夜を日に継ぐ   作:百三十二

18 / 52


さりげなく評価ありがとうございます。どう反応すれば良いか分かってなかったのでこの場にて感謝の念を伝えさせていただきます

第三層についてはもう1話で終わります。なおボス戦は全カット予定です。何故ならベータ版からの変更点が大したことなく苦戦も無ければ何かしらのシーンも無いからです


追跡と横槍

 

 

 森エルフの密偵が残した痕跡を辿るために、キズメルを先頭として日菜、紗夜、ヒースクリフの順に隊列を組みつつ森を駆ける4人。

 

 野営地を出れば通常マップだったはずが、特別なクエスト状態に入ったのかインスタンスマップが継続している様で、他のプレイヤーとすれ違うことはおろか索敵範囲内に姿形すら映らなかった。それによって、かなりの行軍速度で移動する面々が知られることも無く、奇異の目で見られることも無かった。

 

 迷い霧の森を見たことのないルートで突き進んでおり、それを成しているのはキズメルの案内だから起きている出来事なのだろうと、弓を片手に臨戦態勢を崩さないまま走る紗夜は思った。その反面、キズメルとはぐれでもしようものなら一体何処に辿り着いてしまうのだろうか、拭えない不安も胸の内に確かに存在していた。

 

 

「……待て」

 

 

 不意に、先頭を走っていたキズメルが一向に小声で静止をかけ片手で合図した。何か見つけたのだろうかと3人が少し横に逸れて顔を覗かせるが、未だ森の中でこれといった変化が目に見える気配はない。精々が森の各所に点在している、両エルフたちが自分たちの聖大樹に軽い祈りを捧げるための苔むした小さな祠が置かれている程度だった。

 

 しかしキズメルが静止をかけたのだから、何か痕跡関係で気になる点があったということだろう。何を見つけたにせよ、何らかの事態が発生することを見越して3人の身体に力が入る。

 

 

「これより先はまじないの気が薄れている。どうやらここで秘鍵の引き渡しが行われ、まじないの気が密偵と秘鍵とで別れた様だな」

 

「しかし想定と違って足止めの気配を感じませんが……」

 

 

 紗夜の懸念にキズメルが首を横に振る。

 

 

「いや、まじないの気がここら一帯だけ濃くなっている。この場に留まっていた証拠だ。そしてその気が遠くに去った痕跡もない……近くにいるはずだ」

 

「「!」」

 

 

 その言葉をきっかけに4人はそれぞれの背中を預ける形で身を寄せあい、四方を死角無く見渡せる様にして固まった。

 

 

「こちらの索敵にも映らない。となるとやはり、まじないとやらの行使か」

 

 

 経験の差か、双子よりも更に冷静だったヒースクリフが現状を告げる。プレイヤーの中でも後に尊敬を込めて《フロントランナー》と呼ばれる様になる最前線組、その中でもトップをひた走る面子による現段階において高熟練度と言える索敵スキルが無効化されている。

 それの意味するところはプレイヤー側とは別のシステム、つまりエルフたちのまじないによるものしかあり得ない。

 

 

「索敵スキルに対するジャミングなのか、それとも索敵スキルを上回る隠蔽なのかは判断がつかんな。だがどちらにせよ、向こうは我々を足止めするどころか一人でも仕留めて道連れにする気だろう。決死の覚悟を持つ死兵になったか」

 

「カレス・オーの民にも、誇りを守るために死を恐れない者がいたということか」

 

 

 ヒースクリフの見解にキズメルが呟く。それは自戒を兼ねているのか、何処か言い聞かせる様な含みを感じるものであった。

 

 相手の考えに同意を示す様な物言いに紗夜と日菜が思わず目を向けるが、それを察したキズメルは苦笑いを携えて自嘲した。

 

 

「私にもそういう時期があっただけさ。今は少しでも使命を果たし、リュースラの民として尽くすために死ぬ気は無い。紛らわしくて悪かったな」

 

「何か心境の変化があったということですか」

 

 

 紗夜の確かめる様な問いかけに対し、キズメルは背中を見ずにくすりと微笑んだ。その笑みは慈愛に満ちており、それでいて感謝の意が込められていた。

 

 

「そなたらのおかげだ。死に場所を求めていた私が、もう少し生きてみようと思えたのは」

 

 

 その言葉に対して双子は同時に首を傾げる仕草を見せた。確かに森エルフの精鋭を撃退はしたが、だからと言ってキズメルにそこまで言わせる様なことした覚えが無かったからだ。

 

 

「その反応は当然だ。そなたらが何かしてくれたという訳ではなく、私が勝手にそう感じているだけだからな」

 

「はぁ……?」

 

 

 なおさら意味が分からないと紗夜は疑問を深めた。そもそもNPC相手とは言え、自分たちの何が琴線に触れたのか全くもって解せないからだ。

 

 

「今その話はやめておこう。いつか話す時があるだろうからな」

 

 

 そんな困惑を見て取ったキズメルは会話を打ち切り、周囲に気を配る。

 

 状況と関係ない会話をしている最中でさえ襲ってこなかったということから、密偵にとって4人の陣形は非常に厄介で攻めあぐねるものだと分かる。また、会話の最中でさえも一切気を緩めなかったヒースクリフの経験則からすると、密偵の隠れている方角に大体の見当をつけることも出来た。

 

 単純な話、会話中に話し声以外の環境音が一切入ってこなかったというのもあって密偵は一歩も動いていない。そして最も気を張り続けているヒースクリフの正面側にいたならば、油断を見て突っ込むということが叶わなかったことに納得がいく。

 

 そうでないのであれば、密偵にとってのキルゾーンへの誘導待ち以外には考えられない。その証拠に、4人を先導するキズメルが少しも前や後ろに進もうとしなかった。

 

 

(思いの外、厳しい事態に陥ったか。必要以上に手を貸すつもりは無かったが、致し方あるまい)

 

 

 ヒースクリフにとっても想定外であった為に、一手策を施す。

 彼は手元を素早く動かし、パーティーチャット機能を起動。作戦を同じパーティーの他3人に文面で伝達し、表向きの黙秘を貫いた。

 

 ピロン、という通知に気がついた紗夜と日菜。ヒースクリフから送られてきた短い文面を把握した二人の内、紗夜はキズメルの肩をトンと軽く叩いて振り向かせ、日菜は徐に口を開いた。

 

 

「そこ!」

 

 

 標的を見つけたと言わんばかりにスキルで予備のナイフを振り向いたキズメルの後方、つまりは元の前方に向かって投擲した。その瞬間、森の空気がほんの少しだけざわめき、動きを見せる。

 

 

「チィッ!?」

 

 

 森エルフの密偵が、居場所がバレたと焦りながら声を上げて動いた。相変わらず姿は見えないが、この場に居るということが確定した。また、声の上がった方にいるとも把握出来た。

 

 

「見えたかね?」

 

「当然です」

 

 

 まじないの効果で完璧に隠れていると言っても、それは一切動いていないからという制約がつく。今、日菜の掛け声に反応して回避行動を取ってしまった密偵は、透明ながら動いたことによって景色がその位置だけ()()た。

 

 景色がブレた位置にいると伝えられていた紗夜はキズメルの肩越しに矢をつがえ、理解したキズメルが咄嗟にしゃがんだのとほぼ同時に放った。

 

 

「ぐぅっ!」

 

 

 狙い過たず命中した矢は透明だったはずの密偵の肩に突き刺さり、深手を負わせる。

 

 そして姉の腕を全面的に信頼している日菜が着弾と同時に駆け出し、密偵の動きが固まったのを確信したキズメルがそれに追随した。

 

 突き刺さった矢が密偵の居場所を示してくれる。短剣を構えて突撃した日菜は密偵の目の前まで走って行き──横に飛んだ。

 

 

「なっ!? ──はっ」

 

 

 未だに透明とはいえ位置がバレたことで突っ込んでくるであろう相手を、最後のチャンスだと相討ち覚悟で攻撃しようとしていた密偵だったが、日菜の突然の行動に思わず虚を突かれてしまい剣を握る右手が空振ってしまったことに愕然とする。そしてその一瞬が致命的なミスだったとすぐに気付かされることになる。

 

 

「残念だったな、カレス・オーの勇敢な戦士よ」

 

 

 剣を突き出したことで再度景色がブレてしまい、今度は日菜の後に続いていたキズメルが透明な密偵の位置を完璧に把握する。また、彼女目線では突き出された何らかの武器の位置から密偵の態勢を予測し、頭部の位置を特定するにまで至る。

 

 

「その覚悟には敬意を表す。だが──」

 

 

 黒エルフことリュースラの民の中でも精鋭中の精鋭たるキズメルの素早く、そして美しいまでに鋭い刺突が密偵の眉間を捉える。二段構えの姿勢を取っていなかった密偵は武器を構えなおすことも、防御することも出来ずにその絶命の一撃を受け入れるしかなかった。

 

 

「すまない。我々も譲ることは出来ぬのだ」

 

 

 凛然とした一撃は森エルフの密偵の体力を全損させ、その身体をポリゴン片と変えさせる。

 

 

 散り際、密偵の表情は負けて悔しい様な、誇りあるままに死ぬことが叶って嬉しい様な、複雑なものだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「……ここだな」

 

 

 森エルフの密偵を撃破し、その余韻に浸ること無くキズメルさん主導のもと秘鍵に移ったまじないの微かな痕跡を辿ること十数分。ついていく私たちに向かって彼女は声と手で静止の合図を送った。

 

 見渡す限り深緑の大自然の中をそれなりの距離走ってきたが、ゲームシステムとしてのスタミナの概念が存在しないせいか肉体的な疲労は感じていない。気を張り続けているせいか精神的な疲労も抑え込んでおり、一切の動揺をすることなく情報の共有に努める。

 

 

「到着ですか?」

 

「ああ。腰を落とし、ゆっくり前進するぞ」

 

 

 彼女の指示に従ってしゃがみ込み、低く生い茂る草木から頭を出さない様にして息を殺す。私たちの中で最も身長の高いヒースクリフさんが少しやりにくそうだったが、近くの木々の裏に隠れることで代わりとしていた。

 

 

「あれだ、見てみろ」

 

 

 そう言うキズメルさんの指の先を目で追えば、黒エルフの野営地と同じ様な出入り口と見張りの衛兵の姿が二つ映った。何やら忙しなさを漂わせる陣営だが、それもあって森エルフたちの出入りが激しく疑いの余地は無いと断言できそうだ。

 

 

「秘鍵を迎え入れた割には、何やら険呑そうだな」

 

「アクシデントでしょうか?」

 

「かもしれん。だが、これはチャンスだ」

 

 

 この事態に何らかの勝機を見出したのかキズメルさんが私たちの方へと振り向く。

 

 

「秘鍵の位置を追うこと自体は容易い。この混乱に乗じて姿を消し、奪取すれば良いのだからな。この役割は隠密に向くまじないを扱える私が担おう。そしてそなたらだが……」

 

 

 そこで彼女は言葉切って、言いにくそうにしてから続きを述べた。

 

 

「相手の注意を引くための囮をお願いしたい。何らかの混乱が生じているとはいえ、秘鍵の護衛が手薄という事はあるまい。故に、護衛の気すら引く様な規模の騒ぎを起こして欲しいのだ」

 

「乗り込んで暴れろ、と?」

 

「乗り込む必要は無いさ。そこの見張りが応援を呼ばざるを得ない様にすれば良いのだ」

 

「敵陣奥深くまで入り込むのでなければ撤退も容易、ということですか」

 

「その考えで構わない。方法は任せる、いくぞ」

 

 

 手筈を整え、彼女の姿が視認出来なくなる。まじないの効果で透明化を果たしたらしい。

 

 

「矢を放って牽制します。お願いできますか?」

 

「心得た。私が前に出よう」

 

 

 騒ぎを起こすためには暗殺や瞬殺するのではなく、態々表に出て戦う必要がある。敵襲を伝えるために私が矢を放って挑発し、それからヒースクリフさんが盾を構えて突撃するという作戦を実行する。

 

 

(見張りは二人、その間を通す)

 

 

 矢を持ち弓を構えて狙いを定める。ピンポイントで狙撃する訳でも無いのでさっさと放つ。

 

 

「っ!? 敵襲か!」

「向こうから飛んできたぞ!」

 

 

 自分たちの間を攻撃が通過したと察した二人の見張りは、矢が飛んできた方角へと注意を向けた。その視線を釘付けにするべく間髪入れずにヒースクリフさんが木の陰から飛び出していく。

 

 体格の良い成人男性が盾を構えながら突撃してくるという衝撃は強かったのか、見張りたちは何らかの合図や連絡手段を披露することなくヒースクリフさんへと武器を構えて迎え撃とうとした。

 

 しかし彼の左右から矢とナイフが飛来し、それぞれ武器の持ち手を襲った。短い悲鳴の声と共に怯んでしまった見張りたちは、走りを止めなかったヒースクリフさんの攻撃を無防備に食らってしまいその場に崩れ落ちてしまった。

 

 

「気絶したのですか?」

 

「その様だな」

 

 

 体力が全損すれば姿形を残すことなく消え去ってしまう世界において、その場で倒れて動かなくなったということは気絶したという判定になるのだろうか。確証は無かったが、その様な処理が為されるのかと疑念を持ちながら訊ねてみればあっさりと返事が返ってくる。ヒースクリフさんも狙った訳では無いらしく、偶然の産物だった。

 

 

「起きてから暴れられても困るな。縛るものが無ければ殺すしかないが」

 

「あ、それなら良いものあるよ?」

 

 

 そう言ってインベントリを漁る日菜は、私との共有ストレージから《ネペントの蔦》を取り出した。第一層で狩ったネペント種の共通ドロップ品である蔦だが、素材として活用されなかった分が肥やしになっていた。いずれ使うこともあるからと捨てずに保管してあるアイテムの一つだった。

 

 

「これで縛れない?」

 

「強度は十分かね?」

 

「元々武器に括りつけたりする縄の役割で使えないかなーって思ってたから色々試して見たけど、《裁縫》スキルを使えば加工された扱いになってちょっとしたロープ代わりになるよ」

 

「ならば日菜君にやってもらおうか。縛り方は指導しよう」

 

「オッケー!」

 

 

 トントン拍子で話が進む中、私は聞き捨てならないワードを耳にしたので問い質してみる。

 

 

「ちょっと日菜、あなた《裁縫》スキル取ってたの?」

 

 

 するとこの子はヒースクリフさんの指導の下、森エルフを縄に見立てた蔦で縛り付けながら何てことない様に答えた。

 

 

「βテストの時も思ってたんだけどね。ナイフや短剣を投げちゃうとそのまま放置することが多くって、回収する暇なんてほとんど無くてさ。そんなんで最初から柄の部分とかに糸や縄を括りつけられたら引っ張って戻せて便利じゃないかなって考えてたんだ」

 

 

 そしたらさー、と日菜は嬉しい誤算があったと告げる。

 

 

「試しに目を付けた《裁縫》スキルなんだけど。元は装備扱いの服とか作るのに使われるスキルだったせいなのかな、素材に適用すると加工判定が入るみたいなんだよね。そうすると装備やアイテムの《耐久値》が新しく設定されてさ、蔦を複数繋げて伸ばすことも、重ねて強度を増すことも出来ちゃったって訳」

 

「それをアルゴさんには?」

 

「まだ伝えてないよ。あたしとしても確証なんて無かったし、偶々だったら嘘になっちゃうしね」

 

「彼女の伝手で検証してもらうことは考えなかったの?」

 

「いやほら、あたしたちには関係なかったけど《強化詐欺事件》があったせいで生産職の人たちがてんやわんやしてたみたいでさ。ネズちゃんに相談しよっかなってメールを送ったら『今は伝手が取れない』って断られちゃったんだよね。だから、まだなんだ」

 

「そういう事情があったのね……」

 

 

 しかし、私としては解せなかった。

 

 

「それを私に言わなかった理由は?」

 

「ん-、本当は《裁縫》スキル本来の使い方でおねーちゃんの装飾品を作ってサプライズプレゼントとか考えていたからかな。動き回るからおねーちゃんも髪を束ねたいだろうし、あたしも三つ編みにしたいしでリボン作ろっかなって。良い素材が見つからなくて作れてないけどさ」

 

「言われてみれば……」

 

 

 事態が進み過ぎて気をやっていなかったが、思えば私が弓道部で活動している時は邪魔にならない様に髪をまとめてポニーテールにしていた。いざ指摘されると、確かに髪の毛をまとめていなかったなと腑に落ちた。そして日菜も普段耳の後ろで三つ編みを編んでリボンでまとめていたのに、この世界に来てからは再現されることなくそのままだったなと思い至った。

 

 腰の辺りまで伸びてるロングヘアー相当のくせっ毛。ゲームの世界だからか、朝起きた時に髪を梳く等して整える必要が無かったのはちょっとした利点だったが、改めて考えると生活感に欠けている要素の一つなのかもしれない。

 

 ただ逆に言えば、細かいながらもこうした『リアルではない』部分が現実と仮想の境目を失くすことなく、『あくまでもゲームである』という認識を失わない為のストッパーになっているのだろう。私たちは現実世界に帰ることを目標としているのだから、この世界に残りたいと極力思わない方が身のためである。

 

 現実への帰還を拒否するということはアインクラッド攻略を辞めることであり、それ即ち帰還を望む人々を見殺しにするのと同義であるからだ。例えこの世界を謳歌することが出来るのだとしても、決して攻略そのものを投げ出すことは許されない。

 

 戦えない人が無理矢理戦うのは避けたいが、かといって戦える人が戦わないというのも難しい話である。死の恐怖から逃れたくて離脱すること自体は否定出来ないし強制も出来ない。だけどそれを全員に許してしまえば誰も攻略へ向かわなくなってしまう。

 

 割り切って攻略と休暇を調節するか、ノブレス・オブリージュ宜しく正義感を貫くか。最前線を走る他の方々が如何に貴く、そして尊い存在なのかを実感する。

 

 

「見張りを無力化したのは良いが、このままでは混乱を大きくするという目的が果たせないな。さてどうしたものか」

 

 

 そうぼやくヒースクリフさんの言葉に、私は思考を打ち切ってハッとさせられた。

 

 キズメルさんの隠密行動を手助けするための騒動を起こす所か一方的に鎮圧してしまったのは間違いでは無いか。何とも言えない空気が私たち3人の間に流れる。

 

 

「今からでも突撃しちゃう?」

 

「囲まれて窮地に陥る可能性もあるわ。あまり迂闊に乗り込みたく無いのだけれど」

 

「何か合図を送る小道具の様な物でもあれば良いのだがね」

 

「でしたら、気絶してる彼らの懐でも漁りますか?」

 

「何もしないよりかはマシか。ふむ、ならば私がやるべきかね」

 

 

 私の提案に賛同したヒースクリフさんが、一応は森エルフたちと同じ男性だからと率先して行動してくれた。縄代わりの蔦で縛られている彼らの懐を漁るのは些か面倒に見えるが、棒立ちして待つだけよりはマシという奴である。

 

 

「──!」

 

 

 そうして、効果があるのか分からないボディチェックを眺めること1分足らず。不意に日菜の表情が鋭さを帯びた。

 

 

「……」

 

「日菜……?」

 

 

 何を感じ取ったのか判断しかねるが、私の呼びかけに反応する素振りすら見せずに何処か遠くを見やる姿ははっきり言って異常だった。のっぴきならない事情でも起きてしまったのか、俄に警戒心を高めた矢先──

 

 

「おじさん! 盾っ!!」

 

「!」

 

 

 日菜の勘が働いた。

 

 妹が咄嗟に叫んだ指示は、森エルフたちの身体に触れていたヒースクリフさんに対して防御態勢を取れというものだった。即座に反応してみせた彼は、おおよそ此方も勘なのか背後に向かって私が持っている物よりも大きめな盾を構えた。

 

 カァン、と軽めな音が辺り一帯に響き渡る。私たちの会話以外は静寂を保っていた周囲に異音が伝わる。

 

 

 間違いなく敵襲だった。飛来物が飛んできた方向へとそれぞれの得物を構えて戦闘態勢に入る。先程までの少し緩めだった空気は消え去り、得体の知れない重苦しさに思わず喉が鳴った。

 

 

(何か、来る……!)

 

 

 弓を持つ手に力が入る。それとほぼ同時に、ヒースクリフさんの前方から一人の森エルフが姿を現した。

 

 片手直剣を持った、あの森エルフの精鋭だった。

 

 

「……?」

 

 

 しかし私は、この重圧の中にあって彼の様子が些かおかしいと感じた。言葉にし難い、違和感を覚えたのだった。

 

 表面上、彼は私と日菜で一度は撃退し、二度目は逃走を測った森エルフの精鋭と同一人物だと思われる。だがこうして敵意を超えて殺意を向けてくる彼は、キズメルさんで言うところの誇り高きカレス・オーの民なのだろうか。

 

 憎悪にも近い気配を纏う彼は、本当に森エルフなのだろうか。

 

 

「ねえ、そこのエルフさん」

 

 

 そんな折、日菜が敵意を滲ませながら問いかける。

 

 

「エルフさん、()()()()()()()()でしょ」

 

 

 確信を持った様な言い方に、相手の表情が少しだけ歪んだ気がした。まるで図星をつかれたけど努めて隠そうとした、ごく僅かな動揺が見えた気がしたのだ。

 

 

「キズメルさんを筆頭に黒エルフの皆は勿論だけど、密偵さんみたいに森エルフの人たちにも誇りがあるからってのは感じていたんだ。そんなエルフたちが有無を言わさず仲間を傷つける様な真似をするとは思えないよね?」

 

 

 そのはずなのに

 

 

「さっき、おじさんが避けてたら仲間の見張りさんたちに当たっていたよね? 気絶するくらい体力が減っている人たちに攻撃が当たっていたら、殺しちゃう可能性だってあるのに。まるでおじさんに当たらなくても、見張りさんたちを殺すつもりで攻撃してきた様に感じたんだけど」

 

 

 違和感の正体とは当にこれで、誇りある方々が仲間意識を無視して味方を殺しても構わないという手段に出るとは思えなかったのだ。ヒースクリフさんが盾で弾かなければ見張りの森エルフたちに当たる不可解な攻撃だったから、私たちは目の前の森エルフを森エルフたちの仲間とは到底思えなかったのだ。

 

 

「チッ……勘の良い奴だとは思ってたが、索敵範囲外からの攻撃すら反応してみせるとは」

 

 

 すると観念したのか、森エルフの姿をした誰かは日菜に対して思いっきり悪態をついた。その際の仕草は荒々しく、心底腹が立っていることを隠そうとしない横柄さが垣間見える。

 

 

 とてもでは無いが、私たちの知るエルフたちとは似ても似つかない態度だった。

 

 

「野営地から撤退する時もそうだった。そこの勘の良い小娘は、私が引き下がるのを見越して攻撃を仕掛けてきていた。油断ならない奴だと分かってはいたが、敵意にも敏感とはな。おかげで計画が台無しだ」

 

「御託は要りません。何者か、正体を明かしなさい!」

 

 

 つらつらと日菜への文句を述べる口を閉じさせる為に口を挟む。いつでも矢を放てる様にしておきつつ暗に降参しろと威嚇する。

 

 

「……フッ」

 

 

 ところが、狙われているのが見えているにも関わらず、そのエルフは私へと視線を移しては嘲笑した。眼中に無いと、態度で示された。

 

 ムカつきはするが、怒りはしない。ここで挑発に乗ってしまうほど愚かな行為は無い。弦を引く手に力がこもるが、先走ることなく冷静であろうとする。

 

 

「まあ良いだろう。我々の計画は崩壊し、次の策を弄する必要がある。だがその前に、障害と成り得る貴様らを生かしておくのは愚策であろう?」

 

 

 余裕を崩さないエルフがそう告げると、私たちを囲む様にしてザッと5人の敵が悠々と出現した。エルフ族のまじない故か索敵スキルに引っ掛からず、一瞬にして立ち位置においても数の上においても逆転を許してしまう形になる。

 

 

 だが私たちの意識はそこでは無かった。

 

 新たに現れたエルフたちの姿に、目を見張らざるを得なかった。

 

 森エルフたちの様な白い肌とは真逆の黒目の肌。しかし黒エルフたちの様な褐色という訳でもなく、黒緑色の毒々しさを感じさせる容姿。纏う空気は誇りではなく欲望であり、目的の為ならば手段を選ばない狡猾さが隠し切れていない。壊死した様な風貌を纏うその姿はまるで──お伽噺に出てくる悪魔の様だった。

 

 まともには見えない。黒エルフでもなければ森エルフでもない、新たに姿を露呈させた第三のエルフたちはこちらを見下しながら包囲を完成させていく。

 

 

 最後に、前方のエルフが手で顔を覆い、それを合図として何らかのまじないを解いた。すると煌びやかでハンサムという言葉が似合いそうだった森エルフの姿は包囲している連中と同じ毒々しさへと変貌し、一瞬にしてしなやかな容姿とこちらを嘲笑する艶やかな女性の姿を形どった。

 

 

「我が名は《カイサラ》! そして我らは聖大樹に見捨てられし《フォールン・エルフ》! 目的を邪魔する者は誰であろうと──殺す」

 

 

 そう高らかに宣言する彼女の姿は、あの男を思わせる様なドス黒い邪悪さを漂わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ヒースクリフが紗夜と日菜に送ったメールの内容と意味についてですが、本文は

『敵は正面か後ろの二択』
『あぶり出すために前方へ攻撃』
『彼女の気を引いて欲しい』  

です

1人だけでも道連れ覚悟の密偵が行動する為には、彼の正面に立つ誰かが隙を見せる必要がありました。ところが、姉妹がキズメルの言葉に反応した際にアクションが無かったので姉妹の正面にはいないと予測。なお、キズメルは喋っている間も正面から目を逸らしていないので隙はありませんでした

よって硬直状態を打破する為に相手を誘発させるべく、口頭で聞かれない様にメール文面で作戦を通達。後方から何らかのアクションがあればヒースクリフ自身がカバー出来るのでキズメル側のカバーを要求したという訳です

そしてそれを瞬時に理解した姉妹による阿吽の呼吸によって紗夜がキズメルの視線を正面から外す様に誘導し、それとほぼ同時に日菜が牽制。見事引っかかってしまった密偵は位置を露呈させてしまったという手筈になります。キズメルはNPC故にメールを見ていませんが、紗夜が何の理由もなく肩を叩いてまで呼ぶとは思っていないのでスムーズに乗れたという体です

まだちょっとだけ実戦に染まり切れていない姉妹と、どうあがいても場数の違うヒースクリフとの違いを描いたワンシーン……のつもりです。この説明を本文に入れなかったのは、自然に組み込もうとすると増長し過ぎてしまったからです……


《裁縫》スキルに関しては、第一層にてスキル取得について決めていた時の日菜が列挙していた奴の一つです。用途は彼女が言った通りで、出来るかどうかは独自設定に近いと思います。ちなみに《ネペントの蔦》についてですが、SAO各種媒体において登場機会がそこそこありまして、主な使われ方としてはシノンが矢にくっつけてロープ代わりに射出とかですね。100mくらいの狙撃とか言ってたので相応に長いはずなので、《ネペントの蔦》を加工する手段があるんだなぁってところからの発想になります


余談ですが、キズメルの武器は緩やかな弧を描いているサーベルです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。