夜を日に継ぐ 作:百三十二
座して死を待つような性格じゃ無いと思うんですけどね、氷川姉妹
今更ですけど本作は視点が紗夜、日菜、三人称に分かれてます
──11月6日19時頃
なってしまったものは変えようがない、やるべきことをやるしかない。その精神で表面だけでも何とか落ち着かせることに成功した私たちは、日菜の持っているβテスト時代の記憶を頼りにトールバーナ西部に位置する森林エリアへと足を運ぶことにした。
というのも、βテスト時代の情報が合ってるかどうかの確認が出来る上に、もしそうならお風呂のついた宿が取れるとのこと。仮想空間におけるアバターが汗をかくかどうかは定かではないが、日常生活でのルーティンの一つを実行できるかもしれないという一種の安心感が欲しくて二人の間に異論は無かった。
道中、視界に入った敵を八つ当たり気味に一掃しつつ、恐らく目当てとなる二階建ての宿屋を見つけては早速転がり込んだ。どうやら二階が客室になっているタイプらしく、入ってすぐの一階には椅子とテーブルがいくつか置かれているので料理はここで食べるのだなとすぐに分かった。
何泊か泊まれるだけのコルは持ち合わせているし、今夜は下手に行動を起こさずゆっくり過ごすと決めている。朝起きたら何か変わるとも思えないが、現実逃避も程々にしつつレベル上げに勤しむ予定だ。
「……ん? 誰か来た」
「本当? 耳がいいわね」
「んー……何となくそんな気がしただけ。それよりほら」
そんな時、二人で一つの部屋に寝泊まりするからと交互にお風呂を済ませ、簡易ベッドの上でぼーっと天井のシミを数えていると、伸ばした足の膝に頭を乗せていた日菜がピクリと反応をみせた。
やり取りの後、日菜に促された続きは『プレイヤーだったらどうする?』だろう。
恐らくあの時、トールバーナまでのワープを可能にしていたプレイヤーは他に居なかったはず。となれば、茅場晶彦の宣言があってから即座に行動を起こした強者が辿り着いたことになる。
迷わずここに来たということは、時間的にもまず間違いなく日菜と同じβテスターだろう。
「あなた、βテスターに知り合いとかいないの?」
「どうかな。仲良くなったとかは居なかったけど、一応アイドルだから事務所に忠告受けてたし。あ、でも何人か有名人なら知ってるよ」
「それは良い意味で、ってことで良いのよね?」
「いや……最悪名前を聞いてみて判断するしかないかも」
「かち合わなければその必要もないのだから、このまま大人しく部屋にこもるべきかしら……幸い鍵はかかる仕様みたいだし」
「晩御飯出るんじゃないの?」
「空腹を感じないとはいえ食べないのは嫌ね、生活リズムが崩れるわ」
「どうせ崩れちゃうとは思うけどねー」
「気の持ちよう、ってだけよ。最初から捨てるつもりはないってだけ」
「おねーちゃんは真面目だねぇ」
「あなたはもう少し気を使いなさい」
「善処します!」
「それはしない人間の言い方よ、まったく……」
そうこうしている内に、第三者が宿に入って部屋に案内されたのが音で分かった。このゲーム、こういった宿屋の部屋の中から外には音が漏れないが、その逆はそうでもないらしい。βテスト時代にこの仕様を知った日菜が丸山さんにドッキリを仕掛けたことがあるらしく、心の中で妹がすみませんと謝罪をしておいた。
「男の人っぽい声だったね」
「そうね。さて……部屋の案内は手前から、だったわね?」
「うん。だから隣の部屋に案内されたプレイヤーは、この部屋に誰かいることを察していると思うよ」
「十中八九、向こうからもβテスト上がりだと思われてるでしょうね」
「警戒されてると思うけど、鉢合わせしなければ大丈夫じゃない?」
「無駄な争いをしないに越したことは無いわ……とはいえ」
ここで会ったのも何かの縁。顔を合わせるとまでは行かないまでも、最低限の礼儀は尽くすべきだろうか。
「パーティーメンバーで無ければ、部屋の鍵は開けられないのよね?」
「そのはずだよ? え、挨拶でもするの?」
「と、言うよりは勧告に近いかしら。私たちはこうするから、それを以って判断して欲しい。そんな具合ね」
部屋の外から声をかければ中にいる誰かに届かせることができる。これを利用すれば、こちらからは一方的に要件だけ伝えて意思表示ができるし、相手からすれば一切の素性を明かすことなくお隣の行動が分かる。
こんなことを言っているが、やろうとしていることは晩御飯を食べる際に鉢合わせしたくないから『お先に失礼します』を宣言しにいくだけなのだが。まあ、本当に何かの縁だったら後々役立つと打算込みで良い顔はしておくものだろう。
思い立ったが吉日。念の為に日菜を連れて部屋を出て、お隣の扉の前に立つ。コンコンとノックをしてから、相手に飛び出される前に手早く告げる。
「夜分失礼します。プレイヤーの方とお見受けしますが、下手に顔を合わせるよりはこちらの方が良いと判断し、この様な形で声をかけさせて貰いました。そのままで構いませんので一先ずはお聞きください。これより私たちは夕飯をいただくことにしますが、30分もあれば部屋に戻ると思います。出来れば用事等はその後に済ませていただけると、変に鉢合わせすることもないかと思われます。それでは」
暗にこちらは二人だから人数有利だぞと釘を刺しつつ、わざとらしく足音を立てて部屋の前を後にした。
それから女将さんの用意してくれた何の味もしないスープとやたら硬いパンをほお張って、形だけでも晩御飯を済ませることおよそ20分程。このゲームの味覚の再現の問題なのか、料理の問題なのか悩ましく思いつつ宣言通り部屋に戻る。
すると律儀に10分経ったかといった頃。さっきみたいに膝の上に日菜を乗せて頭を撫でていると、部屋の扉が遠慮がちにノックされた。そして私がやったように、相手も返してきた。
『あ、あー……お気遣い感謝する。俺以外にプレイヤーがいるのは驚いたが、まともそうな人で少し安心した。こっちは明日の朝8時頃、クエストがてらにホルンカの森へと足を運ぶつもりだから行動をずらすならそっちで調整して欲しい。じゃ、そういうことで』
そう言って、男の人らしきプレイヤーは下の階へと降りていった。
「律儀な人だったねー」
「ええ。少なくとも、まともに話が通じそうなのは助かるわね」
自分たち以外のプレイヤーとの思わぬ接触もあったが、揉め事になることもなく無難に挨拶が済んだのは僥倖だろう。デスゲーム開始直後の右も左も分からぬ不安定な段階で無益な争いはしたくない。そう考えてくれるプレイヤー同士ならば、助け合いの精神によって後々協力し合う形も取れるはずだ。
とはいえ、こちらは日菜というある意味で爆弾を抱えているために、無闇矢鱈と素性を明かす真似はしたくない。こんな状況下で女性の芸能人ともなれば、あまり良い方向に考えるのは難しいものだ。
せめて日菜がいることが明るみになっても大した騒ぎにならないシチュエーションにまで持っていきたいし、最悪ずっと隠したままというのも視野だ。
(結局、否応なしに最前線で戦い続けるのが最も安全かもしれないと言うのは、悲しいやら何やら……)
人と人の争いなんて起こらない方が絶対に良い。しかし白金さんたちに付き合って別のMMOをプレイした経験から、どうしてもゲームだからという免罪符を振りかざして悪さをする人が必ず存在するということは理解している。
法のない無秩序な世界に閉じ込められた人々の中にそういった悪意を振りまく輩がいたとしたら、標的にされるのは……
(日菜は……芸能界に属して、多少なりとも人の悪意に触れる機会はあったことでしょう。でもそれは日菜にとって些細なことで、直接的な場面は無かったと思いたい。であるならば、もし直接的な悪意の標的になり、危険に晒された時……私は……)
止めどない不安にかられ、思わず膝上の日菜の頭を撫でる手が止まる。そんな私の機微を察してか、見上げてくる日菜と視線が合った。
「おねーちゃん?」
何かを察してしまっているような儚げな表情が、問答無用で私の心に突き刺さる。
咄嗟に出た言い訳は、ベッドに横になることだった。
「……何でも無い。こんなことになってしまって、思ったよりも疲れた気分なの。少し早めだけど、寝ることにするわ」
部屋の明かりを消し、一つのベッドを二人で分け合う。私が横になると、元々横になっていた日菜が位置を調整して向き合う形になった。
こうして寝るのはいつ振りか、もっと幼く二人で一つの部屋を分け合っていた時以来だろうか。
こんな形で自分と似た、しかし明確に違う顔をハッキリと見ることになるとは思わなかった。
久しぶりの感覚……だけど、不思議と安心感を覚える。
「ん。おやすみなさい、おねーちゃん」
「ええ……おやすみなさい、日菜……」
思ったよりも眠気は強く、私の意識はすぐに落ちていった。
☆
翌朝、窓から日が差し込んだ頃。普段から心がけている規則正しい生活は、この異常事態の中で熟睡することに躊躇いを与えなかったらしい。我ながら現金なもので、朝の目覚めが良かったことで昨日感じていた不安が薄らいでしまっていた。
目の前に日菜がいることも相まって、思ったよりも危機感が続かなかったのだろうか。いつもなら平日の朝は弓道部の朝練に顔を出すか、風紀委員としての役割を果たすかで一般生徒よりも登校時間は早くなりがちな為に、朝早く起きることを身体に叩き込んだ習慣が出てしまったか。
(……はぁ)
寝惚けた頭で、何の変化もなかった現実に対してため息を吐く。そう簡単に開き直れたら苦労はしないというものだ。
(一先ずは無難に)
結果的に最前線を張ることになれば上出来程度に考えておき、出来ることからコツコツと積み重ねていく。選択肢を間違えれば死が近づいていくるこの状況で、安定に勝るものは無いだろう。
(……もう、しょうがないわね)
徐々に思考が目覚めていったが、何か重りを背負っているのか上手く起き上がれなかった。もしやと思い、目の前の日菜をよくよく観察してみれば、いつの間にそうなったのか私に抱きつくようにして寝たらしい。背中に回された腕でがっしりと拘束されており、日菜が起きてくれなければ動けそうにない。
ここで日菜を叱責して、強引に起こした上で引き剥がすことも出来なくはないだろう。何だかんだ言って、この子は私の言うことを聞き入れてくれるから渋々ながら解放してくれるはずだ。
しかし今は、学校に行くこともできず急ぎの用事もない。自然に目が覚めるまで待っても、特に問題はないだろう。
(どうしたものかしら)
この内心は、口にしていたかもしれない。自分より肉付きは良いがわずかに小さい身体を抱きしめ返すことで押し留めた。ネガティブ過ぎるのも考えものだと、何となく思い直したからだ。
今考えるべきことは、起きた後にどう行動するかだ。
とはいうものの、出来ることといえばその辺の敵を倒して経験値を稼ぎつつ実戦経験を積むことくらいしかない。もしかしたら割のいいクエストが見つかるかもしれないが、可能性の話でしかない。捕らぬ狸の皮算用をするくらいならば、大人しく狩り続けるのが吉だろうか。
お隣のプレイヤーの件もある。出来ることなら味方につけたいが、何か信用できるきっかけでもあれば良いのだが。都合よくそんな事態になるかと言われれば、まず無いだろう。
(うん。焦りは禁物、目の前のことからこなしていきましょう)
結論、人事を尽くして天命を待つべし。二度目になるがコツコツと進めていこう。地道なことに関しては些か飽きっぽい日菜には悪いが、私の中での方針は決まった。
それから、日菜が目を覚ました頃には日が昇り切っており、気がつけばお隣のプレイヤーは宣言通りに朝早く出ていった後だった。
やたら熟睡する妹に呆れ半分、羨望半分。その肝の入りようは見習いたいような、そうでないような。
それはさておき、日菜が目覚めてから顔を洗うなどの出来る限りの朝のルーティンを行い、やはり味のしない朝食をいただきつつ私の中で決めた本日の行動を伝える。
具体性に欠ける提案ではあったが、日菜も今出来ることが限られていると理解していたようで同意してくれた。NPCだとは分かっているが、女将さんに夕方頃には戻ることを態々伝えつつホルンカの村から出立する。
コボルト系と遭遇すれば昨日のように蹂躙し、それ以外の敵──例えば蜂がモチーフのワスプ系や、植物がモチーフのネペント系とも接敵した。
ワスプ系は体力が少ないのか、スイッチを駆使することなく正面からソードスキルを叩き込めば難なく倒せそうだった。問題があったのはネペント系の方であり、日菜曰く稀に面倒なのが出現するから一応気をつけてとのこと。
ネペント系を注意深く観察してみれば、食虫植物のような気味の悪い見た目の、部位にして後頭部に位置する場所にアンコウの提灯みたいなものがぶら下がっている個体を確認した。βテストではアレを《実付き》と呼んでいたらしく、ネペント系において稀に発生する個体らしい。
あの実を攻撃して割ってしまった場合、強烈な匂いが拡散されると共にネペント系の敵が大量に湧いてしまうらしい。ちゃんとしたパーティーが組めていれば、実をわざと破壊して経験値稼ぎにする手立てもあるのかと思わないでもない。だが二人でやることではないだろうから、そもそも実付きは相手にしないという方針で今回は対処した。
実際、何かのクエストを受けている訳ではないので倒す必要もなく、経験値を稼ぐための敵に困る気配もなかったのでスルーが安定だった。
身体的な疲労を感じないせいか、動いていれば余計なことを考えなくて済むからか、昨日に引き続き見敵必殺を繰り返す私と日菜。やはり二人がかりのおかげなのか、苦戦することなく順調に経験値が溜まっていく。
傍から見ればバーサーカーと呼ばれそうなくらい敵を倒し続けた気がするが、その甲斐あってかレベルは3になっていた。日菜が言うには、上がるペースとしては爆速も良いところらしいが、狩り以外のことに手を出し始めれば流石にこうはならないとも言う。
それに、階層ごとに出現する敵のレベルも決まっているから、一定レベルに達すると露骨に獲得経験値が減ったような気になるのだとか。βテスト時のままなら、階層+10レベルがスムーズに上げられる限界みたいなものらしい。
「多分だけど、敵から得られる経験値が増えても、レベル一つ上げるのに必要な経験値がもっと増えるはずだし、相対的にみれば要する時間は増えていくだろうね。それこそ指数関数的にさ」
「上がりやすく感じるのも今の内だけ、ということね」
「そーゆーことー」
などとやり取りしつつ、日菜がいつの間にか女将さんから貰っていたおにぎりで昼食を済ませたりもした。
様々な敵を倒した結果、一番倒しやすかったのはコボルト系だったので村から離れ過ぎない所でコボルト系が湧くところに移動し、空がオレンジ色になるまで狩り続けた。
午前中に村を出てから夕方頃に宿屋への帰路につくまでの間、他のプレイヤーを見かけることは終ぞ無かった。
それもあってか、多少油断していたというのは、間違いなくあった。
「おっ、二人がキー坊の言ってたプレイヤーたちだナ?」
宿屋に戻った私達を出迎えたのは、見知らぬ怪しいプレイヤーだった──
予約投稿中につき何書いてるかぶっちゃけ分からないです