京の外、すなわち洛外、その日没時。金属のぶつかり合う音と鬨の声が溢れていた。
「死ねぇえ!」
「ぐぅおっ、何だこの呪具使いたちは!」
「武器が、武器が通じない!全身を覆う帷子が異様に硬いぞ!」
「ぎゃはははは!力を下さった忌部様には感謝しなきゃなぁ!略奪し放題だぜ!」
大豪商にして聖杯戦争参加者、王則貞の本拠地は、呪具使い集団によって襲撃されていた。
呪具使いたちは、呪力の籠った帷子を全身に身に着け、肌を晒さないことで圧倒的な防御力を誇った。彼らは呪具の刀槍を持って戦闘員と非戦闘員とを問わず、斬り、刺し、殺している。
「何が、何が起こっている!」
則貞は呪力を籠めて錆びさせた銭を操作し、帷子を貫いて呪具使いを殺す。だが、一人殺す毎に、呪具使い達は則貞の部下を十人殺す。
圧倒的に、不利な状況だった。武装の差、奇襲のタイミング。それらが折り重なり、敗北は確定した。
(あとはどう上手く負けるか、か……)
自らの戴呪英霊は戦闘が不得手である。故に、他者に任せることにした。
「カグヤ!逃げるぞ!」
「承知。朱雀通に転移します。『竹筒再誕』——『一蓮托生』!」
カグヤは術式を発動させ、自らの首を断つ。呪霊特有の消失反応ではなく、泥になって地面に溶けて消える。それと同時に、王則貞もその肉体が泥のようになって消えた。
「クソ、あのクソ雇い主、逃げやがった!俺らも逃げるぞ、退散退散!」
「八幡太郎様!八幡太郎様!助けて下され!聖杯戦争参加者一の強者と名高い貴方に助けて頂きたい!」
源義家の屋敷の前で、何やら五月蠅い声がする。がごぜと最初に遭遇した一週間ほど後の出来事である。
従者である伴資正が門を開き、用件を問う。
曰く。降伏するから自らの財産を取り戻して欲しい、ということだ。
彼の名は王則貞。高麗王の知己でもある豪商だという。
聖杯戦争の最後に令呪で戴呪英霊を自害させるという『縛り』を結び、財産の取り戻しに協力することになった。
場所は洛外の南。最も素早い因幡の白兎に先行させる。縮地によって夜の朱雀大路を駆け抜け、超高速で現場に急行する。
一週間の間女媧に生成させた大量の蠅頭を、伴資正が使役する。呪力で強化された蠅頭たちは、自分の体長の倍ほどの小岩を持ち、現地に駆け付ける。蠅頭が持てない大きさの巨岩を3つ程、源義家が術式で浮かせ、現場に持っていく。
因幡の白兎が現場に到着すると、そこでは略奪放火強姦殺人の地獄絵図が巻き起こっていた。非戦闘員を犯し殺している呪具使いから素早く首を叩き落していく。
財産には、則貞の奴婢も含む。当然、可能な限り救わなければならない。非戦闘員の部下の全員が奴婢である訳ではないが、区別をつけている余裕はない。
「何者だ!味方の首がどんどん叩き落されている!」
「残像が見えるぞ!篝火を掲げよ!よく周囲を見渡せ!高速で何かが動いている!」
(帷子が硬い。叩き切るにはそれなりの呪力を刀に込めなくては)
兎耳兎目の女武者、因幡の白兎は相手の戦力を攪乱することに方針を転換した。
「ぐ、っぐぅ!見えない速度で襲い掛かってくる!4人一組で背中合わせになり全力防御態勢!」
何人か殺されつつ、防御態勢を完成させる呪具使いたち。
だが、蠅頭の爆撃部隊ならぬ落石部隊たちが到着した。高空から小岩を落とし始める。
「な、なんだあれは?変な蟲が大石を落としている!」
「『壱号・貪鶏』」
「なんの!所詮は石よ!槍や刀で弾けば……え?」
大石が巨大化し、大岩と化す。大男一人を直径とする程度の大岩が、大量に空から降ってきた。
グロテスクな光景は、読者の察する通り、辺り一面に広がった。
生き残ったのは、一本だたらと忌部宙成。そして、空からの岩を切って回避した七人の呪具使いである。
ぱち、ぱち、ぱち。
生き残った八人と一体に対し、拍手が贈られる。拍手の主は、八幡太郎源義家。岩を巨大化させた張本人である。
残穢から即座に術者だと見抜いた宙成は、掌印を組んで呪力を練り、吠える。
「貴様か、八幡太郎義家!私の私兵を殺した朝廷の犬が!」
「確かに俺は朝廷の犬だが……そういうお前は何だ?」
同様に、名刀髭切を片手で構え、もう片方で印を結ぶ義家。
「我が氏は忌部!名を宙成!貴様ら朝廷に滅ぼされた呪具鍛造師の家系だ!」
「いや、確かに忌部は呪具鍛造師としては滅んだが、朝廷に滅ぼされた訳ではないぞ?単に術師が生まれなくなったから役職から外されただけと聞いているが」
義家は呆れてそう言う。だが、宙成は怒りを抑えない。
「黙れ黙れぃ!他の家系は減りこそすれ多少は生まれているのに!忌部には術師が生まれなくなった!私が忌部最後の術師だ!これは何かの陰謀に違いない!」
「知らねぇよ。それにお前がいるなら再興すればいい。適当な術師の女でも孕ませとけ」
「私が、児を成せぬ体だと知っての戯言か?それは」
「いや、すまん」
目尻を下げる義家。各巨岩に呪力を籠め続ける作業は止めない。
「……良いだろう。貴様に侮辱の意志が無いことは分かった。だが!それでも貴様は朝廷に従う者!許すわけにはいかない!『領域――」
「伴資!」
相手の領域の起こりを捉え、伴資正の名を叫び――
「――展開・夜刀神工廠』」
次の瞬間、義家は領域に閉じ込められた。
領域内は、葦が広がる星空の草原だった。唯一つ通常の草原と異なるのは……葦が、鉄製の鋭い刃物で出来ていることだ。
「――この刀の葦、お前の呪力とは違う、妙な呪力が籠っているが……」
「ぐ、なぜ必中効果が通らない?貴様、どんなインチキを」
義家は宙に指を指す。宙では、蛍のように光る蠅頭が大量に蠢き、その一部が徐々に剃刀や小刀などの刃物になって地面に落下していく。
「アレだよ。『葛籠蟲』、ウチの従者の拡張術式でね。蠅頭に必中効果を中和する『彌虚葛籠』を発動させるだけの術式さ――まあ、一秒に数十匹は死んでるが。死に方からするに、術式対象を刃物に変性させる必中効果かな?」
宙成も、領域展開時に特定の存在を除外することは出来る。だが、領域の除外とは原則としてブラックリスト方式で行われる。『その他大勢』を除外対象とすることはそれなり以上に高度な技術であり、宙成の結界術の力量では蠅頭全てを除外することは不可能だった。
「ぐ、おのれ!必中効果が無くとも!この生得領域に蓄えた幾千の呪具が貴様をッ……」
「『弐号・
呪具が義家に襲い来るが、巨岩が融解した溶岩が、蛇がとぐろを巻くように盾となって義家を覆い、呪具の鋼を溶解させる。
「クソ熱いからこれ使いたくないんだよな……お前は偉いよ。俺にこれを使わせた。冥途の土産に、もう一つ見せてやる。『肆号・
岩が、体積はそのままに、平らになっていく。楕円の平らな岩盤はまるで巨大魚のように、ヒラメのように空を泳ぐ。そして、自らの身体から大量の水滴を雨のように落とし始めた。
水滴は当然、溶岩に触れたら蒸発する。だが、その液体に触れた呪具は、他の呪具を叩き落とすように奇妙な動きをした。
「なっ!私が作った呪具の支配権を、奪っただと?……ふざけるな。貴様ら朝廷は、私から全てを奪う気か!ここは私の領域内、奪わせはせんぞ!」
「さぁ、綱引きと行こうか」
(なんてな)
呪具の支配権綱引きに相手を集中させている最中に、背後から呪力を抑えた女媧を忍びよらせる。感知されるギリギリまで近づけた後。
「『旅鼠講』」
爆発する呪霊の群れが大量に宙成に襲い来る。宙成はとっさに反応し、呪具で全ての呪霊群を切り裂く、が。
「おいおい、こっちの相手はどうすんだよ」
義家方面の呪具の支配権を完全に奪われ、その呪具で心の臓を刺し殺されて、死んだ。
ここに、術師としての忌部家の家系は完全に途絶えた。
宙成の死後、領域が解除される。
しかし、そこに広がっていたのは先ほどの死体の野原ではなく、血の池だけだった。
死体は、領域を展開していた間に現れたがごぜに、全て喰われたようだ。落石を生き残った、七人の剣豪も含めて。
「お前か……踊り食い以外もするのか」
「咬もうぞ、咬もうぞ」
話は通じないようだ。伴資正の姿は見当たらない、逃げたと思いたい。だが。
「丁度準備運動が終わったところだ。お前が伴資を殺したか否かはどうでもいい。俺にその疑いを掛けさせただけで、万死に値する」
『弐号・瞋蛇』『肆号・慢魚』の保有呪力は残り半分ほど。そして未使用のもう一つの巨岩には、たっぷりと呪力を流し込んである。
「砕け死ね。『六合見神』」
最後の巨岩が瞬時に変形する。その姿は、未来の人間が見れば、モアイ像だ、と称する岩だろう。
その眼窩が輝き、次の瞬間。
がごぜは、その赤く巨大な体を、キュビズム芸術の如く、
「か、咬もうぞ、咬もう、ぞ?」
がごぜは痛みも無く、外傷もなく折りたたまれた自分の肉体を奇妙に思い眺めた。
折りたたみが、元に戻る。
直後、がごぜは血しぶきを体中から噴き出して倒れた。
「空間を折りたたむとき、対象の肉体を傷つけないという縛りによって呪術強度を底上げする。そして体内の生得領域ごと肉体を折りたたむ。だが、
残心の如く術式の開示。
「かもっ、かもっ」
「おっと、まだ生きてたか。弐号、潰せ」
溶岩の蛇が這いずって半死半生のがごぜに襲い掛かる。
だが。
「お゛っ、お゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛」
がごぜは、嘔吐した。自らが喰らった数百人の私兵の死体と、7人の生きた剣豪を、である。
死体は死んだまま立ち上がり、生きた剣豪は生きてはいるが自我を失って立ち上がる。そして彼らは肉壁となり、溶岩に立ちふさがった。
「チィ、生きてる奴だけ避けろ、それ以外は焼き潰せ」
その指示は、結果的に失敗だった。弐号・瞋蛇が、がごぜの元に到着するのに時間がかかったのだ。ダメージを呪力で多少は回復したがごぜは、みちみちと肉体を膨張させる。
「何かは分からない、が、潰さにゃならん奴だな、これは」
勘に従って『肆号・慢魚』を動かし、動死体と剣豪たちの鎧を濡らして支配権を奪取、拘束する。さらに動死体と剣豪たちの武器の支配権も奪取し、宙に浮かせてがごぜの肉体を突き刺す。
がごぜの肉体は、膨張をやめ、萎んでいく。だが、義家の眼にはそれは収縮には見えなかった。
では何に見えたのか。
「あの強力さで、まだ呪胎だったのかよ!」
圧縮だ。
がごぜの肉体は直径1mの球体にまで圧縮され、一級程度の呪具ですら貫けなくなる硬度になる。そして、その球体に罅が入る。
(生まれる前に仕留める)
「『領域展開・渇命化石』」
印を組み、掌から黒い結界が放たれ、がごぜを包み込む。
その結界は、源義家の右の掌のみと、がごぜの肉体すべてを含有していた。
「一応音だけは聞こえるようにしている。俺の領域は全て岩でできている。岩の中にいる呪霊の肉体を岩そのものと同化させ、肉体の無い概念霊へと昇華させて調伏する、対呪霊一石二鳥必中必殺の領域だ。とは言っても、肉体の同化には時間がかかる。今お前は岩に閉じ込められて呼吸が出来ないだけで、死んでる訳でも肉体を失っている訳でもない。お前なら半刻(一時間)もなく脱出できるさ」
(その前に、殺すが)
結界の中に入れていないもう一つの手で、腰の太刀、特級呪具『髭切』の柄を掴む。そして。
(『略式・御堂流。居合——』)
「『望月』」
一級以上の呪具の強度を前提にした、結界術と抜刀術の合わせ技。摩擦をゼロにした結界によって太刀筋を事前に固定し、呪力で刀身を延長、圧縮した呪力によって抜刀を超加速させる。
原理は単純、威力は超級。領域内部全てに広がる一塊の岩石ごと、『髭切』はがごぜを縦に切断した。
岩に閉じ込められている故に回避不能。岩と同化し昇華されるのを防ぐために呪力を使っているため、呪力による防御すら困難。
術式開示による威力向上があるため、同化と昇華と調伏が嘘という訳ではないが、主に領域での拘束と、抜刀術による一撃断頭が格上に対する源義家の戦術であった。
「やったか……?」
抜刀、斬撃の終了と共に、義家は領域を解除する。術式が一瞬焼き切れ、それにより『弐号・瞋蛇』『肆号・慢魚』が元の岩石に戻る。
だが、領域を解除した場所には。
赤い肌をした、一人の女の輪郭があった。
手で口を覆う、着物の美しい女だった。彼女が声を響かせる。
「偽徳鬼。真名を、
(クッソ、急所は外したか。そして再生は既に完了。あっちも相当呪力を消費している筈だが、それはこっちも同じだ。流石に『六合見神』と領域を使ったのはまずかったか……)
「女媧、頼む!」
「承知した、旦那様!」
女媧が大きくとぐろを巻き、歌う。その歌は、自身が調伏した呪霊にのみ聞こえる歌だった。
歌を聞いた呪霊が、洛外の南に集まり始める。
集まるまでの時間稼ぎに、『旅鼠講』で電撃を放ち羅刹女の動きを抑制しようとする。
しかし羅刹女は、『旅鼠講』の電撃を一顧だにしなかった。着物にいくつかの口を生やし、やや痺れながらもばくばくと低級電撃呪霊を捕食する。
「美味しゅうございました」
「チィ……これ以上は喰われて強化するだけか。女媧、歌止めろ。しゃあねぇ。八幡太郎の剣の冴え、見せてやろうか人食い娘!『伍号・疑蛙』」
女媧は歌を止め、呪霊が元の洛内に戻ってゆく。
源義家は、『髭切』を抜いて、中空に先ほど『六合見神』だった巨岩を手のひらほどの大きさの蛙型の石に変える。蛙を肩に乗せ、30間(50mほど)を数歩で踏破し、太刀を振りかぶる。
袈裟懸けに切りつけようとするが、羅刹女の肩に生えた顎がそれを白刃取りする。
だが、呪力で腕を強化し膂力任せに引き抜き、10間ほど飛び去る。
(相手の身体のどこにどのタイミングで口が出来るか分からない。近接は悪手だな。大火力をこれ以上叩き込む余裕は今の俺にはない。なら……)
「女媧、
女媧は黙って頷き、事前に調伏した連絡用の呪霊を京に向けて放つ。それを見届けた義家は、納刀して、鞘に呪力を蓄える。
「さぁて、死合再開だ!『御堂流・居合・雲路』」
中距離から放たれるのは、呪力で構築された飛ぶ斬撃。結界術そのものではないものの、結界術のノウハウを応用することで霧散しにくくなる。それは刹那の間に羅刹女の身体に到達し、その肉体に深い傷を負わせる。
だが相手は特級相当の戴呪英霊。普通の傷ではすぐに再生されてしまう。『雲路』は、居合故に連発は出来ない。負傷させる速度よりも再生される速度の方が速い。
尋常の剣士ならば、である。
「『肆号・慢魚』、剣と鞘ありったけもってこい」
再度作成された慢魚(前回よりやや小さい)は、水滴を振りまいて付近の剣を義家の近くに移動させる。
再生が終わった羅刹女は武器を集めている最中の義家に駆け寄り、本来の顎を巨大化させて噛みつこうと大口を開ける。
だが、義家は太刀をまるでレイピアのように持ち、素早く二つの眼球を深く付く。
「あぐっ」
脳まで剣が到達する前に、後ろに羅刹女は引いたため致命傷にはならなかった。だが、再生の時間が僅かにかかる。
その時間で、周囲の鞘に収まった剣が義家の付近の空中に集合しきった。
「八幡太郎の八萬連撃、とくと御覧じろ!『八幡流・居合・天津風』」
八萬連撃というのは、当然言葉の綾である。しかし、八百程度ならば事実かもしれない、そう思わせるほどの連続抜刀、そして連続の『雲路』。一つ一つの精度はやや先ほどの飛ぶ斬撃よりは低いが、それでも百を優に超える斬撃の嵐は、途中から防御態勢に入った羅刹女であっても瀕死に追いやられる程の威力であった。
(これでも死なないか、クソ硬いし再生もクソ早ぇ!だが、確実に消耗はしてる!」
「来たぞ八幡太郎!」
「来たか准胝!啜る血は大量にあるぞ!」
「応!イペタム、馳走だ馳走だ!」
三つの眼をした宿儺の落胤、准胝は妖刀イペタムを天に掲げ、周囲の血液を吸収していく。
血液は呪力に変換され、准胝に還元されていく。
宿儺の術式は、准胝に継承されている。『伏魔御厨子』や『■開』は未だ使用できないが、『捌』については、一応は使用できる。
ただし、准胝本体の呪力量がそこまで多くはないため、呪力量の差に応じて斬撃を叩き込む『捌』は彼女にとって無用の長物だった。
そう、今までは。
大量の呪力をイペタムから供給された准胝。『天津風』を喰らい再生に呪力を消費した羅刹女。
呪力量の差は、『捌』による致死圏内だ。
「父から継承したただ一つのモノ。眼の色も数も違う私の、たった一つの起源。私の術式を、お前に叩き込んでやろう!『捌』!」
羅刹女は、三枚に卸されて、塵に帰った。
『渇命化石』は、自分を中心に発動するのではなく、自分の掌印から相手に向けて包み込むように放たれる領域です。領域は『石の中にいる』状態で身動きが取れません。必中必殺効果は『石との同化→概念霊への昇華→調伏』です。源義家はただの拘束技として使うことが多いです。
『伍号・疑蛙』の効果はまだ出てません。保険的な役割があります。