夜を日に継ぐ   作:百三十二

12 / 52


ボス戦、といってもやってることはほぼ原作通りだから戦闘そのものは……

後書きに今回何をイメージして書いていたか載せてるはず


決意

 

 

 

「B班はC班と交代! B班は回復、D班からF班は引き続きボスを包囲!」

 

 

 フロアボス部屋にディアベルの指示が響き渡る。レイド人数46人の内42人をA〜G班の7パーティーに分け、その内の5パーティーでボスの《イルファング・ザ・コボルドロード》を囲み、行動を制限させる組とボスにダメージを与え続ける組、そして減らした体力を回復させる組として適宜入れ替えしつつ臨機応変に対応する方針を取っていた。

 

 ディアベルの属するパーティーは状況に応じて加勢するために余裕のある立ち回りを心がけ、残りの1パーティーはボスの取り巻きである《ルイン・コボルト・センチネル》3体の内1体を相手していた。

 

 では取り巻き3体の内の残りの2体はというと、キリト曰く『おみそのパーティー』であるあぶれた4人が属する8パーティー目のH班が引き付けていた。

 

 たった4人で2体をと思われたが、中々どうして氷川姉妹とキリト&アスナの二組に別れてそれぞれ1体ずつを完璧に対応してみせた。双子である紗夜と日菜の連携と練度は言わずもがな、キリトとアスナの即席コンビも抜群の相性を見せつけていた。

 これによって取り巻き3体の内の2体を少人数で完全に封殺することとなり、それに気が付いたディアベルもその分だけ指示に余裕を残していた。

 

 おみそと戯けてはいたものの、人数における比重としては指揮官に負けず劣らずの功績だと言えるだろう。

 

 尤も、フロアボス戦が始まってから三度目の取り巻き処理ともなれば彼女たちにとって十分慣れてしまうものであり、あまりにも変化の無さに退屈過ぎて日菜はやや不満だったが。

 

 

「なーんか味気無いよねぇ」

 

「攻略出来るなら良いじゃないの。私たちが変に介入することでディアベルさんの指揮を乱してしまうくらいなら、この程度でも役割があるだけマシでしょうに」

 

「それはそーなんだけどさー」

 

「何で談笑してる余裕があるんですかねぇお二人さん!?」

 

 

 こうして日菜が文句を垂れつつ、それを紗夜が嗜めている間にもコボルトは容赦無く攻撃を仕掛けてきている。のはずだが、迷宮区を二人きりで実質完全踏破した姉妹からすれば造作もないことであり、油断こそせずとも会話をこなすくらいには大きく余裕があった。

 隣からキリトのおかしいだろといったツッコミが飛んできたし、口にしないだけでフード越しにアスナも恨めしそうな表情を向けていることだろう。こちら二人も余裕が無い訳では無いのだが、まさかアットホームな空気を垂れ流しつつ談笑しながら戦闘するとは思うまい。

 

 

「ほら、キリトさんに言われてるわよ」

 

「はーい」

 

 

 自分も日菜と同じに含まれているとは微塵も思っていない紗夜がコボルトの攻撃を盾で弾き、その隙間を気の抜けた声をあげた日菜がソードスキルで突っ込んで埋める。

 

 

「しっ!」

 

 

 その攻撃を受けた反動でたたらを踏みつつ無防備に硬直を晒した本日3体目のコボルトの首元へ、今度は紗夜がソードスキルを突き付ける。現時点で最高レベルの二人から繰り出されたソードスキルが連続で直撃したコボルトは奇声を上げながら大きく後退したが、流石にフロアボス戦の取り巻きか、体力をみるみる減らしながらも半分を越えたあたりで耐えていた。

 

 

(嘘だろ……? やっぱり双子ってこうなのか?)

 

 

 それらしい掛け声を一切かけていないのにスイッチを成立させる双子。それを見たキリトは自身が対峙するコボルトの攻撃を剣で弾きつつ、世の中の双子は本当にテレパシーでも使えるレベルで以心伝心なのかと疑わずにはいられなかった。

 

 

「理不尽だろっ……スイッチ!」

「はぁっ!」

 

 

 しかしキリトも猛者である。余計なことを考え、それによって思わず悪態をつきながらもコボルトの攻撃をソードスキルで相殺し、掛け声と共にアスナとの連携を確実に決めていく。キリトの片手直剣で弾かれたところに、アスナの細剣が突き刺さるといった形だ。

 コボルトが振り回す棍棒による攻撃を的確に相殺していく様は流石の一言であり、現に丸々1パーティーで取り巻きの1体を抑え込んでいるとは言っても精々が盾で防ぐか複数人で囲むかしてであり、攻撃そのものに対して単独でソードスキルを当てて相殺する芸当は誰も出来そうになかった。

 

 ──キリトも十分、大概である。

 

 そう思わないのは、ここにいる4人が全員大概だからである。故に本人も含めて敵の攻撃をソードスキルで強引に相殺する行為に誰も疑問を抱かないのだ。

 

 通常、スイッチとは敵にソードスキルを直撃させて、反撃を貰う隙間を別のソードスキルで埋めるという方式であり、間違っても敵の攻撃を相殺するためのものでない。

 攻撃を相殺する技術は確かに存在するが、複数人が前提のスイッチ方式では安全策を優先される。また、当然のことながら相手の攻撃を見切った上でシステムに乗る自身の動きを完全に制御する必要があり、一種の高等技術であることには違いない。それを第一層の時点で完全にモノにしている3人と、触発された1人が何度も成功させて安定感を出しているのが例外中の例外であると言えた。

 

 実際、アスナもキリトのやり方から見様見真似で相殺に成功させているためとんでもない習熟スピードだったのだが、幸か不幸か、共に戦う3人は当然の技術という認識のためにアスナのセンスが指摘されることはなかった。

 

 

「よし良いぞ! D班はB班と交代! A班はE班をフォローだ! 持ちこたえろ!!」

 

 

 複数本用意されているフロアボスの体力ゲージが最後の一本まであと少しに差し掛かった時、ボスのヘイトを買っていたE班が押し込まれ始めた為にディアベルたちA班がフォローに入り事なきを得る。ボスのヘイトを買っている班とは反対側の、つまりはボスが背中を向けている側のパーティーが一気呵成に攻撃を叩き込み、大体240度近く包囲されているせいで迂闊な身動きが取れないコボルトの王は被弾による苦悶の表情とままならない現状に怒りの雄叫びをあげた。

 

 

「すっごい怒ってる」

 

「アレは問題無いんですか?」

 

 

 余裕過ぎて日菜がただ感想を述べ、一応気になった紗夜がキリトに確認を取る。

 

 

「形態変化前の前兆だから、これといった動作には繋がらないはずだよ。βテストの時は皆警戒しまくったけど、これだけ優勢だと目安にしかならないんじゃないかな」

 

「では、そろそろボスが武器を持ち替える、と」

 

「ああ。βテストの時はタルワールって武器だったから、斧から曲刀へ変化した時は大分混乱してたな。それでも曲刀カテゴリは既に知られていたから、まだ何とかなったんだが……果たして何が来るやら、だな」

 

 

 コボルトを体よくあしらいつつ、紗夜はキリトの言葉に頷いた。体力ゲージが段階移行する度に追加で湧いてきた取り巻きを開幕含めて都合三度倒してきたが、ボスの残存体力が最終段階に入る時には湧かないのでそろそろ役目も終わりかと胸を撫で下ろした時だった。

 

 

「ボスが武器を持ち替えるぞ! A班が前に出て引き付ける! 他の班は適宜回復を挟みつつ援護してくれ!」

 

 

 目の前で戦っていた最後のコボルトにトドメを刺し、追加の湧きが無かったことを確認すると同時に回廊の奥からディアベルのそんな指示が耳に飛び込んできた。

 

 

(何故……? ボスの武器が変更されている可能性は昨日の会議で共有されていたはず。なのにここに来て指揮官が積極的に前衛を? あまりにもリスクが高い気がするのだけれど……)

 

 

 人数の差を活かしたレイドとしての戦い方から、よりによって最も警戒しなければならない場面で方針の変更。しかも何処となく抽象的な、突如として指揮官たるディアベルの焦りが伝わってくる様な指示に紗夜は訝しんだ。

 キリトも同様に、これまでとは違う指示にディアベルが一体何を考えているのかと疑惑を向けた。

 

 

「最後の踏ん張りどころだ! 気を引き締めつつ一気に行くぞ!!」

「「ウォォオオ───ッ!!!」」

 

 

 ディアベルの鼓舞に、鬨の声が上がる。前線メンバーの士気は絶頂を迎え、紗夜やキリトらの懸念をよそに異様な盛り上がりを見せていた。

 

 1ヶ月もかかった末の、初めてのフロアボス攻略。アインクラッド制覇の為の大事な足掛かりが勝利で終わるまで、あと一押し。

 

 眼前に見えるは最早敵ではなく、希望という名の果実だった。目と鼻の先にぶら下げられた甘美な餌を求め、最大まで高揚した気分は男たちを優秀な戦士から一介の凡夫へと変化させる。

 

 

 コボルトの王が巨大な斧を捨て、明後日の方向に放り投げる。そしていつの間に装備していたのか、腰に下げられた鞘から新たな武器の柄に手をかけ、迫るプレイヤーたちへ威嚇の咆哮を上げた。

 

 

(遂に、武器が判明する……)

 

 

 取り巻きを倒しきり、不用意に前衛の隊列を乱すまいとレイドパーティーから離れた位置で待機している紗夜たち4人。アルゴにもたらしたボス戦時の仕様変更の有無が明らかになるはずだと、コボルトの王が引き抜く武器を注視した。

 

 数秒にも満たない僅かな間。僅かな時間が、ゆっくりとスローペースになっていく感覚。

 

 

(思ったよりも曲がってないのね……)

 

 

 引き抜かれていく刃はタルワールと比べて大分緩やかな曲線を描いていると、紗夜が些か場違いな感想を持った。

 

 しかし、瞬時に強烈な悪寒を感じたことで足が竦んでしまう。

 

 

(なっ……に、この感覚。どういう……日菜?)

 

 

 嫌な感覚、その元凶。

 

 

 視線だけ日菜に向ける。

 

 

 

 

 姉の目に映った妹の表情は──絶望

 

 

 

「全力で後ろに飛べぇっ!! カタナのソードスキルが飛んでくるぞ!!」

 

 

 全てを悟ったキリトが前衛に向かって叫ぶ。

 

 

 それと同時に紗夜が、半歩遅れて日菜が地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 日菜の表情を見て、キリトさんの絶叫を聞いて、私は何かに突き動かされる様にして駆け出してしまった。

 

 視界に映るのは、《カタナ》と呼ばれた武器のソードスキルによって一斉に被弾と転倒させられている前衛の皆さん。

 

 誰がどう見ても、壊滅寸前の光景だった。

 

 

(──っ!)

 

 

 声にならない声を飲み込み、未知への恐怖を押し殺して足を動かす。

 

 

 半歩後ろを日菜が付いてきているのは分かっているが、振り向く余裕などない。

 

 システム的に身動きの取れなくなった獲物を前に容赦無く追撃を入れようとするコボルトの王様。巨大な図体に似合わず軽快な動きを見せるフロアボスは、先程までの包囲されて自由に動けなかった分の鬱憤を晴らすつもりなのか、手近なプレイヤーから殲滅していく様子だった。

 

 不幸にもその第一号に選ばれたのが……レイド指揮官のディアベルさんだった。

 

 

 彼は直前の采配で所属パーティーを最前列に進めていた。当然、身動きが取れなくなった上で最も接近しているのは先導していたリーダーだった。

 

 

 標的は決まった。

 

 

 勝ちを確信したのか、コボルトの王が再び咆哮を上げる。

 

 

 そして得物たるカタナを握りしめ、ディアベルさんへと強襲し始めた。

 

 

「日菜っ!!」

 

 

 走って間に合うか分からない。

 

 

 それでも私は、一縷の望みを賭けて肉親の名を呼ぶ。

 

 

 私の言いたいことは、すかさず後を追ってきた時点で言わなくても分かるだろうという信頼を込めて。

 

 

「打ち上げ! 跳躍して振り下ろし! 角度ちょい斜め!!」

 

 

 余計な情報は要らない。今の日菜の発言はディアベルさんに向けて繰り出されるであろうソードスキルのモーションと、最後に振り下ろされる武器の軌道予測だ。

 

 

「ごめん! 信じて!!」

 

 

 何を思ったのか、その言葉と共に急ブレーキをかけて地面を滑る日菜。後方故に何をするつもりなのか知ることは出来ないが、必要だと思ったからそうしたのだろう。

 

 

(当然……信じない訳ないじゃないのっ!!)

 

 

 

 今の私が、この子の言葉を疑う余地は無い。

 

 

 駆ける。妹を置いて一人駆け抜ける。10秒にも満たない時間を永遠の如く疾駆する。

 

 

 最早受け止める算段はない。空中で踏ん張れるはずがないので走るのに邪魔な盾は投げ捨てる。

 

 

 キリトさんたちも走っていることだろう。アレがイケナイものだと気が付き叫んだ彼なら駆け付けてくるだろうし、そんな彼を見てアスナさんが一人残る訳もない。

 

 

 後詰めは問題なし。ならば私のやることはただ一つ。

 

 

 日菜を信じて、突き通すのみ──!!

 

 

 

「ぅぅぁあああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 叫ぶ。恐怖を抑え込むために、奮起の声を振り絞る。

 

 

 例え喉が潰れて血が出ようとも、手足が動くならそれで構わないのだと全身に言い聞かせる。

 

 

 これまでの人生に無かった死への恐怖を振り払い、決死の覚悟で特攻する。

 

 

(日菜の言う通り、打ち上げっ!)

 

 

 動けないディアベルさんが振り下ろされたカタナの範囲攻撃によって高く打ち上げられたのが見えた。レイドメンバーが為す術なく、仲間が処刑台に連行されたのを絶望の眼差しで見送る。

 

 しかしそれは私にとって、日菜がフロアボスの予備動作を完全に見切っていたことを意味していた。

 

 

「っ!!」

 

 

 打ち上げられたディアベルさんを追撃しようとフロアボスが足腰に力を入れて跳躍する。

 

 それよりも一瞬だけ早く、私がソードスキルを発動させて地面を蹴り抜き、吶喊する。

 

 

 ──片手剣突進技《ソニックリープ》

 

 

 ソードスキル発動のエフェクトが煌めき、右手に握る剣が熱を持った。

 

 

 迸る閃光を携え、振り下ろされるギロチンの刃を迎え撃つ。

 

 

 

「「届けぇぇぇええええええ!!!!」」

 

 

 

 二人分の絶叫が、回廊を埋め尽くす。

 

 

 空中でディアベルさんに向けてカタナが振り下ろされる。

 

 

 攻撃がヒットするよりも先に、一筋の光がコボルトの王の鼻先を撃ち貫いた。

 

 

 ほぼ同時に、乾坤一擲の一撃がカタナそのものに斜め下から直撃する。

 

 

 

「グルァァァァァ────ッッ!!!!」

 

 

 

 トドメを刺せたと思い込んでいたコボルトの王は甲冑で覆われていない顔の部位を狙撃されたことで怯み、間髪入れずに得物の軌道を強引に捻じ曲げられたことによって苦痛の叫び声を上げた。

 

 空中で大小二つの衝撃を受けた王は受け身すらままならず、ソードスキルによるシステム的硬直のまま地面へと落下していった。

 

 

 ──まだ終わりじゃない。

 

 

 相手の攻撃を相殺し、硬直を引き出す。

 

 

 それはつまり

 

 

 

「「「スイッチ!!」」」

 

 

 

 反動で落下していく私と素直に落ちていくディアベルさん。もう少しで地面とこんにちはする寸前、私の両横を二つの影が通り過ぎていった。

 

 

「っ!」

 

「うぐっ!」

 

 

 何とか受け身を取って着地する私と、背中から地面に激突し苦悶の声を漏らすディアベルさん。しかし今はそれを気遣っている余裕などない。

 

 

 何とか彼を助けることは出来た。しかし前線が一度崩壊してしまったことには変わりなく、一連の攻防を見ているしかなかった残り41人ものプレイヤーに動いてもらわなければ勝ち目は無い。

 

 痛恨の一撃を食らわせたからといって、フロアボス相手にキリトさんとアスナさんの二人だけでは限度があるのだから。

 

 

「よくやった嬢ちゃん! オイ野郎共!! ボサッとしてねぇで回復しろ!! それで動ける奴はあっちの二人の援護だ!! 行くぞっ!!」

 

 

 そんな私の思惑を読み取ってくれたのか、攻略会議でエギルと名乗っていたガタイのいい男性が呆然としているプレイヤーたちに喝を入れた。鋭く発せられた成人男性の野太い声はプレイヤーたちのお尻を叩くのに最適だったようで、大半のプレイヤーが我に返っていった。

 

 中には先程までの恐怖や絶望感を拭い去れず、行動に移せないプレイヤーもいた。しかしエギルさんの檄によって立ち上がったプレイヤーたちの数であれば、残りの体力をキリトさんらと共に削り切ることは可能であろう。

 

 

「恩に着る」

 

 

 エギルさんは私とすれ違いざまにそう言って、ガタイのいい人ばかりのパーティーメンバーを引き連れて二人の加勢に向かっていった。

 

 

「おねーちゃん。盾、しまっといたよ」

 

 

 それを見送った私の後ろから、追い付いた日菜に声をかけられる。どうやら私が投げ捨てた盾を回収してくれていたようで、アイテム欄を確認すると確かにストレージへ格納されていた。

 

 私は慣れた手付きでそれを左手の装備欄へとドラッグし、再度装着する。

 

 

「ナイスコントロールだったわ」

 

 

 お返しに、日菜の投擲スキルの精度を称賛する。

 

 カタナの攻撃を迎撃する寸前、フロアボスの鼻先に突き刺さった何か。あれは途中で走るのを止めた日菜が自身の武器を投擲スキルによって遠投し、見事急所へと直撃させたのだ。

 

 空中に飛び上がったフロアボスの甲冑で覆われていない部位をピンポイントで撃ち抜く技量は、呆れを通り越して芸術的な美しさまで感じられるものだろう。

 

 

「えへへ〜。野太刀に対して二人分のソードスキルをぶつけるだけの余裕は無かったから、あたしの方はもうああするしか無いかなって思ってやってみたんだけど。上手く行って良かったよ、本当に……うん」

 

 

 褒められた日菜は最初こそ嬉しそうだったが、次第に声量が落ちていき、最後の頃には何かを堪えるようにして目に涙をためていた。

 

 

「おねーちゃん、死んじゃうかと思った……。おねーちゃんが助けたいって思ったことはるんと来たし、あたしもそうしたかったから手伝おうって決めた……。でもああするしか無いなって気が付いちゃったとき、今まで感じたことないこわさで手足がふるえちゃったんだっ。おねーちゃんを見送ることしかできなかったときっ、ほんとうのほんとうにこわかった……っ!」

 

 

「うん」

 

 

「おねーちゃんしんじゃいやだってっ!」

 

 

「うん……ごめんね? ひな」

 

 

「ぶじでっ、ぶじでよかったぁぁぁああ!!」

 

 

 

 涙腺が決壊し、幼い頃に戻ってしまったみたいな号泣っぷりだった。私の胸に飛び込んできた5cmだけ小さい半身は生きてることを実感する為か、背中に腕を回して力いっぱい抱き締めてくる。身体は大きくなったのに容赦ない力加減のせいで苦しいを通り越して痛みさえ覚えたが、この子を不安にさせた罰だと甘んじて受け入れることにした。

 

 泣きじゃくる赤子を宥めるように、左手を背中に回し、右手を頭に回して優しく抱き込む。昔、日菜が迷子になったのを見つけた時は溜まりに溜まっていた不安と込み上げてきた安堵から泣いてしまった私が、今ではここにいると安心させるために涙を流さず微笑んだ。

 

 

 並んで泣いた寒空の下。あの時から僅かばかり開いた差が流れた年月を感じさせ、場を弁えることもなく寂寥感に苛まれる。

 

 

 近くて、遠い。どうして私たちは双子だったのだろう。歳の離れた姉妹だったならば、私はずっと良き姉であれたのか。

 

 

 答えは出ない。見つけられるかどうかも定かではない。

 

 

 ただ一つだけ言えるのは、ここに来る前から決めていた通りに何があっても日菜の姉であるということ。もう二度と責任から目を背けず、そうだと胸を張って宣言出来るように努力すると誓った。

 

 

 ──全てを背負って生きていくのだと、私は決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わったみたいね」

 

 

 日菜が紗夜の胸の内で泣き続けて数分。フロアボス戦中にも関わらずその場に立ち尽くす姉妹を見咎める無粋な輩は、流石に一人もいなかった。

 

 というのも、この姉妹が相応の危険を冒さなければ今頃どうなっていたのかを理解していたからである。それにキリトとアスナの二人が参戦したことによってカタナへの適切な対処が為されるようになり、エギルたち復帰組の合流もあって第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》は先程の絶望感が嘘のように呆気なくポリゴンとなって散っていった。

 

 

「Congratulations! この勝利は、お嬢ちゃんたちのものだ。本当にありがとう」

 

 

 討伐を終えたナイスミドルことエギルが労いの言葉を姉妹にかける。事実、あそこでディアベルがやられていたら戦線崩壊は免れず、甚大な被害が出ていたことであろう。

 

 しかし姉妹がそれを防ぎ、キリトらの合流と少しでも早く我に返ったエギルらの復帰が最後の押し込みへと繋がった。起点になったのは間違いなく、紗夜と日菜の二人だった。

 

 

「ありがとうございます。エギルさん、でよろしかったですか?」

 

「ああ、そうだ。そっちは……詮索無用か?」

 

「そうしてくれるとありがたいのですが……」

 

 

 労ってくれたエギルへと感謝を述べる紗夜。相変わらずフードを被ったままのを見て取ったエギルが気を遣ってくれるものの、紗夜としてはやむを得ないとはいえ大いに目立つ行動を取ってしまったが為に、これ以上正体を隠すということが可能かどうか懐疑的ではあった。

 

 

「ナイスファイトだったぜ」

 

「キリトさんもお疲れ様です。アスナさんは……」

 

 

 エギルの横からキリトが賛辞を送る。だが紗夜はそんな彼の隣に立つアスナへと視線を向けると怪訝な表情を見せた。

 

 そう、フード仲間だったはずの彼女がその容姿を露呈していたのである。紗夜の困惑を察したアスナは

 

 

「ああ、これ? 単に他の人の視線が煩わしくて被ってたんだけど、ボスの攻撃を躱した際に掠っちゃったみたい。それでフードの《耐久値》が全損しちゃったのよね」

 

 

 と、何でもないように語った。それもそのはずであり、彼女は重ねてこう告げる。

 

 

「それに、これからはキリト君に付いていくつもりだから、他人の視線からガードしてもらえるし」

 

「えっ!? ついてくるのか……?」

 

「何よ、何か問題でもあるの? キ・リ・ト・君?」

 

「いえ、無いです……」

 

 

 多少強引ではあるものの、アスナとしてはソロよりも頼れる誰かの隣にいた方が安全面は格段に向上する。キリトもそれを分かっているからこそ、頼られた以上はなし崩し的ではあるものの引き受けること自体は吝かではなかった。

 同じ女子なのだから紗夜と日菜についていかないのかと思わないでもなかったキリトだったが、今の日菜の様子を見てアスナが自分についていくと言った気持ちもよく分かっていたというのもある。

 

 

(キリトさんが尻に敷かれる方なのね)

 

 

 そんな二人のやり取りを見た紗夜は場違いにもそんなことを考えていた。加えて、ソロプレイヤーのキリトにアスナという心強い相棒が出来たことによってこちらも安全面が向上することだろう。二人の関係性はまさに理に適っていると、自分たち姉妹のこれまでと比較してそう思う紗夜であった。

 

 

「さて……」

 

 

 一向に顔を上げない日菜を置いといて、勝利の余韻を流した紗夜は一旦間を空け、助けられてからずっと下を向いて俯いているディアベルの方へと視線を集めた。

 

 これから行われることは、紛うことなき糾弾であった。

 

 

「ディアベルさん、何故あの様な采配を振るったのかお聞かせ願えますか?」

 

 

 言外に、お前がそうしなければこんなことにはならなかったと目線で射抜きつつ問うた。紗夜にとって理屈の通らない行動は、とても納得出来るものではなかったのである。それを問い質し、改善させないことには今後とも同じ目に合わないとも限らない。

 

 そんな人間を先導者に据えることも、ましてや背中を預けることなど出来るはずもなかった。

 

 それを踏まえた上で、自身の行動を悔やんでいるのかディアベルが重い口を開き始めた。

 

 

「……言い訳はしない。フロアボスを倒すことだけを考えるなら、あそこで包囲を解き、指揮官のオレを前線に上げるのは間違いさ。オレの判断ミスだ……すまない」

 

「ディアベルはん……」

 

 

 指揮官の謝罪に、それまで膝をついていたキバオウが声をかける。

 

 

「なんでや……なんでなんディアベルはん! どないワケがあってそんな判断を下したん!?」

 

「それは……」

 

「《ラストアタックボーナス》、だろ?」

 

 

 悲痛な叫びを受けたディアベルが言いにくそうにした所、当たりをつけていたキリトが答えを告げる。しかしその言葉に聞き覚えのない者も多く、バレていたことに一瞬だけ反応したディアベル以外の面々は首を傾げていた。

 

 

「文字通り、最後の一撃に対するボーナスだよ。フロアボスみたいな大型ボスには設定されているオマケさ。βテスト時代にはこれを巡って揉めたりもしたよ」

 

「それを知っとった言うんか……?」

 

「でなければあの不自然な出方は説明がつかない。そうだろ? ディアベル」

 

 

 言い逃れは許さないとキリトの眼光がディアベルを貫く。それに対してディアベルは観念していたのか、降参の意を表す両手を上にあげながら返答した。

 

 

「そうさ。オレはラストアタックボーナスについて知っていて、それを狙っていた」

 

「それやとディアベルはんは……」

 

「ああ、オレも元βテスターだよ。まさか君に会うとは思わなかったけどね、キリトさん」

 

「確証は無かったけどな。……なあディアベル。俺はアンタのことをよく知らないが、それでもこのレイドを率いるリーダーとしての態度は本物だと思っている。ラストアタックボーナスについて欲が出たとしても、何か理由があるんじゃないか?」

 

「……」

 

「話してください、ディアベルさん。そうでなければ、私があなたを助けた意味が無くなります」

 

 

 言いにくそうに口を閉ざすディアベル。そんな彼を突き放す様に紗夜が声をかけ、逃がすつもりはないと意思表示をする。

 

 するとディアベルは、信じてもらえるかどうか分からないがと前置きをしつつ、その本心を語り始めた。

 

 

「元々、オレはそんなにリーダーって柄じゃなかった。デスゲームが始まった時だって、自分の身を固めるので精一杯だったさ。トールバーナの劇場で皆をまとめようって頑張ってはいたけど、正直ずっと不安だったんだ。まだ第一層もクリアされていないせいか、はじまりの街に引き籠もるしか無いプレイヤーたちの絶望は募っていくばかりで、そんな人々を安心させることも出来やしない。

 だったら、誰かがじゃなくて、自分たちが希望になるしか無いんじゃないかって、思い立ったんだ。心許ない勇気を振り絞って、無駄に明るく振る舞って、形だけでも気丈でいようとした。そしたら、志を同じくする仲間が出来た。その仲間たちと細々ながら攻略に精を出していたら、未だ攻略のされていない第一層のフロアボスの扉を見つけたんだ。皆に知らせて、集まって、戦うべきだと考えた。

 だけど、そのまとめ役は誰がやるんだってなった。そこは割り切ってオレが務めようとは思ったし、実際そう振る舞った」

 

 

 彼は、いつの間にか降ろしていた手を強く握り締めていた。

 

 

「でもオレは自信が無かった! 皆を率いて、引っ張っていくだけの力があると思えなかった! その自信が欲しくて、ラストアタックを取りに行くと決めたんだ……」

 

「ラストアタックボーナスはボス毎に固有の何かが貰える。フロアボスともなれば、このゲームにおいて唯一無二の一品になる。それを手に入れることで自信を得て、象徴にしたかったんだな」

 

「そうさ。オレは皆の前に立つ自信とその為の象徴が欲しかったんだ。その結果が、オレを慕ってくれた人たちを危険に晒しただけの裏切りさ……到底、許されることじゃない。

 ──すまない皆、オレはリーダー失格だ」

 

 

 途中キリトの補足が入ったが、ディアベルは懺悔を終えた。聞き届けた面々は軒並み言葉を失くし、ディアベルに同情する者、責任を押し付けすぎたと後悔する者、そしてどう反応すればいいか迷う者とに分かれた。

 

 

(事情は分かった。けれども、それで納得がいくかどうかは……)

 

 

 ディアベルの内情を知った紗夜は、まずは彼の境遇に同情した。この状況下で立ち上がったというのは紛れもない事実であり評価されるべき点であると同時に、そのプレッシャーに押し潰されかけていたというのは今後とも考えなければならない憂慮すべき事態であると思い至った。

 

 だがそれはそれとして、彼の行動を許すというのは悩ましいところだった。今ここで彼の行動を許してしまえば、折角キリトが補足したβテスト時代でも一悶着あったというのが無かったことにされてしまう。ここで紗夜がディアベルの行動を肯定するということだけは、絶対に避けなければならなかった。

 

 

 そう、逡巡したのがいけなかったのだろうか。

 

 如何ともし難い空気を切り裂いたのは、その直後だった。

 

 

 

「βテスターだ……元βテスターたちが情報を独占しなけりゃ、こんなことにはならなかったんだ!」

 

 

 

 その言葉は、判断に悩んでいた人々の脳裏に驚くほどすんなり入っていった、まさに悪魔の囁きだった。それまで微妙な空気だった回廊内が、一瞬にして異様な空気に呑まれていく。

 

 

「そ、そうだ! βテスターたちがいなけりゃ、こんなことにはっ!」

「俺たちがこんな目になってるのも、全部βテスターのせいだ!」

「元βテスターは出ていけ! これ以上邪魔するな!!」

 

 

 喧々囂々。それまでの静けさが嘘のごとく、批難一色に染まるプレイヤーたち。キリトやアスナ、それから比較的冷静だったエギルたち、ディアベルの言を何とか飲み込もうとしていたキバオウらを除く20名前後が騒ぎ立てた。

 

 

「お、おい、アンタら何を言ってやがる!」

 

「ちょお待ちい! それやとディアベルはんまでっ」

 

 

 何とか騒ぎを抑えようと試みるも、一度勢いづいた不平不満の嵐は標的をβテスターたちに絞って苛烈になっていった。このままでは不味いかと思ったキリトが一計案じるかどうか悩んだ時、誰かが放った一言が耳に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

「そこのフードの女だってβテスターなんだろ!? だからカタナとかいう武器種の攻撃が分かっていたんだ! 教えてくれりゃ、もう少し──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──誰が、何だって?」

 

 

 

「「「!!」」」

 

 

 

 驚くほどゾッとする声が、辺りを支配した。

 

 たった一言、恐ろしいまでに怒りが凝縮された一言だった。

 

 それを発したのは、紗夜の胸から顔を上げていたもう一人のフード姿。

 

 聞けば蕩けるような声音から、心臓を鷲掴みにする様な絶対的強者としての圧力が振り撒かれる。当然、誰一人として余計な音を発する者はいない。

 

 

 この場に居合わせる全ての視線を受けたフード姿──日菜は、不機嫌さを隠すこともなくプレイヤーたちへと向き直った。

 

 

「今おねーちゃんに向けて言った人、前に出てきなよ。声と顔は覚えたから、来ないならこっちから行くけど」

 

 

 そう言って彼女はインベントリから予備の短剣を取り出すと、スタスタと歩き始めてしまった。咄嗟に止めようと思った紗夜の手が空回り、慌てて踏み込んで腕を掴むことで日菜の歩みを止める。

 

 

「離しておねーちゃん」

 

「駄目よ。私は気にしないから止めなさい」

 

「命がけの行動を否定した人を、あたしは許せない」

 

「今ここで事を荒立てるのは絶対に駄目」

 

「だってっ!」

 

 

 日菜が紗夜の方へ振り向き、叫ぶ。

 

 

「おねーちゃんのおかげで助かったのに恩知らずにも程があるでしょっ! そんな恥知らずな人とこれからも攻略を共にしようだなんて全然思えないよ! おねーちゃんは違うの!? 背中から刺されるかもしれないのに、一緒に戦えるの!?」

 

 

 彼女の叫びは、プレイヤーたちの心を深く抉っていった。

 

 始まりは誰かの一声だったが、それに釣られて恩人に対してあらぬことを口走ったという行為は、それこそ糾弾されて然るべきものだろう。現に日菜の怒りを煮詰めた一連の発言は尤もであり、またそんなプレイヤーと共に戦えるかと言うのは各々にとっても突き刺さる言葉だった。

 

 何処かで妥協し、互いに信頼しあっていかなければならない。それなのに、一時の感情に身を任せて人として最低な行為に走り、最終的には攻略組そのものの疑心暗鬼へと繋がる寸前だった。

 

 予想外の事態に始まり、ディアベルの告解を挟み、日菜の叫びを目の当たりにする。この短時間でプレイヤーたちの情緒はぐちゃぐちゃであり、最早指一つ動かすことすらままならなくなっていった。

 

 

 その様子を見た紗夜は日菜の言い分が伝わったことを悟り、一先ずは安堵した。それから妹を宥め、どう治めようかと思考を巡らせた矢先

 

 

「フードで隠してる奴の言い分なんて聞けるかよ!」

 

 

 懲りずにそんな野次が飛んできた。これには思わずこめかみを抑えたくなった紗夜だったが、ワンテンポ遅れてバサッという音を耳にして訝しんだ。

 

 それは何の音だったか。布か何かを取り払ったような音が聞こえた気がした。

 

 

(……まさか!)

 

 

 紗夜が思い至り、音の発生源へと目をやる。

 

 

 事情を知るキリトが目を見張り、事情を知らないアスナが感心した。

 

 

 リアルでの正体を知っていたエギルが、信じられないものを見たと言わんばかりに口をあんぐりと開けていた。

 

 

 βテストの時から知っていたディアベルがこれまでの事態とフードを被っていたことに納得し、事態に置いていかれていたキバオウが初めて見るその姿に見蕩れていた。

 

 

 彼女を知る者、知らぬ者問わず、全ての視線を釘付けにしたその中心にいる少女は堂々と立っていた。

 

 

 ──氷川日菜が、その恵まれた可愛らしい容姿を白日の下に晒していた。

 

 

「知ってる人は知ってるよね。あたし、SAOとタイアップしていたアイドルグループの一員だし、何ならβテストにもお邪魔してたよ。これであたしが何者か分かったでしょ? だから文句は言わせない。おねーちゃんを批難する人は、あたしが絶対に許さないから」

 

 

 見る者を魅了する存在が、絶句する面々を前にそう言い放つ。身元が割れたことで信用に値すると決定づけ、反論の余地を残さず封殺する。元々無理のある糾弾だったので、誰一人として日菜に意見することは出来なかった。

 

 力技ではあるものの、あっという間に場を掌握して一方的に事を治めてしまう。一触触発の状態から何とかなったことに対して後方からキリトらが胸を撫で下ろしたのが分かった紗夜だったが、彼女には別の懸念事項もあった。

 

 

(日菜が身バレしたのなら、私もそうするべきかしら。日菜と共に行動している人物の信用の有無は、日菜自身にも影響してしまうだろうから……)

 

 

 そう考慮した紗夜だったが、そんな彼女の心配を他所に日菜の言葉尻を捕らえたプレイヤーが思わず声を上げる。

 

 

「な、なぁ……ヒナちゃんが『おねーちゃん』って呼んでたってことは、もしかしなくてもそうなのか?」

 

 

 遠慮がちに告げられた言葉に、皆の視線が日菜の腕を掴むもう一人のフード姿へと向けられる。はぁ、と一つ大きなため息を吐いた紗夜は、良い機会なのかもしれないと開き直りの様相を呈した。

 

 日菜と違って丁寧に、それでいて何処か優雅にフードが取り払われる。その姿は可愛らしい妹とは逆に、鋭い美しさを感じさせる容姿だった。

 

 

「この際だから言ってしまいますけど、私はこの子の姉の紗夜です。もし日菜に言いたいことがある方は、まず私を通してください。良いですね?」

 

 

 言外に「次は無いです」と込めてやけくそ気味に睨みつける。何だかんだ言って中傷されたことに対する怒りが募っていたのか、毅然とした態度を取った。

 

 

 妹に正論を叩きつけられ、姉に蔑まれる。何かに煽動された様に騒ぎ立てていたプレイヤーたちは一様に口を閉ざし、姉妹の姿を直視できなかった。皮肉にも、βテスターたちを糾弾しようとした結果が自分たちの浅はかさを露呈させただけであり、βテスターたちを悪く言う資格も無ければそんな場合では無いと気がつく羽目になった。

 

 そんな情けない面々を尻目に、姉妹は申し訳無さそうに俯くディアベルを一瞥すると攻略組に興味をなくしたのか、キリトらの方へと近寄っていった。

 

 

「良いのか?」

 

「仕方ないでしょう。身バレを避けようとして変に恨みを買うよりは、正体を明かしてしまえば逆に手を出しづらくなるかもしれませんし」

 

「二人って有名人だったのね」

 

「私ではなく日菜が一応アイドルですから。テレビにも出てましたし、それで知ってる方も多いのかと」

 

「βテスターの人たちならあたしが誰か一発で分かるはずだしね」

 

「まさかパスパレのヒナちゃんだとは思わなかったぜ。かみさんがファンなんだ、生きて帰れたならサインくれないか?」

 

「いいよー。その時はエギルさんの家に郵送すればいい?」

 

「いや、ウチは喫茶店を経営し始めたところだったんだ。残っていれば、コーヒーの一杯でもご馳走したいから是非寄ってくれ」

 

「「喫茶店?」」

 

 

 エギルが喫茶店を開いていたことに姉妹の声が重なる。

 

 

「なんだ? 喫茶店、好きなのか?」

 

「ええ、まぁ。行きつけのお店がありますので」

 

「コーヒーの味にはうるさいよ?」

 

「おう、期待してくれて構わないぜ。と言っても、ここから生きて出られて店が潰れてなければだがな」

 

 

 巨体の漢が遠くを見つめる目をする。つられて紗夜たち4人もそれぞれの思い出を振り返り、やがて前を向き始めた。

 

 

「行くか、第二層」

 

 

 キリトが告げる。アスナが頷き、紗夜が目を瞑り、日菜が胸を張る。

 

 

「先に行くのはアンタらに任せる。俺たちは後始末してから追うことにするぜ」

 

「その、よろしくお願いします」

 

「なーに、嬢ちゃんたちは間違っちゃいねぇ。後のことは大人に任せて、堂々としてりゃいいのさ。また会おうぜ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 攻略組の惨状、その後始末をエギルが引き受けてくれるとのことで紗夜が礼を言う。エギルはニカッと人の良い笑みを浮かべたかと思えば、パーティーメンバーを引き連れて項垂れるプレイヤーたちに焼きを入れに行った。

 

 その姿を見届けた4人は、誰からともなく前に向かって歩き始めた。歩幅はバラバラだが、速度と向かう先が同じだった。

 

 

「フロアボスを倒すと、その奥に《転移門》ってのがある。それをアクティベートすることで次の階層に転移するのと同時に、それ以降は転移碑で自由に行き来できるようになるんだ」

 

 

 回廊を歩きながらキリトの解説が入る。しかし何か気になったのか、アスナが別の話題を口にした。

 

 

「そう言えばキリト君、ラストアタックボーナスって何だったの?」

 

「……バレてたか」

 

「バレるも何も、隣で戦ってたし」

 

 

 目敏いアスナの発言に、キリトが残念がる。それを聞いた紗夜と日菜は、彼ならラストアタックボーナスを取りに行って取ってくることも不思議では無いと思い、そこまで驚くことはなかった。

 

 それよりも、キリト曰く一品物の正体が気になっていた。催促こそしないが、アスナの発言に乗っかる形で興味ありげな視線を送る。やがて観念したキリトが歩は止めずにインベントリを操作し、漆黒のコートを身に纏った。

 

 

「防具でしたか」

 

「結構いい奴だよ。場合によっては今後防具の更新は必要ないかなってくらいさ」

 

「思ったよりも動きやすそうだね、それ」

 

「耐久力も十分あるが、何よりも軽いんだ。剣振り回しても邪魔になるような装飾も無いし、当たりで間違いないな」

 

「キリト君、真っ黒ね。地毛も黒いし、黒の剣士って呼ばれるんじゃないかしら」

 

「悪くないな。つっても、そういう二つ名って何が定着するか分からないから何とも言えないが」

 

 

 何はともあれご満悦なキリトである。そんなに良い代物なら自分たちも入手を狙った方が良いのかと3人は悩ましく考えたが、それで無理してディアベルみたいなことになるのは本末転倒なので、結果的に取れたら美味しいくらいに思っておくことにした。

 

 

「そういや、第二層についたら二人はどうするんだ? アスナは俺に付いてくると言ってたから聞かないけど」

 

「日菜が体術スキルの会得に拘っているので、まずはそれかと」

 

「あー、アレかぁ。面倒なんだよなぁ」

 

「変な人に絡まれる前に済ませておきたい、といった感じです。そちらは?」

 

「アスナが良ければ、まずは探索かな。第一層の時もそうだったけど無視できないレベルで変更点が存在しているし、何よりも第二層フロアボスの情報が手に入るかもしれない。その上で余裕があったら体術スキルを取りに行くのもアリかな」

 

「風呂付きの宿屋は探してよね?」

 

「……善処します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 約1ヶ月かかったアインクラッド第一層攻略。それを成し遂げた功績は素晴らしいものであり、同時にプレイヤー間の問題も浮き彫りになった。

 

 しかしその様なしがらみとは無縁の、一騎当千の精鋭たちは前を向いて進むことを選んだ。振り返ることなく、攻略することが何よりも希望であると信じて突き進む。

 

 少年少女のたくましい姿は、他のプレイヤーたちにとっては眩しいものだった。気負い過ぎた者、任せ過ぎた者、余裕の無い者たちからすれば、その在り様は例外なく羨ましく思ったことだろう。

 

 

 

 ──だがSAO事件は、まだ始まったばかりに過ぎない。

 

 

 

 

 







色々あったけど簡易想定

〇ディアベル救出
原作では彼が一人突出していたのとキリトも叫んでからの介入だったので、叫んでいる間に突撃開始と武器変更の可能性が考慮されていた分だけディアベルが孤立せずに間に合ったという感じ。それでも空中迎撃だから全然生易しくは無い


〇日菜の決断
あのまま二人で突撃していたら横並びで野太刀の刀身を同時攻撃せざるを得ない上に、浮かされるディアベルが邪魔でそのスペースが無いと咄嗟に判断。遠距離攻撃手段を持たない紗夜を先に行かせ、自身は投擲でどうにかするしかないという苦肉の策。つまりミスったら姉が死ぬので極限状態。投擲イメージは某ギアス終盤の核弾頭消滅の際の槍投げ、あっちもミスったら死んでる。そりゃ泣く。一応右投げ


〇エギルのかみさん
イヴ最推しの箱推し。この設定が活かされることは恐らく無い


〇フロアボスさん
媒体によって《コボルト・ロード》なのか《コボルドロード》なのか違うせいでどっちだよと無駄に悩まされた。今回は後者を採用


〇身バレ
日菜ぶち切れ。そりゃ命張った行動を仇で返されれば怒る。以降、姉妹がフードを被り続けることはないものの、無駄な接触を極力避けるというのはしばらく継続


〇ビーター&ソロ回避
要は戦力的にキリトが3人いるも同然なので原作よりも遥かに当人の負担軽減。後者はSAOIFでもアスナが付いて行ってるのでその名残。ビーター回避もそうだが、本命は別だったりする。ネタバレはちょっと我慢して欲しい



後は閑話を2つ投稿して今回の毎日投稿は終了です。その先も執筆中ですが、最低でも1~2か月はお時間いただくことになると思われます。ご了承下さい

また、今話投稿をもって《BanG Dream!》タグを追加します。それに伴って中身は変わりませんがタグの整理を行いました。何かぐちゃぐちゃしてたんで削れる奴削った感じです。《原作死亡キャラ生存》のタグってそうだとして必要なのかな……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。