夜を日に継ぐ   作:百三十二

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お待たせしました。第九層クライマックスです




聖大樹の勇者(ディセンダー) サヨ》

 

 

 

「──そう、ですか……彼がその様に……」

 

 

 ノルツァー討伐の任を果たした紗夜たちが《月煌城》へと帰還し、そこでの出来事と彼の遺言をイズレンディス女王に伝えた際に彼女はそう溢した。

 

 女王は目を伏せ、黙祷を捧げている様だった。やがて見開くと、ノルツァーの遺言をしかと受け止めたのか表情に決意が見て取れた。

 

 

「我々は決断しなければなりません。目下のフォールンエルフによる脅威は去りましたが、彼の意志を実現するために残された障害が一つだけ存在しています。《原初のフォールン》を滅ぼさない限り、また悲劇が繰り返されてしまう恐れが残っています」

 

 

 女王はそう言って、その場にいる配下の者たちに向かって王命を下す。

 

 

「陛下、それでは……」

 

 

 キズメルが問いかけると、女王は頷き肯定する。

 

 

 

「今ここに! リュースラの女王イズレンディスの名のもとに宣言します! 我々誇り高きリュースラの民は《原初のフォールン》を討ち果たし、過去の悲劇に終止符を打つと! 皆の者! 剣を取り、掲げなさい! 未来を掴み、明日を望む為に立ち上がりなさい!!」

 

「イズレンディス女王陛下の御心のままに!」

 

「女王陛下万歳!」

 

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」

 

 

 

 女王の宣言と共に、玉座の間は熱狂的な空気に包まれていく。

 

 長きに渡る争いを終わらせ、全ての元凶を討つ。過去に家族を失った者、恨み辛みを残す者、義憤に駆られる者と様々だったが、全員に共通しているのは《原初のフォールン》を絶対に許さないという怒りだった。

 

 

「そして《聖大樹》に選ばれし者よ、前に」

 

 

 その渦中にあって事態を静観していた3人だったが、唐突にイズレンディスから紗夜が呼ばれたので数歩前に出る。先ほどまでの熱狂が一瞬にして静まり返り、誰も彼もが女王の一挙手一投足に注目する。

 

 その様な視線など慣れてるものだと言わんばかりに女王は凛とした佇まいを崩さず、傍に控えていた従者から布に包まれた何かを受け取る。その何かを持ったまま彼女は悠然と紗夜へ歩み寄り、手渡そうとした。

 

 

「リュースラとカレス・オー、両種族において共通する伝承があります。『《聖大樹》に認められし者が現れる時、一振りの聖剣をもって巨悪を絶ち、輝かしい未来を切り開く』と。かつて《聖大樹》の巫女が眠りにつく前にそう言い残しました」

 

 

 かけられている純白の布を取り払っていく。その度に中からとてつもない力が感じられ、溢れ出る光が玉座の間を満たしていく。

 

 そのせいで眩しいはずなのに、誰一人として瞼を閉じることは無い。何処までも温かさを持つ光が網膜を焼くことは無く、むしろずっと見ていたいと思わせる輝きだった。

 

 

「伝承ではその者を《ディセンダー》と呼ぶそうです。我々の住まう地とは異なる世界より降臨する、という意味ですね。そしてその者が世界を救済する役目を果たす時に振るわれる武器のことを《レディアント(光り輝く)》と言い、正しく勇者が持つに相応しい代物です」

 

 

 そう語る女王の手の内に、取り払われた布の中から一振りの剣が姿を現す。

 

 これ以上ないほど光り輝いてこそいるものの、華美さは無い。どちらかと言えば質素で、堅実な形をしていた。

 

 

「実は《レディアント》に決まった形はありません。《ディセンダー》にとって最も相応しい姿に形状を変えるとのことですが……あなたの場合は、この様な剣になるみたいですね。この剣はあなたの心を反映しているともされていますが、どうやら本当みたいです。あなたの驕らない、真面目な性格が見て取れます。それでいて優しさを感じる温かさが備わっている……本当にあなたは《聖大樹》に選ばれし者なんですね……」

 

 

 その在り方を好ましいと思っているのか、女王の表情が優しさを帯びる。

 

 対する紗夜も、真正面からそう言われるのはこそばゆいのか苦笑いを浮かべていた。

 

 

「──受け取ってください、サヨ。あなたに託されしこの《聖剣レディアント》を振るい、どうか我々の未来を切り開くその手伝いをお願いします」

 

 

 女王は紗夜との距離を詰め、その手に持つ一振りの聖剣を差し出す。

 

 あまりの重圧に思わず傅きそうになるが、《聖大樹》に認められた者が女王よりも下であるというのは不味いと事前にキズメルから教わっていたことで踏み止まり、女王の両手に乗せられている鞘に収まっている聖剣を左手で上から掴む。

 

 

「っ!」

 

 

 瞬間、聖剣の放つ輝きがより一層強くなる。流石に目を開けていられない者も現れたが、その中心に立つ紗夜は眩しさよりも遥かに高い熱を感じていた。

 

 

(まるで生き物の様に聖剣から鼓動が伝わってくる。どうすれば良いか、そしてこれがどの様なものかも理解した……)

 

 

 内心の驚愕はおくびにも出さす、より強まった加護という名のバフを実感する紗夜。何かを期待する様な女王の視線を受けながら、右手で柄を掴み聖剣を鞘から取り出そうとする。

 

 出てきた剣身は、外見と同じくシンプルな造りだった。しかし極まった美とはシンプルなデザインのことを指すとでも言うのか、誰もがその剣の美しさに目を奪われていく。

 

 

「おお……」

 

 

 それは女王とて例外では無かったらしく、紗夜が聖剣を掲げると声が漏れた。

 

 そして同時に、キズメルを含めたこの場にいるリュースラの者が全員傅いた。一切の輝きを失わない聖剣の姿を見たことで、紗夜のことを正式に《聖大樹の勇者(ディセンダー)》だと認めたのだ。

 

 

 この光景を見て満足したのか、女王が締めの言葉をかける。

 

 

 後は準備し、決戦に備えるだけであると。

 

 

 日菜とヒースクリフの視線を背に、紗夜は聖剣を鞘に納める。

 

 

 少しばかり高揚し過ぎる感情を押し殺す様に、興奮冷めやらぬエルフたちの中で意識を深く潜らせていき、クリアになった思考を巡らせていた──

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 聖剣のお披露目から何日か経った後。雪が降る寒空のもと、第九層迷宮区の入り口前には攻略組と呼ばれるプレイヤーたちが集まっていた。

 

 ALSとDLBが合併したことで誕生した、ディアベル率いる《アインクラッド義勇軍》が6パーティー分を占めるという具合であり、残りはエギル率いる小規模ギルドと、キリトやアスナといった未所属が1パーティーずつとなっていた。ここ何層かの主流としては、二人に姉妹を加えたキリト命名『おみそのパーティー』にヒースクリフが入って5人としていた。

 

 状況に応じてアルゴが加わるということも無くは無いが、彼女は自身が戦闘員ではないと自覚している為にボス戦そのものへの参加率はあまり高くなかったりする。

 

 ただし今回は《エルフ戦争キャンペーンクエスト》のラストということもあり、『おみそのパーティー』も6人揃う予定のはずだった。

 

 

「なあ、サヨの姿が見えないんだが?」

 

 

 そう疑問を溢したのは、事情を知らないキリトである。

 

 彼がそう言って辺りを見渡すと、一緒に行動しているアスナはともかくとしてアルゴ、そして日菜とヒースクリフの姿は確認出来た。ところが、日菜の双子の姉である紗夜の姿だけが見当たらず、他の攻略組も気にしているのか何処となく落ち着かない様子を見せていた。

 

 というのも、今回のフロアボス攻略の日時を指定したのはアルゴを通した紗夜だからだ。主催が姿を見せないという事態に思う所はあるだろうが、ここまでの彼女を見て来た面子からすれば異常でもあったのかと心配の方が勝っている。その為、時間前ではあるのだが妙な空気が漂っていた。

 

 

「アー、少し待ってりゃ来るだロ」

 

「アルゴは何か知ってるのか?」

 

「知ってるも何モ、呼び出し食らったんダヨ。というかヒナを見りゃ問題無いことは分かるだろーガ」

 

「そりゃそうだけどさ」

 

 

 キリトの問いに答えたアルゴの視線が日菜へと移り、キリトも釣られて双子の妹を視界に収める。そこには暇そうにしている年上の姿が映るばかりであり、何か問題が起きている様には見えない。

 

 日菜が紗夜に対して並々ならぬシスコンっぷりを見せているのは、少し交流がある者たちにとっては周知の事実である。そんな彼女が何にも無さそうにしているのだから、紗夜の身に悪いことが起きた訳では無いのだろうとあたりはつけられる。

 

 が、別行動というのも気になる要因だった。妹が姉にべったりというイメージが強すぎるのか、手持ち無沙汰にしている日菜は現役アイドルというのを差し引いても余計な注目を集めていた。尤も、当の本人は全く意に介していないが。

 

 

「あの、ヒナさん?」

 

「ん? なに? アスナちゃん」

 

「サヨさんは?」

 

 

 誰も声をかける勇気が無かったところに、やや控えめながらアスナが切り込んでいった。その場に居合わせている全員が彼女の事を勇者だと内心で讃えていたが、当人はただ気になったから訊ねただけである。キリトも唸るアスナの怖気無さっぷりの成果は、質問の意図を正確に理解した日菜の口からもたらされた。

 

 

「もう少ししたら来るよ。皆驚くと思うけど」

 

「そうなの?」

 

「あたしが傍にいるのを躊躇うくらい、って言ったら伝わる?」

 

「「そんなに!?」」

 

 

 アスナの驚愕に、盗み聞きしていたキリトのそれが重なる。

 

 

「あ、ほら。始まったよ」

 

 

 その反応を気にすることなく、日菜はこの場に向かう道を目で指した。何事かとプレイヤーたちが軒並み視線を向ければ、何やら団体様が新雪を踏んで行進してくる音が段々と聞こえて来た。

 

 

「どうなってるんだ……?」

 

 

 プレイヤーを代表したキリトの呟きを表す様に、プレイヤーたちは予期していなかった光景を目の当たりにする。

 

 

 雪中の行軍をしていたのは、一連のクエストで登場する二種族のエルフたちだった。クエストを進めていない者たちからすれば、情報の上ではいがみ合っていたはずの二種族が肩を並べて行進してくるというあり得ない事態である。またクエストを最後まで進めたキリトとアスナからすれば、お礼を言われて終わったと思っていたその先があったことに驚いていた。

 

 特に元βテスターかつこの次の第十層まで足を踏み入れたことがあるキリトとディアベルからすれば、フロアボス戦にエルフたちが絡むということは無かったはずである。それも込みでの驚愕であり、キリトと行動を共にして解説までされていたアスナを含む3人は、これと同時に紗夜たちがどういうルートを辿ったのか非常に興味をそそられていた。

 

 

「──人族の者よ、代表は誰か?」

 

「お……自分ですが、何か?」

 

 

 エルフたちが迷宮区前のエリアに辿り着くと、黒エルフの列の中から女性が現れて攻略組に語り掛けて来た。一瞬「オレ」と言いかけたディアベルが言い直して対応すると、その女性──イズレンディス女王が微笑んだ。

 

 

「あなた方もまた、戦士だと伺っております。《原初のフォールン》を討ち滅ぼす為に、共に手を取り合いましょう」

 

「勿論です」

 

 

 女王の姿に鼻の下を伸ばす者もいる中、突然の共闘の申し出に対して快諾するディアベルだった。想定外の事態であっても取り繕うことが出来るのは、リーダーとして流石な器の大きさ故だろう。後ろに立つキバオウとリンドの鼻が高そうにしている様子がよく見て取れた。

 

 

 そうこうしている内に、攻略組に加えて二種族のエルフたちがあっという間に場を埋め尽くしていった。数にしてプレイヤーたちの数倍は下らないであろう戦力であり、どういう訳かこれらが全て味方してくれるという状況にプレイヤーたちは困惑を通り越して最早心強さを感じていた。

 

 なお、リュースラ側は女王が代表として出向いているが、カレス・オー側は解毒こそ出来たものの体調が優れないことに変わりはない国王の代理としてヴェンデリンが代表を務めていた。

 

 

「突然の申し出をお許し下さい。此度の征伐、我々に見届けさせて欲しいのです」

 

「露払いを任せて貰おう。尤も、必要とは思えないがな」

 

 

 イズレンディス女王とヴェンデリンがそれぞれそう述べるが、気になる言い回しだった為にプレイヤーたちの頭上には()()()が浮かんでいた。

 

 

 だが彼らはその理由を、すぐさま肌で感じることになる。

 

 

 

 

「──ッ!」

 

 

 

 事情を知っている面子を除けば、最初に反応したのはキリトであった。

 

 得体の知れない何かがこの場に近づいてくる。しかも離れていてなお圧倒的な圧力を感じさせる何かが、自分たちのもとにやって来ようとしている事実に戦慄しかけた。

 

 

(いや、そうか!)

 

 

 だがキリトで感じられるレベルの気配に対して日菜がむしろ喜色を浮かべている姿を見て、勘の良い者たちは全てを悟っていく。

 

 

 重圧はあるものの、重苦しさより暖かさを覚える気配を全てのプレイヤーが感じ始めてから幾ばくか。女王以外のエルフたちがいつの間にか片膝をついて敬礼しているのに目もくれず、全ての視線を集めたその先から二つの人影が姿を現していく。

 

 一人は、先導する形でキズメルだった。これには交流を持っているキリトとアスナは納得の表情を見せていた。クエストでキーキャラクターだった彼女が姿を見せないはずがないと思っていたからだ。

 

 そしてもう一人が、全員の想像通りなら双子の姉の紗夜のはずである。

 

 

 しかしどうしてか、いちプレイヤーにしてはとてつもない気配を漂わせているという事態に皆が思考を奪われていく。一体何をしたらそうなるのか、気にならない者はいないだろう。

 

 

「────」

 

 

 その思考さえも圧倒してしまう程の力が、プレイヤーたちの前に顕現した。

 

 

 ザッと雪を踏む音が聞こえる度に、プレイヤーたちは強制的に理解させられていく。

 

 

 女王たちが「見届ける」と言ったその理由が、嫌でも目の前に立っていたからだ。

 

 

 ゲームに明るい者なら一目見て分かるだろう。何らかの条件を満たした彼女に、とてつもないバフがかかっていると。

 

 

 

「──揃われていますか」

 

 

 

 そんな勇者──紗夜は、黄金色に輝く瞳を瞬かせながら、皆の前に姿を見せた。

 

 

 

 

 

 少し気の利いた者なら、この状況に驚愕しつつも内心でガッツポーズを決め込んでいたはずだ。

 

 

 ──何故ならこれは、ゲーム的には『勝ち確イベント』だと容易に想像がつくからである。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 攻略組に紗夜が合流した後、プレイヤーたちの間に言葉は無かった。

 

 誰も彼もが圧倒され、文字通り見届けたいと思っていたからだ。

 

 

 その代わりに女王らエルフたちが紗夜を伴って迷宮区への進軍を先導し、プレイヤーたちはそれについていくだけという構図になった。それもそのはず、迷宮区に入ってから彼らに襲い掛かろうとするモンスターは、エルフたちが露払いするまでもなく紗夜から放たれている輝きに触れた傍から蒸発していったからである。

 

 正真正銘《聖大樹》からのバフを受けた紗夜が歩く度に敵が蒸発していくという光景は、異様としか言えなかった。中にはそういうゲーム的イベントを見れることに興奮する者もいたが、怒涛の展開についていけない者の方が多数を占めていた。

 

 

 敵の襲撃に遭っているはずなのに、エルフたちに囲まれながらただただ行進するだけ。おおよそ攻略と呼べない様な状態のまま迷宮区を進んでいくこと10分前後。エルフたちの案内によって一切迷うことなく、第九層のフロアボスへと一行は辿り着いた。

 

 

「開門!」

 

 

 閉ざされた扉が、ヴェンデリンの指示に応じたエルフたちの手によって開かれていく。その向こう側に見えた景色は、まごう事なく牢獄そのものだった。

 

 全体的に赤黒い雰囲気に染まっており、多少鈍い者であっても何かよろしく無いモノの気配を感じ取ることが出来ただろう。

 

 

 だがそんなものは、鞘から聖剣を抜いた紗夜が前に出ることで霧散していく。

 

 

 コツコツと足がフロアの床を叩く音を響かせ、迷いなく牢獄へと歩を進めていく。その度に、聖剣からあふれ出る《聖大樹》の力が闇の気を払っていく。紗夜が歩いたところに道が見える、そんな光景だった。

 

 

 そしてフロアボス部屋に入って少しの所で、紗夜が聖剣を横に一振りする。これによって身にまとっていた《聖大樹》の力が振り撒かれ、部屋全体の瘴気を一瞬にして無へと帰していった。

 

 

 エルフたちは勇者の力に恍惚とし、プレイヤーたちは唖然としつつも固唾を飲んで見守ることに徹した。

 

 

「──これが、《原初のフォールン》」

 

 

 空間を覆っていたモノが消滅した今、フロアの中心に繋がれている存在の姿があらわになった。天井から吊るされている鎖がそのまま首輪代わりになっており、その者の真下には何らかの扉にも見える。

 

 これがフロアボスであるならばと、紗夜は少し見上げる形で全ての元凶を特定する。

 

 

 ──《Demonic the Fallen Elven(デモニック・ザ・フォールン・エルフ)》。《原初のフォールン》と呼ばれてきた忌まわしき敵は、遂にその名をプレイヤーたちの前に晒した。

 

 

 ここで紗夜は直感的に理解する。目の前の敵を倒せば、エルフたちにとっての新たな未来が切り開かれるのだと。

 

 

(動く気配が無いわね)

 

 

 フロアボスということもあり、本来であれば登場した以降は部屋の中央から鎖が伸びる限りは移動するはずである。彼女は知る由も無いが、現にβテスト時ではそうであった。

 

 しかしノルツァーらの最後の抵抗が功を奏しているのか、生贄が不足しているせいでその場から動く気配はない。

 

 だと言うのであれば、紗夜がすべきことは単純かつ明確である。

 

 

「終わらせましょう」

 

 

 聖剣を掲げ、《聖大樹》の力をぶつける。ただそれだけ。

 

 

 

「ッ!」

 

 

 紗夜の意志を受け取ったのか、天へと掲げられた聖剣が一層輝きを増していく。

 

 

 ありとあらゆる負の力を消し去りながら、動けない《原初のフォールン》の眼前に暴力的なまでの光が収束していく。

 

 

 

(──重い)

 

 

 

 聖剣が力を溜めていく中、もう片方の手が聖剣の柄に添えられる。

 

 

 そして感じるのは、何もかもが詰まった一振りへの重圧だった。

 

 

 人間よりも遥かに長寿なエルフたちの、計り知れないほど膨大な歴史に決着をつける一撃。そこには夢や希望もあれば、死や無念も込められている。それらをこの聖剣に集め、未来を掴むためのエネルギーに変換していく。

 

 

 その総量は、おおよそ一人が背負える限界を超えている。

 

 

 だが彼女はこれを振り下ろさなければならない。バフによって得られている全能感を全て気迫と膂力に回し、何が何でも敵にぶつける使命があった。

 

 

 彼女にかかる期待に応えなければならないという責任を、今更ながらに重く受け止めてさせられていた。

 

 

 

 ──それでも紗夜は、一人では無かった。

 

 

 

「おねーちゃん」

 

「サヨ」

 

「日菜……キズメルさん……」

 

 

 皆が見守るしか選択肢を取れないでいる中、それらを無視して紗夜のもとに駆け付けた者がいた。妹の日菜と、この世界で友になったキズメルの二人だ。

 

 

 二人は紗夜の両隣に立つと微笑み、頷いた。

 

 

 それから何を言うでもなく、紗夜の両手に自身らのそれを重ねた。

 

 

「流石のおねーちゃんでも重そうだったから、あたしも手伝うよ。いいよね?」

 

「……そうね、お願いしようかしら」

 

「任せて!」

 

 

 日菜の提案に、紗夜が賛同する。弱音を吐いたつもりは無かったが、妹にはお見通しだったらしいと姉は自嘲した。

 

 だがそうだとしても、前向きなものである。妹を守るのが姉だとしても、それを支えようとする妹を受け入れる。共に歩みたいと望む日菜の思惑を、紗夜は断らなかった。

 

 

「我々の問題をそなたに押し付けてしまっているんだ。少しくらい肩代わりするのが道理というものだろう」

 

「……良いんですか?」

 

「ふっ。元より出来る限り力を貸すつもりではあったさ。こうして出番があったことが、少しばかり嬉しいよ」

 

 

 キズメルの言に、紗夜が問い返す。その返答は、似た者同士共感できる感覚だった。

 

 様々な境界を越えた友人は、紗夜にとっても大きな意味を持っていた。何のしがらみもない対等な相手として、分かりあえる貴重な存在となっていたからだ。

 

 

「……では、頼みますね」

 

「心得た」

 

 

 ある意味では近しい者同士、仕方が無いと苦笑いを交わす。

 

 真面目で、堅物気味で、双子の姉で、素直になりづらい性格。それが二人の間だけは、胸の内を吐露しあえる良好な仲を築けている。

 

 それだけでも、紗夜にとっては心の支えの一つになっていた。故に彼女は、かけがえのない友の申し出を受け入れた。

 

 

 

(これなら……行ける!)

 

 

 

 三人の意志が一つに重なる時、聖剣の輝きが大きな剣身を作り上げた。

 

 

 このまま光の剣をぶつければ、《原初のフォールン》を討滅出来る。何かに導かれるまま、彼女たちはそう確信した。

 

 

「「「せー、のっ!」」」

 

 

 息を合わせ、羽の様に軽くなった聖剣を振り下ろす。

 

 

 

 ──■■■■■■■■■■■■■■ッ!!

 

 

 

 迫りくる終焉を前に、かつて言語を介する生命体であったはずのフォールンエルフは獣の唸り声をあげた。

 

 

 そして光の剣を両手で受け止めようとして──ナイフでバターを切るように、少しばかりの抵抗しか許されなかった。

 

 

 

「「「いっけぇぇえええええええええええええええええ!!」」」

 

 

 

 闇を滅する光の剣が、フロアボスの身体を綺麗に両断する。

 

 

 体力ゲージすら出現していなかったフォールンエルフは、大して抗うことも出来ずに《聖大樹》の力によって呆気ない最期を迎えた。

 

 

 悲鳴をあげる間もなく、第九層のフロアボスはあっさりと散っていった。痕跡一つ残すことなくこの世からの消滅を果たしていくのを見届けた者たちがそれを徐々に理解し始めていき、少しずつ声があがっていく。

 

 

 人族もエルフも、プレイヤーもNPCも関係なく、歓喜に包まれた瞬間だった。キラキラと降り注ぐ光の残滓が、皆を祝福していた。

 

 

 

 そんな中、フロア全体を迸っていた光の奔流が落ち着いてきた頃、紗夜が手にしていた聖剣に亀裂が走った。

 

 

「あっ」

 

 

 誰がもらしたか、思わずといった一言と共に役目を終えた聖剣は砕け散り、《聖大樹》へと帰っていく。

 

 こうなることを悟っていた紗夜が驚くことも、それこそ残念がる様子は無い。むしろ他のプレイヤーたちの方があわよくばと考えていたのか、露骨にがっかりする者も見えた。

 

 

 そう言ったお茶目なプレイヤーの姿を視界の端に捉えつつも、おもむろに紗夜は右手を突き上げる。

 

 これを合図に、この場にいる者たち全員が鬨の声をあげた。

 

 

 

 ──第九層フロアボス、一切の犠牲を払うことなく討伐完了

 

 

 

 この結果をもってプレイヤーたちは、βテスト時の最高到達フロアへと足を踏み入れる権利を手に入れることとなった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 今回限りの聖剣が光の粒子となって私の手から消えていくのを見届けつつ、胸の内に去来したのは確かな達成感と、《聖大樹》がもたらしていたバフが消失したことによる脱力感だった。

 

 思えば一週間近い期間をバフありで過ごしていたのだから、バフありの生活に慣れてしまっていたのだろう。元の感覚に戻すのに少しばかりの時間を要するべきかと思案しつつ、倦怠感で鈍る思考を強引に引っ張り上げる。

 

 他の方々の歓声なり、既に抜け出して第十層へと足を踏み入れようとする人なり、フロアボスを倒したことには違いない光景が映る。これを為したのが自分だという事実に口角が上がりかけるが抑え、まだ全体の1/10に挑戦する権利を得ただけだと気を引き締める。

 

 

「二人とも、時間はあるか?」

 

 

 するとキズメルさんがそう訊ねて来たので、日菜と顔を見合わせて相談してから首肯する。

 

 第十層が気にならないと言えば嘘になるが、正直なところじっくり休憩したい気分でもある。先のフロアの開拓は、ボス戦で出番が無くて元気が有り余っている方々にお任せするとしよう。

 

 

「城に来てくれ。今回の働きに、女王陛下から報酬が渡されることになっている」

 

 

 何の用事かと身構えたが、クエスト完了の報酬についての話だった。どうやら特殊な形にはなるが、女王陛下直々に手渡ししてくれるらしい。

 

 バフが無い今、女王陛下と相対するのは少し気後れしてしまうが、折角のご厚意を断る理由は無い。謹んでお受けしようと決めた。

 

 

「ヒースクリフさんにも伝えなくては」

 

「急ぐ必要は無いさ。先に城へ戻ってる待ってるぞ」

 

「はい」

 

 

 護衛を買って出てくれているヒースクリフさんにこの件についての了承を取らなければと思い至り、一先ずキズメルさんとお別れしてその場に残る。

 

 当のヒースクリフさんはキリトさんと何か会話している様で、こちらに気付いた様子は無い。

 

 

 少し、好都合だった。

 

 

 

 

「日菜」

 

「なぁに? おねーちゃん」

 

 

 

 

 私は、密かに決意していたことを妹に伝える。

 

 

 私の前ではいつもニコニコしがちなこの子に、ちょっとだけ残酷なことを告げる気でいた。

 

 

 

「大丈夫。おねーちゃんのやりたい事、教えて?」

 

 

 そんな私の躊躇を見抜いてか、日菜に先を促されてしまう。

 

 

 全く……いつだって妹は、私を見ている。だから多分、これから言葉にすることも察している気がする。

 

 

 だからこそ私は、無条件にこの子を信じることが出来る。

 

 

 故に、覚悟は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と心中して欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つ私は、自殺行為にも等しい提案を告げた。

 

 

 予想が正しいかつ上手くいけば、SAOにおける今後の身の振り方を大きく向上させることが出来る。そして何より、共に戦う人たちの負担を減らし、攻略の難易度を下げることに繋がるという確信がある。

 

 

 ただしそれを為すためには、大きな博打をする必要があった。それこそ、その場で死んでしまうかもしれない程の賭けだ。

 

 

 でも勝算はある、私たちの考えが間違っていなければ、分の良い勝負だろう。

 

 

 それらをひっくるめて私は、妹に心中を持ちかけた。

 

 

 

 

 瞳をキラキラと輝かせる日菜の答えは、確認するまでもなく──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






後はエピローグ的な閑話を1話いれて今章は終わりです。まさかここまで来るのに40話以上もかかってしまうとは……以下、色々補足を



〇《聖大樹の勇者》関連

オリジナル設定です。ぶっちゃけた話、聖大樹=世界樹みたいなもんですから、そこから連想して中の人ネタに繋げてみました。内容は以下の通りになります


1.《ディセンダー》

元ネタは『テイルズ オブ ザ ワールド レディアント マイソロジーシリーズ』です。降臨する者という意味合いで、世界の危機に世界樹が遣わせる存在を指します。紗夜の中の人がシリーズ初代のヒロインを担当しており、そのキャラクターも一つの世界のディセンダーでした。なお彼女を操作出来るのは三作目になってからの模様……


2.《レディアント》

上記シリーズにおけるディセンダーに用意される装備。プレイヤーの分身たる主人公のクラスによって剣はおろか銃にも変化する、まさに専用装備。今作では一回限りのイベント装備扱いとしました。元の言葉は光り輝くという意味のレイディアントから、らしいです


3.意外な接点

バンドリにおいて紗夜の二つ名は『サッドネスメトロノーム』ですが、レディアントマイソロジーにおける中の人つながりのキャラクターのイメージソングは『Sad Memory』と、まさかの『sad(悲しい)』繋がり

余談ですが、本投稿から一週間後に開催されるテイルズシリーズの祭典に紗夜の中の人が出演するそうです。今回の話自体は出演決定前に考えてあったので、何という偶然


〇迷宮区前で集合の際のあれこれ

現状だと8パーティー中6パーティーが同ギルドで占めてる。残りがエギルのところと無所属組。最前線をひた走る無所属は、紗夜日菜キリトアスナヒースクリフの5人とアルゴのみ。それくらいソロや無所属で突っ走るには実力が求められるということ

SAOIFだとフロアボスとの決戦も含めて、プレイヤー全員に女王の号令バフがかかった状態での総力戦になる。βテスト時には無かった仕様なので、キリトも知らなかった。今作ではこの時点でディアベルが生存している為、βテスト時にキリトに次ぐ攻略具合だった彼も知らない仕様に驚いている

ちなみに紗夜の到着前に日菜が付き添わないでいたことだが、紗夜がどういう状況か分からない他のプレイヤーたちに対して大丈夫だと言う意思表示だったりする。他人からも姉にべったりしていると思われている模様(大体はアルゴのせいだが)

アルゴに関しては何故知っていたのかというと、攻略組に連絡をつけるために橋渡し役を務めたから。その際に日菜から聞かされ、実際に見たからという設定。閑話で触れるはず


〇フロアボス征伐

やったことは聖剣で一刀両断。某エクスカリバーっぽいが、ビーム(?)と違ってこっちは光で作った剣身でぶった切っている。ジェットザンバーやライザーソードの方が近いか

ここまでハードモードだったご褒美に、フロアボス戦で一切のリソースを消費することなく攻略完了です。聖剣は壊れ、バフも消えましたが、紗夜は今回の経験を糧にして先に進むことに。具体的には、紗夜に出来る限界値を知ったのと、ある程度こうすれば良いという参考になった形。それと、これで4本目になります

ラストアタックボーナスもあるにはある。それについても閑話で触れる予定です


〇心中

次の階層でやる話です。第十層および第十三層で進める内容なのですが、どちらも攻略というよりは人間関係に関する話になるかと



次週に閑話を一つ投稿したら、また期間をいただきます。それでは
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