夜を日に継ぐ   作:百三十二

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第五層フロアボス戦前後編の後編になります。連日投稿ですので、前編をまだの方は一つお戻りください。どうして後編だけで1万5千字もあるんですかね。読みづらい&分かりづらくて申し訳ない

とはいえこれにてフロアボス戦は決着です。後始末の話を一話追加すれば、第五層におけるエピソードも終了となります

では、一先ずは本編をどうぞ




ツキアカリのミチシルベ 後編

 

 

 

 ディアベルが落下していく。それを見ているしかない残りの仲間たち。

 

 しかし、それで諦める様な性格ではない上に、幸運にも助ける手段を持ち合わせている姉妹がいた。

 

 

「行きますよ!」

 

 

 落ち切る前のゴーレムたちを意に介さず、紗夜が矢を放つ。攻略段階に比べて熟練度の高いスキルによって放たれた矢は流星のごとく突き進んでいき、射線上に存在するディアベルのインナーを射抜いてみせる。

 

 

「ぐっ」

 

 

 ちょうど服の背中側に狙いすまされた矢はそのまま背後の壁に突き刺さり、人間を一人縫い留めることに成功する。これによりディアベルが落下することを一時的に阻止出来たが、矢そのものの耐久値を考えればもって数秒でしかないだろう。

 

 

 だが姉妹にとってはそれで構わなかった。落下を止めたのはあくまでも本命を確実に届かせるための布石であり、時間稼ぎでしか無かったのだから。

 

 

「ちゃんと受け取ってよ!」

 

 

 そして紗夜が矢を放ってからコンマの差で、日菜が本命を投擲する。

 

 救出のために投げ入れられた物は──第四層でNPCからレンタル出来た《浮き輪》だった。

 

 空気の詰まったアイテムという事もあり、投擲スキルで打ち出した際に真っ直ぐ飛ぶ保証も無く、受け取らせる相手に直撃させるのもNGである。

 

 それ故に、ゴーレムたちを避けつつ少々山なりに放り投げる必要があった。しかし落下速度を考慮しても、ディアベルが重力に引っ張られる方が先になるという結論が二人の脳内で導き出されていた。

 

 よって時間稼ぎをする必要があり、離れた位置に届かせる手段を持ち合わせているたった二人にしか実現できない曲芸をする羽目になっていた。紗夜の技術に至っては一か八かを通す為とはいえども異次元であり、それを見越した日菜の投擲の正確性も到底真似できるものでは無いだろう。

 

 作戦を伝え合う暇もなかったというのに同じ作戦を実行し、それぞれの役割を理解して分担する。阿吽の呼吸という表現がこんなにも似合う息の合いっぷりは、苦い過去を乗り越えてきた二人ならではのものか。

 

 

「──っ!」

 

 

 ひも状のものが括りつけられている浮き輪が自分目がけて飛来してくる光景に、思わずディアベルは目を閉じてしまう。

 

 死なせてくれ。そういう気持ちも無いと言えば嘘になるからだ。

 

 

(それは駄目だ!)

 

 

 だが彼は、走馬灯のように湧き上がっていた後ろ暗い感情を振り払う様にカッと目を見開く。

 

 危険を顧みることなく、己の為に差し出された手がある。それもこの世界に来て二度目となる機会だ。

 

 情けない姿ではあるものの、それを言い訳にして一人塞がり込むのは臆病者を通り越して人として許されない行いである。

 

 まだ自分は人として終わっちゃいない。終わりたくない。その一心で、彼は光を目指し始める。

 

 

「おおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 重力と共に死へと引きずり込もうとする心の闇に負けまいと叫び声をあげ、気合を入れ直す。

 

 宙づりを支えている矢の耐久値が尽きるのが先か、蜘蛛の糸のごとき浮き輪が到達するのが先か。

 

 

 

 その答えは──矢の耐久値がゼロになる瞬間、ディアベルが壁を蹴ったことで浮き輪の到達をほんの少しだけ早めることに成功し、輪っかの部分に腕を通すことが叶った。

 

 

 

「おじさん引っ張って!」

 

「心得た!」

 

 

 ひも状のもの──《ネペントの蔦》をロープに見立てて浮き輪に括りつけるという発想を利かせた日菜は、間断なくヒースクリフへと助力を請い、了承を得る。

 

 ディアベルが浮き輪を掴んで終わりではなく、やがて内側の壁に激突する感じで静止するだろう。そうで無くとも、浮き輪に付属しているロープを引っ張らなければ真っ逆さまである。

 

 だが筋力値に寄せたビルドと装備をしている推定成人前後の男性一人を持ち上げるどころか維持するには、敏捷値に多く割いている日菜では圧倒的な力不足だった。

 

 それを補うために、ディアベルと同等以上に筋力値を重視しているであろうヒースクリフの協力は必須だ。姉妹が何をやろうとしているのかを横目でしっかり把握していた彼は即座に応じ、この策に乗った。

 

 

「アルゴさんキリトさんアスナさんは私の合図に合わせて模様を踏み、ターゲットサークルを出現させてください! 両腕両足で4本なんですから、4人分が限界のはずです! それで救出のための時間を稼ぎます! エギルさんクラインさんリーテンさんシヴァタさんは、もし囮役の私たちがミスを犯した時の為に警戒を怠らないでください!」

 

「分かっタ!」

「ああ!」

「ええ!」

「おうッ!」

「よっしゃ!」

「はい!」

「了解です!」

 

 

 日菜とヒースクリフの二人がディアベルを引き上げる際、どう頑張っても無防備になることは不可避だろう。そうなれば床の模様を踏み抜くというリスクも当然ながら発生する。

 

 それをカバーするべく紗夜から矢継ぎ早に指示が飛び、この場に居る全員が了承する。この指示が一人の命を救うために必要なことだと、全員が理解していたからだ。

 

 

「来るぞ!」

 

 

 ロープを掴みながらディアベルの姿を目視していたヒースクリフが、体重のかかるタイミングを見計らって日菜に力を入れる様に促す。

 

 

「ふぎぃぃぃ!!」

「むうっ!」

 

 

 そして戦士一人分の重量がロープを伝って二人に襲い掛かる。日菜は勿論のこと、要のヒースクリフでさえ唸る質量だった。

 

 しかし二人が重さに負けてロープを手放すことは無い。模様を踏んでフロアボスの攻撃対象になるかもしれないという恐怖は、今この場で共に戦う仲間たちを信じることで払拭していく。

 

 

(まだ……もう少し……)

 

 

 それに応えるべく、二人の足元を紗夜は注視していた。

 

 自分を含めて4人が模様を踏む。流石にあるだろう若干のズレも考慮して、限界を見極める。

 

 ここに至るまでに幾度となく発揮されてきた集中力と、自覚の無い勝負勘。それらをフル稼働させた彼女の判断が、下される。

 

 

「今ッ!!」

 

「「「ッ!!」」」

 

 

 タイムラグを考慮された上で出された指示。囮役の4人が自分から模様を踏み抜き、ターゲットサークルを出現させる。

 

 

「出たゾ!」

「よし、踏めた!」

「こっちもよ!」

 

 

 各々から作戦通りに事が進んでいることを口頭で伝えられる。無論、紗夜の足元にも赤い色の瞳が写し出されている。

 

 

「散開!」

 

 

 後はそれぞれの攻撃範囲が重ならない様に陣取るだけである。幸いにも足場の範囲は半径25mの円と余裕がある。お互いの位置を目視しながら適切な距離を取り合うことくらいは、実に簡単な話である。

 

 

「思ったより重いぃぃぃぃ!」

 

「紗夜君! 引き上げること自体は可能だが、これでは間に合うか分からんぞ!」

 

 

 が、ここに来てディアベルを引き上げている二人から思いの外時間がかかるとの通達が飛ぶ。

 

 

「エギルさんクラインさん!」

 

「任せろ!」

 

「おらっ、気張れよお二人さん!」

 

 

 すかさず囮役以外の面子から増援を二人ほど選び、さりげなく自身はボスの攻撃を回避していく。

 

 

「せーので行くよ!」

 

 

 正真正銘の命綱となったロープの持ち主である日菜が、大の大人3人を相手に音頭を取る。

 

 ヒースクリフは元より、合流したエギルとクラインの二人が掴んだのを確認することを欠かさないでおく。

 

 

「せー、のっ!」

 

「「「おおおおおおおおッッ!!!」」」

 

 

 少女の掛け声に、低く野太い声が重なる。それ相応に重く、力強く引っ張るエネルギーがロープにもたらされ、確実に引き上げていく。

 

 

「すまない! もう少しだ!」

 

 

 浮き輪にしがみついているディアベルが声を張り上げ、残りの長さを体感で伝える。その言葉を信じ、ラストスパートをかける4人。

 

 それをさせまいと、先に出現させた腕と足の消失に伴う模様の再起動。

 

 

「ッ!」

 

 

 このままでは囮役が模様を踏むにしても間に合うとは思えない。そう判断した紗夜は武器を仕舞い、決死の覚悟で走り出した。

 

 

「それしかないかっ!」

 

「キリト君!?」

 

 

 紗夜が何をするつもりなのかを察したキリトも同じように駆け出し、アスナから驚きの声があがる。

 

 

 高レベルプレイヤー二人が疾駆し、近寄ったのはロープを引っ張る集団ではない。その先の、ちょうど崖の下にいるであろうディアベルに向かってだった。

 

 

((間に合え……ッ!))

 

 

 二人の願いを無下にする様に、ロープを引っ張る面々の足元を模様が通過する。それによってターゲットサークルが4つ密集して出現し、このままでは4人に対して攻撃が集中してしまう。

 

 

 その前に掴んでいるロープを離さなければ、ディアベル一人の命と引き換えに4人も危機に晒すことになる。

 

 

 ならば引き上げる位置を前倒ししてしまえば良い。その一心で紗夜とキリトは走り出し、崖際に到着する。

 

 

 祈る気持ちでほぼ同時にロープの先へと視線を送る。

 

 

「頼む!」

 

 

 ギリギリだったが、浮き輪が崖のへりに差し掛かる。自身を見下ろす二つの影に何をされるか理解したディアベルが、思い切りやってくれとしがみつく腕に一際力を入れ込む。

 

 

 その言葉に、二人はお互いの顔を見合わせることも無く浮き輪を掴んだ。

 

 

「「これでぇっ!」」

 

 

 そして躊躇いも無く、ステータスに物言わせてディアベルごと浮き輪を後方へとぶん投げた。

 

 

「リーテンさんシヴァタさん着地ッ!!」

 

「「任せてください!」」

 

 

 宙に浮いたディアベルを確認したロープ組は攻撃を受けない様に何とか散らばり、出現した腕と足の餌食になることを回避していく。

 

 また、間に合わせる代償として空中へと放り投げられたことで発生し得る落下ダメージを防ぐために、ここまで待機していた二人にキャッチを任せる。一言一句違わない返事に性別は別でも二人の仲の良さが窺え、思わず口の端を緩める紗夜だった。

 

 

 空中で浮き輪を手放したディアベルと、放り投げた態勢で上を向く二人の視線が交わる。

 

 

 言いたいことはたくさんある。しかしそれは今では無い。

 

 

 まずはフロアボスを倒す、話はそれからだ。

 

 

 清算するのは、皆が無事に生き残ってからでも間に合う。三人は言外に、そう会話した。

 

 

 

 

 最終的にリーテンの補助を得てシヴァタが無事に受け止め、一連の救出劇は一人の犠牲者も出すことなく終えるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さて、どうする……?」

 

 

 レイドリーダーの救出には成功したが、芳しくない状況が続いている。感謝と謝罪を後回しにしつつ、打つべき手を模索するディアベルの声はここにいる全員の内心を代弁していた。

 

 体力ゲージが二本目に突入し、ボスの咆哮と共にデバフ散布とトラップの起動が発生した。そして回避を強要されている内に、フロアボスの顔面が雲隠れしてしまったので弱点となる紋章を攻撃するという手段も取れない。

 

 

「いや、そう困った感じでもないヨ。突破口なら既に見つけたサ」

 

「それは本当かい? アルゴさん」

 

「オネーサンを信じてみナ」

 

 

 手詰まりに思えたが、何かに気が付いたのかアルゴが自信を持ってそう答える。

 

 

「さっきサヨの指示で模様を踏んだ時、オレっちを狙って出現したボスの足。その膝に、例の紋章が見えたんだヨ。恐らく、顔を出さなくなった代わりに弱点も移動したってことダ」

 

「顔を出さないなら、態々弱点を露出させる意味は無いと思うが?」

 

「さっきヒナが叫んでたロ。そこの階段の下で口を開けて待ってるんじゃないかってナ。それこそが今回、一連のトラップにおける本命かつ、第二形態ってことなんだろうサ。つまり!」

 

 

 ビシッと階段を指差しながら、確信を告げるアルゴ。その顔には、情報屋としての彼女が培ってきた全てが詰まっていた。

 

 

「誰かが本命に引っかかった時、ボスは近距離攻撃でも届く位置に顔を露出させル! そうなった際に紋章を露出させたままタコ殴りにされない様、他の部位に移動させることで弱点がただの的になるの防ぐ魂胆なのサ!」

 

 

 アルゴが出した結論に、納得の声を上げていく一同。であるならばと、即座に作戦を思いついたディアベルが指示を飛ばす。

 

 

「よし! ならばキリトさんとアスナさん、エギルさんとクラインさん、シヴァタとリーテン、そしてオレとヒースクリフさんで4組のペアを作る! ペアの二人で交互に模様を踏む様に立ち回り、手が空いてる方が攻撃だ! これなら紋章が移動している部位を一々見極めなくても、確実にダメージが見込める!」

 

「よし、やるぞ!」

「ええ!」

「反撃開始ってところだな!」

「やってやろうぜ、エギルの旦那ァ!」

「頑張ろう、シバ!」

「そうだね、リっちゃん!」

「ふっ、了解した。指示に従おう」

 

「サヨさんとヒナさんの二人は引き続き、紋章を見つけ次第遠距離攻撃で追撃してくれ! アルゴさんは彼女たちのフォローと可能な限りの情報収集!」

 

「分かりました!」

「まっかせて!」

「おうっ、腕がなるってもんダ!」

 

「間違って模様を踏んでも焦らず報告! ターゲットサークルが出現してから攻撃が飛んでくるまでは十分に猶予がある! ──行くぞ皆!」

 

 

 ペアの編成を終え、それぞれが配置につく。そしてディアベルの掛け声と共に鬨の声をあげ、士気が上がる。

 

 

 以降、それぞれのペアが手際よくボスの腕や足を出現させていき、回避をした後にソードスキルを加えていく。紋章の有無を問わず、ひたすら同じ作業を繰り返す。

 

 

「あ、紋章みっけ!」

 

 

 その最中、遠距離攻撃による遊撃を任されていた日菜が、ボスの額にあったはずの紋章を視認する。これによりアルゴの仮説が立証され、この行為に意味があると確信したプレイヤーたちは俄然やる気を増していった。

 

 ボスの腕と足が一度は消失するという仕様からか、次に模様を踏むまでの空き時間が小休憩に利用出来たというのもあって、11人の集中力やリアル体力が尽きるということも無かった。そうして地道な作業を続けていき、見えないボスの体力ゲージが内部的に二本目から三本目へと移行していく。

 

 すると罠にかからないプレイヤーたちに業を煮やしたのか、再びフロアボスの顔面が天井に姿を見せる。横に出ている体力ゲージがしっかりと削れていることに安堵しつつ、またもや紋章がボスの額に移っているのが確認できた。

 

 

「ボスの額に紋章があるなら、最初と同じで行こう! 遠距離攻撃の二人以外は回避に専念! もし額から紋章が消えたら、さっきまでと同じ作戦に切り替える!」

 

 

 ならば初心に戻り、日菜の索敵のもと弓矢と投擲による遠距離攻撃作戦へと回帰するだけである。

 

 改めて感覚を拡げ、額への攻撃を嫌がってフロア中を移動するボスを追っていく。そんな妹の先読みにも近い索敵通りに紗夜も攻撃を仕掛けていき、フロアボスの行動パターン変化なぞ何のその。着実に体力ゲージを減らすことに成功していった。

 

 

「壁が迫ってル? まるでボスの胃袋みたいだナ……」

 

 

 ボスの体力が減っていくと同時に、消失した外円部を埋める様にして壁が近づいてきた。やや気味が悪い感じで収縮を行いつつ迫ってくる姿にアルゴは自分たちが食べられているのかもしれないと連想し、少し背筋を凍らせていた。

 

 とはいえ、壁自体は内円部に到達すると収縮を止め、今度は内円部に対する壁へと変化した。βテストの時に第五層のフロアボス戦に参加した人ならピンと来るであろう、本来あるべき部屋の姿に戻ったのだ。これによって吹っ飛ばされても崖下に落ちることが無くなったという安心感が生まれ、プレイヤーたちの動きは更に良くなっていく。

 

 

「三本目が終わる……。遂に半分を超えるぞ!」

 

 

 そうして、状況に応じた行動を臨機応変に取ることでボスの体力ゲージを削っていくこと十数分。遂に最大値の半分を減らし、折り返し地点へと到達した。

 

 色々起きた気がするが、やっとこさ半分まで来たという現状にあって、プレイヤーたちはごく自然に身構えていた。

 

 それもそのはず、一本目のゲージを削り終えた時にデバフ付与とトラップが起動したのだ。二本目の時は形態変化こそ起きたが、デバフ付与は無かった。あるとすれば、6本もある体力ゲージの奇数本目を削り終えた時ではないか。共通の予想が、皆の間を過ぎる。

 

 

 

 そしてその予想は的中し、性懲りも無くフロアボスが天井に姿を見せ、咆哮する。心なしか怒りを含んでいるそれは、本日二度目となるデバフをプレイヤーたちに付与していく。

 

 

(くっ、これは……!)

 

 

 耳を震わす音を聞いた後、思わず片手で頭を抑えながらふらついてしまう紗夜。何事かと思い、自身の名前と体力ゲージの横にあるであろうデバフアイコンを見やれば、見たことの無い表記が写し出されていた。

 

 

(ステータスに対するデバフでは無いのね。でもこの気持ち悪い感覚は何? まるで前後不覚にでも陥る様な、何かが定まらない感覚は)

 

 

 何とか腰に力を入れて周囲を見渡してみれば、やはり同様に立っているのがやっとな仲間たちの姿が映る。直接的なダメージこそ無いものの、これではまともに動くことも出来ない。

 

 

「これは……平衡感覚に作用するデバフか!?」

 

 

 謎のデバフに苦しむ一同だったが、その正体にいち早く気が付いたのは意外にもディアベルだった。

 

 

 平衡感覚というのは、頭部或いは全身の位置だったり、直進や回転の運動などを判別する感覚のことだ。これのおかげで人間は天と地のどちらが上下なのかを識別出来たりするという、大事な感覚である。

 

 

 そこに向けてデバフを付与してくるとは、流石は脳波でプレイするゲームだということだろうか。何にしても、正体さえ分かってしまえば回復を待つのも短縮できる。その場でぐるぐると回転し、眩暈を引き起こした様なものなのだ。下手に動かず、模様にさえ気を付ければいい。

 

 

(……待って、感覚に作用するですって?)

 

 

 何かを見落としていた気がして、紗夜は思考を回転させる。

 

 

 思えば、この現象の正体を最初に気が付いたのはディアベルだった。彼は特別、何らかの感覚やそれに応じた器官が突出しているという話は無い。

 

 

(普通、こういうので何かあると気が付くのは……そう、日菜のはず)

 

 

 だが当の妹は、先程から一言も発した様子はない。その類まれなる才能と、ヒースクリフも唸る特異な感覚であれば、何処に干渉を受けたかくらいすぐに分かるはずだ。

 

 

(──まさかッ!?)

 

 

 ふと、非常に不味い予感がした紗夜は、自身の感覚が鈍っているのも無視して日菜の方を見やる。

 

 

 するとそこには、一見すると何もなかったかの様に立っている妹の姿があった。

 

 

 

 しかし紗夜には分かる。アレは日菜が、呆然と立ち尽くしている異常事態だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「日菜ぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

カァン──

 

 

 

 

 

 

 

 ぴくりとも身動きしない妹の手から短剣がこぼれ落ち、虚しい音を響かせた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あー、やられたなぁ。

 

 

 

 フロアボスが咆哮し、デバフを貰ったと察した瞬間。あたしの世界から音が無くなり、今どこに立っているのか、そもそも立てているのかすら分からなくなった。

 

 

 何て言うか、自分の身体の何もかもが機能しなくなって、どうすることも出来ない状態だ。

 

 

 おかしくなったのは多分、平衡感覚とかそんなところだと思う。見えてる景色が正しいかどうかの判断がつかないくらいきついけど、何か見える気がするし視覚は正常なのかな。でも眩暈とかしてるし、どの道使い物にならなくなりそうではある。

 

 

 誰かが何か言ってる気がするけど、耳も駄目だ。平衡感覚を司ってる部位に耳の三半規管と耳石器ってのが関わってたはずだから、そのついでで聴覚としての機能も駄目になったのかな。もしかしたら鼓膜とかやられたかもね。

 

 

 

(なーんも分かんないや。それこそまともに意識があるのかどうかすら、認識できてないし)

 

 

 

 何もかもを放棄したというのは、こういうことなんだろうか。ボスの弱点を追跡するために感覚を鋭敏にさせていたのがかえって仇になった。そのせいでカウンターみたいな感じで、一人だけとんでもないダメージを受けてしまった。

 

 

 訓練しないで無重力空間に放り出されたと同じって言えば伝わるだろうか。上下の区別はつかないし、自分がどういう空間のどの辺にいるか、そういうのが一切分からないし予想も出来ない。何なら手足を動かせているのか、それすらも確認のしようがないくらいには酷い。

 

 

 平衡感覚のオマケで色々吹っ飛んだかな、これは。無駄に冷静な思考になってるのも、直感的に手詰まりなことを察してしまったからだろうか。今さら慌てても手遅れだから、全てのリソースが反省会という名の思考に割かれている。

 

 

 そうは言っても、ゲームオーバーになったら死んじゃうのだから反省会も何も無いと思う。チェックメイトをかけられた気分を長々と味わうのは、流石に良い気はしない。

 

 

 でもほら、やっぱり意地悪なフロアボスだった。あたしたちを馬鹿にしてる気がしたのは、間違いじゃなかったんだ。現に思い通りに行かなかったせいで怒ってた気がするしね、ざまぁみろ。

 

 

 

(ん-、でも死にたくはないよねぇ)

 

 

 

 何も分からないから、模様を踏んで狙われているのか、今攻撃を受けているのか、そもそも既に食らって倒れているのかが分からない。ただし、ほぼ確実に無防備を晒している。それをどうにかする術は、ある訳無い。

 

 

 ネズちゃんが気が付いてくれたおかげで壁が寄って来てたのは分かってるし、下に落ちて救出すら絶望的ってことにはならない。だとしても、五感に対して作用してくるデバフを受けた皆がすぐに動けるようになるとは、残念ながら考えにくいかな。

 

 

 だって未知の感覚だろうし、仮に慣れたとしても模様を避けながら縦横無尽に動けるかって言われれば、流石に厳しいでしょ。

 

 

 そんな状況だから頭を過ぎるのは、当然ながら死ぬかもしれないってこと。

 

 

 嫌だなぁ。まだ第百層どころか第五層だよ? 序盤も序盤、退場するには早すぎる段階だよね。

 

 

 おねーちゃんと一緒に居られるのを喜んでる場合じゃなかったよ。これなら最初から巻き込まれなかった方が長い時間を共に出来たじゃん。

 

 

「日菜ッ!」

 

 

 もう最悪だよ。おねーちゃんの姿すら見られないんだよ? 死ぬかもしれないってのに、大好きな人を見ることも出来ないだなんて。

 

 

「日菜ッ!」

 

 

 寂しいよ、おねーちゃん。寒い所に一人で旅立つのは、こんなにも怖くて悲しいんだね。

 

 

 

 

 お別れすら出来ないけど、最後まで傍に居られないけど、どうかおねーちゃんだけでも無事に帰れますように。

 

 

 

 

 ごめんね、おねーちゃん……大好きだよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 日菜ッ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ、おねーちゃんの声がする。

 

 おかしいな。何も分からなくなったはずなのに、幻聴かな? 死んじゃったから、そういうのが聞こえる様になっちゃったのかな。

 

 ん-でも、最後におねーちゃんの声が聞けただけでも嬉しいよ。看取られることも無いと思ってたから、こんなんでもありがたいって言うか──

 

 

 

「馬鹿言ってないでしっかりしなさい! あなたを死なせる訳ないでしょう!?」

 

 

 

「……? おえ……いぁ……?」

 

「意識があるなら舌噛まない様に黙る!」

 

 

 ──嘘だぁ。

 

 

 冗談だと思って絞り出した、声かどうかも怪しい音に対して返事がある。何を言われてるか聞こえないはずのに、何となく内容が分かる。

 

 

 誰かと会話している。そうと分かるとあたしの世界が色を取り戻していく。だって誰と通じ合っているかだなんて、姿を見なくても理解できる。

 

 

 何で、どうして。だって皆と同じようにデバフ食らってたはずでしょ? 迎えに来てくれるはずがないのに、信じられない。

 

 

「何か言いたそうにしてるけど、妹の窮地に奮い立たない姉なんていないわ。平衡感覚が何よ。そんなもの、あなたの為なら気合でどうにかしてみせる」

 

 

 そういう問題じゃないでしょ。おねーちゃん、気合でどうにかするタイプじゃないじゃん。もうちょっと体裁とか気にしてさ。

 

 

「何とでも言いなさい。そんなもの、犬にでも食わせておけば良いのよ」

 

 

 わぁ。普段なら絶対言わないじゃん、そういうの。もしかしてテンション上がってる?

 

 

「そうね。アドレナリンでも出てるかもしれないわね。今なら何とかなる気がするもの」

 

 

 おお、おねーちゃんが強気だ。何かイベントとか、変なノリとかに合わせてぶっ飛んじゃう時あるよね、おねーちゃん。今回もそれ?

 

 

「知らないわよ。ほら、私に身を委ねなさい。動き回るだろうから、大人しくしてるのよ」

 

 

 ん、分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 その光景を見ていたものは例外なく唖然としたという。常に冷静沈着なあのヒースクリフでさえ驚愕の表情を隠そうともしなかったのだから、如何に尋常ならざる出来事だったのかがよく分かるだろう。

 

 

 平衡感覚に作用するデバフを食らい、この場に存在する11人のプレイヤーたちは全員もれなく動けるような状態では無かった。その中でも一際ダメージの大きかった日菜に至っては小さな反応すら起きなかった程だ。

 

 

 そんな絶対的な窮地にあってただ一人、紗夜だけが動けた。それも全身全霊と言わんばかりの、ステータスに物言わせたスピードでだ。

 

 

 勿論、彼女とてデバフは受けている。頭がくらくらとしていたし、少なからず眩暈も起きていた。

 

 

 それでも彼女は動いた。何においてもかけがえのない妹が死の淵に立ったと理解した時、この世の全てを置き去りにする決意を漲らせ、強靭な意志をもってシステムに抗い、無理だと囁く脳波を押し切って駆けだした。

 

 

 そして日菜が崩れ落ちるよりも先に彼女を抱きかかえ、模様を踏まない様に立ち回り始める。デバフそのものはまだ消えていないというのに、ただ妹の為に身体を張り、絶望を覆す。

 

 

「見ての通り私たちは戦力になりません! 後のことはお願いしますっ!」

 

 

 だが紗夜が頑張って逃げ続けたところでボス戦は続いている。三本目の体力ゲージを削り終え、四本目に突入したばかりだ。

 

 自分たちはこの有り様で戦力になり得ない。そのことを他の9人に伝え、託す。

 

 

「っ! ペアによる作戦を続行する! 二人の援護が無い分だけ火力は落ちるが、それでも削れはするんだ! 前半を彼女たちに頼りまくった分だけ取り返すつもりで行くぞ!!」

 

 

 いち早く応じたのはディアベルだった。彼は攻略ペースよりも確実性を重視し、博打を打たずにこれまでも成功していた作戦の続行を決断する。

 

 

「アルゴさんは二人のサポートに! 全員生きてここから帰るぞ!!」

 

 

 これ以降、時間こそかかるものの着実にダメージを重ねていき、四本目と五本目の体力ゲージを削っていった。

 

 

 その間、未だに反応を示さない妹を抱えて奔走する姉は一言も声を発さなかった。

 

 まるで他の声や音が聞こえていないかの様に、近寄るアルゴのことさえも気にかけることなく、何処か遠くを見つめているかのごとく、心ここにあらずといった感じだった。

 

 それでも足は動き、お姫様を抱える腕に力を入れ続ける。今の彼女を突き動かすものは、ただ守り抜くという信念のみ。時折覗く彼女の表情を目にしたアルゴが思わず息をのむほど、鬼気迫るものがあった。

 

 

 やがて五本目の体力ゲージを削り終える頃になると、何故か足元の模様が青白い輝きから赤く怪しい光へと変化していく。それを踏んでもターゲットサークルは出現せず、回避する必要が無くなった。

 

 そして奇数本目を削り終えたことによる咆哮とデバフ付与が為されていく。今回はスリップダメージであり、きちんと回復をすれば対処可能なのでデバフとしては当たりの部類だった。

 

 

「おい見ろよ! ボスが……!」

 

「ようやくお出まし、ってことか……!」

 

 

 すると今回はそれまでと様子が違い、咆哮を終えたフロアボスが天井に張り付かせていた顔面を突き出してきた。それだけに留まらず、天井から頭部についで首、胴体、四肢と全身をあらわにしていく。

 

 第五層のフロアボス。6本もある体力ゲージの最後の一本になると突入する、最終形態。

 

 

「大きい……」

 

 

 アスナの呟きは尤もであり、本来の姿を見せたフロアボスの大きさは見上げると首が痛くなるレベルだった。これまで散々出現してきた腕と足はそのままのサイズで、頭部に見える紋章の位置ともなれば豆粒にしか見えない程だった。

 

 フロアボスが寝転がれば、この部屋の端から端に手足が届くんじゃないか。まさしく巨人と呼ぶのが相応しい容貌である。

 

 

「最終決戦だ。これを乗り越えれば、ボスは倒せる。足下の模様を気にする必要も無くなったんだ、ボスの攻撃をまともに食らわない様に立ち回り、少しずつでも良いから削っていこう」

 

 

 だがここまでやってきたプレイヤーたちに諦観などというものは無い。目に見える巨体、どう考えても圧倒的な膂力を有しているであろう攻撃。エルフクエストの終わり際に伝えられる、一人で攻撃をガードしてはいけないという忠告はここのことを指していたのだろうと得心がいく。

 

 それでも引くという選択肢はない。地道にでも削れば、これで終わりなのだから。勝利は目前、油断も慢心もせずに勝ち切る。

 

 

「正念場だ! 最後まで気を抜かずに行くぞッ!!」

 

 

 現場のリーダーとしてディアベルが檄を飛ばす。最も強い戦士ではなくとも、誰もが認める優れた指揮官である彼が率先して声を上げることで士気を維持し、少しでも勝算を上げていく。

 

 呼応する様にしてフロアボスが床に着地し、地面を揺らす。

 

 

「おおおっ!!」

「はああっ!!」

 

 

 先制攻撃だと言わんばかりにキリトとアスナの二人がフロアボスの右足に向かってソードスキルを放つ。最後のゲージがほんの少しだけ減ったのを確認し、弱点の紋章を狙わずともダメージが通ることを再確認したプレイヤーたちは一気呵成に攻撃を叩き込んでいった。

 

 

「ボスが振り被った! 攻撃が来るぞ!」

 

 

 その様子を一歩下がって俯瞰していたディアベルがフロアボスの動きを察知し、危機を知らせる。

 

 

 が、それを意に介さず一人佇む男がいた。

 

 

「ヒースクリフさん!?」

 

 

 フロアボスが振り被った右腕が、その場に残った彼へと襲い掛かる。パンチを突き出す要領で、地面スレスレを這うようにして繰り出される一撃を──

 

 

 

「ふぅ……………参るッ!」

 

 

 ──ガァン!

 

 

 あろうことか、真正面から受け止めようとした。

 

 

 アレほど一人で受け止めるなと言われた攻撃を、お世辞にも高級とは言えない盾で受けていく。あまりにも無謀な試みに全員の視線が釘付けになる。

 

 

「ぬぅぅぅぅおおおおおおッ!!」

 

 

 しかし何に触発されたのか、あのヒースクリフが雄たけびを上げて踏み止まろうとする。フロアボスの一撃に対し、真っ向勝負を挑んだ男の有志がプレイヤーたちの目に焼き付けられていく。

 

 

「キリト君! アスナ君! 君たちならばこの腕をつたって頭部までいけるはずだろう!」

 

「……! そうか、その手があったか! 行くぞアスナ!」

 

「ええ! ヒースクリフさんの踏ん張りを無駄になんてしないわ!」

 

 

 ボスの一撃と対峙しているというのに、何処にそんな余裕があるのだろうか。後方へ押されながらも耐え凌ぐ傍ら、ヒースクリフは残りの面子の中でもステータス的に十分な機動力を持っている二人へと声をかける。

 

 彼が何をしたくてこんな勝負に出たのか、それを察したキリトとアスナは勢いよくボスの右腕へと駆け出していく。突き出された腕をステータスに物言わせて駆け上がっていき、床スレスレを殴るという態勢のせいで低い位置に下がってきている頭部を直接攻撃せんと狙いを定める。

 

 

「二人とも! 左腕が来てるぞ!」

 

 

 己の身体を這いあがってくる虫けらをはたき落とそうとして、フロアボスが左腕で二人に攻撃を仕掛ける。

 

 

「行くぞクライン! 物理的に押せば少しくらい何とかなるだろ!」

 

「応とも! やろうぜエギルの旦那ぁ! 黙って見てるくらいなら手動かせってよォ!」

 

 

 それを黙って見過ごすプレイヤーたちではない。自分たちにターゲットが向いていないのを良いことに、エギルとクラインの二人は動きを見せない両足へと突撃していった。

 

 

「シバ! 二人に合わせよう!」

 

「分かった! タイミングはそちらに任せます!」

 

 

 この動きを見ていたリーテンがシヴァタに声をかけ、野郎二人に合わせて突撃することを決断する。それぞれが右足と左足に向かっていき

 

 

「せーのぉ!」

 

「うぉおおッ!」

「「いっけぇ!!」」

 

 

 気合たっぷりなクラインの合図に合わせ、自身が持てる最大火力をぶちかましていく。

 

 

「よし、効いている! 4人はそのまま攻撃を続けてくれ! 足に動きが見えたら回避優先で構わない!」

 

「任せろよい!」

 

 

 その結果、ダメージはともかくとしてフロアボスの巨体が少しだけ揺れた。これに伴い、ヒースクリフが抑えていた右腕から力が抜け、キリトたちを襲おうとしていた左腕の狙いが逸れる。

 

 ならば4人の行動には大きな価値がある。深追いしない程度に攻撃を続ける様にディアベルからの指示が飛び、やはり気合の入り様が尋常ではないクラインが返事をする。

 

 

「くらぇぇぇえっ!」

 

「これでぇぇっ!!」

 

 

 この隙を逃すことなく、キリトとアスナが額の前に躍り出る。

 

 足に大幅な打撃を受けて態勢を崩しているボスは、眼前に現れた二人の姿を見ていることしか出来ない。

 

 これが万全であれば、目からレーザーを放つことも出来ただろう。しかしながら自身の一撃を受け止められ、こちらのやろうとすることを阻止されていくボスのAIは多少なりともラグを生じさせていた。

 

 どうすればいい。何故この者たちはこうも危機を恐れずに向かってくる。それが分からない。

 

 高度に発達したAIであるからこそ、プレイヤーたちの行動が理解できない。一人一人は大したことが無くとも、こうして徒党を組むことで様々な可能性が生まれてくる。

 

 

 その結果が、それぞれの武器に光を携えた二人の姿なのだろう。

 

 

 

《虚ろな巨人》と名付けられたフロアボスは、たった一度の攻防で全てを悟ったように唸り声を上げた。

 

 

 弱点となる紋章を露出させている額に向けて、現時点における最大火力の連撃ソードスキルを二つ叩き込まれると頭部を大きくのけ反らせ、足への攻撃と合わせて完全に態勢を崩してしまう。

 

 

「予想通りダ!」

 

「ふっ!」

 

「うおおおお!」

 

 

 何とか姿勢を整えようと胴体に力を込めかけるも、そこに力を入れるだろうと当たりをつけていたアルゴとヒースクリフ、そして好機と見ていたディアベルの3人による追撃によって、盛大な音を立てつつ壁に背中を預ける様にして倒れてしまう。

 

 

「もう一撃!」

 

「決着をつける!」

 

 

 これ程の巨体が臀部を床につける。その事実を喜ぶよりも先に、キリトとアスナの二人が再び額目がけて突撃していく。今度は跳躍するだけで届く高さにまで下がってきている為に、助走をつけて弾丸のごとく突っ込んでいく。

 

 

「いい加減にっ!」

「くたばりやがれぇっ!」

 

「お二人のことは!」

「やらせるかぁっ!」

 

 

 最後の抵抗か、両手で挟もうと腕を動かしてくるフロアボス。だがしかし、足を攻撃した時と同じようにエギルとクライン、リーテンとシヴァタそれぞれのペアによる息の合ったコンビ攻撃の前に相殺されてしまう。

 

 

「この一撃でっ!」

 

「終わりよっ!」

 

 

 星の明かりほど眩い火花が散っていき、綺麗な閃光が放たれた。

 

 

 短時間で二度も弱点部位に直接攻撃を叩き込まれたフロアボスの体力は目に見えて減少していき、底をついたところで停止する。

 

 

 あれほど見下ろしていたプレイヤーたちを、最後は見上げるという形で死へと向かっていく無様な姿。

 

 

 残された六本目のゲージは透明だけを残し、やがて消滅していく。

 

 

 

 

 

 

 僅か11名による第五層フロアボス攻略戦がプレイヤーたちの勝利で終わった、決定的瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 他の方々の手によってフロアボスが押し込まれていき、薄暗い空間を照らす綺麗な火花が散った。

 

 それがトドメとなったのか、起き上がる気配も無く倒れ伏す巨体。やがてシステムに則って味気ないポリゴン片となって消えていき、後には何も残らなかった。

 

 

「やった、んだよな……?」

 

「……ああ。間違いなく、オレたちの勝利だ!!」

 

「「うおおおおおおお!!」」

 

 

 実感の無さそうだったキリトさんの問いかけに、ディアベルさんが答え、いい年した大人二人が野太い歓声をあげて喜ぶ。二人の雄たけびを皮切りにそれぞれが歓喜の声をあげたり、ほっと一息ついたりしていた。

 

 

 私はと言えば、まともに動けそうにない妹を膝枕で休ませつつ、そんな皆さんを部屋の端から眺めていた。後半戦は役に立てなかったのもあって、あの輪に自分から入ろうとする気が起きなかったからだ。

 

 

 まあその内アルゴさんあたりが声をかけに来るだろうとは思うが、今はまだこの子と二人きりの時間という訳だ。

 

 

「終わったわよ、ボス戦」

 

 

 下を向いて、ぐったりとしている日菜へそう伝える。あのデバフを食らって以降、私たちの間に言葉が交わされたことは無い。無いのだが、不思議と会話をした気はする。

 

 

 私とて必死だったから、周囲に気配りするだけの余裕なんて無かった。この子を守り抜こうとひたすら逃げ回った。

 

 

 だから声なんて発した覚えは、自分たちが戦力外になったことを伝えたくらいなはずだ。それなのに、どうしてか誰かと言葉を交わした気がする。

 

 

 とは言っても、そのこと自体は割とどうでも良かった。

 

 

「最終的には足を引っ張る形になってしまったわね。リーテンさんにおだてられたにしては、私たちもまだまだということかしら」

 

 

 図らずも窮地に陥ったことは良い教訓となるだろう。思えば第五層に来てからはちょっとした言い合いをしたり、他人から褒められたり、ディアベルさんと再会したりと目の前の戦闘に集中しきれていたかどうか微妙だ。

 

 

 手を抜いていた訳では無いが、何処か自分たちの能力を過信していたのかもしれない。今回みたいに、自分たちの長所を逆手に取られることが二度と出てこないとは限らないのだ。戒めとするのには、随分と高い授業料になってしまったけれども。

 

 

「でも、そうね……これで全てが丸く収まる。そう思えば、そんなに悪くないのよ」

 

 

 誰に言い聞かせる訳でも無く、独り言つ。

 

 

 何がどうなろうと、答えなんてすぐに出る訳じゃない。これで良かった様な、例え無様を晒しても良い方向に転がったのならば、そう思える様になった気がする。

 

 

 結局は夢や理想を追い求めたところで、そうでありたいという気持ちばかりが先行してしまう。それを嘲笑う様にして現実と言う名の限界点が迫ってくる。

 

 

 ならばどうするか。そんなものは知りたくても知らないし、分かりたくても分からない。

 

 

「それでも追いかけたいならば、あがいて、悩み、少しずつでも進んでいく」

 

 

 自分一人で歩む必要は、きっと無いのだから。

 

 

 今も喜びを分かち合っている、この世界で出会った仲間たちがいるのだから。

 

 

「あなたとも一緒なのよ、日菜。また喧嘩することくらいあるだろうけれど、二人でなら乗り越えられると信じてる」

 

 

 今とは比べられないくらい幼かった頃。それこそ二人で一つの部屋を共有していた時。あなたが掴んできた繋いだ手をどちらから離すことも無く街中を歩いた、雪が降るくらいに凍えた寒空の下。

 

 

 時が経つにつれて部屋は二つに分けられ、顔を合わせるのも気まずいくらいに距離が遠くなったこともある。それでも決定的に離別することは無く、気が付けばまた昔みたいに並んで歩くこともあった。

 

 

 私は私として、あなたはあなたとして成長していき、気が付けば大人になる時が近づいてきたことを憂うお年頃。

 

 

 もしかしたら、私たちは一生離れられないのかもしれない。何処で何をするにしても一緒だった可愛げのある双子は、いつしか違う道を歩む様になった。それでも、その道が交わらないなんて誰が決めたのだろうか。

 

 

 交わって、離れて、再び交わる。これから先、私たちの関係ってそうなるんじゃないかしら。

 

 

「だから……起きなさい、日菜。その答えを見つけるためにも、あなたがいないと始まらないのよ」

 

 

 いい機会だから、再出発ということにしよう。

 

 

 その為には一人じゃ無くて、二人が良い。

 

 

 あなたもそうでしょう……?

 

 

 ね、()()()()()──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……さよ、ちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

「ふふっ。おねーちゃん、でしょう?」

 

 

 

 

 

 ──おはよう、(ワタシ)を照らす太陽(ミチシルベ)さん。あなたがいるから、私もいるのよ。

 

 

 

 







〇ディアベル救出

矢で釘付けにして落下までの時間を引き延ばし、本命の浮き輪を掴ませるという作戦。実は浮き輪のレンタル期間がギリギリ切れてないので、破壊不能オブジェクトの有効活用という訳です。ちなみに浮き輪に括りつけたロープは恒例の《ネペントの蔦》ですし、括りつけた際の強度は《鍛冶》スキルか《裁縫》スキルに依存するという独自設定があります(公式だとどうなのかはちょっと分からない)。この内、日菜は裁縫を取得していますので大人一人くらいならばなんとか千切れずに済んだということになります。これが全くスキル補正の無い場合は途中でぷちっと切れます

本来日菜が裁縫に目を付けたのは、ナイフと違って使い捨てられない短剣にロープを括りつけることで投擲しても手元に戻せる様にしたり、どこぞのリンクさんよろしく鍵爪グローブみたいな感じで移動の自由度をあげる予定でした。今回は思わぬ形で上手く行ったという発想の勝利というやつです


〇ディアベルの心象

ぶっちゃけ死にたがりが死ぬタイミングを見つけたに等しい。だとしても、二度も命がけで助けられれば流石に覚悟も決まるというもの。原作にしてもIFにしても、心の底から覚悟を決めるところまで到達していればああはならなかったのに、と思わざるを得ない

これにて正式にディアベル生存ルートへ入ります。原作では第一層、IFでは第五層で退場してしまう彼ですが、むしろ彼が生存してくれないと、想定では(恐らく)戦力が足りない場面が出てくるんですよね……なんてメタい話もあったりします


〇腕と足は合計で4本

劇場版ではアスナが捕まった、引き返せると思わせての階段に潜伏というトラップの為に顔面が露出することが無かったので、実質的にターゲットサークルからの攻撃可能数に限りがあるという話。これに関しては完全に日菜がmvp(ミトがいないからというメタな話もある)

流石に引き上げる側のプレイヤーが一人も模様を踏まないだなんて都合が良すぎるので、囮役を用意するように立ち回ってもらいました


〇なんだかんだで咄嗟の反応と判断が鋭い原作主人公と、普通に強い原作ヒロイン

キリトは既に反応速度の片鱗が見え隠れしているし、アスナに至っては全くの初心者だってのにキリトについていけるのだから既にオーバースペック気味かと。まあこれくらい強くないと最前線では生き残れないというのはあるのかもしれない。実質公式チート二名。極論さよひな居なくても勝つだけなら勝てる訳ですから、そりゃ強い 



〇とにかくリーダーとしての素質が高すぎるディアベル

マジで有能なので、さよひなにしてもキリトたちにしても普通に従う。指揮の方向性としては安定を重視し、その上で敵の隙を見逃さない堅実なタイプである。その為、不用意にプレイヤーを危機に晒さないという信頼感があり、指示を受けた側も安心して行動できるというものである

もっと言えば、指示を飛ばしていないにも関わらず独断で行動するプレイヤーたちに対しても非常に臨機応変な対応が取れたりする。有効であれば活用するし、失敗であれば可能な限りフォローする。聖人君子の模範解答みたいな指揮官、そりゃ初期に消されるわ


〇平衡感覚に作用するデバフ

今回の大問題児。第五層フロアボスは体力ゲージが移行すると咆哮し、プレイヤーたちにデバフを付与してくる。なお、何回付与するのかがはっきりしなかったので今作では奇数本目を削り終えた時ということにして、計3回にしました

で、本題のデバフに関してですが。公式設定上だとデバフの種類が5,6個くらいあるそうなんですよね。今回採用した3つは防御ダウン、平衡感覚ダウン、スリップダメージになりますが、視覚明度ダウンといったものもあったりするそうです。何が飛んでくるかは完全ランダムみたいですよ

よりによって日菜が感覚フル稼働で索敵してたところに、それが裏目になるデバフを付与してくるとは……このフロアボスは徹底して意地が悪いですね。大体はSAOを創造した人間のせいですが


〇ピンチに陥る日菜

冗談抜きで天地がひっくり返ったみたいなぐちゃぐちゃ状態です。感覚に頼り過ぎたツケが回ってきたが、誰かさんは彼女がこうなることを想定済みだったりする。勿論、訳あって死なせるつもりも無いのでちゃんと助けるつもりだったが、その前におねーちゃんが全力でシステムに抗って救出していきました

実はこの時、現実世界の日菜の身体は鼻血を出しており、それを見ていた親だったり友人知人だったり、それこそ看護師や医者でさえ巻き込んで大パニックになっていたという体です。要は、あらゆる感覚を通してとんでもない量の情報量が脳に叩き込まれたので、処理しきれなくなったという感じです、多分

そのため、防衛本能が感覚によってもたらされる情報をシャットダウンし、使える機能が脳で思考するだけになった訳です、きっと。そういうノリだと思っていただけると幸いです……


〇姉は強し

自分の為というより、誰かの為じゃなければ比較的頑張れない氷川紗夜。その対象が日菜ともなれば、システムの強制力なんてぶっちぎって助けに行くと決まっている

なお、これで例の奴は3本目になります


〇双子テレパス

実は一言も声を発さずに会話している。双子の神秘。コメディチックなガルパピコのさよひな回でもテレパシーっぽいことしてたし、ニュータイプ的な第六感による意思の疎通だと思ってください

宇宙空間じゃないけど、脳波であれこれする空間で戦わされたら色々発達すると思うんだ。原作で言う所の超感覚とかまさにそれですし


〇フロアボス最終形態

6本ある体力ゲージの六本目になると、遂にボスが全身をあらわにして真っ向勝負を挑んでくる。ただし公式で弱体化と言われてしまう、残念な形態だったりする

結局このボスの強みだったのが、露骨な弱点を攻撃したければ遠距離攻撃を用意するか、第二形態時にリスクを冒して紋章の移動先を探せって感じで、床の模様でプレイヤーたちの行動を制限させられることにあった訳なんですよ。それらを捨てて弱点も額から動かないし、動きそのものは重くても緩慢と来れば……しかもプレイヤーを殴ろうとしたら態勢が低くなるので、折角の巨体による高さの維持も意味をなさなくなるというボロボロっぷり。あまりにも残念過ぎる

今作ではとにかく渾身の一撃を叩き込んでボスの態勢を崩し、連続攻勢による短期決戦という形になりました。散々見下していたプレイヤーたちを、最後はちょっと見上げる様にして止めを刺されるという因果応報な結末に


〇やたらノリの良いヒースクリフ

色々と良いもの見れたことで結構テンションが上がってたりします。特に紗夜がシステムに抗った時は上がり過ぎて、態々フロアボスの攻撃を受けきった上でキリトとアスナの二人にヒントまで教えてます。楽しそうで何よりですよ……


〇目が覚める妹、それを見届ける姉

双子テレパスの延長で、日菜が起きそうだなとは分かっていた紗夜。だから最後の語り掛けは不安でなく、お寝坊さんを仕方なく待っている実に穏やかな心境となります

一時は全ての感覚が遮断された日菜でしたが、お姫様抱っこや膝枕を通して昔ながらの温かさだけは仄かに感じ取っていました。それでもお姫様抱っこされてたことに関しては記憶にないので、後で残念がる姿が見えるというか……




次回、後始末編をもって第五層は終了になります。その後は閑話を二つほど投稿してから、本章最後の第九層へと移り変わります。ただ、閑話を投稿し終えた後は例によって一月ほどお時間をいただくことになると思いますので、ご了承ください


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