夜を日に継ぐ   作:百三十二

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割とあっさり目に描写されることも多いですが、第一層のフロアボス攻略に参戦した人々ってかなりの勇者ですよね。内情はともかくとしてですけど


初戦に向けて

 

 

 

 おねーちゃんと二人で迷宮区に潜り続けて、時折ネズちゃんに情報を流す。そんなことを繰り返していたら、気が付けば12月に入っていた。

 

 1週間もしない内に1ヶ月が経過したことになるんだなって。おねーちゃんと24時間片時も離れなかったのにそれだけの期間が過ぎ去っていたことへ驚きつつ、多分これまでの人生で最もおねーちゃんと同じ時を過ごしていたなとしみじみ思った。

 

 何せ一人きりでの行動は完全NGにしていたし、寝る時も同じベッドか身を寄せ合ってかの違いしかなかったし、お風呂付きの宿屋に止まっている間なんか浴槽が狭かろうが一緒に入った程だ。そしておねーちゃんは必ずと言って良い程、あたしの手を握ってくる。

 

 おねーちゃんと触れ合う機会が増えたことは純粋に嬉しいし、どれだけスキンシップが加速しようとあたしから嫌がることは絶対に無い。おねーちゃんがあたしの手を握ろうとするのは少しでも不安を和らげようとして人肌が恋しくなったからだろうし、あたしがちゃんと隣りにいて生きていることを実感するための生存確認でもあるんだろうなって。

 

 

 さて、寂しがり屋な一面を持つおねーちゃんと、そんなおねーちゃんも大好きなあたしのSAO生活は大きなターニングポイントを迎えることになった。

 

 途中からは迷宮区に潜りすぎてSAO内の情勢に疎くなりがちだったけど、ネズちゃんに情報を提供してはお返しとしてその情勢についてあらかた教えてもらった。

 

 まずは良い話から。ネズちゃんが出版したガイドブックの評判がかなり良いらしく、そこかしこで助けになってくれたとの口コミを耳にするようになったとか。これに関してはネズちゃんの誠意が報われた形で、当人もやるだけの意味があったと胸を撫で下ろしていた。

 実際、幅広い層に需要があることは最前線を走っているあたしたちからしても明白なので、今後とも続けていく意欲に繋がってくれれば御の字だ。何ならあたしたちが情報をこれでもかと提供しているのもあって、こっちとしてもそう悪い気はしないからね。

 

 そしてもう一つの良い話。あたしたちも見つけたけど、遂にフロアボスの居場所を突き止めたプレイヤーが現れた。それに伴ってフロアボス攻略会議ってのが催されることになって、開催日時はネズちゃんを通して知った。当然、隅の方でも構わないから参加するつもりだ。

 どんな人たちが集まるか未知数だけど、死地に赴くことになるのだからまとまって欲しいよね。

 

 

 逆に悪い話もある。ネズちゃんの情報網によると、僅か1ヶ月足らずで約2000人もの死者が出てしまったらしい。やれるだけの事はやったとしても、全体の1/5もの犠牲者が避けられなかったという事実が重く伸し掛かる。

 おねーちゃんにはああ言ったけど、実際に現実味を帯びると何というか……悔しかった。

 

 更にきつかったのが、死ぬかもしれない環境下で一向に攻略が進まないことへのフラストレーションが溜まってしまっているとのこと。そしてその発散の矛先がβテスターたちへと向きかけているのだとか。

 

 

 ガイドブックが役立ったと感じる人もいれば、それに目を通さず死んでしまった人たちの無念をどう晴らせばいいのかと迷走する人もいる。

 攻略会議前か最中かに一波乱くらいはありそうだなって直感が告げた。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 ──12月3日、午後15時。トールバーナ内、半円形の劇場広場。

 

 

 南ヨーロッパ風と称される、アインクラッド第一層においてはじまりの街に次ぐ規模の大きな街。その一区画に、野外とはいえ演劇用のステージと客席が設けられていた。

 

 此度この場にて行われるのは、有志によって催された第一層フロアボス攻略会議。

 百層にも及ぶ鉄の塔の第一層。だけど1ヶ月近くが経つというのに未だ踏破されることはなく全ての生存者が足止めを食らっている、そんな現状に突破口を開こうと立ち上がった者たちの集い。

 

 

 なーんて、ちょっとだけ堅苦しい言い方をしてみた。雰囲気がそうなのは変わらないけど、これからの出来事に期待を寄せては妙にテンションが上がってしまっているらしい。

 

 

 ぶっちゃけた話、フロアボス攻略会議と謳ってもやることはプレイヤー同士の顔合わせと日時のすり合わせだろうし、あっても情報屋を経由したという建前のもとに開示されるβテスト時のフロアボスのデータを共有するくらいだろうって思ってる。

 

 何せボス部屋の入り口を見つけてから日数なんて全然経ってない。ベータ時代にも形だけは行われていた偵察と呼ばれる行為が仮に出来たとしても、少人数でかつ安全策を取った上ではたかが知れてるだろう。

 

 ネズちゃんの元に会議の日時が流れてきたことから、ネズちゃんに渡したフロアボス変更の可能性についても伝わっているはず。でもネズちゃんからフロアボスの変更があったとは聞かないから、ボス自体は《イルファング・ザ・コボルドロード》って名前のデカくて赤い二足歩行の太った兎さんのままかな。おたえちゃんは兎って認めないと思うけどね、可愛くないし。

 

 で、そうなるとボス変更の可能性があるとするならばコボルトの王さまの特殊モーションの方だと予想がつく。この第一層を守護する王さまは4本ある体力ゲージが最後の1本になると、武器を持ち替えて行動パターンが変化するから、あるとすればここで持ち替える武器の種類が変わることくらいか。

 

 ベータなら斧から弯刀へ、ソードスキルも斧から曲刀への移行だった。曲刀カテゴリの存在はほぼ最初から確認されていたのもあって、初のフロアボス戦だったから皆めちゃくちゃ混乱してたけどその内に慣れて対処出来ていた。

 

 今回は何が来るのかな。斧から直剣? それとも盾も捨ててでっかい両手武器? まさかの斧二刀流だったりして。

 

 などと考えてはみるけど、実際にどうなるかは本当に読めないし何なら伝えようがない。だって本当に斧の二刀流とか来られても全然分かんないよ、どんなに警戒したって絶対無理。

 

 だから何が来るかを予想するよりも、何が来たかを見極める為の立ち回りの方が重要だと思う。

 

 

 というのは置いといて。そんなあたしの内心とは別におねーちゃんと二人で攻略会議が行われる野外劇場の客席に座り込んだ。会議が始まる5分くらい前に、半円形の中央ステージから最も遠い隅っこにこっそりと陣取ることで目立たない様にする。

 

 ステージの方を見れば男の人がいっぱい。ひぃふぅみぃと数えてみれば、40人は下らないんじゃないだろうか。あたしたちみたいな女の人が見当たらないのは、しょうがない気もする。

 大体このゲームを遊んでるプレイヤーの男女比率からして9:1くらいありそうだもんね。あたしやおねーちゃんが特殊で、そもそもあたしたちだって案件貰ったりしなければ此処にいるどころかSAOの存在すら知らなかった気はするし。

 

 

「あ、キリトくんだ」

 

「本当ね。元気そうで良かったわ」

 

 

 ふと客席を見渡せば、見知った顔を発見する。相変わらずキリトくんはソロプレイ中みたいだけど、一先ず攻略会議に顔を出せるくらいにはメンタルが安定してる様で何よりだった。

 キリトくんもこっちに気がついて小さく手を上げてきたから、あたしは小さく手を振っておねーちゃんは軽い会釈をしていた。お互い目立ちたくは無いようで客席の隅と隅で空気を決め込む予定だ。

 

 

「やあ皆! 今日は集まってくれてありがとう! オレ、嬉しいよ!!」

 

 

 そんなこんなでフロアボス攻略会議が始まった。まずは主催なのか、聞き覚えのある声の主がステージ前に立って声を張り上げた。ざわついていた劇場が一瞬で静まり返るくらいには、耳にすんなりと入ってくるよく通る声だった。

 

 

(この声、扉の前の広間で聞いた声だ……)

 

 

 多分、今あそこに立っている青髪の男の人は広間でリーダーっぽい発言をしていた人だ。なるほど、彩ちゃんや友希那ちゃんみたいな人の前に立つカリスマを持っている人なんだろう。呼びかけに対する感謝を述べただけで客席にいる他の人たちの心をグッと掴んだらしい。

 

 

「オレの名はディアベル! 職業は……気分的にナイトやってます!」

 

 

 SAOに存在しないシステムで戯けてみせ、客席から笑いとツッコミが飛び交う。一度固まった空気をユーモアで和らげるその手腕には舌を巻くも、あたしとしては引っ掛かるものがあってそっちに気を取られていた。

 

 

(ディアベルって名前……βテストで見た気がする。キリトくんみたいな超有名所って訳じゃないから、同名の人違いの可能性はある。でももし同じなら、あの人もβテスターってことになる)

 

 

 記憶違いじゃなければ、ディアベルという名前のプレイヤーとデュエルをしたことがあったはず。でも別にオンリーワンな名前って訳じゃないから同一人物であるという確証はない。リアルの姿になっちゃってるからβテスト時のカスタマイズされていた姿じゃないし、容姿で整合性が取れないから一先ず頭の片隅にどかしておく。

 

 

「ナイト……良い響きね」

 

「おねーちゃん……?」

 

「……何でもないわ」

 

 

 ポロっと、ディアベルさんの言葉がおねーちゃんの琴線に触れたのか反応する。何が気に入ったのかなって顔を見ようとしたけど、恥ずかしかったのかそっぽを向かれてしまう。

 でもあたしはおねーちゃんの頬が少しだけ赤かったのを見逃さなかった。

 

 

(恥ずかしがってるおねーちゃんかわいい)

 

 

 それはそれとして。

 

 

「今日集まってもらったのは他でもないんだ。先日、オレたちのパーティーが迷宮区の奥でフロアボスの扉を発見した」

「「おおっ!!」」

 

 

 努めて冷静に言おうと心掛けていたのか、ディアベルさんが今回の本題を告げる。すると客席のそこかしこから歓声が上がり、会議のボルテージが一気に跳ね上がった。

 遂にこの時がって感じで喜ぶ人や、強敵と戦う機会が訪れたことに武者震いしてる人など反応は様々だった。最後方から見てる分だけ色々分かる。でも皆に共通しているのは、闘志を漲らせていることだろう。

 

 1ヶ月近くかかった末に希望が見えて、滾り散らす。百層全て攻略する内の一層でしかないけど、これを足掛かりにしてペースが生まれれば早期脱出も夢ではなくなる。

 

 そうならなかったとしても、進むことに意味がある。日進月歩、千里の道も一歩からとはよく言うしね。

 

 って言っても、あたしはやることやるだけだから雰囲気に飲まれてはしゃぐとかは無い。本当なら攻略を楽しんだりはしたいけど、何をするにしてもおねーちゃんが優先事項。軌道に乗るまでは騒ぐより冷静にってこと。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 おねーちゃんも一つ深呼吸をして熱を逃していた。空気に当てれることはあっても、まだ調子には乗らないと徹底する。

 

 

「ちょお待ってんか!」

 

 

 だけど、そんな空気に待ったをかけた人がいた。たった一言で場を湧かせたディアベルさんとは正反対に、たった一言で全員に冷水を浴びせた。良く言えば冷静に、悪く言えば水を差した形になる。

 その人は勢いよく客席を飛び出してステージ前に躍り出た。どっしりとがに股で着地したかと思えば、ギロリと睨むようにして客席へと向き直る。何ていうか、敵意丸出しだ。

 

 

「ワイはキバオウってもんや」

 

 

 男の人が名乗り上げる。だけどあたしの興味はそこになかった。

 

 

(すっごいクリクリ頭だ!)

 

 

 そう、このキバオウって人、頭部がとんでもなくトゲトゲのクリクリだった。イガグリ頭とでも言うのか、とにかくあたしの第一印象はクリクリ頭だった。

 多分、口に出そうものならおねーちゃんに怒られる気がする。具体的には「本人の前で言っちゃ駄目よ」かな。

 

 

「会議前に一つ言わせてもらわなアカン」

 

 

 そんなあたしのどうでも良い内心とは裏腹に、クリクリさんは啖呵を切った。何やら剣呑な空気が漂う中、彼が口にした言葉は思いの外あたしも無関係では居られない内容だった。

 

 

「こん中に、死んでいった2000人ものプレイヤーたちに詫び入れなアカン奴がおるやろ!」

 

 

 一瞬、背筋が凍った。

 

 

「それは……もしかしてβテスターたちのことかな?」

 

「せや!」

 

 

 クリクリさんの物言いに心当たりがあったのか、ディアベルさんが訊ねる。そしてクリクリさんがそれを肯定したことで、彼の言い分がハッキリしたことになる。

 

 つまり彼は、死んじゃった人たちに対する責任を取れと言いたいんだ。ネズちゃんから聞いてはいたけど、溜まった鬱憤を晴らす矛先を本当にβテスターに向けるつもりなんだ。

 

 

 期待値的な話になるけど、βテスト当選者は1000人だったはずで、そのまま正式サービスまで続けている人をどんなに少なく見積もっても半分の500人は下らないと仮定する。正式サービス時の総プレイヤー数は約1万人だから、ざっくり1/20だ。最低でも20人に1人はβテスターである可能性が高い。

 

 それで今この場にいるプレイヤーたちは40人ちょっとだから、既に分かっているあたしとキリトくんで2/40。大体確率と一致する。

 

 だけどクリクリさんの言いたいことはこの先で、あくまでも一般プレイヤーとβテスターがこの場にたどり着く確率が同じであればそうだけど、実際には経験や情報といった大きなアドバンテージが存在している。

 あたしだってそれを元に効率的な立ち回りが出来ていた。もっと言えば、βテスターじゃないおねーちゃんまでもが莫大な恩恵を受けていたと断言できる。

 

 

「βテスターどもが初心者を置いて先に行ってしもうた、その結果がこれや! どない言い訳してくれるん!?」

 

 

 きっとクリクリさんの考えてる通り、この場にはあたしたち以外のβテスターが紛れ込んでいる。というかその可能性が高いと想像がつく。だからクリクリさんは、敢えてこの場で糾弾しようと画策したんだろう。3〜5人くらいは居ても不思議では無くて、その中からボロを出した人を槍玉に挙げる寸法か。

 

 でも今それを行うにはリスクが大きすぎる。

 何せこれから協力しようって時に、戦力として申し分ないであろう面々をレイドから排除して一般プレイヤーだけでボスに挑もうと言うのだから頭が痛くなる話だ。それで全滅してしまっては元も子もないのに。

 

 そしてもっと言えば、βテスターだって同じ窮地に立たされた同じ一人の人間だ。あたしにはおねーちゃんがいたけど、皆が皆、キリトくんみたいに割り切って行動できるとは限らない。そもそも死が隣り合わせになった状況で、見ず知らずの他人を思いやれって強制できる訳がない。

 そうやって善意で行動した結果利用されて殺されちゃった人たちがいるだけに、手伝わなかったことを批難するつもりにはなれなかった。

 

 

「発言、良いか?」

 

 

 クリクリさんのふてぶてしい態度にちょっと腹が立ったって時に、今度はとてもガタイの良いナイスミドルな男の人が割って入っていった。外国の人なのか、何処となく肌や骨格の造りが日本人じゃない気がする。あ、でも話し方は流暢だから生まれや育ちは日本かも。

 

 

「この初心者向けの攻略本、アンタも見たことがあるだろう。はじまりの街を始め各所の露店で配布されていたものだ」

 

「それが何や」

 

 

 その男の人はエギルと名乗ると、実に見覚えのあるガイドブックを片手にβテスターたちへの擁護と理解を示していった。そう、何を隠そうネズちゃんが作り上げたガイドブックを片手にだ。

 

 

「これを作っているのは、元βテスターだ」

 

「ぐっ……!」

 

 

 エギルさんの言いたいことはクリクリさんに十分伝わったみたいで、反論できず言葉を詰まらせていた。

 

 そのやり取りを見ててあたしはネズちゃんのことが誇らしくなったと同時に、理解ある人たちがいてネズちゃんの善意と頑張りがちゃんと報われていると分かって本当に嬉しかった。

 多分、そのこと自体はクリクリさんも認めてるっぽくて安心した。少なくともただの荒らす人じゃなくて、クリクリさんもクリクリさんで義憤にかられて暴走しただけの人なのかなって。

 

 あ、でもクリクリさんがβテスターのこと嫌いなんだろうなってのは嫌でも伝わってきた。反論できなくてもめっちゃ納得いって無さそうで不機嫌だし、βテスターとの格差があることを把握してるからこそのやっかみでもあるって感じ。

 

 

 あたし自身βテスターだから偉そうなことは言えないけど、仲間内で揉めてる場合じゃないんだから少しは我慢して欲しい気もする。ここで揉めてたら本当に攻略どころじゃなくなっちゃうからね。

 あたしだって、遠回しにネズちゃんがあんなこと言われたのに黙ったままなんだから。

 

 

「よし、この件は一旦水に流して──」

 

 

 クリクリさんが引き下がったのを確認したディアベルさんが仕切り直しだと声を張り上げる。エギルさんも席に戻ったのか、ステージ前に立っているのはディアベルさんだけに戻った。

 

 やっぱり事前の予感通り一悶着あったし、あんまり良い気分じゃなかった。友だちを悪く言われて笑う人はいないだろう。

 

 でも分かってくれてる人もいたのが救いだった。それだけは本当に良かったと思う。

 

 

 ──気が付けば、あたしの左手がおねーちゃんに握られていた。

 

 

 そのことを知ったのは、会議が終わりに差し掛かった時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「よっ、久しぶりだなお二人さん」

 

「やっほーキリトくん」

 

「お元気そうで何よりです」

 

 

 会議が終わりを迎える頃、ディアベルが締めに各自でパーティーを組んでくれとのお達しを出した。どうやらパーティーを組んだらまとめ役の彼に報告をして、そのまま流れで解散となる様だった。

 

 それに伴い、身バレを避けたい姉妹と微妙にコミュ障なキリトの思惑が一致。戦力的には申し分ない、人数だけが足りないパーティーが誕生した。

 客席の隅っこ同士、目立たぬように移動する。途中でキリトがフードを被ったあぶれたソロプレイヤーを誘った為に、この場に居合わせるのは計4人となった。

 

 

「そちらは?」

 

「いや、何かあぶれた仲間かなって思って誘った。不味かったか?」

 

 

 無論、必要以上の身バレは避けたい姉妹からするとキリトのお節介は少々悩ましいものだった。しかし彼の行いを無下にするのも憚られ、このフードを被ったソロプレイヤーを独りにするのも良心が痛んだ。

 会議中、紗夜がご丁寧に人数を数えた結果は自分たちを除いて42人。つまり6人パーティーが7個ちょうどだ。この場にいる4人は、他のパーティーに入る余地が存在しなかった。

 

 なればこそ、このソロプレイヤーを放っておく訳にもいかないだろう。紗夜はそう結論付けて、日菜を半歩下げさせた。

 

 

「失礼します。私は紗夜、こちらは妹の日菜です。名前を伺っても?」

 

「……アスナ」

 

(女性だったのね)

 

 

 紗夜が名乗ると、ボソッとだが返事がくる。フード越しでは分かりづらかったが、身体の線の細さと声の感じからして女性だと確信を持つ。

 まさか女性一人で最前線を走っている人がいるとは思わず、紗夜は驚きの表情が隠せなかった。

 

 

「不思議?」

 

「すみません。女性のソロプレイヤーとは凄いと思いまして」

 

「そっちだって女性でしょう?」

 

「私たちはソロではありませんので」

 

「私も別に凄くない。ただ、必死だっただけ」

 

 

 アスナの謙遜とも取れる発言は彼女の雰囲気を暗くした。紗夜はアスナの身に何かあったのではないかと邪推したが、それを問い質そうとすることはない。それを彼女自身が語ろうとしないのであれば、それに付き合うだけである。

 

 しかし紗夜は、それとは別に思ったことを口にした。

 

 

「ですが、そちらのキリトさんと同様にソロで活動してる方がこの場に辿り着くというのは、相当な実力の持ち主でもある証拠です。少なくとも、生きることを諦めていません。ですから、自信を持てとは言いませんが、これまでの頑張りを労ることくらいはさせてください」

 

 

 彼女の言葉がアスナの胸を打つ。訳あってソロプレイヤーとして死にもの狂いで戦い続けた彼女にとって、その真っ直ぐな称賛の言葉は沁みるものがあった。フード越しだが視線が交差し、嘘偽りない瞳が射抜いてくる。無意味な関わり合いは不要だと考えていた彼女の顔が上を向き、くすぐったそうな表情を覗かせた。

 

 

「……そこまで言うのなら。どうもありがとう……?」

 

「はい、どういたしまして」

 

 

 屈託のないとまではいかないが、程よい苦笑いを添えて称賛に対する感謝を述べた。初対面だったが、アスナが少しだけ心を開いてくれたことに紗夜は微笑んだ。

 

 

「なぁヒナさんや」

 

「なんだいキリトくん」

 

「サヨってこうなのか?」

 

「そうだよー。自慢のおねーちゃんだけど、あたしとしては複雑なんだよね」

 

「それはまた、どうしてだ?」

 

「おねーちゃんの魅力を伝えたいのと同時に、おねーちゃんの魅力を知っているのはあたしだけが良いというか」

 

「お、おお……」

 

 

 紗夜とアスナのやり取りをよそに寸劇を始める日菜とキリト。しかし思いの外、日菜が覗かせた感情が重すぎてドン引きするキリトだった。

 

 

(もしかしなくても、シスコンって奴だな。それにしても妹、ねぇ……)

 

 

 更に言えば、姉妹の関係性から連想して自身の義妹のことにまで考えが至ってしまい、ちょっとしたホームシック気分を味わっていた。

 

 

「なに恥ずかしいこと言ってるのよ」

 

「あ゛た゛っ!? ぶつなんて酷いよおねーちゃん!」

 

「あなたがキリトさんに変なこと言うからでしょう!?」

 

 

 そんな妹の所業を姉は見逃さなかった。暴走しがちな妹の頭を小突くも、抗議が飛んできたのでそれを一蹴する。

 

 

「ふふっ……」

 

 

 突発的に始まる姉妹の口論。中身のないただのじゃれ合いだったが、それを見ていたアスナが口元を抑えて笑い始めた。

 

 

「ほら! 笑われてるじゃない!」

 

「おねーちゃんこそ!」

 

「──っ、あははは!」

 

「くくく……仲良すぎだってお二人さんっ」

 

 

 尚も争う姉妹の姿に耐えきれなかったのか、アスナがお腹を抱え目に涙を浮かべながら笑い始めてしまった。つられてキリトも笑い出し、先程までの仄暗い空気は霧散しており二人をからかう余裕まで生まれていた。

 

 二人分の笑い声に、流石に口論をやめる姉妹。紗夜はとんでもない羞恥に襲われて赤面し口元をわなわなと震わせており、日菜は笑っている二人につられて何が面白いのかよく分かってないまま一緒に笑い出してしまった。

 

 まだ劇場に残っていた他のプレイヤーの視線が集まったが、遠目には3/4がフードを被った怪しいプレイヤーにしか見えないのですぐに逸していった。無駄に目立ってしまったが、誰も関わろうとしてこなかったので何事も無かった形に収まった。

 

 

「コホン……それで? メンバーの申請はしなくても良いんですか?」

 

「「「あ」」」

 

 

 未だ気恥ずかしさが残る紗夜は一つわざとらしい咳払いをして間を取り、申請を受け付けているディアベルを待たせていると暗に告げる。その言葉に笑い続けていた三人はハッとし、自分たちが注目を浴びていたことにも気が付き頬なり頭なりを今度は気まずそうにかいた。

 

 それからは、既に組んでいる姉妹のパーティーに入るという形で紗夜がキリトとアスナの二人に申請を飛ばす。即座に申請を受理したのち、女性3人に気を遣ったキリトがディアベルの所へパーティー結成の報告をしにいった。

 

 キリトが戻ってくるまで3人とも無言を貫き、彼が合流すると同時に4人はそそくさと移動を開始した。一先ず人目を避けるために噴水広場まで退避し、誰からともなく深いため息を吐き出しては今度は4人とも小さく吹き出しては苦笑いした。

 

 

 以降、キリト命名『おみそのパーティー』の面々はディアベルが申し訳無さそうに伝えてきたらしい役割を把握し、明日に備えて休むことに決めた。

 その際、何だかんだで名乗っていなかったキリトとアスナが改めて自己紹介を交わしたり、3人が溢したお風呂という言葉に女子らしくアスナが過剰に反応したり、料理スキルを細々と上げている紗夜が振る舞う、日菜曰く「現時点で出てくるNPCが作るのより何倍もマシ」な薄味の夕飯をご相伴に預かったりした。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 翌日、私たち『おみそのパーティー』は8パーティー46人のフロアボス討伐レイドの最後尾を歩いていた。

 

 午前中、日が照って暑そうな陽気の中トールバーナを出発し、迷宮区への道をガヤガヤと行進していく。道中、βテスターでも無ければゲーム事情に明るくないアスナさんに向けてキリトさんがレクチャーするといったことはあったが、不測の事態に陥るなどということは無かった。

 キリトさんに教わっているアスナさんの姿が日菜に教わっていた私の姿と重なり、それが既に1ヶ月も前の出来事だという事実に震えた。

 

 こんなことになるとは微塵も思っていなかった、今にして思えば随分と能天気だった私が今この状況を信じるだろうか。

 

 日菜と共に閉じ込められ、強制的に死を感じる世界で戦わされ、約一万人もの赤の他人への身バレを避け続ける生活をする羽目になり、知り合った人が死んでいった。

 Roseliaでギターを引き続けてメジャーデビューを果たし、日菜との約束を守る為に駆け続けて、羽沢珈琲店で羽沢さんと談笑する。そんな日常が突如として奪われてしまうとは毛ほども考えていなかった。

 

 それでも日菜を通してアルゴさんと出会い、キリトさんに出会い、そして昨日はアスナさんと出会った。直接話したことは無いが、ディアベルさんの様なリーダーシップのある人もいれば、キバオウさんの様な過激だけど他人の苦しみを思いやれる人もいるし、エギルさんの様なしっかりとした大人の方もいる。

 

 そしてカストールさんや彼を慕っていたポルクスさんの様に、誰かの為に奔走することが出来る人がいた。そんな彼らを私は尊敬しているし、無念にも思っている。なればこそ、彼らが生きていたことを忘れることなく、その証をこの世界に刻まなければならない。

 

 あの男性が何をしてくるかは分からない。それでも、今そこで軽く口論しているキリトさんとアスナさんたちや隣を歩く日菜とのかけがえのない日常を取り戻すためには、戦って生き残り、その上で人として生き続けていくしかない。

 

 

「これがフロアボスの部屋の扉だ」

 

 

 気が付けば二人のやり取りとそれをからかう日菜の声を背景音にして思考の海に沈んでおり、ディアベルさんの声が私を現実に引き戻した。先日、日菜と辿り着いた広間に到着しており、いよいよもってフロアボスとの戦いが始まろうとしていた。

 

 目の前の大きな扉の向こう側は、部屋というよりかは奥行きのある巨大な回廊になっているらしい。プレイヤーたちが回廊に足を踏み入れてしばらくすると、奥の方からフロアボスが出現と同時に咆哮しつつ取り巻きをけしかけてくる。

 

 私たちの役目は、その取り巻き3体の内の1体ないしは2体を引き付けることだ。取り巻き自体は全くもって強くはないらしいが、フロアボスとの戦いの邪魔になると厄介なので極力引き離すのがベストだろう。レイド自体はおみその私たち以外がディアベルさんを中心として結束しており、おみその私たちが取り巻きを引き付けることが出来れば出来るだけ攻略への手助けになるはずだ。それ故にフロアボスを直接討伐することは叶わないだろうが、それで勝利を呼び込めるのなら是非もない。

 

 

「最後にオレから一言だけ……勝とうぜ!!」

 

 

 ディアベルさんが右手を突き上げ、煽る。迷宮区の広間に怒号にも似た大音量の歓声が上がり、耳を大いに刺激してくるそれを煩いとは思わなかった。

 

 興奮冷めやらぬプレイヤーたち。ディアベルさんが背中を向け、扉を押す。まるでプレッシャーを表してるのか非常に重苦しい音を立てて扉が開いていき、事前に聞かされていた回廊が姿を現していく。

 

 先導者に導かれ、プレイヤーたちが決戦の舞台へと足を運んでいく。私は無意識の内に日菜の手を握り、日菜もこちらを見ずに握り返す。

 

 

(覚悟は決めた。彼らの分まで生きて、帰る。それがせめてもの手向けになるのだから)

 

 

 まずはフロアボスを倒す。誰が倒したことになっても構わない、直接戦えなくても問題ない。とにかく、生き残って勝つ。

 

 

 それが今の私に出来る、精一杯なのだから──








備忘録ですが、本作開始時点での年齢は

紗夜&日菜→誕生日が3/20なので高校三年生の17歳
キリト→中学二年生の14歳
アスナ→中学三年生の15歳

のはずです。年度で考えるなら双子とキリトで4年差、アスナと3年差ですね。でもこの時点で年齢差を正確に知ってる訳ではないので全員ナチュラルに接してます。原作でもキリトはアスナの事を二年間ずっと年下だと思っていたそうですし

紗夜が4歳年下に敬語なの凄いな。でも本作では無意識下で過剰に気を張ってるから妹以外に敬語が抜けないという想定。ちなみに日菜も無意識ですが擬音や抽象的な表現を避けています(一応余裕が出来たから少しずつ出たとは言ったが、それでも極力使わない様にしている)。冷静に考えて情報伝達が刹那遅れるだけで危機的状況に追い込まれる可能性を考慮するならば、簡潔にかつ具体的に述べなければ不味いですしね
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