夜を日に継ぐ 作:百三十二
お久しぶりです(?)
この1か月ちょいこのサイトを見て回ったりSAOIFをプレイしたりしてたのですが、まぁ、気長に気楽にやろうと思いました。
第二層の攻略を終えた直後の第三層からのスタートになります
深緑の出会い
「本格的な森林地帯だわ……」
アインクラッド第三層。第二層のフロアボスを攻略し、足を踏み入れた私達を待ち受けていたのは見渡す限りの木々だった。第一層でもホルンカの森や西の森等は存在していたが、この第三層の森林はもっと幻想的な雰囲気を漂わせている様に感じた。
「第三層はフロア全域が森だよ。かなり生い茂ってるし、出てくるモンスターもトレントっていう木のやつとかだし」
「こうまで木々に囲まれると、最早樹海としか思えないわね」
「それとね、おねーちゃん。この第三層からは《エルフ戦争キャンペーンクエスト》ってのが展開されるんだ。しかもこのクエストがすんごい長いみたいで、なんと第九層まで続く連続クエストなんだってさ」
「だってさって……あなたβテストの時にやったんじゃないの?」
「それがねー? エルフクエストは目玉の一つだからパスパレに案件としてプレイしてもらうつもりだったらしくて、βテストの時は許可が降りなかったんだよねぇ。だからあたしも内容は全然知らないんだ」
「そうなのね」
日菜も詳細を知らないというエルフクエスト。しかしβテストの時からこの辺の階層の目玉とされていたのだから、フロアボスに関する情報が用意されている可能性は高いはずだ。創り手としてはプレイヤーにやってもらいたいが為に誘導までしているそうだから、このエルフクエストの中に色々と組み込まれていると想像がつく。
私達にこれをやらないという選択肢は、攻略という観点から見ても存在しなかった。
「で、どうすればそのエルフクエストは始まるのかしら?」
「勝手に始まらない様にって、スタートだけは教えてくれたからね。森の中をすこーし進めば始まると思うよ」
「それなら、早速進みましょうか」
「あ、でもこの辺って《迷い霧の森》って呼ばれてて、度々ミニマップが点しか機能しなくなる程の濃霧に襲われるから注意だよ。パーティーを組んで近くにいれば大丈夫だとは思うけどね」
日菜の注釈に応じつつ、比較的慎重に森の中を進んでいく。
第二層攻略直後ということもあり、攻略組以外がたむろしてる気配は無い。キリトさんとアスナさんの二人も攻略に乗り出しているはずだが、日菜の言う濃霧の問題で森の深いところでは他のプレイヤーと合流できない可能性も視野に入れておく。
「あ、ほら霧が出てきたよ!」
「何であなたはそんな楽しそうなのよ」
「え? 何かもやもや〜とした霧って、こう何が起きるか分からなくてドキドキしない?」
「しなくはないけど、したくはないでしょう? 嫌よ、無駄に危険な目に遭うなんて」
「それもそっかぁ。じゃあ大人しくやり過ごそっと」
「そうしてちょうだい」
徐ろに深くなっていく霧を見て日菜が緊張感のない発言をするので釘を差しておく。納得してくれた様で、私の右腕を掴みながら隣でジッとしているらしかった。
あまりの濃霧に、隣に立っているはずの日菜の姿すら視認しづらくなる始末だ。これは事前に知らなければ一人孤立してしまう恐れもあるのではないかと思い、今更ながらβテスト時の情報が極めて重要であることを再認識した。
「あ、左からトレント来てるよ」
「何で分かるのよ」
「や、霧が深くなると何か出てくるのが定番だったからさ。彩ちゃんとか物凄い怖がってたしね、変なところ触られたーって」
「……本当に何か来たわね」
日菜の言うことを信じて耳を澄ませてみれば、右側からパキパキという乾いた何かが折れたり擦れたりする音が聞こえてきた。木の枝が鳴らす音は存外分かりやすく、一度聞こえてしまえばこちらのもの。音の響き方からも木のモンスター《トレント》の動きは非常に緩慢であると予測が付き、霧の中とはいえども索敵に成功している日菜からの攻撃を受けて砕け散っていった。
「集団で襲われたら流石に厳しいわね」
「そこは詰みにならない様に調整されてると思うよ。βテストの時も霧が晴れた際に囲まれてることはあったけど、霧が出てる間に複数の敵に直接襲われたことは無かったし」
「それなら、迂闊な行動さえ取らなければ霧に悩まされることはなさそうね。立ち止まれば迷子になることも避けられそうだし」
そんな会話を続けながら30秒ほど待機していると、足下すら見えなかった濃霧が嘘の様に消えていく。ゲームだからとはいえ、あまりにも早すぎる霧散の仕方に思わず苦笑いを禁じ得なかった。
さて、霧が無くなったということで当初の目的であるエルフクエストを開始するべく、迷い霧の森をやや北上していった。すると分かりやすいことに、剣と剣のぶつかり合う金属音がはっきりと鼓膜を揺らした。
音の発生源へと駆けつけてみれば、ファンタジーで言うところのエルフの男性とダークエルフの女性が剣戟を交わしていた。どちらが優勢という事はなく、戦いの趨勢は拮抗している様に見える。両方の頭上にクエストアイコンが出ていることから、どちらか一方を選べとのことだろうか。
しかしエルフの男性とダークエルフの女性、その両名についてこれ以上の情報は一切持ち合わせていない。どちらが推奨されるのか、アルゴさん辺りに聞いておけば良かったかと勇み足気味だったことを少し後悔した。
とはいえ、クエスト自体は発生してしまっている。後戻り出来るのかどうか分からないが、片方に加勢するという形なのだからそうするということはこの場を一度見捨てるということと同義では無いだろうか。
そんなことを考えた私は、自身で選ぶことは出来ないと踏んだ。なのでいっそのこと日菜に丸投げしてしまおうと思い、訊ねることにした。
「エルフの男性とダークエルフの女性、日菜はどっちの味方になりたい?」
「んー」
悩むような声を上げた日菜は、前方で戦う二人の姿を顎に手を当てつつ遠巻きながらマジマジと見つめる。そして然程時間をかけずに結論を出してきた。
「女の人の方かな! 何かビビッと来たし!」
「分かったわ。なら早速……!」
日菜の判断に従い、ダークエルフの女性に味方する。そう決めた途端に偶然か否か、その女性が攻撃を捌ききれずに膝をついたのが見えた。好機と見たか、エルフの男性が剣を振り下ろそうとするのが分かったので強引に割り込み、盾で防ぐ。
「人族の者だと!? 邪魔をするな!」
「誇り高きリュースラの民の戦いを汚すか!」
助けた側からも怒鳴られるとは思ってなかったが、形だけでも救出に成功する。
(これは……話を合わせた方が良いのかしら)
相手はNPCだと分かっているが、ここから話を円滑に進めるためにはそれなりのロールプレイが必要なのだろうか。何にしても、今にも殴りかかってきそうな剣幕の女性に対して味方であることを示さなければならなさそうだった。
「どっちが悪いとか知らないけど、こっちの女の人の方が楽しそうな予感しちゃったからね。エルフのお兄さんには悪いけど、帰ってもらうよっ!」
機転を利かせた日菜がエルフの男性に向かって突撃していく。私の盾と競っていた彼は想像以上に機敏な動きで後退し、日菜を迎え撃とうとした。それによって生まれた間を利用し、ダークエルフの女性との交流を試みることに。
「突然すみません。目の前で争いが起きていたもので、思わず止めに入ってしまいました」
「人族の助けなど要らん。と言いたいところだが……」
言葉を濁した女性は、視線をエルフの男性と戦っている日菜へと移した。日菜は男性の攻撃を躱しつつ受け気味に立ち回っている様だったが、思ったよりも強いのか攻めあぐねている様にも見える。
「人族の戦士にも、斯様に強き者がいるとはな。味方してくれると言うのなら、今はその手を借りたい。頼めるか?」
「勿論です。その為に来たのですから」
女性が私に対して協力を要請してくるので、これを快諾する。すると頭上のクエストアイコンが消え、どうやらエルフクエストが本格的に始まったようだ。エルフの男性の頭上を見てみればあちらもアイコンが消えていたので、これでどちらの陣営に属するかというのが確定したということだろう。
「ちょっとヤバいかもっ! おねーちゃん早く!」
日菜からSOSが飛んでくる。やはり思っていたよりも苦戦を強いられる戦いなのだろうか。ゲームとかではありがちな《負けイベ》では無いと思いたいが、果たして。
「ふっ……!」
ちょっとした覚悟を決めてエルフの男性に向けて突撃する。盾は持たず片手直剣のみの相手だが、レベルや敏捷性は負けているという前提で動く。
「「っ!」」
私が突っ込んでくるのが分かっていたのか、日菜がエルフの男性に強引な打ち込みを入れて隙を作る。直接的なやり取りはないがスイッチの形になる。剣を弾かれた男性の胴体を突き刺そうと剣を差し向けるが
「このっ! 人族風情がっ!!」
これまたかなり強引に上体を反らすことで突きを回避される。硬直が無かったのか、単に硬直とは関係ない部分を動かせたのかは不明だが、私たちの連携は失敗に終わった。
それだけに留まらず、エルフの男性は無理な体勢からバク転することであっさりと復帰してしまい、ステータスの高さを披露していた。
「いやぁ、この強さはちょっと想定外」
「どうしたものかしら」
「いっそ捌ききれないくらい同時にいく?」
「それが無難かしら、ねっ!」
隣に寄ってきた日菜と言葉を交わし、作戦を決める。提示された案を採用すると同時に駆け出し、エルフの男性へと二人で詰め寄る。
「ぬうっ……!?」
日菜が突き、私が斬る。同時攻撃に対処しようとした相手の苦悶の声が上がる。日菜の突きを避け、私の斬りかかりを剣で弾く。続けて日菜が短剣を器用にも逆手に持ち替え、薙ぐように刺そうと試みた。エルフの男性は刺される前に日菜の手首を掴むことで何とか防ぐが、その顔面に盾の殴打を食らわせることで一瞬だが怯ませることに成功する。
空かさず日菜が短剣を持たない方の手で体術スキルを発動し、腹部を殴打する。呼吸が止まるような一撃に男性の顎が上がったのを見て、私はその後頭部に右脚で回し蹴りを叩き込む。
「がっ……!」
良い感じにうなじへヒットし、男性の身体が前のめりになる。最早防御姿勢を取る余裕は無く、決定的な機会を生む。
「これでっ!」
「終わりよ!」
無防備な所に、二人同時に単発系ソードスキルを食らわせる。二人合わせてバツ字の軌跡を刻み、男性が声を上げる暇もなく吹っ飛んでいく。
手応え十分。例え倒せてなくとも致命傷は免れないはずである。
「ぐっ……貴様ら人族ごときに……」
「勝敗は決しました。無用な殺生は避けたいですし、逃げるなら追うつもりはありませんが」
「情けをかけるつもりかっ……!」
「これ以上出来ること無いんだから素直に帰ってってば」
「クソッ──」
言い募ろうとするエルフの男性を姉妹揃って一蹴すると、流石に不味いことは理解していたのか悪態をつきつつも撤退していった。状況確認だけ済ませ、周囲に別の敵がいないことを索敵してから武器を仕舞い、ダークエルフの女性へと改めて向き直る。
「驚いたな……手練だとは思っていたが、よもやこれ程とは。《カレス・オーの民》も精鋭だったが、そなたらは勝利を納めた。最早その実力に疑いの余地は無いだろう」
かなりの称賛の言葉に面食らいつつも、会話を試みる。
「その、ありがとうございます。私は紗夜で、隣が──」
「日菜だよ」
「サヨにヒナか。改めて謝辞を。私の名は《キズメル》、誇り高き《リュースラの民》の戦士だ。時に二人は姉妹なのか?」
またしてもNPCにしては柔軟な会話能力に驚きを隠せない。まさか姉妹であるかどうかを聞かれるとは露も思わないだろう。
「え、ええ……私とこの子は双子の姉妹ですが。それが何か?」
「気を悪くさせたならすまない。単に気になっただけだ」
「いえ、そういうことはありませんが」
「なら話を戻そう。そなたらは人族の戦士と見たが、何用があってここに立ち寄った?」
「この森を抜けた先にある迷宮区を抜けてフロアボスを倒し、より上層へと赴くためですが……」
「フロアボス……なるほど、《守護獣》か。そなたら召喚されし異界の人族は《天柱の塔》を解放するべく、守護獣と戦う使命を持つと聞く。その過程で私を助けてくれたと言うことだな」
「そんなところです」
(フロアボスを守護獣って言い換えたし、そういう設定なんだろうね。天柱の塔って要はアインクラッドのことでしょ?)
(だとは思うけれど。余りにも会話がスムーズ過ぎて思考が追いつきそうに無いわ)
(会話はおねーちゃんに任せちゃうから、内容の整理はあたしが引き受けるってことで)
(役割を分けた方が無難かしらね。それでいくわよ)
(おっけー)
「して、私としては助力してくれたことへの褒賞を与えたいところなのだが、如何せんその様な持ち合わせもなければ余裕もない。急ぎで無ければ後日、改めて礼を言いたいが……代わりと言っては何だが、話せることであれば話そう。それがせめてもの誠意だろうからな」
「ではお言葉に甘えて。何故エルフの男性と争っていたのですか?」
「ふむ、それを答える為には我らリュースラの民について語らねばならぬが、それでも構わないか?」
「はい、構いません」
「そうか……。まず簡略的に言えば、我らリュースラの民と先ほどのカレス・オーの民は長年に渡って《秘鍵》を巡り争ってきた」
「その秘鍵というのは?」
「我々はそれぞれの《聖大樹》から生命を授かり、繁栄してきたとされている。そんな誇り高きリュースラの民の間では《聖堂》という存在が伝承として受け継がれてきた。秘鍵とは、その聖堂を開放するためのものだという言い伝えがある」
「では秘鍵を巡ってというのは、聖堂を開放するために?」
「カレス・オーの民はその様だが、我々リュースラの民は開放を望まない。聖堂を開放してはならないという言い伝えが存在しているからだ。尤も、その理由や聖堂に関する詳細な伝承については代々王族の方々にのみ伝わっており、私のような戦士にとっては知る由もないがな」
「そうなると、キズメルさんが戦っていたのはその秘鍵を守っていた、ということでしょうか」
「察しがいいな。戦士としてだけではなく頭も回るのか。そなたらが我々に味方してくれるというのは、まさしく僥倖なのだろうな」
そう言って、キズメルさんは懐に手を入れて何かを取り出してきた。その手に握られてのは、鮮やかな翡翠色の鍵だった。
「これがこの階層の秘鍵、《翡翠の秘鍵》だ。《大地切断》以来、私はこれがカレス・オーの民の手へ渡らぬように守護する役目を担っていたのだが、最近になって向こうの動きが活発になってきてな。このまま封印しておくよりも、より安全な上層へと運ぶ方が良いと女王陛下がご決断なされた。そうして任務を承った私がこの秘鍵を回収した矢先に、あの様な事態に陥ったという訳だ」
(ごめん、大地切断って何? 想像つかないんだけど)
(聞いてみるしかないわね)
「話を遮ってすみません。その、大地切断とは何でしょうか?」
「む、そうか。異界の民には知らされておらぬ可能性を失念していた。
……その昔、一つの広大な大陸が存在していた。リュースラの民も、カレス・オーの民も、聖大樹も、ドワーフや人族を含む数多の民がそれぞれの文明を築き上げ、繁栄していた。小競り合い程度は常に起きていたが、各文明を滅ぼすレベルの戦争が起きることはなく、概ね平和だったと言えるだろう。
しかしある日、大陸全土における100の主要都市とその周辺が切り取られる様にして空へと浮かび上がり、大陸は無惨な形へと変貌を遂げ、それぞれの主要都市は一つの巨大な塔へと押し込められた。そなたらが解放を望む天柱の塔、その各層一つ一つはかつて大陸で繁栄を極めた文明の名残なのだ。今はもう、そのことを知り、なおも種を絶やさぬ文明は我ら二つの種族と、国が滅びようとも自治団体として生き残った各主要都市の成れの果てしかおらぬ。
大地切断の際に古代の魔法は全て失われ、その残滓の《まじない》程度しか使えん上にこれを扱えるのは伝承として残っている種のみ。そなたら人族には使えぬはずだ」
(ははーん? そういう設定だからプレイヤーは魔法とかが使えなくて剣で戦うのか〜。それに、各階層に主街区扱いの都市が存在する理由も大地切断の名残なんだねぇ)
(想像よりもスケールの大きい話でびっくりしたわ。でもまだ聞いておいた方が良さそうな話が残ってるのよね)
「お話は理解しました。その上で聞きますが、私たちが天柱の塔を解放しきった場合はどうなるのですか?」
「本当に察しが良いな。恐らくそなたが危惧している通り、天柱の塔が解放されると全ての階層を支える魔法が消失し、バラバラに離散することだろう。だがそれは良いことなのだ。全ての解放を成し遂げた上でならば、また大陸へと戻るはずであり、それは大地切断以降も残り続ける者たちへの救済に他ならないのだからな」
(これあれだね、場合によっては秘鍵を守り抜かないとゲームオーバーになるやつじゃない?)
(何人のプレイヤーたちが同じクエストを受けていくと思っているのよ。流石にそんな仕様だったら破綻してしまうわ)
(でも多分だけど、クエストとは別に聖堂ってのは開いちゃ駄目なんだとは思うよ。探してみたい気もしたけど、そう思った途端猛烈に悪い予感しまくったから、絶対にやっちゃ駄目なやつだよ)
(……肝に銘じておきましょう)
(あーい)
キズメルさんから概要を聞かされ、日菜と解釈する。エルフクエストのスタートからいきなり容量の大きい情報が入ってくるものだから、少し休んで整理したい気持ちもある。
そもそも、第二層フロアボス攻略に際しては中心的な働きをした訳でもなく、強化詐欺事件を解決したキリトさんや当事者らの頑張りに依るところが大きい。ではあるのだが、攻略に参加したことには違いないので精神的な疲労は溜まっていた。
そこに来て短期決戦ながら先の戦闘と、この情報量だ。宿を探して休みたくもなるものだろう。
「お話は分かりました。して、キズメルさんはこれからどうなさるおつもりで?」
「本来であれば私が翡翠の秘鍵を、この階層に遠征なさってる司令官殿のもとへと護送する予定だった。しかし先ほどのカレス・オーの民たちの動きを見過ごすわけにもいくまい。エルフのまじないは、同じエルフ種である我々でなければその痕跡を追跡することは叶わぬ。
故にそなたらにこの秘鍵を、《女王蜘蛛の洞窟》で落ち合う予定になっている司令官殿の所へ護送しては貰えぬだろうか」
「私たちが手に持っても平気なのですか?」
「戦いぶりや佇まいからして、私はそなたら二人が信ずるに値する者だと理解した。だからこれは命令ではなく、頼みだ。私の頼みを引き受けてはくれないか?」
何というか、真摯な人と会話している様な気分になる。胸に手を当て、目を真っ直ぐに見つめ返してくる。
当然、私はここで断るなどという恥知らずでは無いつもりだ。キズメルさんの手から秘鍵を受け取り、応じる。
「勿論です。命に変えてもとは言えませんが、貴女の心意気に応えられるよう尽力するつもりです」
「ああ、それで構わない。秘鍵は大事な物だが、失われさえしなければ取り返しはつくのだからな」
そう言って、キズメルさんは後ろを向いた。それなりに疲労が抜けたのか、エルフの痕跡を辿ろうと出発する気の様だった。
「女王蜘蛛の洞窟に行けば、その秘鍵を持つ者だけが通り抜けできる秘密の通路が見えるはずだ。司令官殿はその先にいらっしゃる手筈になっている。もし警戒されたとしても、私の名前を出せば信用を得られるだろう」
顔だけ振り向き、キズメルさんが微笑む。一時の別れだと、私たちはその背中へとエールを送った。
「ご武運を」
「また会おうね〜」
「ああ……では、頼んだぞ」
音もなく駆け出したキズメルさんの姿は、瞬きの間に見失った。後に残された私たちは、今まで喋っていた相手が同じプレイヤーではないのかと揃って顔を見合わせる。
あまりにも違和感なく会話が進行した。宿屋の女将さんらとは違い、かなりレベルの高い思考ルーチンが組まれているNPCということだろうか。AIとしての完成度が高く、本物の人間でも目指しているのかという具合だ。
もしかしたらこれが、茅場晶彦が目指した異世界の姿の一つなのだろうか。NPCを限りなく人間に寄せ、この世界の住人としての存在感を高める。高度に発達したAIは人間と見分けがつかず、ともすれば茅場晶彦にとっての現実はこちらの世界だという証左なのか。
初め世界の創造主というのは、神話上の神様にでもなったつもりかと憤った。しかしこれでは気取りではなく神そのものではないか。
そこに現実と仮想の境目は無い。本来あるはずの現実との線引きが虚構で塗り潰されていく。そして全てが虚構に塗り潰された時、それは虚構と言う名の現実では無いだろうか。
私たちは、思っていたよりもとんでもない世界へと招かれてしまったのではないか。薄ら寒い感覚を手にし、やけに冷たく感じる秘鍵を握る手に力が籠もる。
女王蜘蛛の洞窟へ向けて歩き出した私たちの間に、会話は無かった。
という訳で今章は第三層~第九層に渡って行われる《エルフ戦争キャンペーンクエスト》と、次話に登場する人物とのエピソードになります
特に変更が無ければ《三、五、九層》を描写し、第二層の様なダイジェスト版短編で《四、七、八層》を挟む形になります。第六層は全編カットですあしからず
また、今回は週一投稿とさせていただきます
※3/5付。八層も全カットです申し訳ありません