夜を日に継ぐ   作:百三十二

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カストールとポルクスの二人は、ヴァリアントショウダウンの公式HPに記載されている書下ろしストーリーの登場人物です。でも調べるのはあと1話待って欲しい感ある


落下星

 

 

 

 ホルンカの森と西の森の境界付近にてけもの道を発見した四人。この道を辿っていき、その先にある何かを見つけることがクエストの一環であることは容易に想像がついた。

 

 一行は、最も場数を踏んでいるであろうカストールの指示の下に隊列を組みながら、森の中を慎重に進んでいった。隊列はタンク役の紗夜を先頭に、索敵役の日菜とポルクスを挟み、身長が最も高く比較的見渡しやすいカストールが殿を務める形だ。

 

 なお、レディファーストを考慮してカストールは初め先頭を買って出ようとしたが、ただでさえ森の中で視界不良だというのに先頭が最も身長が高いと更に見渡しづらくなるというのと、紗夜の役割がタンクであること、そして男性二人に挟まれるのを遠慮したかったことから現在の形に落ち着くこととなった。

 

 

 けもの道をゆっくりと警戒しながら進むことおよそ10分。けもの道の進行方向が西の森方面へと傾きつつあることを察しながら、方角にして北西へと歩を進めていく。先を行ってるであろうコボルトたちに追いつかない程度の進行速度だが、道中他の敵モンスターと一切遭遇しないどころか索敵にも引っかかることは無かった。

 

 このことから四人はこのけもの道そのものがイベントマップ扱いになっていると判断し、森の奥深くの道なき道が出現しなければこの辺りにプレイヤーが立ち寄ることも無いのだろうと思った。それは同時に、本来であれば周辺地域に何らかの罠や敵モンスターが配置されてる可能性を考慮せざるを得なかった。

 加えて、ホルンカの森でネペント系を狩ったことのあるβテスト経験者の日菜からすれば、一定の間隔で存在するはずのちょっとした空間が見えてこないので、そもそもプレイヤーに立ち寄らせる気が無いのだと何処となく察していた。

 

 

「止まってください」

 

 

 更に進むこと5分程、先頭を歩く紗夜が一行に静止をかけた。

 

 

「何か見つけたのかい?」

 

「いえ……それなら良かったのですが」

 

 

 カストールの問いかけに、紗夜は言葉を濁した。何故なら

 

 

「分かれ道、の様です」

 

 

 紗夜の眼下には更に北西へと向かう道に加えて、南西へと下る道が出現していたのだ。

 

 

「一本道じゃなかったのか。しかしこんな木々に囲まれた茂みの中で岐路に立たされるなんて、何か目印とか無いか探すしかないな」

 

 

 そんなカストールのぼやきを耳にしつつ、四人は辺りに目をやった。しかし目印は疎かコボルトたちの足跡すら役に立ちそうには無かった。どちらの道にも何かの足跡が存在しており、とても判断に使えそうなものではなかったのだ。

 

 

(あまり頼りたくは無かったけど、仕方ないわね)

 

 

 どちらを選ぶか、決断に迷った紗夜は事実上の最終手段を取ろうとしてフード越しに日菜へと視線を送った。

 

 

(え、いいの?)

 

 

 それだけで姉が何を求めているのかを理解した日菜は、確認の為に首を傾げてみせた。

 

 

(構わないわ。それしか無さそうだもの)

 

 

 それを肯定するべく一度だけ首肯した紗夜。

 

 

(分かった。ビビッて来た方を選ぶね)

 

 

 言葉を発することなく会話してみせる双子の姉妹のやり取りを不思議に思ったカストールとポルクスの二人だが、数秒経った後に何やら腕を組んで悩んでいた日菜が突然北西へと進む方を指さしたのを見てぎょっとした。

 大した情報もないのに道を指さしたことから、二人とも日菜が勘で選んだことを察したのだ。

 

 

「正気かい?」

 

「選ぶだけの材料が無いのですから、どちらを選んでも勘でしか無いでしょう。それなら、勘の鋭いこの子に選んでもらっても大して差はありません」

 

 

 撤退することを視野に入れていたカストールが訊ねれば、堂々と紗夜はそう宣った。

 

 

「参ったな。君は情報を元に石橋を渡るタイプだと思っていたよ」

 

 

 と、カストールにはおちゃらけた様に苦笑いを返されていたが、すぐさま真剣な表情になって

 

 

「どれくらい信頼できるんだ?」

 

 

 などと、乗りかかった船は最後まで乗り切ると言わんばかりの意思表示をした。この時点で二人は日菜の直感に従うことを決めていたが、判断を下した張本人がどれだけ信じているのか確認の意を込めて質問をした。

 

 それに対して紗夜は言うまでもないと、見上げてくる日菜の頭を撫でながら

 

 

「信じられないくらい、ですよ」

 

 

 困った様に、苦笑いで返した。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 日菜の直感を頼りにし始めてから、数えて四回は分岐路に立たされた。それら全てに判断できる材料は用意されておらず、その悉くを日菜に一任する他なかった。

 

 とはいえ、任された日菜からしてみれば二択を当てるだけの勘など容易いものである。今回で言うならば、元々は本人曰くビビッと来た方を選ぶと姉に伝えはしたものの、結果的には露骨に悪意を感じた方を避ける形になった。二択の連続だったが、不正解の方向から何らかの罠が待ち構えていますと言わんばかりの負の気配を察知したことになる。

 

 

(多分だけど、これが最後だね。るんっとしない方もあるけど、そうじゃない方からはビビっと来たし)

 

 

 そして五回目の分岐路で日菜は迷わず選んだ。選んだ方からはこれまでとは違う、歓迎するような空気を感じ取った。故に彼女は、この分岐路の連続が終わりを迎え、クエストが次の段階へ進むのだという確信があった。それを態々伝えて変に期待を煽るような真似はしないものの、ようやく茂みの中の強行軍が終了することに喜色を浮かべていたせいか、立ち位置的に振り返れば表情を見ることが出来る紗夜からすれば明白だったことだろう。

 

 気を緩めることはせず、むしろ引き締め直して正解の道を進んでいく。前を行く二人の気配につられてカストールとポルクスの二人も、何かが起きることを予感して少し肩に力が入った。

 

 

 ようやく抜けたか。けもの道を通り抜け、四人の気持ちが一致した先にあったのは

 

 

「……お墓、かよ」

 

 

 それまで比較的無言を貫いていたポルクスの思わぬといった呟きは、それぞれの耳に抵抗無くスルリと入っていった。考察するまでもなく、その言葉に同意していたからである。

 

 

 少しだけ開けた空間。そこは鬱蒼と生い茂った森の中だというのに大空が覗け、それによって強く差し込む陽の光に照らされている、大人の男性を大きく上回るサイズの土の塊が存在を顕にした。その頂点に一振りと、外周を囲むように突き刺さる様々な曲刀の数々が見せる光景は荘厳で、それでいて物悲しさを漂わせていた。頂点に刺さる曲刀が一番大きく、ここに眠る何者かの所有物であったことは想像に難くない。

 

 地中に死体が埋められているにしては地表面に大きく出過ぎていることから、サイズも加味するとこの墓標が人間のものでは無いという予想も立てやすかった。

 

 

(これって曲刀だよね? それにあの一番おっきいのって)

 

 

 この光景に圧倒される面々だったが、日菜だけは脳裏を掠めた違和感のおかげで思考停止せずに記憶を辿ろうとした。

 

 

(追っていたはずのコボルトたちはいないけど、刺さってる曲刀はけもの道に入っていったコボルトたちが持っていたのと同じのがあるから、ここが目的地なのは確定だね。

 態々誘導してきたんだからこのお墓はコボルトたちに関係があって、それだけでも意味深なのに極めつけがあのおっきなやつ。アレ、ベータで見たことあるっていうか、記憶違いじゃなければ第一層のフロアボスが持っていた武器と同じじゃない? 初めてのボスが途中で武器を持ち替えた時はそんなこともあるんだーって面白かったから印象深くて、そのせいで思い出すのに苦労はしなかったけどさ。どう見ても持ち替えた後の武器にしか見えなくない?

 

 ──もしかして、もしかする……?)

 

 

 彼女の類まれなる記憶力は、クエスト用に配置されたコボルトたちが持っていた武器を鮮明に覚えていた。そこから予測を立て、あのコボルトたちがここへとやって来たであろうと断定し、クエストの目的地だと結論付けた。この事自体は、けもの道に入る前に紗夜も目を付けていた点であることから、思考が動き出せば同様に辿り着ける結論である。

 

 だが加えて日菜の思考は更に遡り、βテスト時に見た覚えのある特徴的な曲刀へと移った。あの一際巨大な、それこそ人間サイズなど優に超えるであろう大きすぎる曲刀はその辺のモブ敵が持てる代物ではなく、何らかのボスモンスタークラスの所有物であると推測。そこから日菜が見たことのある、コボルトに関連する巨大サイズのボスモンスターを脳内で想起し、該当するものに当たりをつけた。

 

 結果、彼女が導き出したボスモンスターとはこのアインクラッド第一層《迷宮区》に座するフロアボスであり、ここに眠る何かとはそいつ以外考えにくいとの考察しか出来なかった。βテスト時のフロアボスが眠っていると仮定するならば、それ即ちフロアボスが変更されている可能性について検討せざるを得ない憂慮すべき事態であることを示しており、延いては攻略に際してβテスト時の知識という絶対的なアドバンテージが消失する可能性があった。

 

 この見解が真っ先に影響するところとして、βテスト時の知識を利用して初心者向けのガイドブックを作り配布しようとしているアルゴの善意がマイナスに働いてしまう恐れがあった。あくまでもβテスト時の情報だから保証は出来ないと注釈を付けるとは聞かされていたが、正式サービス開始に伴ってあまりにも変更点が多すぎるとガイドブックの制作そのものを再考する必要が生まれてしまいかねなかった。

 重ねて、デスゲームが始まってからまだ一週間も経たない内にまともな活動が出来ているのは、日菜やキリトの様なβテスト出身者が知識に物言わせて安心を得ることが出来る面々か、カストールの様な大人とその庇護下にいる者たちくらいである。その内の前者はキリトを例に単独行動も少なくないことから、それを支えている知識という前提が覆ってしまうと、安全など何処にも存在しないリスクが青天井な地獄の出来上がりを意味していた。

 

 

(いやでも、あまりにも変更点が多すぎたらテストの意味が無くなっちゃう。ホルンカの村のNPCから受注できた他のクエストに変更は無かったし、階層攻略に意味のある点だけかもしれない。それならこのクエストの結末を見届けるまで余計なことは言わないでおこう)

 

 

 このことはクエストを終えた後にアルゴと要相談だなと決めた日菜だった。

 

 実際問題、考察こそしたもののクエスト自体が完了した訳でもなく、解答まで用意されている可能性もゼロではない。SAOに閉じ込められ、遊びではないとされつつもゲームではあると解釈出来る茅場晶彦の言い回しを踏まえればだが。

 かの首謀者が告げたことが何処まで本当なのか分かるはずもないが、そうであると仮定しなければまともに思考の整理も出来ない。思わずアイドルらしからぬ態度を取りたくなるくらいには困っていた日菜であった。

 

 

「他に何かある様子はしませんね。ちょっとした空間にはなってますけど、かといって墓標らしき剣山以外が存在する程のスペースもありません。何処かへ通ずる道も見当たりませんし、ここが終点でしょうか」

 

「クエストの方はどうなっているんだい?」

 

「そうですね……」

 

 

 一通り観察したのか、紗夜が視覚情報から一応の結論を下した。思考の海に潜っていた日菜を含め反論する者はおらず、皆同様にそうであると悟っていた。

 何かを探すとしても曲刀の剣山と化している墓標しかなく、極端な話観察するまでもないくらい明確に答えとしての存在感があった。となればこれでクエストは完了か、そうでなくとも一段落くらいにはなったはずである。カストールに確認を求められ、紗夜がクエストの進捗を開く。

 

 

「『西の森にてコボルトたちの墓標の調査』と、はてなが消えていますし達成と見てよろしいのではと思います。後は宿に戻ってクエスト完了の報告が受理されればと言ったところでしょうか」

 

「他に調べられるモノも分からないし、これ以上はNPCやクエストの誘導無しじゃやりようがない。一先ずは戻るしか無いだろうな」

 

「それしか無さそうです」

 

 

 そのやり取りの後、念の為に墓標の周囲と空間の周辺をはぐれない程度に漁ってみたものの、やはりこれといった手掛かりを見つけることは叶わなかった。紗夜とカストールの二人が取り決めた通り、クエストの進捗を確認するためにも撤収することにした。

 

 帰り際、通ってきたけもの道を逆走することになったが、先頭を歩く紗夜が道を間違えるはずもなく、一切の問題なくスムーズに始発地点へと戻った。

 

 森を抜けてホルンカの村へと帰る道すがら、紗夜は二人に今回の件についてお礼を伝え、カストールは人の良さそうな笑顔を見せ、そんな彼を見てポルクスの方も心なしか誇らしげな雰囲気を漂わせた。

 

 

「あ」

 

 

 宿屋に着いてNPCに躊躇なく話しかける。するとクエストを報告して報酬を受け取った紗夜と、パーティーを組んでいた日菜に大量の経験値が舞い込みレベルが上がった。そんなに貰えると思っていなかった紗夜が思わず声を漏らすと同時に、レベルが上がったことを知らせるファンファーレが鳴った。

 

 

「レベルが上がったのかい?」

 

「ええ、しかも2つ上がりましたよ」

 

「かなり割の良いクエストってことか。しかし出現条件が分からないことには受けようも無いな」

 

 

 そんなカストールのぼやきに、紗夜は幾らか考える素振りを見せた。言うかどうか逡巡したが、あることを決心して口を開いた。

 

 

「……一つだけ憶測があります」

 

「訊かせてくれるかい?」

 

「その前に交渉です」

 

 

 紗夜はカストールとポルクスの方を向いてそう告げた。

 

 

「交渉だって?」

 

「今回のクエストで見聞きしたことと、今から言うことをお二人がアルゴさんに伝えてください。また、アルゴさんから出るであろう報酬もお二人が受け取ってください。それが条件です」

 

「待ってくれ。それは君たちに何のメリットも無いじゃないか。そんなものは交渉とは言わないだろう?」

 

 

 カストールは納得がいかず反論する。口を閉ざすポルクスの方もこれには流石に驚いたのか目を見開いて呆然としていた。

 

 しかしそんな風に言われると察していたのか、紗夜は冷静に返す。

 

 

「アルゴさんを通して応援として駆けつけて下さったお二人が、アルゴさんから報酬を受け取るつもりで来ているとは思えません。そういった取引を済ませる程の時間は無かったでしょうし、素性を知られたくないからとあなた方に余計な配慮をしていただいたのも事実です。ですから、突然のことに対する迷惑料と、私たちからの報酬ということでお受け取り願えませんか?」

 

 

 実際、紗夜の言う通りに二人はアルゴと報酬について何の取り決めもしていなかった。日菜からのメールで慌ただしくなったアルゴが、情報屋として活動する為の情報収集を行うに当たって、何か手伝えることはないかと名乗りを上げたのがカストールであり、それに付き添っているのがポルクスだった。

 

 アルゴの人を見る目はカストールが生粋のお人好しであることを見抜き、ここ数日ほど手足の様に働いてもらっていた。当時も丁度集めていた情報の報告をしており、メールを受け取ってからすぐにカストールたちに依頼していた。

 

 よってカストールたちからすれば紗夜たちに付き添ったのも無償であり、特に報酬を要求するつもりは無かったのである。アルゴに報告をしたら、また別の情報を集めるなり確認するなりする予定だった。

 

 ただ二人の名誉のために言っておくと、アルゴから直接報酬が出ないというだけで、彼女の手元に集まった情報の正否を確認するという行為は即ち様々なクエスト達成の可否を確認するということでもあり、結果的には最新の効率を手にするということに近く、二人にとって大きなリスクを負うことなくクエスト報酬を手にすることに繋がっているのでwin-winな関係ではあった。

 

 なのだが、素性を明かせない都合上、二人とパーティーを組まなかったせいでクエスト完了報酬が入っていくことはなかった。紗夜たちの都合によって、今回に限っては完全に無償となってしまっていた。

 未知のクエスト故に危険性が不明瞭だった、だというのに付き添ってくれた二人に何の報酬も渡せないのは許せなかった。だから今回のクエストに関する情報を手土産として、恐らくアルゴから渡されるであろう対価を二人に譲ることで報酬としようとしたのである。

 

 

「だが、良いのかい? 君たちは報酬が無くて困らないのか?」

 

「ご心配には及びません。これでも最前線にいると自負していますので」

 

「失礼かもだが、レベルを聞いても?」

 

「今2つ上がったので、6ですね」

 

 

 紗夜が確認するまでもなく告げると、カストールは降参だと言わんばかりに両手を竦めて苦笑いした。

 

 

「なるほど、どうやら本当に困ってはいない様だ。まだ一週間も経ってないのに、このSAOでそれだけレベルが上げられているなら相応にモンスターも狩っているはずだからね。コルに余裕があっても不思議じゃない」

 

 

 紗夜たちの事情に納得がいったカストールは深いため息を一つ吐くと、眩しいものを見る様に目を細めた。それからポルクスを見やり、天井を見上げ、再び紗夜と向き合った時には屈託のない表情だった。

 

 

「分かった、その提案に乗らせてもらうよ。変わった経験をさせてもらった上に報酬まで貰えて正直助かった。本当にありがとう」

 

「こちらこそ。突然のことに付き添っていただき、ありがとうございました。年上の方に頼ることが出来て、非常に心強かったです」

 

 

 そう言って、紗夜はせめてのもの感謝の印とて握手を求めた。カストールは嫌な表情一つせずに応じ、それはゲームの中といえども確かに人の心の暖かさを感じさせた。

 

 それから紗夜の憶測を伝え、二人とはお別れとなった。去り際、何かあった時にアルゴを通してまた呼んでくれて構わないと二人の名を教わってから、ホルンカの村から出ていくのを見送った。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「良い人たちだったね」

 

「そうね。尊敬出来る人たちだったわ」

 

 

 クエストを手伝ってくれたお二人が去っていくのを見送り、村の出入り口でお辞儀をする。渡せるものは無かったが、せめてもの感謝の気持ちをと頭を下げた。

 

 やがて姿が見えなくなり、改めて二人きりになったのを確認してから日菜がそう言った。私はそれに同意し、教わった名前を反芻する。

 

 

「何の因果かしらね。向こうが気が付いていたかは分からないけれど、双子を手助けした方々の名前がふたご座のそれだったなんて」

 

「凄い偶然だよね。もしかしたら必然だったかも? なんて」

 

 

 カストールさんとポルクスさん。微妙に言い方は違えどギリシャ神話に登場する双子で、ふたご座の兄弟星。日菜が所属する天文部を存続させるために催した天体観測でふたご座を、私たち姉妹になぞらえて語ったことがあった。

 

 

(たとえ輝き方が違っても、並んで輝くことはできる。共感することはできなくても、理解することはできる……)

 

 

 ふたご座で最も輝く恒星がポルックス、二番目に輝く恒星がカストル。ポルックスが日菜で、カストルが私。才能や性格は違うけれど、共に歩むことは出来るはずだと自戒を込めて言った。

 

 まだ日菜の隣に並べなくても、いつかたどり着いてみせると誓った。自分の音が好きになれるように願った。約束は未だ果たせないどころかこんなことになってしまったけれど、何の偶然か、こうも思い出させられるとは思ってもみなかった。

 

 

(まるでそうしろと、誰かに突き付けられた気分だわ)

 

 

 本人たちにそのつもりは無いだろうが、カストールさんたちの行動は私にとって一つの道標になっていた。自分たちの状況に追われることなく、善意に基づいて活動する。遠回しに利益を得ることになっていたとしても、その善意が他人の助けになっている。

 

 お人好しだろうが何だろうが、極限状態下で他者を思いやれる器の大きさと精神的な強さは見習いたいものだ。この短期間でアルゴさんが信を置くのも頷ける。

 

 

 反面、私もそうあるべきだと言われた気がした。

 

 

 人助けに精を出せとまでは言わない。しかし、困っている人を見かけたら手を差し伸べるべきだとも。

 

 

(私は、自分たちのことで精一杯だった。日菜を連れ出して、今も二人のみでの行動を前提としている)

 

 

 事情はあった。だけどそれで正解だったのか。

 

 

(キリトさんの様に自由に活動することを否定はしない。彼は自分一人で出来ることを弁えている節があったから。それこそアルゴさんは知識を活かしてガイドブックの製作に取り掛かっている。これも出来ることの範囲内だ)

 

 

 なら、私は?

 

 

(日菜を守ること以外、何も無い。本当に? 出来ることは何も無いの? 私はそんなに──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そんなにも、白状だったのか

 

 

 

 

 

 あの時のように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おねーちゃんってば!」

 

「えっ、あ……日菜?」

 

 

 沈みかけた思考が、日菜に呼び掛けられて浮上する。ズルズルと行きかけた負の気配が、怒っているような呆れているような妹の声によって霧散した。

 

 

「もうっ! 何考えてたのか知らないけど、あたしのこと忘れないでよ〜!」

 

 

 ぷりぷりと怒る日菜の姿は、何ていうか可愛らしかった。こういう妹の態度は、意図してか否か私の心を温かくしてくれる。

 

 元気付けられる。それはもう、無条件に。

 

 

「その、ごめんなさい。少し暗いことを考えていたわ」

 

「ふーん?」

 

 

 頭の後ろで腕を組んで、私に視線を送ってくる。興味なさそうな返事の癖に、言外に話せと圧力を感じる。

 

 これは話さないと、ずっとこのままか。気乗りはしないけれど、話すしか無さそうだった。

 

 

「……何が正しいのか、わからなくなったのよ」

 

 

 私は日菜と目線を合わせず、村の外へと向き直って告げた。

 

 

「それは行動がってこと?」

 

「そうね。行動でもあるし、考え方もなのかしら」

 

「それをおねーちゃんが気にしてどうするの?」

 

「どうって……わからないから、悩んでしまうのよ」

 

「気にしてもしょうがないもので悩んでも勿体無くない?」

 

「勿体無い……?」

 

 

 日菜が何を言いたいのか分からなくて、思わず隣を見た。すると今度は日菜が空を見上げてこれまた目線が合わなかった。

 

 

「だってさ。死んだら終わり、やり直しは出来ませんって状況で正解の行動だなんて誰がわかるんだろうね。意地悪な言い方するけど、誰かを助けようと思って共倒れしたら不正解でしょ? 見捨てるしかない場面なら、見捨てることが正解になっちゃう」

 

「それはっ……あんまり過ぎるわ」

 

「でもそれが最善ってやつだと思うよ。その時々で完全な正解を追い求めて失敗するよりも、何処かで妥協しなきゃならない。おねーちゃんは完璧を求めるあまり、自分を追い詰め過ぎなんだよ」

 

「最善、ね」

 

「そ、最善。最も善。これでも善だよ。カストールさんたちみたいに、善意。人が出来ることなんて限りがあって、両腕を広げても抱きかかえる人数はたかが知れてるし、両手で掬える水の量なんてもっと少ないじゃん。おねーちゃんは全てを救える神様じゃないんだから、出来ないことに考えを費やして出来ることを見失っちゃったら勿体無いでしょ」

 

「私は神様じゃ、ない」

 

「あたしにとってのおねーちゃんは神様みたいでも、それはあたしだけの話。不特定多数の人たちにとっておねーちゃんは赤の他人なんだよ。おねーちゃんの知らないところで誰かが不幸になっても、その人がおねーちゃんを恨むなんてことはない。

 ネズちゃんのガイドブックだってそう。情報は公開するけど、読まない人のことまでは面倒見切れないでしょ? それをネズちゃんのせいにするのは、流石にお門違いってやつだし。おねーちゃんもネズちゃんのせいにはしないよね」

 

「そうね……差し伸べられた手を掴まなかったのは、掴まなかった側の問題だわ。掴む機会はあったのにそうしないのは、怠慢と言えるもの」

 

 

 思い返すのは、一方的に突き放し続けた日々。常に歩み寄ってきたのは日菜で、振り払ってきたのが私。それでも時を経て、掴んだ先に今がある。

 

 気が付けば、見上げていたはずの日菜と目線が合っていた。少しだけ下からのそれは、いたずらっぽいものを含んでいた。

 

 

「少しは気が晴れた?」

 

 

 その問いかけに私は

 

 

「いいえ。晴れるどころか日が暮れたわ」

 

 

 と、苦笑いしつつ我ながら変な返しをした。それに対して日菜は少しだけ嬉しそうに

 

 

「そっか。なら良かった」

 

 

 とだけ返してきた。

 

 見上げた空は、星が浮かび始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──私たちのもとにカストールさんたちが死亡したとの報せが届いたのは、それから10日後のことだった。

 

 

 

 

 







いきなり人が死んだんですが……


やらない善よりやる偽善って言い回し、それなりに好きです
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