「ン、ンンンンンン。どうやら三名が同盟を結んだようですな。義家の奴は兎も角、他の二人は『神の如し』とはいかぬだろう。義家ですらかつて黄幡神と成った記録も持つ拙僧の敵ではない。だが、がごぜは、一体どこにいるのか。聖杯たる虧月の機能を以てしても、昨日の夜に京の長屋に出現したこと以外とんとわからぬ。まあ大して強くは無いようですし、暗殺する能もなさそう、とくれば、警戒には値しないでしょうな。そして、王と忌部はどうやら結界を張って拠点に籠っているようで。あの商人は兎も角忌部に時間をやると少々面倒だ。と、くれば、忌部から潰すか。拙僧の全盛期のこの姿を知る者は少ない。拙僧だとバレやしません」
陰陽寮の最奥。何重にも結界が施されたその内側の、体育館程度の広い空間に、肉体を励起させた美しき獣、蘆屋道満は座って、呪物として変質した宿儺の頭蓋を眺めていた。
「それは良いんだけど。道満。がごぜは市民に被害を出しているんでしょ?退治しなくて良いの?」
その隣に侍るのは、衣を変えて地味な、しかし奇妙な模様の和装をした赤髪の少女。藤丸立香を名乗る人型の生きた領域である。
「ええ、ますたぁはお優しいことで。おそらく義家が祓除してくれることでしょう。感知能力のある術師と戴呪英霊合わせて四つ。いくら隠密に優れているとはいえ、がごぜもそう長く悪事は出来ない」
「ふぅん。じゃあ義家グループとはしばらく敵対しないんだね」
「……まあ、そうですね。いずれ、と言ったところか」
「あ、それと。今は道満がマスターでしょ?名前で呼んで欲しいかな」
「そ、それでは。藤丸殿、と」
「名前で」
「り、立香殿、と」
「OK、良いでしょう」
「へぇ、随分イチャイチャしてるじゃないか。娘さんの似姿でお人形遊びは楽しいかい?」
「っ!何奴!」
その部屋に現れたのは、額に縫い目のある女。羂索である。そしてそれに付き添っているのは、少年とも少女ともつかないおかっぱの子供、裏梅だ。
「それが、宿儺様の頭蓋だな。貴様如きの掌で弄んでいいものではない!」
「裏、梅。宿儺の付き人か。よくものこのこと。この儂の結界の中で、勝てると思うたか!縊り殺してくれよう、百八重結界起動!地与呪縛!……起動、起動!」
結界を起動しようとする道満。しかしうんともすんともしない。
「ああ、結界は無効化して、張り直しておいた。随分と高度な結界で面倒だったけど。残念ながら、ここでは思想鍵紋も魔術基盤も使えないよ。純粋な呪術で勝負して欲しい」
羂索がそう言い放ち、呪力を自身の体に満たす。それが戦闘の合図になった。
「
羂索の内側に飛び込み、震脚でその足元を揺らす赤髪の少女。少しぐらついた羂索の躰に、拳とそのエネルギーを叩き込む。
羂索は勢いに逆らわず自分から吹っ飛び、距離を取った。
「くっふ、ふむ……これは正と負の力を対消滅しないように混合して利用してるのか。様々な応用が利きそうだが、攻撃の威力だけなら純粋呪力の方が高効率そうだ」
「純粋な呪力はなんかビリビリして苦手でね。純粋な正のエネルギーは気持ち良すぎて苦手なんだけど、っね!」
跳躍、からの回し蹴り。十全に呪力を籠めた防御であればかすり傷ですむ。
だが、掌印も言霊も結ばせぬという勢いで赤髪の少女は拳と脚を連撃する。
「ほう、ふむ、へぇ。攻撃の威力じゃなく、肉体の強化は確かに混合の、えねるぎぃ?の方が効率が良さそうだ。領域を中和剤にして対消滅反応を中和しているのかな?随分と負担が高いだろう」
「ます、立香殿ォ!」
「貴様はこっちだ、播磨の間抜けが!」
氷凝呪法、出力最大。
「『霜凪』」
閉塞した空間で放たれる、極大量の冷気と氷。それは尋常の術師に放たれれば、一撃必殺の攻撃となる筈だった。
「術式順転、『黒陽』」
黒き光を放つ、極小の、否、体積の無い点の太陽が顕現する。それは氷と冷気を啜り、道満を護っていた。
「ハハァ!それはもう種が割れてるぞ!触れた術式効果を焼却し呪力に変換、吸収する極小太陽!だが、小さいが故に燃やせる量には限りがあり、すぐに満腹になって破裂する!だから物量で攻めたのだ!ハハハハハ!」
『霜凪』を放ち続ける。だが、『黒陽』は破裂せずに氷を吸収し、徐々に膨張、巨大化する。
「ハ、ハァ?なんだそれは。お前の術式は黒点呪法。黒球呪法ではなかった筈だが?」
「随分、拙僧を舐めておられる。この60年。否、貴様の主に儂とますたぁの器を切り刻まれてから120年、だったか。その頃から成長していないとでも、思ったか!」
黒点とは、即ち術式の統一的法則を乱し砕く特異点。特異点を指関数的に増殖、密集させ、更にそれぞれの特異点を真正特異点に変性させブラックボックス化することで出力を飛躍的に跳ね上げる。これぞ『向こう』の悪の教授から教わった解析学の秘奥(教授曰く初歩の初歩)、それを十年以上掛けて応用させ術式に馴染ませた、再解釈である。
「これぞ、『黒点』ならぬ『黒陽』!氷凝呪法、ごちそうさまァ!」
「調子に乗るな生臭坊主!『直瀑』!」
継続的に氷を流し込むのが無意味であると悟った裏梅は、天上から大質量の氷を叩きつける。黒球の幾百倍ほどの質量が叩きつけられる、が。それも黒球が一瞬だけ膨張することで全て吸収した。
その後すぐに収縮した黒球、しかしその黒球に、ギロリ、と単眼が開かれ、ニタリ、と口腔が開かれる。
「これぞ、我が黒点呪法の究極が一!『極の番・表 狂爛』!『黒陽』の式神化也!喰らえい!」
「チィ!『霜風』!」
氷ではなく冷気主体に切り替え、式神と化した黒陽を吹き飛ばそうとする。だが、『狂瀾』はその冷気に宿る呪力を吸い、ただの強風にしてしまう。ガチガチと歯を鳴らす直径3mほどの黒球が裏梅に急速に近づく。
「クソ……!『穿天』!」
地面から氷を生やし壁として、少しでも黒球を妨害しようとする。黒球は氷壁にぶつかり、速度を僅かに落とすが、触れた氷を呪力に還元して吸収しつつその密度を高めていく。
「羂索!結界解除しろ!逃げるぞ!」
「おや、いいのかい。結界を開くと確実に負けるよ、君も私もね。結界を閉じ続ければ、少なくとも私は勝てる。君を犠牲にして」
「ふざけるな!私は——」
「じゃあ
時間を少し巻き戻す。羂索と赤髪の少女は、格闘戦を終わらせ呪術戦に入っていた。
「ほう、その服装そのものが呪具になっている訳だ。随分豪勢な呪具……、いや、外付けの術式かな?」
「礼装、という」
「ほう、『
「……それで良い」
「随分口調が変わったじゃないか。『霜凪』で道満の視聴覚が妨害されてから」
「伝えたいことは、もう伝えた。後は、お前がそれに足るか。殺す気で行く……コンテニューだ」
赤髪の少女は懐から、七色に輝く金平糖のような石を取り出し、それを砕く。その瞬間、
その力を全て吸収し、赤髪の少女は回復し、超回復する。120%の力をその人差し指に漲らせる。
「伝えた……?ああ、そういうことね。ではこちらは術式を使うとしよう。『赤鱗躍動』」
羂索の
そのまま低姿勢タックル、そして寝技に持ち込む。赤血操術で短刀を作り出し刺そうとするが、それは少女に妨害された。
故に、絞め技に持ち込むしかなかった。
「うっ、ぐっ」
抵抗する赤髪の少女。
そこに、裏梅の声が掛けられる。
「羂索!結界解除しろ、逃げるぞ!」
「おや、いいのかい。結界を開くと確実に負けるよ、君も私もね。結界を閉じ続ければ、少なくとも私は勝てる。君を犠牲にして」
少女の首を独自の柔術で絞めつつ、裏梅に微笑む。
「ふざけるな!私は——」
「じゃあ
その時、道満の視界に寝技で固め絞められている少女が視界にはいる。
「ますたぁ!『令呪を以って命ずる、我が傍に転移せよ』!」
再招来の儀によって、首を絞められている少女の肉体は解け、道満の側に再構築される。
「ゲッホゲホ!道満、ありがと……ゲッホ!」
羂索は、絞めていた相手が消失転移した感覚を不思議がったのか、手のひらを閉じ開きしながら立ち上がる。
「ふむ、呪霊だから出来る肉体の分解と再構築、ね。彼女は呪霊には見えないけど」
道満の驚愕に影響され、一瞬だけ止まった『黒陽』に、羂索は腕を伸ばして手のひらを合わせる。
「『穿血』」
『狂瀾』は、音速を超える液体の槍に貫かれ、音無き喚き声を上げながら苦悶の表情(?)をする。
「……やはり。特定の術式効果に適応し過ぎると、僅かずつ他の術式効果への耐性が落ちる。晴明の六合や吉昌の魔虚羅のようにはいかないね」
『穿血』の準備として血液を圧縮させる、『百斂』。二発目を放とうとしたその瞬間、道満が別の術式を発動させる。
「術式反転、『白夜』」
それは、仄かに白く輝く球体。まるで月のような色をしている真球だった。
道満の掌に浮く、拳大のそれは、具現化した次の瞬間、氷で閉ざされた。
「宿儺の従者よ、自らの
そして、白い真球が氷ごと道満の拳で砕かれる。内部から溢れ出してきたのは、氷と冷気。すなわち、裏梅の術式であった。
「ぬっ、がああああああ!」
同様に裏梅も同じ『霜凪』で対抗する。しかし、同じ霜凪でも万全の状態で出した霜凪がそっくりそのまま、否、それ以上の威力で返って来ているのだ。徐々に裏梅は押され続ける。
「所詮は従者の分際で!我がますたぁの器として丹念に育てた儂の娘を切り刻まれた時に、お前はただ嗤っていた!宿儺が居なければお前なぞ、五虚将あたりにとっくの昔に討伐されていた癖に!弱者が!強者のモノを壊して!嗤っていい訳が無かろうが!」
「殺された方が悪いのだ!弱者だの強者だの屁理屈を!宿儺様に気に入られぬモノは全て切り刻まれるのが自然の理であろうが!」
「威を借る狐が!虎の居ぬ間に良く喚くなぁ!」
会話している最中に、道満は背中に片手を回して呪符を呪力で焼き切り、かつて調伏し、使役した呪霊を覚醒させる。
呪霊に名はない。術式は、「相手の背後に現れる」。ただそれだけ。
それだけでも、『霜凪』に全神経全呪力を注いでいる裏梅の背後から心臓を貫くのには十分だった。
裏梅だけであれば。
「ああ、危ないよ」
『穿血』。呪霊の頭をブチ抜いた血液の槍は、羂索の手から放たれた。
「『黒陽』と『白夜』は対応している。どちらかを潰せばもう一方も機能停止する筈だ。だが、『黒陽』は式神化していて動きも奇怪だ、『穿血』も当たるか五分、これを外せば裏梅、君は自分の術式で凍え死ぬ。それで良いのかい?」
羂索は道満の術式のタネを見抜き、バラす。
「クッ、どうすれば良い?」
「
「……クソッタレ。羂索、承知した。私を呪物にしろ」
「良く言ってくれた。縛りの意味も込めているね。では……」
羂索が、裏梅の右目に触れ、小規模な結界が裏梅だけを閉じ込める。『霜凪』に飲み込まれるその直前、結界は収縮し、裏梅の肉体は魂を掬われ死んだ。
魂は裏梅の右目の眼球にのみ残され、呪物化した眼球を羂索に抉られて肉体は倒れる。
屋内が氷で埋め尽くされる瞬間、羂索は眼球を持って結界の外に出た。
羂索にしか出来ない、正に神速の神業である。
「さて、結界が内側から解除されるのに、尋常の術師なら三日、だが道満なら半日かな。さっさと逃げるに限る……えぇっくし!」
冷気を喰らった羂索は、体を赤血操術で温め、京の外に逃れていった。
「フゥ、フゥ、フゥ……逃がしたか。裏梅、おのれ宿儺の従者、儂より弱い癖に、嗤っていやがる。宿儺の影に隠れて、儂を嗤っていやがる……おのれ、畜生……!」
赤髪の少女の前で、道満は拳を畳に叩きつける。呪力の籠っていなかったそれは、しかし畳に深い痕を付けた。
「道満————道満!」
赤髪の少女の二度の呼び声に、道満はようやく我を取り戻す。
「おっと……見苦しい姿をお見せしましたな。拙僧、少々短気になることがある故。失礼いたしました」
道満は赤髪の少女の姿をしっかりと見据え、両肩を掴んで微笑む。
「拙僧は、この結界を解く作業に移らせて頂きます。ますたぁ——立香殿は、しばしお休みくだされ。あの妖怪縫い目女と対峙してお疲れでしょう」
「道満は?負傷は大丈夫?」
「ええ、ええ。『黒陽』が守ってくれました故」
式神化した『黒陽』がニタリ、と微笑み、その後消滅する。術式を解除したのだろう。
そして半日と少し後、翌日の丑三つ時である。羂索が設置した結界がようやく解け、二人が月光を浴びている。
「ふぅ、ようやく出られましたな」
「そうだね。この後、忌部から潰す、んだっけ」
「ええ、そのつもり……でしたが。羂索と裏梅がこの儀式に絡んでくるとなると話は別です。戦力の増強が早急に必要。朝廷に冷遇され絶家した呪具職人の家の最後の術師、忌部宙成から、呪具を買いに行きましょうか。とは言え、拙僧は朝廷側の人間。姿形からして違うため、会ってバレることは無いでしょうが、拙僧を道満と呼ぶこと無きよう、気を付けて下され」
「ありがとう、道……リンボ?」
「ええ!それで!行きましょうか!」
背筋を伸ばし、満面の笑みで歩く道満。その影に付き従うように歩く赤髪の少女は、不安げな表情をしていた。
それは、道満の財産の八割を使い、呪具を大量に購入した後も変わらなかった。
一方、忌部の拠点。
「くくく、誰だか知らんが高値で呪具を大量に買い付けてくれた。この金で
「応、主人。だが、呪具を持たせる味方がいないぞ」
「そうだったな!早速武士を雇うか!非術師の武士に眼鏡を掛けさせて戦わせるのが良い!安く雇え、恐れず戦う!そうと決まれば眼鏡と帷子も作るぞ!」
「応、主人」
「ふふふ、ははははは!」
忌部の高笑いが響き渡る。
だが、忌部宙成はまだ知らない。聖杯戦争の参加者に『神の如し』と言われた源義家がいることを。宿老を超えた宿老、蘆屋道満がいることを。
最近留数定理を勉強したので使ってみました(厨二病大学生並の感想)
留数定理は理系大学の学部レベルで勉強するのでマジで初歩の初歩です。
奥義(笑)。
安倍晴明の術式は、十種影法術の「原型(そのものではない)」に当たるという捏造設定です。その息子の吉昌は十種影法術使いで、魔虚羅は調伏出来てませんが晴明の指導下で何度も調伏に挑戦してました。
平安の武士は、非術師であっても大道鋼の三歩手前みたいな戦闘者がぽんぽんいます。モブ呪術師なら普通に殺せるくらいの。FGO世界の源氏武者よりは劣りますが。