夜を日に継ぐ   作:百三十二

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もう前に進むしか無いよねって


迷宮区攻略

 

 

 相対しただけで身の危険を感じる程の悪意に遭遇してしまったが、相手にその気がなかったのか見逃される形で事無きを得た私と日菜。応援を呼びに行ったはずのアルゴさんに無事を伝えるメールを送ってその場で待機していると、ものの数分で走ってくる彼女の姿を視認した。

 

 大丈夫だったか、何事もなかったか、無事で良かった等……労るような事を捲し立てられて日菜共々少しくすぐったく感じた。

 

 

 心の底から安堵したアルゴさんの姿に、こちらも込み上げてくるものがあった。まだ2週間程度の付き合いでしかないが、思ったよりも良い関係を築けていることを実感した。

 情報提供者と情報屋の間柄ではあるが、助け合いの精神は人と人の繋がりを作ってくれるものだと思った。それと同時に、あの男が言ったことを思い出しては頭を振って否定する。

 

 

(相手の人生に何があったか知らないけれど、私は私。人の過去より、私がそうしたいからそうする……今はそれだけ)

 

 

 あの兄弟がそうであった様に、目の前で日菜にからかわれているアルゴさんもそうである様に、出来る範囲で誰かの助けになる。それは神様でもない一個人には限界があって、自己満足と言われても否定できない偽善だ。

 

 

(私は神様じゃない。だとしても、善意を失いたくは無い)

 

 

 あの日、夕暮れの空を見上げた時に日菜に言われた言葉を反芻しつつ、自分の中で一つの結論を付ける。

 

 自身の考えと真逆に位置する存在に出会ったことが、皮肉にも私の決意を固めることになった。

 

 

(とんでもない相手に目をつけられてしまった。あの男は人間の本性を暴こうとしている……それはきっと私たちに対してもでしょうね)

 

 

 ──思い通りになど、なってやるものか。

 

 

 あの時、男の言ってることが理解できるとか以前の問題で、ただ認めたくなくて反論した。

 

 この世の全てを知った風な口をきいて、あたかもそれが正しいのだと信じてやまない態度に我慢が効かなかった。

 

 デスゲームが始まったことを告げてきた時の茅場晶彦もそうだったが、高いところから見下ろして一方的に告げる言葉の何処に肯定する要素があるのか。

 

 

(負けるものですか。あの男に、この世界に……そして私自身に)

 

 

 絶対に生きてここから出るのだと、改めてそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 おねーちゃんの雰囲気が少しだけ変わった気がした。

 

 

 最初こそ状況に呑まれまいと必死になって、一先ずは生き抜くための術を磨くことに専念していたけど。カストールさんとポルクスくんの義兄弟に出会ってからは何処か強迫観念に囚われているきらいがあった。

 

 真面目なおねーちゃんの事だから、年上でしっかりした人との出会いによって自分たちもそうであるべきなのではないかと考えたんだろうなって。こんな状況で自分たちのことを優先した所で誰も咎めらんないとは思うけど、理性で生きてきた人の良心は呵責に耐えきれないのかもしれなかった。そんなことを、夜を迎える寸前の夕暮れに照らされたおねーちゃんの横顔を見て思った。

 

 少しでもおねーちゃんの気が済んでくれればいいと思って、何もかも背負う必要は無いんだよって伝えた。効果があったかは難しいところだけど、そんなに大きな変化があった訳じゃないから意味はあったと思いたかった。

 

 

 そんな矢先に起きた、恐れていた出来事。

 

 

 あの二人がいなくなっちゃったってのも恐ろしい話だけど、それを為したであろう犯人から接触があったってのが何よりも最悪だった。

 

 あたし自身、見積もりが甘かったと認めざるを得なかった。

 

 芸能界に身を置いていたから少しは知っているだとか、βテストの時にもそういう人はいたからまだマシだとか、そんな生易しいものじゃなかった。

 

 本物の悪意ってのは、心臓を鷲掴みにされて握り潰されそうな気分になるんだって知った。それはきっとおねーちゃんもそう。

 

 純粋に怖かった。知らないことが恐怖に繋がるだなんて知りたくなかった。知りたくないって初めて思った。

 

 フィクションの中だけだと思っていた悪意がリアルを侵食する。その場面に立たされた理不尽さを呪いもした。生きてて他人に明確な恐怖を感じたのは、多分二度目。

 

 相手には相手の理屈があって、それを正当化しようと舌を回し、現実にするべく行動する。本当に振り切れた人ってのは、何処までも壊れていけるのだと見せつけられた。

 

 

(おねーちゃんが反論したのは、何となく分かるけども)

 

 

 倫理に反し、社会に背き、道理を無視する態度をおねーちゃんが許容できるはずもなかった。反射的に言い返したのは、おねーちゃんの中で瞬間的に燃え上がった怒りが恐怖を上塗りしたから。

 

 

(何か一つ、外れた気がする)

 

 

 恐らくだけど雰囲気が変わったってのは、何かが一つおねーちゃんから離れていったからだと思う。

 

 悪意と出会って、対立して、おねーちゃんの反骨精神が刺激されて何らかのセーフティーに抵触した。

 

 何重にも張り巡らされた、理性という名のセーフティーが揺れ動いた。外れたのはきっと、箍の一つ。

 

 

(良いことなのか悪いことなのか、分かんないや)

 

 

 少しだけ思い切りが良くなったとも言えるし、活発になったとも言える。おねーちゃんの性格とは反対の方向に進んだのがどう影響するのか、予想がつくはずもなかった。

 

 ただ言えることは

 

 

(何があっても、あたしはおねーちゃんの傍にいる。それだけは、絶対)

 

 

 今度は間違えないと、心に決めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 あれから何か変わるかと思えば、特別そんなことは無かった。

 

 敵を倒して経験値を稼ぎ、アルゴさんを仲介して割の良いクエストを斡旋してもらったりと表向きはこれまでと変わらなかった。

 

 

 そう言えばと、これだけアルゴさんの手伝いもしつつ見返りも貰っているのだから、むしろこちらから何か徴収したりしないのかと思ったことがある。今のところギブ&テイクのテイクがほとんどな気がして彼女に問いかけた。

 

 

『いや、ヒナの存在がこれ以上無いくらいの情報サ。この情報の価値が無くなるまでは二人からコルを受け取るわけにはいかないってのが、オイラなりのケジメだヨ』

 

 

 そう言ったアルゴさんの表情は呆れてるような、でも親しみやすい苦笑いを浮かべていた。どうやら彼女なりの契約だったらしい。日菜とβテストで知り合っていたというのが大きいのだろうが、それでも一定の信頼を得ていることが分かって少し安心した。

 

 そんなアルゴさんだったが、程なくして初心者向けのガイドブックの生産が完了し、はじまりの街の広場にて有志の方に配って貰うよう手配が始まった。

 サンプルとして一冊譲り受けたが、初心者向けのとは名ばかりの低階層なら上級者にまで通用しそうなクオリティだった。日菜が思わず

 

 

『これで500コルって良心的どころか裏を疑っちゃうよね』

 

 

 と絶賛したくらいには高い出来栄えだった。

 

 これで少しでも犠牲者が減ってくれれば良いが、それはあくまでも比較的弱者への救済措置の域を出ない。誰一人例外なく助かる道は、やはりSAOそのものの完全攻略が必要であることは明白だ。

 

 故に私は、日菜と相談した末に新しい取り決めを作った。

 

 それは《フィールドで十分なレベリングを終えた場合、迷宮区の攻略に参加する》というものだった。

 

 迷宮区ともなれば敵の強さは勿論のこと、様々なトラップが待ち構えているせいで危険度は一般フィールドのソレを凌駕している。階層ボスの待つ部屋が迷宮区の何処かに存在しているとはいえ、態々ハイリスクを取ってまで二人でやることかは微妙なラインだと考えていた。

 

 しかしながら、既に2週間が経過したにも関わらずボス部屋はおろか迷宮区すら発見されていない。もしかしたらキリトさん辺りが既に見つけては籠もりきりになっていて出回ってこないだけかもしれないし、そもそもとして迷宮区に潜っている人数が圧倒的に不足しているかもしれない。いずれにせよ攻略と呼べる段階で無いことには違わなかった。

 

 アインクラッドの第一層の攻略すらままならないともなれば、第百層を攻略して現実世界へと帰還を果たすのに10年以上かかってしまうのではないだろうか。果たしてそれだけの年月、病院で保護されているとはいえ現実の肉体が保つのか否かといった不安要素まで出てくる。

 

 よって無茶にならない程度に背伸びすることを決意せざるを得なかった。日菜の記憶からβテスト時代の迷宮区の入り口へと赴き、そこで無ければ手当たり次第に捜索すると決めた。

 

 

 そうして、日菜の案内でトールバーナより先の森林地帯を抜けていき、迷宮区の入り口へと足を運んでみるとそこには──何となく禍々しい気配を漂わせる鉄の扉が私たちを出迎えた。

 

 

「迷宮区の場所自体は変わってなかったね」

 

「それならフロアボスの部屋も同じかしら?」

 

「そんな甘いと思う? 迷宮区の入り口がベータの時と変わらなかったってことは、キリトくんみたいな他のβテスターたちだって既に辿り着いている可能性は高いよね?」

 

「何人かはこの先に進んで探索しているはずでしょうし、その方たちは当然βテスト時のフロアボスの位置も覚えているはずよね。それなのに、アルゴさんを含めボスを発見したという報告が出回らないのはおかしな話ね。仮に発見してクリアしたとしても第二層への道が開いたという話は一切聞かないのだから」

 

「考えられるのは二つかな。フロアボスに挑んで負けちゃったか、そもそもフロアボスの位置が変更されてるのどっちかだよ」

 

「そうね。そうとしか考えられないわ」

 

「それに、ネズちゃんにも伝えたけどさ」

 

「フロアボス変更の件、よね」

 

 

 先日、コボルトたちの墓標に関するクエストをクリアした際に、日菜はβテストの時に見覚えのある武器が突き刺さっていたと言い、フロアボスが変更されているのでは無いかと予想した。

 

 しっかりとした考察をする前に一悶着起きたこともあって何の保証も得られなかったが、新規のクエストを用意してまで無駄足をさせるというのはこれがゲームであるという観点から考えにくい。フロアボスが変更されていれば、茅場晶彦が用意したこの世界が正真正銘ゲームだという前提のもとで作られたと判明し、対策も立てやすくなる。

 その反面、βテストからの変更も多く、攻略が暗礁に乗り上げる可能性も上がってしまうので一概に喜べることではなかったが。

 

 

「最初から簡単に攻略させる気は無いみたいだし、フロアボスの場所も変更されてると思って間違いないよ」

 

「より気を引き締めていかないといけないわね。……行くわよ」

 

「うん」

 

 

 会話もそこそこに、二人並んで迷宮区の扉を押す。それなりの重量が腕に伝わり、少し錆びついているせいか軋む音が耳を震わす。

 

 

 扉を開けて中へと入ると、そこは薄暗いのに視界は確保されている不思議な空間だった。

 はじまりの街の様に西洋の雰囲気を基調としており、大雑把に言って石造りで出来ていそうだった。真っ暗な空間を人工的な光で淡く照らしている程度の明るさかと思えば、壁や柱に立てかけられている蝋燭の灯りは強く、そこだけ空間が浮いている感じがした。

 総じて、見えなくはないが見通しが良いとは言えず、それでいて場所によっては強すぎる蝋燭の反動か陰になって暗闇になっているスポットが点在している。その辺にボロボロになった石の破片が落ちていたりと、ダンジョンと呼ばれる空間とはかくあるべしと言った風体を為していた。

 

 

(確かにこれは……罠を仕掛けるにはもってこいの薄暗さではあるけれど、かといって自前の灯り無しで動きづらいということもない。晴天の月明かりに照らされた夜道で常に戦わされる気分、といった所かしら)

 

 

 極端に意地悪をされなければ敵が見えないなんてことはないが、晴れの日の一般フィールドよりは格段に見にくい。油断して同じ感覚で行動しようものなら、まず高確率で足元を掬われる。

 

 

「おねーちゃん、何で感心してるの」

 

「よく出来てるのねって、つい」

 

 

 別に気が抜けてる訳では無いのだけれど、思わず。

 

 

「初めてだし、あたしがマッピングするからおねーちゃん警戒お願い」

 

「任されたわ」

 

 

 そう言って日菜はメニューを操作して眼前にミニマップを召喚した。

 

 どうやらこの迷宮区、自分たちで一度通るかデータを他人と共有するかしなければマップが映らないらしい。なのでマッピングと呼ばれる行為をしつつ、地図を埋めていかなければ迷子になる恐れも多大にあるのだとか。

 

 マッピング自体は慣れている日菜に任せ、周囲の警戒を私が担当する。実際、ミニマップに敵のアイコンが映ったから対策しやすかったのであって、ミニマップに敵が映ったとしても距離や位置が正確に把握できないのはかなり不安だと言える。

 

 ただし、一度マッピングすれば構造や地形に至るまでの地図情報は保存されるので、迷宮区で何度も活動する際には心強いデータとなってくれるだろう。なので初めての迷宮区に足を踏み入れた場合、先にある程度のマッピングを済ませてから細かい探索やレベリングをするのが定石だそうで。

 

 

「あ、敵。2時の方角、数は1」

 

 

 すると探索を初めて5分もしない内にミニマップとにらめっこしていた日菜から声が上がった。敵の位置と数が判明するも、私の視界にそれらしき敵が見当たらない。

 

 

「そこの十字路を右に曲がった先かしら」

 

「そうだと思う」

 

 

 進行方向に四方を蝋燭で囲むようにして過剰に照らされている十字路がある。そこを右折した先に敵がいるらしいが、迷宮区の通り自体は小部屋とかでも無ければ横に10人並んでも歩けそうなくらい広く、天井も非常に高い。敵がいる方向へ無闇に近づかなければ、角で出会い頭というのは避けられるだろう。

 

 当然ながら、罠がなければの話である。

 

 

「ネペントね」

 

「フィールドの奴よりHP多いから手探りしなきゃ」

 

 

 通りのど真ん中を堂々と歩き、十字路へ差し掛かると同時に右を向く。見えてきたのは、こちらに対して背中を向けているネペント系の敵。姿形はフィールドで戦ったことのある《リトルネペント》に酷似しているが、色と大きさが違うか。

 

 

「私から行くわ」

 

 

 とはいえ、やることは何も変わらない。左手に握った盾を前方に構えながらゆっくり寄っていき、私の身長よりも少し大きいネペントの背後を斬り付ける。ソードスキルは使わず、素の攻撃だ。

 

 

(HPの減りは……)

 

 

 攻撃を食らったことでネペント側がこちらに気が付き、接敵状態になったことで名前と体力ゲージが表示された。《フルーツネペント》という名前らしく、やはりフィールドにいた個体とは種類が違うと判明。その上、僅かに削った体力ゲージから見ても敵のHPは1.5倍から2倍は最低でもあると見て良いだろう。

 

 

「っと」

 

 

 観察していると、突然攻撃されて怒ったのかネペントが耳障りの悪い奇声を上げて両手代わりの触手を伸ばしてきた。一つ目は身体を半身にすることで避け、二つ目は大事を取って盾でいなす。まだ目で追える攻撃な為に対応も楽であり、少し余裕が生まれたのを実感した。

 

 

(……今!)

 

 

 ネペントが次の触手攻撃を繰り出すのに合わせて盾で軽く弾く。そしてもう片方の触手が動き出すよりも先に前に踏み込み、距離を詰める。

 動き出した触手の攻撃は半歩横にずれることで回避し、そのままソードスキルを発動するための一歩目にする。

 

 

「せー、のっ!」

 

 

 私が繰り出したのは片手直剣系突進ソードスキル《レイジスパイク》。確かな踏み込みにより、突き出した右手に握られた剣が勢いを持ってネペントの胴体を捉える。大した助走は無かったので威力補正はそこまででも無かったが、今回はこれで十分。

 

 ややカウンター気味に突き刺さった攻撃に怯んだか、ほんの数秒だけネペントが身体をくの字に曲げて悶える。ソードスキルの硬直もあって私では数秒を捉えることは出来ないが、そこは問題ない。態々踏み込む際に声を出したのだから、意図は伝わっていると信じている。

 

 

「日菜っ!」

 

「さっすがおねーちゃんっ!」

 

 

 ネペントが怯みから立ち直るよりも先に、僅かな隙を埋める様に後方から日菜が突っ込んできた。私とのデュエルでも使っていたソードスキルを放ち、こっちと違って十分な助走による加速を得た突進攻撃は結構な威力を有していたのかネペントの身体を思いっ切り押し込んでいく。

 

 日菜の勢いを殺せなかったのか、背中から地面に倒れ込むネペント。突進のベクトルが変わって空中に放り出された日菜が、華麗に着地を決めていたのがネペント越しに見えた。

 

 

「問題は無さそうね」

 

 

 転倒したネペントに容赦無く剣を突き刺して倒し切る。ソードスキルを2度叩き込んでも倒しきれないというのは強ザコ並のことであり、迷宮区の敵がフィールドに比べて強く設定されているというのは実感できた。得られる経験値とコルも相応に増えているのを確認した。

 

 しかし敵としては極端に強化されているという訳でも無いらしく、この程度の差なら手数にさえ気をつければ後れを取ることは無さそうだと一つ安堵した。

 

 後はマッピングにかまけて不意打ちを食らったり、大量の敵に囲まれて逃げ場を失ったりしなければ対処可能な範囲だろう。尤も、後者に関しては罠の類でありえそうな話だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮区に入ったからなのか、私はSAOというゲームにおいて初めて攻略しているという実感を得ていた。

 

 迷宮区に入って数日間は十分な安全マージンを取った上で、大きく時間をかけてマッピングを進めることに勤しんだ。階層ごとに迷宮区のサイズが比例するとはならないらしいが、少し油断すれば迷子になって出入り口を見失うことも考えられるくらいには広大な造りだった。

 

 その中で、ネペントを始めとしたコボルトやワスプなどといったフィールド上で倒した敵の上位種とは軒並み遭遇した。所持している武器によって攻撃モーションが変わっている程度のことはあっても、対処自体は概ね従来の方法で問題はなく、立ち回りの手数を増やすことで解決した。

 今後、上位種や未知の敵によっては対処方法の使い回しが出来なくなることも視野に入れつつではあるものの、現時点ではさしたる労力を追加する必要が無く変化を感じづらかった。

 

 とはいえ、これをソロでやれと言われればもっと時間をかける必要が出てくるだろう。軍隊のように徒党を組んで倒すにしても配分の問題が出てくるし、かといってソロではフィールド以上にハイリスクハイリターンだ。

 何だかんだで攻撃の手数や対応の幅広さといった柔軟な対応が出来る二人組なのが大きいのか。血縁かつ常に等分だから配分等で変に気負う必要もなく、立ち回りを詰めやすい影響でソロプレイヤーの二倍以上のペースで敵を殲滅することが出来る。

 

 連日の狩り具合から鑑みてもしやとは思っていたが、どうやら私たちは生半可な人たちの何倍も効率化が出来ていたらしい。

 

 

 そのことを痛感したのが、マッピングの速度とレベリングのペースについてアルゴさんから指摘を受けた時だった。

 

 

「は? 数日で迷宮区の前半を踏破しつつ、モンスターが湧きやすいスポットを見つけて稼ぎまくったダ? レベルは幾つになったのサ」

 

「15ですね」

 

「まだ第一層だってのに、たったの数日で三つも上げてくるとか死に急いでるじゃねーカ?」

 

「失礼ですね。安全マージンは概ね良好ですよ」

 

「むしろおかしいワ! 余裕残してそのペースは、オレっちの知る限りじゃキー坊よりもぶっちぎっちまってるヨ!」

 

 

 隣でケラケラと笑っている日菜を無視しつつ、アルゴさんの言い分を反芻する。

 

 

(頑張りすぎたのかしら……?)

 

 

 無理や無茶をした覚えもつもりもないが、自覚がないだけでそうなっていたのだろうか。日菜は面白可笑しく愉快そうにしているが、本当は疲れているのだろうか。

 

 

「ねぇ、日菜? あなた本当に平気なの?」

 

「ブーッ!!」

 

「ちょっと! 汚いじゃないのっ!」

 

 

 前へ進むことに注力しすぎて隣や後ろを疎かにしていたかもしれないと思い至り、日菜に問い掛ける。するとそんな質問をされると思っていなかったのか愉快な表情から一転して盛大に吹き出していた。

 

 アイドルらしからぬ所業に私が嗜めると、日菜は私に向かって呆れた表情を向けてきた。具体的に言えば「何言ってるのかしらこの人は」だ。

 

 

「何言ってるのおねーちゃん」

 

 

 当たっていた。

 

 いや、それは別に嬉しくない。

 

 

「ネズちゃん、これがおねーちゃんだよ」

 

「ああ。よーーーーーく分かったヨ」

 

 

 日菜がアルゴさんに同意を求めて、二人だけで勝手に納得しあっていた。

 

 

「何なのかしら……」

 

 

 私だけ置いてけぼりにされて、少し面白くなかった。

 

 でも妹にからかわれた事だけは、何となく理解した。

 

 

「晩ご飯抜きね」

 

「え゛っ」

 

「ご愁傷サマ、だナ」

 

 

 なのでささやかな仕返しくらいは、許されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 それから更に1週間が過ぎて、あと何日もすればデスゲーム開始1ヶ月が経過するという頃。

 

 レベルが17と、迷宮区でさえも頭打ちになった時

 

 

「これが……そうなの?」

 

「うん。フロアボス部屋の扉だね」

 

 

 私たちは迷宮区の奥深い所でフロアボスの部屋の入り口を発見し、その巨大かつ荘厳な佇まいを前に気圧されて棒立ちしていた。迷宮区内の小部屋に通されるといったサイズではなく、その雰囲気からして明らかに手荒い歓迎が待ち受けていることを予感させられた。

 

 

「行き止まりよね」

 

「かなり潜ってきたからね。真っ直ぐ歩いて帰っても20分くらいかかりそうじゃない?」

 

「一切寄り道せずに、決まったルートを辿ったとしてそれくらいかしら。確かに、これでは発見に時間がかかるのも納得だわ」

 

 

 恐らく、この扉の配置自体は入り口から見た時の迷宮区の最奥では無いだろう。その場所に辿り着くのに要する時間だけならば、マッピングの範囲だけでも20分を超える場所は複数存在している。

 

 ただ、今回に限っては迷宮区の最深部と言える。幾度となく分岐する通路をルート化した際に、恐らくは何百に至るまで細分化されることだろう。その中のたった一つの正解を引き当てるとなれば、攻略ペースと合わせて容易なことでは無いと理解できる。

 

 私たちがこの場に立っていることさえ、レベリングが頭打ちになったことで辿れそうなルートを時間の許す限り片っ端から潰していったからこその産物である。本格的に攻略ペースが確立されてもっと人海戦術に頼れるようにならなければ、今後とも迷宮区の構造に悩まされる未来は避けられそうにないだろう。

 

 

「でもアレだね。改めて思ったけどさ、ボス部屋の前って少しだけ開けた空間になってるんだよね。ベータの時もこのプチ広間で円陣組んでる人たちとかいたし」

 

「この広間を囲うようにしてそびえ立つ一際気合の入った石柱なんて、それこそ人が隠れられそうなくらい大きいわ」

 

「こうも雰囲気作りしてるってなると、やっぱりゲームなんだなーって思わされるよ。あたしたちプレイヤーを貶めるだけなら態々分かりやすくする必要なんて無いんだし」

 

 

 1ヶ月近くSAOの世界を練り歩いて見てきたモノの数々が、茅場晶彦にとってこの世界がゲームであるという前提やら信念やらのもとに制作されていることを肯定してきた。

 

 それはつまり、彼は本当にプレイヤーをゲームで遊ばせているという感覚なのだろうか。それとも、一から世界を創造する過程で、人々を活動させやすくするのにゲームという形が都合良かっただけなのか。

 何にしても、この世界で行動する上で「SAOはゲームだ」という認識を持っておく必要がありそうだった。

 

 

「うぇっ、不味いかも」

 

 

 一先ずフロアボスへの挑戦権を獲得した訳で、この位置情報をマッピングデータと共にアルゴさんへ譲渡し、最前線を走る気概のある方々へ拡散してもらうべきかと考えた矢先。マッピングを完了させて、何となしに地図を眺めていた日菜が顔を顰めた。

 

 その目は開いたミニマップ上の何かを追っており、表情の硬さから歓迎できない事態になったことを悟った。

 

 実のところ、私たちの索敵に引っかかる範囲で他人との接触を避けてきたので、この迷宮区を攻略しているプレイヤーの数や人柄を全く知らないで来ている。

 日菜の身バレを避けるのもそうだが、変に絡んで攻略ペースを落としたくなかったのもある。その為、外にいるアルゴさんやいるかもしれないキリトさんを除いたプレイヤーと出会いたく無かったのだ。

 

 アルゴさんにツッコミを入れられた通り、レベルだけは誰よりも上げているしその分だけ各スキルの熟練度も上昇している。その恩恵で他プレイヤーよりも先に索敵スキルで検知することが出来るので、日菜がマッピングの傍らに誰かが映ったら鉢合わせしないように徹底してきた。

 

 

 ところが、今回私たちが立つ場所は行き止まり。プレイヤーを察知して逃げる方向もなく、ちょっとした袋小路になっている。状況は限りなく最悪だった。

 

 

「誰か来てる。6人だから、多分1パーティー」

 

 

 日菜の報告に、こちらへ向かってきているパーティーは攻略のために徒党を組んだプレイヤーたちであると想像がつく。

 結果的には私たち以外にもボス部屋を発見することが出来て、他のプレイヤーたちに公開されていたのだろう。それ自体は喜ばしいことだが、間の悪さだけは勘弁して欲しかった。

 

 

「おねーちゃん、あの柱の裏に行こ。あそこならギリギリ死角になると思う」

 

 

 そう言って日菜が指さしたのは、この広間に向かってくる一本道から扉の方を見て斜め後ろの石柱だった。方角にして4時と8時の方角か。

 

 

「上手く回り込めば視覚的には平気でも、索敵には引っ掛かってしまわないの?」

 

 

 相手の動きに合わせて上手く石柱を回り込むようにすれば、目で見つかることは避けられるだろう。ヒト一人くらいならば隠れられる程度には、この石柱一つ一つが太かった。

 

 しかし日菜が索敵スキルとミニマップで先に見つけたように、相手の索敵スキル範囲内に入ってしまえば相手側のミニマップにプレイヤーが二人映ることになる。そして隠れていることも露見するので、PK等の行為を疑われてしまうことだってある。

 

 それを理解した上で日菜は、自信満々に

 

 

「何とかなるよ」

 

 

 と微笑んだ。

 

 

「隠蔽スキルを発動させて、フードをより深く被って縮こまって。あたしたちの索敵スキルの熟練度的に相手のはもっと低いはずだし、その程度なら低レベルの隠蔽スキルでもボーナス込みで欺けると思う」

 

 

 私は日菜に言われるがまま、隠蔽スキルを発動させつつボロ布のフードを更に目深く被った。第一層で取得出来るスキルよりも現時点で解放されたスキルスロット数には余裕が生まれており、迷宮区攻略に当たってオマケでセットしておいた隠蔽スキルだったが、コレに頼らなければならないことに多大な不安を感じずにはいられなかった。

 

 しかし妹の言い分では隠蔽スキルには隠蔽ボーナスという隠しステータスが存在しているそうで、今回で言えば石柱の裏に身を隠すだとか、フードなどで身を覆うなどすれば効果の底上げが出来るらしかった。

 

 最早一刻の猶予も逃げる余地もないので、日菜を信じて身を潜めるしか選択肢が無い。私たちはそれぞれ別の石柱の裏へと滑り込み、微動だにしないよう心掛けた。

 

 

「おお! これがそうじゃないか!?」

「遂に見つけたな!」

 

 

 程なくして、件のパーティーが広間へとやってきてはボス部屋の扉を発見し盛り上がりを見せた。誰が索敵しているかは判別出来ないが、取りあえずは正面に座する存在感たっぷりの扉に釘付けの様で隠れている私たちに気が付く様子は無かった。

 

 

「どうするんだ? もう攻略するのか?」

 

 

 ここまで辿り着いたことを労う面々。声からして6人全員が男性だと思われる。やがてその中の一人が、興奮冷めやらぬままに勇み足を踏もうと声を掛けた。

 

 

「いや、今日は帰ってこの情報を共有しよう。オレたちだけで無理に攻略する必要は無いんだ、出来る限り有志を募って確実に行こう」

 

 

 しかしパーティーのリーダーなのか、また別の男性がそれをやんわりと諭した。非常に冷静で、よく通る声だと思った。

 

 パーティー内での信頼も厚いのか、リーダーらしき人物の提案に他の面々も素直に納得した態度を取った気がした。身を乗り出すわけにもいかないので実際にどうかは知りようが無いが、少なくとも誰かから反発があった気配は感じなかった。

 

 

「よし! いよいよ第一層攻略の兆しが見えてきたんだ、気合い入れ直して明日も頑張ろうぜ!!」

「「「おおーっ!!」」」

 

 

 リーダーの掛け声を皮切りに、野太い歓声が広間に響き渡った。その凛とした掛け声は魔力でも帯びているのか、面と向かって居合わせない私の心さえも揺さぶるだけの不思議な力があった。それに呼応するべく吼えた男の人たちの雄叫びは、味方を鼓舞し敵を萎縮させそうなだけの熱量を有していた。

 

 今このSAOにおいて彼らこそが希望なのだと思いたくなるくらいには、純粋で真っ直ぐな意思だった。

 

 

 

 私はそれを同じ人間として誇らしく思い、同時に少し羨ましく感じた。

 

 

 

 ──この時の彼ら主導のもと、第一層フロアボス攻略会議が開催されたのは2日後のことだった。







レベリングばかりし過ぎて過剰戦力です。現時点でのキリトよりも嘘みたいな効率です

まぁ、どうせ攻略ペースが上がってレベリングに取れる時間が減るので、過剰に高いのも階層が低い内だけです

余談ですがSAO原作で七十五層ゲームクリア時のキリトのレベルは90超えだったらしいです。15lv以上も上だったんですね……
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