夜を日に継ぐ   作:百三十二

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ここからそこそこの期間、紗夜は弓がメイン装備になります




降り注ぐ火の粉

 

 

 

 ヒースクリフさんをパーティーに加えた翌日、私たちはエルフクエストの続きを行うべくキズメルさんを訪ねようと黒エルフの野営地に赴いた。迷い霧の森の奥深くの、それこそ迷宮区の手前に位置する野営地だが、他のプレイヤーと遭遇しないことに違和感を覚える。

 

 あまりにも無人過ぎる。NPCたちは居るものの、プレイヤーの姿が見当たらない。仮に攻略速度が早すぎたとしても、それこそキバオウさんやリンドさんの様な方々が通り歩きしてもおかしくないはずである。そう、疑問に思っていると

 

 

「何をそんなに気にしているのかな?」

 

 

 私の首を傾げる態度を不思議に思ったのかヒースクリフさんに声をかけられる。

 

 

「その、この野営地と迷宮区とは途中まで同じ道を辿りますし、他のプレイヤーの方が見受けられないのは何故なのかと疑問に思いまして……」

 

「それならば簡単な話だ。君たちはエルフクエストとやらを進行しているのだろう? であればこの野営地はクエストを進行している者やそのパーティーメンバーにのみ表示される《インスタンス・マップ》というものだろう。これまでにクエストを受けてから何らかの誘導を受けて見つけた道や広場は無かったかね?」

 

 

 その問いかけに答えたのは、記憶力の良さとそれを引き出すのが早い日菜だった。

 

 

「あったあった! ほら、第一層でコボルトを尾行した時の!」

 

「なるほど、あの道もクエストを受けていたから見えたと。そして今回もそれと同じ仕様ということですか」

 

「二人はあまりゲームに詳しくは無い様だが」

 

「そうですね。ゲーム特有の仕様には疎いかと」

 

「ふむ……私もそこまででは無いが、どうやら年の功の分だけ君たちよりは詳しいと言っても過言では無いらしい。露骨な口出しは避けるが、何か聞きたいことがあれば聞いてくれて構わんよ」

 

「では……遠慮なくそうさせてもらいます」

 

 

 ここは大人しくヒースクリフさんの進言を受け取る。不要な見栄を張る意味はなく、それでいてゲームに関する知識が不足しているというのはカストールさんの立ち回りと比較してもそうだった。

 

 私たちと同じくゲームに明るくないと思われるアスナさんにはキリトさんがいるのでその辺は大丈夫だろうが、私と日菜ではそうもいかない。一々アルゴさんに聞きに行くのも迷惑だろうし、ヒースクリフさんの言葉に甘える形で少しでも慣らしていくしかないだろう。

 

 

「さて、どうやらこの野営地は黒エルフ陣営を選んだ者のみが辿り着ける場所の様だ。もし森エルフを選んだ者が立ち寄れば、また違った景色に見えるのやもしれん」

 

「面白い話だよねー。同じ場所に立っているのに、目に映るものが違うんでしょ? ゲームがそうさせているってのは分かるけどさ、現実みたいな生活を強いられているからこそ変だなって思うよ」

 

「興味深い話だ。聞かせてもらっても?」

 

 

 日菜の言い草にヒースクリフさんが興味を持った。日菜は何の気無しに続ける。

 

 

「ゲームって縛りを外すことは出来ないのかなって。これは多分作った人の矜持っていうか、線引きしてる部分なんだろうね。大勢の人をこの世界に招待したけど、無差別に死なせてそれを観賞するなんて悪趣味なことが目的じゃないってのは、第二層までで確信が持てたよ。意地悪な部分はあるけどさ」

 

 

 そう。茅場晶彦の真の目的は不明なれど、私たちを弄んで殺害するなどというつもりが無いことは薄々感じていた。日菜もそれを前提に話を進めていく。

 

 

「でもさ。ゲームとして作っているのに、ゲームの中で現実と同じことを可能な限り出来る様にしてあるんだよね。食事と睡眠、どっちも仮の肉体じゃ必要無いのに、料理は作れるし寝床も用意されている。まるで現実と同じ様に生活してくださいって誘導されてるみたい」

 

「敢えて聞こう。日菜君の感じた矛盾とは何かね?」

 

 

 それまで周囲を見渡しながら口答していた日菜が、目線だけをヒースクリフさんへと流す。その態度は、日菜からすればヒースクリフさんがそんなことを聞いてくるのかという呆れが混じっている様にも見えた。

 

 

「ゲームとして作ったのに、ゲームとして作られていない所」

 

「ほう?」

 

 

 そんな日菜の即答に、ヒースクリフさんの目がぎらりと光った気がした。

 

 

「ゲームとして作ったってのは、都合が良かったからなんだと思う。これはあくまでもゲームだって銘打てば、最低限お約束とかあるし皆行動の目安が立てやすくなるからね。死なせるのが目的じゃなくて生かす必要があるなら、どうしても取っ掛かりを用意しないと成立しないし。最初に2000人もの死者が出ちゃったってことからも、これはそうだと思う。

 でもゲームとして作られていないってのは、この仮想世界を何か別のものに見立てようとしているのかなって。一昨日のキズメルさんとの会話とかそうだけど、現地の人と会話してる気分だったし、目指してるものは恐らく──異世界」

 

「神様気取りってことかしら」

 

 

 私の刺すような言い方に対し、日菜は言葉を濁した。

 

 

「あー、どうなんだろうね。言葉を選ばないで言っちゃえば、何か実験でもしてるんじゃない? その実験の場として選ばれたのが仮想空間で、実験を成立させるための手段がゲーム、そして実験の条件が限りなく現実に近いということ。ま、だから何がしたいかってのは分からないんだけどね」

 

「であるならば、ゲームでありながら現実を追い求め、それを成立させるためにはゲームでなければならない、ということかな?」

 

「そんなところかなぁ。身も蓋もない言い方しちゃえば妥協点だよね。ゲームである以上は全てを現実にすることは不可能だし、現実に異世界を誕生させるためにはゲームが必要。どんなに頑張っても100%完璧な異世界は実現不可能ってこと。だから矛盾してるって思ったんだ。この言い方だと矛盾ってよりは妥協の方が合ってる気はするけどさ」

 

「ならば日菜君。この世界を現実に対する異世界と捉えた場合、君はどうやって矛盾を取り払うのかな?」

 

「プレイヤー側の認識を変えちゃえば良いじゃん」

 

 

 その発言に、ヒースクリフさんが頷いた。

 

 

「その通りだ。これはゲームであるという認識が現実との齟齬なのだから、現実がゲームであるという認識にさせてしまえば良い。ゲームにおけるお約束の数々が現実における常識なのだと価値観を変えてしまえば、現実とゲームとで前提条件が同じになるだろう。そうすればゲームの数だけ異世界が存在することになる」

 

 

 尤も、と彼は前置きを挟む。その表情には自嘲が含まれている気がした。

 

 

「そんなことは不可能な上に、SAOに閉じ込められた人々の認識を強制的に変えたところで洗脳を施してるだけだ。それでは真の意味で現実に対する異世界とは呼べぬだろうさ」

 

 

 そう結論付けた彼は応答に満足したのか、明後日の方向を眺めることで会話を打ち切った。その横顔は少々切なく、何かを切望している様にも見えた。

 

 何が彼をそうさせるのかは分からないけど、日菜とのやり取りが何らかの琴線に触れたことには違いないのだろう。

 

 

 尤も、今の会話の真意が何処にあったのかは、私には分かりそうも無かった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「……何か騒がしくない?」

 

 

 黒エルフの野営地の入り口には誰かが立っていると聞かされていた私たちだったが、明らかに通常エリアとは違う雰囲気の空間を前にして首を傾げていた。

 

 立っている位置から先に拡がっている空間へと目を凝らしてみれば、これぞ野営だと言わんばかりの天幕らしき建築物が確認できた。つまりこの空間の先がキズメルさんや司令官さんの言っていた黒エルフ陣営の野営地のはずなのだが……立っているらしい見張りの衛兵の姿が見当たらなかった。

 

 これといった指定は無かったはずだが、時間によってはクエスト進行不可なのだろうか。その可能性が頭を過ぎった時、何かを聞き取ったのか日菜が疑いの声をあげた。

 

 

「何が聞こえたのよ」

 

「悲鳴とかじゃないけど、余裕の無さそうな怒声っていうのかな。切羽詰まった感じの声がした気がする」

 

「まるで非常事態じゃないの」

 

「事実、非常事態なのだろう。見たまえ」

 

 

 日菜の言を聞いた上で、ヒースクリフさんが顎で私たちの視線を誘導する。

 

 

「本来であれば拠点の見張りが一人や二人いるはずだと言うのに、如何なる理由で誰も居ないのか。例え客人を相手にする余裕が無かったとしても、見張りを配置しなければあらゆる伝達が行えなくなるだろう。敵の襲来を知らせる手段すら、だ」

 

「それを知りながらも見張りすら駆り出さなければならない事態、ということですか?」

 

「恐らくは。ならば考えられるのは一つしかあるまいさ。

 ──既に敵の攻撃が始まっている」

 

「「!!」」

 

 

 ヒースクリフさんの仮説に、最悪のシナリオを想定した私たちは二の句を告げずに駆け出した。天幕の見えるエリアへ向かって走り出し、無断侵入を気にする暇もなく突入に踏み切った。

 

 

「これは……っ!」

 

 

 そうして侵入した私たちの目に映ったのは、思ったよりも開けた空間であったことと、この空間の至る所に設置されている天幕の数々が火の手をあげて燃え盛っている光景だった。

 

 ヒースクリフさんの仮説は当たっていて、まさに敵の襲撃に出くわした形になる様だった。

 

 

「ふむ、あまり嬉しくはない予想が的中してしまったか」

 

「余裕見せてる場合じゃありません! 日菜!」

 

「多分あっち!」

 

 

 焼け続ける天幕群の中を、火傷する程の熱量に囲まれながらも奥へと進んでいく。大人の余裕を見せるヒースクリフさんは置いといて、これだけ派手な焼き討ちにあっている割には黒エルフと襲撃側両方の姿が見当たらない。既に襲撃は終わっており、もっと奥へと避難してるだけなのだろうか。

 

 

「何奴!? 人族が土足で踏み入って良い場所ではないぞ!」

 

 

 と思いきや、運良く火の手を避けていた天幕の陰から一人の黒エルフが飛び出してきた。警戒心を隠すことなく、手に持った槍を突きつけて威嚇してくる。

 

 

「キズメルさんの紹介で来た者です! 一体何事ですか!」

 

 

 それに対して私はキズメルさんの名前を出すことで立場を示してみる。嘘を言っている可能性を否定しきれない為に、この発言だけで信じてもらえるかは怪しかったが時間が惜しい。駄目でも通してもらう他ない。

 

 

「おお、彼女の知人でしたか! 助太刀とはありがたい!」

 

 

 だが堂々とキズメルさんの名前を出したのが功を奏したのか、それとも単にシステム的に認知されただけなのかは不明だが、この黒エルフの男性は私たちを味方と認識してくれたようだ。

 

 

「つい先刻、森エルフの密偵が紛れ込んでいたのです。卑劣にも密偵は姿を変えて閣下に近づき、油断を誘ったところで閣下を害して秘鍵を盗み出そうとしたのです」

 

「しかし何故、こうも火の手が?」

 

「密偵を逃がすために森エルフ共が援護しに来たのでしょう。事実、混乱に乗じて密偵の姿を見失ってしまったのですから」

 

「今も敵襲が?」

 

「はい。森エルフ共の襲撃を鎮圧しきれず、消火活動もままならないのが現状です」

 

 

 最低限聞きたいことは聞き出せたので、時間的余裕は無いと判断して即決する。まさか本当に襲撃というイベントが発生するのかということに少し驚きつつも、それを表にすることなく声をあげる。

 

 

「見た感じ、火災に巻き込まれた方はいない様なのでキズメルさんたちの援護に向かいます! 案内をお願い出来ますか?」

 

「勿論です。こちらへ!」

 

 

 日菜とヒースクリフさんが頷いたのを横目で確認しつつ、名も知らぬ黒エルフの男性の案内に従って野営地の奥へと入っていく。道中、燃え続ける天幕だらけで野営地周辺の樹木へと火移りしかけているのを見た。通称に《森》と入っている森エルフたちが樹木を顧みずにこんな作戦を実行したとしてもやり過ぎなくらいだ。

 

 森エルフの実態は分からないまでも、選ばなかった方の陣営がこうも極端なムーヴを取ってしまうのかと、些か妙に思えた。

 

 

 そんな私の内心を他所に、真っ赤に染まる野営地を奥へと走ること僅か数分足らず。少々奥まった所に、一際異彩を放つ大きさの天幕が見えてきた。あれが《閣下》とやらの天幕なのだろう。

 

 流石にここまで来ると、火が燃えゆく音とは別に複数の剣戟と怒声がはっきりと耳に入ってきた。

 

 また、最早小さな戦場と化した野営地の奥地の、その奥の方に見知った黒エルフの姿があった。言うまでもなくキズメルさんだ。彼女も彼女で森エルフの一人と戦っており、遠目に見ても分かるくらい苦々しい表情は戦況の悪さを表していた。

 

 

「──っ!」

 

 

 この戦況を覆すにはキズメルさんや先日の司令官さんに指揮を取って貰うのが一番だろう。故に私は姿が見えた時点で足を止め、弓を構えて狙いをつけ始めた。ターゲットは勿論、キズメルさんと対峙する森エルフだ。

 

 

「何っ!?」

 

 

 比較的素早く放たれた矢は練習の成果か、直撃こそせずとも森エルフの頬を掠めることで気を逸らすことに成功した。予想だにしなかった方向かつ索敵範囲外からの攻撃は実に効果的だったのか、一瞬すら気を緩めることが許されない戦場において致命的な隙を生み出せた。

 

 

「勝機! はぁっ!」

 

「ぐぁっ!?」

 

 

 それを見逃すキズメルさんでは無い。事態の把握よりも目の前の敵を退けることに注力した彼女の反応は著しく、露骨な隙を晒した森エルフの胴体を袈裟斬りで深々とえぐった。

 

 

「隙あり!」

 

「さらばだ」

 

 

 一連のやり取りの間に止まることなく距離を詰めていた日菜とヒースクリフさんが追撃を加える。二人のソードスキルを無防備に食らった森エルフは断末魔の叫びをあげることもなく、一瞬にしてその姿を散らしていった。

 

 

「すまない! ご助力感謝する!」

 

「どうしたら良い!?」

 

「奥にいる司令官殿の援護を頼む! ここは私が指揮を取る!」

 

「分かった!」

 

 

 キズメルさんが謝辞を述べ、日菜が指示を仰ぎ、方針が決まる。

 

 

「増援が来た! 戦況は我らリュースラの民に味方してくれたぞ! 誇り高き戦士たちよ! もうひと踏ん張りだッ!!」

 

「「「おおおおおおおお!!!!」」」

 

 

 場の流れが変わったことを感じ取った黒エルフたちの士気が上がり、手の空いたキズメルさんが各個援護に赴き始めたことで戦況は覆りそうだった。数的有利が次第に取れそうなので、私たちは頼まれた通りに更に奥へと走る。

 

 

 先頭をヒースクリフさん、その後ろを日菜と私の順に陣形を取る。最も偉い人がいますと言わんばかりの天幕は未だ火の粉が移っておらず、たった一つの剣戟の音だけが響いてきた。

 

 恐らく片方は、一昨日に女王蜘蛛の洞窟で出会った黒エルフの司令官さんだろう。となるともう片方が敵なはずなので、戦闘へ介入する際に迷うことは無い。

 

 

「司令官さん!」

 

「むっ、其方らか!」

 

 

 介入前に一声かけると、鍔迫り合いの最中に目線だけこちらに向けて私たちを認識する司令官さん。余裕は無さそうだが、援軍の到着を察したのか心なしか表情に笑みが浮かんでいる様に見える。

 

 

「私が受けよう」

 

「助かるっ!」

 

 

 黒エルフの司令官さんと森エルフの間にヒースクリフさんが割って入る。今この場にいる面子の中で盾を装備している彼が適任なのもあり、司令官さんを半歩後ろに下げることが出来た。

 

 

「何者だ貴様らは!!」

 

 

 唐突な事態に、私たちに向けて怒りをぶつける森エルフ。その姿に私と日菜は、どことなく既視感を覚えた。

 

 

「あなたは……もしかしてあの時の森エルフですか?」

 

「森エルフの精鋭さんだ!」

 

 

 私の脳裏に呼び覚まされた記憶は、キズメルさんと出会った時のことだ。もっと言えば、エルフ戦争キャンペーンクエストを開始しようとして黒エルフと森エルフの戦闘に介入し、森エルフの精鋭を追い払った時だ。

 

 あの時、日菜一人では厳しいからと二人がかりで挑んで撃退した精鋭さんと姿が酷似していた。モブ扱いのグラフィックではなく、森エルフ版のキズメルさんポジションのキャラクターだからか専用のものが用意されている。その為、他の森エルフと違って見分けがつき、こうして思い出すことが出来た。

 

 

「貴様らの様な人族の小娘なぞ知らん! 邪魔だてするなら斬り捨てるまで!」

 

 

 しかし、お相手は怒鳴り散らかすだけで私たちと面識は無いと言う。私と日菜の二人共が見間違えるとは考えにくいし、つい一昨日の出来事を忘れるというのも幾らNPCとはいえあり得るのだろうか。

 

 大体、私たちプレイヤーと違ってNPCが受けた傷の扱いはどうなっているのか。重傷を負わせたはずだが、こうも早く戦線復帰はおろか精鋭たる司令官さんと互角以上に戦えるものなのだろうか。

 

 姉妹揃って目の前の森エルフに向けて、疑問の眼差しを突きつけた。

 

 

「チッ……流石に劣勢か」

 

「逃しませんよっ」

 

 

 一頻り怒りを発散させて冷静になったのか、森エルフは撤退しようとする素振りを見せた。即座に弓を構えて牽制するが

 

 

「くっ……人族ごときがっ」

 

 

 狙われたことに気がついた森エルフは素早く身を捩って回避した。

 

 

「ッ──!」

 

 

 即座にヒースクリフさんが距離を詰めて縦に一閃する。

 

 

「舐めるなぁぁぁっ!!」

 

 

 だがそれすらも剣で弾くことで退けてみせた。それだけでなく、弾いた反動で後方へと大きく下がり、勢いのままに跳躍しては森に生い茂る樹木の枝の一本へと跳び移ってみせた。

 

 

「はっ、この程度で──」

 

 

 ──ヒュン

 

 

 逃げを確信した森エルフの台詞が中断される。

 

 

「あちゃー……避けられちゃった」

 

 

 何故なら、日菜が投擲スキルで投げた短剣がその頬を掠め、ツーっと血を流したからだ。

 

 日菜はヒースクリフさんに続くことなく、森エルフが後方へと撤退することを見越して攻撃を置いておいたのだった。残念ながら直撃とはいかなかったものの、行動をある程度先読みされていたという事実を森エルフに対して突きつけることに成功し、こちらを見下していた表情を歪めさせた。

 

 

「……」

 

 

 その後、森エルフの顔に出た感情は恐怖や怒りではなく『無』だった。何を思っているのか読み取ることは出来ないが、先程までと違ってこちらへの警戒度を上げた可能性はある。

 

 果たして何を考えていたのか、それを見せることなく森エルフは樹木の枝から枝へと跳び移りながら、この樹海の何処かへと去っていった。

 

 

 こうして、森エルフたちによる黒エルフの野営地襲撃事件は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「改めて礼を言わせて欲しい。此度の件、誠に感謝している」

 

 

 森エルフによる思わぬ襲撃にあった黒エルフの野営地。焼き討ちによって陣を張っていた天幕は悉くが使い物にならなくなり、最早野ざらしだった。

 

 その中でも訳あって焼かれなかった、将軍閣下が陣取っていた天幕にて、騒動の鎮圧に貢献した紗夜たち3名は黒エルフの精鋭キズメルと上司の司令官の両名と面会していた。その場に、閣下と呼ばれていた黒エルフの将軍の姿は無い。

 

 

「偶々通りかかっただけですし、当然のことをしたまでです。それよりも、一体何が起きていたのですか?」

 

 

 司令官の謝辞を受けて紗夜が返事をする。それによってキズメルが傍らに立つヒースクリフへと目を向けるが

 

 

「彼は私たちの護衛を担ってくれている方です」

 

「ヒースクリフという。あまり私のことは気にしないで欲しい」

 

 

 簡易紹介に、ヒースクリフが合わせる。それを聞いたキズメルは

 

 

「そうか。承知した」

 

 

 とだけ告げて半歩下がった。この場では直属の上司である司令官が優先される様だった。それを見て取った司令官たる黒エルフの男性が重い口を開く。

 

 

「そなたらが届けてくれた秘鍵、それを上層へと持ち込むために将軍閣下がいらしていたのだ。しかし先程、秘鍵の護送の直前になって我々の中に潜入していた森エルフの密偵の手によって閣下は害され、秘鍵は奴らの手に落ちてしまった。それだけならばともかく、潜入していた密偵の逃走を手助けするべく森エルフ共は野営地を炎上させ、パニックをもたらしていったという訳だ」

 

「被害は」

 

「そなたらのお陰で、幸いにも犠牲者は閣下お一人のみだ。あのまま乱戦が続いていれば、恐らくは……。故に、実にありがたいタイミングであったことは確かだ」

 

「ですが、盗まれてしまった秘鍵はどうするおつもりで?」

 

 

 その問いかけに、司令官は自信を持って首肯した。

 

 

「無論、取り返す」

 

「どの様に?」

 

「キズメル」

 

「はっ。ここからは私が話そう」

 

 

 司令官からバトンを受けたキズメルが前に出てくる。

 

 

「密偵は我々リュースラの民へと変装するために“まじない”を使った。ならばまじないを使った痕跡が必ず残る。それを辿っていけば、少なくとも密偵の居場所は突き止められる。まずはそれからだ」

 

 

 キズメルの言に、彼女が説明を任された理由について3人は合点がいった。作戦を遂行する役割を与えられたのが彼女だったからだ。だから司令官は自分で説明しろと、キズメルに譲ったのだ。

 

 

「その痕跡というのは、私たちには分からないものなのでしょう?」

 

「基本的にはそうだな。そなたら人族はまじないを扱えないが故に、その残滓を感じ取る術を持たない。そなたたちを頼るにしても、痕跡を辿る為には私のようなエルフの同行は必須なんだ」

 

「心強い同行者ですね」

 

 

 紗夜の本心からの言葉に、キズメルの表情が少しだけ和らぐ。

 

 

「そう言ってもらえるとありがたい。それでだが、司令官の読みでは密偵と接触することになると思われる」

 

 

 即座に答えを導き出したのは、後方で腕を組みながら会話を聞いていたヒースクリフだった。

 

 

「捨て駒か」

 

「だろうな」

 

 

 密偵がまじないを使い、その残滓を痕跡として残してしまうというのは向こう側も分かっていることである。馬鹿正直に密偵を彼らの拠点まで引き入れてしまえば、黒エルフの野営地の二の舞になることは火を見るよりも明らかだろう。

 

 つまり今回の作戦を決行するにあたって密偵は奪った秘鍵を別の仲間に引き渡し、自身は痕跡を辿られない様にしなければならない。その方法は殿を務めてこちらの足止めを行うか、その場で自害するかだ。

 

 痕跡を利用して撹乱するという方法もあるが、それで秘鍵の引き渡しが遅くなってしまっては本末転倒であるし、こちらが直ぐに追っ手を差し向けるのが分かりきっている以上は小細工を弄する時間も無いだろう。

 ならば確実性を考えて、その場での足止めを選択することは容易に想像がついた。

 

 

「それでは密偵を追ったところで意味が無いように聞こえますが……」

 

「意外とそうでも無いぞ」

 

 

 紗夜の疑問に、キズメルがそこそこ自信でもある様に答える。

 

 

「まじないの痕跡というのは、ごく僅かだが他人との接触で相手に移る。私や司令官程のレベルであれば、その程度でも追跡することは可能だ」

 

「そう、都合よく接触してくれるでしょうか」

 

「いや、確実にそうなる」

 

 

 何やら確信を持った言い方に一度は首を傾げる3人だったが、即座に閃いた日菜が声を上げた。

 

 

「そっか! 秘鍵!!」

 

「「!」」

 

 

 日菜の閃きに、紗夜とヒースクリフがそれだと納得する。

 

 要は、痕跡を纏った密偵が大事に抱えているであろう秘鍵にも移るということだ。当然、秘鍵に移った痕跡は引き渡された相手が持っても幾らかは消失することなく持続する。それを辿ることが出来れば、という訳だ。

 

 

「まずは撹乱されるのを避けるために密偵を叩く。こちらの出方が遅いとなれば嬉々としてそうするだろうからな。よって直ぐにでも発たなければならない。そなたらは問題ないか?」

 

 

 キズメルの確認を聞いた紗夜は、隣に立つ日菜に目配せをすると不敵な笑みが返ってきた。それから後方のヒースクリフへと顔を向ければ目を伏せるという形で肯定が返ってきた。

 

 ここまで乗りかかった船を降りるという選択肢は、最初から存在しなかったのである。

 

 

「行きましょう。兵は神速を尊ぶ、とはよく言ったものですから」

 

「ああ、そうだな。では司令官殿、我々は任務を開始します」

 

 

 そうして紗夜たちの同意を得たキズメルは、しばらく黙していた司令官へと通達した。それを受け取った黒エルフの司令官は一度大きく頷き、告げる。

 

 

「痕跡を辿り、密偵を叩く。その後、盗まれた秘鍵の奪取が目的となる。敵の拠点へと少数で乗り込む可能性のある任務故に、その危険性と困難は計り知れん。無理だと思ったら撤退しろ。秘鍵は大事だが、今そなたらに命を落とされる方が痛い。奪い返すチャンスは幾度かあっても、そなたらの命は一度切りだ。

 

 ──幸運を祈る!」

 

「はっ!」

 

 

 司令官の言葉にキズメルが胸を手を当てる敬礼と共に答える。

 

 同様に、司令官の放つ言葉の重みに感化されたのか紗夜と日菜の二人はキズメルの真似をして敬礼の態度を取り、ヒースクリフは小さく頭を下げることで礼とした。

 

 

 ──ここに、翡翠の秘鍵を取り返すためのチームが結成された。






原作やSAOIF知ってると一目瞭然ですが、この時点でエルフクエスト《ハードモード》確定です。原作じゃこんな炎上しません。何が原因かなんて、お分かりですよね(苦笑)

紗夜、日菜、ヒースクリフ、キズメルの4人PT結成。何かアヴェンジャーズみたいだなって勝手に思ってました。いや4人ならジョジョ三部のバァ──z_ンか……?






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