夜を日に継ぐ 作:百三十二
ガルパ7周年おめでとうございます。というか周年の日って、紗夜の中の人が誕生日でもあるという偶然が重なっているんですよね。普通に凄い
SAO編どころかALO編が終わってれば誕生日云々も触れるんですけど、まだ予定上のSAO編の半分超えたか怪しくてそうもいかないという。まだまだお付き合いいただければ嬉しい限りです
あの後、別れる前にヴェンデリンさんから一封の手紙を託された。何らかのまじないがかけられており、暗号を解かなければ封を切ることが出来ないとのこと。当然、その暗号を私たちは知らないし知らされてもいない。
密書の開封方法を教わらずに頼まれごとを引き受けることが一種の信用に繋がっているので、そのことについて異論は無かった。
「えーっと、一番大きな川を渡ってから湖の東側を北上していくんだったよね?」
「ちょっとした小道があるとも言ってたわね……あれじゃないかしら」
大事な役割であることには変わりなく、フォールンたちの襲撃に最大限警戒しながら《黄金色の森》を西から東へと横断していき、一際大きな川を船で渡る。対岸に辿り着いてからは北東方面へと歩を進め、ヴェンデリンさんに指定された場所へと近づいていく。
すると、湖畔へと降りていく感じのちょっとした横道を発見した。彼が言うには、この先は行き止まりになっていて、彼の部下でもある密偵との連絡場所になっているとのこと。
「言われなければ気が付かないものだ」
ヒースクリフさんの言う通り、ただ適当に散策した程度では見つけにくい感じの入り口だった。その辺だと知っていて目を凝らせば岩肌に囲まれたその奥に道が続いてることが分かるが、そうでなければ十中八九スルーしてしまうだろう。インスタンスマップでもあるのかもしれないが、これならばこそこそするのに十分な隠密性を保てるだろう。
「そんでもって仕掛けがあるって言ってたけど……」
「ああ、あなたの後ろにある木片がそうじゃないかしら」
「おお、おねーちゃん目が良いね」
「見てる方向にあっただけでしょうに」
それから狭くて薄暗い岩と岩の間を通り抜けていき、湖畔の景色を目にするよりも前に行き止まりに辿り着く。ここが密偵との密会場所とのことだが、一見するとただの行き止まりでしか無く、無駄足だったのではと思ってしまう。
これが二つ目の偽装であり、見つけづらい出入り口に続いて密偵との連絡手段も隠蔽されている。ヴェンデリンさん曰く、そこに物があると思い込んだ上で注視しなければ見つけられない呼び鈴代わりの木片が吊るされているとのこと。偶然にも私が日菜の背後にあったそれを見つけたので、これが例の連絡手段であると確信した。
更にはこの木片は複数個あり、決まった順番に決まった叩き方をしなければならない。偶然に偶然が重なって木片を発見できても、密偵が敵におびき出されない為の措置と言える。
つまりこの木片はヴェンデリンさんしか利用出来ない上に、叩き方は密偵にしか知らされていないので、彼にしか呼び出せない仕組みになっているのだ。
「確かこっちをこう叩いて、次がこっちで──」
後は彼から教わった通りに日菜が木片を叩いていき、辺りに小気味よい音が鳴り響かせていく。一度見聞きしたものを簡単に覚えることが出来るこの子が間違えるはずも無く、指定された叩き方を確実に実行していった。
閑散とした空間に変化は無く、何処からかこちらを視認していて警戒されているのだろうかとも考えた。だがやがて音が止んでから少し経った頃、一人の女性森エルフが姿を現した。彼女こそが密偵ということなのだろう。
「……この音は、間違いなくヴェンデリン様の。人族の者が何故? 偶然か? それにしては余りにも迷いが無かったが」
「その彼からの封書を預かっています」
困惑を隠せていない彼女に対し、私が前に出てヴェンデリンさんに渡された物を取り出して見せる。
「間違いない、あの方のまじないがかけられている……拝見する」
「どうぞ」
恐る恐るといった体で封書を受け取り、確認していく密偵さん。私たちには分かりようの無いまじないに触れて何かを把握すると、慣れた手つきで開封していった。
封が切られて中から書簡が出現し、それを入念に読み解いていく姿は少しだけ焦っている様にも見えた。それだけ彼女にとってヴェンデリンさんの安否が大事なのだとよく分かる光景だった。
「……状況は理解した。ヴェンデリン様の命を救っていただいたこと、誠に感謝する」
「嘘の可能性は考慮しないのですか?」
少しの間待ってみると、読み終えた彼女の表情から焦りは消えていた。それどころか、内容を知ったらしい彼女がお礼を述べて来たので思わず問い返してしまう。
「封書の外側だけでなく内側、つまり手紙そのものにもヴェンデリン様との間に示し合わされた暗号が含まれていた。お前たちが知っているのは外側だけであろう? ならば少なくとも、手紙の内容自体に嘘はあるまい」
「それで納得してもらえるのであれば、こちらとしても楽ですが」
どうやら書簡の厳重さは、私の思っていたよりも複雑だったらしい。
「まずは名乗らせて貰おう。と言っても、私は表に出てこない密偵であるが故に、名を明かすことが出来ん。そうだな……便宜上、私のことは《カル》とでも呼んでくれ」
真名が割れるのは避けたいということからか、密偵さんは明らかな偽名を名乗る。とはいえ、私たちにとって何か不都合があるという訳でもないので特に触れることも無くこちらも名乗り返しておく。
「私たちはヴェンデリンさんから手伝って欲しいという旨しか教わっていません。具体的にどういう状況で、何をしなければならないのかを示していただきたいのですが」
印象も悪くない様で、この問いかけに対しても不信感を見せることなくカルさんは対応してくれた。
「そうだな……」
しかし私にとって耳を疑うような言葉が飛び込んでくるとは、この時は思いもよらなかった。
「お前たちには、小さな童になってもらおう」
「…………は?」
一体どういうことなのか、納得のいく説明を要求しようと決心した。
☆
『陛下は毒に侵されている。解毒薬を作ろうにも、まずは毒の種類を特定しなければならない』
紗夜たちがカルと名乗る密偵から聞かされたのは、カレス・オーの王様が病に臥せっているのは何者かの思惑によって毒を盛られているという情報だった。これには彼女たちも驚きを見せた。
彼女たちがヴェンデリンから伝えられていたのは国王が病気であり、それにかこつけて宰相が好き放題しているという事のみである。これが偶発的なものではなく、国王を弑してまで宰相が己の目的を達成しようとしている可能性に辿り着かざるを得なかった。
しかしこれはチャンスでもある。原因不明な不治の病ではなく、解毒薬さえ作ることが出来れば回復の目処が立つということでもあった。
これ幸いとまではいかないが、反フォールン派たちの間に一筋の光明が差し込んだに等しかった。国王の再起さえ叶えば、宰相の行動を表立って咎める事が出来る様になるからだ。そこからフォールンたちを排斥していくことで、カレス・オーの民としての誇りを取り戻すというシナリオを描くことが出来る。
その為にも、まずは毒の種類を特定する必要がある。そしてカルたち密偵らの集めた情報によれば、国王の寝室に出入りしている者が持ち運びしている瓶の中に毒が保管されているという予測まで立てられていた。後はその瓶の中身を検め、毒であれば解析する。
『しかし毒瓶らしき物は何処ぞに保管しているという訳では無く、常に宰相の手の者が複数の護衛を引き連れた上で持ち歩くという徹底ぶりだ。最近では《儀典官》の奴が所持しているのを目にしたが、そいつは絶対に城の外へは出てこない』
勿論、そう単純な話ではない。
宰相は用心深く、必ず人目のあるところで瓶を持って行動していた。自分が持てない時は護衛をつけた部下に同様の真似をさせるという徹底ぶりを披露しているという。
『我々からしてみればそれが毒瓶であると宣言している様なものだが、表沙汰に出来ん分だけ手荒な真似も控える他ない。であれば手際よく盗むべきなのだが、奴らは同胞である限り相手が誰であろうと姿すら見せようとせん。血を見ることになっても陛下の命には代えられないと言いたい所だが、それではこちらが大義を失ってしまい、むしろフォールンたちに付け入る隙を与えてしまうだろう』
強硬策を取ってしまえば、宰相と同じ強引な手を使ったとして相手のことを強く非難出来なくなってしまう。それでは第三者たるフォールンエルフたちのいい様に介入されてしまい、カレス・オー陣営での共倒れという最悪の結果になりかねない。
『そこでだ。秘鍵がリュースラ陣営の手元にある今、宰相としてはこれを奪還したいというのが本音だ。それ故、リュースラとの直接的な対決の為に物資の補給を行っており、そのせいで人族の商人たちの出入りが激しい。それらの対応に追われているのか、子供程度が城内に侵入したとしても精々つまみ出されるくらいにしかならん。それを利用する』
つまりカルが言いたいのは、子供になりすましつつ無邪気を装って城内に入り込み、騒ぎを起こして欲しいということだった。騒ぎが起きれば城内の兵士たちの動きも制限される為、宰相の手の者の警戒も少しは甘くなるだろうという読みらしい。
そこを密偵たちが上手く盗む、という手筈の事。もし儀典官を含めた毒瓶を持った者が表に出ていないというのであれば、その時はまた別の作戦を考えるのだという。
城内で騒ぎを起こす為には人族の子供が必要であり、見つかっても罰せられるということは無いだろうという希望的観測である。尤も、こうするしか方法が無い段階にまで来ていることから、危険を買って出ること自体に紗夜たちが反対する気は無かった。
「だからって……これは無いんじゃないかしら……」
そう愚痴る紗夜だったが、その姿は既に幼い頃のものだった。
最終的にカルの下した作戦は、大人であるヒースクリフが商人を装い、子供に変身した紗夜と日菜が荷物に紛れつつ隙を見て侵入するというものだった。
なので商船を偽装した小舟の上で揺られながらぼやく姿は、カルの仲間がかけたまじないによって小学校低学年くらいになっている。
「適当な子供に成り代わるかと思えば、君たちの幼少期の姿そのままだとは……いや失礼。容姿と言動が釣り合っていないというのが、こうも可笑しく感じるとは」
「ヒースクリフさんはお気楽そうでいいですね」
「ふっ……所詮私は商人だからな」
「気に入ったんですか、それ」
「仮初の姿を被るというのも、存外楽しいものだよ、紗夜君」
「はぁ……」
何処か愉快そうに話すヒースクリフに対し、子供に似合わない棘を放つ紗夜。役目とは言え、10何年も前の姿になるなど誰が想像できようか。羞恥心を払拭しきれない彼女は、小舟に乗ってから何度目になるか分からない溜め息を吐き出していく。
「君も日菜君の様に楽しんでしまえば良いではないか」
「わ、私にアレをしろと……っ!?」
ヒースクリフからもたらされるとんでもない提案に、紗夜は全力で拒絶の意志を示す。
そしてアレと称した妹の方へと、実に嫌そうな視線を向ける。
「あはははっ! みてみておねーちゃん! ひなたちちっちゃくなっちゃった!」
そこには、在りし日の自身を完璧再現してみせている、非常にノリノリな様子を見せる日菜の姿があった。
「どうしてあなたはそんなにも乗り気なのよっ!」
「だってだって、こんなのぜったいにるんってするにきまってるもん! おねーちゃんもやろうよ!」
「私には無理よ!」
「でもその姿でその話し方は子供っぽくないと思うよ」
「急に真顔で言わないで頂戴……!」
どうにも恥ずかしさからか、吹っ切ることが出来ないでいる紗夜。それを見た日菜から正論を突きつけられるが、無理なものは無理だと抵抗してしまう。
「だがどうするのかな? もうすぐ岸についてしまうが、子供では無いとバレてしまうリスクを抱えるべきでは無いと判断するが」
「そうだよおねーちゃん。恥ずかしがったせいでバレちゃったら元も子もないよ?」
「うっ……うぅ…………………………………………くっ」
半ば面白がっている側面はあるものの、二人から至極真っ当な意見をぶつけられてしまいぐうの音も出ない紗夜。もうすぐ船を降りなければならず、覚悟を決めるにしても残された猶予は無いに等しかった。
「………………………………………………はぁ」
そして長い長い逡巡を経て、一際大きなため息を吐いた。
「分かったわよ。やればいいんでしょうっ」
「そう来なくてはな」
「ほらおねーちゃん、やってやって」
最早ヤケクソ気味に決意を固め、昔の彼女自身を思い起こしながら演技だと割り切ろうとする。こんな感じだったかと喉の調子を整えつつ、確認を兼ねて日菜へと声をかける。
「……これでいい? ひな」
「ひなちゃん」
「え?」
「これくらいちいさいとき、おねーちゃんはひなのことを『ひなちゃん』ってよんでた」
「それくらいかんべんしてよ……」
「だめ」
「…………ひなちゃん」
「うん!」
最終的には、妙な拘りを見せた日菜に対して紗夜が折れる形に落ちついた。幼い頃の呼ばれ方をされた日菜が屈託のない満面の笑みをみせるものだから、釣られて紗夜も薄く微笑んだ。
「さて、岸に着く訳だが……あの列に並べと言うことかな?」
そんな双子のやり取りを横目に、ヒースクリフが城門までの道を視認する。そこに見えたのは、城へと物資を運ぶためにやってきた商人たちの長蛇の列だった。
遠目に城門の方へと目を向ければ、衛兵らしき森エルフと商人とが物資の確認を行っているやり取りが見える。カルが言うには、城門で取引を行い、買い取られた物資の搬入の際に中庭までは入り込めるとのことだった。
「ちゃんとならぶしか、ないとおもいます」
「おねーちゃんおねーちゃん! じゃんけんしよ!」
「いま!?」
「じゃーんけーん!」
「わっ、えっ」
「ぽい! えへへ、ひなのかちー!」
「もうっ! いきなりはずるいよっ、ひなちゃん!」
「……心まで幼くなってないかね」
時間を潰すことに苦労はしなさそうだが、別の意味で思わぬ不安に駆られるヒースクリフだった。
☆
「そろそろ順番だが、準備の程は大丈夫かね?」
「行けます。あ、いえ……いけますっ」
ノリが良すぎる日菜と、やるからには徹底的になりがちな紗夜が無邪気な子供を装ってはしゃぎ回ること30分に満たない頃合い。城門と衛兵が目前に迫り、時間が来たことをヒースクリフが告げる。
それを聞いた紗夜が返事をし、手筈通り荷物の中に紛れ込もうと日菜の手を掴んで引っ張り上げた。体重まで変化しているのか、荷車に飛び乗っても大きな音が響くことは無く、衛兵に見咎められずに済んだ。
「ひなちゃん、しーっ、だよ?」
「しーっ!」
偽装の為に積み込まれている穀物袋の中に潜り込み、声を出さない様に息を潜める。姉が人差し指で静かにするジェスチャーをすれば、真似する様にして妹も指を立てた。
「次。中身は何だ」
「米や麦といった穀物だ。確認するかね?」
「当然だ」
そして順番が回ってきたので、ヒースクリフが衛兵とやり取りをする。彼が引っ張って来ていた荷車を停止させ、回り込んだ衛兵が荷物の検閲を始めた。
(おねーちゃん、これかぶって)
(ひなちゃん……?)
このままでは見つかってしまうはずなので、機を見て飛び出す予定だった。ところが、そう考えていた紗夜とは裏腹に、頭を出そうかとしていた時を見計らって日菜に押さえつけられてしまう。
怪訝に思う姉を無視して、妹が大きめの布をアイテムインベントリから取り出す。通常なら一人分サイズの大きさであるただの布だが、幼子に変身している今であれば二人丸ごとすっぽりと覆うことが出来た。
突然の出来事ではあったものの、日菜の意図していることを察した紗夜も飛び出すことを止めて布に隠れた。そうこうしている間にも衛兵が荷物を漁っていき、一通り調べていく。
「……よし通れ。食料は中庭に入ってあっち側だ」
「心得た。お勤めご苦労」
「無駄口を叩くな、さっさと行け」
しかし紛れ込んだ双子を見つけることが叶わず、素通りを許してしまう。予定と違ったが、顔色一つ変えずに対応するヒースクリフは流石の一言だろう。
(なるほど、《隠蔽》スキルを使ったか。確か日菜君は《索敵》スキルが不要に近くなったからと、重点的に振っていたはずだ。そして《隠蔽》スキルにはボーナスがあることや、対象を増やすことも出来る。気付いていたか)
そして中庭まで荷車を牽引していきながら、内心で推察していく。感心すると共に、最初からそうしようと宣言していなかったのは何故かと思案する。
(……考えるまでも無い、か)
だが深く考えることを止め、ある種の確信をもって前を向いた。
「ひなちゃん。やるならさきにいってよっ」
「えへへっ。そのほうがおもしろいかなって」
「わ、わたしはおもしろくないっ!」
(だろうな。日菜君の動機は、彼女の琴線に触れるかどうかが大きい。今回で言えば、紗夜君の困る姿が見たいからというのもあるだろうし、何より──)
「でもおねーちゃん、わかってくれた!」
「……もうっ。つぎはないんだからねっ」
「はーい!」
(──自分のことを紗夜君が理解してくれていると、確かめたかったのだろう。日菜君、やはり君は……)
背後から聞こえるやり取りから、自分の考察が当たっていることを確信するヒースクリフ。同時に、日菜が何故その様な行動を取ったのか、その裏の部分にも気づきかける。
それは彼だからこそ気が付き、理解出来る感情だった。彼自身は遥か昔に割り切ってしまったものだが、なまじ家族だからこそ捨てきれないのか、或いはもっと別の、特別な何かを察しているのか。
(果たして君は、私とは違う道を歩めるかな? その答えは、いずれこの世界で詳らかになると思いたいが)
今はまだ、憶測の域を出ないのであった。
☆
「いこっ」
「うん」
ヒースクリフが引いてきた荷車がカレス・オーの城の中庭に辿り着くと、日菜が紗夜の手を引っ張りながら外へ躍り出た。二人は布を被ったままで、最初から知っていれば布だけが独り歩きしているという異常事態だとすぐに気が付くことだろう。
(健闘を祈る)
事実、二人が布を被っていると察しているヒースクリフにはしっかりと見えていた。《隠蔽》スキルの仕様上、既に認識されているか否かの差は非常に大きいからだ。
だが彼以外のNPCたちは、そもそもとしてその場に布が存在していることを認識出来ていない。索敵を自前の感覚で代替する様になってから《隠蔽》スキルに全振りしている日菜だが、現時点におけるトッププレイヤーのステータス故にその効果は絶大だった。
態々バレるような派手な行動さえ取らなければ、不自然な布が動いていたとしても誰も気に留めない。幼子になっているからこその低い目線も相まって、ボスキャラを筆頭とした特別な存在でなければ彼女の《隠蔽》を破ることは出来ない。現に、NPCの足下をするすると通り抜けていく布と双子の存在に、精々風が吹いた程度にしか思われていないのだから。
そしてヒースクリフが考察した様に、《隠蔽》スキルには隠された仕様が存在している。その内の一つが、スキル使用者が布の様なプレイヤーを覆うことが出来るアイテムを他者に被せることで、対象のプレイヤーにも《隠蔽》スキルの恩恵をいくらか受けられるというものだ。なお、この仕様自体はプレイヤーのみならずアイテムも対象に出来る。
本来《隠蔽》とは使用者にしか効果が無いと思われがちである。その為、《索敵》スキルとの二択というゲームシステム上の問題もあって非常に不人気であり、《隠蔽》側を好き好んで優先的に使っている者はアルゴみたいな潜伏を必要とする者か、そもそも《索敵》スキルが不要になってしまった日菜くらいのものだ。
つまりはこのスキルを開拓しているプレイヤーの絶対数が圧倒的なまでに少ないのである。そのせいで《隠蔽》スキルに関して深堀りされることが無く、プレイヤーたちも気にしてこなかったという事情がある。
しかし日菜だけはその仕様を知っていた。実は裏でアルゴとメールのやり取りをした上で、この仕様については秘匿しておくべきだと判断していたのだ。
この仕様は使いどころが《索敵》スキルよりも限定的過ぎる。同じレベルの《索敵》と《隠蔽》が真正面からぶつかりあった場合、効果を打ち消し合うという結果も分かった。
そうなると基本的には《索敵》スキルに全振りしていけば、安定行動を取りがちなデスゲームという状況にマッチしている。また《隠蔽》スキルの仕様に気が付いて悪用する者が現れたとしても、《索敵》スキルにさえしっかり割り振っていれば対策は立てやすい。
ならば最も警戒すべきは、黒ポンチョの男の様な存在にこの仕様を悟られる事だろう。いずれバレるにしても、ジョーの様な内通者の可能性を考慮すればおいそれと公開は出来ない。
そこで日菜とアルゴの二人は、この《隠蔽》スキルの仕様を公開する時期を『仕様を悪用する者が現れてから』ということに決めた。早い段階で警戒を促して広めてしまうよりも、生粋のゲーマーではないが故にゲーム上の仕様には疎い連中が気が付くまで待った方がマシだろうという判断を下したのである。最後までバレなければそれで良しという希望的観測も含まれている。
後は二人以外の何者かが仕様に気が付いた時に、それをいち早く察して先んじて公開することで牽制をいれるという役割をアルゴが担っている。いつ誰にバレたとしても対策はしてある、ということだ。
さて、そんな《隠蔽》スキルの仕様に気が付いていた日菜だが、紗夜と手を繋ぎながら自身は左手で、紗夜は右手で布を持ち上げて移動している。視界は布で塞がれているがそこは日菜の感覚と、紗夜の《索敵》スキルによってマップに映し出される情報を頼りにしていく。森エルフと人族の間を一切ぶつかる事なくすり抜けていくことを可能としていた。
(さわぎって、どうしよう……?)
(おおごえだしちゃう?)
(だめ。つまみだされるだけになっちゃう)
そうして中庭を上手く抜けていき、城の裏手に回り込むことが出来た二人。森エルフの密偵たちが動きやすい様に騒ぎを起こす必要があるのだが、その方法を考えていなかったのである。
(じゃあこれ、もやしちゃおうよ!)
だがそこは柔らかい発想を持つ日菜の出番だ。彼女はインベントリから余っていた《トレントの枝》を取り出し、そう提案する。
(どうやってもやすの?)
(みっていさんにもらったのがあるよ!)
(いつのまに……)
そう言って日菜が取りだしたのは、カルから貰ったというマッチ棒だった。そんなやり取りをしていたことを知らない紗夜が呆れるのをよそに、手際よくマッチを灯して着火していく。
(たきび?)
とはいえ、ただ枝を燃やしただけでは紗夜の感想通りにしかならない。ボヤ騒ぎを起こすのであれば、もう少し煙が出る様な勢いが欲しかった。
(じゃあこれつかう?)
そこで日菜の手によって取り出されたのは、さっきまでの乗っていた荷車に積み込まれていた穀物の一部だった。いつの間にかくすねていたそれらは乾燥させられており、燃やすとなれば十分な燃料になってくれることだろう。
(それっ!)
それを躊躇なく焚火に放り込んでしまう。
((うわっ!?))
すると途端に火の勢いが増していき、焚火程度から大人数で行われるキャンプファイヤーにまで昇華していく。それ相応に煙もたちこめ、傍から見る分には火事と相違ない惨状へと変化してしまった。
「何事だっ!?」
「火……? 火事だっ!」
「おい! 裏手で火の手が!」
当然、囂々と燃え上がる炎に気が付かない者はいない。一瞬にして火事場へと発展していき、城壁内の森エルフたちの動きが非常に騒がしくなっていく。
少々やり過ぎた感は否めないものの目的自体は達成できた二人は、流石に申し訳ないと思いつつ縮こまりながら戻ろうとして移動していく。
「全く……この様な大事な時に、兵共は何をやっているのだ……」
そんなそそくさと撤退するつもりだった二人の耳に、この状況を小馬鹿にしている者の言葉が入ってくる。
(おねーちゃん、あのひと)
(うん。かるさんがいってた、《ぎてんかん》ってひとだとおもう)
姉妹が足を止めて目を向ければ、明らかに華美な装いの森エルフが二人の護衛を連れて佇んでいた。騒ぎを遠巻きに眺める様にしつつ、その手に何か握りしめている姿が見て取れる。
よく見なくても分かる事だろう。この者こそが密偵たちの言っていた宰相の部下の一人である《儀典官》であり、その手には何か液体の入った瓶が見えた。
つまるところ、あの瓶こそが国王の身を蝕んでいる毒の在り処なのだろう。
(ちゃんす?)
どうやら儀典官は警戒心こそ強いものの、ボヤ騒ぎの方を気にしているのか二人いる護衛の内の片方を様子見に向かわせた様だった。
これで毒瓶を抱えている儀典官の周囲には護衛が一人だけ。密偵たちが儀典官を発見出来ているか定かではないが、このまま城の中へと逃げ込まれてしまっては手が出せなくなってしまうことだろう。
「えいっ!」
「ぐっ、何奴!?」
好機であり、またとない機会だと判断した双子は行動に移す。まずは《隠蔽》スキルの上からその辺で拾った小石を《投擲》スキルで投擲し、毒瓶を持つ儀典官の手を掠めていく。
護衛がいるにも関わらず襲撃されたことに儀典官が驚愕している間に、布から飛び出した紗夜が毒瓶をキャッチする。
「しまった! 早くあの子供をひっ捕らえよ!」
「はっ!」
連携プレーによって毒瓶を確保したまでは良かったが、《隠蔽》スキルの効果が切れてしまったことで集まって来るであろう衛兵たちに捕まってしまうことは容易に想像がつく。
小さくなった所でステータスそのものは変わらない為、逃げ回り続けることくらいは出来るかもしれない。しかし体格の都合上、剣を握ることも弓を引くことも不可能である。分からないだけでヴェンデリンの派閥の者がいるかもしれない状況下で、無暗に攻撃してしまうのも憚られた。
「おねーちゃんっ、あっち!」
「えっ? ひなちゃん!?」
衛兵たちから逃げ回りながら日菜が提案した逃走場所は、何と城の中だった。
他人に紛れ込もうとしてボヤ騒ぎの方へ寄っていた途中、彼女は目ざとくも城の裏口を見つけていたのだ。ちょうどボヤ騒ぎの方に駆け付けた衛兵が出入りしているので鍵もかかってないと分かる。
逃げるどころか、敵対していた陣営の本拠地へと乗り込むという逆張りもいいところの発想ではある。しかし一時的に身を隠すのであれば、実は悪くない選択肢なかもしれないと逡巡する紗夜。
「……いこうっ!」
迷ったのは刹那だけ。すぐさま覚悟を決めた紗夜が日菜の手を握り返して、裏口の扉へと突入していく。
勇気を振り絞った小さな逃走者は、城の内部へと消えていった。
〇ヴェンデリンからの依頼
国王が毒に侵されているので、どうにかして解毒薬を作りたいというのが一連の目的。カルを筆頭とした密偵たちが毒の在り処を突き止めることは出来ても、それを奪取するには相手が警戒しすぎているので厳しい
そこで人族であるプレイヤーたちにお鉢が回ってくる、という話。今のところ森エルフというだけで警戒されてしまうので、ある意味では渡りに船だったのかもしれない
〇リトルジェミニさよひな
詳しくはガルパ内イベスト《プリズマティックデュオ》を見て欲しい
興味ない人向けに言うと、めっちゃ小さい頃の双子の話というだけ。本来であれば適当な子供に変身するところを、無駄に高性能なカーディナルシステムが演算して再現している。再現するために必要なデータが何故あるのかというと、誰かさんが調査した産物があったという話
〇愉快そうなヒースクリフ
見てる分には面白いと思う。日菜はともかく、紗夜からすればたまったものではないが
ヒースクリフは原作からして結構意地の悪い言い回しをしてると思う。欲しければ剣で、二刀流で奪いたまえのシーンとか挑発的ですし
〇《隠蔽》スキルのあれこれ
原作でも第七十四層でキリトとアスナが隠れる際にアスナの方はスキルの仕様について知らなかった訳ですし、このスキルが有用なのかどうかについてはほとんど知られていなかった模様
もしラフコフ側が悪用していたらと思うと、あまり広めても良い内容ではないのかもしれない
〇城の中へ
後半へ続く