現場に到着した先生は辺りを見渡した。
妖艶な表情を浮かべてたたずむワカモ。
それを睨んでいるユウカとハスミ。チナツは負傷者の救護に専念している。
そして、横たわっているS.I.S.U.の隊員たち。
「ああ、あなた様。またこうして会えるなんて」
ワカモはお面を外した。かなりの和風美人だったため、それを見ていた隊員の1人が口笛を吹く。
先生はそんなワカモの方を見ず、横たわっている隊員に近づき、起こしてやった。バイザーが割れ、負傷に呻いている。幸い、重症ではなさそうだ。
「これも、何かの運命。やはり、あなた様と私は赤い糸で結ばれているのだと──」
「ワカモ」
先生のまとっている雰囲気が変わった。
「ぴゃっ!」
ワカモの態度が弱々しいものに変わる。
「あ、あなた様?私、何かお気に触ることでも……」
「どんな理由があろうとも、人を傷つけることは良くないことだよ。私、そういうのはあまり……」
柔らかい言い方だが、明らかに厳しさを孕んだ声だった。
「き、き、き」
ワカモは驚愕の表情を浮かべると、数歩あとずさった。衝撃だったのか、呂律が回っていない。目尻には光るものが溜まりはじめている。
「嫌わないでください!!!」
さっきまでの凛々しさはどこへやら、顔をぐちゃぐちゃにして大号泣をしてしまった。
「嫌わないでください、嫌わないでくださいまし!あなた様に嫌われてしまったら私、私、うわあああぁぁん!!!」
ワカモは泣き崩れた。地面に尻餅をつき、さっきまで振り回していたライフルをすがりつくように抱きしめている。
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」
「謝るのは、私に対してじゃないでしょ?」
先生はワカモにそう諭すと、さっき口笛を吹いた隊員を手招きした。
「マサルさん。こっち、来てください」
裏壁は大股でワカモに近づいた。
彼女に吹っ飛ばされた時にできた頭の傷は、チナツの仮縫合によって止血されていた。それでも、顔には血痕が残っており、痛々しい。
ワカモは近づいてきた裏壁を見上げた。
「ごめっ、ん……ひぐっ……な、さい」
裏壁にはこの少女に対して一言きつい言葉を放ってやろうと考えていたが、泣きじゃくる姿を見て何も言えなくなってしまった。
「やれやれ」
裏壁は、ため息をひとつつくと、背中を向けて仲間たちの方へと戻っていった。
「ふぇ?」
「許してくれたみたいだね。……でさ、ワカモ。なんでこんなことしたの?」
「それは……。あなた様がここにいるのかと思って。胸の中に秘めたる想いが抑えられなかったから……。うぅ……」
「とにかく、こういうことはあまりしてほしくないな。ワカモも怪我しちゃうかもしれないし」
「し、しないようになるように頑張ります!努力いたします!」
ワカモの真剣さは先生を少し安心させた。
「なら安心。一緒に頑張っていこうね。何かあったらここに連絡して」
先生は微笑を浮かべると、小さなメモを渡した。先生が使うモモトークのIDだった。
「ありがとうございます。先生」
その時、ワカモの耳がぴくっと動いた。
装甲戦闘車両のみが発することを許された重々しい走行音が聞こえてくる。
陸橋を迂回していた影響で先生より遅れていた、S.I.S.Uの応援部隊だった。
「また騒ぎになってしまいそうなので、ここはおいとまさせていただきます」
「うん、気をつけてね」
「……先生。また会えますか?」
おずおずと尋ねてくる。耳はしんなりと垂れていた。
「もちろんだよ、ワカモ。待ってるね」
耳がピンと立つ。と同時に、泣きじゃくって赤くなった顔が喜色でいっぱいになった。
「それでは。あなた様」
ワカモは夜のD.U.市街に消えた。
「あれでよかったのですか。先生」
先生の隣でワカモを見送った裏壁が訊ねてくる。
いつのまにか、火をつけたタバコを口の端に咥えていた。
「言いたいことはわかってるつもりだよ、マサルさん。実際に傷つけられたのは君たちだからね」
「どのような理由で解放したのですか?……少なくとも、彼女は矯正局からの脱獄囚です。ありていにいってしまえば、犯罪者だ」
「そうだね」
「………」
「でも、彼女はまだ学生だよ。子ども、だ。……子どもが頑張ってことなら応援し、過ちを犯すようなら責任をとる。これが大人の責務だと思う」
裏壁は紫煙を夜空に向かって吐くと、小さく笑った。
「あなたのこと、少しわかった気がします。……会ってまだ2日ですが」
裏壁は続ける。
「私たちSATは、未成年を刑務所に入れるために死にものぐるいの訓練をしてきたわけじゃありません。……生徒たちの過ちを戦闘能力で管制し、更生のきっかけとなるような役割があるなら、やりがいはありそうですね」
「ありがとう。マサルさん」
応援部隊が到着した。
装輪装甲車は搭載している105ミリ砲で周辺を警戒し、軍用トラックは荷台から無数の隊員を吐き出している。
「マサルさん」
「なんです?」
「シャーレでは禁煙で。生徒たちも来るかもしれないからね」
「……ぶれませんね、あなたは」
裏壁はタバコを地面に落とし、ブーツで踏んだ。
応援部隊による負傷者の収容作業が始まった。
シャーレとS.I.S.U.の長いキヴォトス初日は、こうして幕を閉じた。