夜を日に継ぐ   作:百三十二

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何とか形になりましたので投稿します


例によって話が二転三転してるかと思いますが、どうぞ


ある男の為の鎮魂歌

 

 

 

 ──決戦当日

 

 

 どうにも様子がおかしいおねーちゃんを気にかけつつ、あのフォールンエルフの親玉との決戦の日を迎えたあたしたち。あたしとおねーちゃんにおじさん、そしてキズメルさんの4人で城の隠し通路から《滝底の洞窟》へと進むことに。

 

 出立前に女王様たちから激励の言葉を貰ったりした。この人たちにとって今回の戦いは未来を賭けた分水嶺でもあるので、あたしたちにかかる期待は並大抵のものじゃない。茶化せる様な空気は一切ないので、洞窟を歩くあたしたちの間に会話は無かった。

 

 でも重苦しいとは感じない。あたし以外の3人は口数が多い方じゃないし、自分はこういう空気で我慢出来ないだとか、そういうのは全然ない。ただひたすら集中力を高めているっぽいおねーちゃんの横顔を眺めてみると、気合が入ってる割には自然体な……いや、あたしの知るおねーちゃんからしてみたら、自然どころか不自然な気すらする。

 

()()()()()()()()()()。おねーちゃんは気合が空回るとかそういうことは無いけど、それでも多少は硬くなる。努力は裏切らないという信念があるから、やれるだけのことをやった上ならおねーちゃんが怖気づくことはまずない。それでも緊張などから本人も気付かない程度の微細なズレはどうしても生じてしまう。

 

 

 ──練習は本番のように、本番は練習のように──

 

 おねーちゃんの信条から考えても、弛まない努力が本番でのズレを削ぎ落してくれるくらいは思っていそうだ。

 

 

 だからこそ、そのズレの元を一切感じないというのは、おねーちゃんにとっての普通ではない。

 

 ズレがあるからこその信条だった。つまりおねーちゃん自身も認識はしていたはず。

 

 じゃあズレの無い状態におねーちゃんが気が付かないかと聞かれれば、それもあり得ない。おねーちゃんは今、確実にズレが無いことを察している。

 

 おねーちゃんにとって今回の戦いは練習でしかない、ということもない。だから異常だ。

 

 あたしの知らない、知覚できていない()()()()()がそこにいる。

 

 

「……見えた。ノルツァーだ」

 

 

 先頭を歩くキズメルさんが祭壇前の広間を視界に納め、そこに一人のフォールンエルフの姿を捉える。

 

 

「来たか、雑種共」

 

 

 相手もこっちに気が付き、忌々しそうな表情で睨んでくる。

 

 

 第三層から続くフォールンエルフとの因縁を終わらせる時が、遂にやってきた。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「さて、どう決着をつけるつもりで?」

 

 

 祭壇の前に立つノルツァーに向けて紗夜が話しかける。

 

 

「その前に、《秘鍵》は持って来たんだろうな」

 

「ここに」

 

 

 そうでなければフォールンエルフの軍勢を動かすぞと脅してくるノルツァーだったが、キズメルが懐から6本の鍵を取り出して見せた。

 

 

「そうか……なら言葉は不要だろう!」

 

 

 少しだけ安心した様な表情を見せたノルツァーだったが、一気にギアをあげて何かを発動しようとする。

 

 彼の動きを察知した日菜がナイフを投擲するも、ノルツァーの影から飛び出た何かがそれを弾いていく。

 

 

「カイサラ!」

 

 

 誰が叫んだか、現れた側近の名が呼ばれる。ノルツァーが発動した影を用いたまじないによって、彼自身の影から複数のフォールンエルフたちが転移してきた。その中の一人でもあるカイサラは日菜の姿を視界に入れた途端、烈火のごとく突進していった。

 

 

「死ねぇっ! 小娘ェッ!!」

 

「い゛っ!? あっぶなっ!」

 

 

 弾丸のごとく突っ込んできたカイサラの攻撃を、後方へ大きく跳躍することで回避する日菜。逃がすつもりはないのか、そんな彼女へと追撃をかけていくカイサラ。祭壇とは反対側の広間の奥においやられた日菜は、振り払えそうにないカイサラとの勝負を選択する。

 

 

「日菜っ!」

 

「余所見している場合とはなあッ!」

 

「ちっ……ノルツァー!」

 

 

 真正面からの奇襲で狙われた妹の身を案じて振り向こうとした紗夜だったが、その隙を逃すまいとノルツァーが突撃してくる。日菜の援護に向かうことは出来ないと悟った彼女は、当初の想定通り敵の首魁とのタイマンを選択する。

 

 ヒースクリフやキズメルの介入を許す前に紗夜を突き飛ばそうとしたノルツァーだったが、そもそも弓を装備している紗夜からしてみれば接近戦をする理由が無い。想定通りではあったが、影を使ったまじないの厄介さを似つかわしくない舌打ちと共に再認識しつつ、残りの二人を巻き込まない方角へ跳躍しながら矢筒に手を伸ばす。

 

 

「サヨ!」

 

「キズメルさんはヒースクリフさんと協力して一般兵の相手を! 余計な介入をされるのが一番嫌です!」

 

「……了解した! ヒースクリフ殿!」

 

「委細承知した。まずは邪魔者の排除と行こうか」

 

 

 接近を試みているノルツァーからステータスに物言わせたステップで距離を取りつつ、援護に回ろうとしたキズメルに向けて指示を飛ばす紗夜。彼女、或いはカイサラに執着されている日菜にとってタイマンならば最低でも時間稼ぎくらいは出来るという見込みはあった。だがそれは、影から現れたカイサラ以外のフォールンエルフたちの介入が無いという前提に限った話だ。

 

 第三層に比べて上昇したステータスであれば、日菜単独でもカイサラ相手は十分成立する。そしてカレス・オーの《霊樹》から受けたバフと《聖堂》から漏れ出ているフォールンエルフへのデバフが揃えば、紗夜一人でもノルツァーと渡り合うことは出来ると踏んでいた。ならばこの場において最も安定した選択とは、敵ネームド二人を引きつけている間に一般兵の処理をし切ることだという考えだった。

 

 現にカイサラの相手をしている日菜の表情には余裕が見られた。カイサラにデバフが掛かっている分だけ有利だと悟ったのだろう。そして近寄られたくない紗夜にしても、ノルツァーから逃げる分には問題ないという判断を下していた。

 

 つまりこの勝負、姉妹が耐えている間にヒースクリフとキズメルの二人が殲滅を終えるか否かである。故にノルツァーとカイサラはデバフ分を承知の上で短期決戦を挑んできたし、紗夜と日菜は持久戦を選択した。ノルツァーが後方から影のまじないで戦うという手段もあったが、弓を担いできた紗夜がいる限りはまじないを発動するまでのタイムラグなど隙でしか無いだろう。最初のまじないは紗夜たちが現れる前から仕込んでおいたから発動を潰されなかったが、デバフも相まってまじない発動までの猶予はあまりにも無視出来ないことをノルツァーは察していたというのもある。

 

 

「では、参る!」

 

 

 フォールンエルフの軍勢に向かって突撃していくヒースクリフの意気込みが、祭壇前の広間に響き渡った。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

(思ったよりも余裕がある……)

 

 

 カイサラの猛攻を短剣一本で捌きながら、日菜は内心でそう感じていた。

 

 

「死ねっ、死ねっ。死ねぇぇっ!!」

 

「ちょっとは落ち着いたら? お・ば・さ・ん?」

 

「クソガキがぁあああああああああ!!」

 

 

 第三層で大怪我を負わせたからか、日菜の事を目の敵にしているカイサラ。報復の機会を得られたからか、感情のままに武器を振り回している姿は狂人のそれである。

 

 ただ同時に、狙いも何もない不規則な攻撃は日菜に先読みをさせなかった。防御の薄い日菜はまともに攻撃を受けたくないので、自身の勘が働くまでの間は後手に回る選択を取った。その際、カイサラが冷静さを取り戻さない様に挑発を入れたりと余念はない。

 

 

(時間稼ぎだけなら《隠蔽》を交えて逃げ回ればいいけど、カイサラが冷静さを取り戻す可能性も増す)

 

 

 油断こそせず、横目でヒースクリフとキズメルの戦いを見る。一般兵相手ならば二人が後れを取る事は無いが、殲滅となると敵の数が問題だ。ただし一般兵の数自体は20体程度であり、10分もあればなんとかなるだろうという信頼もあった。

 

 

(このクエストはおねーちゃんの手でノルツァーを倒す必要がある、気がする……。だったら──)

 

 

 如何にゲームに詳しくない日菜といえども、紗夜が置かれている状況くらい推察出来る。味方にはバフを、敵にはデバフをの状況はいわゆる『勝ちイベント』みたいなものなのだと想像するのは難くない。

 

 その場合、今後を左右することがあるとすればそれは『勝ち方』だ。そして彼女たちが辿って来た道筋的に、それは紗夜の手にかかっていると嫌でも分かる。

 

 

(あたしはカイサラを倒し、おねーちゃんの戦いに介入させない!)

 

 

 なし崩し的に始まった決戦、その状況整理を終える日菜。

 

 自身に向かって突っ込んでくる敵を捉え、完膚なきまでに倒すべく最善の状態へと仕上げていく。

 

 

 彼女がカイサラよりも劣っている部分は、純粋なパワーと武器のリーチだ。懐に潜り込もうにも、乱雑に武器を振り回すその内側に飛び込むのは至難の業である。

 

 故に日菜は決断する。相手の武器を手放させ、素手になったところを仕留めるべきだと。

 

 そして致命的な一撃を加えたければ、第三層の時の様にカイサラの意識にない攻撃をする必要がある。あの時は紗夜やヒースクリフとの連携ありきだったが、今回はそれを一人でしなければならない。

 

 

 そのはずなのだが、日菜に憂いは一切無い。あるのはただ、勝てるという自信の表れだった。

 

 

「よっ、と!」

 

 

 まずは右足でカイサラの右手をカウンター気味に蹴り飛ばす。それまで受けに回っていた相手が乱撃の合間を縫って反撃してきたことにカイサラの思考が一瞬止まるが、戦士の意地で武器を手放すということだけは避けた。

 

 

「でも、浮いたよね!」

 

「小癪なっ!?」

 

 

 強制的に重心を身体の右側に寄せられたカイサラに向けて、日菜が短剣を《投擲》スキルで目線の高さに投げつける。かろうじて左腕で受け止めることに成功するも、そのせいで瞬間的に日菜の姿を隠してしまう。

 

 

「何ッ!? 奴は……?」

 

 

 その隙を見逃さず、日菜は《隠蔽》スキルを起動する。見られている状態では効果など無いが、例え僅かな間でも相手の視界から消えていれば《隠蔽》スキルはその力を発揮する。

 

 腕で視界を遮ったカイサラはその対象となり、日菜の姿を見失うどころか気配まで感じなくなってしまう。

 

 だがカイサラは、これが何の力によって起きた事象なのかを知りようがない。故に辺りを見渡すも、その姿を見つけることが出来ない。

 

 

(逃げたのか……? ならば──)

 

 

 最後まで人族を、日菜を見下し続けていたカイサラは敵前逃亡だという判断を下してしまう。仮に隠れていたとしても、その前に自分がノルツァーの援護をして紗夜を倒してしまえば良いという発想からの判断だった。

 

 

 そうして、主君が戦っている方へと歩み寄ろうとした時──

 

 

 

 

 

 

 

「油断、したよね?」

 

 

 

 

 カイサラの背後から声が聞こえ、無防備な背中に予備のナイフが突き立てられた。

 

 

 

「がっ……あ˝あ˝っ!」

 

 

 小馬鹿にする様な立ち回りをされたカイサラの怒りが有頂天に達し、どす黒い感情と共に唸り声をあげる。

 

 矮小な小娘なぞ叩き斬ってやる。そうでなければ溜飲が下がることはないという想いから振り向きざまに右腕を上から下へと振り下ろし、武器を持たないはずの日菜を両断しようとした。

 

 

 だがこれこそが、本当の意味での日菜の誘いだった。

 

 

 ──日菜は最初から、どうやったらカイサラの武器を無効化出来るかということを考えていた。

 

 

 懐に潜り込むにしても無視できないリーチ差があり、最初に《投擲》してみせた様に投げ物では大したダメージにならないことを見て知った。初撃だけ狙った位置に蹴り込めたが、それで武器を手放さないのであれば手や腕を狙っても無駄だと理解した。

 

 

 ならば単純な話である。相手の武器を掴み、強制的に手放させる。彼女はそれだけを狙ってみることにした。

 

 

 上手くいかなければ、その時はまた別の手を考えよう。最悪の場合は地道に削れば良いし、物は試しだと開き直る。

 

 

「すぅ……」

 

 

 自身の持つ感覚を総動員させ、誘導することに成功した剣の軌道を注視する。

 

 

 狙った通りの状況になった、後は出来ると信じて直感の赴くままに対峙する。

 

 

「■■ッ!!」

 

 

 最早言葉を為していないカイサラの怒りが鼓膜を震わせるが、日菜が意に介すことはない。

 

 

 何をどうすれば良い──そういった過程を認識するよりも先に行動する、それが彼女の強みだと教わった。

 

 

 ならば警鐘を鳴らさない勘のままに従い、実行するのみ。

 

 

 

「──ここっ!」

 

 

 

 パシッ──何かをはたいた様な、乾いた音が鳴り響いた。

 

 それは誰かが斬られた音でも無ければ、悲鳴でもない。

 

 

「な……にぃ……っ!?」

 

 

 その光景を前に、怒り心頭だったはずのカイサラでさえ信じられないと驚愕していた。

 

 

「えへへ……イヴちゃんが喜びそうな芸当だけど、やってみるもんだね」

 

 

 そう溢す日菜の眼前、或いは頭上に、カイサラの振り下ろした剣が静止している。

 

 それをさせているのは、両側から剣を挟んでいる日菜の両手である。

 

 

 ──真剣白刃取り。フィクションでしか聞いたことがない曲芸を、日菜はこの局面で成功させてみせた。

 

 

 曲芸は所詮曲芸でしかないという者もいるだろう。だが意識の外からそれを見せられた時、果たしてやられた側は平常でいられるだろうか。

 

 

 少なくとも、カイサラにとっては否だった。怒りで我を忘れかけていた所にあり得ないものを見せられた彼女の思考は、冷静になるを通り越して停止してしまう。

 

 

「そりゃっ!」

 

「ぐっ、しまっ──!」

 

 

 やりたいことを通した日菜は剣を挟んだ手を捻り、それと同時に右足で胴体に蹴りを入れる。武器を手放すまいと握りしめるか、腹筋に力を入れるかの選択を迫り──思考が纏まらないカイサラは腹部へのダメージを軽減することを優先し、武器を手放すという愚行を犯してしまう。

 

 

「しっ!」

 

 

 奪った武器を誰もいない方へと捨て去り、間髪入れずにカイサラとの距離を詰める日菜。

 

 敏捷値に多く割り振った彼女の全力のスピードは、蹴り飛ばされた衝撃でたたらを踏んでいるカイサラには反応出来る様な代物ではなかった。

 

 

「らぁっ!」

 

 

 加速の勢いを乗せたまま右手から《体術》スキルによる一撃を繰り出し、貫き手がカイサラの腹部に突き刺さる。

 

 

「がはっ──」

 

 

 防御もままならないというのに、被弾したところに追撃を重ねられて肺の中の空気が押し出される。息が詰まり、現実世界で言う所の脳に酸素が行き渡らない状態に陥ってしまうカイサラ。

 

 

「これでっ──」

 

 

 だが日菜の攻撃は止まらない。このターンで一気に決める腹積もりだったからだ。

 

 瞬時に踏み込み直してから左腕を振り抜いてカイサラの顎を捉えるアッパーカットを放ち、完全に上体がうわずったのを見計らって、体操選手の様な姿勢移動の最中に後ろ足で胸元を蹴り穿つ。

 

 

「──終わりッ!!」

 

 

 そして上空へと身体を浮かせられて身動きの出来ない敵の腹部へ、日菜は改めて態勢を整えてから跳躍し、空中で一回転しながら全身全霊のかかと落としを叩き込んだ。

 

 

「────」

 

 

 衝撃の瞬間、最早気絶していたのだろうか、カイサラが声をあげることはなかった。

 

 

 ただ聞こえたのはその身が地面と激突する鈍い音だけであり、そこから立ち上がることも無ければ、姿が消えることも無い。

 

 よくよく見れば彼女の体力ゲージは僅かに残っている。しかし《体術》スキルによる度重なる打撃によってスタン状態に陥ってしまい、低下し過ぎたHPも相まってカイサラが起き上がる気配は見受けられない。気絶した、と言っていい有り様だった。

 

 

「ま、こんなもんだよね」

 

 

 それを成し遂げた張本人はあっけらかんとそう言い放つだけだった。

 

 

 

 それもそのはず、既に彼女の意識は姉へと向けられていたのだから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「あれ、もう終わったの?」

 

 

 日菜がカイサラを拘束してその場に放置した後、ヒースクリフとキズメルのもとへ合流した際の第一声は意外そうなものだった。

 

 

「ああ。大半はキズメル殿が片付けてくれたのでね」

 

「この程度の相手なら造作も無いさ」

 

「やっぱりキズメルさんは強いねぇ」

 

「ははは、そなたにおだてられるのも悪くないな」

 

 

 それもそのはず、日菜の予想では二人が取り巻きを蹴散らすのに10分程度かかると思っていた所を、その半分の5分足らずで終えていたからである。日菜の方も、カイサラの足止めでは無く撃破を狙い始めてからそれを達成するまでの一連の時間は数分しかかけていない。にも拘わらず、合流した時には既に二人がただ立って眺めていただけだったのだから、日菜は自身の想定が外れたことが少しだけ気になっていた。

 

 ヒースクリフ曰くキズメルが強かったとのことだが、それもそのはずだろう。本来であればキズメルは重要NPCでもあると同時にお助けNPCでもあるのだ。もっと下の層であればフロアボスでさえも楽々沈めてしまうくらいの力量を保持している。

 

 日菜たちは第三層の頃から彼女を知っているが、実のところ彼女のお助けNPCとしての力を目にしたことは無い。それ故に日菜の脳内でどうにも結びつかないでいるのだが、そこは柔軟に考えることでキズメルの実力が更に上であるという様に結論付ける。

 

 とどのつまり、お助けNPCとしての実力を存分に発揮したキズメルがデバフのかかった取り巻き相手に無双して瞬殺してみせた、ということである。

 

 

 そんな一方的な蹂躙を成し遂げたはずの当人を含めた二人が、日菜の合流を待っていた訳でもなく棒立ちしていたのには理由があるようでなかった。

 

 

「まぁ、アレに割って入ろうって気は起きないよね」

 

 

 二人の思考に賛同する形でキズメルの隣に日菜も並び、その視線を残された戦いへと移していく。

 

 この《滝底の洞窟》は近くに水脈があり、そこから流れ出る清らかな水が洞窟内の足場の大外側を満たしている。大きな穴を開いている鍾乳洞の様なダンジョンは、耳を澄ませれば時折水滴が落下する音を聞くことが出来る。

 

 だが3人の視線の先からは、そんな小さな音などかき消してしまうほどの剣戟が交わされていた。逃げることを止めたのか、いつの間にか弓から剣と盾という本来のスタイルに切り替えていた紗夜と、味方が全滅したことを悟りつつも止まることが出来ないノルツァーによる意地の張り合いが行われていたのだ。

 

 紗夜に課された使命と、そんな彼女を明らかに目の敵にしているノルツァーの一騎打ち。それらを蔑ろにして加勢しようという、ある種無粋な真似をしようとする者は3人の中にいなかった。

 

 

 後は結末を見届けるだけである。そうして静観を決め込んだ3人の視線の先では、いつ終わるとも分からぬ戦いが続いてた。

 

 

「弓兵ごときが苦し紛れの見様見真似かと思ったが……貴様、さてはこちらが本命か!」

 

「この世界に来て最初に手に取ったのは剣ですよ!」

 

 

 距離を詰め切る寸前、ノルツァーが斬りかかると同時に彼へと弓を放り投げた紗夜。耐久値ごとそれを斬って捨てた敵を前に、彼女はその僅かな猶予で武器を持ち帰ることに成功していた。後のプレイヤーたちの間では《クイックチェンジ》と呼ばれる様になる、高速で武器を持ち替えるシステム外の技術だ。

 

 弓を装備することになってから単独で距離を詰められた時の手段としてかねてより考案していた策を決行した紗夜は、久しぶりの感触と共にノルツァーと刃を交えていく。

 

 

「……何故だ、何故貴様が《聖大樹》に選ばれたッ!」

 

 

 ノルツァーが仕掛け、紗夜が左手に持った盾で捌き、隙を見つけては右手に持った剣で反撃するも弾かれて相殺される。ひたすらこれを繰り返していき、集中力がもつかどうかの持久戦の相を呈してきた頃合い……戦い以外のことで遂にノルツァーが口を開いた。

 

 その言葉に乗せられた感情は、紛れもない嫉妬だった。

 

 

「な、に?」

 

「私は生まれた時から何もかもを奪われた! 忌々しいカレス・オーとリュースラの奴らが私を虐げ、罪も無いのに囚人の様な扱いを受けて来た! この意味が分かるか!? 小娘!」

 

 

 感情と共に鋭さを増していくノルツァーの剣筋に対し、紗夜は反撃せずにひたすら盾で防いでいく。防戦一方になる中、まくし立てる様にしてノルツァーが勢いづく。

 

 

「この世界に神や正しさなんてものは存在しないということだ! もし本当に神がいるのならば、何故あの時の私は救われなかった? 罪無き赤子をあの様に閉じ込めた者たちに罰が下らない? そんなもの、奴らが神と同一視している《聖大樹》がその様な存在では無いからだ!」

 

「それが何だと言うんですかっ」

 

「奴らが崇める《聖大樹》は、所詮《聖大樹》にとって敵か味方でしか判断してないということだ! 本当に正しいかどうかなど関係ない、ただ《聖大樹》のエゴによる独裁だ。そんなものに絶対的正しさなどあるはずがない……認めるものかっ、それを崇める奴も等しく滅ぼさなければ、いずれ世界は《聖大樹》によって支配されるディストピアにしかならんっ!」

 

「あなたの言うことが真実だとしてっ、《聖大樹》をどうこうしてしまえばこの塔が崩壊します! そうなったら何もかもが空中に放り出されてしまいますし、あなたとて無事では済まないのですよ!?」

 

「いや、私と同胞だけは助かるさ。私が《聖大樹》の力を取り込むからなっ!」

 

「それで一度失敗したからその様な身にやつしたのでしょう!」

 

「《原初のフォールン》に唆されるままだった無知で無力な私はもういない! この時の為に力をつけて来た今の私であれば、今度こそ《聖大樹》に打ち勝てる! だから私の邪魔を、するなぁっ!!」

 

「──ッ!」

 

 

 紗夜のガードを崩せないノルツァーは業を煮やしたのか、そのガード毎叩き斬ろうとして大きく振りかぶる。

 

 これを真正面から受けるのは得策ではないと予感した紗夜は、咄嗟に身体の重心を少し斜めにずらした。前に突きだしている盾に衝撃が伝わる瞬間、衝突の点を少し傾けることでいなそうと試みる。

 

 

「猪口才な……だが!」

 

 

 何とか一撃をそらしたが、そのせいで紗夜の態勢は悪い。その隙を見たノルツァーは何か呪文を唱え、影のまじないを発動させる。

 

 態勢が悪い紗夜にこれの発動を阻止する手立てはなく、ノルツァーの足元から伸びる3本の影の槍をどうにかする他なかった。

 

 

(真っ直ぐにしか来ないのであれば盾で防げば良い話ですが、果たして……)

 

 

 その威力は身を以て知っている彼女にしてみれば、まともに食らえば1本でもお陀仏、急所じゃなくても2本食らえばアウトだ。幸いにして貫通力はそうでも無さそうなので、極力盾で受け止めて難を逃れたいと考えていた。

 

 

(3本全て顔に!?)

 

 

 彼我の距離は精々数歩分。真下の角度から突き上げる様にして伸びる三本の槍は、その全てが紗夜の頭部目がけて放たれていた。

 

 

(……感触が弱い?)

 

 

 当然ながら、彼女はこれを盾で防いで見せた。しかし思っていたほどの手ごたえが無く、違和感を覚える。

 

 

(──まさかッ!)

 

 

 当たって欲しくはない予想と共に、紗夜は咄嗟にしゃがんだ。するとその頭上を交差する様にして、斜め左右から二本の影の槍が通過していった。彼女は間一髪、盾で視界を塞いだ際に誘導が利く可能性を考慮しておいた良かったと冷や汗をかいていた。

 

 

「チッ、避けるか。だが盾は使い物にならなくなったぞ!」

 

「何ですって……? ──ッ!」

 

 

 最低限の成果は得られたぞと煽ってくるノルツァーの言葉を訝しんだ紗夜だったが、すぐにその意味を理解した。

 

 

(盾が影に捕まって動かせないっ)

 

 

 3本の内の1本はちゃんと正面から盾にぶつかっており、それは彼女も察していた。何なら、そこから感触が足りない気がすると悟っていたのだが、どうやらその1本は貫通させる為のものではなく、盾を捕まえる為のものだった様だ。

 

 左手で盾を動かそうと試みるも、何かに引っ張られている様な感触が伝わってくるばかりで失敗に終わる。このまま盾に拘っていては片腕のハンデも同然であり、いただけないとは承知しつつも放棄するしか選択肢が無かった。

 

 

(危なかった。あのまま盾に拘っていたら、左手から捕まっていたわね)

 

 

 戦場において一瞬の判断ミスも許されない。躊躇してしまえば死に直結しかねない。そう考えている紗夜が思い切って盾を捨てる決断を下すと、左手が取っ手から離れたのとほぼ同時に、影が盾の裏にまで侵食してきていた。盾を持っていたままであれば、あの影に左手ごと捕まっていたはずの光景を目の当たりにした彼女の表情は明るくない。

 

 

(予備の盾はある。でも装備する時間なんて与えて貰えないでしょうね)

 

 

 幾ら早着替えが出来るとは言っても流石に限度がある。尚も二本の影の槍に追い立てられているというのに、その最中によそ見するなど自殺行為にしかならないだろう。

 

 

(──仕方ない。覚悟を決めるしかないみたいね)

 

 

 追尾してくるであろう影の槍の的になるのを避けるべく、紗夜は盾を手放した1秒後には地面を蹴って動き出していた。

 

 

「逃がさん!」

 

 

 盾を使わせたくないという思惑からか、ノルツァーが操作する影の槍の本数は二本のままだ。対処出来ない速度では無いが、筋力値に多く割り振っている紗夜では振り切ることが出来ない。

 

 とはいえ、ある程度の威力を持たせようと思ったら真っ直ぐ加速させる必要があるのか、彼女からしてみれば影の槍の軌道を予測することが容易だったのは不幸中の幸いと言える。普段は右手に持っていた剣の柄に左手も添えながら低い姿勢で走り回る彼女と、それを捉えようとする二本の黒による追いかけっこが始まっては少しばかり続いた。

 

 

 短時間ではあるが、数分ほど戦況に変化が起きなかった後。ノルツァーを軸としてその周囲を走りつつ隙を窺っていた紗夜は、時折襲い掛かってくる影の槍を上手いこと避けつつもある狙いを早い段階でつけていた。

 

 

(私にダメージを与えようとするなら真っ直ぐ加速させなければならない。であれば、万が一それを私が避けた場合のことを考えれば、恐らくは)

 

 

 敵に拘束されている盾が、装備欄の上では未だに自身の装備品扱いになっていることを確認しつつ、決着をつけるために紗夜は一つの賭けに出る決意をした。

 

 

「ここっ!」

 

「ッ!」

 

 

 何度目かになる影の槍の攻撃を躱した紗夜は、地面が抉られる音を背にしつつ、次また攻撃したければ加速が必要になるタイミングを見計らってはノルツァーに向かって突撃していった。

 

 

(もし今の位置から私に攻撃したければ、背中に向けて加速させなければならない。しかしそれを私が避けた場合、位置によっては術者本人に危害が及びかねない)

 

 

 ノルツァー、紗夜、影の槍が一直線上に並ぶことにより、術者に自爆の可能性を思い浮かばせる。影の槍の操作精度からこの考えが有効であると踏んだ紗夜は機を見てそうなる様に誘導し、絶好の機会を演出することに成功する。

 

 

「覚悟ッ!」

 

 

 影の槍を複数本操作することは想像以上に難易度が高いのか、先程の位置から一歩も動いていないノルツァーを視界の芯に捉えつつ紗夜は駆けた。

 

 どういう訳か、様々なウィンドウを開いたまま突撃していく彼女は、今度は右手だけで持った剣にシステムの光を携える。

 

 

「甘いッ!」

 

 

 明らかに強化された攻撃が来ると見て分かるや否や、ノルツァーは自分と紗夜との間に残りの影で拘束していた盾を挿んだ。

 

 自身の防具が行く手を阻み、このまま進んでも攻撃が通ることが無い状況。しかし紗夜の走りが止まることは無い。

 

 

(気でも狂ったのか……? 自らの装備と衝突するだけだぞ?)

 

 

 内心では少々興醒めているノルツァーだが、影で拘束した盾を押し出しつつも、紗夜が突撃を諦めて回避した場合のことを考えて残り二本の影の槍も所定の位置を通過する様に距離を取って加速させていた。

 

 

(どの道、貴様は袋小路に入った。追い詰められた鼠のごとく、そのまま無様に息絶えるが良いッ!)

 

 

 彼は己の勝利を確信し、ほくそ笑んだ。

 

 

 そして紗夜の剣が盾と衝突し、火花を散らしながらその反動で致命的な硬直を晒すと思っていた瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《──装備を外しますか(Remove)?》

 

 

(はい)》 or 《×(いいえ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──紗夜の盾が、消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!?」

 

 

 予想だにしなかった展開に、ノルツァーは声にならない悲鳴をあげる。

 

 

 回避すると読んでいた先に置いておいた二本の影の槍は空振って地面を穿ち、拘束していたはずのものを失った影はその場に漂うのみ。

 

 

 影の操作に全力を注いでいたノルツァーは、迷いなく突っ込んでくる紗夜の前に無防備を晒した。

 

 

「はあああッ!!」

 

 

 

 ──片手直剣系単発ソードスキル《レイジスパイク》

 

 

 

 ソードスキルにしては威力が低いが、射程に優れる技である。

 

 

 しかしソードスキルである分それ相応の威力が保証されており、何より今の紗夜は《霊樹》から受けたバフが存在している。

 

 

 その一撃が弱点判定の心臓を貫けば、十分な威力を発揮する。

 

 

 

(ああ……私は……──)

 

 

 

 自身の負けを悟ったノルツァーの体力ゲージが、全て透明になった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の負けか……」

 

 

 そう呟いたノルツァーは、胸に剣が刺さったまま脱力した。私が剣を手放すとその場で膝から崩れ落ちていき、正座している様な姿勢で俯いた。

 

 

「二つ、訊きたいことがある」

 

「……どうぞ」

 

 

 自身が死ぬと悟っているからか、余計な抵抗はせず穏やかそうな声音で語り掛けてくる。決着がつき、これ以上争う意味も無いのでその会話に乗ることにする。

 

 

「封じていたお前の盾が消えた理由が知りたい」

 

 

 一つ目の質問は、先程の戦いにおいて捕まっていた盾が、私の攻撃が届く寸前で消失したことについてだった。

 

 敗北に直結した出来事だったからか、気になるものは気になるということだろうか。

 

 

「理解して貰えるかはよく分からない理屈ですよ」

 

「構わん」

 

 

 とはいえ、この件に関してはあまり語れることが無い。

 

 やったことはシンプルだ。装備していた盾をインベントリに仕舞った、それだけの話である。

 

 

「自分の装備欄を見た時に、影に捕まった盾の所有権がまだ私にあると思ったんです。システム的にどういう処理になるのか不明瞭でしたが、触れる直前にコンソールを操作することで盾を収納しようとしました。結果は……御覧の通りです」

 

 

 上手くいくかどうかは半々だと考えていた。

 

 戦闘中でも装備の早着替えが出来ることから、その辺りの仕様に関する一つの可能性としては考えていた。

 例えば、今回は盾だったが、もしかしたら剣が何かに挟まって抜けなくなるかもしれない。そういう時に一度手放してから同様の操作をすることで回収できるんじゃないか、という一応の発想はあった。それをぶっつけ本番で試すことになるとは思わなかったが、実際にやってみると二度と出来ないだろうという確信が生まれていた。

 

 どう考えてもこれは《グリッチ》、つまりシステム的にはバグの類であり、程なくして修正されてしまうだろうからだ。敵に取り上げられている装備をこの様な形で回収出来てしまうのは、控えめに言ってもズルでしかない。偶々抜けていただけで、次は無いだろう。そもそも攻撃中にインベントリ等を開いてコンソール操作を行うということが考慮されていなかったのかもしれない。

 

 何はともあれ、NPCである彼には理解というか、そもそも真似出来ない所業だ。

 

 

「ふっ……まるで手品だな。人族の者に斯様な心得があったとは、想定していなかったな……」

 

「多少卑怯かもとは思いましたが、負けられなかったので」

 

「気にするな。戦いに卑怯も何もあるまい。そんなことを言うのは、頭がおめでたい、本当の戦争を知らん者が宣う戯言よ……」

 

「そう……ですか」

 

 

 だが意外にも彼は私の作戦を肯定してきた。

 

 生死を分ける戦いで、手段を選ぶのは愚か者のすることだと言う。そうしておいて何だが、あまり肯定しきれない私がいる。

 

 それを見越してか、彼は続けてこう言った。

 

 

「搦め手というのは、正攻法が使えない時に取る手段だ。あの時点でお前に残された手の中に正攻法は無かった、そう私が潰したからな。だから気にするな。私に勝ったお前がそうだと、負けた私が惨めになる」

 

 

 思わぬフォローに少し驚くが、考えてもみれば彼の指導者としての素質は言うまでもないのだから、こういう人の心にスッと入る言葉を選ぶことに長けているのだろう。

 

 憑き物が落ちたような彼の言葉に、嘘の気配は感じられなかった。

 

 

「では二つ目の問いだ……何故奴らに手を貸した」

 

「決まってます」

 

 

 二つ目の質問は、至ってシンプルだった。言い換えれば、何故キズメルさんたちに加勢し、フォールンエルフと敵対したかということである。

 

 これに関する私の答えは、既に出ていた。

 

 

「見捨てられなかったんです。一度繋げた縁を大事にしたくて、困っている方たちを捨て置けなかった。それだけの話なんです。そこに善も悪もない、ただただ友人の為に力を貸したかった」

 

「……お人好しめ。いつか身を滅ぼしても知らんぞ」

 

「それでも、自分の心に嘘はつきたくなかった。これからも、そうならない為の努力を惜しむつもりもありません」

 

「そう……か……」

 

 

 私の言葉を聞いたノルツァーは深く息を吐きだし、幾ばくかの後にようやく顔を上げて私と視線を交わした。

 

 

「死に逝く者の懺悔……一つ、聞いてくれるか?」

 

 

 縋る様な彼の表情に、私は

 

 

「シスター違いですが、それでもよろしければ」

 

 

 そう、返した。

 

 それに対して「感謝する」と述べた彼は、溜め込んでいたものを少しずつ吐露する様に、微笑んだ。

 

 

 

 

「──お前の言葉を聞いて、久方ぶりに思い出した。常に私は、自分の心に嘘をついてきたのだとな……」

 

「どうせ奴らから教わってるだろうが、私は親の愛を知らない。幼いながらに《原初のフォールン》の誘導に乗ることは間違っていると察しながらもそうしたのは、ひとえに親の関心を惹きたかったからだ」

 

「傍迷惑なアピールだろう。だがあの時の私にはそれしか方法が無かった。悪いことだと知りながら、私にはその権利があると免罪符を掲げて進んだ」

 

「それがいつしか、目的と手段が入れ替わっていた。親の気を惹く為の行為が、行為そのものを肯定する為に親の件を言い訳に使う様になった。そして民衆を扇動していく最中、彼らの姿を見て来た私は、これが正しい行いなのだと仮面を被り始めた」

 

「決定的だったのは、やはり《聖大樹》に拒絶された時だ。悲劇のヒロインを気取っていた私が、それを全否定されたからな。愛を渇望していた心は反転し、何もかもを憎悪する様になった」

 

「それでもな……同じ境遇だったフォールンエルフの同胞たちを率いる度に、あいつらを救ってやろうという気持ちも芽生えていたのだ。お前たちからすると迷惑だろうが、我々の間にも傷の舐め合いとはいえ確かな仲間意識が生まれていたのだ」

 

「それが却って憎悪を肥大化させてしまったが、私の歩んできた道を悔やむことは無い。私に付き従ってきた者たちの為に、私が否定することはしない」

 

「だが……他に道があったと、思わなくもない。それがどうだったかは、知る由もないのだがな……」

 

「──なあ、《聖大樹》に見初められた人族の者よ。私はどうすれば良かったのだろうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あなたは、気付くのが遅かったんです」

 

 

「……何?」

 

 

「その同胞を助ける為とはいえ、他者を傷つけて良い理由にはなりえません。心苦しい話ですが、どんなに苦しくても耐えるしかありません」

 

 

「お前からすると……そうとしか言えんだろうな……」

 

 

「ですが……愛していたのでしょう? そして、愛されていたのでしょう?」

 

 

「ッ!」

 

 

「相手は違いますが、あなたは誰かを愛し、そして誰かから愛されていた。親でなくとも、そこに確かな愛はあったはずです」

 

 

「ああ……」

 

 

「あなたは心に嘘をつき続け、気付こうとしなかった。そういう話だと……私は思います」

 

 

 

 

 

 

 私の言葉を受けたノルツァーは、その場でさめざめと涙を流した。

 

 

 きっと、彼の脳内ではこれまでのことが想起されているのだろう。言うなれば彼にとっての思い出が、走馬灯のように過ぎっているのだと思われる。

 

 

 そして彼は虚ろな視線をある方向へと移し、こう言った。

 

 

 私にはその理由が、直ぐに分かった。

 

 

「……肩を、貸してくれないか……?」

 

「良いですよ。──ヒースクリフさん、手伝ってください」

 

 

 何処に行きたいのか察した私は、反対側を支えるためにヒースクリフさんを呼んだ。彼は何も聞かず、ただ手を貸してくれた。日菜とキズメルさんも、無言で寄って来た。

 

 

 誰も彼もが、せつない表情を見せていた。

 

 

 私とヒースクリフさんの二人に支えられて立ち上がったノルツァーは、ゆっくりと、少しずつながら確実に歩を進めていく。

 

 

 そうして辿り着いたのは、日菜に拘束されていたカイサラの傍だった。

 

 

 

「ノル、ツァーさ、ま……」

 

 

 まだ息があったのか、彼の姿を視界に収めたカイサラが言葉を発する。起き上がることは出来ないが、意識だけは残っていた様だった。

 

 

「すまない……私は……」

 

 

 そう、申し訳なさそうに告げたノルツァー。

 

 

「いえ……あなた様でも駄目でしたら……それはきっと、そういうこと、なんでしょう……」

 

 

 それに対するカイサラは、彼を気遣う様な言葉をかけた。彼女が彼を慕っているのは、嘘偽りのない本当のことなのだと分かる。

 

 

 そして──

 

 

「──お慕いしております、閣下……最後までお供を、させてください……」

 

 

 ノルツァーが欲しかった言葉を、口にした。

 

 

 

「……ありがとう、カイサラ……私の方こそ、お願いするよ……ッ」

 

 

 

 本当に欲しかったものは既に手に入っていたのだと、ハーフエルフの男は今更ながらに知った。

 

 

 せめて死ぬ前に気が付くことが出来て良かったと、心の底から思っていることだろう。

 

 

 ぐったりとしている彼女の身体を不格好ながらに抱きしめる姿が、私の瞳に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

「……サヨ、と言ったな。この剣、ひとたび借りるぞ」

 

 

 

 様々な感情を巡らしたノルツァーは、おもむろにそんなことを告げた。

 

 

 何をするのかと思えば、胸に刺さっていた私の剣を引き抜き、カイサラを抱きしめた状態で自決の態勢を取った。

 

 

 突然の事態に制止の声をかけそびれた私たちに向けて、彼は真剣な表情で最後の伝言を託し始める。

 

 

 

「聞け、お前たち。我々フォールンエルフの敗北が決定的となった今、《原初のフォールン》は封印を解いて奴自ら表舞台に上がろうとするはずだ。その際、用済みとなった我々を吸収しようとするに違いない。それをさせない為に、私たちは今ここで死ぬ。《聖大樹》の力が満たすこの場であれば、呪われた身であっても命を絶つことは出来よう」

 

 

 

 そして彼は、私を見た。

 

 

 

「サヨ、最後にお前と戦えて良かった。おかげで欲しかったものを取りこぼさずに済んだ。そして私が言えたことでは無いが、エルフたちの未来を守ってやってくれ。願わくば、次なるノルツァー(哀れな子供)が生まれない様にして欲しいと、叔母上に伝えてくれ。そして父上には……申し訳ありませんでしたと……頼む」

 

 

 自分で言え、とは口にはしなかった。

 

 そうするだけの時間が残されていないのだと、彼自身が告げていたからだ。

 

 最後の最後で彼は二つのエルフたちの為に、《原初のフォールン》の血肉となることを拒もうとしている。その為にも、今この場で死ななければならない。

 

 

 それが分からない私たちではない。だから代表して私が

 

 

 

「はい、必ず」

 

 

 

 そう、答えた。

 

 

 これで満足したのか、彼の表情が柔和なものになる。

 

 

 最後にカイサラの身体を強く抱きしめ、彼は──

 

 

 

 

 

 

「──さらばだ」

 

 

 

 

 

 

 ──手に取った私の剣で、旅立っていった。

 

 

 

 

 







これにてフォールンエルフたちとの戦いは終わり、残すは全ての元凶だけとなります。そして全ての元凶はフロアボスと同じ扱いですので、実質的に次が第九層のラストになります


〇《聖堂》前の祭壇エリアの状況

《聖大樹》の力が漏れ出ているせいでフォールンエルフたちにかなりのデバフがかかっています。本来想定されているルートでは、恐らくですが必ずこの場で決着をつけるようなバランスになっていると思われます

βテストの時もそうでしたが、通常のルートではここでノルツァーたちを倒してエルフたちに感謝されて終わりということになっています


〇日菜vsカイサラ

第三層で深手を負わされたことから日菜に執着し過ぎているカイサラ。冷静さを失っていますが、日菜はこれを利用して最初の頃は時間稼ぎに徹しています。そして思考がまとまった後は撃破を目指し、暗殺者みたいな立ち回りで致命的な隙を作り出すことに成功しています

《隠蔽》スキルについてですが、今回はカイサラが冷静では無かったことによる視野狭窄と、瞬間的に視界から消えたことでボーナスが働いています。一度見失ってからはカイサラの背後を常に陣取り、日菜から離れようとしたところを狙ってアンブッシュという具合です

その後は《体術》スキルを乗せながら右で貫き手→左でアッパー→後ろ足で蹴り上げ→空中一回転かかと落としの連撃で勝負ありでした

また真剣白刃取りについてですが、日菜は出来ると思ったからやっただけです。とにかく相手の武器を取り上げたかったので、咄嗟に思いついたそれっぽい挙動でしかありません。余談ですが、相手の武器を取り上げるという意味では真剣白刃取りは『魅せ技』だそうで、もっと実戦的な無刀取りという技があるそうです


〇ヒースクリフとキズメルによる殲滅

実質的にカットしましたが、相手にデバフかかってる状態では二人にとって相手になりません。適当に蹴散らして終わり、後は紗夜の戦いを観戦していました


〇ノルツァーの言い分

要するに、愛が欲しかっただけです。なお二つの王族の血を引いているからか、指導者としての才能は完璧です。後はそれをどういう風に使うか、というだけでした

傷つけられたから傷つき返すというのは、よく戦争モノとかでも取り上げられがちな話ですね。結局は何処かで誰かが我慢するしかないというのが、今のところの結論な気もします


〇紗夜vsノルツァー

早々に弓は放棄して《クイックチェンジ》の要領で久しぶりの剣盾装備。《クイックチェンジ》自体は原作でも割と一つの技術として確立されているらしい。尤も、本来はメイン武器が破損した時に予備を取り出すための動作っぽいが

ノルツァーと剣の腕にあまり差は無い想定ですが、流石に設定上生きてる年数が違うのでやや防戦より。それでも割とカウンタースタイルを取れているのは、ここのところずっとお手本を見てきたからというのがある

まじないによって影の槍が出てきてからは、紗夜はノルツァーの周囲を走り回って思考する時間を確保し、決意してから突撃しています。その際に盾の装備を外すという方法でノルツァーの虚を掴み、致命傷を与えることに成功しました

紗夜は《グリッチ》の類だと感じていますが、実際問題どういう判定になるかは微妙なところ。第二層の強化詐欺事件でもそうでしたが、所有権のあるアイテムを一斉に実体化させるコマンドがある訳ですから、所有権そのものを奪われるでもなければ仕様で流されそうな気もします

また戦闘中の装備の着脱ですが、そも原作でキリトの二刀流お披露目時に二本目の剣を装備しているシーンがある訳で、特に制限されているとかは無さそうです。ちなみに盾を外す時の選択画面っぽい演出に振ってるあるルビは、SAOIFで装備の類を外す時に書かれている文字だったりします


〇基本戦闘スタイルと武器熟練度問題

上記の紗夜vsノルツァー戦で最後にソードスキルが使われていますが、現段階においても幾つかの問題が発生しています

一つはソードスキルの硬直が非常に気になるという点。姉妹に限らず、ある程度戦闘に慣れてきたプレイヤーたちからすると魅力的な火力の代わりに硬直が怖い。最終的なSAO生還者たちの戦闘スタイルは、大雑把に言うと単発火力よりも手数という現実的な方針でした。というのも、第七十五層のクォーターボスみたいに一撃食らうと致命傷の可能性があるSAOにおいて、博打の一撃と着実にダメージを重ねていくとであれば後者を選ぶからです。つまり大規模レイドでもなければ、ソードスキルに頼るよりも前に通常の剣戟で戦えないとお話にならないということでもあります

そして最たる理由の中でもう一つは、各種ソードスキルは武器熟練度によって順次解禁される仕様があるからです。突進技として使える有名どころですと《ヴォーパルストライク》がありますが、なんと要求熟練度が《950/1000》となっています。大体半年同じ武器を使い続ければ最大値になると考えても、片手直剣+盾と弓を併用している紗夜では、現時点における熟練度はあっても500くらいの想定です

ですから、今回の様な奇策を用いらなければ、真正面から押し切る方法を取ろうにもその手段が露骨に少ないという問題が発生しています。こう言った事情もあるから、SAOをソロで生き抜くのはかなり非推奨であり、原作でもキリトが一目置かれていた理由の一つなのかもしれません


〇ノルツァーらの最後

SAOPの方でどうなるか分かりませんが、SAOIFではもうちょっとフォールンエルフさえ良ければそれで良い感が強いです。この後のフロアボス戦でも自らの意志で《原初のフォールン》を解放しますし、ただただ敵として死んでいったと思っています

しかし今作では救済とまではいかずとも、最後の最後で欲しかったものに気が付くことが出来ました。ノルツァーにとっても少しだけ救いがあった形になります。また、最も良さそうなエンドを迎えるルートでもある為、これによって報酬としてフロアボス戦がイージーモードになります。詳細は次話で

結局のところ、《聖大樹》に選ばれた紗夜が出てきた時点でノルツァーは詰んでました。普通に考えれば伝承通りにノルツァーは敗北しますし、仮にノルツァーが勝利してしまった場合には《聖大樹》の力が嘘っぱちだと証明されてしまうようなものだからです。某ゼル伝シリーズの風のタクトのラスボスみたいな心境だったかもしれません



次話で第九層の本編が終わり、閑話を挿んで次にいきます。その際にはまたお時間いただきますが、何分ちょっと歯の手術があったりしますのでいつもよりかかるかもしれません。あと次話も一万文字超える気がするので2週間以内にはという形にします

それでは、また

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