1. ことの発端
官邸秘書官が総理執務室に通したのは珍しい来客だった。
「お久しぶりです。総理」
「君からこっちにくるのは珍しいね、連邦生徒会長」
日本国総理大臣は執務を取りやめ、目の前の来客に向き合った。
「お願いをしに来ちゃいました♪」
彼女は小さくはにかんだ。
彼女──キヴォトス連邦生徒会長が「こっち」の世界に接触してから、5年が経過している。
日本政府はその事実を極秘裏に受け入れ、数々の交流を行っていた。
現総理の男は、接触最初期の段階からこの事案の進行に関わりがあった。当然、連邦生徒会長とも顔馴染みである。
「もちろん、喜んで。君はこの国に多くの果実をもたらしてくれたからね」
総理は首相官邸から窓の外に目をやった。
視線の先には、ここ5年で劇的に発展した東京の街並みがある。
キヴォトスからもたらされた最先端のAI技術や量子コンピューター、加えて古代キヴォトス人が残したとされるオーバーテクノロジーもそのいくつかが日本社会に溶け込み、その進歩に貢献していた。
「して、お願いとは?……例の『先生』かね」
「そうです」
連邦生徒会長は執務卓に一枚の紙を置いた。
そこには、東京に住んでいるとされる成人男性の個人情報が記されている。
「彼を私にください」
辣腕総理の名で知られている若き宰相は、紙を持ち上げてまじまじと見つめた。
「彼が……君指定のキヴォトス教職員拝命予定者、転じて世界の救世主、か。そんな大層な人物には見えないが」
なんの変哲もない男。
それが彼が下した評価だった。
つまり、日本からいなくなっても損失はない。
「良いだろう。連れて行きたまえ」
総理は快諾した。そもそも、日本への各種技術供与の対価が、日本人1人のキヴォトス移住だったのである。
「ありがとうございます」
彼女は深々と礼をした。
キヴォトス人に多い明るい髪色が揺らいだ。
「君がこの男をどうするのか、日本政府は関知しない。が、まさか拷問にかけるわけではあるまい?」
「『拷問』」
連邦生徒会長は総理の冗談を反芻した。
「それよりも過酷な運命が先生を待ち受けているかも……」
一瞬、表情が陰るのを総理は見逃さなかった。
「……過酷な運命、か。キヴォトスは、我が国と違ってあまり安定的な場所ではないと聞いているが……」
「ええ。なんせ銃で頭を撃たれても死なない女子高生ばかりです。私も含めて、ですが」
彼女は自分の頭上を指差して笑った。浮かんでいるのは、
「それでご相談なのですが」
「む」
総理は顔をしかめた。
取引は「先生」の派遣で決着したと思っていたからだ。
「貴方は国家元首として国民一人ひとりの安全に責任を負っている立場であると存じております。それを踏まえて、先生の安全確保の観点からお願いです」
彼女はとんでもないことを言い放った。
「貴国の優秀な部隊をキヴォトスに派遣してくださることを、正式に要請します」
2.5周年おめでとうブルアカ!