夜を日に継ぐ 作:百三十二
短い話が3つです。時系列としては一つ目がノルツァー戦の翌日、二つ目がフロアボス戦終了後に城へ帰還した時、そして三つ目がその翌日の正午過ぎくらいのつもりです。二つ目だけ途中で場面転換&視点が変わってます
これにて第九層編も終わり、一応設けている章も次へと進みます
◇鼠の予感
おねーちゃんが聖剣とやらを受け取って以降、客室にこもりきりになって表に出てこようとしなくなった。《瞑想》スキルを使いながら精神統一でもしているんだろうけど、傍目に見ても分かるくらい強力なバフを受けた状態で身体を思い通りに動かせるかどうか不安になったんじゃないかな。
半強制的に出力を上げられている訳で、それを普段と同じ様に制御できるかって言われるとあたしだって自信はない。自分に出来ることをするから良いパフォーマンスが発揮できるのであって、過剰なサポートはかえってぎくしゃくしちゃう要因にしかならない。
その齟齬を極力減らすために、おねーちゃんは《瞑想》しつつイメージトレーニングに勤しんでるに違いない。あたしの勘としては本番までに100%が間に合う様には思えなかったから、期日までの間はかまって貰えないことになる。寂しくはあるけれど、事はあたしたちだけの問題じゃ無いから我慢だ。
で、その期日ってのは、森エルフさんたちにも話を通して協力を得るという過程が必要だって女王様が言ってたから、ざっくり言って3日の猶予のこと。クエストの流れのままにフロアボスに挑むことになったんで、あたしたちプレイヤー側としても攻略組の人たちに話をつけておく必要があった。
そういう理由があったから、あたしはネズちゃんを呼び出して仲介を頼むことにした。メールで伝達してみたら、詳細は会って話したいって言うから《月煌城》の門の前で待機している。あたしの仲間ってことにしてネズちゃんを城の中にご招待のつもりだった。
「よーヒナ、何かあったらしいナ」
「ネズちゃんおひさー。とりあえず見て貰った方が早いからついてきてよ」
このやり取りを門番代わりの衛兵さんに見せて許可を貰いつつ、ネズちゃんをリュースラ陣営の本拠地に招き入れる。
目的地に到着するまでの間は、情報屋としての彼女と世間話をすることに。
「キー坊からはβテストの時と進行や結末に大きな違いは無かった、って聞いたヨ」
「そうなんだ? まぁ、そっちと照らし合わせたら色々とおかしいなって気はしてたし、あたしたちっていうかおねーちゃんが何かのフラグを踏んだんだろうね」
あたしはβテストでエルフクエストはやらなかったから、どういう内容なのかは知らなかった。でも第三層からちょくちょくネズちゃんと情報交換をしていく内に、あたしたちが明らかに変なルートを辿っているというのは薄々感じていた。
他人にそうだと言えるレベルで確信したのは、おねーちゃんが《霊樹》に導かれた時だ。ゲーム側からあんなに干渉されるだなんて話は聞いたことも無ければ、いまいち考えにくいというのもあった。それをネズちゃんに伝えた時は、余計な混乱を招かない様にあたしたちの間に緘口令が敷かれた。
選ばれた様に一人だけ特別なルートを進むおねーちゃんを隣で観察しつつ、そろそろ頃合いかなってことでネズちゃんと相談したかった。これらのことを包み隠さず伝えると、あたしたちに売る情報よりもあたしたちから与えられる情報の方が多すぎてその内返せなくなるとぼやく可愛らしい鼠さんの姿があった。
「で? お前さんのおねーちゃんは何処にいるんダ?」
「そこの角を曲がった先、一番奥の部屋だよ。あたし以外誰も近づけない様にってことで、女王様に融通してもらってた」
「それ、オレっちが行って大丈夫カ?」
「事前に伝えてあるし、見て貰った方が話が早いっておねーちゃんも言ってたから平気でしょ。どうせ一目見たらすぐに扉閉めたくなるだろうし」
「ホー?」
我ながら安い挑発だなぁとも思いつつ、ネズちゃんをその気にさせる為にちょっとだけ煽ってみる。多分だけど、この方が現状を理解してもらうのに手っ取り早い気がした。
「それじゃ、御開帳ってナ──」
そんなこんなでおねーちゃんがいる部屋の前にまでやって来たので、手でネズちゃんに先を促す。気前よくノッてくれたので、そのまま扉の取っ手を掴む姿をにこやかに眺め続ける。
「──!」
扉を開けたネズちゃんは、あたしの予想通りその場で固まった。
視線の先で正座したまま《瞑想》しているおねーちゃんからあふれ出る圧倒的なオーラを見た彼女は、やっぱり高をくくっていたのか思いっきり面食らっていた様だった。
ま、こういう訳だからってのを端的に伝えようと思ったら本人を見せるのが一番だよね。唖然としているネズちゃんの様子を見る限り、あたしが何を言いたくてどうして欲しいかも悟ってもらえただろうし。
「じゃ、邪魔したヨ……」
時間にして数秒くらいかな。おねーちゃんが来客に気が付くよりも前にネズちゃんが扉を閉めて、これまた数秒くらい思考停止してからあたしの方に勢いよく振り向いてきた。
それからの表情は見物だった。あたしに言いたい事があるのか、おねーちゃんを見て湧いた感想がまとまらないのか、あーとかうーとか言いながら目の前で百面相し始めたものだから思わずケラケラと笑った。あたしの笑い声を聞いてようやく落ち着いたのか、恨めしそうな表情を隠そうともせずに深呼吸していた。
「……お前さんがオレっちを呼び出した理由が分かったヨ。サヨの奴、いったい何をしでかしたんダ?」
「さあ? でもまぁプラスには見えるし、イベントみたいなもんじゃない?」
「ヒナの口からイベントだなんて単語が聞けるとは思わなかったナ……」
あたしに向かって呆れている態度を見せつけながら、腕を組みなおしたネズちゃんは本題に切り込んだ。
「他の連中にフロアボスへ挑む日時を伝えれば良いんだロ? 何時頃が良いんダ?」
「今日からだと二日後かな。それとさネズちゃん」
「まだあるのかヨ!?」
勘弁してくれと嘆いているけど無視させてもらう。
「βテストの時のフロアボス戦って、エルフたちと共闘したの?」
あたしの問いかけに、ネズちゃんの態度が訝しむものになる。
「いや? 同じクエストを進めてるキー坊たちにも確認とったガ、そんな話は聞かなかったヨ。ただここまでの仕様から考えて、フロアボス戦にエルフたちが絡んでくるのは正式サービス版だからって奴だろうナ」
彼女の推察に対してあたしが
「根拠は?」
と訊ねると
「情報屋としての勘、だヨ。お気に召さなかったカ?」
経験に裏打ちされた自信たっぷりに、そう返される。なのであたしも満足げに微笑みながら
「ううん、十分だよ」
ネズちゃんの意見を、一切疑うことなく肯定した。
「そいつは良かっタ」
分かって貰えた様で何よりだって感じのネズちゃんとそんなやり取りをしつつ、この件を詰める為の話し合いをするために場所を変えようとして通路を歩き出す。部屋の前で話しすぎて、中にいるおねーちゃんの《瞑想》の邪魔になったら不味いしね。
おねーちゃん想いのあたしは、そういう気遣いが出来るんだ。構って貰えない分、そうやって少しいじけてみた。
「なあ、ヒナ」
そんなあたしの内心を知ってか知らずか、何かを思いついた様な感じでネズちゃんが話しかけてくる。
その様子に、あたしの勘が警鐘を鳴らした。あまり聞きたくないことを聞かされる様な気がして、ネズちゃんの口を塞ぐことまで考えかけた。
でもそれを実行するかどうか躊躇している間に、ネズちゃんに言われてしまう。
「サヨの奴、今まで本当にお前さんに勝てなかったのカ?」
可愛い鼠さんの予感は、あたしの耳に酷く残った。
◇『
第九層のフロアボスこと《原初のフォールン》を討伐し終えた後、私たちはヒースクリフさんの許可を取ってから《月煌城》へと帰還した。
他の方々は第十層へ進んで行った様だが、キズメルさんに報酬があるから寄って欲しい言われたので今日は引き返すことにした。多大なバフが消えたことに伴う倦怠感も無視出来ないので、もう一晩はお世話になることに決めた。
ちなみに、フロアボス討伐のラストアタック判定は私だった。私しか攻撃していないのだから当然なのだが、ボス戦としては些かズルをした気分なので素直に喜べなかった。
このことを別れ際のキリトさんに訊ねられたのでインベントリを確認したところ、見覚えのないアイテムが欄を埋めていたことから発覚した話でもある。そこに書かれていた名前は《朽ちた盾》であり、このままでは盾として扱えず装備も出来ないと表記されていた。
外れ枠かとも思われたが、この手のものに詳しいキリトさん曰く
『元々はエルフ族に伝わる神器だったってあるから、何か条件を満たせば復元出来るんじゃないか?』
とのこと。
一理あると考えた私は、もし報酬の類が選択式だった場合にこの《朽ちた盾》について問い合わせてみようかと決意した。貰えるに越したことはないが、無闇に報酬を強請る気にもならないので丁度いい落とし所が見つかったと内心ではホッとしていた。
そんな経緯もあったので、城に戻って女王陛下からお礼を言われたりして軽い祝勝ムードの中、何か褒美をとの流れになった際に私としてはごく自然と切り出すことが出来た。
「一つ、ご相談があります」
「伺いましょう」
「これについて、何かご存知ありませんか?」
そう言って私は、インベントリから《朽ちた盾》を取り出してみせた。
その瞬間、女王陛下の反応は劇的だった。
「……これを何処で?」
「《原初のフォールン》を討伐した時に、アレが落とした物かと」
私の説明に女王陛下の表情が何とも言えないものになる。嬉しい様な、悲しい様な、そんな二面性を有した表情だった。
あまりの反応に見かねたのか、横からキズメルさんが《朽ちた盾》を覗き込んでは思案し、そのまま女王陛下へと訪ねた。
「どうやらエルフの職人によって作られた盾の様だが、かなり古い代物にも思えるな。──陛下はご存知の様ですが、お聞かせ願えませんか?」
「……私としても、まさか再び目にするとは思ってもいませんでした」
「では……?」
「はい。私はこれを知っています」
信じられないものを見たと言わんばかりに、片手を口に添え僅かにて動揺する女王陛下。それでも私たちの問いに答えるべく、やや厳かな雰囲気で言葉を発した。
「この盾の名は《
更に、と女王陛下は付け加えて
「それこそ、キズメルがこの世に生を受けるよりも遥か昔に紛失したとされていましたが……まさか《原初のフォールン》が所持していたとは思ってもみませんでした」
とまで語った。
どうやらこの《朽ちた盾》はエルフたちにとって格式あるものだったらしい。それがいつの間にか《原初のフォールン》の手に渡っていて、何の因果かこうして戻ってきた訳である。
あまりにも長い間手入れされてなかったせいか、見る影もないほど風化してしまってはいるが。
「私が生まれるよりも過去の、それに儀礼用……しかし盾は盾のはずです。使う気も無いのに、態々《原初のフォールン》が狙った理由が分かりません」
「恐らくは当時の技術を詰め込んだ儀礼用という観点から、《聖大樹》に何かしら意味があると思い込んだのでしょう。実際、この盾には《聖大樹》直々の祝福が掛けられていましたから、見当違いということも無いのですが」
そこまで言ってから、女王陛下は何かを考える仕草を取った。その視線が盾と私とを行ったり来たりしている様に見えることから、何か思い当たる節があったらしい。
私が関係しているとなると、やはり《聖大樹》関連しか無いとは思うが。果たして女王陛下の次の言葉は、概ね予想通りだったと言えた。
「《聖大樹》が遣わせた者が、縁ある代物を持ち帰った。このことに意味があるのならば、これもまた《聖大樹》の導きというものでしょう」
「陛下?」
思い立ったが吉日なのか、徐ろに女王陛下が動き始めた。何をなさるおつもりかと不安そうなキズメルさんの呼びかけに、女王陛下はくるりと振り向いてこう告げた。
「祭壇に行きましょう。その盾、もしかしたら《聖大樹》が復元してくれるかもしれません」
☆
「《朽ちた盾》をこちらに」
祭壇に辿り着いた一行は、秘鍵を破壊したことで未来永劫開かれる事の無い《聖堂》への扉の前で立ち止まった。
そこでイズレンディス女王が紗夜に促し、盾を手渡す。受け取った女王は祭壇を数段登り、扉に接する様に盾を置いた。
「おお──」
同行した近衛兵の誰かが、思わず声をあげる。女王が段差を降りると同時に《聖堂》から漏れ出る光が増えていき、《朽ちた盾》を包んでいく。《聖大樹》が起こす奇跡を前に、エルフたちの心が俄かに盛り上がっていった。
盾を包む光は数秒ほど輝きを見せると、瞬く間に霧散していった。女王が再び祭壇を上ると、そこには《朽ちた盾》の代わりに青白い6つの星が記された鮮やかな銀の盾が残されていた。彼女は銀の盾の姿に驚くことなく手に取り、紗夜の前に戻ってきた。
「微量ながら《聖大樹》の力を授かっていたものですから、完全とは行きませんが復元は為されました」
そう言って女王は、銀の盾を紗夜に渡そうとする。
「これはあなた方にとって由緒正しい代物なのでは? 私が受け取る訳にはいかないでしょう」
何の躊躇いも無く差し出された事に対してぎょっとした紗夜は、思わず拒絶の言葉を告げた。
しかし女王は微笑み、やんわりと盾を紗夜に押し付けた。
「元々紛失していたものです。それを《聖大樹》が復元したということは、この盾を使えという意志に他なりません。そして今、この盾を必要としているのはサヨ、あなたです」
「確かに、盾は使いますが……」
差し出される盾に向けて遠慮がちな視線を向ける紗夜。いまいち納得がいってない様子に、横からキズメルが後押しし始める。
「《聖大樹》が選んだ者の為に用意した報酬だと思えば良い。陛下、サヨへの報酬もこれということにすればよろしいかと」
「そうね、それが良さそうだわ」
「え、いや、あの」
友人とその上司の間で話がトントン拍子に進んでいく様についていけない紗夜は助けを求める様に周囲へと顔を向けるが、日菜とヒースクリフは苦笑いを浮かべるのみで、女王の護衛を務めている近衛兵たちですら首肯していた。
味方などいないと困り果てる姿を慰める様に日菜が肩をポンと叩くが、かえって紗夜は項垂れてしまう。
「サヨ、そういうことですから。略式ではありますが、私たちからのお礼としてこの《月女神の侍女》を受け取ってください」
「………………謹んで頂戴します」
観念した紗夜が女王から銀の盾を受け取ると、この場にいる者たちから拍手が起きた。今回の采配に対してリュースラ側からの不満は一切無いという表れである。
「ふむ、それにしても《月女神の侍女》か。どういう偶然か、紗夜君にはぴったりな名称と言える」
「狩猟の神として弓を扱う月女神ことアルテミスがおねーちゃんで、盾はその侍女ってこと?」
「そうだ。神話では、アルテミスに仕えた6人の侍女が登場している。その盾に記されている星々は、恐らくはその侍女たちを表しているのであろう」
「おねーちゃんを守ってくれるんだね」
何やらご高説を垂れ始めたヒースクリフと、それを都合の良い様に解釈している日菜のやり取りを背景音に、そもそもこの銀の盾がどういう性能をしているのだろうかと確認しようとした。
「──え?」
性能としては可もなく不可も無く、第九層までにオーダーメイドで製造できるものと大差は無い。次の装備更新をする際に盾の分だけ浮くかなといった程度で、流石に破格の性能をしている訳ではなかった。
そうして装備説明の欄を下へとスクロールしていく内に、一番下まで読み進めた所で紗夜は固まった。
具体的には、そこに書かれている最後の一文が驚愕に値するものだったからだ。
『この装備は《破壊不能オブジェクト》である』
絶対に壊れない盾を入手してしまった彼女の表情は、困惑のせいでしばらくの間ピクリとも動かなった。
◇次は
第九層のフロアボス戦が行われた監獄は、この場に幽閉されていた《原初のフォールン》が消滅して役目を果たし終えたことで、この真下から漏れ出る《聖大樹》の力によって浄化されていた。その為、拘束する為の器具や檻が無へと還ったことで何もない空間へと変貌しており、それでもなお影響を及ぼす自然の力によって小さな草が生えかけていた。
赤黒く重苦しい空間は既に存在せず、あるのは次の第十層へ進もうとする者たちを祝福する光のみ。紗夜と日菜の双子に護衛のヒースクリフの三名は討伐時から約一日遅れで上層へあがろうとしており、《月煌城》での送別会を終えてもなお見送りにやってきたキズメルと一時の別れの挨拶を交わしていた。
「別れの言葉は言わんさ。それに関しては昨晩にも済ませたし、そもそも今生の別れという訳でもない。気が向いた時に戻って来てくれたなら、私も含めいつでも歓迎する」
彼女のこの言葉は、クエストを終えてもなお《月煌城》への滞在許可証を意味していた。
何かに行き詰った時、拠り所にして貰って構わないという友好の証でもある。そのことを正確に受け取った紗夜は微笑み、日菜は屈託なく笑い、ヒースクリフは鉄面皮を崩さない程度に首肯した。
「あまり長く引き留めるつもりは無いが……最後に一つだけ告げておこうかな」
一つ咳払いをし、佇まいを直したキズメルは真剣な表情で、それでいて優しさを感じる声音で語った。
「そなたらのおかげで、私たちの未来は守られた。ならば次は、そなたらの番でもある。大丈夫だ、私たちの為に戦えたそなたらであれば、道を違えることなく望む未来を掴み取ることが出来ると信じている」
力強い激励の言葉が、紗夜たちの胸に沁みていく。
「ヒースクリフ殿。二人の護衛とのことだが、一人の戦士としても尊敬している。二人の事、
「言われずとも」
二人の間に握手が交わされる。
「ヒナ。そなたはいつまでもそのままであってくれ。それでいて姉の事も分かってやって欲しい。私やサヨの様な『姉』というのは、何処まで行っても頑固で妹を守りたくなってしまうものだからな」
「うん。キズメルさんも元気でね」
そう言ってキズメルは日菜の頭を撫で、それをくすぐったそうに受けるやり取りが行われた。
「そしてサヨ」
「はい」
最後に、同じ姉として、友として互いを認識し合う二人が視線を交わす。
そこに言葉は無い。言いたいことや伝えたいことは幾らでもあったはずだが、態々口にする必要は無かった。
相手は自分と似た者であり、良き同士である。何を言う事も無く、一から十まで分かり合う間柄だ。
故に、最後は至ってシンプルだと決まっていた。
たった一歩の距離をどちらからともなく詰めると、背中に腕を回して抱き合う。
お互いの頭を抱える様な体勢のまま、相手の耳に残す。
「
「
二人にだけ伝わる言い回しを終え、元の位置に戻る。
そしてキズメルが満足した様な表情で紗夜に向けて頷くと、それを合図として先へ進もうとする三人が背を向けた。
会話を終え、次の階層へと続く転移門に触れた者から消えていく。ヒースクリフが目礼し、日菜が手を振り、最後に紗夜がお辞儀していった。
それを見届け、この場に一人残されたキズメルはNPCながらに寂寥感を覚えていた。
妹を失った時とはまた違った別れに、どうしようもなく胸が痛んだ。
しかし、自分に未来がある様に、彼女たちにも前へ歩む権利がある。それを引き留めることは出来ないとキズメルは自戒する。
(ああ、ならばせめて)
次に出会った時に、彼女たちが少しでも安らげる様な環境にしておこう。
折角守った両種族の未来が無事な姿を見せることが出来れば、幾らか安心してくれるかもしれない。
そう考えたキズメルは、踵を返して《月煌城》へ帰ろうとする。
それでも少しだけ未練がましく、最後に一言だけ残していく。誰に聞かれる事もなく、友に向けて。
「お前は、失ってくれるな」
本当に親しい相手にだけするやや砕けた口調で、そう願った。
〇アルゴの予感
バフが掛かっている状態の紗夜の姿を目にしたはいいものの、何処となく彼女ならこれに近いことが出来てしまうのではという直感。そこから飛躍して、もしそうであるならばアルゴが知る限りの情報から紗夜が日菜に劣りがちというのは知っていたが、果たして本当にそうだったのかと疑い始めた
アルゴの審美眼が非常に優れているからこそアインクラッドにおける個人勢の情報屋として生存しきったと思っているので、紗夜の可能性に少しだけ触れられた。この時点では精々日菜と同じくらいはあるんじゃないかという推測だが、日菜からしてみればもうちょっと深い話になるため気が気じゃない
ちょっとだけ開示すると、この時点で既に日菜は紗夜に置いて行かれてしまう気がしているとだけ。どういうことかは次章で触れる予定です
〇《
完全オリジナル要素。見た目は銀色の盾で、星が6個描かれている
アルテミスは言わずもがな、ギリシャ神話に登場する狩猟と貞潔の女神。月と同一視されるようなったりする、アポロンの双子の妹で処女神。神話上では6人の侍女がいたとされ、この侍女たちはある話で星へと姿を変えている。この時点では紗夜は弓や月といった要素に、風紀委員をしていたことから貞潔にまで共通点がある
《聖大樹》の力によって復元こそされたが、完全体では無い。今のところはあくまでも壊れない盾でしかなかったりする
それで盾としての性能だが、まず破壊不能オブジェクト扱いであり耐久値が実質的に存在しない(内部的には耐久値∞扱いだとは思うが)。これだけだと凄そうだが、実際には戦闘中に盾が壊れてしまうというのは整備不足で起きる程度であり、早々起きない
また、SAOIFを参照するに盾そのものにもステータスが存在しており、装備することで防御力の数値が増えるらしい。つまり数値上は強力な盾を装備することで耐久力そのものをあげることが出来るのだが、先に開示しておくとこの《月女神の侍女》はどれだけ強化しても第九層前後で作られるオーダーメイド品と大して差が無い。つまり今後階層が上になる程、ステータス面では型落ちしてしまうことが確定しています
それでも壊れないことを重視するか、乗り換えるかは今後の展開次第です
〇キズメルとのお別れ
何に負けず勝つつもりなのかは、その内。というより、端的に言ってしまえば『自分に』です。生真面目な二人にとって、ある意味で最大の敵は己自身の弱さでもあります。それに負けない限り、或いは打ち勝った時、守りたいものを守り通せるかもしれないという信念から来ています
ちなみに、彼女を筆頭とした《エルフ戦争キャンペーンクエスト》関連のNPCやインスタンス・マップの類は今後も利用できる仕様です。いつでも第九層に戻って《月煌城》に滞在出来ます
NPCでありながら友情を交わしてかけがえのない友になった紗夜は、また一つ頑張る理由が出来ましたとさ
〇今後の予定
攻略そのものを描く訳では無いので先んじて説明しますが、次の第十層はβテストにおける最終到達フロアです。キリトがフロアボスの部屋の扉にタッチしたところが最終到達地点だったはずです
紗夜が日菜に対してどういうつもりで心中という言葉を口にしたか、それも含めて進める予定です。また例によって投稿まで空きますが、話数はともかくとして現時点においてSAO編で触れる階層数は半分を超えました。ALO編込みでも想定してる総話数の半分近くまで来たと思います(元々100話近くになる予定では無かったのに、ちゃんと書こうとしたらえらい増えたという作者の間抜けっぷり)
ここまで触れた階層が閑話を抜いて1,3,5,9ですが、予定してる残りが10+13、?、?、74+75のつもりです。13は10のオマケで2,3話程の閑話みたいな感じになりますが、?二つに関しては何層についてなのか、是非予想してみて下さい
それでもって、話の大筋が原作から逸れる(SAOIFみたいに第百層を目指すとかそういう)事はありませんが、話の裏や節々で行われることに関しては次から独自路線に行くことになります。自分の感覚では、結末が大きく変わる訳ではないがそこに至るまでの過程を少し掘り下げる、といったくらいかと
では、また