こうなってしまった理由を、きっちりと説明しなければならないだろう。
しかし不幸なことに、状況はもはや説明や話し合いで解決できる段階を超えてしまっていた。
互いに銃口を相手の体に押し付けあっている現状では、交渉など不可能に決まっている。
俺は溜息を必死に我慢しつつ、拳銃の引き金にかける指圧を高めた。
「黒ずくめの大人が対策委員会に何の用かな〜?おじさん気になるな〜?」
ただ一つ言えることは、目の前の少女──小鳥遊ホシノは、大人に対して並々ならぬ敵愾心を持っている、ということだった。しかも、こいつかなり強い。
先生、早く来てくれ……。
◆
時は5時間前にさかのぼる。
「偵察ですか……?」
「左様、偵察任務だ。裏壁少尉」
S.I.S.U.隊長の
「具体的には、とある部活に潜入し、先生が顧問を務めるに足る穏やかさを持ち合わせているか調べてほしい。不良生徒はいないらしいが、先日の1件でこの世界の女子高生が戦車並みの戦闘力を持つことがわかったからな。念には念を、だ」
富樫少佐は頼りになるし、頭も切れる人物だった。
SAT時代、かの有名な日本航空158便ハイジャック事件を解決に導いた実績があった。この事件は、軍務経験のある傭兵複数を相手にした、かなりの解決困難事例として世界的に有名だった。
「偵察任務は了解しました。して、その部活とは?」
富樫少佐は手元の書類に並んだ文字を読み上げた。
「アビドス対策委員会」
「『アビドス』。小洒落た名前ですな。ミイラ作りがうまそうだ」
「今朝、先生にアビドスの『奥空アヤネ』なる人物から手紙が届いた。詳細はわからないが、助けを求める類のものだろう。先生は、それを見るやアビドス自治区に向かってしまった」
「それはまた」
あの人らしい。
「貴様の小隊の山田とGAを付けたが、心配だ。頼む」
「了解しました。……しかし、少佐。一昨日“戦車”と白兵戦をかました部隊を今日は要人警護と潜入偵察任務、ですか」
富樫少佐は書類を執務卓に放り出し、背もたれに重心を移動した。安そうな椅子がギシっと唸った。
「文句言うな。他の小隊はキヴォトス各地の火消しでてんてこ舞いだ。貴様の小隊だけを酷使しているわけじゃない」
ちらっと壁に貼られたS.I.S.U.編成表に目線を向ける。
指揮下にある特殊部隊小隊8個のうち、実に5個が出払っていた。重迫撃砲小隊には大きくばつ印がついている。
「先生はセダンで出発した。3時間前だ。貴様にはオスプレイを貸す。アビドス高校別館上空で空挺降下、潜入せよ。現地生徒との敵対は禁ずる。質問は?ないな。では行け」
◆
そして現在。
富樫隊長、忍び込んでおいてそこの主と敵対するな、は無理な話なのではないですか。
例えば、ソファで安寧のひとときを過ごしていたピンク髪の少女とかには。
「敵対する意思はない。もう少しで、とある人がここに来る。それに先立って安全かどうか確かめたかっただけだ」
「私ね〜、昔の経験から大人はあまり信用しないようにしてるんだよね〜。人の寝ている時に部屋に忍び込んでくるような人は特にね〜。それに、とある人って誰?まだ来ないの〜?」
先生たちはとっくについている時間だったが、なぜか未だ姿を現していない。
「忍び込んだのは謝るさ。しかし、用心に越したことはないのでね。……人が来るのも本当さ」
「うーん。信じられないなぁ」
この少女、傍目から見たらふわふわした感じだが、かなりの凄腕だ。
会話の間、俺の腹ギリギリに突きつけられたショットガンの銃口が1ミリもぶれない。それに、オッドアイの中に、修羅場を何度も乗り越えてきた者のみが発することを許された眼光を宿している。
(こりゃ説得は不可能か)
俺はそう判断するや否や、不本意ながら手荒な行動に移ることにした。
まず、少女の眉間に照準を合わせていた拳銃の引き金を引く。
発砲音が轟いた。刹那、少女は頭を右に瞬時に振り、かわしてた。
「マジか……!」
少女の身体能力に驚きを覚えたのも束の間、反射的にショットガンを蹴飛ばす。俺の腹から銃口が逸れた刹那に引き金が引かれ、背後の窓ガラスを粉砕した。
少女は大人との接近戦は不利だと判断したのか、ショットガンで自分を守りつつ後方へ跳ねた。着地すると同時に、こちらに散弾を撃ち込んでくる。
無数の弾子が殺到してきたが、そこに俺はいない。スライド式の扉をぶち破り、廊下に躍り出ている。
あとは逃げるだけだ。
振り向き、拳銃で牽制射撃をしつつ廊下を駆ける。
「逃がさない」
さっきの少女とは思えない低い声が聞こえた。
背後から質量的な気配を感じた。振り向くと同時に、巨大な盾が飛んできた。
「うおっ」
少女が投げてよこした盾は俺の頭をかすめ、廊下の先にあった防火扉に激突した。防火扉は、傍目から見ても開閉不可能なほど大きく歪んだ。
こいつ、ほんとにやるな。これで逃げ道がなくなってしまったじゃないか。
「学校の設備だろ?壊していいのか」
「うちの校舎は荒れ放題だからね〜。不審者を捕まえるためなら防火扉の1枚や2枚叩き割っても許されるよ〜」
さっきの調子に戻った少女は言った。
俺から撃たれないよう、廊下に積まれた備品に身を隠している。
俺は拳銃の残弾を確かめた。残り1発。
少女が備品から躍り出し、距離を詰めてきた。本格的に制圧にかかってきたようだ。それに、弾が当たらないよう、ジグザグに跳ねながら向かってくる。
俺は狙いを絞り、発砲した。
少女が持っているショットガンに命中する。
「くっ」
火花が散り、ショットガンが少女の手から弾け飛んだ。
それを確認した俺は、拳銃と予備の弾倉を素早く床に投げ、両手を挙げた。
「おやおや?降参するの?」
少女が不思議そうに聞いてくる。
「さっき抵抗したのは、銃口を突きつけられていたからだ。今は違う。抵抗する理由はない。そもそも、悪いのは忍び込んだ俺だからな」
「物分かりのいい不審者もいたもんだね〜」
少女はショットガンを拾いに行かなかった。
「何でこんなことしたの?」
「さっきも言ったが、これからくる人のために情報が必要だった。俺たちはこの世界についてあまりにも無知だからな」
少女は思案顔になった。
「無知?俺たち?……もしかして、シャーレの──?」
その時、後頭部に凄まじい衝撃を感じた。
なにやら、鈍器で思いっきり殴られたようだった。
俺の意識は、それを確認する前に暗転してしまった。
「ああー。やっちゃったね。セリカちゃん」
廊下でのびる大人を見下ろしながら小鳥遊ホシノは言った。
彼女の隣には、シャベルを握ったネコ耳の少女が、顔を真っ青にしている。
「し、仕方ないでしょ!銃声がして、先輩が黒ずくめの男の人と戦ってるんだもん!シャーレの人だったなんて聞いてない!」
黒見セリカは今にも泣き出しそうだった。
男の肩につけられたシャーレ・エンブレムのワッペンを見て、さらに憂鬱な気持ちになったのか、その場でへたりこんでしまう。
「し、死んじゃったのかな?埋めるしかない、のかな?」
「死んでないよー、セリカちゃん。でも、おじさんのお昼寝を邪魔したお仕置きとして、埋めるのはありかもね〜」
ホシノはニヤニヤしながら言うのだった。