「話、というのはな。彼女、藤丸立香の正体についてだ」
天元は言葉を続ける。空性結界は板敷きの寝殿の内観をしていた。
「そもそも、戴呪英霊というのは、呪霊の一種に過ぎない。負の感情が澱のように積み重なって出来た生命だ。通常の呪霊と違うのは、それを大聖杯、すなわち薨星宮の結界によって、幾つかの呪物を参考に私が呪力を練り上げて作ったという点。だが彼女は……」
その声を遮るように。耳に入れまいとするように。道満は大声を張り上げる。
「そう、ますたぁは奇跡の具現!世界を越えて、拙僧を一人にするまいと現れてくれた救世の主!拙僧の、儂だけの藤丸立香!」
「……おまえさん、もうそこまで耄碌したか。元の肉体を捨てても、いや、捨てたからこそか。お前に180年は永すぎたようだな……藤丸立香は、確かに私の想定を遥かに超えるポテンシャルをしていた。だか、それは彼女が異世界からの客人であるからでは、ない。異界も異戒も、私の結界に観測はされていない」
「貴様ァ、拙僧のますたぁを愚弄するか!如何に聖杯戦争の協力者とはいえ、許さぬぞ!元より小聖杯、虧月は儂の手にあるのだ!そもそもますたぁの身体は負の呪力ではなく正負の無い純粋なエネルギーで……」
と、そこで、道満の言葉が止まる。
「そうだ。それは何を通して作った?あの血に濡れた超規模呪物、『羅刹与骸』で、虧月の呪力を濾すように作った。なぜか?呪霊のように醜い肉体で、彼女が生まれて欲しくなかったからだ」
「いや、待て。儂はあの時、まだますたぁが生まれてくるとは……」
「
「いや、待て!待て、頼む、待ってくれ
必死に考える、否、必死に思考を止めようと頭を抱え、自分の思考を妨害するように脳に呪力を満たす。だが、呪術の知識を百年以上蓄えた道満の脳は、結論を出してしまった。
「あ、ああ……全て、嘘だったと、言うのか。拙僧の、愛しき人との一時は、儂の人形遊びに過ぎぬと……」
道満の漲る呪力は萎れ、励起させていた体は元の老骨に戻る。もはや涙腺は枯れていたが、涙の代わりに血が流れた。
だが、天元は道満を平手で打つ。
「しっかりせい。次が来る。脳から貴様が産み落とした娘を口説き落とした、不躾な脳味噌が」
「娘……口説……?」
呆けた顔を上げる道満。
「藤丸立香を受肉させるという約定は変わっちゃいない。私の次はあの娘が相応しい、なんて言葉は本当だ。あの子は人形じゃない。あんたの理想から生まれ、霊体を得た。ならば肉体を得て、ますたぁとしてではなく、娘としての藤丸、否、蘆屋立香と会ってみないかい?」
「え……あ……儂の、娘。ますたぁを宿すための器として産ませた。だが、幼いうちに宿儺に妻と共に殺された。儂は、あやつのことをただの器としてしか見なしていなかった。愛情が湧いた時にはもうすでに、儂の元の身体諸共粉々にされていた。そんな儂が、娘を得る資格など……」
「馬鹿野郎、娘を得るのに資格が要るならこの国は滅んでる!いい加減しゃんとしろ!……っと、来たね」
空性結界の設定が、外部からの干渉によって変更される。
「やぁ、お義父様。娘さんを頂いたとご報告に参った!」
額に縫い目のある伴資、否、新たな肉体を得た羂索と、その側で立つ、蘆屋立香が、枯れ木のような肉体になった道満を、無表情な目で見つめていた。
「おや?結界内とはいえ、戦闘中に肉体の励起を解除するとは。随分と舐められたものだ……まあ、こちらとしては好都合!『呪霊操術——蚊柱』」
蠅頭の竜巻が押し寄せる。羂索の呪力と自死の強制によって強化されたそれは、一匹一匹が対物ライフルの弾丸程の威力を持っていた。
「わ、儂は、拙僧は……立香殿!貴女を!」
道満はなんとか呪力を励起させ、術式を展開した。
「『黒陽壁』!」
黒い球体が集まって、壁を成す。しかし。
道満の術式、『黒点呪法』はそもそも、特異点を産みだしそれにより術式効果を破砕するもの。
出力を集中させれば術式効果だけではなく、術式回路や肉体ごと分解できるとはいえ、術式効果ではないものへの干渉は苦手である。
そして、蠅頭の竜巻は呪力や縛りで強化されているだけで、術式効果を直接破壊力に転換しているわけではない。
故に、その守りは僅かな抵抗の後に貫かれた。
しかし、崩壊した壁の向こうには、天元も道満も存在しなかった。
「チ、空性結界の向こう側に行ったか。まあいい。では……良いね?」
立香は、ゆっくりと、覚悟を決めた顔つきで頷く。
「うん。『向こう側』の知識と『こちら』の技術が合わさったら大変なことになる。その前に、道満を、そして私を殺して!」
「天覧聖杯戦争の制約上、令呪での強制が無ければ戴呪英霊は自死を選べない。故に君は、不死の術式を押し付けられる前に、他者に殺されることを選ぶのか」
「うん。既に、擬製思想盤は成長を始めている。アレが覚醒すれば、数えきれないほどの人が死ぬ。その前に。手が付けられるうちに。宿儺の頭蓋、『虧月』を使って、あなたは擬製思想盤を破壊できると言った。そしてもうこれ以上の被害を生まないうちに、私と道満は死ななくちゃならない」
立香の顔には、道満への微かな哀れみがあった。道満が、半ば狂っていたことは理解していた。そもそも前世から狂っていたことは事実であるが、そういう意味ではなく、理性がやや欠けて無軌道に呪術の研究をしていることを彼女は察知していた。
「私からすれば勿体ないけどね。術師の死体を吸収し肥大化・成長する特殊呪物、『羅刹与骸』。まあ、破壊された後の残骸でも十分に価値がある。それに、死ぬ前に君が聞かせてくれるんだろう?異界の救世の冒険譚を。それで十分に価値はある」
「その約束。だから、苦しいけど。蘆屋道満を、私が、相棒だと思っていた何者かを――っ!」
まるでその言葉を紡がせぬためであるかのように。
空性結界が砕ける。
「させぬ、させぬぞ!儂を殺すことも、そしてますたぁを、否、儂の娘を!二度も殺されて、なるものか!」
破戒され尽くした陰陽寮が一瞬現れ、その景色が再度塗り潰される。
「『領域展開 地獄界曼荼羅』」
天元の力を借り、立香を排除し、自分と羂索だけを領域に閉じ込める道満。その領域は、天に黒い太陽がぎらつき、地は荒野。術式効果と術式回路、そして回路の元となる遺伝子を分解する黒い霧が漂っていた。
しかし。
「『領域展延』。彌虚葛籠は効果が無かったが、これなら行けるだろ?……やはり、か。必中効果を中和するだけの彌虚葛籠は意味が無かったが、術式効果ごと中和する『領域展延』は効果がある。彌虚葛籠をどうにか簡便化して、術式効果も中和出来るようにしないと。これは今後の課題だね」
「術式の開示でもないのに、ペラペラと!必中効果や環境効果が無かろうが、拙僧は負けぬぞ!」
「……うん。蠅頭の全てが手に取るように分かる。これが伴資正の天与呪縛か。蠅頭以上の呪霊を支配出来ない代わりに、術式精度が飛躍的に向上した呪霊操術。弱小だが、性に合っている。じゃあ、
ニヤリと少年の身体で口角を上げる羂索。それに焦った道満は、領域内で極の番を放とうとする。しかし一歩遅い。
「極小領域展開結合、『蒙昧相糊』」
幾千幾万もの蠅頭が、手をそれぞれ握り合い、つなぎ合わせ、縄状に纏まる。
それが羂索と道満を囲い、領域が溢れ出す。それは一寸先も見えぬ白い霧の空間だった。
「っ……!領域展開はそもそも術式効果を生得領域に付与して展開するもの!蠅頭に生得術式など!」
「ああ、それは『必中の領域』の場合ね。別に自己増強と術式中和の技として使う分には問題ない」
お互い術式が打ち消されている状況。用いられるのは、自身の腕足のみ。
「さぁ、やろうか」
「縊り殺してやるわ!」
徒手での格闘が始まり、数十分後。
道満は地に伏していた。あまりにも枯れ木の老爺の姿でいる時期が長すぎたのだ。体の使い方をやや忘却していた。
「ああ、一つ言っておくけどね。彼女、立香を殺す気は無いよ?」
「え?」
地に伏した道満を見下ろしつつ、羂索は語る。
「いやぁ、『縛り』であることを明確化してない約束なんて守る訳ないじゃないか。擬製思想盤の管理権を君から奪った後は、思想盤を覚醒させると脅して彼女を受肉させて天元の術式を継がせるよ。天元は抜け目が無さすぎる。日本の結界の中枢はもう少し間の抜けた人間だった方が、扱いやすいからね」
「……そうか。儂は殺すのだろう?」
「当然。そんなヨボヨボの身体を乗っ取る気はないけど、殺さないと管理権を奪えないでしょ?」
「そうか……拙僧の娘が、生き残るなら、心残りはない」
これが、平安時代に行われた呪術儀式、天覧聖杯戦争の結末である。
宿儺の頭蓋たる小聖杯に溜まった、増幅された呪力は藤丸立香、否、蘆屋立香の受肉に消費された。
擬製思想盤の管理権は、蘆屋道満の事前の仕込みで立香にも継がれ、羂索と立香が5割ずつ所有することとなった。
天元は立香と融合してその人格は表に出てくることは、今後無いだろう。
生き残った准胝は、死ぬまでこの儀式のことを語って回ったという。
嘘予告が発展してここまで来ました。
ノープロットなので各種ガバ&描写不足が目立つと思いますが、嘘予告から発展させた代償です。ご了承ください。