夜を日に継ぐ 作:百三十二
短編のつもりが2つで9000文字超えしてしまった……
1つ目が第六層に入って早々の頃で、2つ目が第七層での話になります。また、ヒースクリフが不在であることを入れるスペースが見つからなかったので、第五層クリア後〜第八層ボス戦後までは別件で不在だというのをここに明記しておきます
※24.3/5付で、ヒースクリフ不在の期間を以前までは第七層ボス戦前としておりましたが、後の展開との兼ね合いで第八層ボス戦後へと変更します。お手数おかけして申し訳ありません
◇過去、或いは未来の自分へ
《ギルドフラッグ》という特大の地雷を回避し、二大ギルドの統一を果たすという難題を無事に達成できた私たちは、後のことを大人たちに丸投げしつつも第六層へと足を運んでいった。
後で聞いたことになるが、二大ギルドを統一するにあたって、説得の為に所属プレイヤーたち一人一人のもとへと直訴しにいくということになったらしい。どれだけ時間がかかるかは不明だが、誠意を見せるためにはこれが一番だろうということで、ディアベルさんにキバオウさんとリンドさんの三人で回っていくとのことだ。
一応あの場にいた面々に関しては、三人の和解のシーンを直接見ていたり、例のプレイヤーとの一件にも触れたということで全員が前向きに検討しているのだとか。キバオウさんとリンドさんそれぞれを慕っていたプレイヤーたちは、リーダーでこそ無くなったとはいえ変わらず彼らに付き従っていくことになると思われる。縁の下の力持ちといった役割の方々は攻略組というものが無くなりさえしなければ義理を通してくれそうだが、相手のギルドを明確に敵視していた人たちの説得は骨が折れそうだなと他人事ながらそう感じた。
そういう訳で攻略組というか、最前線を支えるプレイヤーたちの大半がギルド再編に巻き込まれる形になるので、どう考えても落ち着くまでの間は攻略ペースがかなり落ちてしまうだろう。それならそれで私と日菜やキリトさんとアスナさんたちみたいな無所属陣営が好き勝手に探索出来るという、束の間の自由を楽しませてもらうことにする。
とは言っても、探索する気満々のお二人はともかくとして、私と日菜はペースを落として休息を取ることにしたので攻略に精を出すことは無い。
無事だったとはいえ、非常に危険な目に合ったことは事実である。あの時程、命のありがたみを思い知らされた瞬間も無いだろう。普通に生きていれば遭遇することなどなかったはずの、戦いの中で起きうる出来事。それこそ歴史の教科書に掲載されている様な、戦国時代を筆頭とした戦いの中で勝ち続けて生き残っていった人々であれば、今回みたいな死と隣り合わせになる瞬間など日常茶飯事だったかもしれない。
だが人類は戦争を経験し、それを教訓として平和への道を選んだのだ。その時代に生まれた者が、戦うということを是とするだろうか。
人類が闘争から避けられないと言う人もいるだろう。実際、分かりやすいところで言えばスポーツなんかは選手間で行われる闘争と、それを見世物にする観戦者の道楽という側面を持ち合わせている。想定外の事故が起きてしまえば、死に及ぶこともありえてしまう。
しかし誰一人として相手を害そうとスポーツに興じることはない。もしその手の選手が現れたとしても、フェアプレー精神や紳士協定に反するということで世間からバッシングの対象になるからだ。それでもいないことは無いのだろうが、余程のことでも無ければ徐々に排斥されていくのがオチだと思われる。
人類は何処かで自浄作用が働き、ある程度は復元されるようにシステム化されている。神の采配なのか、それとも歴史を積み重ねてきた人類の本能なのかは分からない。それでも、根本的なところで人は戦うということからは避けられない。
ただし、歴史上の戦争や現在におけるSAOの様な、文字通り命を賭して生活していかなければならない環境というのは間違っていると断言する。少なくとも私は、恵まれたことにそうしなくても生きていける環境に生まれて育ってきたのだから、余計な面倒は御免被りたいというのが本音だ。
最初は日菜を生きて帰らせることに躍起になって前に進むことを選び、お世辞にも大勢とは言えないが同じ境遇に巻き込まれた人々との交流を経てお互いを励まし合ったりもした。
それがいつしか、攻略組全体の今後を考えて行動せざるを得なくなったり、自分たち以外の人間関係に気を遣ったりと、どうにも自身の領域外のことをしている様な気がしてならない。出過ぎた杭が打たれるというよりは、身の丈に合わない所にまで手を伸ばしてしまった気分だ。
その代償が日菜の危機だったというのであれば、一度立ち止まって考え直した方が良いのかもしれない。どうにも先に進む意欲が湧かず、第六層に入って早々だというのに妹の了承を得て第一層のホルンカの村の宿に立ち寄った。
「なんだか、色々ありすぎて懐かしく感じるね。ここを離れて二ヶ月近く経つんだっけ?」
「時の流れは早いものね……ここでアルゴさんに声をかけられ、キリトさんを紹介された時のことを昨日の様に思い出せるというのに」
思い返すは、まだ攻略に参加するかどうかの方針を考える余裕すら無かったデスゲーム開始二日目のことだ。二人と出会い、一先ずでも前向きに行動するという仲間を得た。
自分の判断が正しかったと証明された気がして、今にして思えば少しだけ心が救われていたのかもしれない。絶対に合ってるという保証など無い世界で、博打に近い当たりを引いた様でホッとしたのだ。
(もしアルゴさんに声をかけられなければ、警戒してキリトさんと顔を合わせることも無かったはず。そうなっていたとして、私たちは攻略組に参加していたのかしら)
果たして、本当の所どうなるかは想像がつかない。何故なら、当時でさえ将来的にどうするべきかが見えていなかったのだから、結果論から言ってもその『もし』を追うことなど出来る訳が無い。
ただ、安全策を取って最前線に赴くことは無かった可能性は十二分にあったと思う。
「あ、他に宿泊してる人がいるってさ」
ここに泊まるつもりだったが、宿屋の女将さんに訊ねると他のプレイヤーの存在を匂わされる。後発組だろうか、時間がかかったとしても歩くことを選んだ他人がいる。
この他人が、自分たちだったらどうだろうか。先ほど言った可能性というのは、顔も名前も知らない宿泊客の側になっていたかもしれないということだ。
(……いや、こうまで弱気になって逃げ腰になるのはいただけない。何の為に戦ったのか分からなくなってしまう上に、他の方々を見捨てる訳にもいかないというのに)
結局、どれだけ考えたところで私は私自身の賽を投げてしまったのだ。一度投げられたそれは転がり続け、やがて何処かで止まって目という名の結果を示す。
それでも、賽が転がり続けている間は結果が見えない。不躾な話、自らが転がした賽に追いついて拾ってしまったり、蹴って干渉したりとが出来てしまう。
目が出るまでの過程は、幾らでも変化させられる。それはつまり、結果が出るまでは結末を変えられると言えないだろうか。
足掻き、藻掻く。一度振ってしまった以上は、次に賽の目を見る時は拾おうが止まろうが結果が出る。でもそれはまだ今では無い。
どんな所を転がっているのか。なだらかな舗装された道路なのか、人が通れない程に険しいあぜ道なのか。それとも自分で拾ってしまうのか、目を見る前に壊されてしまうのか。
「場所を変えるしか無いわね……第三層に行ってジュースでも飲もうかしら」
「それ賛成! ああでも、その前にパンに塗るクリームの補充してもいい?」
「別に構わないけど、随分と気に入ったのね」
「美味しいってよりも、懐かしいって味がするんだよねぇ。最初の頃を思い出す様でさ、悪くないなぁって」
「確かに、そこは同意するわ」
何度目になろうと、考えたところで答えは出ない。そう簡単に下せる命題でもなければ、私の性格的な側面も強い。
だとしても、生きている以上は転がし続けるしかないのだろう。
「それにしても意外だわ。あなたもノスタルジーを感じるのね」
「おねーちゃん、あたしこと何だと思ってるの……?」
「……手のかかる妹?」
「何か違くない? もっとこう、るんってする言い方とかない?」
「るん」
「無表情かつ無感情で言われても嬉しくな~い!!」
「静かにしなさい、他の方の迷惑でしょう?」
「そーだけどー! むぅ~!!」
願わくは、その賽を止めるのが自分自身であり、良き結末であらんことを。
「あれ? 何だろこれ」
その日、ホルンカの村にある宿屋を拠点として停泊していたとあるプレイヤーは一枚のメモを目にした。
テーブルの上に置かれていたそれは、そのプレイヤーが手に取ることを望むかのように伏せられており、不思議な存在感を放っていた。
「女将さーん、これなにー?」
「ああ、それかい? 以前宿泊してくれた人たちが立ち寄っていった際に置いてったんだよ。なんでも、ここに宿泊してる人に見て貰いたいからってね」
「へー?」
今現在、この宿屋に泊っているプレイヤーはこの一人と、付き添いのもう一人である。
それなら自分が見ても大丈夫だろうと、得体の知れない誰かからのメモに興味津々で近寄っていき、めくる。
『これを目にしたプレイヤーの方へ──』
あり得たかもしれない未来の自分に向けた丁寧な一通が、駆け出しの誰かの手に渡る。
どうやらノスタルジーに耽って柄にもない事をしたのは自分の方だと、そういう気恥ずかしさを込めて──
☆
◇賢者と《瞑想》
攻略が進み、新しく結成された《アインクラッド義勇軍》も悪くないスタートを切ったのが第六層での話。来たる第七層もこの調子でいきたいと思っていたが、順風満帆かどうかは微妙なところだ。
何か問題事が生じた訳ではないが、単純に巨大ギルドにおけるリソースの分配が難しいという点で悩んでいるというのをアルゴさん越しに聞かされたからだ。早めの攻略も大事だが、それを為す人員の方がもっと大事である。ディアベルさんたちには悪いが、攻略組における屋台骨の補強は頑張って貰うほかない。
尤も、二大ギルドという派閥争いが表面上は無くなったので、素材等の方面で助けを請われれば応じるのも吝かではない。やれどちらに肩入れしただの難癖をつけられる心配が消えたので、自分たちでは使いきれない素材の売却や、必要素材の回収といった依頼であれば協力を惜しむつもりは無い。
そういう事情で、第七層に入ってからは攻略というよりも、攻略の為の足場づくりに精を出していた。最前線を突っ走る役目はキリトさんとアスナさんのお二人に任せて、私と日菜は人道的支援と人脈作りを心掛けていった。
今までは日菜がアイドルで有名人だ、自分たちが割合の少ない女性だなんだと積極的な交流は避けてきた。そのはずだったが、思いがけずトップギルドのリーダーに貸しがあって、その他最前線を駆け抜ける方々との面識も増えている。変に交流を拡げようとしなければ、今ある繋がりを大事にするのも良いことだろう。
自分たちだけが強くなっても意味はない。あの第五層で皆さんの戦いぶりを見て、つくづくそう思った。
幸い、現状における自分たちの強さに関しては余裕があり過ぎるくらいだ。であるならば、ギルド再建に苦心している今くらいは、手伝いに走っても十分間に合うはずだ。
とはいえ、何も自分たちのことを疎かにする訳じゃない。
この階層におけるエルフクエストの続きも済ませるべく、雨林を抜けた先の《立ち枯れの森》という少しもの悲しい空気が漂う区域の、そのまた奥まった辺鄙なところに足を運んだところだ。
クエストでも無ければ深く立ち入る事もないだろう場所に赴いた理由だが、どうやらこの階層にはダークエルフの間では《賢者》と呼ばれている者が隠居しており、その方に会いに行く必要があった。
義勇軍の懐事情がよろしくない、それを解消するために《探究者の証》というNPCショップで売却すると高値がつくというアイテムが本当に入手できるかどうか確認して欲しい。そういう依頼を、アルゴさんを通して受けた。
エルフクエストは進行し、特に回り道することもない。私たちにその依頼を断るという選択肢は無かった。
そんなんで、この階層で別のNPCから『知りたいことを教えてくれる賢者様がいる』という情報を入手し、それに沿って雨林を超えた先で必然か偶然かキズメルさんに出会った。
彼女も賢者に会いたかった様で、奇遇にも目的すら一致していた。恐らくこれがこの階層におけるエルフクエストなのだろうが、果たして彼女と合流する意味はなんだろうか。
そう思考する矢先、彼女の案内で賢者が暮らしているという最奥地への入り口に辿り着く。するとそこに一人のダークエルフの兵士が待機しており、自身のことを賢者様の従者だという。
彼が言うには、賢者は瞑想中でいつ起きるか分からない。会ってくれるかどうかさえも不明らしい。これに関しては、彼らの同胞であるキズメルさんですら同じ様で、最初はまともに取り合ってくれなかった。
しかし賢者の従者である《エミルス》と名乗った彼は、キズメルさんの中に明確な迷いが生じていることを指摘して見せた。彼女はそれを肯定し、それに対する答えや助言を求めてきたという。
その悩みとは何か私たちが訊ねると、人に話せば気が済むこともあるだろうと彼女自身に言い聞かせつつ話してくれた。
「我々リュースラの民とカレス・オーの民とは秘鍵を巡って争ってきた。だが第四層ではフォールン共に踊らされて危うく戦争しかけたり、第五層では秘鍵を奪う為ならば手段を選ばない非道さを露呈させていた。これらを見て来た末に第六層では、一部のカレス・オーのフォールン共が裏で手を組むという事態にすらなっていた」
そこから先が彼女の悩みなのか、一度言葉を切って険しい表情になった。
「太古より争ってきたとされるリュースラ陣営とカレス・オー陣営は、本当に争う意味があるのだろうか。フォールン共がこれ程までに執着を見せる《聖堂》には何があるというのか。若輩者の私では知りえない、何か別の事情があるのではないか。そう思えてならないのだ」
どうやらこれまでの出来事を踏まえて、二種族のエルフは争っている場合なのかどうかについて疑問を持ち始めた様だった。確かに、秘鍵を巡る抗争とはされているが、それならば第三陣営のフォールン・エルフたちはどういう扱いなのだろうか。プレイヤー視点から見ても、疑問は残されている。
そして《聖堂》に隠された秘密とは何なのか。解放することでフォールンたちが得ようとしてるものは何なのか。
「その答えは、貴女の中にありますよ」
その問いに、従者エミルスは事も無げにそう言った。まるで悩む必要などなく、キズメルさんは既に答えに辿り着いているのだと言わんばかりにそう告げてきた。
「ですが、恐らく納得なされないでしょう」
また、彼はキズメルさんが険しい表情のままであることを察してそう述べる。
「ここは一つ、賢者様がお出しになられている課題をこなしていただく、というのはどうでしょう?」
曰く、賢者は瞑想中で無くとも会ってくれるかどうかは不明だが、一つの基準として賢者が定めているお題があるとのこと。従者エミルスから伝えられた課題をこなし、少し時間の経過を待ってみてはどうかという彼なりの進言だった。
この場に留まっても駄目そうなので、大人しく彼の提案に乗ることにする。キズメルさんも渋々そうだったが、この案に乗るべきだと説得して従って貰った。
そうして出された課題は二つ。一つは《誓いの花》という、この森の北部に生育している花を摘んでこいというもの。これに関してはキズメルさんがこの花に関する言い伝えを知っていたので、花を摘む際に誠意をもって摘ませて欲しいとお願いすることで何事も無くクリア出来た。
そしてもう一つが、今やエルフたちの修行の場になっているらしい昔の人族が作り上げた地下迷宮の探索だった。ここに赴いて何か特別なものを持ち帰ってこいというものだったが、生憎とそれらしい何かが見当たらないまま最後のエリアに辿り着いてしまう。
「なーんにも見当たらなかったね」
「一体なにを持ち帰ってこいってことなのかしら」
最後のエリアにも何かがあるという訳では無く、閑散としているだけだった。私と日菜が無駄足だったかと嘆く傍ら、何処か遠くを見つめているキズメルさんの姿が視界の端に映る。
「どうかしましたか?」
「ん? いや……少し考え事をだな」
私が問いかけると彼女は目を伏せ、ぽつりと語り始める。
「《秘鍵》の為ならばカレス・オーの中にフォールンと手を組むことを是とする者もいれば、あの精鋭や将軍の様にそれを快く思わない者もいる。リュースラの意志としては、《聖堂》の秘密を開示して争いの火種を無くすか、他の陣営を殲滅するか……選択しなければならない分岐点に立たされている」
第六層では一部の森エルフがフォールンたちと手を組んで秘鍵の奪取を目論んでいた。しかし第三層で戦った森エルフの精鋭さんと、第四層で話をつけにいった将軍さんの二人はこれを否として、種族の垣根を越えて私たち黒エルフ陣営側としてこれを協力して撃破してみせた。
去り際に彼らは
『これから我らカレス・オー陣営がどうなるかは分からない。だが決して踏み外してはならない道というものがある。フォールン共の在り方は、《秘鍵》や《聖堂》の件を抜きにしても認められるものでは、到底無い』
『我々が争い続ければ、それだけ奴らにとって都合の良いことにしかならん。だが争いを止める術も、理由も無いというのが現状だ。思えば《聖堂》にまつわる伝承に大差は無いというのに、カレス・オーとリュースラの間で意見が異なるというのも、不思議なものだろう』
そう言い残して去っていった。同胞と敵対した形になってしまった彼らは先んじて第九層にあるという王城へと赴き、カレス・オーの国王様に謁見を求めると告げていった。それを受けたキズメルさんは、彼らの様に自分も動くべきなのかを迷っているのだろう。
「キズメルさんは……カレス・オーの方々と争うことがお好きなのですか?」
「……良い思い出など無い。だが争うことそのものが好きという訳でも無い。血を流さなくて済むのであれば、それに越したことは無いのだからな」
「やはり《聖堂》に関する詳細を知り、その上で両陣営間の抗争に終止符を打つべきなのでは? 少なくともあの二人は、その可能性を考慮して動いているのでしょうし」
「だろうな。そもそも私とて戦争と和平であれば、後者を選ぶ。それに今回の件、和平に向けて動き出した方が正義だという結論も私の中で既に出ている」
いまいち煮え切らない素振りを見せる彼女に対し、痺れを切らした日菜が直球で告げる。
「じゃあなんでそんなに迷ってるの? さっさと女王陛下様だかに聞きに行けばいいじゃん」
「……そうだな」
遠慮ない物言いにキズメルさんは地下迷宮の天井を見上げ、何かに思いを馳せている様だった。
そして長くない時を経て、彼女は私たちの方を向いて言う。
「今までそうだと信じて来た道が間違っていたかもしれないという後悔と、これまでのことを否定しかねない新しい道を歩み始めることへの恐怖が私を縛り上げている。少なくともここに来るまではそうだった」
そこまで言い切ると、彼女は口の端を上げて苦笑いを浮かべてみせる。
「だが考えるだけ無駄だと分かったよ。賢者殿に答えを求めるよりも先に、そなたらに出会えた幸運を思い出したことで何となくスッキリした。考えてもみれば、私がこの場に居ることも、先日の二人の件にしても、全てはそなたらと初めて出会ったあの時から始まっていたのだろう」
彼女の言う通り、第三層で彼女と森エルフの精鋭の戦いに介入しなければどちらかは命を落としていた可能性は高く、そこで生き残らなければ第六層にて共闘という形にもならなかったのだろう。
「二人はまるで我々の抗争を止めるために天が遣わせた者の様だな」
「そんな大層な者じゃありませんよ」
「分かっているさ。そなたらが我々と変わらぬ、今を生きる者であるということをな」
「今を生きる者……」
その言葉は、私たちにとっても刺さる言葉だった。
SAOが始まって、この世界を生き抜かなければならなくなった。その為に協力し合い、先に進むしか無いという状況である。
この過程で、誰かが死んで犠牲になることもある。現におよそ2000人もの死者が出ていると聞いている。しかし振り返って立ち止まることは、残りの生きてる人々の希望を捨て去ることになってしまう。
嘆き悲しんでも、涙で濡れて苦しくとも、どんなに緩やかだったとしても歩みを止めることは許されない。まだ私たちは生きているのだから、出来る限り立ち上がらなければならない。
《はじまりの街》から出て《トールバーナ》へと向かった際に自分に向けて言い聞かせた最初の決意を、今頃になって復唱した気分だ。
初志貫徹。私たちが為すべきことは、何も変わっていない。生きてSAOから脱出する、その為に第百層を目指してゲームをクリアする。
それに近いラインに、キズメルさんたちは立ったのかもしれない。過去を憎むのではなく、未来を望む。簡単な事では無いが、一つの決断を迫られている。
そして彼女は、見えない白線を超えて一歩を踏み出した。彼女の中に迷いは、もう見えなかった。
「どうやら答えは出た様ですね」
「エミルス殿」
言いたいことを言って吹っ切れたのか、キズメルさんの声はほんの少し弾んでいた。そして何処から現れたのか、賢者の従者であるエミルスさんが姿を見せた。
「いつの間に?」
「あー、多分だけどねおねーちゃん。この人、ずっとあたしたちのこと尾行してたよ。敵意も無かったしこれも課題なのかなって思って黙ってたけど」
「おや。姿も気配も消し、まじないの痕跡すら気が付かれるものでは無かったのですが。人族の中にも優れた感覚をお持ちの方がいたとは」
「ふっふっふー」
どうやら日菜は持ち前の感覚で索敵の傍らに気付いていたらしい。確かに課題かもしれないとなれば、放置して見極めるのがベストだったと言える。
事実、今までの話を聞かれていたという前提であれば、どうやら彼の目的はキズメルさんの迷いが消えたかどうかの確認なのだろう。
そして態々こうまでして誘導し、尾行までしてきた。最初にキズメルさんへ助言を施したことも踏まえれば、彼の正体は自ずと判明する。
「では、あなたが賢者さんということで?」
「世間からはそう呼ばれています。他の者よりも多くの知識を蓄え、数多の問いかけに対して答え続けていたら、いつの間にか賢者などと大層な称号をつけられていました」
賢者の従者改め、賢者エミルスさんは謙遜する様にそう宣った。実際、彼自身は賢者になろうと思って行動してきた訳では無いのだろうというのが、何となくだけど伝わってくる。
「さてキズメル殿。私の言葉は必要ですか?」
「欲しくないと言えば嘘になります。ですが、例え貰えずとも道は定まりました」
「よろしい。その決意こそが、貴女が求めていたものです。今のキズメル殿であれば、選ぶべき未来を掴むことが叶うでしょう」
「ありがとうございます、賢者殿」
この結末を見越していたのか、態々といった感じで問いかけるエミルスさん。それを受けたキズメルさんは彼にお辞儀をしつつお礼を述べることで示し、エミルスさんも満足そうに頷いていた。
どうやら、これにてキズメルさんの悩みは無事に晴れたといって大丈夫の様だ。そうなれば、後はこちらの用事となる。
「人族のお二方は、私に何か御用でしたか?」
「少し入り用でして……《探究者の証》が必要なのです」
「なるほど……それでしたら、どうぞこれを」
そう言ってエミルスさんは私たちに光る何かを手渡してきた。この何かの正体を探るよりも先に、受け取った傍からインベントリへと収納されてしまう。取り出してみようにも何かが光り続けるだけで、ついぞ正体は不明なままだった。
「それから……そちらの妹さんが私の尾行に気付かれたことへの敬意を表して、これを」
後はフロアボスに関する情報でも聞くことが出来れば御の字だろうと思っていたら、どうやら日菜がエミルスさんの尾行を察したことへのボーナスが用意されている様だった。私と日菜の前に近寄って来た彼は目を閉じ、何かを研ぎ澄ましていく。
「「っ!?」」
ただならぬ気配を感じて息を呑む私たちの眼前に神秘的な輝きが発生し、私と日菜を包み込む形で大きくなっていく。あまりの眩しさに一瞬だけ身体に力が入ってしまい、硬直してしまう。
「さあ、目を開けてください。そして確認してみてください」
光が静まり、目を開けると何かを確認する様に促される。何か貰ったのかとインベントリを開いてみるが、そこには何も増えた様子は無かった。
ならばとスキル一覧を覗いてみれば、いつの間にか取得した覚えのないものが増えていた。日菜にも同じスキルがあった様で、どうやらこのスキルがエミルスさんからの追加報酬ということなのだろう。
「きっと、あなた方の力になると思いますよ」
そう言って微笑む彼から貰ったスキルの名は《瞑想》。
戦闘用スキルでは無いのだが、私としても何処か奇妙な魅力を感じるプレゼントだった。
──以来、ゆっくりする暇を見つけては瞑想に耽るのが、私の生活の一部になっていった。
1つ目の話は紗夜が初期を懐かしんで、らしくないことをした話。2つ目がキズメルの分岐点と《瞑想》スキル入手の話でした
○ノスタルジーに浸った紗夜
リアリストの皮を被ったロマンチストのイメージです。割合は7:3くらいでリアリスト寄りですが、ちょっと興が乗ってくると一気にロマンチストになるのかなと
ちなみに日菜の場合は説明が難しくて、彼女のテンションを0〜100(イメージ的には哀→喜楽→怒の順)で表した時にこれを3分割して
0〜20が《哀というか無》でリアリスト(他人の出来ないを平然と指摘したりする部分)
21〜90が《喜と楽》でロマンチスト(天文部を含めて、感情豊かな普段の部分)
91〜100が《怒》でリアリスト(ライン超えなら目上の人相手でもキレる。滅多に出てこない部分)
だと思ってます。なので割合的にはロマンチスト寄りなのですが、根本的な部分は姉と同じくリアリストって感じかと(作者個人の感想です)
○手紙を受け取ったプレイヤー
もしあの日あの瞬間に立ち上がらず、最前線に赴かなかった世界線のさよひなというIF。実際には違って、別のプレイヤーになってる
このプレイヤーを出すつもりはありますが、勢いで入れてしまった今回の手紙の件を掘り起こすことはあまりないかも。無くても大差無いので……
○第七層
SAOIFだと第四層のエルフクエストの報酬で貰えるレアな鉱石を巡ってオークションだなんだと揉めるし、キリトがボス戦に参加しないよう二大ギルドからお願いされて受諾してたりする
今回は揉める最大の理由が解消されてるので全スルー。最初の案では、フロアボス戦で二大ギルドの指揮を紗夜と日菜がそれぞれ受け持って見事な連携を取らせるというのもあった。しかしディアベル生存を確定させた時点でお流れに
IF主人公は指揮を任されて大変そうだったのと、あるピンチの際にキリトがこっそり助けてくれたりしてた。その辺りはIFで見れますのでどうぞ
○キズメルの悩み
本来の目的ならばプレイヤー側にも振り返るべきことがあると指摘されるのだが、第五層で『他の人も必要だ』って悟ってるので割愛。キズメルとしては、最後の一推しが欲しかった。紗夜たちに出会って回想することで、踏ん切りがついたという体
しれっと森エルフ側で第三層の精鋭さんと第四層の将軍さんが勝手に行動してる。本当なら将軍さんだけなのだが、今回は精鋭さんがオマケされている
第六層を描写出来ればこの辺りもピンと来るのだが、そこだけの為に描写していては話が終わらないのでカットした。覚えておく要素としては、キズメルと同じ様に『このまま争い続けることは正しいのか』ということに疑問を感じた森エルフが2人いるってだけで大丈夫です
○《瞑想》スキル
スキルを発動して瞑想を行うと、継続している間は外部からの情報をある程度シャットダウンし、持続的に体力を回復していくというもの。考え事をしたかったり、ポーションをケチりたい時に使える。原作でもキリトはこのスキルを気に入ったらしい
原作既読勢ならお分かりだろうが、コイツを取ったということはある可能性が出てきたということである。意味があったかどうかはまだ先になってしまいますが、伏線とミスリードどちらであっても取らない選択肢が存在してなかったので描写しました
個人的には紗夜が気に入りそうなスキルの中でも上位だと思う。日菜は姉が瞑想してる間は暇なので真似してる気がする
……もしかしてこの《瞑想》スキル中って、カーディナルシステム辺りに脳内スキャンとかされてたりするんですかね。ある条件に含まれている訳ですし、可能性ありそうだなって(今作では流石にこの拡大解釈を持ち込むつもりは無いですが)