で済みました」

周りから大雅をたたえる声が上がる。

 

「しかし、この村おさ夫妻を失うなど、この村の人的被害は大きく、村の運営もままならない状態です。

 そこで長らく不在となっていた衛士の常駐を、仮ですが私は決めました。

 1名それなりの腕の者を置きます。

 しかし、村の運営には、それなりの資質の者が必要です。

 私は先ほどロアナ嬢と話し、成人前ではありますが村おさ代行として、受けていただけると約束を得ました。

 正式な事は父の男爵が帰ってからとなるでしょうが、私が決められるのはここまでです。

 多少不便な事も有るでしょうが、拍手を持って了解としたい」

 

まわりから大きく拍手が上がる。

 

「良き天候のお陰で蜂蜜も豊作。

 今宵は、ささやかではあるが宴席を設けさせてもらいました。

 十分に楽しんで欲しい」

 

今日最大の拍手が起き、歓談の喧騒が大きくなる。

 

「ロアナ、出来る限りの事はするわ、でも無理しないようにね」

「ありがとうございます」

 

暫くは、二人の少女は村人に対応していたが、1時間もすると酒飲み達を残して帰って行った。

 

足に障害を抱えている老人や、小さな子供を抱えた親などは出てこれないので、残りの料理やパンを持ち帰るのだ。

 

「酒飲みはほっといて、私たちも家に入りましょうか」

ロアナが宴席から離れるよう促した。

 

「そうね、まだ聞くことが沢山あるし三人で」

そう言って大雅を見る。

 

「お手柔らかに・・頼むよ」

 

場所を居間へと移し、三人はお茶へと飲み物を替える。

 

「御者や従者はどうするんだ?」

「従者はこの二階の部屋よ、私と一緒。女同士だしね。

 あと衛士と御者は、どうせ飲んだくれて広間で雑魚寝でしょ?

 ほっておけば良いわ。

 それよりさっきの事よタイガ」

 

「ねぇ、タイガさっきの事って?」

「ああ、シャンプーやリンス、あとLEDのランプってとこか」

「あのランプ便利だものねぇ、タイガの国って凄いわ」

「だって、異世界だもの。そりゃそうよ」

 

ロッテンがボロッと話してしまう。

 

「・・・異世界?」

「そういやロアナには言ってなかったな。俺は異世界から来た」

 

ポカンと大雅を見つめるロアナ、どや顔のロッテンは涼し気にお茶を飲んでいる。

さすがに貴族の令嬢だけあって、立ち居振る舞いは優雅だ。

 

「・・・聞いてないよ! タイガ!」

大雅は仕方なく、いきさつをロアナにも話した。

 

「まあ、弓と言い、銃と言い、なんとなくそんな気がしてたけど・・・」

「弓?」

「ええ、タイガから貰った弓だけど、これが凄いのなんのって」

「見せて!」

 

ロッテンは壁に掛けてあるコンポジットボウを持ってきた。

ダブルカムの狩猟用だ、調整は面倒だが威力は大きい。

 

「なにこれ・・・初めて見た」

 

「俺の所でも発明されたのは50年ほど前だ。

 機械弓とも呼ばれていて、引ききると軽い力で保持できる。

 強い力が必要なのは引く途中だけだ」

 

「すごいのよ、鹿なんか貫通するし」

「明日射って見せて頂戴ロアナさん」

「構いませんけど」

「ロアナ、矢はまだ十分か?」

 

「うん、まだあるよ。

 ただ固い木や石に当るとシャフトが割れちゃうのよね。

 10本ほどダメになっちゃった」

「後で補充しておこう」

 

「でも凄いわよ、これ使ってからと言う物、獲物を逃すことは無いもの」

「タイガ、これ手に入らない?」

「出来ないことは無いが、出来ればあまり広めたくない。その理由は判るだろう」

「ええ、確かに戦いに使われれば、戦局を変えてしまうでしょうね」

 

「壊れてしまえば俺以外は治せないし、部品も手に入らない。

 材質はここでは作れない物ばかりだ、たとえ導入しても維持が出来ない。

 俺の国では、これによる狩猟も武器としても使用は禁じられている。

 それに武器を渡すのには国の許可が無ければできない」

 

「そう、残念だわ。でもロアナならいいの?」

「あくまでも狩猟と自衛のためだ。

 ここには衛士も居なかっただろう?

 身を守る最低限のものとして許可された」

 

「わかったわ。弓はあきらめる。

 それに維持できなきゃ、兵器にはならないもの。

 でもシャンプーとリンス、ランプは?」

 

「一般民生用だから問題ない、ロアナも欲しいか?

 必要ならある程度取り寄せ、帰ってから別途に取り寄せるが」

 

この世界の繋がりは重要である、そのために多少の経費は問題ない。

 

凄い勢いでこくこと頷く二人を見て、大雅はテキストモードでタクティカルグラスを起動し、発注を掛けた。

3時間後に届くらしいが、広間の地下倉庫程度の大きさを必要との回答が帰って来る。

 

「ロアナ、地下倉庫を使わせてもらうよ」

「大雅が出かけた時のままだからすぐ使えるわ。

 お客さんは半分を仕切りで仕切ってあるから大丈夫よ」

 

大雅は久しぶりに地下への床扉を開け半固定インベントリを取り付けた。

 

「へえ、ここが異世界とのつながる場所なのね」

「ロッテンか驚かすなよ。

 というよりインベントリ化できると言った方が良いだろうな。

 別にここに限定する必要性がある訳じゃない。

 閉鎖出来る空間ならどこでもいいんだ」

 

「ああ! 3時間後が楽しみ!」

大雅は僅かばかり苦笑いを浮かべた。

 

「ロッテンも弓は使えるのか? 欲しいなら取り寄せるが」

「私はいいわ、弓は何度か指導を受けたけど苦手なのよ。

 それより大雅の使っている小剣が良い!」

 

大雅は左胸のコンバットナイフを指して「これか?」と聞く。

 

「ええ、切れ味もよさそうだし」

 

大雅が左胸に刺しているのは、ロシアのタクティカルナイフで、カラテルと呼ばれるロシアの特殊部隊が装備しているものだ。

 

一部が両刃で、突く切るなどの使い方のバリエーションが広く、CQCでは使いやすい。

もちろんそれはトレーニングを受けた大雅だから言える事で、一般人にこうしたナイフを使わせるのは怪我の元となる事が多い。

 

「用途は護身用か?」

「ええ、良いのが無いのよね」

 

「判ったロッテンに合うナイフを見繕おう、主な装着の仕方は?

 ポケット、体、足、腕いろいろあるが」

「足がいいわね、ドレスの中に隠し持てるような」

 

翌朝、朝食の折に、二人に刃渡り15センチほどのナイフを渡す、太ももに装着できるシースとベルトも一緒だ。

 

「あくまでも護身用だ。

 チタン合金と言う軽い金属で海水に漬けても錆びる事は無い。

 刃は片刃だが、片方はロープ等を着れる様にのこぎり状の刃になっている。

 だが酸には弱いから気を付けてくれ。

 鋼ほど固くは無いが折れる事は無い、錆びないから油を塗ったりする必要もない」

 

あと、部屋には何箱ものシャンプーやリンス、はたまた基礎化粧品までが入っている箱が積み上げられていた。

ご丁寧にブリントアウトされた使い方がラベルの写真入りで付けられている。

 

こうした仕業はサブリナで有る事は間違いがない。

 

「ね、こ、これっておいくらかしら・・・払えるのかなぁ・・なんて」

 

「まあ、これだけの量だし、入っているのは男の俺でも知ってる高級品だ。

 まあ、街に住む一般人の月収の何倍かだろうな。

 ほれ、これなんか広告で知ってるけど、こっちのクラウンに換算して500枚はくだらないだろうな」

 

「タイガ無理よ、払えない。ごめんなさい」

「タダだ」

 

「はい?」

 

「俺の国の政府からの贈り物だと。

 まあ気にする必要はないだろう」

 

「きゃーーーっ! 太っ腹!」

「ロッテンお嬢様! 化粧品の様な物まで入ってます!!」

 

この世界の化粧品は、有るにはあるが高価で品質が悪い、雨でも簡単に落ちるし種類も少ない。

 

彼女たちが発狂したようになるのは明白だ。

説明書を読みながら、箱や袋を漁っている。

 

「私も貰っていいのかしら」

ロアナが大雅に聞く。

 

「二人で好きなように分けてくれ。

 ただし使い方については俺には聞くなよ、皆目わからんからな。

 ただロアナはまだ若いから、厚化粧より自然な方が良いと思う。

 ほら肌を保護したり荒れをなくすとかな」

 

現代の化粧品は、現代科学の集大成と言っても良い。

だから水を付けて擦っても落ちるなんてことは無い。

 

タオルで汗を拭ったぐらいでは、落ちる事は無いのだ、代わりにクレンジングという落とす専用の化粧品が必要となるが。

 

騒ぎがひと段落して三人はロアナの弓を見るため村はずれまで来ていた。

ロアナは、大雅と別れてからも、欠かさず練習をしてきたようで、安定した姿勢で射れるようになっている。

的までの距離は120mほどで、麦藁をきつく束ねた物に皮の的が張ってある。

 

55ポンドに調整されたコンパウンドボウを構えると、ロアナは次々と矢を放った。

その全てが一射も外す事無くほぼ中心に集中して的中している。

 

「大したものね、ふつうあの距離なら届かないわ。

 届いても皮を貫き、巻き藁に刺さるなんてことは難しいわ」

「それがこれなら出来るのよね。

 スウェッド村の猟師が使う弓は、これより重いけど、こんなに飛ばないわ」

 

「狩猟用は矢が重いしな。

 倍ぐらいだったろう? 矢の重さ」

「そうなのよ、でも私の矢を使っても猟師の弓ではそんなに飛ばないの」

「そういう特性だからな、リカーブボウですらないからな。

 比較自体に無理がある」

 

「ねえ、まだいろんな弓が有るの?」

 

「ここの弓は、単木などの材質の反発力を利用したいわばロングボウだ。

 これに他の材質や合わせ小型化した物がコンポジットボウ、独特な曲線を持たせ効率を上げたものがリカーブボウ。

 カムを利用して保持力を軽くしたものがコンパウンドボウだ。

 弓と言うのは、弾き切った時が最も張力が大きくなり、発射と同時に減衰していく。

 しかし、コンパウンドボウは引ききると軽くなり、狙いが付けやすいし、引き切った状態での時間も取れる。

 発射後に矢が加速している途中で、張力が最大値に増えていく、それがこの弓の特徴だよ。

 ゆえに最も早い矢の速度が得られる」

 

「向こうの猟師は優秀なのね、こんなものを作っちゃうなんて」

 

「いや、趣味で猟をする者は居るが、仕事で弓を使うのは皆無だな。

 コストメリットが無いし射程も短い。

 そのため趣味として弓を使うもの以外は、全て銃に取って代わったんだ。

 射程も長いし威力も大きい」

 

「そうね、タイガが600m先のアークグリフィンの頭を吹き飛ばした時は、本当に驚いたわ」

「吹き飛ばした?」

「はい、銃で、音もすごかったですけど」

 

「タイガ・・・見たい」ロッテンは大雅に言った。

「無理だ、あまりにも大きな音がするんでな。

 村人に迷惑だろう、それに小型獣に強力な銃を使ったら、食う所が残らん」

 

 

そんなことを話している内、慌てたハーフリングが飛び込んできた。

 

「大変だ! アラキスが出た!!」

水を与え、落ち着かせ話を聞いてみた。

 

「オラたちは、蜂箱と道具の片づけしてたんだ。

 森の方から音がするから、熊でも出たんだべかと、2個しかねえサマム持って行ったんだよ。

 なにせ奴らは蜜取るために巣箱壊してくるからな」

 

「サマム?」

「流れ者のウィッチャーから買った爆弾でよ、音だけはでっかい音がすんだよ。

 音のする方へぶん投げたら、これまた火薬がしけってたのか不発でよ。

 慌てて戻ったら出てきたのは、アラキスじゃねーか。

 たまげてみんな棒岩の上に上っただよ」

 

この世界のウィッチャーをはじめとして、火薬が有る事はサブリナから聞いて大雅も知っている。

しかし、大した規模ではなく、威力もそれほど大きくない。

 

「お前はどうして逃げられた?」

「俺は丁度その時、馬の近くにいてよ、すぐ馬に飛び乗ってここへ来ただよ」

 

「残っているハーフリングとアラキスの数は?」

「俺の兄弟3人と叔父が一人。アラキスはでっかいのが1匹と中ぐらいのが4匹ぐらいか。もっといたかも知んねぇが」

 

「タイガ、報酬は私が出すわ。

 退治してハーフリングを救って」

「心得た」

大雅は装備の準備を始めた。

 

「ロアナ、すまないが、ナジャムに鞍を付けて連れてきてくれるか」

「わかった」

 

相手が昆虫種ならば拳銃弾では役不足の可能性もある、タイガはM99の入ったケースとMk211弾の入った弾薬箱を掴んだ。

 

「連れて来たよ! タイガ!」

「助かる」

「私も行くからね!」

ロアナは弓を手に取りながら言う。

タイガは少し考えて言った。

 

「ロアナ、相手は昆虫種だ。

 弓が通用しない可能性が高い。

 ハーフリングを救出した後の保護と誘導を頼む」

「うんっ!」

 

「私も行きます!」

タイガとロアナは「はあっ?」といった顔を見合わせた。

 

「危険だ、許可できない。

 相手は大型の昆虫種だぞ」

「言われたことは守るし、危険だと思ったらすぐ逃げるわ。

 これでも乗馬は得意なのよ」

 

「ロアナ、ロッテンについていてくれ。

 危なくなったら逃げる。出来るか?」

「任せて!」

 

「ロッテンすぐに着替えろ」

「ええ!」

 

大雅がナジャムに装備を積んでいる間に着替えたロッテンと、もう一頭の馬を連れて来たロアナを含め現地の状況をハーフリングに聞いた。

 

花の群生地の中央に棒の様な岩が有り、ハーフリングはそこに登って、棒を片手に立て籠もっているらしい。

 

人間なら2人ほどが限界の大きさだが、ハーフリングであるため、なんとか4人は登れたとのこと。

しかし、ずっとしがみ付いていることも、体力の限界が有り、持って半日が良い所だろう。

大雅を含めた三人は早々に養蜂場へと向かった。

馬車で半日かかる道のりでも馬なら3時間ほどでたどり着く。

 

緩やかな斜面を登っていくと、剣の様な形の岩が見えてきた。

ハーフリングたちが下で待ち受けるアラキスたちに、棒を振って登ってくるのを防いでいる。

 

「助けてくれぇ~」

「だれかぁぁぁぁ」

「畜生! 小便でも喰らいやがれ!」

 

大雅は小高い丘の場所にナジャムを停めると、M99のガンケースを下し組み立て始めた。

組み立てると言っても銃身とスコープを付けるだけだが、2.5~6倍の低倍率のスコープを取り付けた。

精密なゼロ点補正は望むべくも無いが、距離は50mほど、スコープも要らないぐらいだ。

 

組み立て終わると大雅は一旦M99を横に置いて、背中からAKMSを取る。

パノラマサイトの手前にブースタースコープを入れ、小型のアラキスに向け指切りで3点バーストの様に撃ちだした。

 

パパパンッ!

パパパンッ!

 

撃たれたアラキスは動きが緩慢となり、10秒ほどで動かなくなる。

 

体が何周りも大きなアラキスベヒモスの殻の様な部分に向けて同じく7.62ミリを撃ちこむが殻が多少はじけるだけで、効いているようには見えない。

 

「ですよねぇ~。見るからに固そうだし」

 

大雅はM99のバイポッドを開き、固定してから遊底を開き、Mk211弾を装填した。

 

「では、これならどうだ?」

 

ドガンッ!

 

銃口の先にあるマズルブレーキから、大きなフラッシュが両側後方45度に吹き出るとともに、それによって土煙が上がる。

 

弾はアラキスベヒモスの殻を最初の破裂で砕き、同時に殻内部で爆裂、焼夷薬をまき散らし体液を一気に蒸発させ圧力を上げた。

最後に残ったタングステンの弾心が、反対側の殻を突き破りそのまま抜けた。

内圧が高い所に殻が破断したため、破孔から吹き出すように殻の内臓組織が緑色の体液と共に飛び散る。

 

大雅はすぐに次弾を装填、次々と撃ちこむ。

3発目はこちらを向いたアラキスベヒモスの口から入り、真っすぐに重要な組織をズタズタに焼いた後腹から弾心が抜け大量の体液をまき散らした。

 

小型の懐中電灯ほどの殻薬莢が石にあたり涼し気な音を立てた。

 

「ロアナ、まだいるかもしれん。すぐに近づくな!」

 

大雅はM99の総重量11kgという重量級のライフルを持ち、棒岩へと近づく

棒岩周辺のアラキスは駆除したが、他にも居たら危険であるため慎重に近づく。

 

「大丈夫か?」

 

「助かったぁ~」

「ありがてぇ。恩に着る!」

「もう喉がカラッカラだよ」

「ありがとう、助かったわ」

 

よく見るとひとりは、男物の服は着ているが女性のハーフリングだった。

 

「ロアナ、降りるのを手伝ってやれ。

 俺は念のために周囲を確認してくる」

「分かったわ、うぇぇぇグロいわねぇ」

「特殊弾だからな、にしても固いやつだな」

「私も初めて見るけど、こんなに大っきいんだ」

ロアナが興奮しながら言う。

 

「ああ、こいつの殻7.62ミリをはじいたからな、生物としては知る上で最も固いよ。

 どうやら、アラキスベヒモスという種類のようだな。

 滅多に見られないが」

 

ロッテンはあまりの惨状と、咽返る様な臭いに顔を顰めている。

 

「ううっ・・・気持ち悪い・・・それに匂い・・吐きそう・・・」

自業自得だ、大雅はそう思った。

 

「吐くにも離れるなよ。

 まだ周囲の安全が確認されていない」

「・・うう、わか・・・オェッ」

 

ハーフリングたちを岩から下し、小屋へと連れていく。

ハーフリングの女性を始めて見たが、多少顔つきを柔らかくした感じで、ぶっちゃけおっさん臭い小学生の女児だ。

 

「周りを見てきたが問題はない、あれで怪物共は全ての様だ。

 ところで今まで昆虫系が出たという話は?」

「ここらあたりでは聞かないわね、初めてよ。

 それに昆虫系は冬の寒さで死に絶える筈だけど」

「来年も出るようなら、繁殖場所か、越冬が出来る場所が有ると考えた方が良いだろうな」

 

結局、ハーフリングたちの採蜜場の撤収は1日伸びた。

大雅も念のためと警護に入り、アレンウォード村へと戻ってきたのだった。

そしていよいよ明日はロッテンを警護しエード・グリンヴェールへと帰途につく。

 

ハーフリングたちが大雅が倒したアラキス・ベヒモスの殻が欲しいとの事で気軽に与えたが、本来は高級な素材なのだという。

なんでも殻を削って食器などを作るのだらしい。

 

大型のものは皿や器、そしてスプーンやフォーク、小型のものはボタンや衣類の留め具として加工され無駄が無いのだとか。

だから、交易でも殻だけが結構な額で取引されている。

 

ハーフリングからは蜜樽1樽を押し付けられてしまうが、貰っても処分に困る。

結局ロッテンに引き取ってもらう事となった。

卸価格よりは安いがお互いに喜べる結果である。

アレンウォード村での最後の夜と言う事で、ロッテンはお酒を出してきた。

 

女性とお酒、つい最近も大雅は碌でもない(眼福ではあったが)目に遭っている。

くれぐれも飲み過ぎ無い様注意するが、早々に酔ったのはロッテンだった。

 

「で? タイガはロアナの事どう思ってるの?」

「どうって・・・・」

「ロアナちゃんから告白されて、そのまんまドロン?」

「人を結婚詐欺師みたいに・・・」

 

「ロッテン様・・・いいの。

 2年後にちゃんと答えてくれるって言うから」

「ダメよ、ロアナ。

 男ってあっちへフラフラ、こっちへフラフラしたい生き物なんだから。

 はっきりさせとかなきゅ・・・」

 

(噛んだ・・・)

(噛んだな・・・)

 

危機を感じた大雅は、早々に自室へ引きこもるのだった。

 

 

 

 

 

 

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