モビルスーツとパーソナルトルーパー   作:衝動書きする人

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水星タヌキが来る前
0話


 アスティカシア高等専門学園。様々なMSが集い、生徒たちだけでなく企業すらも切磋琢磨する魔境とすら言えるこの空間、学園より与えられた寮の自室にその少年はいた。薄いながらも超高スペックなノートPCを片手で打ち込みながらもう片方の手でマグカップに入れられた緑茶を飲んでいる。地球産、それも極東で作られ厳選された緑茶を飲んでいる。生産コストといい輸入コストといいかなりどころではない高級品なのだが、この少年はここへ取り寄せることができるほどの力を持っていた。

 

「うん。やっぱり緑茶はいい」

 

 今度俺の湯呑持ってこようかなぁ、と少年はのんびりしながら動力炉の図面を引いている。図面に引かれている動力炉はほぼ完成している状態であり、あとは組み立てと実験を行うだけとなっていた。

 そんな趣味にも近い設計をのんびりと楽しんでいる少年の耳に、ドタバタとうるさい足音が近づいてきているのが聞こえた。その足音は徐々に大きくなってきており、少年の部屋の扉の前で立ち止まったかと思えば開閉ボタンを連打する音が聞こえる。

 

「兄さん!」

 

 ドタバタと、それこそ開きかけのドアにぶつかるのではないかという勢いのまま入ってきたのは少女だった。その少女は慌てたような表情を浮かべ、今でものんびりとお茶をすすっている少年に近づいて力強く机をたたいた。その様子に少年は呆れたようなため息をつく。これが緊急なら少年も慌てるのだが、どうせいつもの事だろうと不機嫌そうな表情を隠そうともせず少女に視線を向ける。

 

「兄さん!今日もグエルきゅんが勝っちゃった!」

 

 やっぱり。そう言わんばかりにまた深くため息を吐く。というのも、この少女の愚痴は今に始まったことではなかった。

 

「良いことじゃないか。またグエルの不敗伝説に磨きがかかってお前も鼻が高いだろ」

 

「よくない!」

 

 バンッと少女はまた机をたたく。よほどイラついているのか先ほどよりも強くたたいたからか大きな音を立てて机の上に置いてあったマグカップは一瞬宙に浮く。幸い中は飲み切っていたからお茶がこぼれることはなかったが、机をたたいた衝撃が強かったのかグラグラと揺れている。

 

「グエルきゅんが負けて悲しんでいるところを私がなぐさめてグエルきゅんのハートをゲットするって計画が実行できないじゃない!」

 

 んなこと起こるわけねぇだろ。妹の頭の悪い計画に思わず頭を抱える。頭はいいはずなのにどうしてこうも的外れというか頭お花畑なのかと深い溜息を吐く。

 

「いい加減グエルのことはあきらめろ」

 

「嫌よ!兄さんだってグエルきゅんみたいな人材が欲しいって言ってたじゃない!私がグエルきゅんのハートをゲットできたらジェターク社とうちとが共同開発できていいじゃないの!」

 

 そうはならんだろう。仮にグエルの心をつかんだとしてもグエルがこっちに来てくれることはまずないだろうし、そもそもジェターク社と取引できるかは別問題だ。共同開発をするにしても俺の開発したPTとジェターク社の作るMSでは動力やらフレームやらが根本的に違うのだ。規格の優先順位を決めるだけでもお金と時間はかなりかかるだろう。

 

「やっぱりあの女がいるから私に塩対応なのよ!私が決闘で勝ってあの女からグエルきゅんを奪ってやるんだから!」

 

 いや、前から塩対応だっただろう。運が重なってジェターク社とは長い付き合いにはなるし、幼いころにグエルとラウダとは出会っている。いろいろあって今でも付き合いはあるが、今では企業同士で対立している状態だ。産業スパイとして利用するだけならまだしも、必要以上に仲良くする理由なんて向こうにはないはずだ。

 

「だから兄さん!」

 

「ゲシュペンストは貸さんぞ」

 

「そんな!」

 

 少年のあっさりとした切り捨てに少女はショックと言わんばかりに大きく口を開ける。ゲシュペンストとは少年が開発したMSとは違う動力を使用したMSもどき、正式名称PT(パーソナルトルーパー)だ。

 PTとは地球で作られたMSもどきだ。今でこそ少年が開発したゲシュペンストからは二脚駆動がメインになったが、それ以前は地球で使われることをメインとして四脚やキャタピラを使用したものがほとんどだった。さらに地球では採ることができないパーメットニウムを使用しない動力を利用していたことからMSではないとされていた。

 というのもパーメットニウムを用いない動力はMSよりも性能は大きく下がっており、動かすにしてもMSと比べるとお粗末なものばかりだった。唯一極東のマオ・インダストリー社、通称マオ社が開発したPTは他のPTと比べて大きく性能が上がっているが、MSと比べると些細なものと言ってもよかった。

 

 そんな中で少年が作り上げたゲシュペンストはPTでありながらMSと代わりないどころかそれ以上の性能を持っていた。少なくとも地上に卸されている型落ちしたMS相手に軽々と勝利できるほどだ。当初は純地球産のPTがMSを打倒したというニュースにすべての企業が驚愕したが、相手になったのが型落ちしたMSであることもあって次第に話題に上がることはなくなった。しかし格下であるはずのPT相手にMSが負けたという事実は確かに存在しており、ほとんどの企業はPTに負けるMSを作ったという話を作られたくないがゆえに地球にMSを卸すことはなくなった。おかげで地球の機動兵器はPT一色だった。

 それ以来PTは一部の企業が気にするだけの存在となり、少年は余計な警戒をすることなく新型PTの開発に打ち込めるようになったのだ。

 

「俺が改修したデミトレーナーでも十分な性能はあるだろう」

 

「そうだけど~!でもゲシュちゃんの方が圧倒的に強いし、ゲシュちゃんの方が乗りなれてるんだもん!」

 

 少女は手足をバタバタと動かして駄々をこね始める。15になったというのに幼子のようにふるまうその様子に少年はまた深くため息を吐く。

 しかし少女の言うこともまた事実だ。いくら少年の手で改修されているとはいえ、しょせん型落ちしたMSだ。少女の腕を以って現行流通しているMSと互角に持ち込めるのであって、仮に同じ性能のMSを使えるのだとしたらほとんどの相手に少女は勝てるとすら思っている。それだけMSの性能に大きな差があるのだ。

 

「というか、兄さんゲシュちゃんの他にいろんな機体作ってるじゃん!しかもゲシュちゃんの後継機も!ならゲシュちゃんを使わせてくれてもいいと思うんだけど!?」

 

 少女の言う通り、少年はゲシュペンストを作り上げた後に様々なPTを開発していた。そのどれもがゲシュペンストを上回る性能をしており、しかしそれゆえに扱いも難しいものとなっているため生産数を少なくして開発されている。ゲシュペンストの後継機も開発できてはいるが、動力源の開発の難しさゆえに量産するに至っておらず、結局現状はゲシュペンストが量産されている状態にある。

 

「わかったわかった。データ収集用のゲシュペンストなら使わせてやる」

 

「やだ!ちゃんとしたのがいい!」

 

 少年としてはせっかく譲歩したのに、と思わなくはない。最初期に作られOS向上とデータ収集用に戦闘を繰り返してきたPTだが、今でも使用に耐えるほどのものだ。少女が扱えばそこいらの相手程度なら余裕で無双することができるぐらいには性能はあるのだが、少女はお気に召さなかった。

 しかし少女の言うことも間違っていない。最初期に作られたゲシュペンストは全ての操作をマニュアルでする必要がある。今でこそOSの学習により操縦の難易度は大きく下がっているが、最初期のゲシュペンストは全てがマニュアル操作であるがゆえにベテラン以外が操縦することは難しく、機体操作の自由度は優れていれど1戦ごとに必要な集中力が桁違いだ。少女もマニュアル操作ができないわけではないが、モーション登録されている機体に乗りたいと思うのもおかしい話ではない。

 

「というか、なんでここで使わせてくれないの!?ここでゲシュちゃんの性能を示したら利益にもつながるじゃん!」

 

 MSよりも優れているのならここで使用してその性能を証明したほうがいい。どうしてそうしないのだ。というのも当然の疑問だろう。ただでさえMSの性能差で劣っていると地球出身を見下しているのが常であり、苦しい思いをしている人がいるのも事実だ。

 しかし、それでも少年は入学当初はまだゲシュペンストの存在を広めたくはなかった。なぜなら入学前にPTの有能性を示してしまえばそれをよく思わない連中の横やりが入ることは間違いない。ゲシュペンストの奪取程度ならまだかわいいほうだが、機体やパイロットへの直接的な危害を加えることだってあり得なくはない。警戒はするに越したことはないのだ。

 

「……まぁ、確かに水面下で動くのも終わっていい頃合いか」

 

「なら!」

 

 だが、それも過去の話だ。ようやくマオ社も好調になり、ゲシュペンスト以外の機体の開発、ゲシュペンストの量産も充実しつつある今なら実質型落ちの量産機であるゲシュペンストをどうにかされたところで大きな問題はない。奪われたところで対策もしてある以上、必要以上の警戒をすることもないだろう。

 

「わかったよ。お前のゲシュペンストを持ってくるよう伝えておく」

 

「やったー!ありがとう兄さん!」

 

 私の専用機ゲシュちゃんがようやく使える~!とぴょんぴょんと跳ね回る少女。その様子に仕方ないなぁ、とため息を吐くがその表情は重くはない。

 

「ついでに、地球寮にも使えるようにするか」

 

「うんうん!それがいいと思うよ!地球寮にあるの型落ちのMSしかないんだもん!チュチュちゃんもニカちゃんもきっと喜ぶよ!」

 

 少女はうきうきとした様子を隠そうとせず、それじゃよろしくね兄さん!とだけ言って部屋を去っていった。嵐のように来て嵐のように去っていった妹に、もう何度目になるのかわからない深い溜息を吐く。

 

「さて、と。ゲシュペンストを呼び寄せるからには整備士が必要になるな」

 

 あと予備のパーツと、一応俺のPTも持ってくるよう頼んでおくか。今後必要になりそうなものをピックアップしながら、同時に宇宙初のPTのお披露目に気分が上振れる。なんだかんだ言いながら自慢のPTをお披露目できるというのも悪くはない。それこそ、少年の大好きな機体の1つであるゲシュペンストを世に知らしめるのが嬉しくないかと言われれば、そうではなかった。

 

「これでグエルとラウダの驚いた面拝めるといいがな」

 

 少しにやついた笑みを浮かべながらそうつぶやいた少年、ハルト・ゾルダークはメール画面を開くのだった。

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