今日のだれかの朝昼晩 〜おやつ付〜   作:ふかみ

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ふたりのためのあさごはん in異世界

 

 

 

 

 

 

 嵩原梨月(たかはら りつき)は朝ごはんは絶対パンだと決めている。

 絶対ぜったいパンじゃなきゃだめだ。

 お米もお餅も嫌いじゃないけど、朝に食べるにはなんだか違う。

 そんな由来不明のリツキの「おこだわり」は少なくとも幼稚園の頃からずっとで、お母さんのことをちょっとばかり困らせた。

 

 その「おこだわり」は13歳になっても、それから異世界にやってきてからも変わらない。

 

 リツキ・タカハラ。13歳とそれから2年。

 少女は今、名古屋の家から遠く遠く離れた異世界、フォルドナにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界でも空はやっぱり青くて、朝の空気は澄んでいて、だけど太陽は二つある。

 

 ぐう、と大きく伸びをして少女はベッドからぴょこんと飛び降りた。はだしの足の裏に伝わる床が冷たくって、寝ぼけまなこも一気に冴える。

 リツキはワンピースの裾を整えながら部屋を出た。

 

 白いワンピースは寝間着だし、背中のあたりまで伸びた黒髪は今朝も元気に跳ね散らかしている。でもお着替えは後回し。

 まずは朝ごはんの支度からだ。

 ぴかぴかに磨いた窓から空を見上げる。

 最近ようやく見慣れた双子の太陽は、今日もやわらかなひかりをいっぱいに降り注いでいた。

 

 

 

「フォルドナ」と呼ばれるこの世界では、「渡り」と呼ばれる異世界人たちが「門」を通って5年おきに現れては去っていく。らしい。

 

 リツキもまた、学校の帰り道に現れた「門」をくぐってこちらへ渡った。

 13歳の、とびきり暑い夏の日のことだった。

 

 だって、いつもは真っ黒な口を開けている大きな木のうろが、その日は青く輝いていたのだ。

 まるで、海みたいに。

 そんな綺麗なものに興味を惹かれない方がおかしい。

 

 好奇心にまったく抗うことなくリツキはうろに近づいて。

 

 そうしてこの世界にやってきたのだった。

 

 リツキのおかあさんとおとうさんが知ったら、きっと揃って卒倒するだろう。

 かわいい子供が知らぬ間にずいぶん遠くに行ってしまったことと、そのあまりのうかつさに。

 

 ごめんなさい、ともちろん思う。反省だってこっちに来てからたくさんした。

 けれど、いくら申し訳なく思ったってすぐにおうちへと、ふたりの元へと帰ることはできないのだ。

 なにせ「門」は5年に一度しか現れないのだから。

 

 けれど、逆に言うと5年経てば元の世界に帰れる。

 元の世界と異世界とを何度か行き来した「渡り」たちが少なからずいて、そこはちゃんと確認ができているそうだ。

 しかも、元の世界では「門」をくぐったその日のまま、少しも時間は経っていないのだとか。

 だからか、「渡り」たちは基本的に年はとらない。

 リツキもまた、ここに渡ってきた日からちっとも変っていない。

 一ミリだって背は伸びていないし、体重もたぶん増えてはいないだろう。13歳のあの日の嵩原梨月そのままだ。

 

 

 とんとんとん、とリツキは軽やかな足取りで階段を降りて、勝手口へと回る。

 廊下の途中で手桶を拾っておくのも忘れない。これがないとただの短いお散歩になってしまうから。

 そうして向かう先はというと、家の裏手にある共用の井戸だ。

 フォルドナでは元の世界のように蛇口から水が出てきたりはしない。ちっちゃい頃に見た映画みたいに、井戸から水を汲み上げて必要なだけ持ち帰るのだ。

 

 リツキは「渡り」だから、もっと楽な方法を選べたりもするらしい。

 だけど、井戸は公共のものなのでたいてい誰かの顔が見れる。知らない人と仲良くなれたりもする。

 そういうところが好きで、リツキは朝夕二回、そこへ行く方を選んだ。

 今朝もまた、井戸端でちょうど水を汲んでいる人がいる。

 リツキはすうっと大きく息を吸い込んだ。

 

「──おはようございまーす!」

「あら、おはよう。今日も元気そうねぇ」

 

 リツキの声に顔をあげたのは近所に住んでいるおばさんだった。とてもお世話になっている人で、よくお裾分けしてくれる煮込み料理が絶品だったりする。

 

「えへへ……うん、今日も元気です!!」

「よかったよかった。ほら桶、貸してごらん。ちょうど水汲んでたところだったんだ」

 

 やった、と言いながら差し出した手桶に、おばさんがざあっと水を注いでくれる。

 この国の、というかこの世界の人は基本的に「渡り」に親切だ。

「渡り」はフォルドナという世界にとって、とても大切なお客様なのだという。

 

 ──ごーん、ごーん。

 と、うっすらと青に染まりつつある空に低い低い鐘の音が響いた。

 

「ああ、もう朝の二回鐘が鳴っちゃった」

「ほんとだ! 朝ごはんの準備しなきゃ!」

「私も帰らないとね。リツキちゃん、溢さないように気を付けて」

 はーい! 

 

 元気のいい返事と共に、リツキはちょっと駆け足で家路をたどる。

 走って帰るとせっかくの水をこぼしてしまうかもしれないから、ほんの少し、だけど。

 

 でもちょっとだけ急がないとお仕事の時間に間に合わないかもしれない。

 そう、リツキはこう見えて働いている。

 それも手紙を配達する、大切なお仕事だ。

 朝の四回鐘から昼の二回鐘まで、──手紙屋のおじさんいわく「”渡り”風に言うなら10時から3時」の間らしい──、町中を走り回って配れるだけ手紙を配るのだ。

 残った分はまた次の日に回してもかまわないし、一日に配らなきゃいけない量も決まっていない。リツキは「渡り」だしまだ子どもだから、お手伝いくらいの量だ。

 でも、それでもなるべく早く届けられるようにリツキは毎日一生懸命走っている。

 だって、きっとこの手紙を書いた誰かは、受け取った人が早く読んでくれますようにって思ったはずだから。

 

 そんな大事な大事なお仕事なので、万が一にも遅刻するわけにはいかない。

 勝手口から家に飛び込んで、リツキはまっすぐにリビングを目指す。

 

「ししょー、おはようございます!」

「……はい、おはよう」

 

 勢いよくリビングへと飛び込む。

 こじんまりとした部屋だ。

 小さな木の机と、椅子がふたつ。壁にはたくさんの香草が下がっていて、部屋を爽やかなにおいで満たしていた。

 そんなすっかり見慣れたリビングに人影が一つ。

 彼女、ユエンはフォルドナで生活する上での保護者になってくれた人だ。見た目は30歳くらいに見えるけれど、正確な年齢は教えてもらえなかった。

 リツキはそんなユエンのことを親しみと尊敬の気持ちを込めてししょー、と呼ぶようにしていた。

 長い長い灰色の髪に、ゆったりとした白いローブ。

 まるで物語に出てくる賢者や魔法使いのようなそのひとは、今朝もひどく気だるげに椅子に腰かけている。冬の湖みたいな灰色がかった瞳は眠たそうに細められていた。

 きっと昨日も夜更かししたに違いない。

 

 そんな師匠の姿を横目に、リツキはリビングを通り抜けて台所へ向かう。

 こちらもそう広い部屋ではない。大きな戸棚がふたつ置かれているせいもあるだろう。

 こんろと流しと戸棚。だいたいそれくらいのものだけが備え付けられていて、シンプルだけど使い勝手のいい場所だ。

 同年代の女の子の中でもそう背の高くないリツキが不便を感じないように、あちこちに踏み台が置かれている。

 

 さて、朝ごはんをつくらなくっちゃ。

 お昼ごはんは手紙屋の近所に住んでいるおばさんたちが日替わりで家に招いてご馳走してくれる。お仕事のない日はお隣にお邪魔することもあった。さっき井戸であったおばさんみたいにお裾分けしてくれる人だっている。

 でも、朝ごはんと夜ごはんはなるべく自分で作って食べている。そうしよう、と一年目の終わりに決めた。

 たとえ背も伸びなくて年をとらないんだとしても、この五年間でおねえさんになろうって。そうしておとうさんとおかあさんをびっくりさせるのだ。

 

 リツキは背伸びをして戸棚の上扉を開け、布に包まれた細長い塊を取り出した。

 白い布をぺらり、とめくるとフランスパンそっくりの長いパンが顔を覗かせる。

 朝ごはんはだいたい同じメニューだ。

 リツキが絶対に外せない「おこだわり」のパン。

 後はお肉かお魚と、それからサラダだ。

 今朝は昨日お隣のおばちゃんからおすそ分けしてもらったスープもつく。

 ふむ。

 ちょっとだけ考えて、リツキは戸棚の別の扉も開く。

 昨日は朝も夜もお魚だったから、今朝はお肉の気分だ。

 パンと同じように白い布に包まれた塊を引っ張り出す。中身は燻製されたベーコンだ。これを分厚く切って食べるのにリツキはけっこうハマっている。

 パンとベーコンを大事に抱えてこんろの前に運び、木枠にかけた鉄製の黒いフライパンを手に取って。

 

「あ!」

 

 そこまで準備したところで、大事なことを思いだした。

 ──こんろにまだ火がついていなかったのだ。

 

「ししょ~、火お願いします!」

「ん? ああ、今朝はまだつけてなかったね」

 

 声を張ってユエンを呼ぶと後ろから、ヌッと腕が伸びてくる。深爪ぎりぎりまで爪の切られた指先が空中にひらめいて。

 

「──LoIE(花よ)

 

 ジジ、とオレンジの光が散ったかと思うと、こんろに火が灯った。

 

「ありがとうございまーす!」

 

 白いローブに、長い髪。

 ユエンはその魔法使いのような見た目の通り、魔術を使う魔術士なのだ。こうやってこんろに火をつけることくらい、おちゃのこさいさいだった。

 その代わり、料理はあんまりできない。最初この家に来たとき、こんろにも流しにも蜘蛛の巣が張っていたくらいだ。

 

 さて、こんろに火もついて、朝ごはんをつくる準備は万全に整った。

 まずはベーコンを切るところからだ。

 薄ピンクの燻製肉はさほど力を入れずともナイフの刃が通る。分厚めに切った四枚をフライパンに置いて火にかけた。

 

 ここまではまだ序の口だ。最大の難所がすぐに控えている。

 リツキはぐっと拳をかためて意気込んだ。やる気に満ちたその目の前には、パンが鎮座している。

 さぁ、今日こそはやってやる! 

 硬いパンに頑張ってナイフの刃をねじこむ。少しずつ少しずつ、ナイフを前後に動かしながら。

 

 ──ぎこぎこぎこぎこ。

 気分は木こりだ。

 焼いてから日が経ったパンはカチカチになってしまって簡単には切ることができない。

 これが、毎日やることでもリツキの力だとなかなか難しい。

 いつも結局うまくできなかったり時間がかかりすぎて、師匠に頼むことになった。

 それでもぎこぎこ、ぎこぎことパン粉をこぼしながら、いつもよりちょっぴり早く一枚切り分け終わるころにはフライパンの上でベーコンがじりじりと焼けている。

 料理には段取りが大切だ。

 とりあえずベーコンをいったんお皿にどかして、代わりに今切ったばかりのパンを入れる。

 じゅわ、といい音が鳴って、パンが焼ける香ばしいにおいが立ち昇った。

 パンの焼けるにおいにつられて、ぐうとお腹が空腹を訴える。

 ここのベーコンは脂身が多いのか、じっくり焼くとけっこうな脂が出る。これをパンに吸わせるとかちこちだったパンがふわふわになるのだ。みんなそうやって食べている、とおばさんたちが教えてくれた。

 ちなみにユエンはずっと硬いままのパンをもそもそかじっていたらしい。師匠の生活能力がうかがえる話だ。

 そんなことを考えつつ空っぽのお腹をなだめて、二枚目のパンに取り掛かる。

 ぎこぎこ。ぎこ。

 いちばん硬いのはパンの表皮だ。そこにもう一度ナイフを突き立てようとする。ものの、なかなか刃が通らない。

 

 そうこうしていると師匠にぽん、と頭を撫でられる。

 残念、今日も時間切れのようだった。

 

「貸しな、その調子だと間に合わないよ」

「おねがいします……」

「拗ねない拗ねない、いつも言ってるだろ? どこの家だってこういうのはたいてい男か力自慢がやってるんだって」

 

 なだめるように言った師匠にリツキはおとなしくパンを差し出す。パンだけだ。師匠はこんなものを切るのにナイフを使ったりしない。だって魔術士なのだから。

 

 ユエンにパンを切ってもらっている間に、リツキは鉢植えの野菜の葉っぱを何枚かちぎっておく。

 この葉野菜、ラキュは元の世界で食べるレタスにそっくりだった。

 レタスよりもちょっと小ぶりで、鉢植えで育てられるところが違いだろうか。

 この鉢植えは自炊を始めたときにお隣のおじちゃんからもらったものだ。

 この国の人はラキュを自分の家で育てて毎日だって食べる。そのために農家の人が具合のいい苗を育てて売っているそうだ。

 

 ラキュを摘んだら今度は、手桶の水を使う分だけ、ざあっと流しの桶に開ける。

 桶に手を入れると、井戸からくみ上げたばかりの水がきん、と冷たい。

 リツキは思わずひゃーと声をあげた。

 おうちにいたときは顔を洗うときも手を洗うときも、いつもお湯を使っていた。

 でもフォルドナではどんなに冷たくても水を使う。

 お湯を沸かすのは、師匠にお願いすればそこまで面倒じゃないけれど、それでも手間がかかる。貴重なものだ。毎日おうちでお風呂に入れるのが贅沢なくらいには。

 それに、ラキュはお湯よりも冷たい水で洗った方がずっとおいしい。

 思い返せば、おうちでサラダを食べる時もそうだった。冷たい水で指先を真っ赤にしながら、おかあさんがレタスもトマトもぴかぴかに洗ってくれた。

 土がきちんと落ちるように葉野菜をしっかり揉み洗いして。洗えた分からちぎってザルに入れていく。

 収穫したばっかりだからか、みずみずしい黄緑色の上を水滴がつるんと落ちていった。

 

「ほら、これも焼いちまいな。私はちょっと依頼が来てないか見てくるよ」

「はーい」

 

 きれいに切り分けられたパンを差し出して師匠は台所を出ていった。

 その姿を見送ってから、リツキは受け取ったパンをフライパンに並べていく。

 最初に焼いていた一枚のことをうっかり忘れていたせいでちょっと焦げてしまっていたけれど、まぁ、そういう日もあるものだ。

 リツキは焦げたパンだって嫌いじゃないし。

 

 そうだ。

 嫌いといえば、師匠は野菜が嫌いだ。

 本人は「好んで食べないだけ」なんて言っているけれど、あれはたぶんリツキの手前、見栄を張っているのだろう。

 だって、近所のおばさんたちが言っていた。「ユエン師が野菜を食べてるところなんてこれまで一度も見たことない」って。

 ふへへ、と思わず笑い声が漏れる。

 リツキだって野菜はそんなに好きじゃない。

 お肉とか甘いお菓子とかの方がよっぽど好きだ。

 でも、ユエンは自分よりずっと大人なのに、子どもみたいに自分よりも野菜が嫌いで。だけど、リツキの前では大人ぶって素知らぬ顔で野菜を食べる。

 そんな師匠を見ていると、なんだか自分も食べようかな、なんて気分になってしまった。

 

「ちゃーんと野菜も食べないとねぇ」

 

 そうやって野菜もお肉もお魚も、それから大好きなパンも食べて、リツキは今日も元気いっぱいだ。

 おなかいっぱいごはんを食べて、お手紙を配って、ちょっとだけ勉強もする。

 2年後、おうちに帰るその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 ★リツキ・タカハラの、師匠と自分、ふたりのためのあさごはん★

 ・かりかりベーコン

 ・昨日のスープ(お隣のおばさまからのおすそ分け)

 ・こんがり焼いたパン(焦げた分はししょーに食べられちゃった)

 ・ラキュとメナンのサラダ

 

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