今日のだれかの朝昼晩 〜おやつ付〜   作:ふかみ

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あの子のための応援おやつ

 

 今年の夏は、暑い。

 まだ7月に入ったばかりなのに、ほんっとうに嫌になるくらい、毎日まいにち馬鹿みたいに気温が上がる。ここまで来るともう馬鹿みたいというか馬鹿だ。大馬鹿。

 今日もまた、太陽なんてとっくに沈んで時計の針だっててっぺんをまわったのに、世界はまだまだ蒸し暑かった。

 

 虫の声がうるさい帰り道を私はひとり歩いていた。たまにぬるい風が吹いて、お酒でゆだった頬をくすぐっていく。

 ――明日がやすみだからってちょっと飲みすぎただろうか。

 一瞬そんな世迷い事が頭をよぎる。が、そんなものはすぐに胸にふつふつと湧く「楽しかった~」に吹き飛ばされた。

 実際、久しぶりに会った友達との飲み会は結婚だとか推し活だとか、とにかくハッピーな話題で大盛り上がり。お酒もごはんもいつも以上に進んだのだった。

 ああ、本っ当に楽しいお酒だった!

 いい気分に酔いが回って、私にしては珍しく鼻歌なんて歌いたいような。人通りがないのをいいことに下手くそなスキップなんてしちゃうような夜。

 

「ただいま~」

 

 それでも時間を考慮して、玄関はこっそり開けた。酔っぱらっていてもそういうことにはまだ気が回った。つまりいくらか理性的だった。

 だって両親は寝てしまったのか家自体は暗かったけれど、たぶんまだ、起きている子がいる。

 あの子の邪魔をするのは忍びない。

 きっとあの子は、私のかわいい妹ちゃんは今日も今日とて勉強しているはずだった。こんな時間まで、ひとりきり。

 ……志望校判定がねぇ、いっつもA以上とれてなきゃだめだって聞かなくって。

 そう母さんが言っていたのは夏休みに入る少し前のこと。

 判定なんてB取れてれば立派なものだ、と私なんかは思うんだけど、あの子は頑張り屋さんなのだ。

 将来の夢は獣医さんなんだって。

 その夢に挑むことの難しさと、その仕事に就いた後のたいへんさを知ってもなお、諦めたりしない。

 そんなあの子が私はたいそう眩しくて、かわいくってたまらない。食べちゃいたいくらいだ。

 言わないけど。絶対に、ぜーったいに気持ち悪がられるので。

 ……お姉ちゃん、キモいよ。

 脳裏によぎるひんやりとしたまなざしに私は背筋をぶるりと震わせた。

 ちょーーーーっとスキンシップを試みただけであんなに怒ることないのに。一昨年まではあの子だって一緒に温泉に入ってくれたりしたのに、思春期ってやつは恐ろしいものだ。

 そうだ。努力家の妹は、けれどちゃんと思春期真っ盛りでもあって、体型を気にしていたりもするのだった。

 気持ちはわかる、同じくらいの頃は私もそうだった。モデルや女優やアイドルに憧れたし、シンデレラ体重なんてものを目標に掲げたりだってした。

 今?今は労働というストレスからの逃避で、浴びるようにお酒を飲んだりおやつを食べてはストレス発散に勤しんでいるので、ノーコメントだ。

 健康診断の結果がヤバにならない限り、私は無敵。まだ全然スーツも着られる範囲だし。

 あ、そうだ。

 玄関先でストッキングを脱ぎ捨てたところで、いいことを思いついて台所へと足を向ける。

 勉強するとおなかは減る。だけどこんな時間に下手なものを食べると太るのだ。それはもうちゃんと脂肪になる。体は素直なんだよな……。

 だけど、頑張り屋なかわいい妹にひもじい思いをさせるわけにいかないのが姉心。それでいてあの子のダイエットを邪魔するわけにもいかないっていうところも重要だ。

 そうして私はそんなときにぴったりのお菓子を知っていた。

 足取り軽く、たまに雑なステップなんか踏みながら私は深夜のキッチンを闊歩する。

 女の子にこそカルシウムが必要!という母の信条のもと、我が家の冷蔵庫にはいつだって牛乳が入っていた。

 今日の主役はこいつだ。

 食器棚から見つけ出したグラタン皿にはラップを敷いて、冷蔵庫から牛乳をお招きするついでに冷凍庫からは保冷材を出しておく。

 保冷材の上にお皿を置いて先に冷やしておくことを忘れたらいけない。細かいことだが、こういうところが出来栄えを左右するのだ。

 ああ、それから。

 忘れないうちに電気ケトルに水を注いで、かち、とスイッチを入れておく。

 外は地獄みたいに暑いけど家の中は冷房が効いていて涼しい。

 だからこそ、この時期はあんまり体を冷やすとよくない。風邪なんてひいたら一大事だ。あったかい飲み物は必須だろう。

 あと必要なものは、片栗粉と砂糖。それから木べら。

 道具を探してキッチンの引き出しを手当たり次第に開いていく。滅多に料理をしないのでいまいち諸々の勝手がわからない。

 ここは母と妹のテリトリーであって、私の居場所じゃないのだ。

 だって料理は、はっきり言ってしまうと、苦手だ。昔っから苦手だった。

 料理以外でも地道な作業が得意じゃない上に、細かいところが気になったり、レシピ通りにすればいいのに思いつきで材料を足してみたくなるし。

 今日だってお酒が入っていなかったらキッチンに立とうなんて思わなかっただろう。でも今は酔っぱらっていて気分がよくって、その上かわいい妹が遅くまで勉強をがんばってるんだから、お姉ちゃんとして腕を振るいたい気分なわけで。

 それにこれからつくるおやつはお手軽だ。料理が苦手な私にもつくれるくらいには。

 ――私の受験の時にはおじいちゃんがつくってくれたっけ。

 普段は料理をしないどころかめったに台所へ立つこともなかった背中を思い出しつつ、材料を鍋に入れてかるくかきまぜた。

 真っ白な粉の中にこれまた真っ白な牛乳を注ぎつつ、また混ぜる。

 木べらですいすい混ざるこの状態を見ていると、とてもじゃないが固形になるとは思えない。

 いや、果たして餅は固形といえるのだろうか。ふにゃふにゃ形?もっちもち形?

 くだらないことを考えながらガスのスイッチを押して、火力のつまみを真ん中からちょっと左へ。

 チチチチっ。

 青い火がほんの僅かにちいさくなる。

 ミルク餅をつくるときに大変なのは、弱めの中火という火加減だと思う。中火はまだわかる。弱めの中火ってなんだ。それって弱火じゃないのか。弱火じゃあかんのか。あかんのでしょう。わざわざ弱めの中火、なんて指定してるってことは。

 キッチンの蛍光灯が、酔った目にはやけに白々と眩しく映る。

 兎にも角にもことこと煮込むこと数分。

 背中の方でカチ、っとケトルのスイッチが切れた

 お湯が沸いたみたいだ。

 でもとりあえず放置しよう。鍋からは目が離せないし、姉妹そろって猫舌なのでどうせ沸き立てなんて飲めないし。

 あ、そういえばきなこが必要だったっけ。別になくても食べられるけど、あった方がおいしい。どこにあったかな、と空いた片手で手の届く範囲をひっくり返しつつ、混ぜる手は止めない。

 そうしてまた少し経つとすいすいと動いていた木べらがだんだんと重たくなってきた。お鍋の中身が心持ちもったりとしてくる。

 見つからなかったきなこのことはいったん諦めよう。ミルク餅に集中しなければ。

 このおやつはとにかく、急がば回れ。なのだ。

 まだ練る。練る。練る。

 真っ白なそれがもっちもちになってきた。木べらが重たくて思うように動かなくなってくる。

 ここからさらに練る。

 表面がつっやつやになるまで無心で練る。練る。練る。

 艶やかなお餅ができあがったら、保冷剤のおかげで冷えてきたグラタン皿に投入。

 流派によっては氷水で冷やしたりもするらしい。私はしない。使った氷を補充するのがめんどうだからだ。我が家では使った分は使った人が足しておかないと大目玉を食らう。お母さまから。それはもう特大の大目玉を。

 お餅の粗熱をとっている間にお茶っぱと、もう一度きなこを探す。さすがにお茶と急須は毎日使っているのですぐ見つかった。

 茶さじにたっぷりお茶の葉をすくって、急須へ落とす。お湯を注ぐより先に手に取ったのは愛用のマグカップだ。ついでに妹の分も用意しておく。ここからは時間との戦いだ。

 沸騰直後、よりは少し温度の下がったお湯を急須に入れたら、お茶っぱが開いたか開かないか危ういところで自分のカップに注ぐ。

 真っ白な陶器にほんのり緑に色づいたお湯が満たされたのを確認して、今度はゆっくり蒸らした。

 ふたりとも猫舌ではあるんだけど、私がうっすいお茶が好きなのに対して、あの子はうんと濃いめが好きなのだ。

 さて。きなこは見つからなかったのでハチミツをかけよう。きっと母のことだからちゃんと探せばきなこくらいは当然のようにあるんだろうけど、見つけられる自信がない。何せ酔っ払いなので。

 ちょうどいいくらいにあったかいお茶をすすりながら、私は何の気なしに鍋に余った分をつまんだ。

 

「あっつ!」

 

 指先にへばりつく白いかたまりは想像の倍くらい熱かった。やばい。やけどした。

 慌てて口に放り込む。

 うん、我ながらいい出来だ。

 ふにふにと柔らかくてほのかに甘い。このやさしい味を妹はどう思うだろう。

 ま、どうも思わなくっていいや。がんばれ、なんて柄じゃない。

 元気でいてね。無理しないでね。

 お姉ちゃんはいつだってそれだけを祈っているので。

 

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