夜を日に継ぐ 作:百三十二
実はキリトの《二刀流》みたいに、紗夜と日菜の強化プランは考えてあります。それぞれ別方向の強化具合ですけど、まあその内……
毎度後書きで後付け説明する癖を何とかしたい、でもたぶん無理です
「かかれッ!」
紗夜、日菜、ヒースクリフを囲う様にして現れた6人の《フォールン・エルフ》たち。その中のリーダーらしき女性《カイサラ》の掛け声を皮切りに、5人の兵士が3人へと襲い掛かる。
「突破します!」
互いに背を預けてはいるものの、不利な状況であることに違いはない。ぐるりと敵の持つ武器を確認した際、あることに気が付いた紗夜はただ一言だけ叫んだ。
包囲されていては不利なだけであり、その包囲を完成させてはならない。敵に詰め寄られるよりも先に一点突破を仕掛けて囲いを脱出し、複数の敵をまとめて正面に持ってくる他無かった。
そこで敵の持つ武器が剣のみであり、遠距離攻撃の手段は見受けられないと来れば、多少敵に背を向けても致命的な一撃を食らう確率は低いと考えられる。それぞれの敵との距離が離れている今の内であれば、強行突破に関するリスクとリターンについては恐らくだがリターンの方が大きいのでは無いかと思考を加速させた。
結論としてリーダーらしきカイサラが最も強いと想定するならば、その反対へ走るべきだ。決断は早く、日菜とヒースクリフに異存はなかった。
「しっ!」
姉の意図を十全に汲んだ日菜が、カイサラの居る場所とは逆方向に立っている兵士に向かって走り出しつつナイフを投擲する。舐めるなと言わんばかりに飛来するナイフを剣で弾いた兵士だったが
「うっ!」
避けるのではなく弾いてしまったことで胴体の隙を晒してしまい、そこに向けて声もなく放たれた紗夜の一撃が突き刺さる。うめき声をあげた兵士は片膝をつき、苦悶の表情ながら腹に刺さった矢を抜こうとした。
「愚図が! 敵から目を切るな!!」
「遅いよ!!」
3人の作戦に気が付いたカイサラが咄嗟に兵士を叱りつけるが、残念ながら一手遅かった。目線を切っていたことで下げていた頭を叱られた際に中途半端に上げてしまい、一連の流れによってちょうど良い高さになってしまった眉間に対し、加速を終えていた日菜のソードスキルが直撃した。
断末魔の叫びをあげる暇もなく、自らがやられたことに気付くこともなく散っていく兵士。それを見届ける余裕もなく、包囲に開いた穴に向かって3人は雪崩込んだ。
「馬鹿がっ──」
最後尾のヒースクリフだけでも逃さんと追撃をかけようとしたカイサラだったが、先頭を行く日菜が振り向きながら投げたナイフが頬を掠めていった。奇しくも黒エルフの野営地から撤退する時と同じ様に出鼻を挫くタイミングであり、今回はその時とは反対側の頬に一筋の傷を作ることとなった。
二度も苦渋を飲まされたカイサラが内心の怒りに震えている傍ら、最悪のケースを免れた紗夜たちは一息つく間もなく次の行動に打って出た。
「なっ!?」
未だに人数の上では負けており、有利とは言えない状況。これを覆すためには可能な限り各個撃破することで人数差を縮めていきたいところだった。
そこで包囲を脱出した矢先、残りの敵兵士の中で最も近い相手に狙いを定め、紗夜の弓と日菜の投擲で同時攻撃した。鮮やかな流れに反応が遅れた兵士は肩と膝にそれぞれ攻撃を貰ってしまい、死なないまでもその場に倒れ伏してしまった。
一人を行動不能にした所で終わらず、その次に近い相手に向かって立て続けに紗夜が矢を放つ。その兵士は矢を弾くことなく避けたが、半身になった所へヒースクリフが強襲を仕掛けた。左手に持った盾を水平にしてリーチを稼ぎ、兵士の喉元に突き刺す。息が詰まって瞬間的に意識が朦朧としたであろう隙に、己の敏捷性に物言わせて距離を詰めていた日菜が低い姿勢から上に向かって斬り上げた。擬似的なスイッチの完成である。
この際、日菜とヒースクリフが連携したことで一人になった紗夜に向けて得物である剣を投げつける判断をした兵士がいた。しかしその可能性を見越して二人の側へと少しでも寄っていた紗夜は、スイッチとは言ってもソードスキルではなく盾で突き刺しただけで硬直の発生しなかったヒースクリフに防いでもらうという徹底振りだった。
そして得物を投げてしまって防ぐ手段を失った兵士は、その両膝に矢とナイフを食らってしまい行動不能に陥った。都合、一連の流れだけで6人の敵の内の2人を撃破し、2人を戦闘不能にさせて無力化することに成功した。これによって実質的な人数差が3:6から3:2へと変動し、一気に形勢逆転と相成った。
「なっ……!」
自身が怒りを抑えている間に場を制圧されてしまったことで絶句する他ないカイサラ。わなわなと肩を震わす感情は怒りから驚愕へと移り変わり、受け入れ難い現実を前に歯ぎしりした。
「役立たず共がっ……無駄に手をかける羽目になったじゃないの」
極力怒りを沈め、冷静であろうとする彼女。そこにあるのは状況にそぐわない余裕と、彼女の実力を表す自信だった。
「初戦雑魚は雑魚って訳ね……。それじゃあ──死ねッ!」
豹変した首魁が剣を片手に襲いかかる。雑に見える一撃は想像以上に早く、ステータスの高さを思わせるものだった。あまりの素早さに紗夜と日菜は面食らってしまい、受け止めようとしたヒースクリフでさえも眉根を動かしつつ身構えた。
「ハァッ!!」
「ぐっ、これ程かっ」
カイサラの一撃を盾で防いだヒースクリフだったが、その重さに思わず苦しげな声が出た。一見すると華奢な見た目から繰り出される、その容姿にあまり似つかわしく無い暴力が襲った。
「このっ!」
「おっと」
日菜が短剣を逆手に持ちながらすれ違いざまに斬ろうと横合いから飛び出すも、読めていると言わんばかりにバックステップで難なく避けられてしまう。
「っ!」
「はっ、当たる訳ないでしょう!」
紗夜がその着地を狙って足へと狙撃を試みるも、足先を器用に使って身体を捻ることで射線から避けていく。
「日菜君!」
だが後方へと下げることは出来た。この中で弓を装備している紗夜との距離を極力離すべく、ヒースクリフが盾を突き出しながらカイサラへと詰め寄る。その際に日菜を呼ぶことで連携の合図とし、簡易的な連携ながらも絶え間ない攻撃を押し付けることで前衛に釘付けさせようと画策した。
「この程度っ!」
「やはり厳しいか!」
ヒースクリフが上段から斬り掛かる形にこそなったものの、膂力はカイサラに軍配があがるのか鍔迫り合いにまで持っていけず徐々に押し返されてしまう。
紗夜よりも重戦士に割り振っているヒースクリフでさえも押されてしまうという事実が、カイサラのレベルとステータスと高さを際立たせていた。
それを知ってか知らずか、ヒースクリフの陰から日菜が再度飛び出した。その方角は──ヒースクリフの頭上。
「何だとッ!?」
押し切ろうと前のめりになっていたカイサラは驚きを隠せず、防御が遅れるのを覚悟した。
ヒースクリフの体格よりも小さい日菜はこれを利用し、彼を隠れ蓑にしながら接近していた。それによってカイサラの視界に映ることなく、そして攻撃の動作を悟られることなく絶好のチャンスを手に入れることが出来たのだ。
カイサラは咄嗟にヒースクリフとの間合いを取ることで少しでも迎撃の態勢を取ろうとはしたものの、日菜の奇襲そのものが失敗するということはあり得ないと断言できるタイミングだった。カイサラの表情から余裕が消失する。
「うおりゃぁぁぁッ!」
走ってきてはヒースクリフの肩を蹴って空中へと跳躍した日菜。全体重を落下スピードに上乗せしつつ、両手で握った短剣を振り下ろす様にしてカイサラの脳天目掛けて渾身の一撃をお見舞する。
「舐めるなぁッ!」
人族に遅れを取ることは許し難いというプライド故か、攻撃を避けたり逸らしたりするのではなく相殺するという手段を取ろうとした彼女は吼えた。
しかし──
──ヒュッ……ストッ
「──!?」
目線が上になったせいで視界から外れてしまい、紗夜への警戒が切れていた。その隙を逃さずに待っていた彼女からの一撃が脇腹に刺さったことで大きく気が散ってしまい、間に合うかもしれなかった迎撃の一手を完全に潰すことに成功する。
「ぐっ、あぁぁぁぁぁっ!!」
頭部への一撃は避けたものの、いなしきれなかった攻撃は彼女の左肩口を深々と抉る。脇腹と肩から部位欠損のアラームを鳴らし、苦々しい表情を隠すことも出来ないくらいの痛手を負わせた。
そんな彼女に対して日菜は、刺さった短剣を抜くために《体術》を乗せた蹴りで突き飛ばした。たたらを踏んだカイサラへ追撃しようと、入れ替わりでヒースクリフが踏み込んだが
「あがッ……!」
その一撃は、戦いに参加出来ていなかった6人目の兵士を肉壁にしたカイサラに届くことはなかった。また、深手を負った時点で撤退することを決めていた彼女は、瀕死の仲間が消え失せる前に最大限盾として利用し、飛来する矢すらも防がせていた。
「くっ、卑劣なっ」
「いつか絶対に殺してやる……ッ!」
仲間を仲間と思っていない所業に歯噛みする紗夜。盾代わりにされた兵士の体力が尽きてポリゴン片へと変わる直前、透明化のまじないを発動させたカイサラの姿が恨み言と共に露と消える。
こうなってしまえば、辿る手段を持たない3人では追跡することも叶わない。
「まだっ!」
唯一日菜だけが、己の直感に物言わせて取り出したナイフを投げようとするも
「ガァぁぁぁぁッ!!」
「うわっ!?」
この場に残されていた二人の戦闘不能になっていたはずの兵士の内の一人が、最後の力を振り絞って日菜の身体に覆い被さろうと決死の行動に出た。カイサラを逃すまいと一点集中していた日菜は反応が遅れてしまい、攻撃では無いものの組み付かれるかと思われたが
「──ァ……」
彼の脳天に無慈悲な一矢が突き刺さり、日菜へと辿り着くことなく絶命した。
「ありがとうおねーちゃんっ」
神業とも言える所業を為した姉へと礼を言う日菜だったが、当の紗夜は残心をとりつつ苦虫を噛み潰したような表情をしていた。姉の心境を察した日菜も手放しで喜ぶ様な真似はせず、残念だったねと苦笑いをしながら両手をヒラヒラさせることで戯けてみせた。
それを見て取った紗夜は、誰一人欠けること無く難局を乗り切ったことを一先ずは喜ぶべきかと考え直し、小さく破顔してみせる。思いがけない強敵を相手にしていたことで気を張っていたヒースクリフも肩の荷を下ろし、安堵していた。
「思いっ切り疲れたわ……」
「あたしもー……」
「これは流石に、だな……」
戦闘が終わり、再びの静寂を得たこの場に三人分のため息がつかれた頃合い。やり切ったことへの安堵からか、それとも死線を一つくぐり抜けたからか。精神的な疲労感がどっと押し寄せてきてしまい、誰からともなく膝や腰をついてはヒースクリフでさえも思わず言葉をもらした。
森エルフの野営地から聞こえてくる喧騒の中身が変わったことに気が付くことなく、秘鍵の奪取に成功したキズメルが戻ってくるまでずっと動かず息を整えることに注力していた。
☆
「そんな事があったのか……」
「何とか切り抜けられましたが……正直、紙一重だったと思います」
結構しんどかった戦闘を終えたあたしたちは息を整えながら、可哀想にも取り残された敵さんを縛り上げて拘束した。今日ここまででフロアボス戦よりも疲労が蓄積された気がして、おじさんも含めて3人して肩で息をしている。
達成感はあったけど、敵のボスみたいな女の人は倒し切れなかったから悔しい側面もあった。とは言っても、突然の危機的状況から全員が五体満足での勝利を掴み取れたのだから良しとするべきなんだろうなって。
ただ、このクエストのボスっぽい人を撃退して終わりという訳じゃなくて、本命はキズメルさんによる秘鍵の回収だ。そんな彼女が戻ってきてあたしたちの姿を見るなり何があったのかと声を荒らげていたので、おねーちゃんが説明したという経緯になる。
「しかし《フォールン・エルフ》共が出張ってくるとはな。連中も重い腰を上げたという訳か」
「ご存知だったのですか?」
顎に手を当てながら最悪だと言わんばかりに愚痴っぽく漏らすキズメルさん。その言い草からすると、やはり同じエルフというだけあって知ってはいたんだろうと想像がついた。憎々しい表情だからか、とても友好的では無さそうだなってことが嫌でも伝わってくる。
「リュースラの民でもなければ、カレス・オーの民でもない。禁忌を犯し、聖大樹から見捨てられた悪魔の一族……それがフォールンたちだ。普段は表に出てこない、陰湿な奴らなのだが……」
「彼女たちの目的は何でしょうか?」
「考えるまでもない」
おねーちゃんの問いかけに、キズメルさんは呆れた様子で答えた。その態度からして既に碌でもないんだなってことが把握できる。
「不遜にも奴らは聖大樹の力を取り込み、甘い蜜を吸うのが目的だ。その為ならば誇りも何も無い、ただ目的のために外道に身を染めることも厭わない、実に愚かな連中だ」
「何ゆえか今回の件、フォールン・エルフたちが関わっていた訳ですが……」
「ああ。十中八九、目的はこの秘鍵だろう。だがそれとは別に由々しき事態でもあってな」
「それはまた、どの様な?」
「我々の野営地を襲った森エルフたちは、フォールン共の変装である可能性が出てきた」
「「!?」」
キズメルさんからもたらされた一言は、あたしとおねーちゃんを驚かせるのには十分な情報だった。おじさんでさえも、少しばかり目を見開いている気がするレベルである。
「私が秘鍵を取り戻そうと潜入していた時のことだ」
そう前置きしたキズメルさんは、その考えに至るまでの経緯をつらつらと話し始めた。
「何やら騒がしいと思ってはいたが、野営地の中は我々の時と同様に襲撃を受けて喧騒に包まれていた。騒ぎに乗じてとは思ったが、カレス・オーの民たちを襲う相手を見て思わず絶句したものだよ。
──我が同胞、リュースラの戦士たちだったのだからな」
「え!? あたしたちの他にもいたの? 時間的におかしくない?」
キズメルさんの言う事にあたしは待ったをかけた。
黒エルフの野営地で司令官さんから任務を受けて、そのまま最短最速で向かってきたはずである。なのにキズメルさんが潜入する前から大体的な襲撃が敢行されていたってことは、司令官さんの作戦でも無ければ完全な別働隊がいなければあり得ない話だ。
あたしの言にキズメルさんは頷くと、続きを告げていった。
「そうだ。私としても別働隊がいるという話は聞かされていない上に、あの様な事があって直ぐに上へ伝達出来る手段も持ち合わせていない。それは司令官殿はおろか、亡くなられた閣下ですら不可能だと断言する」
「それじゃあ、その黒エルフさんたちは偽物ってことだよね?」
「そうなるな。同胞の姿だが得体の知れない相手だと察した私は安易に姿を見せることなく、秘鍵の回収を優先した。だがそうも言ってられない事態に出くわしてな。撤退するのが遅れた理由でもあるのだが……そなたらも知る、例の森エルフの精鋭に出会った」
しかし、と彼女は挟む。
「彼の者は大きく負傷していてな、とても戦列に加われる様な状態では無かった」
「その負傷とは、もしや?」
「そなたら二人がつけた傷であろうよ。その傷は明らかに癒えておらず、剣を振るのも苦しそうでな。そんな者が我々の野営地にまで強襲を仕掛けられると思うか?」
キズメルさんの問いに、傷をつけた調本にであるあたしとおねーちゃんが首を横に振る。
「そこで私は姿を現し、彼を助けた。無論、驚かれはしたがな」
『貴様……何故!?』
『話は後にしろ。今お前に死なれる訳にはいかなくなった』
「そんなやり取りをした後、襲撃していた黒エルフを捕まえてみれば……案の定、奴らの変装だった訳だ」
『これは……フォールンの変装か!』
『確かに秘鍵の回収には来た。だがここを焼き払う算段などつけておらん』
『その言葉を信用しろと?』
『いや、私としても未だ半信半疑だ。だから信用はしなくて構わない。その代わり、お前が死ぬことは許されなくなった』
『何の都合だ』
『つい先ほど、我々の野営地がカレス・オーの者による襲撃にあった』
『待て! その様な作戦は立案されてもなければ人員も割いてないぞ!』
『その襲撃の首謀者がお前の姿をしていた、と言ったらどうだ?』
『……そうか、そういうことかっ、クソッ!』
『長きに亘って争ってきたが、この様なことは初めてだ。もしかしたら、何らかの結末へと近づいているのやもしれんな』
『貴様はどうするつもりだ』
『しばらくは様子見しか出来ん。だが時が来れば、お前には証人になって貰う必要が出てくるかもしれん。まずは傷は癒やせ、そのざまでは私を追うことも出来んはずだ』
『……礼は言わんぞ』
『ああ、必要ない。それは再会した時にしてくれ……ではな』
「という訳だ。今回の件、フォールン共が一枚も二枚も噛んでいると見て間違いはあるまい」
キズメルさんと森エルフの精鋭さんとの間にそんなやり取りがあったことを教えてもらいながら、休憩を止めて黒エルフの野営地へと帰還を開始したあたしたち。帰る道中に追加で襲われるということは無かったけど、彼女から聞かされる話とそれに伴う予測を考えればあんまり喜べない結果なのかもしれなかった。
その証拠にあたしは気持ちはズーンとしがちだし、おねーちゃんの表情も険しかった。大体無表情なおじさんは放っておくとして、今後を見据えると気の重くなる内容だったと言える。
まあ、そんなこんなで野営地まで戻ってきたあたしたち一行は司令官さんに一連の報告をして、晴れて第三層のクエストは完了ってことになった。司令官さんは報告を受けたら即座に上層へと翡翠の秘鍵を運び、その他の秘鍵の守りも固めるべきだとの判断を下していた。
野営地そのものは残るみたいだけど、キズメルさんを含む司令官さんたち将校はエルフたち専用の通路を通ってすぐに上層へと向かっちゃうみたいだった。だから一旦キズメルさんたちとはここでお別れして、続きは第四層に辿り着いてからになる。
「そなたらには大いに助けられたな。一旦の別れの前に聞きたいことがあれば、答えられる範囲で答えるが」
別れ際、キズメルさんにそんなことを言われる。態々こうして言われるってことは、何か聞けってことなんだろうけど。
(あ、それなら)
そこであることを思いついたあたしは、ダメもとで訊いてみることにした。
「フロアボス──キズメルさんたちの言い方だと《守護獣》だっけ? 何か知ってることあったりしない?」
あたしの勘だけど、態々目玉に据えられているクエストの最後に態々こんな機会を設けているってことは、第一層でもあったフロアボスに関する耳寄りな情報が手に入るってことな気がした。場合によってはベータの時と違う部分があるみたいだし、分かればラッキーくらいの感覚だ。
「む……この階層の守護獣は毒を吐くとは聞くが、その範囲が広いという事しか分からぬな」
(βテストの時はでっかい木が毒を吐いてきてたんだけどね。態々広いって付け足してきたから、範囲が拡大してるってことかな?)
(ああ、そういう意味なのね。合点がいったわ)
何のことかイメージが湧いて無さそうなおねーちゃんにベータの時のことを小声で教えつつ見解を述べると、納得した様でしきりに何度か頷いていた。多分、頭の中で反芻しておねーちゃんなりのイメージを構築してるんだろうなって思った。
「ふっ、そなたらは本当に仲が良いな。──また会おう!」
そう言って踵を返し、バサッとマントを翻すキズメルさん。それに合わせて起きた突風に目を細めると、瞬きの間に移動する黒エルフさんたちの姿が消えていた。透明化のまじないを使ったんだろうけど、手品みたいな感じで結構かっこいい演出だったと思う。
あのマントを翻す動作とか薫くんが似合いそうで、今度会えたらせがんでみようかな。薫くんのことだから『儚い……』とか言いながらやってくれるんだろうなぁ。
(ん-、それにしてもねぇ)
去る直前に仲が良いって言われたけど、何て言うかキズメルさんからの好感度が高い気がするんだよね。初めて出会った時もそうだったけど、些細なことで褒めてくるしかなり信頼してくるしでこそばゆいまであるんだけど。
極めつけは、あたしたちが何をした訳でも無いのにキズメルさんが勝手にそう思ってるって言っちゃったことだ。それはつまりキズメルさんにとってあたしかおねーちゃん、またはその両方に対して琴線に触れる何かがあったことになる訳だけどさ。
(全く分からない!)
あたしの記憶力を総動員しても、キズメルさんに
(ああ、でも──)
キズメルさんのおねーちゃんを見る目が、何かを重ねる様にして後悔している悲しみに溢れたものだってことだけは、まだ短い付き合いながらに痛いくらい伝わってきた、かな。
☆
第三層のエルフクエストを完遂し、その日はヒースクリフさんとその場で別れてそのまま野営地の中で休息を取った。キズメルさんたちが不在になった後でもクエスト受注者であった私たちが野営地に留まることに何の問題も無かった様で、迷宮区の入り口が近いという利点もあって他の攻略組が合流するまではここを拠点とすることに決めた。
他のプレイヤーたちの姿はまばら過ぎて見知った顔を見かけることは無かったが、ぽつぽつと《ALS》や《DKB》らしき集団を見かけるようになり、その中には例によってキバオウさんやリンドさんといった暫定的リーダーの姿も確認できた。
第二層では事件のせいで誰もそれどころではなかったが、実際問題として関わる関わらないは別に今後としても顔を突き合わせることになるのだから、一度余裕のある内に挨拶くらいしておこうかと思ったのが第三層に来てから6日目の話になる。
日菜共々、野営地から抜け出て迷宮区の出入り口に陣取ってる面々に向かって歩き出す。何やら言い争ってる様だったが、私たちの存在に気が付いたのか気まずそうに顔を逸らす面々。キバオウさんは後頭部をかいて露骨にやりにくそうだし、リンドさんに至っては目線を合わせようとしてくれない。
流石に露骨過ぎやしないかと思ったが、何人かが私の後ろを見てから顔なり目なりを逸らしていることに気が付いてサッと振り向く。
「あ、やば」
私が気が付いたことに対して明らかに
私は妹に向って雷を落とすと決めた。
「雰囲気を悪くしてどうするのよ!」
「だってぇ!」
「今はそれどころじゃないくらい分かってるでしょう!?」
「む~~~~っ!!」
納得がいってない日菜の頭をがしがしと抑えつつ、妹がすみませんと両陣営に頭を下げる。私たちのやり取りに対して呆気に取られたのか誰も返事をしてくれなかったが
「頭あげえや。それに謝るんわワイらの方やし、そない下手に出んでくれんと助かるさかい」
「本来謝罪するべきはオレたちの方なんだ。──あの時はすまなかった」
キバオウさんからは勘弁してくれといったお言葉をいただき、リンドさんからは謝罪をもらう。彼の言葉に便乗してか、第一層フロアボス攻略時に居合わせたであろう面々が私たちに向けて一斉に頭を下げるという事態に陥る。
あの時はいなかったプレイヤーたちからすると、攻略組二大勢力扱いのツートップとそれに連なるメンバーがこぞって小娘二人に首を垂れるという光景は理解し難いものの様で、ぎょっと驚く姿を隠すこともなく盛大に腰を抜かしていた。
そんな中で私はと言えば、売り言葉に買い言葉だったあの時を思い返しては、こうして公に謝罪の場を設けてもらっただけでも水に流そうと考えてはいる。しかしこれで納得するかどうかは正直、日菜次第としか言えなかった。
「謝られても困るんだけどさ。それで、おじさんたちは何がしたいの?」
案の定、怒りが収まっていない日菜が詰め寄る。一部のプレイヤーがおじさん呼ばわりに心を痛めている気がしたけれど、申し訳ないが気のせいということにしておく。
「何がしたい、ということは無いさ。助けられたオレたちが、助けてくれた相手に感謝の言葉一つかけてなかったんだ。今にして思えば、人としてあるまじき行為だと反省したよ」
リンドさんの話し方がどことなくディアベルさんのそれみたいだなとは思ったが、髪の毛を青く染めるなどして彼に近づこうとしているのか、形から入ろうとしている様に見える。
「せやかて、ワイらにも面子っちゅーもんがある。攻略組として他のプレイヤーたちに舐められん様にせんと、力貸してくれんようになる恐れもあるんや。今後ずっとあんさんらに気ぃ遣い続けるんわ、流石に不味いってこっちゃ」
だからここいらで明確に謝罪をして落とし前をつけておこうということだろう。実際、ずっと平身低頭で来られてもこちらが困るというのはある。一度けじめをつけて、お互いの立場を対等にしておくというのは悪くない判断だ。
再三になるが、それで納得出来ればという話だが。
「やだよ、後ろから刺されるのなんて」
メリットとデメリットで言えば、両陣営に貸し一つずつという風にも出来ることから前者の方が遥かに大きい。しかし日菜は頑として譲らない態度を
「大体、おじさんたちよりもあたしたちの方が強いでしょ。それなのにあーだこーだ言われるのなんてどうなのさ」
「言わせておけばっ。やっちまいましょうよキバ──」
──ヒュッ
日菜の挑発に乗ったプレイヤーの一人がいきり立ち、自分たちのリーダーに対してけしかけようと声を荒げる。しかしそのセリフは目の前を通過したナイフに阻まれたことで最後まで紡がれる事は無く、遠くでカランという音が響いたのがよく伝わってきた。
この場に居るプレイヤーたちの視線がゆっくりと日菜へと集まる。その腕は何かをシュッと投げた様に見えることから、先程のナイフを投げたのがこの子だと察しが付くだろう。
本来であれば怒る所だが、何のためにこんなパフォーマンスをしたのかが理解出来たので私としては沈黙を貫いていた。
「今ので『二度目』だよ、三度目は無いからね」
そんな警告と共に、日菜は私の後ろへと下がってしまう。一気に凍り付いた場を丸投げされる私の身にもなって欲しいが、仕方が無いと割り切って固まるキバオウさんとリンドさんの二人へ話しかける。
それ以降は、私たちとしては彼らの謝罪を受け入れたという旨を確定させ、今後とも同じ攻略組として頑張っていこうという誓いを立てた。一度そうなってからはひたすらむくれる日菜をよそに、私はキバオウさんやリンドさんと他愛のない世間話をする等して交流を深め、これからの活動を円滑に進めるべく尽力した。
日菜はこんな態度だし私としても愉快という訳ではないのだが、現実的な話として攻略組二大ギルドに恩を売っておくこそすれど禍根を残しておくと将来的には厄介事に発展する恐れがあるので、その可能性を少しでも潰しておこうという算段を立てていた。一先ずは各ギルドのリーダーに対して一回ずつ、何か困った時は手伝うという約束を取り付けた。そんな法外なお願いをするつもりは無いが、これで相手の気が済むのならばそういう貸しにしておくという形で決着をつけた。
第一層の件はこれにてひと段落として、ALSとDKBが競い合う様にして迷宮区攻略へと繰り出していくのを見届けた私と日菜。
「どうなると思う?」
「なるようにしかならないでしょう」
「警告はしたから、後は相手次第だけどねー」
ケロッとした態度の日菜を横目に、私は遠くを見つめていた。隣で何か日菜がべーっとしていた気がするが、気のせいだと思いたい。
そんな私の思考は、あることで埋め尽くされていた。
(あの時、私は確かに死の淵に立った)
攻略組と遭遇して謝罪を受けたことで私の脳裏に浮かんだのは、フロアボスの攻撃を相殺しようとして飛び込んだ時のことだった。
(実際に死にかけたという話ではない。一歩間違えれば、というものだ)
出来ると思ったからやった訳では無い、やらなければ不味いと思ったから強行した。結果オーライだったが、あの展開に陥った時点では最良の結果になったと思っている。
(時間にしては一瞬。でも、あれは……)
誰にも伝えていなかったが、カタナのソードスキルを相殺するために何処を攻撃すればいいかというのは分からないままに突撃した。だがこちらもソードスキルを発動させ、いざ接触となった時
(何処にぶつければ攻撃を打ち上げることが出来るか、それを観察する時間があった気がした)
どういう原理かは分からない。だが理屈としては、スポーツ選手が極限の集中力を発揮した時に《ゾーンに入る》という言い方をするとは聞く。数秒が何秒にも伸びる、それだと思った。
それかどうかは判断しかねるが、弓道部で活動している時にも似たような感覚を味わったことはある。しかしここまで明確にスローモーションを感じたことは、無かったと思う。
(決定的だったのは、日菜を助けた時)
フォールンたちに襲われた時、最後の最後で敵の兵士が日菜の隙を狙って突撃してきた。カイサラを逃がすまいと前がかりになっていた日菜は反応しきれずに、覆いかぶさろうとしてきた兵士に対応することは叶わない状況だった。
その兵士自体は満身創痍であり、武器を持っていなかった。単にリーダーのカイサラを逃がそうとその身を挺して時間稼ぎを行ったに過ぎない。
だけど、もし、あの兵士が自爆出来たのなら? 見えてなかっただけで何らかの武器を隠し持っていたとしたら? 避けることが出来ない日菜の身に、何かよからぬことが起きてしまうのではないか。
そう考えた時、私の意識ははっきりと捉えていた。周囲の時間が遅くなっていき、私が知覚している時間だけが伸びていく感覚を明確に認識していた。
その時はそれが何であると考えるよりも先に手が矢へと伸び、弓に番えて照準を合わせていた。今にして思えば、自分でも驚くほどスムーズかつ素早く放ったと思う。
更に驚くべきは、日菜へと肉薄している兵士に向かって躊躇なく、日菜に当たる不安を感じることなく放ったことだ。あれは兵士の額に必ず当たると確信して放ったのだと、後になってから気が付いた。
(何でそう思ったのかは、自分でもよく分からないのだけれど)
今はまだ、気にすることでは無いのかもしれない。
それにこんなことが何度も起きるという事は、今のところ誰かの身が危険に晒されていることに他ならない。
(そんなことは、起きない方が良いのよね)
そう自分に言い聞かせ、挨拶は終えたからと私は日菜と共に野営地へ戻った。
──私の中で、何かが千切れた気がした。
色々詰めたので適宜補足していきます
〇フォールン・エルフとの戦い
エルフ戦争キャンペーンクエストにおける敵役。カイサラはその中でもネームドエネミーのために強めの設定。とはいえヒースクリフが素で押されるくらいになっているのはちょっとおかしいという話。知らずハードモード故に敵に強化入っているという認識でオーケーです。本来想定されている強さであれば、ヒースクリフ抜きのさよひなだけで既に撃破可能。ただし逃げられるとは思いますが
また、敵6人は真正面にカイサラを配置したとして、そこから残りを点で結ぶと正六角形になると思ってください。包囲が狭まって完成される前にカイサラと反対側の敵から撃破していき、数の不利を着実に減らしていくと即断即決した紗夜たちは難局を突破することが出来ました、という話です。実際この時に出てきたカイサラを含む6人の敵は全員片手直剣か曲刀持ちの近接職で、遠距離攻撃の手段は武器を投げることしか出来ないという『設定』です。そも遠距離職は包囲に参加せず隠れて狙撃すれば良い訳ですしね
あ、後で描写しますが6人の内1人だけ放置されている件については、森エルフたちに引き渡されているという事になってます。そいつが口を割るかどうかは、まぁ……
〇キズメルの考察
両エルフの野営地を襲った云々については、密偵と秘鍵の引き渡しを担ったもう一人を除いた全員がフォールンの変装です。実は前話で紗夜たちが黒エルフの野営地炎上に居合わせた際、内部を案内してくれた名も無き黒エルフもフォールンの変装です。案内した思惑としては、人族が侵入してきたから混乱に一役買ってくれるかもしれないというものでした。実際は黒エルフの援軍ですし、キズメルと相対していた兵士も人族が手を貸すとは思っていなくて内心で驚愕していました。まじない解ける前に切り伏せちゃったから分からずじまいでしたが
〇好感度高くない?
日菜も勘づいている通り、やたらとキズメルからの好感度や信頼度が高く見えるが原作からして割と早く打ち解けてくれている気はする。尤も、分かる人には分かる理由が存在してはいる。エルフクエスト関連の最後の方で描写する予定の為、原作未読勢の為に言及は避けて欲しい
〇森エルフの精鋭くん
実は最初にどちらかの陣営を選ぶ際、撃退ではなく撃破を達成するとレアドロップ品が存在するらしい(公式)。原作でもキリトが狙ったらしいが失敗したくらいには高難易度である。姉妹は撃破も可能だったがこれを知らなかったのでスルー。ただし知っていたとしても撃破を選んだかと言われれば、それはノーである。彼の生存とキズメルの行動によって図らずも事態の渦中に巻き込まれ、本来であれば敵対陣営の森エルフ側に多少の融通が利くようになったりならなかったり
〇ALSとDKBからの謝罪
ごたごたしてた第二層では気持ちの整理等も相まって接触すらなかったが、後に禍根を残すこと自体がよろしくないと判断した紗夜によって手打ちに持ち込まれる。日菜も文句言ってるだけで実のところはこうする理由と利点についてちゃんと理解しているし納得もしている。今回あえて態度に出したのは第五層で回収します
キバオウに関しては最終的に道を踏み外しさえしなければ気の良い関西のあんちゃんである。姉妹に対しては恩義もあるし、今回はビーター云々も無いので原作よりも気前はいい方。そんでもβテスターたちのことを快く思っていないのは変わらない。とはいえ、突っかかることがあるとすればラストアタックをかすめ取っていくキリトに対して恨み言をいうくらいであって、徹底的に排除しようという気は無い。この差が地味に響く、はず
リンドに関しては原作からして特に言うことが無さ過ぎる。ディアベルを妄信するあまり彼の真似をしだすくらいには憧れていた模様だが。こちらもキバオウ同様、姉妹に対して恩義があるので腰は低い。彼が率いるDKBが将来的に吸収合併を経てあの《聖竜連合》になるらしいが、どうなんだろうか
キバオウが口にした面子があるということに関しては、プライド的な意味ではなくブランド的な意味合いである。それが分かっているからこそ、紗夜もさっさと仲直り(?)をしておきたかった。芸能人であり有名人でもある日菜と仲違いしているという噂でも流されたらたまったものではなく、攻略が滞ること必至であったので未然に防ぐ形に落ち着かせることが出来て皆安堵していたりする。以降、何を流布されても双方から否定出来る
〇紗夜の何かが千切れる音
堪忍袋の尾では無いです。彼女が明確に耳にしたのは初ですが、描写していないだけで彼女の回想の通り最初のフロアボス戦でも切れてます。なので今回は二本目になります。これが冒頭でも述べた紗夜の強化プランに繋がるのですが、受け入れてもらえるかどうか不安だったりします。自分なりに合いそうだなって設定を用意したつもりですが、果たして
これにて第三層が終わり、次は第四層と言う名の閑話を一話挟みます。その次が第五層なのですが、冥き夕闇のスケルツォの要素をどうするか迷った側面もあるので次話投稿から二週間いただくと思います。次話は一週間後に投稿し、実質今日から三週間後に第五層の投稿を開始する予定です